夢見の旅人
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「アティウス……特に変わった響きではないな。ということは、誰かの使い魔だろうか」
お互い自己紹介も終わり、アトラは自分の意志で訪れたわけではないことをヘルメスとメーティオンに説明した。
とりあえずということで、ヘルメスの詰めている仕事場で身柄預かり……もとい保護ということになった。
アトラは、ご機嫌なメーティオンの胸に抱えられて仕事場に移動していた。さながらぬいぐるみのようだった。
「わからないです。目が覚めたらここにいたので」
「そうか。ならばすまない。君がどんな存在であるか判明しない限り、自由にさせることはできない。せめて、誰の使い魔であるかがわかるか、危険ではないことがわかるまで現状のままだろう」
「はい。こちらこそ、お世話になってすみません」
「いいや」
ヘルメスは冷静に現状をアトラに伝えた。
「エルピスで保護をするのもまたひとつだが、対話できる知的生物であるなら、さる機関にいったん預けることにもなるだろう。報告と申請を済ませ、身元確認のために引き渡すことになれば、また移動することになる」
「ご丁寧に、ありがとうございます。知らない土地で身を寄せる場所があるだけありがたいです。確認のためにむしろ、お手間を取らせてすみません」
アトラはメーティオンに抱き上げられながら、頭のみでお辞儀をした。
一行は無事に仕事場に到着した。
その部屋は書斎のようで、仕事用の机とヘルメスが座る椅子が置かれていた。
来客用には長椅子と長机が一組置いてあり、どれもエルピスに住む者には馴染みのある内装だった。
しかし、アトラにには新鮮な風景で、思わず部屋をじっくりと見回した。
天球儀や望遠鏡など、研究者らしい調度品が飾られている。
なかには粘土で捏ねたナマズのようなものもあったが、調度品の中では異彩を放っている。
アトラはその粘土でできた作品を、よりじっくりと見つめてしまう。
メーティオンに抱えられているアトラは、メーティオンと一緒に長椅子に座る。
「あれ、気になる? 私、つくった! アンビストマ、平べったいの。ヘルメスが最近、気になってる」
メーティオンはアトラが気にしていた粘土作品について教えてくれた。
「アティウス、私たちと、あそび、ましょ? おはなし、聞きたい!」
「そうだな。自分が見ているとこでなら大丈夫だから、メーティオン。この部屋にいて彼女の相手をしてもらえるだろうか」
「うん! ヘルメス、了解した!」
ヘルメスは自分の席に座った。報告のために書類作成を開始する。二重三重の青い液晶が、ヘルメスの前に湾曲し表示された。
対してメーティオンは、机の上にクッションを置き、アトラにはその上に座るようにうながした。
この世界において生まれたての子供ほどの大きさのアトラは、大きな古代人のティーカップに入る……ほど小さくはないが、椅子に座るほどの大きさもなかったので、メーティオンの気遣いだった。
「あのね、あのね。あなたがいた世界の話、聞かせて?」
こてり、と小首をかしげて、手は胸の前に組むメーティオン。
とても断ることはできないお願いに、アトラはもちろんと答える。
「でも、きっとまたヘルメスに聞かれるだろうから、そのときにしますね」
「あ、そっか……じゃあ、好きな、食べ物! ヘルメスの好き、は、砂糖どばどばの、りんごだよ」
メーティオン自身は食事が必要ないこともアトラに説明した。
ヘルメスの好物の話をするメーティオンは、本当に自分の好物を語るかのようにうれしそうで、アトラは『本当にメーティオンだな』としみじみ思った。
「私は……」
日本人の絵理沙から、雪国出身のアトラに体が変わったことで、味覚がかわった自覚のあるアトラ。
絵理沙であったころは洋ナシが好きだったのだが、今ではすっかり。
「母の、作ったシチューが……」
とまでアトラが言うと、メーティオンはほっこりとした顔になっていた。
「不思議で、あったかい。……あ!」
メーティオンが突然おおきな声でハッとする。
アトラはそれに少し驚く。
「あの、あのね。私、想いを、伝える、できるの。あなたの思いも、伝わる。だから、それは、ええと……」
「メーティオンは、想いで会話ができる」
報告が一通り終わったヘルメスは、アトラたちに近い席へ座った。
「もちろん、むやみに想いを覗き見ることはしないと保証する。だが、特別強い想いや、君のようにエーテルが薄い存在からの想いは、相性がいいから、特別感じ取ってしまうようだ。すまない」
「ああ、ああ。いえいえ。問題ありません」
アトラは気の利いたことを言いたかったが、知りすぎているために説明されていないことまで話してしまい、この会話がさらに混乱するのではと思い、無難な返事をした。
