御伽噺じゃない話

ペックル様の付き添いでポチャッコ王国を訪問していたアルペックと共に、パルクール練習場に出現したシーズの浄化を終えた後の、お城への帰り道。
アルペックと他愛無い会話を交わしながら歩いていたチャコの右足首に、ズキンと鋭い痛みが走った。思わず顰めそうになった表情をぐっと引き締める。隣を歩くアルペックに悟られないよう、ちらりと足元に目を向けた。

……やっちゃったかな、これ。
靴に隠れていて患部は確認できないが、一歩踏み出すごとに主張するように痛みを増していく自身の足首に、小さくため息を漏らす。シーズを浄化する際に攻撃を受けてしまい、バランスを崩しながらなんとか着地していたものの、どうやらその時に捻ってしまったようだ。右足首へ負担をかけないよう気を付けて歩きながらも、にこにこしながらアルペックとの会話を続け、平静を装う。10分もあればお城に到着する……痛みに耐えながらチャコが考えていたその時。楽しげに会話を繰り広げていたアルペックが歩みを止め、ずいっとチャコの方へ顔を近づけてきた。

「えっ、わ、なに?どうしたの、アル?」
「なあチャコ……なんかオレに隠しちょらん?」

鋭い。先ほどまでと打って変わって、真剣な表情でこちらを見つめてくるアルペックの姿に、アルには嘘が付けないなと苦笑いする。
観念したように足を止めたチャコは、すぐ近くに設置されているベンチへ腰を下ろし、右足の靴に手をかけた。

「さっきシーズの攻撃を受けた時に足首捻っちゃったみたいで、ちょっとね」
「そうだったのか!?気が付かなくてごめん!」
「なんでアルが謝るの、別に大したことないから大丈夫だよ?」

そうは言ったものの、靴を脱いで確認したチャコの右足首はうっすらと青紫色に変わり、少々腫れているように見える。何も見なかったフリをしてそそくさと靴を履き直したチャコは、ゆっくりとベンチから立ち上がった。

「いや全然大丈夫じゃねえやん!すごい色しちょんし!」
「アルは心配性だなぁ。あと10分くらいでお城に着くし、そのくらいなら歩けるから」
「いーや、絶対無理せん方がいい!……そうだ!オレがチャコをおんぶするとか!」
「それは……俺スケボー持ってるし、難しいと思うよ。それに、アルの心配してくれる気持ちだけで十分だよ。だからほら、行こう?」

納得がいかないとでも言いたげな表情で考え込むアルペックの背中を、行くよ?というようにそっと押す。気持ちは有り難いが、シーズとの戦いで疲れているであろう彼に、これ以上負担をかけるようなことはしたくない。重心を取りやすいようスケボーを両腕に抱え直したチャコが再び歩き始めようとすると、何かを思いついたようにアルペックが「あ!」と声を上げた。

「アル、どうしたの?」
「あのな、チャコ。チャコは嫌かもしれんけど……ごめん!」
「えっ?なに、が……!?」

アルペックの言葉と共に、突然ふわりと浮遊感を感じる。いつもより近くに見えるアルペックの顔と、自身の膝裏と背中に回された彼の両腕を確認したチャコは、所謂『お姫様抱っこ』を自分がされていることに気が付いた。

「アル、この体勢は……!」
「本っ当にごめん!!でもオレ、あとは俵担ぎしか知らんのや!チャコはお米じゃねえけん、そっちは避けてえし!」
「あっ、そこは配慮してくれたんだね?ありがと……じゃなくて!歩けるし大丈夫だから、それに重いでしょ?」
「体力には自信あるけん、オレは大丈夫!それに、これ以上悪化してポチャッコさんのこと追いかけられなくなったら嫌やろ?」
「うっ……それは、うん。でも、歩いててキツくなったら教えてね?」
「わかった!それじゃあ、ポチャッコさんのお城へ出発だー!」

任せろ!というように、お日さまみたいな明るい笑顔を向けてきたアルペックは、しっかりとした足取りで歩き始める。もしかして、アルペックはお姫様抱っこをし慣れているのだろうか。チャコがそう感じてしまうくらい、不思議とアルペックの歩みは安定していたのだ。
もしかして俺に話していないだけで、実は恋人がいるとか……?定期的に恋人相手にお姫様抱っこをしているというのであれば、アルペックの安定した動きにも納得がいく。そんな思考を巡らせながら、なぜか胸の辺りがモヤモヤしていることにチャコは気が付いた。多分気のせいだろう……モヤモヤを振り払うように、にこにこと笑顔を作ったチャコは、アルペックへ声を掛けた。

