恋の病にまっさかさま

風邪を引いたのなんて何年振りだろうなぁ。
あひるのペックル王国の城内に在る自室のベッドの上に寝転がったアルペックは、ぼんやりとそんなことを考えていた。

事の発端は昨日。12月の冷たい風が吹き抜ける公園で、いつものようにアルペックは子どもたちと遊んでいた。当分さみいし水遊びは無理やな〜!なんてお喋りしながら遊んでいたところ、一人の男児がボールを水辺に落としておろおろしていることに気がつき、兄ちゃんに任せとき!と意気込んで水際ギリギリにしゃがみボールに手を伸ばしたのだが……前日降っていた雨によってぬかるんでいた地面に足を滑らせ、アルペックは頭から川に落ちてしまったのだ。
今にも泣きそうな顔で謝る男児に拾ったボールを渡し「これくらい平気やけん、泣かんの!」と笑ってみせたアルペックだったが、全身びしょ濡れの状態で遊び続けるのはさすがにまずいと判断し、また今度遊ぼうなと約束を交わしお城へ戻った。

濡れ鼠の状態で戻ったアルペックに、主であるペックルさんが「アルくんなんでずぶ濡れなの〜!?風邪引いちゃうよ〜!」と心配そうに声をかけてくれて、冷え切った身体とは裏腹にアルペックの心がぽかぽかとあたたかいもので満たされていくのを感じる。
真冬に全身ずぶ濡れになったものの、ここ数年風邪を引くこともなかったし体力には自信がある方だ。しっかり乾かせば大丈夫だろうと、心配してくれたペックルさんにお礼を伝え、着替えて髪を乾かし終えた後はいつも通りの時間を過ごしその日は就寝した。

そして今朝。目覚まし時計の音で目を覚ましたアルペックは、身体のだるさと熱っぽさでぼんやりしながら普段より重たく感じる身体をベッドから起こした。
まさかと思いつつ、ペックルさんの計らいで自室に備え付けられている薬箱の中から体温計を取り出す。パジャマの前をはだけさせ、体温計をわきの下に挟んで数十秒後……ピピピッという小さな電子音を合図に体温計を確認すると、小さな液晶モニターには37.6℃という数字が表示していた。

「うっそ、もしかしてオレ風邪引いたんか!?オレも風邪やら引くんやなぁ……!」

もう何年も見たことがない数値を表示する体温計に思わず感心したアルペックだったが、思い出したようにナイトテーブルに手を伸ばし連絡用の携帯端末を手に取った。
慣れない手つきで画面を操作し、連絡先一覧を開く。一番上に表示された『ペックルさん』の文字を迷うことなくタッチし、通話ボタンを押して端末を耳に当てると、数回の呼出音が響いた後に聞き慣れたペックルさんのおっとりとした声が聴こえてきた。

『あれ?もしもしアルくん?』
「ペックルさん!こんな朝早くに電話してごめんなぁ……!」
『平気だよ〜!お城の中で電話するのって新鮮で楽しいね〜!』
「それオレも思うちょったところ!たまにはお城の中で電話するんも〜って、そうじゃなくて!実はなー……」

お互い城内に居るのに電話越しに話をするという普段とは違う状況に思わず会話が弾んでしまいそうになったアルペックだったが、風邪を引いて熱が出ていること、今日は一緒に過ごすことが難しいということを忘れないうちに慌てて伝えた。それを聞いたペックルさんの心配そうな声が電話越しに聞こえてくる。

『アルくん大丈夫?後でお見舞いに行くから、ちゃんとベッドで寝ててね?欲しいものがあったら言ってね〜!』
「えー!気持ちは嬉しいけどペックルさんに風邪移すかもしれんし、無理せんじいいけんな?そん気持ちが嬉しいけん!」
『わかった!じゃあ、どうしてもアルくんに会いたくなったらお見舞いに行くね〜!』
「おー!そん時は目一杯もてなすけん、楽しみにしちょいて!」
『アルくんは寝てないとダメなの〜!』

