夢見の旅人
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皇帝陛下は偉大なり。
どのナンバーの軍団かはわからないが、鎧を着こんだ兵隊が、帝国の旗を掲げ声をあげて訓練を行っていた。
アトラは魔導城の庭を移動する。
皇帝の勢いを落とすせっかくのチャンスだと意気込んだものの、アトラは皇帝と決定的な交流を持てないでいた。
実に、あたりさわりない会話。
もしかすると警戒されているのでは、とも思った皇帝の態度は、本心が欠片ほども見えず、わかるようなものではなかった。
ディアナを通して会話方法を教えてもらうものの、プロの会話でさえ口説けなかった相手だ。
アトラは職場の先輩上司と共に、皇帝と、会話をする機会はいくらでもあった。
「おはようございます。陛下」
家臣が皆であいさつする。
「ああ」
朝はこれのみ。
「良い天気ですね」
「ああ」
昼はこれのみ。
「良い夜をお過ごしくださいませ」
「ああ」
夜はこれで終わり。
……絶望的に、とっかかりがない。
「こんにちは! アシエンさん。ちょっと、よかったら、帝国でやりすぎないでほしいなーって。国民混沌としちゃって、狂信的だし! 繁栄はものすっごいありがたいんですけど、原初世界を破壊されちゃ元も子もないっていうか~。正直私たち分かたれた人を生贄にするのはやめてほしいな!」
アホか。
アトラは内心鼻で笑った。そう言って解決できたならどれだけいいか。もしかすると、そんなお花畑な世界になったとて、困るかもしれない。お花畑といえば、妖精國。妖精たちがお遊びで人を草にする世界……アトラは首を振った。人が生きていくのにそれは困る。やはりこのままでなんとか解決しようとむしろ気合が入った。
かといって、自分を抜擢してもらえたことにお礼を言ったときにも。
「あの日、私を皇室の侍従に任命していただき、誠にありがとうございます。陛下のおそばでお仕えできることを、心より光栄に存じます。」
「ああ」
返事は一切合切、淡白。夫婦の倦怠期かのよう。
のれんに腕押しのごとく、一定の会話のみ。皇室付きに抜擢されたからには、それなりに交流が持てるのでは。という期待もあったアトラは、拍子抜けした。
アトラはチャンスに恵まれながら実らぬという、一進一退で停止していた。
「もーいい! いったん忘れよう」
アトラも仕事が慣れてきた頃。2人体制で行われる侍従の夜勤のため魔導城の仮眠室で仮眠を取る。
あとは夜勤の相方と交代する時間ちょっと前まで横になる。
アトラはうとうと、眠りについた。
ふわふわと、浮遊する感覚。次には、顔と手元にわさわさと、なにかしばらく感じていなかったもの。ゆっくりと目を開ける。
気が付くと、アトラは草原にいた。
穏やかな風により、草がささやく音が聞こえ、寝転がっている場所は暖炉前の分厚い絨毯のように暖かだった。
目の前には小さな小川が流れている。
せせらぎの音が耳を優しく浄化する。
雪国では滅多に触れることのできなかった生い茂った草。皇族のみに許された場所を思い出す。
見渡せばどこまでも広がる緑と青の空。薄く星空がまたたいている。
アトラは寝転がって噛み締めた。
常春の匂い。生命の音。暖かな時間。
まるで春の雪解け水のように、アトラの目から涙が流れた。
赤切れてささくれた手を見る。体が回復していく感覚に、打ち震えた。
しばらくの夢見心地にハッとして、アトラは自分の腕をつねった。
「いった!」
痛かった。夢の中で痛覚はない。
深呼吸をしてみる。できる。咳をしてみる。喉がつっかえる。
立ち上がって走ってみる。ばさばさと、侍従の服が足にかかるが、ふわふわしない。
土を踏みしめている感覚がした。
景色にも見覚えがある。
アトラは『へり』にいた。
石造りのへり。人工の島。
