【オリジナル】カラスとチョコレート
わたくしはカラス。名も無いカラス。
とある神様にお仕えするカラスでございます。
最近とても興味が湧く出来事があったのでございます。いえ、昔からといったほうがよろしいでしょうか。とにかくわたくしは、人間にとてもとても興味があるのです。
人間というのはにぎやかです。
泣いたり笑ったり怒ったり。
わたくしたちにはきょとりとしてしまうことばかり。
変わり者で群れて巣を作らぬわたくしは、他とは違った考えを持っており、人間を理解したいと思いました。
袋を漁れば追い払い、怪我をすれば気を遣う。袋を漁れば食べ物を与えられ、怪我をすればさらに暴力をしてくる…と、一貫性がなく、わたくしたちを害獣とみたり、神聖視したり。なぜそのようなことをするのか。
それらを主様は、人が情と呼んでいるものだとおっしゃいました。
人間がお持ちの、情とはなにか、さらに興味がわいたのです。
わたくしは、主様に人間にしてほしいと頼み込みました。
君にとっては毒になるだろうといわれ、最初は断られてしまいました。わたくしは、それでもといい、主様に人間にしてもらうことを、一日だけ許されました。
人になって歩いてみました。
今思えば、みっともないことばかりしたことでしょう。
慣れぬ体で転び、車に大音量で叫ばれ、中にいた人間にも怒鳴られ。
屋台や商店街では近づいても警戒されなかったため、食べ物をつかんだところ怒られたり。
正直、カラスでいたころとそう変わりませんでした。
人になった足でとぼとぼと歩いていると、何をしているのか、と声をかけられました。
ほうけていたわたくしに、大して興味ないが声をかけてみた、といったふうでございました…。
なので、カラスも人も同じだとつぶやいたのです。
すると、その方は人間だとこんなことをできる、といったことをいろいろと話してくださいました。
人間の大人の体を持ったわたくしよりも、彼の方は小さな少女でした。
電車に乗れる、店で物が買える、カラスと違う生き方ができる。
そう立て続けにおっしゃっていましたが、いったいカラスと人間ではどう違うというのでしょうか。
そう質問したところ、その方は、心というものが温かくなるだろうと、少々つたないながらも伝えてくださいました。
心?
主様がおっしゃっていた情というものでしょうか。
そう問うと、それそれ!知ってるじゃないと彼女は顔をほころばせます。
賢明なその方にほだされたのか、ゆるんだ気持ちになると、相手もゆるんだ顔でわたくしの顔を見ていました。
正直な話、全く心について理解できていませんでした。
烏には天敵が少ないのです。なのでせっぱ詰るといえば毎日の食料のことくらいでしょう。
ですが、人間である時は、その方とのんびりと話をする時間がありました。
こうして誰かと、心について話し合うようなことを、カラスである自分はしたことがありませんでした。
いつの間にか情という輪郭がわたくしのなかで徐々におぼろげながら見えてきて、暖かな気持ちといったものをぼんやりと理解しました。
目の前で懸命に話すその方を愛らしいと感じました。
その時の気持ちが、その心であるとは理解してはおりませんでしたが。
そして、ふと目を周りに向けたのです。
日は傾いて、夕日が輝いていました。
となりのいたかの方はきれいだねとつぶやき、わたくしも、そうですねとつぶやき、感想を共有したのです。
その時わたくしの目に映るいくつもの景色が、当たり前と思っていたものが、輝きを放ち、色づき、わたくしのまわりに満ち溢れたのです。
誰かと心が通った瞬間。
それを共有した瞬間。
わたくしは、そういった交わりがとても心地よく感じました。
なぜこういった、心をかわすことに喜びを感じ、周りを輝かせるような感情が湧き上がるのでしょう。
それは今でも謎のままです。
いつの間にかかの方はいなくなり、わたくしはお山へ帰る時間。
疲れて体が重く感じて、やはりカラスの体がよいと思ったものです。
しかし、わたくしは充足感で満ちていました。
なにかを達成したような、その喜び。
ふと帰ろうとおもてを上げると、先ほどの小さな人間が私を見つけるや否や走って来るではありませんか。
