【FGO】【短編】愛をくれる人
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「うふふ、マスター。添い寝をして差し上げましょうか。お疲れでしょう?」
とある作家に毒婦と呼ばれる存在、殺生院キアラがマスター立香の部屋をまるで我が物かのようにぬるりと侵入してくる。
両手を前に添えて、物静かな動作で立ち止まる。
そのしぐさすべてに育ちが伺えるが、その目は淫らに艶めいている。
いったい何を始めようというのかマスターはのどを鳴らす。
「わ、わーい。危険な香りがするなあ…あっスマホおいてきちゃった。とってくるから待ってて。」
「まあ、端末なんて後で回収したらよろしいのでは?」
「枕元に置かないと安眠できないんで。」
「重症のようですわね…その癒しもわたくしがして差し上げたいところですが」
「うん。スマホは別枠。」
「精神科でしたか…では好きにお待ちいたしますわ。」
「いってきまーす」
どこかの世界線のどこかの国では時代は令和と呼ばれていて、その時代が存在すれば「令和っ子」と称して差し支えないほど立香はスマホが必須アイテムとなっていた。
ちびっこサーヴァントからはかわいらしいスタンプで立香の気を引こうと送られ続け、先生サーヴァント達からは授業や訓練のスケジュールが連絡が入り、立香と親密になりたいサーヴァントからはラブコールが止まらない。
もちろん連絡端末を持たないサーヴァントもいるが、立香は連絡用のみではなく、インターネットに残る情報をめぐるネットサーフィンもするために、スマホはもはや生活の一部となっている。
ぼふり。
キアラは豊満な肉体を立香のベッドに横たわらせ、さてどうやって篭絡させたものかと、さして焦りもせず余裕たっぷりに考えていた。
サーヴァントなど、ただマスターに協力して生活するだけ。
鬼のような周回とやらを強要されることもあるが、サーヴァントが異様に多いここカルデアにおいては休暇のようなシステムも設けられているために、キアラは日々を持て余していた。
であれば、このカルデアの中心 を腹中に収める以外に自分のすることなどあろうか。
フフフ、といつかの魔人柱すら食い物にした獣は、肉食獣のごとく心中で舌なめずりをしていた。
ウィーン
マイルームの扉が開かれる。
体重を感じさせない軽めの足音で、それはまさしく立香の帰ってきた音だろう。
扉に背を向けてベッドに寝ていたキアラは、このまま大して動かず相手を油断させ、会話を続けこちらの沼へと引きずり込めば。と、そう考えていたが…なぜだか眠気がやってくる。
対象は黙ったままキアラのもとへ歩いてゆく。
キアラはというと、「またスマホに夢中のようですね」とすこしため息をついた。
「はあ、ねえ立香様。お目当てのものは見つかりましたか?わたくしも、猛るどころか眠気が来てしまって…このベッドはマスターの匂いがいたしますわ。なんだか夢見心地…で…」
特別欲情をそそられるわけでもない、なんとも平凡な人間の寝具の香りに、キアラはハニートラップを仕掛けるどころか、「すん」とその気も冷めてしまっていた。
近づいてきていたであろう存在は、ぐっとなにか言うのをこらえて思案したのち、キアラの頭に手を伸ばす。
諦めたような、呆れたような、仕方ない、とでも言いたそうな眼をしている。
「まあ、頭を撫でてくださるのですか?珍しく今日は積極的でわたくしもやぶさかでは…」
その言葉は、キアラが目を開けて、頭をなでていた人間を確認すると途切れた。
立香よりは幾分か小さく、気難しそうな眼とメガネ、青い頭髪のその存在は、キアラに視認されたとわかると口の端を吊り上げた。
「悪い子供も、こんなにおとなしくしていることがあるのだな。うん? そもそもこんな時間にマスターのところにいるのは大人しくもないか。」
「キャアッ、あ、アンデルセン!?
