【FF14】【短編】英雄の涙に、借りっぱなしのハンカチ

 大きなクジラの吐息に包まれた、海中のアーモロート。
 むせるような湿気が砂から立ちのぼる一方で、光の届かない海底はひんやりとしていた。

 潮の香りが鼻腔を掠める。空気を含んで生まれ変わったこの世界には、どこか清廉な空気が満ちている。

 光の戦士は古代の街を歩く。
 ある者にとっては故郷であり、ある者にはまったく目新しい場所だ。
 
 暁の一員である英雄は、仲間たちとともにアーモロートの街路を歩いていた。
 情報収集の最中、ふと視線の先――高くそびえる建物の最上階に、仲間には見えていない“影”が揺れた気がした。

 胸の奥に、微かなざわめきが走る。

 仲間たちの会話が遠のいていくのを感じながら、
 英雄は吸い寄せられるように、その建物へと足を向けた。

 そこには、エメトセルクがいた。

 建物の縁に腰を下ろし、丸まった猫背のまま街を見つめている。
 相変わらず、その背中には妙な哀愁が漂っていた。

 英雄は何も言わず、そっと隣に座る。
 街のほのかな明かりが青く灯り、空気は寒々しく感じられた。
 エメトセルクは、来ることを許すが、歓迎も拒否もしない。

 クリスタリウムにある星の間に来た時、彼はよく喋る。
 様子を見に来て「よくやっている」とどこから目線なのかわからない称え方をする。
 特に、愛の話題には強く反応した。
 
 旅の間、英雄は何度もその交流に救われ、同時に息が詰まった。
 旅は苦しくも、そして楽しいものだった。
 これから先、エメトセルクとの関係は、決定的なものになる──そんな予感が胸をよぎる。

 英雄は沈黙の中、自分の手荷物を整理した。

 ヤ・シュトラからもらった香水のアトマイザー。
 ウリエンジェからはお守り代わりのタロットカード。
 サンクレッドは、リーンと一緒に選んでくれたハンカチを。
 意外にも、アルフィノとアリゼーの双子は揃って丈夫な革手袋を選んでくれた。
 
 水晶公――グ・ラハ・ティアからは、旅の途中で重宝した香草ケース。ここまでの簡易料理で何度も助けられた。

 そして今――彼はここで囚われている。

 英雄は手荷物からあるものを取り出し、猫背のまま街に意識を溶け込ませていた彼の視線に掲げた。

 月光のように銀色に光る“何かの留め具”。
 歴史を感じさせる装飾で、何に使われていたのか、英雄にはわからなかった。
 暁のメンバーに聞いても、水晶公に聞いても、判明しなかった落とし物。
 そうなると、持ち主は限られる。

「一流品だね」

 エメトセルクは少し驚き、やがて目に納得の色を浮かべた。

「お前の方は、質など気にしないもののようだな」

 そう言って彼が胸元から取り出したのは、見覚えのある、ポーション用の銀の栓。
 漏れ防止の柔らかい部品も付いている。

「あ」

 英雄はつい声を漏らす。

 彼の眉がわずかに上がる。英雄は肩をすくめる。それだけで十分だった――お互い、うっかり間違えていたのだ。

 きっと旅のどこかで、互いの持ち物を取り違えたのだろう。
 
「これはいったい何に使うものなんだ?」

 英雄は銀の留め具を、煌めかせるようにエメトセルクへ差し出した。

「月で拾った」

 普段なら、英雄が聞いてものらりくらりとかわすようなことを、今日はポロリと言った。

「イデアの部品だ」

 どうやら、今日はいつもと違う気分らしい。
 
 受け取るそぶりのない彼に、英雄はとりあえずその銀の留め具を握りしめ、膝の上に置いた。
 なぜか英雄も、エメトセルクが所持していた自分の愛用品を、すぐには受け取る気になれなかった。

