かくれんぼ
もういいかい
まあだだよ
いつもよりのんびりとしたチャコの声と、それに応える子どもたちの賑やかな声が少し離れた場所から聞こえてくる。
もういいかい
もういいよ
汗ばむ陽気の五月のある日。
あひるのペックル王国に遊びに来ていたチャコを交え、アルペックは王国の子どもたちとかくれんぼをしていた。
「今日もいい天気だなぁ」
アルペックが隠れ場所に選んだのは、水辺に立つ青々とした木の上だった。
太い枝に腰を下ろして一息つくと、額に滲んだ汗を手の甲で拭い、ぐうっと伸びをする。
さわさわと涼しげな風で揺れる葉の隙間からは、きらきらとした木漏れ日が降り注いでいた。
「アルー?」
不意に聞こえてきたチャコの声に、アルペックは慌てて息を潜めた。
いつの間にか水辺のほうまで来ていたらしいチャコの呼び声が、少しずつ近づいてくる。
そっと様子を窺えば、きょろきょろと辺りを見回しながらこちらへ歩いてくるチャコの姿が目に入った。
「おかしいな、アルの声が聞こえた気がしたんだけど」
アルペックが隠れている木の下で足を止めたチャコが、ひとり呟きながら小首を傾げている。
何度か辺りを見回したものの、こちらには気づかなかったらしい。
チャコはアルペックの名前を呼びながら、ゆっくりとした足取りで再び歩き出した。
「危ない危ない、見つかるかと思った……!」
ほっと息をついたアルペックは、腰掛けていた枝の上でそっと立ち上がり、遠ざかっていく背中へ視線を向けた。
アルペックの名を呼ぶチャコの声が、少しずつ遠くなっていく。
しばらくその声に耳を傾けていたアルペックだったが、ふと——シナモロール王国で、混沌としたゲートの中へ吸い込まれてしまった時のことを思い出した。
「……チャコ」
あの日、ゲートの中でひとり感じた寂しさがふいに蘇り、アルペックの胸を締めつける。
居ても立ってもいられなくなったアルペックは、枝の上から飛び降りた。
着地の衝撃で足が痺れるのも構わず、先を歩くチャコのもとへ駆け出す。
そして、手を伸ばせば届くほど近くまで迫ったところで、背後から勢いよくチャコを抱き寄せた。
「うわっ!」
不意に抱き寄せられたチャコの身体がぐらりと傾き、そのまま後ろにいたアルペックのほうへ倒れ込んでくる。
勢いのまま二人揃って草むらに尻餅をつけば、呆然としていたチャコが、はっとしたようにこちらを振り返った。
「あ……アル?どうしたの、急に……っ、わ!」
「チャ〜コ〜〜〜〜!」
ぐりぐりとチャコの右肩へ額を押しつけながら、腹部に回した腕に力を込め、さらに強く抱き寄せる。
困惑したように身じろぎしていたチャコだったが、急に何かを思い出したのか、「あっ」と小さく声を漏らした。
「アル、今かくれんぼ中だってこと……覚えてる?」
「……あっ」
チャコの言葉を聞いたアルペックは、彼の腹部へ回していた腕をそっと緩めた。
肩越しにこちらを振り返ったチャコが、どこか愉しそうに目を細めている。
その表情に曖昧な笑みを返したアルペックは勢いよく立ち上がり、そのまま一目散に駆け出した。
「ちょっと、アル!?」
「ごめんなチャコ、すっかり忘れちょった〜!でも、みつけたっちまだ言われちょらんけん!セーフ!」
「そういう問題?——って、逃げるのはずるい!」
バタバタと草を踏みしめながら駆けるアルペックの後ろを、慌てた様子のチャコが追いかけてくる。
——これ、なんの遊びだっけ?