どうしたのかと聞きますと、おいしいものだからと銀に輝く包みを渡してくださいました。
有難く頂戴すると、彼女は銀の包みを開けて、茶色いかたまりを頬張ります。
それはどうやら食べ物で、彼女にならって口に入れる。
と、すぐに溶けて、良き香りがして…
初めての味に感動いたしました。甘くて、苦くて、とろみ、口に広がる。とても良いものを頂いたので、感想を彼女に伝えました。
その方は私がその食べ物を食べたことがないことを知ると、驚いて、お持ちでした残りのそれをくださいました。
そこでわたくしはさらに感動致しました。
その食べ物はちょこれーという食べものらしく、人間の間では誰もが知っている食べ物だそうで。
いくつもの収穫がありました。
その方との出会いと、ちょこれーとや、仲間と分け与えるというカラスやほかの種族たちも行っていることを、人間とわたくしの間で交わされたこと。
主な収穫は、ほとんどその方との出会いに集中していたのです。
またふと小さな人間の女性の顔を見ますと、にっこりと笑っていました。
ちょこれーとだけでなく、彼女からたくさんともらってしまいました。
有難い。
そう言って、わたくしはその甘い食べ物を頂戴し、この出会いにも感謝を述べました。
とても大切で貴重な思い出です。
え、これで終わりですよ、人間になった日のお話は。
かの方とどうこうはございません。
主様が言うには、そのとき人間の体と親和性が高まり、視力や見え方が変わったのではないかとおっしゃいますが、わたくしは違うものと考えております。
まだまだ人間に謎は多いです。
それも興味深い謎が。
カラスではありますが、そこから人間になって、人間をじっくりと解明させたいのです。
美しいもの、輝かしいもの、おいしいもの。
人間の混沌とした世界。
それは、わたくしにとって確かに毒でございました。
日が経つにつれ、人間になった日を明確に思い出すようになりました。
いつのまにか、情という毒がわたくしを侵食していたのです。
その日から、わたくしは、本当に人間になりたかったのでございます。
とある神様にお仕えするカラスでございます。
最近とても興味が湧く出来事があったのでございます。いえ、昔からといったほうがよろしいでしょうか。とにかくわたくしは、人間にとてもとても興味があるのです。
人間というのはにぎやかです。
泣いたり笑ったり怒ったり。
わたくしたちにはきょとりとしてしまうことばかり。
変わり者で群れて巣を作らぬわたくしは、他とは違った考えを持っており、人間を理解したいと思いました。
袋を漁れば追い払い、怪我をすれば気を遣う。袋を漁れば食べ物を与えられ、怪我をすればさらに暴力をしてくる…と、一貫性がなく、わたくしたちを害獣とみたり、神聖視したり。なぜそのようなことをするのか。
それらを主様は、人が情と呼んでいるものだとおっしゃいました。
人間がお持ちの、情とはなにか、さらに興味がわいたのです。
わたくしは、主様に人間にしてほしいと頼み込みました。
君にとっては毒になるだろうといわれ、最初は断られてしまいました。わたくしは、それでもといい、主様に人間にしてもらうことを、一日だけ許されました。
人になって歩いてみました。
今思えば、みっともないことばかりしたことでしょう。
慣れぬ体で転び、車に大音量で叫ばれ、中にいた人間にも怒鳴られ。
屋台や商店街では近づいても警戒されなかったため、食べ物をつかんだところ怒られたり。
正直、カラスでいたころとそう変わりませんでした。
人になった足でとぼとぼと歩いていると、何をしているのか、と声をかけられました。
ほうけていたわたくしに、大して興味ないが声をかけてみた、といったふうでございました…。
なので、カラスも人も同じだとつぶやいたのです。
すると、その方は人間だとこんなことをできる、といったことをいろいろと話してくださいました。
人間の大人の体を持ったわたくしよりも、彼の方は小さな少女でした。
電車に乗れる、店で物が買える、カラスと違う生き方ができる。
そう立て続けにおっしゃっていましたが、いったいカラスと人間ではどう違うというのでしょうか。
そう質問したところ、その方は、心というものが温かくなるだろうと、少々つたないながらも伝えてくださいました。
心?