「エルピスみたい」
まだ断定できる段階ではないが、アトラはそう感じた。
そしてひとつ、問題があった。
「こっち、こっち!」
明るくつたない、少女の声が聞こえる。
アトラは声がしたほうに振り返ると、青い人と黒いローブに仮面の人が走ってくる。
「メーティオン、詳しく教えてくれないか。おそらく小さすぎて、見当たらないみたいだ。このままでは踏みつぶしてしまう」
「うーんと、んとね。いたら、はいって、返事してくださーい!」
「逆に、怖がらせてしまわないだろうか?」
なんとアトラは、小さいままエルピスにいた。
この草原、この人たちにとっては芝生なのだろう。
よく管理されている芝生のおかげで草に埋もれてはいないが、草と土に混ざってしまうほど小さいらしい。
そして転生した絵理沙は、この人たちをよく知っている。
「ここでーす!」
小さいジャンプをしながら、アトラは返事をする。
やっと気づいてもらえたようで、大きなふたりはそっとアトラに近づく。
「いた! ちっちゃい、エンテレケイア!」
「……本当に、小さいね」
「こ、こんにちは」
アトラを発見した人たちは、アトラをエンテレケイアと呼び、かがんで目線を合わせようとする。
ここがエルピスというのなら、アトラの大きさは彼らの14分の1。大きな差がある。
「こんにちは。自分は、ヘルメス。ここ、エルピスの所長を務めている。こっちは、メーティオンだ。君は、どうしてここに? いきなり現れたようだったけど……」
「うん! いきなり!」
ヘルメスは走ってきたり驚いたりしながらも、慌てた様子はなく、落ち着いてアトラに話しかける。
というよりも、新生物との対話を試みる、といった様子のほうが近いかもしれない。
ヘルメスのその眼には、かすかな希望が輝いた。
となりの青いメーティオンと呼ばれた子は、さらに目を輝かせていた。
「……アティウスと申します」
アトラはファミリーネームを名乗っておいた。
嘘はついてない。
どのナンバーの軍団かはわからないが、鎧を着こんだ兵隊が、帝国の旗を掲げ声をあげて訓練を行っていた。
アトラは魔導城の庭を移動する。
皇帝の勢いを落とすせっかくのチャンスだと意気込んだものの、アトラは皇帝と決定的な交流を持てないでいた。
実に、あたりさわりない会話。
もしかすると警戒されているのでは、とも思った皇帝の態度は、本心が欠片ほども見えず、わかるようなものではなかった。
ディアナを通して会話方法を教えてもらうものの、プロの会話でさえ口説けなかった相手だ。
アトラは職場の先輩上司と共に、皇帝と、会話をする機会はいくらでもあった。
「おはようございます。陛下」
家臣が皆であいさつする。
「ああ」
朝はこれのみ。
「良い天気ですね」
「ああ」
昼はこれのみ。
「良い夜をお過ごしくださいませ」
「ああ」
夜はこれで終わり。
……絶望的に、とっかかりがない。
「こんにちは! アシエンさん。ちょっと、よかったら、帝国でやりすぎないでほしいなーって。国民混沌としちゃって、狂信的だし! 繁栄はものすっごいありがたいんですけど、原初世界を破壊されちゃ元も子もないっていうか~。正直私たち分かたれた人を生贄にするのはやめてほしいな!」
アホか。
アトラは内心鼻で笑った。そう言って解決できたならどれだけいいか。もしかすると、そんなお花畑な世界になったとて、困るかもしれない。お花畑といえば、妖精國。妖精たちがお遊びで人を草にする世界……アトラは首を振った。人が生きていくのにそれは困る。やはりこのままでなんとか解決しようとむしろ気合が入った。
かといって、自分を抜擢してもらえたことにお礼を言ったときにも。
「あの日、私を皇室の侍従に任命していただき、誠にありがとうございます。陛下のおそばでお仕えできることを、心より光栄に存じます。」