そんなことをぼんやり考えながらアルペックがさらに速度を上げようとした、そのとき。
着ていたアウターの裾が後ろからぐいっと引かれたと思えば、急に背中へずしりと重みがのしかかった。
「アル、みつけた!」
「おわー!?」
背中から思いきり抱きつかれたアルペックは、大きくバランスを崩した。
そして体勢を立て直す間もなく、背中のチャコごと二人まとめて草むらへ突っ込んだ。
「ぶっ!?」
真っ先に顔から地面へ倒れ込んだアルペックの視界いっぱいに、青々とした草が広がる。
背中の上へ覆い被さるように倒れ込んだままのチャコへ声を掛けようとすれば、それより先に動揺の滲んだ声が背後から降ってきた。
「アル、大丈夫?」
慌てた様子でアルペックの背中から飛び退いたチャコが立ち上がり、僅かに屈み込みながら、倒れたままのアルペックへ手を差し伸べてくる。
大丈夫だと伝えるように大きく頷くと、アルペックは差し出された手を取って立ち上がった。
「平気平気!チャコは大丈夫か?」
「俺は大丈夫だよ。アルがクッションになってくれたし」
そう言って苦笑を浮かべたチャコが、心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる。
至近距離からじっと見つめられているうちに、アルペックの心臓は次第に落ち着きを失っていった。
喧しく鳴る鼓動を抱えたまま、こちらを映す綺麗な瞳をぼんやり見つめ返していると、不意に伸ばされたチャコの右手がアルペックの左頬へ触れた。
「ふふ。アルの顔、すごい草まみれ」
触れられた場所からじわりと体温が滲むように広がり、顔がみるみる熱を帯びていく。
柔らかな笑顔を向けられた瞬間——堪えきれなくなったアルペックは、チャコの身体をぎゅっと抱き寄せた。
「アル……?」
おずおずと伸ばされたチャコの両腕が背中へ回され、そっと抱きしめ返される。
あー、だとか、うー、だとか。
言葉にならない声を零していたアルペックの耳元で、不意にチャコが「そうだ」と呟いた。
「アル、つかまえた!」
「っ〜〜〜〜!捕まっちょんのはチャコやん……!」
「あはは、そうかもね」
くすくすと笑いながら、しばらくの間ふたりで抱きしめ合う。
やがてどちらからともなく身体を離すと、チャコがゆっくりと唇を開いた。
「それで、かくれんぼ中なのに急に飛び出してきてどうしたの?」
チャコの問いかけに、かくれんぼの最中に感じた寂しさがじわりと胸に蘇る。
「……あのな、隠れてた時にチャコがオレのいる木の下まで来たんだけど」
「えっ、木の下ってことは木登りしてたの?全然気づかなかったよ」
「へへ!」
得意げに笑ったあと、アルペックは少しだけ表情を緩めた。
「それでな、チャコがオレの名前呼びながら離れてくの見てたら……なんか、前にゲートへ吸い込まれた時のこと思い出して」
「……うん」
小さく頷いたチャコの右手の先が、体側へ下ろしていたアルペックの左手へそっと触れてくる。
その温もりに気づいたアルペックがチャコの右手を握れば、きゅっと優しく握り返された。
「遠くなってくチャコの声と背中を目で追っかけてたら、なんか居ても立ってもいられなくなってさ!気づいたら、かくれんぼのこと忘れてチャコのこと夢中で追いかけてたんよ」
「——そっか」
消え入りそうな声でそう返したチャコが、そっとアルペックを抱きしめてきた。
ふわりと香ったチャコの匂いにほっとしながら、アルペックはしっかりとチャコの身体を抱きしめ返す。
触れたところから伝わってくるぬくもりを心地よく感じていると、不意にチャコが自分の額をアルペックの額へこつんとぶつけてきた。
「あのさ、アル」
「んー?」
鼻先が触れ合いそうな距離で、チャコの瞳をじっと見つめる。
このままずっと、こっち見よってくれんかな——なんて。
冗談みたいなことをぼんやり考えていれば、再びチャコの唇がゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「言ったでしょ?見つけられなかったら、そばにいる意味ないって」
「うん、もちろん覚えてる」
混沌としたゲートから二人で脱出したあのときの光景が——二人で見上げた空も、チャコの声も、全部が昨日のことのように蘇ってくる。
「だからさ、次は安心して隠れてよ?俺がちゃんと、アルのこと見つけるからさ」