な、なぜあなたがここにいるのです!?」
先ほどまで頭にあった感触を払うかのようにキアラは自分の頭を何度か押さえつける。
名を呼ばれた気難し気な作家はこりゃ愉快とでも言うように言葉をつづけた。
「マスターの物語を書き上げたところでな、ご本人に入稿するところだったというわけだ。目の前でまじまじと読まれてはかなわんので即刻退場するつもりではあったが……貴様はいったい、我々マスター様にどんな毒を盛るところだったんだ?一応、立香の身の危険は排除しないとな。サーヴァントだから、な!」
「そん、そ、そんなことよりなぜ今、頭を…もういいです!」
混乱と恥ずかしさと憤りでキアラは立香のベッドから飛び出しよろよろと床に降り立つ。その際にぼそりとつぶやく。
「子供扱いして…!」
「なぜ頭をなぜたくらいで声をあげる。
そんな反応をされてはまたやりたくなってしまうではないか?
あの毒婦をどこまで追い込めることができるか見ものだな!」
絶対にわざとだ。
誰がその状況を見てもわかるくらいにアンデルセンはわざとらしく利き手をまだよろめいているキアラの頭に向かって伸ばそうとする。
その手をキアラは払いのける。
さらにアンデルセンはキアラにお灸を据える意味で手を伸ばす。
またキアラは払いのける。
「おやめください。金、輪、際!さわらないでください。
嫌がる相手をむりやり…相手が相手であればよろしいものを、よりによってあなたのようなひねくれた作家がむりやりに触ろうとしないでください!」
「実によい反応をしてくれる。言われなくても喜んでお前の頭を触ろうとなぞ思っていない!しかしいくらか説教代わりにはなるようだ。ならば、ゆめゆめ頭をもたげることのないよう注意することだな!」
アンデルセンが言い終わるころには、キアラはマイルームを小走りでいなくなっていた。
「やれやれ、油断も隙もない。おとなしくカウンセリングの類をすればよいものを、明らかに襲おうとしていたな。というかなぜマスターである立香の部屋はこうやすやすと誰でも入れる仕様になっているのだ? そもそもそこからではないか…」
アンデルセンがいつもの長めの理屈をこねていると、スマホの回収に手間取っていたらしい立香が自分の部屋に帰ってくる。
「あれ、キアラ? おっと…なるほどアンデルセン先生かあ」
立香はキアラと入れ替わりに存在していたアンデルセンを確認するなり、訳知り顔でそっかそっかとうなずいていた。
「なるほどとは心外だなマスター。ヤツとは特別なことは起きなかったぞ。まあこちらを警戒してはいたがな。」
「いや、そこらへんキアラは粘り強い。発酵食品のごとく。
アンデルセン先生がただいるだけで帰るような人じゃないからね…絶対なんかあった。ぜったいに。」
「ふん、何にしろ俺には関係ないだろうなあ。書きあがったぞ。」
「おっ、珍しい。仕事早い。」
「読むのは明日にしろ。作家にとって、目の前で読まれるほど耐え難いものはないからな。俺はこれで失礼する。」
「え~? 寝る前の読み聞かせ、その原稿でやってほしいなあ。
大先生に読んでほしいなあ。」
「拷問か…? そのわざとらしい言い方も何なんだ」
自分のことを棚に上げてアンデルセンは苦悶する。
しかし立香は知っている。
いつか、誰かのために本を作っていたこと。
読んでいたこと。
あと頼まれたら断れないこと。
「…いいか、最高速度で読み上げてやる。聞き取れようと聴きとれまいと、関係なく寝ろ。わかったな?」
「わかった、わかったって。」
カルデア機関が考えたできるだけストレスを軽減させた造りの寝具にもぐり、刺激的な物は目に写さないように、持ってきたスマホもサイドテーブルに置いて。
見た目にそぐわぬ低い落ち着いた声は思いのほか心地よい速度で原稿を読み上げる。その言葉に身を預けるように聞き入る。
