デートは転がる、卓上のドーナツのように
初夏らしくすっきりと晴れた五月のある日。アルペックとチャコの二人は、フラガリアワールドの某所に存在するテーマパークを訪れていた。
事の始まりは、一週間前に開催された黒の大陸の円卓会議。六つの王国の王様——主達からの「黒の大陸にもテーマパークがあったらいいね」という提案に関する議題がきっかけだった。
ノワールブーケでテーマパークを訪れた際に、自国の主へそれぞれ報告を行ったところ、それぞれの主からこのような提案を受けていたのだ。満場一致で「作るか」と即決されたものの、テーマパークがどのように運営されているか知っている者はもちろんおらず。たまたま予定が空いていたという理由から、アルペックとチャコの二人がノワールブーケを代表して、テーマパークの視察を行うことになったのだ。
「うおー!相変わらずでっけーものが多いなー!」
「前に来た時もそうだけど、今回も大はしゃぎだね」
テーマパークへ一歩足を踏み入れ、きょろきょろと辺りを見回しながら興奮気味に話すアルペックの姿に、子どもみたいだなとチャコは思わず笑みを洩らす。テーマーパークに来ているとはいえ、あくまで騎士の仕事としてだ。視察という目的を忘れて遊び呆けるわけにはいかない。しかし——アルペックと恋人同士になって、もうすぐ一ヶ月。恋人と二人きりのテーマパークということで、少なからず浮かれている自分がいることにチャコは気づいていた。クールな表情を保ちつつも、これはデートに入るのか?などとつい考えてしまう。
アルペックは今の状況をどう思っているのだろうか。気になったチャコがちらりと彼の方へ視線を向けると、太陽を閉じ込めたように燦然と輝く瞳がすぐさまこちらに向けられた。こっそり盗み見たつもりが、どうやら視線を感じさせてしまったらしい。こちらをじっと見つめた後、にへっと笑ったアルペックが愉しげに口を開いた。
「前に来た時も思ったけど、テーマパークって人がたくさん居るなぁ!右見ても左見ても人!人!人!って感じで、賑やかで楽しい!」
「そうだね。フラガリアワールドのいろんな王国から人が集まってるみたいだし、気をつけないと逸れちゃいそう」
「たしかに!……そうだ、逸れないように!手、繋いどく?」
「えっ……?」
何の気なしとでもいうように、先ほどまでと変わらない表情をしたアルペックから左手が差し出された。突然のことに戸惑いを隠せないチャコは、アルペックの顔と彼の左手を交互に見つめる。
「…………」
「……?チャコ?」
騎士の職務の一環として外出している最中に手を繋いで歩くというのは、許されることなのだろうか。
ぐるぐると思考を巡らせながら、きょとんとした表情のアルペックをじっと観察してみる。彼のことだ、逸れないためという言葉が本心で、それ以上もそれ以下の意味もないのかもしれない。人混みで逸れないために手を繋ぐのならば、きっと許されるだろう。
差し出されたアルペックの、チャコのものよりも少しだけ大きな左手に触れようと躊躇いがちに右手を伸ばし——途中で勢いよく引っ込めた。
「えええええ!?」
フェイントを喰らったアルペックの驚いた声がテーマパークの敷地内に響き渡った。チャコのせいとはいえ、相変わらず彼はリアクションが大きい。人目につく前に少し場所を移動しよう——目の前であたふたしているアルペックに告げようとチャコが口を開いた、その時だった。
「あの、どうかされましたか?」
近くでゲスト対応を行なっていたテーマパークスタッフの女性が慌てたように声をかけてきた。何かトラブルでも発生したと勘違いさせてしまったのかもしれない。
「アル、声大きいから……!すみません、大丈夫です」
「ご、ごめん!ちょっと驚いただけで、何でもないです!」
「あっ、それなら良かったです!楽しい一日をお過ごしください!」
不自然なポーズのままチャコとアルペックが笑みを浮かべてそう応えれば、テーマパークスタッフの女性はペコリと頭を下げた後そのまま仕事へ戻っていった。それを見送ったチャコはアルペックの左手首を遠慮がちに掴み、そのまま人の少ない壁際へと足早に向かう。近くに人が居ないことを確認し、そっとアルペックの左手首からチャコが手を離せば、自身の左手とチャコの顔を交互に見つめていたアルペックが、おそるおそるチャコの肩に両手を添えてきた。
「チャコぉ……そ、そげえ手繋ぐん嫌やった……?」
「ちがっ……!嫌ではない、けど」
「けど?」
言い淀んだチャコは自身の表情を隠すように、着ているパーカーのフードを右手で軽く引っ張る。自分で確認することはできないが、きっと今、とても酷い表情をしているに違いない。
言うべきか、言わぬべきか——小さくため息をついたチャコは、意を決したように掴んでいたフードから右手を離し、おずおずとアルペックを見つめた。
「俺たち仕事でここに来てるし、あまり考えないようにしてたんだけど」
「ん?」
「アルが手繋ぐか聞いてきたのも逸れないためって理由だし、意識しないようにしてたんだけど……」
「んん?」
「いざ手繋ぐのかと思ったら、なんか」
「なんか……?」
「……なんかデートっぽいなって。そう思ったら照れくさくなって、つい」
そう口にしたチャコは、じわじわと顔に熱が集まっていくのを感じた。勝手に意識して一人で浮かれて、恥ずかしいやら何やら……穴があったら入りたいくらいだ。気恥ずかしさを誤魔化すように右手の袖で口元を隠したチャコが、アルペックの顔をちらと盗み見れば、目を丸くして何か言いたそうにこちらを見つめていたアルペックと視線がぶつかった。
「今日ってデートじゃないのか?オレ、今日はチャコとデートのつもりで来ちょったんやけど……?」
「えっ、ノワールブーケの代表として視察の仕事でしょ?」
思わぬ主張の食い違いに、二人そろって首を傾げる。しかし黒の大陸の円卓会議で決まったことなのだから、視察の仕事で間違いないはずだ。
「おっかしいなぁ。今朝みんなから届いたメッセージに『デート楽しんできてね』って書いてあったんだけどな」
「メッセージ?何それ、俺知らないんだけど……?」
「あれ?ノワールブーケのグループメッセージ宛に、チャコとの待ち合わせ時間の少し前に届いちょったんやけど。もしかしてチャコ、まだ見ちょらん?」
「見てないどころか、届いていたことすら気付いてなかったよ」
チャコはズボンのポケットから携帯用の連絡端末を取り出し、連絡用に使用しているメッセージアプリを開く。慣れた手つきでノワールブーケの面々とやり取りをしているグループメッセージを開けば、複数の未読メッセージが画面に表示された。
『今日はチャコさんとのデート、楽しんできてくださいね〜!』
『おー!おみやげ買ってくるけん、楽しみにしちょって!』