和やかな口調ながらも、大人しく寝ているようしっかりと釘を刺してきたペックルさんの優しさに笑みが溢れる。お大事にね〜!という言葉の後に切れた電話を確認したアルペックは携帯端末を再びナイトテーブルの上に置き、ベッドへ仰向けに寝転がった。

風邪引いた時って何すればいいんだろうな……相変わらず身体はだるいし頭はボーッとするが、さっき起きたばかりなのに今から眠る気にはなれない。
ふと先ほど置いたばかりの携帯端末に手を伸ばし、再び連絡先一覧を開く。ペックルさんの名前の下に表示されている『チャコ』の名前を指でなぞった。

「チャコ、オレが熱出したーって言ったらどんな反応するやろ」

半年ほど前まで一緒に旅をしていた隣国のフラガリアの姿を思い浮かべる。アルも風邪引くの?なんて驚くチャコの姿を想像しているうちに、実際の反応が気になってしまったアルペックは携帯端末のディスプレイに表示されたままの『チャコ』の文字をタッチした。かけるか否か、フラフラと画面の上を行ったり来たりさせていた人差し指で通話ボタンに触れようとして……やめた。朝に弱いチャコのことだ、この時間ならきっとまだ夢の中だろう。好奇心と興味本位で大切な友人の安眠を妨げるのは申し訳ないと思ったアルペックは携帯端末を元の位置に戻し、ベッドの上をごろごろと転がった。そろそろ朝食の時間帯だが、なんだかいつもより食欲がないし、心なしか先ほどよりも体温が上がっている気がする。今日のお昼はかぼすラーメンにするつもりだったのにな……そんなことを考えているうちに、いつの間にかアルペックは眠りに落ちていった。





「アルペックくん、ぐっすり眠ってるね〜」
「ちゃんと寝ててくれて安心したけど、アルくんの体調が心配なの」
「チャコ、アルペックくん大丈夫かな?」
「んー……とりあえず熱測ってみようかな」

すぐ側から聞き覚えのある話し声が複数聞こえてくる。これはペックルさんと、ポチャッコさん……?それに、チャコ……チャコ!?
なんでチャコがおるん!!?驚いたアルペックがハッと目を開くと、体温計を片手にこちらを覗き込んでいるチャコと目が合った。

「ちゃ、ちゃこ!!?」
「うわ!!びっくりした……!」

アルペックの声で驚かせてしまったのだろう、ビクリと肩を跳ね上げたチャコの手から体温計が滑り落ちる。チャコもこんな風にびっくりするんだなと、新鮮に感じながら体温計をキャッチして手渡せば、ありがと?と、まるで花でも咲いたかのようなふわりとした笑みを向けられた。……なんでだろう?チャコの笑顔を見た途端、ギュッと胸の辺りが痛くなった。あれ、風邪って心臓にも影響あるんやっけ?

「おはよ?アル。もう、いつから起きてたの?」
「お、おはよう!話し声が聞こえて気がついたから、ついさっき……ちゅうか!なんでチャコがオレん部屋におるん!!?」
「ああ、アルのことを心配したペックル様がポチャッコ様に連絡をくれてね?ポチャッコ様もお見舞いに行こうって言うし、アルも風邪引くんだな〜って思ってちょっとだけ様子を見に来たんだ」
「あれ?チャコ、アルペックくんの看病するんだって張り切ってなかった?」
「うんうん、アルくんが元気になるように看病したいって言ってくれてたの〜!」
「っ、ポチャッコ様!ペックル様も!その話は三人の秘密って……!」

うっかり口を滑らせてしまったらしく、あっ!と両手で口元を隠した主達と、うっすら頬を赤く染めながら慌てふためくチャコの姿を交互に見つめる。自分を心配する気持ちが会話から伝わってきて嬉しくなったアルペックは会話に混ざるべく、だるさの残る身体をゆっくりとベッドから起こした。