彼の皮肉めいた普段のセリフとは違い、物語の“彼”の語りは柔らかく、ゆっくり眠りへと誘う音だった。
彼の宝具は。キアラの最期は。
もしかしたら、こんなふうにたおやかだったのかもしれない。
とある作家に毒婦と呼ばれる存在、殺生院キアラがマスター立香の部屋をまるで我が物かのようにぬるりと侵入してくる。
両手を前に添えて、物静かな動作で立ち止まる。
そのしぐさすべてに育ちが伺えるが、その目は淫らに艶めいている。
いったい何を始めようというのかマスターはのどを鳴らす。
「わ、わーい。危険な香りがするなあ…あっスマホおいてきちゃった。とってくるから待ってて。」
「まあ、端末なんて後で回収したらよろしいのでは?」
「枕元に置かないと安眠できないんで。」
「重症のようですわね…その癒しもわたくしがして差し上げたいところですが」
「うん。スマホは別枠。」
「精神科でしたか…では好きにお待ちいたしますわ。」
「いってきまーす」
どこかの世界線のどこかの国では時代は令和と呼ばれていて、その時代が存在すれば「令和っ子」と称して差し支えないほど立香はスマホが必須アイテムとなっていた。
ちびっこサーヴァントからはかわいらしいスタンプで立香の気を引こうと送られ続け、先生サーヴァント達からは授業や訓練のスケジュールが連絡が入り、立香と親密になりたいサーヴァントからはラブコールが止まらない。
もちろん連絡端末を持たないサーヴァントもいるが、立香は連絡用のみではなく、インターネットに残る情報をめぐるネットサーフィンもするために、スマホはもはや生活の一部となっている。
ぼふり。
キアラは豊満な肉体を立香のベッドに横たわらせ、さてどうやって篭絡させたものかと、さして焦りもせず余裕たっぷりに考えていた。
サーヴァントなど、ただマスターに協力して生活するだけ。
鬼のような周回とやらを強要されることもあるが、サーヴァントが異様に多いここカルデアにおいては休暇のようなシステムも設けられているために、キアラは日々を持て余していた。
であれば、このカルデアの
フフフ、といつかの魔人柱すら食い物にした獣は、肉食獣のごとく心中で舌なめずりをしていた。
ウィーン
マイルームの扉が開かれる。
体重を感じさせない軽めの足音で、それはまさしく立香の帰ってきた音だろう。
扉に背を向けてベッドに寝ていたキアラは、このまま大して動かず相手を油断させ、会話を続けこちらの沼へと引きずり込めば。と、そう考えていたが…なぜだか眠気がやってくる。
対象は黙ったままキアラのもとへ歩いてゆく。
キアラはというと、「またスマホに夢中のようですね」とすこしため息をついた。
「はあ、ねえ立香様。お目当てのものは見つかりましたか?わたくしも、猛るどころか眠気が来てしまって…このベッドはマスターの匂いがいたしますわ。なんだか夢見心地…で…」
特別欲情をそそられるわけでもない、なんとも平凡な人間の寝具の香りに、キアラはハニートラップを仕掛けるどころか、「すん」とその気も冷めてしまっていた。
近づいてきていたであろう存在は、ぐっとなにか言うのをこらえて思案したのち、キアラの頭に手を伸ばす。
諦めたような、呆れたような、仕方ない、とでも言いたそうな眼をしている。
「まあ、頭を撫でてくださるのですか?珍しく今日は積極的でわたくしもやぶさかでは…」
その言葉は、キアラが目を開けて、頭をなでていた人間を確認すると途切れた。
立香よりは幾分か小さく、気難しそうな眼とメガネ、青い頭髪のその存在は、キアラに視認されたとわかると口の端を吊り上げた。
「悪い子供も、こんなにおとなしくしていることがあるのだな。うん? そもそもこんな時間にマスターのところにいるのは大人しくもないか。」
「キャアッ、あ、アンデルセン!?
