【FF14】【短編】英雄の涙に、借りっぱなしのハンカチ

 アーモロートの最上階。
 英雄に目ざとく見つけられて、本音を聞くこととなった。
 
 英雄は、理想を叶えるのだと言った。
 助けることを諦めるなど、微塵も考えていない顔で。
 まったく、そういう人間だ。

 以前から疑問だった。

 分かたれたあの魂は、いかに元が元でも、絶望して然るべきだろうと。
 なりそこないであるがゆえに、この状況ならいずれ折れるはずだと。

 だが──歩みを止めない。
 命を落としてもなお、その魂は、巡るたびに立ち上がる。
 幾度繰り返そうとも。

 胸の内を聞いても私の気持ちも、宿願も、変わることはない。
 覚悟していたことが来ただけだった。
 やはり、対峙することになるのだと。

「おやすみ!」

 英雄は一度、アーモロートを出てクリスタリウムへと戻っていった。

 話を聞いた反動か、英雄と取り違えた所持品に魔法を巡らせていた。
 気がつけば、とんでもないものが出来上がっていた。
 ああ、どうしてくれる。
 自分の手元にあるのさえ、厭になるほどに。

 ……返してしまおうか、このまま。
 もしかすると、挑発できるかもしれない。

 しかし、そんな考えが浅はかだと、やはり何度も思い知らされる。

 部屋のドアノブにかけて置いていくつもりが、嗅ぎつけたかのように英雄が扉を開けに来た。
 悲鳴を上げていたので、予測していたわけではないことだけはわかる。余計になぜ扉が開けられたのか、納得はいかない。
 
 しかし、魂の動きが視えていても、反応が遅れてしまうほどの動きだった。
 この場は観念することにした。

 取り違えの、取り換えを完了させる。

 クリスタルカードケースに収められたイデアの部品は、時さえも閉じ込めたようだった。
 胸元に仕舞い込む。
 
 すすめられるまま腰を下ろし、紅茶を淹れる姿を眺めながら、ふと昨日の、英雄とのやりとりを思い返す。
 今思えば、あれは失敗だったのかもしれない。

 これからに差し支えないよう、分かたれた人を愛さぬようにと振る舞ったつもりだった。
 それなのに、胸にひっかかる。
 罪悪感か、不快感か。
 いや、どちらでもない。
 
 時が経つほどに、手放せなくなる。
 そんな予感がしただけだ。

 ならば、責任を取るしかない。
 このどうしようもない気持ちに。

 だから気になる。私がいなくなったあとのことが。
 こいつは、自分が願望を叶える器であるということを、本気で理解していない。
 私が消えれば、すぐにまた無防備な世界へ走り出していくだろう。
 
 利用される。
 バケモノ扱いされる。
 消されようとする。
 
 エリディブスも、次こそは本気で対峙するはずだ。
 目に浮かぶ。

 ……面倒だ。そんなことになれば、せっかくの安眠も妨げられる。
 対策はしておかねばならん。

 理解がしがたい。
 問題は、その目だ。
 こいつは、寂しげに、絶望を抱えたままこちらを見る。
 それなのに、笑う。
 生きようとする。

 ……いったい、その絶望はどこから来ている?
 それでも歩き続けるのは、なぜだ?

