Fullmoon
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地上にいちばん近い月
掌を伸ばせば 触れられる
その月に、彼はいた。
褐色の肌 黒い髪 紅い瞳
月が浮かぶ夜空を、縦横無尽に飛び回る 鷲のようにみえた。
【地上の月】
はじめて両親に連れられてスタジアムに行ったのは、12歳の時だった。
ザナルカンド中に、聞こえるんじゃないかと思う程の大歓声。
真昼のように照らされる、まん丸な水の固まり。
その中で泳ぎ回る、ブリッツの選手たち。
泳ぎがあまり得意じゃなかったあたしは、選手たちのしなやかで華麗な泳ぎに、釘付けになった。
その中で、一際目立つ、褐色の肌。
「お父さん、あの人は誰?」
「うん?誰だい?
「あの、黒い髪の男の人」
「あぁ、あの人はね。『ジェクト』っていうんだ」
「ジェクト?」
「ザナルカンド・エイブスの、救世主さ」
「救世主?」
ジェクトはプールの中を所狭しと泳ぎ回り、ボールを奪いシュートを決める。
誰も、彼のスピードについていけなかった。
「今夜は、見られるかな?」
「何が?」
「ジェクト様シュートさ」
「ジェクトさま?」
言い終わらない内に、父はあたしの肩を乱暴に揺すった。
「出た!!アヤ!あれが『ジェクト様シュート』だ!」
父に急かされ、慌ててプールに目をやれば。
褐色の身体は、水の中で素早く回転し
ベベルでは何時間も移動しないと観られない、野山を駆け回る羚羊のような脚で蹴ったボールは、あっという間にゴールに突き刺さった。
その夜 あたしはジェクトに恋をした
あれから5年が経った。
苦手だった泳ぎを克服し、あたしはブリッツの選手になっていた。
そして、ザナルカンド・エイブスと、何とか契約までこぎつけることが出来た。
チームが期待するルーキー ...には、程遠い予備軍だったが。
あたしがエイブスと契約書を交わした日、ジェクトが婚約を発表した。
テレビには、記者に囲まれ、洪水のような光の雨の中、満面の笑みを浮かべたジェクトが映っている。
彼が大きな背中で庇っているのは、色が白くて、細い指に華奢な腰。
まるで、誰かにすがっていないと生きられない。
儚そうなひとだった。
そう、あたしとは、正反対の。
それでも、選手として毎日ジェクトと顔を合わせられることは、あたしの大きな喜びになった。
それに、練習は想像以上にきつかった。
ジェクトの婚約を、悲しむ暇もないくらいに。
別に、同じチームになったからって、告白しようと思っていたわけじゃないけどーー
肝心のブリッツの方はというと。
半年たっても、なかなか試合には、出して貰えなかった。
それでも毎日毎日、控え要員としてスタジアムに足を運び、練習に明け暮れていた。
ジェクトは婚約を発表した後、今まで以上の活躍を見せ、ファンを熱狂させた。
幸運の女神宜しく、彼女はスタジアムに来ると、いつも特等席で観戦していた。
そんなある日、試合に出るチャンスが回って来た。
相手チームの選手のタックルをくらい、負傷した選手の替わりに、あたしの名前が呼ばれた。
あたしの身体は、自分でも抑えきれないくらい、震えが止まらなった。
武者震いだ。
自分にそう言い聞かせた。
そして試合はーー辛うじて、僅差で勝った。
ジェクトがゴールを決めてくれなかったら、負けていた。
原因は、誰がどうみてもあたしのせいだった。
自分のチームのスピードに、全然ついていけなかった。
パスを繋ぐどころか、碌に取れなかった。MFのくせに。
やっぱり、厳しいな・・あたしは解りきっていたことを、再確認して落ち込んだ。
アマチュア時代に培って来た自信は、僅か5分で跡形もなく崩れ去った。
試合が終わった後も、悔しくて情けなくて、みんなの顔が見れなくて。
足を引っ張ってしまったジェクトに、顔を見られたくなくて。
あたしは控え室にも戻らずに、観客の帰ったスフィアプールを見上げて、佇んでいた。
その時ーー
「なにしてんだ?試合はもう、とっくに終わったぜ。アヤ」
振り返ると、ジェクトが口の端を歪めて、笑って立っている。
思わず、あたしは俯いてしまった。