な、なぜあなたがここにいるのです!?」
先ほどまで頭にあった感触を払うかのようにキアラは自分の頭を何度か押さえつける。
名を呼ばれた気難し気な作家はこりゃ愉快とでも言うように言葉をつづけた。
「マスターの物語を書き上げたところでな、ご本人に入稿するところだったというわけだ。目の前でまじまじと読まれてはかなわんので即刻退場するつもりではあったが……貴様はいったい、我々マスター様にどんな毒を盛るところだったんだ?一応、立香の身の危険は排除しないとな。サーヴァントだから、な!」
「そん、そ、そんなことよりなぜ今、頭を…もういいです!」
混乱と恥ずかしさと憤りでキアラは立香のベッドから飛び出しよろよろと床に降り立つ。その際にぼそりとつぶやく。
「子供扱いして…!」
「なぜ頭をなぜたくらいで声をあげる。
そんな反応をされてはまたやりたくなってしまうではないか?
あの毒婦をどこまで追い込めることができるか見ものだな!」
絶対にわざとだ。
誰がその状況を見てもわかるくらいにアンデルセンはわざとらしく利き手をまだよろめいているキアラの頭に向かって伸ばそうとする。
その手をキアラは払いのける。
さらにアンデルセンはキアラにお灸を据える意味で手を伸ばす。
またキアラは払いのける。
「おやめください。金、輪、際!さわらないでください。
嫌がる相手をむりやり…相手が相手であればよろしいものを、よりによってあなたのようなひねくれた作家がむりやりに触ろうとしないでください!」
「実によい反応をしてくれる。言われなくても喜んでお前の頭を触ろうとなぞ思っていない!しかしいくらか説教代わりにはなるようだ。ならば、ゆめゆめ頭をもたげることのないよう注意することだな!」
アンデルセンが言い終わるころには、キアラはマイルームを小走りでいなくなっていた。
「やれやれ、油断も隙もない。おとなしくカウンセリングの類をすればよいものを、明らかに襲おうとしていたな。というかなぜマスターである立香の部屋はこうやすやすと誰でも入れる仕様になっているのだ? そもそもそこからではないか…」
アンデルセンがいつもの長めの理屈をこねていると、スマホの回収に手間取っていたらしい立香が自分の部屋に帰ってくる。
「あれ、キアラ? おっと…なるほどアンデルセン先生かあ」
立香はキアラと入れ替わりに存在していたアンデルセンを確認するなり、訳知り顔でそっかそっかとうなずいていた。
「なるほどとは心外だなマスター。ヤツとは特別なことは起きなかったぞ。まあこちらを警戒してはいたがな。」
「いや、そこらへんキアラは粘り強い。発酵食品のごとく。
アンデルセン先生がただいるだけで帰るような人じゃないからね…絶対なんかあった。ぜったいに。」
「ふん、何にしろ俺には関係ないだろうなあ。書きあがったぞ。」
「おっ、珍しい。仕事早い。」
「読むのは明日にしろ。作家にとって、目の前で読まれるほど耐え難いものはないからな。俺はこれで失礼する。」
「え~? 寝る前の読み聞かせ、その原稿でやってほしいなあ。
大先生に読んでほしいなあ。」
「拷問か…? そのわざとらしい言い方も何なんだ」
自分のことを棚に上げてアンデルセンは苦悶する。
しかし立香は知っている。
いつか、誰かのために本を作っていたこと。
読んでいたこと。
あと頼まれたら断れないこと。
「…いいか、最高速度で読み上げてやる。聞き取れようと聴きとれまいと、関係なく寝ろ。わかったな?」
「わかった、わかったって。」
カルデア機関が考えたできるだけストレスを軽減させた造りの寝具にもぐり、刺激的な物は目に写さないように、持ってきたスマホもサイドテーブルに置いて。
見た目にそぐわぬ低い落ち着いた声は思いのほか心地よい速度で原稿を読み上げる。その言葉に身を預けるように聞き入る。
彼の皮肉めいた普段のセリフとは違い、物語の“彼”の語りは柔らかく、ゆっくり眠りへと誘う音だった。
彼の宝具は。キアラの最期は。
もしかしたら、こんなふうにたおやかだったのかもしれない。
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