バースデー・コンフィチュール

すっかり夜の帳が下り、静寂に包まれたポチャッコ王国のお城の一室。お揃いの部屋着を纏ったアルペックとチャコは、チャコの部屋に置かれたダブルベッドに向き合う形で寝転がりながら、のんびりとお喋りを楽しんでいた。サイドチェストの上で淡く灯るナイトランプのやわらかな光が、フラガリアの騎士達ではなく⁠“恋人同士”⁠として過ごす二人の姿をやさしく照らしている。

「チャコの誕生日、めっちゃ楽しい一日だったなー!たっくさんの人がおめでとうって伝えに来るのを見て、なんだかオレまでお祝いされてる気分だった!」
「あははっ、そうだね。俺とポチャッコ様の誕生日を一緒にお祝いしてもらったから、普通の何十倍もおめでとうって言葉を聞いたかもしれない」

今日の昼間ポチャッコ様と街中を歩いている最中に、顔を合わせた大勢の国民から祝福の言葉やプレゼントを受け取ったことをチャコは思い出す。想像していたよりも多くの人々に囲まれ、ポチャッコ様と二人では抱えきれないほど手渡されたプレゼントの数々に困惑したことも、合同誕生日ならではのいい思い出だ。二人のお祝いに駆けつけてくれたペックル様とアルペックの姿が視界に入った時は、迷わず助けを求めてしまったが。

「ペックル様とアルがお祝いに来てくれてポチャッコ様すごく喜んでいたし、二人が来てくれて良かったよ。ありがと?」
「ペックルさんもポチャッコさんのお祝いとお泊まり楽しみにしちょったし、オレも二人におめでとうって言いたくて来ただけやけん!今頃ポチャッコさんの部屋で『お泊まり会だー!』ってはしゃいじょんやろうなぁ」
「ふふ、アルは俺とのお泊まりではしゃいでないの?」
「その質問は反則……!明日もあるけん、あんまり煽らんといて!」

拗ねたような表情で頬を赤くしたアルペックに抱き寄せられる。ごめんごめんと笑いながらその背中に両腕を腕を回すと、チャコと同じボディーソープの香りがふわりと鼻腔をくすぐった。

「昼間あまり一緒に過ごせなかったし、誕生日の最後の時間は全部アルにあげるから拗ねないで?」
「拗ねちょらんし!でも、なんか王国の人達に囲まれてるチャコの姿を一日中見てたら、オレの方も見てほしいなってちょっと思ったけん。やけん、こうやってチャコんこと独り占めできるのは嬉しい!」
「えっ?」
「うん?」

アルペックの言葉にチャコは目を丸くした。彼の背中に回していた両腕を離し、じっと表情を窺う。不思議そうな顔でこちらを見つめ返してくるアルペックの中では、深い意味はない言葉だったのだろう。それでも、自惚だとしても、さっきの言葉はまるで——。

「俺が言うのはちょっと恥ずかしいんだけど、アルも嫉妬するんだ……?」
「へ!?」
「さっき『オレの方も見てほしい』って、独り占めできるとも言ってたし、その……王国の人達にやきもち妬いてくれたのかなーって」
「そっか、これが前にペックルさんが教えてくれた『やきもち』ってやつか〜!オレ、やきもち妬いてたみたいだ!」

なるほど!と嬉しそうに呟きながら、アルペックは横になったまま膝を打った。文字通り叩かれた彼の膝からスパーン!といい音が鳴り、静かな室内に響く。……痛くないのかな。

「なぁなぁ、チャコは?チャコもやきもち妬くことある?」
「えっ、それ、言わなきゃダメ……?」

出来れば言いたくないのが本心だ、なんたってアルペックはモテる。今日だって女性陣に囲まれて楽しそうに会話を交わす彼の姿を見て、少しだけ嫉妬してしまいそうになったばかりだ。ペックル様の王国へ遊びに行った時に、たまたま女性から告白されているアルペックの姿を目撃してしまい、もやもやしたまま作り笑いで一日を乗り切ったこともある。アルペックのように『やきもち妬いてた』なんて可愛い話では、とてもじゃないけど済まされない。
作り話で誤魔化してしまおうか。そう考えたチャコだったが、興味津々というようにお日さま色の瞳を爛々とさせ、ベッドから起き上がったアルペックの姿を見て、小さくため息を吐いた。ゆっくりとベッドから身体を起こし、渋々と重い口を開く。

「嫉妬なんて何度もしてるよ。自覚ないみたいだけど、アルってモテるし」
「え?別にモテてる気がしないけどなぁ」
「ほんっと、無自覚って怖いな。今日だって女性に囲まれてたし、この前のバレンタインの日なんて明らか本命のチョコレートを何個も抱えて歩いてたし、それから……」
「まってまって!えっ、今日も?あの時も?チャコ、やきもち妬いてくれてたん……?」
「っ、みっともないって分かってるけどね?でも、アルのことが——」
「やきもちは大好きだから妬くんだって、前にペックルさんが教えてくれたけん。やけん、めーっちゃ嬉しい!オレもチャコんこと、しんけん大好き!」

