【版権】短編集

 ここは地獄。
 魔法を使う悪魔たち。
 
 その地獄で、私が働いているのは『HAPPY HOTEL』。
 つい最近死んで、この地獄にやってきたばかりのこと。
 TVではやけに地獄と雰囲気の合わないスローガンを掲げた、このホテルが放送されていた。

 私は秩序やルールよりも、好奇心のほうが勝ってしまう性分だ。
 ついそのままホテル見学に行き、そのまま周りの圧に負けて働くこととなった。
 特にオーナーであるチャーリーが「従業員をご希望?それともお客さんかしら!」と無垢でキラキラ輝いた目で見つめてきて…断り切れなかった。
 純粋な悪を見かけることがある地獄でも、こんなに純粋な善を見たことがないゆえに、悪魔である自分にとっては逆に怖い。

 今となっては馴染みが深く、やめようという気もしないほど居心地がいい。
 爆発や騒がしいスピーカーの音。それらが嫌いだったわけじゃないけど、それらにプラスしてこのホテルはスリルも喜びも満点だ。

 みんなが得意なことがある。
 軽い体で天井のお掃除。
 翼で跳んだり、お酒を飲んだり。
 あれ…お酒は普通なんだよね?
 得意の技で、相手を昇天。
 あれ、これはコンセプトがホテルと違ってくるかな?地獄っぽい行いではあるんだけど。なんだか突っ込みどころが多いぞ。

 でも私はずっとふつうのことをしている。

 特別なこともなくパッとしない作業。
 ふつうの掃除。ふつうの整理。ふつうの接客。
 ふつうの…

 ふ、と目の前に影ができる。
 このホテルのオーナーだ。

「ハーイ、ご主人」

「私のことはチャーリーって呼んで」

「そ、そうね。 チャーリー」

 明るくHAPPYをふりまく女性、チャーリー。ハッピーに見えるからと言って軽い性格ではなく、彼女に弱いところはない。

 みんなをハッピーにすることを共感してもらえず罵倒されることは悲しいことだが、それでも彼女は自分の夢に向かって進むことを止めることはない。

 だからこそ、こんなかんじに押しが強いところがある。
 困ってしまうこともあるが、オーナーとしては頼もしい限りだ。

「あなたはゆっくり手でひとつずつしていくのね」

「ええ」

 今日も同じように。

 普段から、少しでも楽しくなるような道具を揃えて。
 さっと掃除ができるわけでもないので、必然とゆっくりになる。それに掃除ばかりが必要になるわけでもないので、そのほかの料理に使うナイフ、簡易靴磨きの布、裁縫道具、メモとペンなどなど。
 困らない様に道具をそろえて腰のポーチに備えている。

 ここのマネージャーは道具なんて要らない。
 ステージもミュージカルも、困った客をおとなしくさせるときも、指のスナップひとつですべて解決。
 笑顔がかわいくも怖いラジオの悪魔。
 私が控えめなため接触は少ないが、時々向けられる笑顔には、かけてるつもりはないのだろうが圧力を感じて動けなくなる。そんな私を見て彼はまた笑みが深くなる。私はさらに縮み上がって、恐怖が深くなるばかりだ……。

 その彼らのように、私は魔法が使えないみたい。
 そのなかでしたかったことをしてみる。
 手入れをする。掃除をする。適度にサボる。遊ぶ。真面目になる。ゲリラ開催のミュージカルを野次馬する、などなど。なかなかに楽しい毎日だ。
 スタッフたちと手分けして今日も館内を動き回っていた。

「私は得意なこともないし、魔法が使えないから。でもここにいるとたのしいのよ」

 うらやましくないと言ったらウソになるけど、環境はとても好きだ。そんな気持ちを込めて言ってみる。
 
 そしたら彼女、チャーリーったらキョトンとしている。次にはこう言った。

「え? 私、あなたの魔法好きよ」

 なんのことだかわからなくて
 じっとオーナーのことを見つめてしまった。

「魔法?」

「そう! あなたが手を込めたものを見ると、嬉しくなるの。
 もちろん早く片付けることも必要なときがあるし、魔法で片付けてもきれいになる。
 でもね、あなたが丁寧に手入れして、それを誰かが使っていく瞬間。
 何をしても綺麗になった結果は同じなのに、あなたから誰かへ、繋がるその瞬間がとても素敵に思えるの」

 興奮してしまうとすぐ歌になって仕事にならないオーナーだが、やり過ぎてしまわず楽しく終わる。それが彼女のいいところだ。
 そして、今はそんな彼女からの歌のような言葉が素直に嬉しい。

「そう、素敵な瞬間を作る…それはたしかに、魔法ね」

「そうでしょう。あなたの魔法、とてもハッピーになるからこのホテルにぴったり!一緒にhappyを配りましょう。みんなしあわせhappyになるわ」

「ええ、もちろん」

 たくさんの人としあわせになるために。
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