「……!チャコ〜!」
チャコの言葉を耳にしたアルペックは、うっかり涙ぐみそうになりながら、チャコのことをきつく抱きしめた。
「苦しいよ」と笑いながらも離れようとはしないチャコへ構うことなく、アルペックは溢れる好きの気持ちをぶつけるように頬を擦り寄せた。
「どう?寂しくなくなった?」
「うんうん!ぜんっぜん寂しくなくなった!もう大丈夫やけん、ちゃんと隠れられる!」
「あははっ!それならよかった」
そうしているうちに、遠くから自分たちを呼ぶ子どもたちの声が聞こえてくる。
なんとなく名残惜しさを感じながらゆっくりと身体を離せば、どこか照れくさそうな表情でチャコは微笑んでいた。
「よーっし!かくれんぼ再開だー!チャコ、またオレのこと見つけてくれよな!」
「ふふ、任せといて。でも……次の鬼はアルだけどね?」
「そうだった!」
思わず声を上げて笑い合う。
そうしてチャコと並んで、こちらへ手を振る子どもたちのもとへ駆け出した。
まあだだよ
いつもよりのんびりとしたチャコの声と、それに応える子どもたちの賑やかな声が少し離れた場所から聞こえてくる。
もういいかい
もういいよ
汗ばむ陽気の五月のある日。
あひるのペックル王国に遊びに来ていたチャコを交え、アルペックは王国の子どもたちとかくれんぼをしていた。
「今日もいい天気だなぁ」
アルペックが隠れ場所に選んだのは、水辺に立つ青々とした木の上だった。
太い枝に腰を下ろして一息つくと、額に滲んだ汗を手の甲で拭い、ぐうっと伸びをする。
さわさわと涼しげな風で揺れる葉の隙間からは、きらきらとした木漏れ日が降り注いでいた。
「アルー?」
不意に聞こえてきたチャコの声に、アルペックは慌てて息を潜めた。
いつの間にか水辺のほうまで来ていたらしいチャコの呼び声が、少しずつ近づいてくる。
そっと様子を窺えば、きょろきょろと辺りを見回しながらこちらへ歩いてくるチャコの姿が目に入った。
「おかしいな、アルの声が聞こえた気がしたんだけど」
アルペックが隠れている木の下で足を止めたチャコが、ひとり呟きながら小首を傾げている。
何度か辺りを見回したものの、こちらには気づかなかったらしい。
チャコはアルペックの名前を呼びながら、ゆっくりとした足取りで再び歩き出した。
「危ない危ない、見つかるかと思った……!」
ほっと息をついたアルペックは、腰掛けていた枝の上でそっと立ち上がり、遠ざかっていく背中へ視線を向けた。
アルペックの名を呼ぶチャコの声が、少しずつ遠くなっていく。
しばらくその声に耳を傾けていたアルペックだったが、ふと——シナモロール王国で、混沌としたゲートの中へ吸い込まれてしまった時のことを思い出した。
「……チャコ」
あの日、ゲートの中でひとり感じた寂しさがふいに蘇り、アルペックの胸を締めつける。
居ても立ってもいられなくなったアルペックは、枝の上から飛び降りた。
着地の衝撃で足が痺れるのも構わず、先を歩くチャコのもとへ駆け出す。
そして、手を伸ばせば届くほど近くまで迫ったところで、背後から勢いよくチャコを抱き寄せた。
「うわっ!」
不意に抱き寄せられたチャコの身体がぐらりと傾き、そのまま後ろにいたアルペックのほうへ倒れ込んでくる。
勢いのまま二人揃って草むらに尻餅をつけば、呆然としていたチャコが、はっとしたようにこちらを振り返った。
「あ……アル?どうしたの、急に……っ、わ!」
「チャ〜コ〜〜〜〜!」
ぐりぐりとチャコの右肩へ額を押しつけながら、腹部に回した腕に力を込め、さらに強く抱き寄せる。
困惑したように身じろぎしていたチャコだったが、急に何かを思い出したのか、「あっ」と小さく声を漏らした。
「アル、今かくれんぼ中だってこと……覚えてる?」
「……あっ」
チャコの言葉を聞いたアルペックは、彼の腹部へ回していた腕をそっと緩めた。
肩越しにこちらを振り返ったチャコが、どこか愉しそうに目を細めている。
その表情に曖昧な笑みを返したアルペックは勢いよく立ち上がり、そのまま一目散に駆け出した。
「ちょっと、アル!?」
「ごめんなチャコ、すっかり忘れちょった〜!でも、みつけたっちまだ言われちょらんけん!セーフ!」
「そういう問題?——って、逃げるのはずるい!」
バタバタと草を踏みしめながら駆けるアルペックの後ろを、慌てた様子のチャコが追いかけてくる。
——これ、なんの遊びだっけ?