「みんなお見舞い来てくれてありがとな?風邪移すかもしれんのは心配だけど、来てくれてしんけん嬉しい!」
「ふふっ、大袈裟すぎ。……でも、思ってたより元気そうで安心したよ?」
「すっごい寝たから今朝より良くなってるかも!この調子ならお昼にかぼすラーメン食べに……」
「だーめ。ほら、元気なら自分で熱測って?」

チャコから体温計を突きつけられたアルペックは、朝より元気やし!と言い張りながら渋々と熱を測った。絶対下がっていると確信しながらも、おそるおそる液晶モニターを確認する。アルペックの確信を打ち砕くように、体温計のモニターには38.2℃という数字が表示されていた。

「…………」
「……?」

じっとこちらを見つめてくる三人から目を逸らし、体温計をそっとパジャマの胸ポケットへとしまい込む。アルくん?と不思議そうに首を傾げる主達の隣に立っていたチャコが、アルペックが座るベッドにゆっくりと近づいてきた。

「アル、体温計見せて?」
「いや……その、この体温計たぶん壊れて……っちょ!何しよんの!?」
「アルが体温計隠すから悪いんでしょ!しっかり熱あるし……今日は外出禁止ね、分かったら横になって?」

パジャマの胸ポケットからサッと体温計を抜き取ったチャコが、液晶モニターに表示されているアルペックの体温を確認する。有無を言わせずそっと両肩を押してきたチャコの手によって、アルペックの身体はベッドに横たえられた。

「気持ち的には元気なんだけどなー?せっかくポチャッコさんとチャコが来てくれたのに、どこにも行けないなんて……」
「俺たちは風邪を引いたアルのお見舞いに来たんだから、アルが出かけられないのは当たり前でしょ?」
「それはそうだけど、こう何もできずに横になってるだけがこんなにもどかしいと思わなくてなぁ」

しょぼくれたアルペックの言葉を聞いた主達が顔を見合わせる。ペックルさんがポチャッコさんに何かを耳打ちしたかと思えば、主達はにこにこしながらアルペックが横たわるベッドに近づいてきた。

「アルペックくん、ぼくたちまた今度遊びにくるから!その時にたくさんお出かけしようよ!」
「ポチャッコ様もこう言ってるし、今日が無理でも約束すればいつでも会えるでしょ?」
「ポチャッコさん……チャコぉ……!」
「今からポチャッコと一緒にかぼすジュース作ってくるから、みんなで飲みながらお話しようよ〜!外じゃなくても楽しいと思うの!」
「ペックルさん……!みんな、元気付けてくれてありがとなぁ。かぼすジュース作ってきてくれるのも、しんっけん嬉しい!!」

主達の優しさで満たされたアルペックの心が、先ほどまでしょんぼりしていたのが嘘のように活気付いてくる。キッチンに行ってくるから待ってて!とぴょんぴょん飛び跳ねるように部屋を出ていく主達の姿を幸せな気持ちを噛みしめながら見送ったアルペックは、自分と同じく主達の姿を見送っていたチャコにナイトテーブルの側に置かれた椅子に座るよう勧めた。

「そういえば、チャコはオレのこと看病してくれるんやっけ?」
「う……あの話、ちゃんと聞いてたんだ」
「もっちろん!こんな機会滅多にないし、チャコが良いならお願いしてえ!」

椅子に腰かけたチャコは落ち着かない様子で目を泳がせている。ダメ押しでチャコの名前を呼び顔を覗き込むと、分かったというように頷きで返された。

「もう、今日だけだからね?それに、看病するなんて言ったけどアルが初めてだし……」
「えっ!?オレが初めてなん?え〜めっちゃ嬉しい!よろしくお願いします!!」
「あははっ!そんなに喜ぶこと?」
「だって、なんでも器用にできるチャコが看病するんは初めてなんやろ?しかもその相手がオレって考えたら、よう分からんけど嬉しいっち思った!」
「またそんな恥ずかしいセリフを……まぁいいや、こういうところがアルだよね。それよりも、かぼすゼリー買ってきたんだけど食べる?」
「!かぼすゼリー買ってきてくれたん!?食べる食べる!!」