『誰かを楽しませるなら、まず自分も楽しめっていうしな。ただし、デートだからってあまりはしゃぎ過ぎるなよ?』
『Exactly!はしゃぎ過ぎてコーヒーカップを回し過ぎた、なんてやった日には、ボクたちの二の舞になりかねない。せっかくのデートが台無しだ』
『回し過ぎると大変だし、でっけーなんかに飲まれる可能性もあるし……コーヒーカップって度胸試しのためにあるのか?』
『ふむ、ビーカーの中で混ぜられる液体の気分を味わいたいというならばコーヒーカップはおすすめだが、それよりも最近テーマパーク内で売られ始めたドーナツが気になっていてね。一見変わり種の味が多いらしいが、一体どのようなロジックやノウハウがあって商品化に至ったのか……実際に手に取ってぜひ確かめてみたいものだよ』
『分かった!イワシのムニエルドーナツだっけ?円卓会議で食べられるように人数分おみやげに買ってくる!』
『次回の円卓会議はいつも以上に賑やかになりそうですね〜!さらに賑やかにするために、ワタシもとびっきりのサプライズの準備を……!』
『サプライズって何するつもりだ……って、待て待て。変わり種の味が多いってことは、他にも味があるんだろ?イワシのムニエル味だらけよりも、いろんな味を切り分けて食べるのはどうだ?』
そこから先のメッセージでは、おみやげの話がひたすら繰り広げられていた。
自分が気付いていない間にこんなことになっていたとは……それよりも、だ。
『気が付かなくてごめん、おみやげ買っていくから楽しみにしてて。あと、デートってどういうこと?』
手早くグループメッセージ宛てに返信を行ったチャコは、携帯端末をズボンのポケットに捩じ込む。すぐさまメッセージの受信を知らせる通知音がポケットの中から聞こえた気がしたが、聞こえないフリをした。
「えっ、デートじゃないのか……?」
チャコからのグループメッセージ宛ての返信を確認したアルペックが、チャコの顔を見つめながら悲哀に満ちた声を洩らした。本当にデートのつもりでいたアルペックからの言葉にチャコは思わず頬がゆるみそうになるが、悟られてしまう前に慌てて表情を引き締める。感情が顔に出てしまわぬよう注意を払いながら、チャコはゆっくりと言葉を紡いだ。
「デートかどうかの前にさ……アル、俺たちが付き合ってるってみんなに話した?」
「いや、誰にも話してないぞ?少しの間は誰にも言わずに秘密にしときたいってチャコも言ってたし」
「そっか。つまり、俺たちの知らないところでいつの間にかバレてたってことか……どこでバレたんだろう」
ノワールブーケの面々と会っている時にアルペックと手を繋いだり抱きしめられた記憶はないし、他にも恋人同士とバレるような言動はしていなかったはずだ。心当たりのなさから訝しげな表情をしていたチャコを他所に、ご機嫌な表情をしたアルペックが嬉しそうにチャコの肩を抱いてきた。
「それはそうと、仕事のつもりで来ていたチャコがデートみたいって意識してくれてたの、しんけん嬉しい!オレは元々デートのつもりで来ちょったし、オレたち両想いやな!」
「恥ずかしいから、あんまり大きい声で言わないで」
「なぁなぁ、チャコ。ぎゅーってしていい?ダメ?」
「外だからダメ」
どさくさに紛れて抱きしめて良いかと確認してくるアルペックの腕から、するりとチャコは抜け出した。それを気にすることなく「じゃあ後でしような!」とにっこり笑うアルペックに、チャコは小さく頷きで返す。
「それよりも、アルってばいつもと変わらない感じで『手、繋いどく?』なんて言うんだもの、俺だけ意識してるのかと思ってたよ」
「そうかなぁ?ちゃんとデートしたのもこの前が初めてだったし、今日もチャコと二回目のデートだ!って待ち合わせの時からめっちゃ浮かれちょった!」
普段と変わらない様子で待ち合わせ場所に現れたアルペックの姿を思い出す。あの時から彼も実は浮かれていたのかと思うと、一人で浮かれていると気恥ずかしくなっていた数分前の自分がなんだか可笑しくて——チャコは思わず、くすりと笑ってしまった。
「じゃあ、今日はデート兼テーマパークの視察ってことにしようか?みんなからのメッセージを見た感じ、しっかりとした視察を期待してるわけじゃなさそうだし。参考になりそうな部分をメモしたり写真を撮ったりはするつもりだけどね」
「うんうん!デートしながら視察もできるってお得だなー!……と、いうことで!チャコ、手繋ご?」
先程とは違い少々照れくさそうな表情をしたアルペックが、窺うようにチャコの瞳を覗き込みながら再び左手を差し出してくる。照れくさい気持ちは残りつつも躊躇うことなくチャコが右手で握り返せば、嬉しそうに笑みを浮かべたアルペックに指を絡め取られ、それは恋人繋ぎの形に変わった。
「手を繋ぐのは逸れないようにするため?」
触れ合った指先からチャコの鼓動が伝わってしまうのではないかと思うくらい、ドキドキと胸が高鳴って喧しい。それを誤魔化すようにチャコがイタズラっぽく微笑んでそう口にすれば、アルペックは大袈裟なくらいぶんぶんと首を横に振った。
「それもあるけど、デートやけん!いや、デートじゃなくてもチャコと手繋ぎてえけど……!」
「あははっ、意地悪言ってごめん。 ——それじゃ、デート始めよっか?」
斯くして、アルペックとチャコのデート兼テーマパーク視察はスタートした。
✦
アルペックの好奇心からジェットコースターをはじめとする様々なアトラクションを楽しんだり、チャコのリクエストでバナナアイスの乗った限定クレープをカフェワゴンで購入し食べ歩きしたりと、恋人らしいのんびりとしたデートの時間を二人は過ごしていた。
もちろん視察のことも忘れてはおらず。黒の大陸に作るテーマパークにも取り入れたいアトラクションやサービスを見つけては、二人で話し合いながらメモを取ったり写真を撮ったり——はしゃいでいるアルペックの姿もチャコはこっそり写真に収めていた——視察の方も順調だ。
「テーマパークって楽しいとこやなぁ!見たことねえ乗り物がようけあるし、おやつはうめえし!見る場所が多すぎて時間足りなくなりそうだな……!」
「ノワールブーケで来た時にもあちこち見て回ったつもりだったけど、まだ行けてない場所が結構残ってそうだね」
かれこれ三時間近く歩き回っていたが、やっと敷地の三分の一を見て回れたような気がする。これだけ広いテーマパークを黒の大陸にも作るとなると、どの辺りに作るのが最適だろうか。
「それはそうとして……一旦休憩にせん?歩き回っちょったけん、お腹すいた!」
仕事モードに突入しかけていたチャコの思考を引き戻すようにアルペックが訊ねてくる。朝から歩き通しだったし、休憩も兼ねてそろそろお昼にするのが良いかもしれない。チャコが思考を巡らせていると、タイミングよく午後一時を告げる園内放送がテーマパーク内に鳴り響いた。