それでも、鏡写しのように、メーティオンがアトラの気持ちを表現してくれた。アトラは改めて、あの時のシチューが嬉しかったのだと自分で知ることができた。
「報告ついでに行方不明の使い魔や生物の届け出も確認してみたが、君の名前や特徴に一致する情報は見当たらなかった」
アトラは聞かれたことだけを答える姿勢を続けていた。そうした説明不足からなのか、迷子だと思ったヘルメスは探し人も調べてくれたらしい。アトラは内心申し訳なく思った。
「あの。私も、ここに来た理由はわからないです。もしかしたら誰かに呼ばれたかもしれません。ですが、私がいた元の世界のことを、メーティオンさんとお話ししようと思ってて……」
言っていて気まずくなったアトラはしりすぼみにそう答えた。
「……なるほど。この世界の存在ではない、ということだったのか」
「申し遅れました……」
「いいや。早とちりした自分にも事の責任がある。発見したのも自分だから、君のことも安全に取り扱うことも任せてほしい。それで、元の世界の話を聞いてもいいだろうか」
「ありがとうございます。それでですね」
自分と同じ大きさの人たちが、寒い雪国で過ごしていたこと。
降り積もる雪と共にあったこと。
一国一城の主が統治する国で、その城で働いていたこと。
厳しい世界を生きていたこと。
未来と過去の話はまたややこしくしてしまうので、アトラは時系列には触れなかった。
「なるほど。そこで過ごす君たちやほかの生物も気になるな」
ヘルメスは、この惑星ではないと思い至ったのか、すこし興味の色をその眼にのせた。
メーティオンは、夢想するかのように目を上にしてつぶやく。
「雪、知ってる。冷たくて、おいしい!」
「おいしい?」
ヘルメスがまたも丁寧に説明をした。
「ああ、エルピスで職員が作っていた新作の間食だな。みな、自分の好みのリフレッシュできる食事を用意するんだ。雪原担当の者が、綺麗に精製された雪は自然環境に向かないことが分かって、大量に余った雪に砂糖水をかけたことがきっかけで生まれた料理……メーティオンは、おそらくそれのことを言っているのだろう」
「そう! ヘルメスも、好き」
「そうだな。息抜きにとてもすっきりするいい感触だと思う」
アトラこと絵理沙は「つまりかき氷かぁ……」と内心納得した。
しばらくそうして談笑と元の世界の説明をした後、また書類を作成するためにヘルメスは移動した。アトラは二度手間を詫びたが、ヘルメスはなんでもないように微笑んで流してくれた。
お互い自己紹介も終わり、アトラは自分の意志で訪れたわけではないことをヘルメスとメーティオンに説明した。
とりあえずということで、ヘルメスの詰めている仕事場で身柄預かり……もとい保護ということになった。
アトラは、ご機嫌なメーティオンの胸に抱えられて仕事場に移動していた。さながらぬいぐるみのようだった。
「わからないです。目が覚めたらここにいたので」
「そうか。ならばすまない。君がどんな存在であるか判明しない限り、自由にさせることはできない。せめて、誰の使い魔であるかがわかるか、危険ではないことがわかるまで現状のままだろう」
「はい。こちらこそ、お世話になってすみません」
「いいや」
ヘルメスは冷静に現状をアトラに伝えた。
「エルピスで保護をするのもまたひとつだが、対話できる知的生物であるなら、さる機関にいったん預けることにもなるだろう。報告と申請を済ませ、身元確認のために引き渡すことになれば、また移動することになる」
「ご丁寧に、ありがとうございます。知らない土地で身を寄せる場所があるだけありがたいです。確認のためにむしろ、お手間を取らせてすみません」
アトラはメーティオンに抱き上げられながら、頭のみでお辞儀をした。
一行は無事に仕事場に到着した。
その部屋は書斎のようで、仕事用の机とヘルメスが座る椅子が置かれていた。
来客用には長椅子と長机が一組置いてあり、どれもエルピスに住む者には馴染みのある内装だった。
しかし、アトラにには新鮮な風景で、思わず部屋をじっくりと見回した。
天球儀や望遠鏡など、研究者らしい調度品が飾られている。
なかには粘土で捏ねたナマズのようなものもあったが、調度品の中では異彩を放っている。
アトラはその粘土でできた作品を、よりじっくりと見つめてしまう。
メーティオンに抱えられているアトラは、メーティオンと一緒に長椅子に座る。
「あれ、気になる? 私、つくった! アンビストマ、平べったいの。ヘルメスが最近、気になってる」
メーティオンはアトラが気にしていた粘土作品について教えてくれた。
「アティウス、私たちと、あそび、ましょ? おはなし、聞きたい!」
「そうだな。自分が見ているとこでなら大丈夫だから、メーティオン。この部屋にいて彼女の相手をしてもらえるだろうか」