 ちらりと視線を向けると、エメトセルクの目は遠くを見ていた。
 その視線は、どこまでも遠い。

「どういう部品なんだ?」

「私が持つとなぜか決まって壊れる……
 そんな繊細すぎる部品だ」

 答えになっていない。
 英雄には、冗談だとすぐにわかった。

 彼らしい態度を見せたことで、英雄も深追いはやめる。
 
 ふと、水面の色が沈んでいくのに気づく。――空ではない。けれど、夜が深まる気配は海の底でも同じらしい。

 周囲の街灯が、暗がりを押し返すように強く光りはじめる。
 そのコントラストの中で、英雄はエメトセルクの隣から、幻想じみた摩天楼を静かに見上げた。

 暁のメンバーたちが、ちらりちらりと見えた。
 ヤ・シュトラとウリエンジェは、すでに研究に取りかかっているようだった。
 もう少し自由にさせておいたほうがいいかもしれない──そうも思う。

「あそこに戻らなくていいのか?」

 彼は珍しく、皮肉もなく純粋にそう尋ねた。
 思いがけない問いに、英雄は目をぱちくりとさせる。

「そうだね」

 ――しかし、そう言う気には、なれなかった。

 闇の属性を好むアシエンでありながら、太陽の光のような目が、英雄を見つめた。
 まるで、英雄の中にある“何か”を計っているかのように。

 隠し事をしているわけではない。ただ、彼はいつも遠くを見ている。
 それでも、その目があまりにも悲しそうで、胸が締めつけられた。

 どうした? なにがあった?
 ――そんなことを聞ける状況でも、関係でもなかった。

 きっと、彼が口にする内容の重さも深さも、英雄には想像できない。
 長い時を生き、それでも壊れずにいられる人の苦痛など、抱えきれるものではないのだ。

「そうだなぁ……」

 少し考えて、一拍置いた。

「あともう少し時間を置くよ。
 もう何もかも、終わりそうだからね」

 たくさんの時間を共有して過ごした。
 暁の彼らとは急ぐようなこともない。

 ――そう。これは今だけだ。
 数日もすれば、きっと崩れていく瞬間。

 街に灯る青い光が目を通して、胸にまで染みていく。

「悠長なことだ」

 エメトセルクの表情が一瞬だけ、わずかに動いた。

「私は……」

 思っていることを、ただ言えばいい。
 それだけなのに、喉が詰まって声にならない。
 目からこぼれた涙は、止まる気配もない。
 でも、言葉にしなければ、伝わらない。

「私は、この理想を叶えた世界が好きだ」

 英雄は、自分でも驚いた。
 どうして、目の前に広がる景色に涙するのか――
 その理由を、自分で知った気がした。

「エメトセルク。
 私、結構あんたのこと、気に入ってたんだ」

 こぼれ続ける涙で目がかゆくなった英雄は、服の袖でそれを拭う。
 
「あんたは、たくさんの人の助けになっていた。
 ガレアンの人々を救った。
 去ってしまおうとする水晶公を止めた。
 私と世界を、まだつなぎとめてくれている」

 途切れがちな声。
 それでも、エメトセルクは遮ろうとしなかった。
 ただ、静かにこちらを見つめている。

「はっ。なにが助けた、だ。
 私はそんなつもりないぞ。一切、微塵も。
 だいたい、わかっているのか?
 お前からすれば、走り回っているのは私たちアシエンの影響だろう」