「そうだね、俺もお腹すいちゃった。レストランとかカフェが集まってるフードエリアもここから近いみたいだし、時間的にもちょうど良いね」
「よーっし!そうと決まればフードエリアに出発だー!」
チャコの返事を確認したアルペックが、にこにこと嬉しそうに笑いながら繋いだままの指先に僅かに力を入れてくる。チャコは再び照れくささを感じながら、アルペックに続いてフードエリアに向けて足を踏み出した。
フードエリアには和洋中からスイーツに特化したカフェレストランまで、様々な飲食店が数件連なっていた。一歩足を踏み入れると、あちらこちらから美味しそうな匂いが漂ってきて食欲をそそられる。
「チャコは何食べたい?あれもこれも食べたいし、いろんな料理の店があって悩むなー!」
「あんまり欲張ると、さすがのアルでもお腹壊すよ?でも、そうだな……いろんなものを少しずつ食べられるビュッフェスタイルのお店が良いんじゃない?デザートもあるし」
「おおー!さっすがチャコ!いろんなものを一度に食べられるなんて、なんかすごい店なんだろうな!」
「じゃあ決まりね?フードエリアの一番奥にレストランがあるから、そこにしようか」
デザートのメニューについて会話をしながら少し歩けば、あっという間にフードエリアの最奥にあるレストランに到着した。開かれた出入り口からチャコが店内を覗けば、ランチタイム真っ最中の店内は昼食を楽しむ多くの人々で賑わっている。混み合ってはいるものの、ちらほら空席も見当たるため長時間待つことはなさそうだ。チャコがそんなことを考えていると、不意にアルペックに名前を呼ばれた。
「なあチャコ」
「どうしたの、アル」
「オレたちってカップルだよな?」
「えっ、急にどうしたの。拍子もないこと言って」
チャコの背後から店内を覗いていたはずのアルペックは、いつの間にか出入り口の横に置かれている立て看板の前に移動していた。これ、とカラフルに装飾された立て看板に書かれた文字を指差している。
「ほらこれ!『カップル限定サービス!スタッフによるカップル認定で利用時間を三十分お得に延長!詳しくはスタッフにお声がけください!』だって。オレたちもカップルなら対象ってことだよな?」
「へー、こんなのあるんだ。なんでカップル限定なのかはよく分からないけど」
通常七十分のレストラン利用時間が三十分延長されるのはたしかにお得な話だ。しかし、立て看板に書かれている『カップル認定』の文言がどうにも引っかかる。カップル認定というだけあって、二人をカップルと判断するためにスタッフから何かしらの条件を出されるに違いない。
「なぁなぁ、カップルってつまり恋人同士のことだろ?だったらオレとチャコもカップルってことだよな!」
「あー、うん、そうだね。あと声大きい、大きいからね」
「あっ、すみませーん!カップルです!」
「ちょっとアル!?こういうのって絶対に何かしらの条件があるから……!」
チャコの返事を確認したアルペックが、ちょうどレストランの出入り口付近を通りかかった男性スタッフを呼び止めた。ご丁寧に「カップルです」の言葉を添えて……。アルペックの呼びかけに気がついた男性スタッフは、にこにこと笑みを湛えながら足早に近づいてきた。
「いらっしゃいませ!カップルのお客様で宜しいでしょうか?」
「カップルです!」
「……カップルで」
「カップルですね、承知しましたー!」
アルペックの「カップルです!」発言に対し、元気よく返事をした男性スタッフの声もアルペックに負けないくらい大きかった。アルペックと男性スタッフのやり取りが耳に入ったであろう周囲の人々から、心なしか視線を向けられている気がする。これ以上注目を集める前に早く店内へ案内してほしいところだが、そんなチャコの思考を打ち砕くように男性スタッフは笑みを浮かべながら話を続けた。
「それではカップルのお客様か確認のため、お互いの好きなところを一つずつ教えてください!」
「あ、一つで良いんだ」
想像していたよりも簡単な条件にチャコはほっとため息をついた。アルペックの好きなところを一つ言うくらい、なんてことはない。
「チャコの好きなところなら、いくらでも言えるぞ!よーし、オレはやるで!決めたけん!」
「一つで良いってよ、アル」
「まずオレのこと好きなところが大好きやろー、パルクールできるのはかっこ良くてすげーし、器用なところは尊敬してる!優しいのにオレのこと騙してくるところはお茶目だし、笑うと可愛いし、あとはー」
「ストップ!多いってば!」
「えー、まだまだ言いたいことあったんだけどなぁ。よっし、じゃあ次はチャコの番!オレの好きなところ教えて?」
爛々と瞳を輝かせながら期待の眼差しでこちらを見つめてくる姿に、チャコは思わず一歩後退りをした。アルペックの好きなところを一つ言うくらい大したことではない。しかし普段から口に出して伝える機会がないこともあり、いざ好きなところを教えろと言われると何を伝えるべきか悩んでしまう。
「アルの好きなところ……」
じっとアルペックの瞳を見つめ返しながら、チャコは思考を巡らせた。陽だまりのような優しい色の瞳は彼の人柄を想起させ、これまで一緒に過ごしてきた時間を思い出し胸の辺りがじんわりとあたたかくなる。眩しいほどにまっすぐで、大胆で目が離せない——そんなアルペックに、恋人同士になった今でもチャコは惹かれていた。
「チャコ……?」
「お客様、その『顔が好き』みたいな気軽な内容でも大丈夫ですので……!先に教えてくださったお客様の熱烈なお話で、すでにカップル認定済みのようなものですし!」
「顔……」
アルペック本人に自覚があるのかないのか定かではないが、たしかに彼の顔は整っていると思う。以前ハンギョドン王国を訪れた際、街中で見かけた似顔絵に対し「もうちょっとキリッとしている」と文句を付けていたアルペックの様子を思い出し、つい笑みが溢れてしまう。キリッとしているかはさておき、くるくると表情がよく変わるアルペックの顔を眺めるのもチャコは好きだった。
「うーん、顔かな」
「顔なん!?」
驚いたように声を上げるアルペックと、責任を感じたのかアルペックの隣でおろおろしている男性スタッフの様子が面白い。まさか真っ先に恋人の顔が好きと言うとは二人とも思ってもいなかったのだろう。
「顔もって意味だよ。アルの好きなところなんて山ほどあるし、一つだけなんて決められないよ。だから、顔じゃダメ?」
「チャコ……!いい!大丈夫!問題ないです!なぁ、スタッフさん!」
「もちろんです!問題なしのカップル認定です!カップル限定サービスの利用時間三十分延長が適用になります!」