近づいて来たジェクトに、思わず
「あの・・今日は・・すいませんでした」
恋しいひとを前に、口から出た言葉は、謝罪。
こんなことが言いたくて、エイブスに入団したんじゃないのに。
「何のことだ?」
ジェクトは肩に手を乗せて、まだ暴れ足りないとばかりに首を鳴らす。
「試合・・あたしのせいで」
「別に、勝ったんだからいいだろ」
「でも!」
「そんなに気にしてんなら、練習すっか?付き合ってやるぜ」
「えっ?」
思ってもみなかった言葉に顔を上げた。
あたしの眼に映ったのは、優しい色を称えた紅い瞳。
「スーパースターのジェクト様が、付き合ってやるって言ってんだ!返事は!?」
「あっ、はいっ!よろしくお願いします!」
慌てて頭を下げる。
「よぉ~しっ、んじゃ、おっぱじめるか!アヤ、さっさと水ん中入れ!」
ジェクトは、白い歯を見せて笑った。
「は、はいっ!」
驚きながらも、あたしは心の中で歓喜した。
プールに入ると、あたしはMFの位置についた。
ジェクトがDFの位置から、パスをする。
それを、泳いでキャッチする。
段段と左右に移動が入り、パスのスピードが上がる。
それを2、3分繰り返したところで、一度プールから顔を出す。
「アヤ、今度はゴール前に上げろ。シュートすっから」
ジェクトは言うだけ言って、あたしの返事も聞かずに先に潜ってしまった。慌てて、後を追い掛ける。
スタンバイしているジェクトに、パスをする。
タイミングが合わない。失敗。
ボールが返ってくる。また投げる。
何度か失敗し、なんとなくタイミングが合ってくる。
もう少しだ!
ジェクトが あたしを見つめる。
真剣な眼差しで。
あたしだけを。
彼の婚約者には味わうことの出来ない、2人だけの時を刻む。
少しだけ感じた 優越感
『今だ!』
渾身の力を込めて、ボールを投げた。
ジェクトは頭上のボールめがけて激しく回転する。
その勢いで、羚羊のような脚を繰り出した。
ジェクト様シュート!
ボールは勢いよく、ゴールに突き刺さる。
これが試合なら、大歓声が湧き起こるところだ。
あたしはパスが上手くいったことと、同じフィールドで見ることが出来た『ジェクト様シュート』に昂揚した。
泳いで近寄れば、彼は親指を立て口の端を上げ、笑ってくれた。
『やったな』
それに気をよくして。ううん、調子に乗って、抱きついた。
ジェクトは驚いたように、大きく目を見開いた。
間近い紅い瞳に吸い寄せられて
あたしはジェクトに キスをした
唇を押し付けるあたしを、ジェクトは引き剥がさなかった。
そのまま、薄く開いていた目を閉じる。
だから、唇が重なっている間、ジェクトがどんな顔をしていたかわからない。
彼は あたしを拒まなかった。
でも
抱きしめても くれなかった。
初めて恋したひとと交わした、初めてのキス。
柔らかくて、冷たい唇の感触と。
破裂しそうなあたしの心の音が、水の中に響いていた。
そのうちに、あたしたちは息が続かなくなって
プールの上に顔を出した。
あたしもジェクトも、酸素を補いながら、ポタポタと髪から雫石を落とした。
途端に、自分のした行為の気まずさに、黙ったまま俯いた。
「わりぃ・・」
キスをしたのは、あたしなのに
ジェクトはそう言うと、あたしの頭に掌を回し、自分の胸に押し付けた。
あたしを、抱きしめてくれなかった 彼の腕
彼の言葉は、あたしの想いを受け入れられないことと
期待を持たせてしまったことへの謝罪ーーなのだろうか。
それなら、謝ることなんて、これっぽっちもないのに。
ジェクトはスーパースターで、綺麗な婚約者もいる。
最初から、相手にされないのはわかっていた。
そう思ったら、あたしの眼から涙が溢れて
すぐに、プールの水に溶けていった。
空には 月も星もなくて
あたしとジェクトのいる月が
闇の中に浮かぶ 地上の月だけが 蒼ざめていた
あとがき
記念すべきFullmoonシリーズ第一作(笑)
ザナルカンドの夜の試合のシーンを見ていて、プールが月みたいで綺麗だなってずっと思っていて出来た作品です。
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