チャコの言葉が気になりつつも、かぼすゼリーに反応したアルペックは勢いよくベッドから起き上がった。はいはいと笑いながら椅子から立ち上がったチャコが、部屋の隅に設置されたデスクに近づき、置かれていた白い紙製の小箱を手にして戻ってくる。再び椅子に腰かけたチャコが小箱を開けると、中にはアルペックお気に入りの店のかぼすゼリーが6つ収まっていた。

「うおー!これ、オレのお気に入りのかぼすゼリーやん!」
「前に遊びにきた時にアルが食べさせてくれたでしょ?お見舞いならこれが良いかなって」
「チャコ、かぼすゼリー食べた時のこと覚えててくれたん?さすがや!……それにしても、なんか数多くない?」
「あー……3つはポチャッコ様とペックル様と俺の分で、残りは全部アルの分。熱出してるっていうし、食欲ない時でもゼリーなら喜んでくれるかと思って。多すぎたかな……?」
「ぜんっぜん!これ、チャコが俺のこと考えて買ってきてくれたんやろ?そんなん、しんけん嬉しいちゃ!」

感情がたかぶったアルペックはベッドから足を下ろし、椅子に座ったままのチャコを思いっきり抱きしめた。チャコが自分のことを考えてくれていたことがとても嬉しいのと同時に、また胸の辺りがきゅーっと締め付けられる感覚がする。やっぱり胸の調子も悪いんかな?と思いつつ、ありがとな〜!とチャコの背中をポンポン叩いていたアルペックだったが、自分の腕の中で無言のまま抱きしめられているチャコの様子に気が付くと、勢いよく離れベッドの上へ後退りした。

「ご、ごごごごごめん!!!!!」

大慌てで謝罪をし距離を取ったアルペックに対し、チャコは無言のまま視線を逸らすように顔を横に向けていた。ふるふると身体を震わせ、左腕で自身の顔をしっかりと隠しながら、右手でかぼすゼリーの収まった紙製の小箱を器用に支えている。チャコを怒らせてしまったかもしれない……不安になったアルペックはおそるおそるチャコの名前を呼び、顔を隠してしまっている左腕をそっと掴んだ。そのままゆっくりと腕を下ろしてやり顔を覗き込めば、唇をわなわなと震わせ、熟れたりんごのように真っ赤になったチャコの綺麗な顔が現れた。

「ちゃっ、ご、ごめん!チャコがオレんこと考えてくれたんやと思ったらなんか、よう分からんけど嬉しくて!思わず抱きしめてて……!チャコに嫌な思いさせるつもりはなかったのに、ほんっとうにごめん!!」
「……い、嫌とかではないから、とりあえず手離してくれる?ゼリー落ちるし、怒ってないし、ちょっと驚いただけだし。謝らなくていいから!」

掴んでいた左腕を解放してやれば、この部屋ちょっと暑いね?なんて言いながら、にこにことチャコはアルペックに笑顔を向けてきた。何事もなかったかのように、膝の上に置いた小箱の中からプラスチック製の透明な容器に入れられたゼリーを取り出し、蓋を開ける。ゼリーの容器をナイトテーブルの上に置いたチャコが小箱の中からプラスチックスプーンを取り出したかと思えば、そのままスプーンでかぼすゼリーを掬い、アルペックの口元へと近づけてきた。

「あの、チャコさん……?」

スプーンに乗せられたかぼすゼリーと、それを差し出すチャコの顔を交互に見つめる。鼻をくすぐる甘ずっぱい匂いに気を取られそうになりながら、アルペックはもう一度チャコに声をかけた。

「チャコ……その、これは一体?」
「んー、今日は俺がアルの看病するって言ったでしょ?だから食べさせてあげるね?」
「や、その、看病といえば看病なのかもしれんけど、ゼリーくらいなら自分で食べられる元気はあるけん。それになんかちょっと恥ずかし」
「はい、あーん?」