主様がおっしゃっていた情というものでしょうか。
そう問うと、それそれ!知ってるじゃないと彼女は顔をほころばせます。
賢明なその方にほだされたのか、ゆるんだ気持ちになると、相手もゆるんだ顔でわたくしの顔を見ていました。
正直な話、全く心について理解できていませんでした。
烏には天敵が少ないのです。なのでせっぱ詰るといえば毎日の食料のことくらいでしょう。
ですが、人間である時は、その方とのんびりと話をする時間がありました。
こうして誰かと、心について話し合うようなことを、カラスである自分はしたことがありませんでした。
いつの間にか情という輪郭がわたくしのなかで徐々におぼろげながら見えてきて、暖かな気持ちといったものをぼんやりと理解しました。
目の前で懸命に話すその方を愛らしいと感じました。
その時の気持ちが、その心であるとは理解してはおりませんでしたが。
そして、ふと目を周りに向けたのです。
日は傾いて、夕日が輝いていました。
となりのいたかの方はきれいだねとつぶやき、わたくしも、そうですねとつぶやき、感想を共有したのです。
その時わたくしの目に映るいくつもの景色が、当たり前と思っていたものが、輝きを放ち、色づき、わたくしのまわりに満ち溢れたのです。
誰かと心が通った瞬間。
それを共有した瞬間。
わたくしは、そういった交わりがとても心地よく感じました。
なぜこういった、心をかわすことに喜びを感じ、周りを輝かせるような感情が湧き上がるのでしょう。
それは今でも謎のままです。
いつの間にかかの方はいなくなり、わたくしはお山へ帰る時間。
疲れて体が重く感じて、やはりカラスの体がよいと思ったものです。
しかし、わたくしは充足感で満ちていました。
なにかを達成したような、その喜び。
ふと帰ろうとおもてを上げると、先ほどの小さな人間が私を見つけるや否や走って来るではありませんか。
どうしたのかと聞きますと、おいしいものだからと銀に輝く包みを渡してくださいました。
有難く頂戴すると、彼女は銀の包みを開けて、茶色いかたまりを頬張ります。
それはどうやら食べ物で、彼女にならって口に入れる。
と、すぐに溶けて、良き香りがして…
初めての味に感動いたしました。甘くて、苦くて、とろみ、口に広がる。とても良いものを頂いたので、感想を彼女に伝えました。
その方は私がその食べ物を食べたことがないことを知ると、驚いて、お持ちでした残りのそれをくださいました。
そこでわたくしはさらに感動致しました。
その食べ物はちょこれーという食べものらしく、人間の間では誰もが知っている食べ物だそうで。
いくつもの収穫がありました。
その方との出会いと、ちょこれーとや、仲間と分け与えるというカラスやほかの種族たちも行っていることを、人間とわたくしの間で交わされたこと。
主な収穫は、ほとんどその方との出会いに集中していたのです。
またふと小さな人間の女性の顔を見ますと、にっこりと笑っていました。
ちょこれーとだけでなく、彼女からたくさんともらってしまいました。
有難い。
そう言って、わたくしはその甘い食べ物を頂戴し、この出会いにも感謝を述べました。
とても大切で貴重な思い出です。
え、これで終わりですよ、人間になった日のお話は。
かの方とどうこうはございません。
主様が言うには、そのとき人間の体と親和性が高まり、視力や見え方が変わったのではないかとおっしゃいますが、わたくしは違うものと考えております。
まだまだ人間に謎は多いです。
それも興味深い謎が。
カラスではありますが、そこから人間になって、人間をじっくりと解明させたいのです。
美しいもの、輝かしいもの、おいしいもの。
人間の混沌とした世界。
それは、わたくしにとって確かに毒でございました。
日が経つにつれ、人間になった日を明確に思い出すようになりました。
いつのまにか、情という毒がわたくしを侵食していたのです。
その日から、わたくしは、本当に人間になりたかったのでございます。
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