 もちろん、その答えを聞いたところで理解できるとは思っていない。
 だからこの疑問は、ただの癖にすぎん。

 その謎は、魂についた傷なのかもしれない。
 そして――その魂と向き合うのは、
 私の役目なのかもしれん。

 ふ、とひとつ思い出す。

『……私の助けられなかった人たちへの悲しみを、
 あなたの生き様が、
 その悲しみを認めてくれたの!』

 ――そうか。あの瞳は、そういうことだったのか。

 何度も見てきた目だ。
 感情を内に押し込み、誰にも吐き出さず、孤独を選んだ者の目。

 こいつは、私の何に惹かれたのだろう。
 最初のうちは、気にも留めなかった。

 私が理想を叶える過程を、悲しいと感じたのか。
 ……馬鹿げた話だ。

 もう終わったことだ。
 分かたれたなりそこないを見限った。
 理想のために歩んだことの、どこが悲しい。
 私は私の役目を負い、果たした。それだけだ。

 英雄様にしてやられて、はい、世界は救われましたとさ。
 めでたしめでたし。

『信じない方が、もっとつらい』

 ああ。
 ――はは。

 そうだった。
 分かたれた人とは、哀れで、救いようのないほど愚かな存在。
 何度も見てきたはずなのに、
 自分の頭の中は“おめでたい”と言う言葉が浮かんだ。

 終わるわけがない。
 人が終わるはずがないのだ。
 どんな形に成り果てようとも。

 ……まったく、私も愚かになったものだ。

「その通りだな」

 つい、昨日と同じ返答が口をついた。

 バカな願いを叶え続けた英雄が、
 バカな願いをやめるわけがない。

 理想の世界。
 愛の世界。
 暖かく、争いのない世界。

 私が叶えようとしたものだ。

 だが、そればかりでは、英雄の悲しみは深まるばかりだ。
 それでも――やめないのだろう。
 どうして、ここまで純粋でいられるのか。
 まったく、理解不能だ。

 英雄はケロッとしている。
 お土産を開けるときの目には、絶望が薄れ、
 微かな希望が差していた。

 その光を見ていると、自分の影が濃くなる気がする。

 英雄に渡した小さなミニチュアを並べる姿に、何かを思い出す。

 ……やめろ。終わったことだ。

 胸の奥をひっかくような感覚がする。
 
 流れで紅茶をいただくことにする。

 花の香りが、口元に薄くまとわりついた。

 私は確かにエメトセルクとして生き、いま、ここにいる。

 面倒なことだ。
 本当に――面倒だ。

「今日はこれで引き上げよう。そもそも予定外の長居をしすぎた。
 ……世界がどちらの手に渡るか、見ものだな」

 開いたゲートに身を預け、一拍のあいだに根城へ戻る。

 あとはただ、どちらの手に終わりが訪れるのか。
 それを見届けるだけだ。


 ***
 

「お前はなぜ……救われたと言っていたのに、泣いている?」

 英雄は確かに、私を見て泣いていた。
 心を痛めていた。

 海底のアーモロートは光に満たされ、眩しく揺れていた。
 光を取り込み、それを解き放った余波の名残かもしれん。

 胸元には光の残滓が焼き付いたような穴が空き、
 仕舞っていたクリスタルケースは無事だったのか、床に転がって音を立てた。

 さて終わった。私の終わりだ。
 世界は英雄のたもとへと渡る。

 ……だが、なぜだ。
 お前は私に救われたと言ったはずだろう。
 ならば、なぜ泣く?

「……救われたのは本当。
 それでも、あんたを失うのが悲しくないはずがない」

 知りたくなどなかった。
 だが、聞いてしまった。

 頭ではわかっていた。
 悲しむだろう、惜しむだろう、そういうものだと。

 忌々しい。
 こんなにも感情が寄ってしまうとは。

「……人はいつか死ぬものだ。
 お前自身がわかっているだろう」

「理屈ではわかってる。それでも別れは悲しい」

「私を永遠に眠らせてはくれないつもりか」

 英雄は変わらず、私のことをまっすぐと見ている。

「う、ううん……おやすみ、エメトセルク」

 まったく、晴れやかではない。
 これでは、英雄が前に進めないのではないか。
 お前はそんな存在ではなかっただろう。
 そうでなくては、私が消えていくことに懸念が残る。

「おやすみ、だと? 
 “じゃあさよなら”とできると思うか?」
 
 自分でもわかっている。屁理屈だ。
 それでも――黙っている気にはなれなかった。

 だが。

「忘れないと、
 そう言っていたな」

 英雄の瞳がまっすぐに返ってくる。

「もう絶望も悲しみも、くだらん願いもやめろ。
 星海へ持っていって消してやる。よこせ。
 お前の周りには誰だっているだろう。
 そいつらを頼れ。今までだって、そうしてきただろう」

「う、うん……」

 英雄の驚いて混乱した顔は、妙に心地よい。
 だが、これで終わりにはならん。

「だから泣くな。
 ……泣くなと言っているだろうが」

 わかっている。
 自分が無茶なことを言っているのは重々承知だ。
 
 英雄の瞳から溢れる涙は、悲しみと絶望を洗い流すためのものだった。
 それなのに、こちらを見つめたまま流れ落ちるせいで、妙に胸の内へ食い込んでくる。穴が空いているというのにな。

 残りわずかな命をどうにか動かし、ハンカチと、拾い上げたクリスタルケースを持っていく。
 英雄がハンカチを受け取ろうとした瞬間、言葉より先に手が動き、無理矢理押しつける。