「よーし!オレたちカップルだー!」
「前からカップルだったよね、俺たち……」
なぜかハイタッチを交わして喜び合っているアルペックと男性スタッフの様子を眺めながら、やっと終わったとチャコは苦笑した。ビュッフェの説明を受けながら『カップル認定済』と書かれた座席番号の紙を手渡される。「末永くお幸せに!」という言葉と共に、男性スタッフは笑顔で仕事へ戻っていった。
各々に好きな料理を皿に乗せて、指定されたテーブルに着く。ビュッフェということで品数が多いのもさることながら、口にした料理はどれも美味しかった。
「食事が終わったら次はどこに行こうか。アルは行きたい場所あったりする?」
デザートにバナナアイスを頬張りながら、チャコはテーブルの上に広げた紙製のガイドマップに次々とペンで丸印を付けていく。まだ足を運んでいない場所がガイドマップにチャコの手で記されていくを眺めながら、かぼすアイスをスプーンで口に運んでいたアルペックは首を傾げた。
「そういうチャコは行きたい場所ないのか?」
「そうだな……強いて言うなら観覧車かな、夜になるとテーマパーク内のイルミネーションが見渡せるらしいし。せっかくだから写真とか動画を撮って、後でポチャッコ様にも見せたくて」
「イルミネーションかぁ!オレもペックルさんに見せたいし、観覧車は最後にしてまだ行ってない場所を近いところから見て回ろう!」
「賛成、これ食べ終わったら行こうか?」
これからの予定も無事に決まり、デザート皿に残っていたアイスを食べ終えたところで席を立った。会計を済ませてレストランを出ると、当たり前のようにアルペックに手を繋がれる。絡められた指先にくすぐったさを感じながらも、テーマパークを訪れた頃の気恥ずかしさはチャコの中からすっかり消え去っていた。
✦
テーマパーク内を歩き回っているうちにあっという間に時間は流れ、気づいた時には日没を迎えていた。午後七時を過ぎた頃には辺りはすっかり夜に包まれ、テーマパーク内にイルミネーションの灯りが次々に点灯していく。煌びやかな無数の光に溢れたテーマパーク内はとても幻想的だった。
そろそろ頃合いかということで観覧車へ向かうと、自分たちと同じようにイルミネーションを上から眺めようと集まった人々がすでに数組ほど並んでいた。列の一番後ろに並びながら、おみやげはどうするかと言葉を交わす。主たちにはおそろいのキーホルダーを、ノワールブーケの面々にはピケロのリクエストだった変わり種のドーナツに決まった頃、タイミングよく順番が回ってきた。
アルペックに手を引かれて観覧車に乗り込み、向かい合う形で腰を下ろす。ゆっくりと地上から離れていく様子を薄暗い観覧車の中から眺めながら、繋いでいた手を離したチャコとアルペックはそれぞれ携帯用の連絡端末で写真や動画を撮り始めた。
「うわー!綺麗だな、まるで光の海だ!」
「そうだね、こんなにすごいとは思わなかったよ」
足元に広がるイルミネーションを動画で撮影しながら「ペックルさん、見て見て!」とはしゃいで解説をしているアルペックの横顔を、こっそりとチャコは写真に収めた。撮ったばかりの写真を開けば、満面の笑みを浮かべているアルペックの姿が画面に写り、思わずチャコの頬がゆるむ。あらかた写真を撮り終えて今度は動画を撮影していると、不意にアルペックに名前を呼ばれた。
「なぁなぁ、チャコ」
「どうしたの、アル。写真はもう良いの?」
動画を回したまま左隣を見ると、携帯端末を構えたアルペックがこちらを見つめていた。
「んー……なんでもない!」
「えっ、呼んだだけ?」
「あと、綺麗だなって!」
「あははっ、さっきからそれしか言ってないよ」
チャコが笑いながらそう返すと、アルペックもごめんごめんと笑い返しながらアウターのポケットに携帯端末を仕舞い込んだ。
「チャコ、そっち行ってもいい?」
イルミネーションの光を反射したアルペックの瞳が、窺うようにチャコの瞳を覗き込んだ。頷きで返したチャコは撮影していた動画を止め、携帯端末をズボンのポケットに仕舞った。
観覧車を揺らさないように、ゆっくりとした動作で立ち上がったアルペックが、そろそろと観覧車の中を移動しチャコの隣へ腰を下ろす。狭い座席に並んで座れば、必然的に肩と肩が触れ合った。
観覧車特有の浮遊感とは違う感覚で、なんだか頭がふわふわする。ふと今朝の出来事を思い出したチャコが、座ったままの体勢で上半身をアルペックの方へ向ければ、おずおずとアルペックに抱きついた。
「えっ!?へ、あの、チャコ……?」
「テーマパークに来てすぐに、後でしようって言ってたでしょ?」
「あ!あれ、今日して良かったん!?」
顔を上げてイタズラっぽく笑ってみせれば、アルペックの顔が赤くなっている様子が薄暗い観覧車の中でも確認できた。分かりやすいくらいの恋人の照れっぷりに満足したチャコは、そそくさとアルペックから身体を離す。慌てふためくアルペックの様子をチャコが眺めていると、ふと顔を赤くしたままのアルペックの右手がチャコの頬に触れた。
「アル……?」
観覧車はすっかり地上から離れ、てっぺんに差しかかっていた。じっと見つめたアルペックの瞳は熱を帯びていて、それはイルミネーションの光ではなくチャコの姿を映して爛々と光っている。アルペックの親指が触れたままのチャコの頬をすり、と撫でた。
「チャコ……」
「……ん」
名前を呼ばれたのを合図に、チャコはゆっくりと瞼を下ろした。アルペックが息をのむ気配を微かに感じる。ほんの一瞬の間の後——次の瞬間、チャコの唇に柔らかいものが触れた。
キスしちゃった、なんて考える間もなく。あっという間にアルペックの唇は離れていった。
チャコが目を開くと、頬を赤くして幸せそうな笑みを浮かべたアルペックに抱きしめられた。チャコもアルペックの背中に両腕を回し、表情を隠すように肩口へ顔を埋める。
「……へへ、キスしちゃったな。チャコ」
「そうだね。……俺、ファーストキスだったんだけど」
「そうなん!?チャコの初めて、貰えて良かった……!」
「そんなに驚くこと?——キスもそうだし、デートで照れくさくなったのも、手を繋いで気恥ずかしくなったのも……全部アルとしたのが初めてだよ」
「そっかぁ。これからもチャコと初めてのこと、たくさんしたいなー!」
「ふふ、恋人同士でする俺の『初めて』は、全部アルにあげてるんだけどね」
顔を上げてにこりと笑みを向ければ、アルペックの頬にチャコは唇を寄せた。ほんの一瞬アルペックの頬に口付けて離れれば「これも初めてだよ?」とチャコは再び笑ってみせる。
「っ、チャコ〜〜〜〜!」
「あはは!アル、びっくりした?」
顔を真っ赤にし、右手で自身の頬に触れながら名前を呼ぶ恋人の姿にチャコは声を上げて笑った。薄暗い観覧車の中でも、アルペックの顔が耳までしっかり赤く染まっている様子が確認できる。