「……わか、てる」

 彼は確かに生きてきた。
 そして、たくさんの人を助けた。

 彼は“仕方なく片付けた”つもりでいて、
 気づけば人を救っていた。

「世界を終わらせて、故郷のために統合しようとしている。
 それを“良かった”なんて言うつもりはない。
 でも……」

 言葉より先に、涙がこぼれた。

「その理想へ向かって走るあなたの姿。
 失われたものを取り戻そうとする背中。
 そのすべてが――私の心を救ってるんだ!」

 喉が焼けるほど熱い。
 それでも、英雄の声は止まらなかった。

「誰が何を言おうと、
 理想の世界を追い求めたあなたの姿が、
 私の存在を認めてくれたんだ!」

 胸の奥が、ひりひりと痛む。

「……私の助けられなかった人たちへの悲しみを、
 あなたの生き様が、
 その悲しみを認めてくれたの!」

 独りよがりだと思った。
 自分の中だけで完結した想い。

 理想は叶わないと、わかっている。
 それでも――叶わぬと知りながら追い続ける背中に、励まされたのだ。

 エメトセルクと歩ける未来があったとしても、
 ……きっと求めすぎてしまう。叶わぬ理想ばかりを抱くから。

 英雄の胸の内は、静かに諦めで染まっていった。

 愛に満ちた世界を、英雄は夢見ていた。
 親切な人がたくさんいて、みんなが助け合う。
 それだけでいいはずなのに、現実は容赦がない。

 湿った空気に、小気味よいスナップ音が響く。

 エメトセルクがハンカチを自分の手元に呼び出して、英雄に差し出した。
 英雄はおずおずと受け取り、そっと目元にあてる。

「まさか私のファンだったとはな」

 いつもの調子。
 それなのに、声の奥にわずかな揺れがあった。
 さっきまで遠くを眺めていた目が、今はまっすぐこちらを見つめている。
 まるで、英雄の心の底を確かめようとしているように。
 
「あんたの存在が、私を認めてくれているから。
 きっとあんたのこと、忘れない。
 忘れられない……ちくしょう」

 英雄は、その目を真っ向から見つめる。
 エメトセルクも、逸らさなかった。

「……そうか」

 きゅっと口を結び、少し間を置いて――
 鼻で笑った。

 その笑い方。
 彼がこの世界で初めて、英雄の“力”を必要としてくれたときと同じ。
 英雄を抹消するのがほとんど目的だったとしても、わずかな期待を含んでいたあのときの笑い。
 
「お前の目から見た、私の世界は……」

 言葉を切る。
 なんと言えばいいのか、というより――
 遠い故郷を思い出して、思考の波に身を預けているようだった。

「美しいよ」

 その思考を、あえて言葉で遮る。
 誰が何を言おうと、英雄は世界を信じている。
 それが叶わない理想でも。

「……しんどいぞ」

 哀れむような、どうしようもなさを含んだ表情で見つめてくる。

「信じ続けるのは、お得意だろうがな」

 彼はそう言って、目を伏せた。
 また思考に沈みこむ。
 その横顔が、刹那的で、儚くて――美しい。
 
(この表情に心を持っていかれた人は先生に報告しなさい。
 大丈夫、先生もだから。)

 英雄は息を整え、

「信じない方が、もっとつらい」

 と告げる。
 つまり、私は信じ続ける――その意思表示だ。

「まっ……たく、その通りだな」

 エメトセルクが英雄の言葉に同意するなんて、どうしたことだろう。
 驚いて、英雄は思わず笑ってしまった。

 今まで同意があっても、きっと表には出さなかった。
 余計に関係を深めないようにという、そんな配慮。
 
 あるいは、うっかり忘れてしまうほど、英雄の話に呆れているのかもしれない。

 けれど――確かなこととして、彼は理想を追うことをやめなかった。

 エメトセルクは、ゆっくり立ち上がった。
 問答は、それで幕を下ろした。

「さっさと戻ったらどうだ。
 私もここからいなくなる」

 夕方の名残が、水底の片隅でまだ灯っていた。
 
 エメトセルクは手をひらひらと振りながら、
 どこか疲れたような仕草で歩き去っていく。
 けれど、ふと立ち止まった。
 
「これからも、夢が破れ、理想が崩れる瞬間に出会うだろう。
 自分を含めて、救いようのない存在が生きている朝を迎えるだろう。
 それでもお前がやめないというのなら――
 ずっと夢を見ていろ。
 そうすれば、せめて私は……」