「ああ」
返事は一切合切、淡白。夫婦の倦怠期かのよう。
のれんに腕押しのごとく、一定の会話のみ。皇室付きに抜擢されたからには、それなりに交流が持てるのでは。という期待もあったアトラは、拍子抜けした。
アトラはチャンスに恵まれながら実らぬという、一進一退で停止していた。
「もーいい! いったん忘れよう」
アトラも仕事が慣れてきた頃。2人体制で行われる侍従の夜勤のため魔導城の仮眠室で仮眠を取る。
あとは夜勤の相方と交代する時間ちょっと前まで横になる。
アトラはうとうと、眠りについた。
ふわふわと、浮遊する感覚。次には、顔と手元にわさわさと、なにかしばらく感じていなかったもの。ゆっくりと目を開ける。
気が付くと、アトラは草原にいた。
穏やかな風により、草がささやく音が聞こえ、寝転がっている場所は暖炉前の分厚い絨毯のように暖かだった。
目の前には小さな小川が流れている。
せせらぎの音が耳を優しく浄化する。
雪国では滅多に触れることのできなかった生い茂った草。皇族のみに許された場所を思い出す。
見渡せばどこまでも広がる緑と青の空。薄く星空がまたたいている。
アトラは寝転がって噛み締めた。
常春の匂い。生命の音。暖かな時間。
まるで春の雪解け水のように、アトラの目から涙が流れた。
赤切れてささくれた手を見る。体が回復していく感覚に、打ち震えた。
しばらくの夢見心地にハッとして、アトラは自分の腕をつねった。
「いった!」
痛かった。夢の中で痛覚はない。
深呼吸をしてみる。できる。咳をしてみる。喉がつっかえる。
立ち上がって走ってみる。ばさばさと、侍従の服が足にかかるが、ふわふわしない。
土を踏みしめている感覚がした。
景色にも見覚えがある。
アトラは『へり』にいた。
石造りのへり。人工の島。
「エルピスみたい」
まだ断定できる段階ではないが、アトラはそう感じた。
そしてひとつ、問題があった。
「こっち、こっち!」
明るくつたない、少女の声が聞こえる。
アトラは声がしたほうに振り返ると、青い人と黒いローブに仮面の人が走ってくる。
「メーティオン、詳しく教えてくれないか。おそらく小さすぎて、見当たらないみたいだ。このままでは踏みつぶしてしまう」
「うーんと、んとね。いたら、はいって、返事してくださーい!」
「逆に、怖がらせてしまわないだろうか?」
なんとアトラは、小さいままエルピスにいた。
この草原、この人たちにとっては芝生なのだろう。
よく管理されている芝生のおかげで草に埋もれてはいないが、草と土に混ざってしまうほど小さいらしい。
そして転生した絵理沙は、この人たちをよく知っている。
「ここでーす!」
小さいジャンプをしながら、アトラは返事をする。
やっと気づいてもらえたようで、大きなふたりはそっとアトラに近づく。
「いた! ちっちゃい、エンテレケイア!」
「……本当に、小さいね」
「こ、こんにちは」
アトラを発見した人たちは、アトラをエンテレケイアと呼び、かがんで目線を合わせようとする。
ここがエルピスというのなら、アトラの大きさは彼らの14分の1。大きな差がある。
「こんにちは。自分は、ヘルメス。ここ、エルピスの所長を務めている。こっちは、メーティオンだ。君は、どうしてここに? いきなり現れたようだったけど……」
「うん! いきなり!」
ヘルメスは走ってきたり驚いたりしながらも、慌てた様子はなく、落ち着いてアトラに話しかける。
というよりも、新生物との対話を試みる、といった様子のほうが近いかもしれない。
ヘルメスのその眼には、かすかな希望が輝いた。
となりの青いメーティオンと呼ばれた子は、さらに目を輝かせていた。
「……アティウスと申します」
アトラはファミリーネームを名乗っておいた。
嘘はついてない。