「びっくりするに決まっとるやん!急に積極的だし!」
「ごめんごめん。アルが初めてのことをたくさんしたいって言うから、つい」
ひとしきり笑ったところで、あと数分で観覧車が地上に到着することにチャコは気がついた。そろそろ降りる準備をしなければならない。
「アル、そろそろ降りる準備を——」
そこまで口にしたところで、突然チャコの唇はアルペックのそれに塞がれた。
ファーストキスよりも長かったような気がする。数秒おいてアルペックの唇が離れたことに気がついチャコは、自身の顔へ一気に熱が集まるのを感じた。
「なっ……」
「チャコ、びっくりした?」
こつんとチャコの額に自身の額を当てたアルペックが、そう言って得意げに笑う。
「い……」
「い?」
「いきなりはズルいよ、アル……!」
「えー?でも、先にちゅーしてきたのはチャコやろ?」
「俺がしたのは頬だから、唇は反則!」
「そういう問題!?」
会話の内容がなんだか可笑しくて、顔を寄せ合いながら今度は二人して声を上げて笑った。
そうこうしているうちに、あっという間に観覧車は地上に到着してしまう。観覧車で過ごした十五分の時間を名残惜しみながらも、チャコはアルペックよりも先に地面へと降りた。
後から降りてきたアルペックの傍に近づき、チャコは右手を差し出す。
一瞬きょとんとした表情をしていたアルペックだったが、すぐさま嬉しそうな笑みへと変わった。
「アル、おみやげ買って帰ろうか?」
「そうだな!買う物も決まってることだし、おみやげ屋に出発だー!」
アルペックの左手がチャコの右手を握り——それは恋人繋ぎの形に変わる。
テーマパークで過ごした時間を二人で振り返りながら、主と仲間たちへのおみやげを確保すべく、チャコとアルペックはイルミネーションの眩い光の中を歩きだした。
事の始まりは、一週間前に開催された黒の大陸の円卓会議。六つの王国の王様——主達からの「黒の大陸にもテーマパークがあったらいいね」という提案に関する議題がきっかけだった。
ノワールブーケでテーマパークを訪れた際に、自国の主へそれぞれ報告を行ったところ、それぞれの主からこのような提案を受けていたのだ。満場一致で「作るか」と即決されたものの、テーマパークがどのように運営されているか知っている者はもちろんおらず。たまたま予定が空いていたという理由から、アルペックとチャコの二人がノワールブーケを代表して、テーマパークの視察を行うことになったのだ。
「うおー!相変わらずでっけーものが多いなー!」
「前に来た時もそうだけど、今回も大はしゃぎだね」
テーマパークへ一歩足を踏み入れ、きょろきょろと辺りを見回しながら興奮気味に話すアルペックの姿に、子どもみたいだなとチャコは思わず笑みを洩らす。テーマーパークに来ているとはいえ、あくまで騎士の仕事としてだ。視察という目的を忘れて遊び呆けるわけにはいかない。しかし——アルペックと恋人同士になって、もうすぐ一ヶ月。恋人と二人きりのテーマパークということで、少なからず浮かれている自分がいることにチャコは気づいていた。クールな表情を保ちつつも、これはデートに入るのか?などとつい考えてしまう。
アルペックは今の状況をどう思っているのだろうか。気になったチャコがちらりと彼の方へ視線を向けると、太陽を閉じ込めたように燦然と輝く瞳がすぐさまこちらに向けられた。こっそり盗み見たつもりが、どうやら視線を感じさせてしまったらしい。こちらをじっと見つめた後、にへっと笑ったアルペックが愉しげに口を開いた。
「前に来た時も思ったけど、テーマパークって人がたくさん居るなぁ!右見ても左見ても人!人!人!って感じで、賑やかで楽しい!」
「そうだね。フラガリアワールドのいろんな王国から人が集まってるみたいだし、気をつけないと逸れちゃいそう」
「たしかに!……そうだ、逸れないように!手、繋いどく?」
「えっ……?」
何の気なしとでもいうように、先ほどまでと変わらない表情をしたアルペックから左手が差し出された。突然のことに戸惑いを隠せないチャコは、アルペックの顔と彼の左手を交互に見つめる。
「…………」
「……?チャコ?」
騎士の職務の一環として外出している最中に手を繋いで歩くというのは、許されることなのだろうか。
ぐるぐると思考を巡らせながら、きょとんとした表情のアルペックをじっと観察してみる。彼のことだ、逸れないためという言葉が本心で、それ以上もそれ以下の意味もないのかもしれない。人混みで逸れないために手を繋ぐのならば、きっと許されるだろう。
差し出されたアルペックの、チャコのものよりも少しだけ大きな左手に触れようと躊躇いがちに右手を伸ばし——途中で勢いよく引っ込めた。
「えええええ!?」
フェイントを喰らったアルペックの驚いた声がテーマパークの敷地内に響き渡った。チャコのせいとはいえ、相変わらず彼はリアクションが大きい。人目につく前に少し場所を移動しよう——目の前であたふたしているアルペックに告げようとチャコが口を開いた、その時だった。
「あの、どうかされましたか?」
近くでゲスト対応を行なっていたテーマパークスタッフの女性が慌てたように声をかけてきた。何かトラブルでも発生したと勘違いさせてしまったのかもしれない。
「アル、声大きいから……!すみません、大丈夫です」
「ご、ごめん!ちょっと驚いただけで、何でもないです!」
「あっ、それなら良かったです!楽しい一日をお過ごしください!」
不自然なポーズのままチャコとアルペックが笑みを浮かべてそう応えれば、テーマパークスタッフの女性はペコリと頭を下げた後そのまま仕事へ戻っていった。それを見送ったチャコはアルペックの左手首を遠慮がちに掴み、そのまま人の少ない壁際へと足早に向かう。近くに人が居ないことを確認し、そっとアルペックの左手首からチャコが手を離せば、自身の左手とチャコの顔を交互に見つめていたアルペックが、おそるおそるチャコの肩に両手を添えてきた。
「チャコぉ……そ、そげえ手繋ぐん嫌やった……?」
「ちがっ……!嫌ではない、けど」
「けど?」
言い淀んだチャコは自身の表情を隠すように、着ているパーカーのフードを右手で軽く引っ張る。自分で確認することはできないが、きっと今、とても酷い表情をしているに違いない。
言うべきか、言わぬべきか——小さくため息をついたチャコは、意を決したように掴んでいたフードから右手を離し、おずおずとアルペックを見つめた。
「俺たち仕事でここに来てるし、あまり考えないようにしてたんだけど」
「ん?」
「アルが手繋ぐか聞いてきたのも逸れないためって理由だし、意識しないようにしてたんだけど……」