「絶望するのは許さん……もう泣かれるのはごめんだ」

 完全に、自分のためだ。
 眠りから起こされないため。
 絶望を刻まれないため。
 悲しみに縛られないため。

「うん、ごめん……」

「謝るな。泣くな」

「うん。ありが、と、エメ……エメトセルク……」

 英雄は確かに本物だが、絞り出すようにしてつくった、くしゃくしゃの笑顔を見せた。

 だから、やめろと。
 
 その笑顔が胸をかき乱す。

 まだ収まらない。どうしても。どこへ逃しても。
 
「ならば、覚えていろ。
 私たちは――確かに生きていたんだ」
 
 わが身がエーテルの粒子へとほどけ、世界へ溶けていく。
 
 英雄は咄嗟に私の手を取った。
 触れられた瞬間、小瓶を渡したときに浮かべた、あの頼りない笑顔が頭をよぎる。

 お前の歩く道、視ておくのも悪くない。

 視ておいてやるだけだ。
 これは愛情なものか。
 ……そんなはずがない。


 ***


「おはよう、グ・ラハ!」

 英雄は、星の間を開けて真っ先にあいさつする。

 グ・ラハ・ティアは頭をかき、はにかんだ。
 
「お、おはよう。
 はは、やっぱり照れくさいな。
 あんたはよく眠れたか?」

 英雄はハンドサインで「ばっちりだ」と返事する。
 救出されてから――グ・ラハはクリスタリウムでフード無し、素顔のままを過ごしている。

「ところで、あの落し物は、エメトセルクのものだったのか?」

 あ、と英雄はポケットからクリスタルケースを取り出す。

「うん。みんなに聞いてみても、正体は判明しなかったわけだ」

 英雄は苦笑いした。
 
「イデアの部品だって」

「……見せてもらってもいいか?」

 英雄は返事と共に、クリスタルケースをグ・ラハに手渡す。

 グ・ラハはまじまじと、ケースの中の部品を見つめる。

「……留め具だと思っていたが、イデアの部品か。
 それなら、もしかしたら――」

 その瞬間、扉が開き、ヤ・シュトラが星の間に現れた。

「あら、ちょうどよかったわ。
 その“記録媒体”、再生できるかもしれないことがわかったのよ」

 英雄は目が点になる。

「“記録媒体”?」

「イデアの部品なんて、持っていたって仕方ないでしょう。
 何かあると思っていたのよ」

 ヤ・シュトラは軽くウィンクした。
 グ・ラハは顔をほころばせる。

「ヤ・シュトラはもうわかっていたみたいだな。
 しかも、手段まで用意しているとは、恐れ入る」

 つかつかと、しかし優雅に、ヤ・シュトラは英雄とグ・ラハへ近づいた。
 彼女が掲げて見せたのは、再生機だという、シンプルな機械だった。

「ふふ、何が記録されているか……気になるわね?」

 唇を薄くさせて、ヤ・シュトラは楽しそうに言った。

 英雄はうなずき、機械に差し込むためクリスタルケースを開けようとした。
 思ったより丈夫に作られていたせいで手こずる。
 腕のいい職人に急いで仕上げてもらったため、開けやすく工夫する暇がなかったのだ。
 それでも、なんとか開けることができた。

 留め具――記録媒体を再生機にセットする。

 ――『我が同胞たちよ……』

 詩が、耳に届く。
 しかし、映像は映らない。

『我らの世界は……』

「……おそらく、古代の民たちが創ったゾディアークの詩ね」

 ヤ・シュトラは抽象化された詩の内容から、予測を立てた。
 詩は短く、あっという間に終わってしまう。

「彼の宿願を叶えるため、彼を支えるもの……そのひとつだったのかもしれないわね」

 そのまま流れるように、ヤ・シュトラは再生機とイデアの部品を自分の荷物に仕舞う。
 英雄は「あ」と声を出さず、口を開けたまま見つめていた。

「これはまだ分析が必要ね。
 いますぐ解読できるものではないから、預からせてちょうだい」

 英雄は納得し、うなずく。

「もしかしたら、ゾディアークの情報が繋がってくるかもしれないな」

 グ・ラハはそう言って、英雄と目を合わせ、ほほ笑んだ。

「それにしても、エメトセルクが救いって……なんの話だったんだ?」

 グ・ラハは、英雄とエメトセルクが別れ際に交わしていた言葉を途切れ途切れに聞いていた。
 それが気になって、英雄のコトならばと、グ・ラハは興味津々に尋ねた。

 ヤ・シュトラは含みのある笑いを浮かべる。

「あら、野暮なことは聞かないのがお約束じゃなくって?」

「え、野暮……ええっ!?」

 英雄も、深追いされるのは困る内容なので、誤解されたままにしておくこととした。
 苦笑いを返す英雄。

 かわいそうだが、混乱したグ・ラハはそのままにして、ヤ・シュトラと別れた。

 英雄は空を見上げて、日を浴びる。

 ゾディアークを信奉する詩。
 英雄がかすかに聞き取れたのは、ゾディアークから幾多の魂が開放される時が来ることを祈る内容だった。

「私も、祈ってる。
 これからも、ずっと」

 理想へと光を届ける戦士は、再び歩き出す。
 今回新たに知った、救うべき魂へとたどり着くために――。
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