そんなことをぼんやり考えながらアルペックがさらに速度を上げようとした、そのとき。
着ていたアウターの裾が後ろからぐいっと引かれたと思えば、急に背中へずしりと重みがのしかかった。
「アル、みつけた!」
「おわー!?」
背中から思いきり抱きつかれたアルペックは、大きくバランスを崩した。
そして体勢を立て直す間もなく、背中のチャコごと二人まとめて草むらへ突っ込んだ。
「ぶっ!?」
真っ先に顔から地面へ倒れ込んだアルペックの視界いっぱいに、青々とした草が広がる。
背中の上へ覆い被さるように倒れ込んだままのチャコへ声を掛けようとすれば、それより先に動揺の滲んだ声が背後から降ってきた。
「アル、大丈夫?」
慌てた様子でアルペックの背中から飛び退いたチャコが立ち上がり、僅かに屈み込みながら、倒れたままのアルペックへ手を差し伸べてくる。
大丈夫だと伝えるように大きく頷くと、アルペックは差し出された手を取って立ち上がった。
「平気平気!チャコは大丈夫か?」
「俺は大丈夫だよ。アルがクッションになってくれたし」
そう言って苦笑を浮かべたチャコが、心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる。
至近距離からじっと見つめられているうちに、アルペックの心臓は次第に落ち着きを失っていった。
喧しく鳴る鼓動を抱えたまま、こちらを映す綺麗な瞳をぼんやり見つめ返していると、不意に伸ばされたチャコの右手がアルペックの左頬へ触れた。
「ふふ。アルの顔、すごい草まみれ」
触れられた場所からじわりと体温が滲むように広がり、顔がみるみる熱を帯びていく。
柔らかな笑顔を向けられた瞬間——堪えきれなくなったアルペックは、チャコの身体をぎゅっと抱き寄せた。
「アル……?」
おずおずと伸ばされたチャコの両腕が背中へ回され、そっと抱きしめ返される。
あー、だとか、うー、だとか。
言葉にならない声を零していたアルペックの耳元で、不意にチャコが「そうだ」と呟いた。
「アル、つかまえた!」
「っ〜〜〜〜!捕まっちょんのはチャコやん……!」
「あはは、そうかもね」
くすくすと笑いながら、しばらくの間ふたりで抱きしめ合う。
やがてどちらからともなく身体を離すと、チャコがゆっくりと唇を開いた。
「それで、かくれんぼ中なのに急に飛び出してきてどうしたの?」
チャコの問いかけに、かくれんぼの最中に感じた寂しさがじわりと胸に蘇る。
「……あのな、隠れてた時にチャコがオレのいる木の下まで来たんだけど」
「えっ、木の下ってことは木登りしてたの?全然気づかなかったよ」
「へへ!」
得意げに笑ったあと、アルペックは少しだけ表情を緩めた。
「それでな、チャコがオレの名前呼びながら離れてくの見てたら……なんか、前にゲートへ吸い込まれた時のこと思い出して」
「……うん」
小さく頷いたチャコの右手の先が、体側へ下ろしていたアルペックの左手へそっと触れてくる。
その温もりに気づいたアルペックがチャコの右手を握れば、きゅっと優しく握り返された。
「遠くなってくチャコの声と背中を目で追っかけてたら、なんか居ても立ってもいられなくなってさ!気づいたら、かくれんぼのこと忘れてチャコのこと夢中で追いかけてたんよ」
「——そっか」
消え入りそうな声でそう返したチャコが、そっとアルペックを抱きしめてきた。
ふわりと香ったチャコの匂いにほっとしながら、アルペックはしっかりとチャコの身体を抱きしめ返す。
触れたところから伝わってくるぬくもりを心地よく感じていると、不意にチャコが自分の額をアルペックの額へこつんとぶつけてきた。
「あのさ、アル」
「んー?」
鼻先が触れ合いそうな距離で、チャコの瞳をじっと見つめる。
このままずっと、こっち見よってくれんかな——なんて。
冗談みたいなことをぼんやり考えていれば、再びチャコの唇がゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「言ったでしょ?見つけられなかったら、そばにいる意味ないって」
「うん、もちろん覚えてる」
混沌としたゲートから二人で脱出したあのときの光景が——二人で見上げた空も、チャコの声も、全部が昨日のことのように蘇ってくる。
「だからさ、次は安心して隠れてよ?俺がちゃんと、アルのこと見つけるからさ」
「……!チャコ〜!」
チャコの言葉を耳にしたアルペックは、うっかり涙ぐみそうになりながら、チャコのことをきつく抱きしめた。
「苦しいよ」と笑いながらも離れようとはしないチャコへ構うことなく、アルペックは溢れる好きの気持ちをぶつけるように頬を擦り寄せた。
「どう?寂しくなくなった?」
「うんうん!ぜんっぜん寂しくなくなった!もう大丈夫やけん、ちゃんと隠れられる!」
「あははっ!それならよかった」
そうしているうちに、遠くから自分たちを呼ぶ子どもたちの声が聞こえてくる。
なんとなく名残惜しさを感じながらゆっくりと身体を離せば、どこか照れくさそうな表情でチャコは微笑んでいた。
「よーっし!かくれんぼ再開だー!チャコ、またオレのこと見つけてくれよな!」
「ふふ、任せといて。でも……次の鬼はアルだけどね?」
「そうだった!」
思わず声を上げて笑い合う。
そうしてチャコと並んで、こちらへ手を振る子どもたちのもとへ駆け出した。
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