「んん?」
「いざ手繋ぐのかと思ったら、なんか」
「なんか……?」
「……なんかデートっぽいなって。そう思ったら照れくさくなって、つい」
そう口にしたチャコは、じわじわと顔に熱が集まっていくのを感じた。勝手に意識して一人で浮かれて、恥ずかしいやら何やら……穴があったら入りたいくらいだ。気恥ずかしさを誤魔化すように右手の袖で口元を隠したチャコが、アルペックの顔をちらと盗み見れば、目を丸くして何か言いたそうにこちらを見つめていたアルペックと視線がぶつかった。
「今日ってデートじゃないのか?オレ、今日はチャコとデートのつもりで来ちょったんやけど……?」
「えっ、ノワールブーケの代表として視察の仕事でしょ?」
思わぬ主張の食い違いに、二人そろって首を傾げる。しかし黒の大陸の円卓会議で決まったことなのだから、視察の仕事で間違いないはずだ。
「おっかしいなぁ。今朝みんなから届いたメッセージに『デート楽しんできてね』って書いてあったんだけどな」
「メッセージ?何それ、俺知らないんだけど……?」
「あれ?ノワールブーケのグループメッセージ宛に、チャコとの待ち合わせ時間の少し前に届いちょったんやけど。もしかしてチャコ、まだ見ちょらん?」
「見てないどころか、届いていたことすら気付いてなかったよ」
チャコはズボンのポケットから携帯用の連絡端末を取り出し、連絡用に使用しているメッセージアプリを開く。慣れた手つきでノワールブーケの面々とやり取りをしているグループメッセージを開けば、複数の未読メッセージが画面に表示された。
『今日はチャコさんとのデート、楽しんできてくださいね〜!』
『おー!おみやげ買ってくるけん、楽しみにしちょって!』
『誰かを楽しませるなら、まず自分も楽しめっていうしな。ただし、デートだからってあまりはしゃぎ過ぎるなよ?』
『Exactly!はしゃぎ過ぎてコーヒーカップを回し過ぎた、なんてやった日には、ボクたちの二の舞になりかねない。せっかくのデートが台無しだ』
『回し過ぎると大変だし、でっけーなんかに飲まれる可能性もあるし……コーヒーカップって度胸試しのためにあるのか?』
『ふむ、ビーカーの中で混ぜられる液体の気分を味わいたいというならばコーヒーカップはおすすめだが、それよりも最近テーマパーク内で売られ始めたドーナツが気になっていてね。一見変わり種の味が多いらしいが、一体どのようなロジックやノウハウがあって商品化に至ったのか……実際に手に取ってぜひ確かめてみたいものだよ』
『分かった!イワシのムニエルドーナツだっけ?円卓会議で食べられるように人数分おみやげに買ってくる!』
『次回の円卓会議はいつも以上に賑やかになりそうですね〜!さらに賑やかにするために、ワタシもとびっきりのサプライズの準備を……!』
『サプライズって何するつもりだ……って、待て待て。変わり種の味が多いってことは、他にも味があるんだろ?イワシのムニエル味だらけよりも、いろんな味を切り分けて食べるのはどうだ?』
そこから先のメッセージでは、おみやげの話がひたすら繰り広げられていた。
自分が気付いていない間にこんなことになっていたとは……それよりも、だ。
『気が付かなくてごめん、おみやげ買っていくから楽しみにしてて。あと、デートってどういうこと?』
手早くグループメッセージ宛てに返信を行ったチャコは、携帯端末をズボンのポケットに捩じ込む。すぐさまメッセージの受信を知らせる通知音がポケットの中から聞こえた気がしたが、聞こえないフリをした。
「えっ、デートじゃないのか……?」
チャコからのグループメッセージ宛ての返信を確認したアルペックが、チャコの顔を見つめながら悲哀に満ちた声を洩らした。本当にデートのつもりでいたアルペックからの言葉にチャコは思わず頬がゆるみそうになるが、悟られてしまう前に慌てて表情を引き締める。感情が顔に出てしまわぬよう注意を払いながら、チャコはゆっくりと言葉を紡いだ。
「デートかどうかの前にさ……アル、俺たちが付き合ってるってみんなに話した?」
「いや、誰にも話してないぞ?少しの間は誰にも言わずに秘密にしときたいってチャコも言ってたし」
「そっか。つまり、俺たちの知らないところでいつの間にかバレてたってことか……どこでバレたんだろう」
ノワールブーケの面々と会っている時にアルペックと手を繋いだり抱きしめられた記憶はないし、他にも恋人同士とバレるような言動はしていなかったはずだ。心当たりのなさから訝しげな表情をしていたチャコを他所に、ご機嫌な表情をしたアルペックが嬉しそうにチャコの肩を抱いてきた。
「それはそうと、仕事のつもりで来ていたチャコがデートみたいって意識してくれてたの、しんけん嬉しい!オレは元々デートのつもりで来ちょったし、オレたち両想いやな!」
「恥ずかしいから、あんまり大きい声で言わないで」
「なぁなぁ、チャコ。ぎゅーってしていい?ダメ?」
「外だからダメ」
どさくさに紛れて抱きしめて良いかと確認してくるアルペックの腕から、するりとチャコは抜け出した。それを気にすることなく「じゃあ後でしような!」とにっこり笑うアルペックに、チャコは小さく頷きで返す。
「それよりも、アルってばいつもと変わらない感じで『手、繋いどく?』なんて言うんだもの、俺だけ意識してるのかと思ってたよ」
「そうかなぁ?ちゃんとデートしたのもこの前が初めてだったし、今日もチャコと二回目のデートだ!って待ち合わせの時からめっちゃ浮かれちょった!」
普段と変わらない様子で待ち合わせ場所に現れたアルペックの姿を思い出す。あの時から彼も実は浮かれていたのかと思うと、一人で浮かれていると気恥ずかしくなっていた数分前の自分がなんだか可笑しくて——チャコは思わず、くすりと笑ってしまった。
「じゃあ、今日はデート兼テーマパークの視察ってことにしようか?みんなからのメッセージを見た感じ、しっかりとした視察を期待してるわけじゃなさそうだし。参考になりそうな部分をメモしたり写真を撮ったりはするつもりだけどね」
「うんうん!デートしながら視察もできるってお得だなー!……と、いうことで!チャコ、手繋ご?」
先程とは違い少々照れくさそうな表情をしたアルペックが、窺うようにチャコの瞳を覗き込みながら再び左手を差し出してくる。照れくさい気持ちは残りつつも躊躇うことなくチャコが右手で握り返せば、嬉しそうに笑みを浮かべたアルペックに指を絡め取られ、それは恋人繋ぎの形に変わった。
「手を繋ぐのは逸れないようにするため?」
触れ合った指先からチャコの鼓動が伝わってしまうのではないかと思うくらい、ドキドキと胸が高鳴って喧しい。それを誤魔化すようにチャコがイタズラっぽく微笑んでそう口にすれば、アルペックは大袈裟なくらいぶんぶんと首を横に振った。