何かが吹っ切れたように笑みを浮かべたチャコに、拒否権はないとでも言うようにさらにスプーンを近づけられたアルペックは、観念して唇を開く。口の中に広がるかぼすゼリーの甘ずっぱさに、うまっ!と思わず声を洩らせば、チャコは満足そうに笑いながら再びかぼすゼリーを掬ったスプーンを差し出してきた。もぐもぐと口を動かしながチャコの表情を伺うと、理由は分からないがなぜだか機嫌良さげで楽しそうに見える。最後の一口を食べ終えたアルペックは、ごちそうさまでしたとチャコに笑いかけた。

「ふふっ、お粗末さまでした。ぺろっと食べちゃったね?」
「かぼすゼリーはうめえけんな!そういえば、チャコはかぼすゼリー食べんの?オレがあーんってしちゃん!」
「お、俺はポチャッコ様たちが戻ってきたら一緒に食べるから」
「そっかー。でも、人に食べさせてもらう機会なんて中々ないし、たまにはいいな!」

空になったゼリーの容器に蓋をしたチャコが、子どもじゃないんだからと呆れたように笑う。確かにかぼすゼリーを食べさせて貰いながらなんとなく子どもの頃を思い出したが、自分に笑みを向けながらスプーンを差し出してくるチャコの姿は、親に例えるには少し違うように感じられた。しっくりくる例えはないものかと、アルペックは考えを巡らせる。

「チャコはすぐオレんこと子ども扱いする!それに、チャコからのあーんは……」
「ん?」
「うーん、もうちょいでしっくり来そうなんだけど」
「アル、どうしたの?また熱上がってきた?」

心配そうな表情をしたチャコが、自身の手のひらをアルペックの額に当ててくる。自分より少し低めのチャコの体温に心地よさを感じていたアルペックだが、ふと思いついたように声を上げた。

「そう!チャコからあーんされてる時に、なんか恋人みたいやなーって思ったんよ!やけんオレは子どもでは……チャコ?」
「あ、アル……アルの、そういうとこ……ほんっと……!」

うっかり抱きしめてしまった時と同じように、頬を朱に染めたチャコが怒ったような、でも少しだけ嬉しそうにも見える表情でアルペックを見つめてくる。

「えっ!オレなんかまずいこと言った!?それかチャコの顔赤いし、風邪移したとか!?」

おろおろしたアルペックは一先ずチャコのやわらかな頬を両手で包み込み、こつんと自分の額とチャコの額をくっ付けてみる。……多分、チャコに熱はなさそうだし、そもそもオレに熱があるから分からんな?
そっと両手と額を離したアルペックが、熱はなさそうだと伝えるため顔を向けると、先ほどよりもさらに頬を紅潮させうっすら眦に涙を浮かべたチャコと視線がぶつかった。

「ちゃ……チャコ!?えっ、ちょ、泣いて!?」
「っ、部屋が暑くて乾燥してるから、ちょっと目が乾いただけ……!一旦お城の外に出て涼んでくるね?」
「ええ!?涼むならオレの部屋のベランダでも……ってチャコ!足が早い!!」

颯爽と部屋から出ていくチャコの背中を見送ったアルペックは、一人きりの部屋でベッドに寝転がった。
部屋が乾くと涙って出るんやな……紅潮した頬と涙目になったチャコの表情を思い出したアルペックの胸が、なぜかどきどきと高鳴る。自分のせいでチャコが涙を浮かべていたわけではないと知って安心したはずなのに、チャコの表情を思い出すとぎゅーっと心臓が痛くなるのと同時に、不思議な高揚感に包まれるのを感じた。

「やっぱし風邪って心臓にも影響あるんやなあ。それに、こん気持ちなんなんやろ……」

瞼を閉じたアルペックは何度も寝返りを打ちながら、再びチャコの姿を脳裏に思い浮かべる。
名前の分からない感情を抱えたまま、ベッドの上をごろごろと転がり続けたアルペックは、チャコへの恋心と共にベッド下の床へと真っ逆さまに落ちていった。
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