 ――私たちだけは眠れる。

「いや、なんでもない。
 忘れろ」

 エメトセルクは飲み込んだ言葉を押しとどめるように、眉間を指で押した。

「うん。私の心を救った存在の願いを叶えられるなら、
 どんな壁だって乗り越えよう!」

 英雄は、きっとエメトセルクの願いを叶えたかった。
 そうしたいと思うだけの恩が、もうそこにあった。

「おやすみ!」

 英雄のはつらつな掛け声に、彼はもう一度、軽く手を振る。
 
 その手の振り方ひとつさえ、
 英雄の心を認めてくれているようだった。

 現れた暗闇の中へ、エメトセルクは静かに消えていく。
 
 残されたのは、一人きりの、やわらかい余韻。

 英雄は暁の仲間に会いたくなり、勢いのまま走り出した。
 走るあいだ、ふと胸に浮かぶ。

 ――汚れや醜さを認めながら、それでも人を救おうとすること。
 命の灯りを守ろうとする在り方。

 そんな尊さに気づけない世界なんて、ごめんだ。

 超特大のわがままだけれど、それでいい。
 信じ続ける。
 だって、ここは愛した世界なのだから。

 おやすみ、世界。
 おやすみ、英雄。
 おやすみ、エメトセルク。

 永遠に叶わなくても、私は夢を見る。
 美しい世界の姿を、いつまでも祈り続ける。
 みんなが幸せでありますように。
 今日も健やかでありますように。

 私は、ずっと祈っている。

 ――自分の願いは届かなくても、
 誰かの願いならきっと支えられる。
 それが、私だ。


 暁の仲間たちはまだ散らばって情報収集中だった。
 英雄はヤ・シュトラと合流する。

 ヤ・シュトラは髪を払ってみせ、英雄に向けて目を細めた。

 「彼と話はできた?」

 全てを見透かすかのようなヤ・シュトラが、英雄に言葉と気遣いを投げかける。
 英雄は思わずホッとし、顔が緩んだ。

「うん。
 私だけすっきりして、申し訳ないけれど」

 泣いて赤くなった英雄の目元には、後悔のない、前に進もうとする意志が宿っていた。

 ヤ・シュトラはふと柔らかく微笑み、英雄の持っていたハンカチをそっと受け取り、魔法で冷水にさらす。
 そしてその手で、ハンカチを英雄の目元に当てた。

「その様子だと、大丈夫そうね」

 颯爽と背中を向け、仲間たちのもとへ合流していった。。

「ママってより、イケメンすぎないか……」

 英雄のこぼした呟きは、海底よりも深く静かに沈んでいった。


 ***


 雄雌を決める前夜。
 情報整理のため、一旦クリスタリウムの自室に戻った英雄は、荷物の整理をしていた。

 もう一度、暁のみんなからもらったものを手入れする。

「あ……」

 エメトセルクに返し忘れた“イデアの部品”。
 それを包んでいたエメトセルクのハンカチ。洗って一緒にまとめておいたものだった。
 敵対者が涙を拭くためにくれたハンカチだと思うと、やっぱりおかしくて、少しこっ恥ずかしい。
 英雄は思わず笑いながら、感情に任せて留め具とハンカチを手に取り、出口へと歩を進めた。

 外の空気に当たろうと扉を開ける。

 目の前には眉間のしわが目立つ怖い顔があり、英雄は短く悲鳴を上げた。
 
 ――エメトセルクが立っていた。
 手には、上等な装丁の箱をぶら下げている。

「……忘れものだ」

 ドアノブに箱を引っ掛け、去ろうとしたところを、ちょうど英雄が扉を開けてしまったのだった。

「わざわざ届けに?
 アシエンが?」

 あまりにおかしく感じた英雄は、警戒よりも思わず声が弾んだ。
 そんな様子を見て、エメトセルクは「早く受け取れ」と急かす。

 英雄は素直に受け取り、テーブルに運んだ。
 美しい包装紙の手触りを確かめながら、そっと開封する。

 中から出てきたのは――小さなミニチュア。
 ポーションの栓としての役割しかない部品に、ちゃんと瓶も添えられていた。
 瓶の中には、黒く美しい建物がいくつか並び、窓からは青い光が灯っている。