「それもあるけど、デートやけん!いや、デートじゃなくてもチャコと手繋ぎてえけど……!」
「あははっ、意地悪言ってごめん。 ——それじゃ、デート始めよっか?」
斯くして、アルペックとチャコのデート兼テーマパーク視察はスタートした。
✦
アルペックの好奇心からジェットコースターをはじめとする様々なアトラクションを楽しんだり、チャコのリクエストでバナナアイスの乗った限定クレープをカフェワゴンで購入し食べ歩きしたりと、恋人らしいのんびりとしたデートの時間を二人は過ごしていた。
もちろん視察のことも忘れてはおらず。黒の大陸に作るテーマパークにも取り入れたいアトラクションやサービスを見つけては、二人で話し合いながらメモを取ったり写真を撮ったり——はしゃいでいるアルペックの姿もチャコはこっそり写真に収めていた——視察の方も順調だ。
「テーマパークって楽しいとこやなぁ!見たことねえ乗り物がようけあるし、おやつはうめえし!見る場所が多すぎて時間足りなくなりそうだな……!」
「ノワールブーケで来た時にもあちこち見て回ったつもりだったけど、まだ行けてない場所が結構残ってそうだね」
かれこれ三時間近く歩き回っていたが、やっと敷地の三分の一を見て回れたような気がする。これだけ広いテーマパークを黒の大陸にも作るとなると、どの辺りに作るのが最適だろうか。
「それはそうとして……一旦休憩にせん?歩き回っちょったけん、お腹すいた!」
仕事モードに突入しかけていたチャコの思考を引き戻すようにアルペックが訊ねてくる。朝から歩き通しだったし、休憩も兼ねてそろそろお昼にするのが良いかもしれない。チャコが思考を巡らせていると、タイミングよく午後一時を告げる園内放送がテーマパーク内に鳴り響いた。
「そうだね、俺もお腹すいちゃった。レストランとかカフェが集まってるフードエリアもここから近いみたいだし、時間的にもちょうど良いね」
「よーっし!そうと決まればフードエリアに出発だー!」
チャコの返事を確認したアルペックが、にこにこと嬉しそうに笑いながら繋いだままの指先に僅かに力を入れてくる。チャコは再び照れくささを感じながら、アルペックに続いてフードエリアに向けて足を踏み出した。
フードエリアには和洋中からスイーツに特化したカフェレストランまで、様々な飲食店が数件連なっていた。一歩足を踏み入れると、あちらこちらから美味しそうな匂いが漂ってきて食欲をそそられる。
「チャコは何食べたい?あれもこれも食べたいし、いろんな料理の店があって悩むなー!」
「あんまり欲張ると、さすがのアルでもお腹壊すよ?でも、そうだな……いろんなものを少しずつ食べられるビュッフェスタイルのお店が良いんじゃない?デザートもあるし」
「おおー!さっすがチャコ!いろんなものを一度に食べられるなんて、なんかすごい店なんだろうな!」
「じゃあ決まりね?フードエリアの一番奥にレストランがあるから、そこにしようか」
デザートのメニューについて会話をしながら少し歩けば、あっという間にフードエリアの最奥にあるレストランに到着した。開かれた出入り口からチャコが店内を覗けば、ランチタイム真っ最中の店内は昼食を楽しむ多くの人々で賑わっている。混み合ってはいるものの、ちらほら空席も見当たるため長時間待つことはなさそうだ。チャコがそんなことを考えていると、不意にアルペックに名前を呼ばれた。
「なあチャコ」
「どうしたの、アル」
「オレたちってカップルだよな?」
「えっ、急にどうしたの。拍子もないこと言って」
チャコの背後から店内を覗いていたはずのアルペックは、いつの間にか出入り口の横に置かれている立て看板の前に移動していた。これ、とカラフルに装飾された立て看板に書かれた文字を指差している。
「ほらこれ!『カップル限定サービス!スタッフによるカップル認定で利用時間を三十分お得に延長!詳しくはスタッフにお声がけください!』だって。オレたちもカップルなら対象ってことだよな?」
「へー、こんなのあるんだ。なんでカップル限定なのかはよく分からないけど」
通常七十分のレストラン利用時間が三十分延長されるのはたしかにお得な話だ。しかし、立て看板に書かれている『カップル認定』の文言がどうにも引っかかる。カップル認定というだけあって、二人をカップルと判断するためにスタッフから何かしらの条件を出されるに違いない。
「なぁなぁ、カップルってつまり恋人同士のことだろ?だったらオレとチャコもカップルってことだよな!」
「あー、うん、そうだね。あと声大きい、大きいからね」
「あっ、すみませーん!カップルです!」
「ちょっとアル!?こういうのって絶対に何かしらの条件があるから……!」
チャコの返事を確認したアルペックが、ちょうどレストランの出入り口付近を通りかかった男性スタッフを呼び止めた。ご丁寧に「カップルです」の言葉を添えて……。アルペックの呼びかけに気がついた男性スタッフは、にこにこと笑みを湛えながら足早に近づいてきた。
「いらっしゃいませ!カップルのお客様で宜しいでしょうか?」
「カップルです!」
「……カップルで」
「カップルですね、承知しましたー!」
アルペックの「カップルです!」発言に対し、元気よく返事をした男性スタッフの声もアルペックに負けないくらい大きかった。アルペックと男性スタッフのやり取りが耳に入ったであろう周囲の人々から、心なしか視線を向けられている気がする。これ以上注目を集める前に早く店内へ案内してほしいところだが、そんなチャコの思考を打ち砕くように男性スタッフは笑みを浮かべながら話を続けた。
「それではカップルのお客様か確認のため、お互いの好きなところを一つずつ教えてください!」
「あ、一つで良いんだ」
想像していたよりも簡単な条件にチャコはほっとため息をついた。アルペックの好きなところを一つ言うくらい、なんてことはない。
「チャコの好きなところなら、いくらでも言えるぞ!よーし、オレはやるで!決めたけん!」
「一つで良いってよ、アル」
「まずオレのこと好きなところが大好きやろー、パルクールできるのはかっこ良くてすげーし、器用なところは尊敬してる!優しいのにオレのこと騙してくるところはお茶目だし、笑うと可愛いし、あとはー」
「ストップ!多いってば!」
「えー、まだまだ言いたいことあったんだけどなぁ。よっし、じゃあ次はチャコの番!オレの好きなところ教えて?」
爛々と瞳を輝かせながら期待の眼差しでこちらを見つめてくる姿に、チャコは思わず一歩後退りをした。アルペックの好きなところを一つ言うくらい大したことではない。しかし普段から口に出して伝える機会がないこともあり、いざ好きなところを教えろと言われると何を伝えるべきか悩んでしまう。