「アルってさ、もしかして恋人とか居たりするの?」
「へ?えっ!?」
「そんなに焦らなくても、ちょっと気になって聞いただけだから。別に答えなくても大丈夫だよ?」
「おらんおらん!おらんけん!なんてこと聞いちくるん!!」

珍しく動揺しているのだろうか。顔を真っ赤にしながらブンブンと首を横に振るアルペックの姿に、チャコは思わず笑みが溢れた。

「ふふっ、もしかして動揺してる?てっきり恋人とこういうことしてるのかと思って、好奇心で聞いてみただけだよ」
「そ、そりゃあ!こげなこと聞かれたら誰だって動揺するけん!」
「ごめんごめん!そっか、恋人は居ないんだ。よかった」
「へ?」
「うん?」

顔を見合わせた二人の間に沈黙が降りる。

「……えっと。アルに恋人が居たら、出かけとかあまり誘わない方が良いかなーって?」
「あ!なるほどな!そげな心配いらんし、また釣りとかしようなー!」
「そうだね、今度またポチャッコ様と遊びに行かせてもらうね!」

バクバクと騒ぐ心臓の音をアルペックに悟られてしまわないよう、気持ち大きめの声で返事をする。
よかった?よかったって何が?混乱する頭で考えてみるが、どう考えてもそのままの意味しか思い浮かばない。アルペックは同じ騎士仲間で、友人で、別にそれだけで……それだけのはずだ。
多分この、お姫様抱っこをされているという特殊な状況がチャコの思考を狂わせているに違いない。身体が密着した部分から感じる体温や、時折ふんわりと感じる彼の匂い。普段よりも近いアルペックの顔が、何故だか照れたような表情をしていることもそうだ。自分はこのイレギュラーな状況に混乱しているだけ、チャコはそう言い聞かせるように深呼吸をした。その時だった。

「あのな、チャコ。オレに恋人はおらんけど、好きな人ならおるかもしれん」
「えっ?そ、そうなんだ……?」

チクリと、ほんの少しだけ胸が痛んだ気がした。それに気付かないフリをして、アルペックの言葉へと耳を傾ける。

「まだ分からんけど、ちゃんと好きだってなったらチャコにも話すけん、待っちょってほしい……!」
「分かったけど、その。なんでそれを俺に?」
「あのな、さっき気付いたばかりなんやけど。オレ、チャコんことしんけん好きかもしれん!」
「っ、え?」

歩みを止めたアルペックが、頬を赤く染めながらまっすぐな瞳でこちらを見つめてくる。突然のことに目をぱちくりさせていたチャコだったが……数秒後。言葉の意味を理解したチャコは、カッと顔へ一気に熱が集まるのを感じた。

「えっ、好きって?なんで急に?」
「さっき恋人はおるかっち聞いたやろ?そん時に、恋人ってどげな相手やろうなーって考えて……思い浮かんだんがチャコやった」
「……そっか」
「それに、チャコのよかったって言葉で、もしかしたらチャコはオレんこと好きなんかも?なんて思ったら、なんか嬉しくなってな!これが恋人になりてえって意味の嬉しいなら、幸せやなーって思ったんよ。やけん、これが本当にチャコと恋人になりてえって意味の好きだって分かったら、その時にちゃんと告白させてほしい!」

これは告白じゃないのか?と思わずツッコミを入れたくなるくらい真剣な言葉に圧倒されながらも、チャコは自身の気持ちと向き合ってみる。
多分だけど、俺もアルのことが好きだ。裏表なくまっすぐに自分の気持ちをぶつけてくる所も、チャコが告白を断った時のことなど考えず人通りのある路地で想いを伝えてくる愚直な所も。だからこそ、時間をかけて自分自身としっかり向き合い、アルペックのことをどう思っているか考えてから告白の返事はしたい。チャコはそう思った。

「分かった。アルが告白してくれる日まで、俺もアルのことちゃんと考えておくから」
「本当か!?オレもチャコとどうなりてえか、ちゃんと考えとくけん!よろしくお願いします!!」
「アルってば声が大きいって……!まぁ、いっか。もうすぐポチャッコ様のお城だし、そろそろ降りるよ?」
「いーや、チャコんことはオレがお城まで運ぶけん!気を取り直して出発だー!」
「えっ、ちょっとアル!?」

お姫様抱っこのまま、さっさと再び歩き始めたアルペックに焦りながらも、チャコは大人しく身を委ねる。

数時間後、ポチャッコ王国中に『お姫様抱っこでチャコ様に愛の告白をする隣国の騎士、現る!』という号外が配られることを、二人はまだ知らない。
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