「ありがとう……」

 胸の奥がじんわりと熱くなる。
 世界を救うとか終わらせるとか、そんな大げさな話ではない。
 “こんな朝”が、もう一度訪れることの奇跡に、胸が揺さぶられるのだ。

 美しい街だ、と、英雄がそう言ったからか。

 けれど、きっとそれだけではない。

 理想を“形”にして残す――それを好む人であったということ。

 それだけのこと。
 それでも、英雄にとっては、とても嬉しいことだった。
 
「ありがとう。本当にありがとう。めっちゃいい」

 英雄の顔には、火がともるような笑顔が広がる。
 胸の奥がくすぐったく感じた。

「これはいいものをもらったな。
 わがままを言えば、私もエメトセルクみたいに、自分の力で理想の土地を作れたらよかったけど……でも、これはこれで楽しい!」

 頭の中に建物をいくつか並べてみる。
 高低差をつければ坂道。石畳の並びをずらせば路地裏。
 頭の中で、小さな街が呼吸をはじめる。

「……自分の手だけで作り上げても、それはお前の思う“本物の世界”ではないぞ」

「そうだな。
 でもきっと、ここからはじまるから。
 あんたも、そうわかってて作ってるんじゃないか?」

 エメトセルクの“注意”は正しい。
 だが、正しさほど重いものもない。

「さて、私への返却はないのか?」

 エメトセルクはくいくいと手を動かす。
 英雄は手を拳でぽん、とたたいて、

「ま、ままま、中へどうぞ」
 
 エメトセルクを自室に案内する。
 
 さっき広げていた荷物へと向かい、ハンカチと留め具を手に取ってくる。

 持ち主に返すと、エメトセルクは眉間にしわを寄せた。

「なんのつもりだ?
 これは」

 留め具は頑丈なクリスタルに閉じ込められていた。
 持ちやすいようにか、カードケースのような形状になっている。

「壊れやすいんだって?
 こうしておけばいいかと思って」

 英雄はからりと笑った。

「ほほーう。
 こうなっては取り出して使うこともはばかれるな」

 人差し指と中指ではさんで、エメトセルクはクリスタルカードを掲げて見せる。
 つまり、この加工は無駄だということ。
 
 英雄はバツが悪そうな顔になる。

「ごめん」

「冗談に決まっているだろう。本気にするな」

 エメトセルクは不機嫌そうだった顔をくるりと変えて、クリスタルケースを胸元にしまう。
 失くす可能性が減ってむしろ都合がいいようで、英雄は腑に落ちなかったが、まあいいかと切り替えた。

「せっかくだし茶でも淹れようか」

「……何度も言うが、悠長なこと言っている場合か?」

「今後のこと、お互い分かっているからこそ、だろ?」

 エメトセルクはわざとらしく、ダイニングチェアにふんぞり返った。
 紅茶の湯気が静かに立ち上り、甘くも渋い香りが部屋を満たす。
 その香りとともに、彼の視線が英雄を絡め取る。

 ――以前よりも、深く、冥い。
 胸の奥まで覗かれているような、重さのある視線だった。

 英雄は息をひそめる。
 今、話したことで得た覚悟と、話すのを待たれていたことの重みが、胸の中で交錯する。

 彼はずっと、英雄が口を開くのを待っていたのだ。
 そのために、エメトセルクは背中を見せずに自分の胸の内をさらした。

 これからお互いを倒す可能性があったとしても――
 その覚悟を、祈りを、少しだけ信じていいと思えた。

 紅茶の湯気が指先に触れ、ほのかに温かい。
 昨日と今日が大きく変わったわけではない。
 それでも――覚悟は、決まった。

 英雄は、もらったミニチュアをそっと窓辺に置く。
 朝の光が小さな建物の屋根や窓を淡く照らす。
 紅茶をテーブルにセットすると、ふたりは言葉を交わすことなく、静かにお茶をすすった。

 湯気の向こうで交わる視線はなくとも、
 互いの胸中には、ささやかな理解と覚悟が漂っていた。
1/2ページ
スキ