チャコの話を遮るようにそう告げたアルペックに、苦しいくらいぎゅうぎゅうと再び抱きしめられた。彼が与えてくれる言葉の数々も、日だまりみたいな笑顔も、彼と恋人同士になった今でもやっぱり少しだけまぶしい。

「俺もアルのこと大好きだよ。……その、嫉妬するくらいに」
「チャコ……!オレもチャコんこと大好き!嬉しいし、可愛いし、愛してる!!」

どちらからともなく顔が近づき、唇が重なった。互いのぬくもりを確かめあうように何度も触れるだけの口付けを交わす。いつの間にかチャコの腰に回されたアルペックの右手が擽ったくて、少しもどかしい。思わず『この先』を求めてしまいたくなるのを、ぐっと我慢する。多分、彼も同じことを考えていたのだろう——名残惜しむように、ちゅっと音を立ててアルペックの唇が離れた。

「——明日もあるけん、今日は我慢な。でも、次にお泊まりする時はたくさん愛させて?」
「わかった……」

キスの余韻から、ふわふわしている頭で返事をし頷く。少し乱れていた呼吸を整えながら、ふと壁に掛けられている時計に目をやると23時過ぎを指していた。

「あと少しで今日が終わるね」
「本当だ、楽しい時間は早く過ぎるって言うもんなぁ」
「……誕生日なんてただの日付だと思ってたときもあるし、気付いたら迎えていて、いつの間にか終わっているものだった」
「うん」
「でも、ポチャッコ様と出会ってから、誰かの誕生日を祝う喜びや楽しさを知って。ポチャッコ様や王国の人達、それから……アル。たくさんの人達と何度も自分の誕生日を過ごすうちに、誰かに誕生日を祝ってもらえる嬉しさと幸せを知ったんだ。だから、今はちょっとだけ今日が終わることが寂しく感じるよ」

柄にもなく口にしてしまった『寂しい』という言葉を誤魔化すように、アルペックから視線を外し窓の方へ目を向ける。王国の主と騎士の誕生日を祝福するように、カーテンの隙間から覗く深い夜空では星がちらちらと瞬いているのが見えた。

「楽しかったことが終わっちゃうのは寂しいよなぁ。でも、来年も再来年も、その先もずーっと!オレはチャコの誕生日をお祝いするけん!やけん、今日の誕生日は終わりだけど、また来年の誕生日が楽しみってチャコが思ってくれたらオレは嬉しい!来年の誕生日の夜も、チャコが『終わるのが寂しい』って思える日に絶対するって約束させて?」
「っ!本当に、アルには敵わないなぁ。——ちょっと気が早いけど、来年の誕生日が楽しみになってきたよ?」
「本当か?よかったー!来年はオレからの誕生日プレゼントも奮発するけんな、何が欲しいか考えといてな!」
「別にプレゼントなんていいのに。……あっ」
「ん?何か思いついた?」

こちらを覗き込んでくるアルペックの目の前に自身の左手を翳し、右手の人差し指で左手の薬指に触れる。

「指輪とか、お揃いでどうかなー?って」
「っ〜〜〜〜!」

きょとんとしていた彼の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。その反応が可愛くて、クスクスと笑みを溢していたチャコの両手を、ガシッとアルペックが握り締めてきた。

「えっ?あ、アル?」
「今から買いに行こう!あっでも夜中……!その前にまだプロポーズしちょらん!チャコ、あんな?オレ、オレと!」
「まって、煽った俺が全面的に悪いけど!急だから!もっとちゃんと考えてから言っ——」
「オレと、結婚してください!」

拡声器も裸足で逃げ出しそうな声量で、アルペックからのプロポーズの言葉が響き渡る。ムードもへったくれもない状況でのプロポーズに、チャコは思わず声を出して笑った。

「あははっ!来年の誕生日を迎えるどころか、今年の誕生日プレゼントにすごいもの貰っちゃったよ」
「チャコが指輪とか言うけん、そんなん来年まで待てるわけねえやろ!まだ今年の誕生日やし、今年の分として渡す!」
「ふふっ、ありがと。さっき誕生日が終わることが寂しいって言ったけど、アルのおかげでどっか行っちゃったよ。でもさ、本当に俺でいいの?」
「チャコで、じゃなくて、チャコが良いんよ!」
「そっか……俺も、アルが良いから。あとでお揃いの指輪を見に行こう?その前に、明日の朝ポチャッコ様とペックル様にも報告しないとね」
「うんうん!二人ともさすがにもう寝てるだろうし……」
「アルくん、結婚って!?」
「チャコとアルペックくん結婚するの!?」

バターン!と勢いよく部屋のドアが開き、パジャマ姿の主達が姿を現した。

「あっ……」
「ご、ごめん!オレの声で起こして……!」

興奮気味にベッドへ駆け寄ってくる主達と、隣で頭を抱えるアルペックの姿に、耐えきれなくなったチャコは笑い声を上げた。楽しげに笑うチャコの眦は、うっすらと朱色に染まり、涙が滲んでいる。
今年の誕生日を忘れることは一生ないだろう。
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