Fullmoon
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地上に浮かぶ、フル・ムーン
近くて遠いその月に 雄々しい羽を広げ舞う
その鳥は 手を伸ばしても 触れることすら叶わない
愛しいアナタ
【下弦の月】
人気のない、スタジアムの中。
試合が終わった後もまだ水の満ちたスフィアプールを、ジェクトは独り見上げていた。
ライトは既に落とされていて、地上の月を照らすのは、天上の満月の光り。
今夜の試合を最後に、ザナルカンド・エイブスのエース、ジェクトは引退した。
来季からは、愛息ティーダが所属するビサイト・オーラカの監督として、就任することが決まっている。
どの位そうしていただろうか。感慨無量に立ち尽くすジェクトの後ろから、コツコツとハイヒールの音が聞こえてきた。
「アヤか・・」
後ろを見ずに言い当てると、短い笑いが聞こえた。
「足音だけで、わかるの?」
「あぁ。濃い~~付き合いだからな」
おどけて振り返ると、果たして立っていたのは、ザナルカンド・エイブスの広報課に籍を置く、アヤだった。
「おめえには、頭があがんねえよ。迷惑かけっぱなしだからな」
ジェクトがアヤに頭が上がらない理由ーー
それは、彼の女性がらみのスキャンダルにあった。
ジェクトは、10年ほど前に妻を病で亡くしていた。それからと云うもの、度々、週刊誌や新聞の紙面を女性スキャンダルで賑わしていた。
その度に、マスコミに対応したのはアヤだった。
「へえ~自覚あったんだ。だったら、もう少しうまくやって欲しかったな。今更だけど」
厭味じゃないけど、ほんとに忙しかった。そう告げると
「だからよ、悪かったって言ってるじゃねえか」
苦笑するアヤに、ジェクトはガシガシと頭を掻いた。
しかし、ここ1年ばかり、ジェクトはシングルマザーと付き合っていた。
今度も遊びと思っていたのだが、彼は、その女性との再婚を決めた。
「お式、挙げないの?」
「あぁ。俺もアイツも2度目だしな。ガキもいるし、内々で済ますことにしたよ」
「そう・・・」
「それでよ、今まで散々面倒かけた礼がしたいんだ。なんか、欲しいもんとかねえか?」
ジェクトの申し出に、アヤは目を見開いた。
「いいわよ、それが私の仕事だし」
「そう言うなよ、水くせぇなぁ」
「何でも・・・いいの?」
「あぁ。ジェクト様に、二言はないぜ」
15分後、ユニホームに着替えたジェクトがプールに現れた。
アヤは、既に着替え終わっていて、プールで待っていた。
「引退したのに、またこれを着るとは思わなかったぜ」
「あはは、ごめん。でも、なんでもいいって言ったのは、ジェクトだからね」
「へいへい。姫さまの仰せのままに」
おどけて肩を竦めると、プールに飛び込んだ。
続いてアヤも飛び込むと、身体を慣らすために軽く泳いでみる。
ーー何でもいいの?
そう言ったアヤの願い事は、もう一度ジェクトとプレーすることだった。
一頻り泳ぐと、ジェクトがプールの上に顔を出したので、アヤもそれに習った。
「アヤ、身体が鈍りすぎじゃねえか?体重増えたろ?」
白い歯を見せて笑うと、図星をさされたアヤは、拗ねた顔で頬に張りついた髪を払う。
「しかたないじゃない!もう、現役じゃないんだから」
「そういうなよ、元ザナルカンド・エイブス、MDアヤ」
そうだった。私は、ザナルカンド・エイブスの選手だった。僅か、3年だったけど。
でも、選手としてはあまりパッとしなくて・・・
故障を機に引退し、エイブスの広報部に所属した。
「ゴール前に上げろ。最後のジェクト様シュート3号だ。それでいいな」
「うん、わかった」
ボールを持って、プールのセンター付近で立ち泳ぎする。
その間に、ジェクトはゴール前に移動した。
ジェクトとアイコンタクトし、思い切りボールを蹴り上げる。
彼は、ゆるく弧を描いて飛んでくるボールに向かっていく。
チームのためでも、自分のためでもない。アヤのためだけに放ったシュートが、ゴールに突き刺さった―――
「ぶはっ――お疲れさん」
水面に顔を出すと、頭を振って水滴を散らす。
続いて顔を出したアヤも、頭を軽く振った。
ふと、ジェクトは彼女が左耳だけにつけている、真珠のピアスがはずれそうになっているのに気づいた。
「アヤ、ピアスがーー」
彼女に近づき、左耳に腕を伸ばす。その瞬間、水しぶきを上げて抱きついたアヤが、唇を重ねてきた。
近すぎてぼやける視界に、アヤの眉間の皺が映る。
冷えた唇から、躊躇いがちに舌が差し込まれた。
その舌を受け入れながら、ジェクトは目を閉じた。
「ずっとーー好きだった」
首筋に、顔を
「あぁーー知ってたぜ・・・」
突然の告白にも、動じることなくジェクトは答えた。
「遊びでもーーよかったのに・・・」
この唇に求められ この厚い胸に
たった一度でいいからーー
アヤの白い指が、ジェクトの濡れたブロンズ色の肌を滑べる。
その左手の薬指には、銀のウェディング・リング。
ジェクト以外の男性と、愛を誓い合った証ーー
熱い涙が零れ落ちて、彼の胸を幾筋も伝い落ちる。
出逢った時ーー彼にはもう、愛する人がいた
諦めてーー優しいひとと、愛を誓った
彼が愛するひとを亡くしたときーー傍にいることができなかった
寂しさに侍らす美女たちをーー黙って見ているしかできなかった
言えばよかったのだろうか アナタが好きだと
抱きしめて アナタを愛していると
すべてを失っても アナタと共にいたいと
ジェクトの赤い瞳は、ただ慈しみを湛えて、天上の月を見つめた。
半分だけの、下弦の月
半分だけの、上弦の月
けして、フル・ムーンになることのない、ふたりの想いーー
アヤの耳元から外れた丸い真珠のピアスが
ゆらゆらとーーゆらゆらとーー鈍い光りを放ちながら水底(みなそこ)に落ちていった。
追記
相互サイト、リカ様への捧げ物です。
今回は、初の人妻編です。
ならば、「アナタの腕の中で見た夢」と引っ掛けて、ジェクトも結婚間近の設定にしました。
お互い好きな気持ちはあるのに、うまくタイミングが合わなくて違う幸せを掴んで。
でも、それも充分幸せだったりして。
それでも、諦めきれなくて想いがくすぶっちゃう。
そんな切なさ(切ないのか?)を目指しました。
ジェクトは、真剣に自分を想っている女性には、遊びでちょっかい出さないと思う。