「うん! ヘルメス、了解した!」
ヘルメスは自分の席に座った。報告のために書類作成を開始する。二重三重の青い液晶が、ヘルメスの前に湾曲し表示された。
対してメーティオンは、机の上にクッションを置き、アトラにはその上に座るようにうながした。
この世界において生まれたての子供ほどの大きさのアトラは、大きな古代人のティーカップに入る……ほど小さくはないが、椅子に座るほどの大きさもなかったので、メーティオンの気遣いだった。
「あのね、あのね。あなたがいた世界の話、聞かせて?」
こてり、と小首をかしげて、手は胸の前に組むメーティオン。
とても断ることはできないお願いに、アトラはもちろんと答える。
「でも、きっとまたヘルメスに聞かれるだろうから、そのときにしますね」
「あ、そっか……じゃあ、好きな、食べ物! ヘルメスの好き、は、砂糖どばどばの、りんごだよ」
メーティオン自身は食事が必要ないこともアトラに説明した。
ヘルメスの好物の話をするメーティオンは、本当に自分の好物を語るかのようにうれしそうで、アトラは『本当にメーティオンだな』としみじみ思った。
「私は……」
日本人の絵理沙から、雪国出身のアトラに体が変わったことで、味覚がかわった自覚のあるアトラ。
絵理沙であったころは洋ナシが好きだったのだが、今ではすっかり。
「母の、作ったシチューが……」
とまでアトラが言うと、メーティオンはほっこりとした顔になっていた。
「不思議で、あったかい。……あ!」
メーティオンが突然おおきな声でハッとする。
アトラはそれに少し驚く。
「あの、あのね。私、想いを、伝える、できるの。あなたの思いも、伝わる。だから、それは、ええと……」
「メーティオンは、想いで会話ができる」
報告が一通り終わったヘルメスは、アトラたちに近い席へ座った。
「もちろん、むやみに想いを覗き見ることはしないと保証する。だが、特別強い想いや、君のようにエーテルが薄い存在からの想いは、相性がいいから、特別感じ取ってしまうようだ。すまない」
「ああ、ああ。いえいえ。問題ありません」
アトラは気の利いたことを言いたかったが、知りすぎているために説明されていないことまで話してしまい、この会話がさらに混乱するのではと思い、無難な返事をした。
それでも、鏡写しのように、メーティオンがアトラの気持ちを表現してくれた。アトラは改めて、あの時のシチューが嬉しかったのだと自分で知ることができた。
「報告ついでに行方不明の使い魔や生物の届け出も確認してみたが、君の名前や特徴に一致する情報は見当たらなかった」
アトラは聞かれたことだけを答える姿勢を続けていた。そうした説明不足からなのか、迷子だと思ったヘルメスは探し人も調べてくれたらしい。アトラは内心申し訳なく思った。
「あの。私も、ここに来た理由はわからないです。もしかしたら誰かに呼ばれたかもしれません。ですが、私がいた元の世界のことを、メーティオンさんとお話ししようと思ってて……」
言っていて気まずくなったアトラはしりすぼみにそう答えた。
「……なるほど。この世界の存在ではない、ということだったのか」
「申し遅れました……」
「いいや。早とちりした自分にも事の責任がある。発見したのも自分だから、君のことも安全に取り扱うことも任せてほしい。それで、元の世界の話を聞いてもいいだろうか」
「ありがとうございます。それでですね」
自分と同じ大きさの人たちが、寒い雪国で過ごしていたこと。
降り積もる雪と共にあったこと。
一国一城の主が統治する国で、その城で働いていたこと。
厳しい世界を生きていたこと。
未来と過去の話はまたややこしくしてしまうので、アトラは時系列には触れなかった。
「なるほど。そこで過ごす君たちやほかの生物も気になるな」
ヘルメスは、この惑星ではないと思い至ったのか、すこし興味の色をその眼にのせた。
メーティオンは、夢想するかのように目を上にしてつぶやく。
「雪、知ってる。冷たくて、おいしい!」
「おいしい?」
ヘルメスがまたも丁寧に説明をした。
「ああ、エルピスで職員が作っていた新作の間食だな。みな、自分の好みのリフレッシュできる食事を用意するんだ。雪原担当の者が、綺麗に精製された雪は自然環境に向かないことが分かって、大量に余った雪に砂糖水をかけたことがきっかけで生まれた料理……メーティオンは、おそらくそれのことを言っているのだろう」
「そう! ヘルメスも、好き」
「そうだな。息抜きにとてもすっきりするいい感触だと思う」
アトラこと絵理沙は「つまりかき氷かぁ……」と内心納得した。
しばらくそうして談笑と元の世界の説明をした後、また書類を作成するためにヘルメスは移動した。アトラは二度手間を詫びたが、ヘルメスはなんでもないように微笑んで流してくれた。