「アルの好きなところ……」
じっとアルペックの瞳を見つめ返しながら、チャコは思考を巡らせた。陽だまりのような優しい色の瞳は彼の人柄を想起させ、これまで一緒に過ごしてきた時間を思い出し胸の辺りがじんわりとあたたかくなる。眩しいほどにまっすぐで、大胆で目が離せない——そんなアルペックに、恋人同士になった今でもチャコは惹かれていた。
「チャコ……?」
「お客様、その『顔が好き』みたいな気軽な内容でも大丈夫ですので……!先に教えてくださったお客様の熱烈なお話で、すでにカップル認定済みのようなものですし!」
「顔……」
アルペック本人に自覚があるのかないのか定かではないが、たしかに彼の顔は整っていると思う。以前ハンギョドン王国を訪れた際、街中で見かけた似顔絵に対し「もうちょっとキリッとしている」と文句を付けていたアルペックの様子を思い出し、つい笑みが溢れてしまう。キリッとしているかはさておき、くるくると表情がよく変わるアルペックの顔を眺めるのもチャコは好きだった。
「うーん、顔かな」
「顔なん!?」
驚いたように声を上げるアルペックと、責任を感じたのかアルペックの隣でおろおろしている男性スタッフの様子が面白い。まさか真っ先に恋人の顔が好きと言うとは二人とも思ってもいなかったのだろう。
「顔もって意味だよ。アルの好きなところなんて山ほどあるし、一つだけなんて決められないよ。だから、顔じゃダメ?」
「チャコ……!いい!大丈夫!問題ないです!なぁ、スタッフさん!」
「もちろんです!問題なしのカップル認定です!カップル限定サービスの利用時間三十分延長が適用になります!」
「よーし!オレたちカップルだー!」
「前からカップルだったよね、俺たち……」
なぜかハイタッチを交わして喜び合っているアルペックと男性スタッフの様子を眺めながら、やっと終わったとチャコは苦笑した。ビュッフェの説明を受けながら『カップル認定済』と書かれた座席番号の紙を手渡される。「末永くお幸せに!」という言葉と共に、男性スタッフは笑顔で仕事へ戻っていった。
各々に好きな料理を皿に乗せて、指定されたテーブルに着く。ビュッフェということで品数が多いのもさることながら、口にした料理はどれも美味しかった。
「食事が終わったら次はどこに行こうか。アルは行きたい場所あったりする?」
デザートにバナナアイスを頬張りながら、チャコはテーブルの上に広げた紙製のガイドマップに次々とペンで丸印を付けていく。まだ足を運んでいない場所がガイドマップにチャコの手で記されていくを眺めながら、かぼすアイスをスプーンで口に運んでいたアルペックは首を傾げた。
「そういうチャコは行きたい場所ないのか?」
「そうだな……強いて言うなら観覧車かな、夜になるとテーマパーク内のイルミネーションが見渡せるらしいし。せっかくだから写真とか動画を撮って、後でポチャッコ様にも見せたくて」
「イルミネーションかぁ!オレもペックルさんに見せたいし、観覧車は最後にしてまだ行ってない場所を近いところから見て回ろう!」
「賛成、これ食べ終わったら行こうか?」
これからの予定も無事に決まり、デザート皿に残っていたアイスを食べ終えたところで席を立った。会計を済ませてレストランを出ると、当たり前のようにアルペックに手を繋がれる。絡められた指先にくすぐったさを感じながらも、テーマパークを訪れた頃の気恥ずかしさはチャコの中からすっかり消え去っていた。
✦
テーマパーク内を歩き回っているうちにあっという間に時間は流れ、気づいた時には日没を迎えていた。午後七時を過ぎた頃には辺りはすっかり夜に包まれ、テーマパーク内にイルミネーションの灯りが次々に点灯していく。煌びやかな無数の光に溢れたテーマパーク内はとても幻想的だった。
そろそろ頃合いかということで観覧車へ向かうと、自分たちと同じようにイルミネーションを上から眺めようと集まった人々がすでに数組ほど並んでいた。列の一番後ろに並びながら、おみやげはどうするかと言葉を交わす。主たちにはおそろいのキーホルダーを、ノワールブーケの面々にはピケロのリクエストだった変わり種のドーナツに決まった頃、タイミングよく順番が回ってきた。
アルペックに手を引かれて観覧車に乗り込み、向かい合う形で腰を下ろす。ゆっくりと地上から離れていく様子を薄暗い観覧車の中から眺めながら、繋いでいた手を離したチャコとアルペックはそれぞれ携帯用の連絡端末で写真や動画を撮り始めた。
「うわー!綺麗だな、まるで光の海だ!」
「そうだね、こんなにすごいとは思わなかったよ」
足元に広がるイルミネーションを動画で撮影しながら「ペックルさん、見て見て!」とはしゃいで解説をしているアルペックの横顔を、こっそりとチャコは写真に収めた。撮ったばかりの写真を開けば、満面の笑みを浮かべているアルペックの姿が画面に写り、思わずチャコの頬がゆるむ。あらかた写真を撮り終えて今度は動画を撮影していると、不意にアルペックに名前を呼ばれた。
「なぁなぁ、チャコ」
「どうしたの、アル。写真はもう良いの?」
動画を回したまま左隣を見ると、携帯端末を構えたアルペックがこちらを見つめていた。
「んー……なんでもない!」
「えっ、呼んだだけ?」
「あと、綺麗だなって!」
「あははっ、さっきからそれしか言ってないよ」
チャコが笑いながらそう返すと、アルペックもごめんごめんと笑い返しながらアウターのポケットに携帯端末を仕舞い込んだ。
「チャコ、そっち行ってもいい?」
イルミネーションの光を反射したアルペックの瞳が、窺うようにチャコの瞳を覗き込んだ。頷きで返したチャコは撮影していた動画を止め、携帯端末をズボンのポケットに仕舞った。
観覧車を揺らさないように、ゆっくりとした動作で立ち上がったアルペックが、そろそろと観覧車の中を移動しチャコの隣へ腰を下ろす。狭い座席に並んで座れば、必然的に肩と肩が触れ合った。
観覧車特有の浮遊感とは違う感覚で、なんだか頭がふわふわする。ふと今朝の出来事を思い出したチャコが、座ったままの体勢で上半身をアルペックの方へ向ければ、おずおずとアルペックに抱きついた。
「えっ!?へ、あの、チャコ……?」
「テーマパークに来てすぐに、後でしようって言ってたでしょ?」
「あ!あれ、今日して良かったん!?」
顔を上げてイタズラっぽく笑ってみせれば、アルペックの顔が赤くなっている様子が薄暗い観覧車の中でも確認できた。分かりやすいくらいの恋人の照れっぷりに満足したチャコは、そそくさとアルペックから身体を離す。慌てふためくアルペックの様子をチャコが眺めていると、ふと顔を赤くしたままのアルペックの右手がチャコの頬に触れた。
「アル……?」
観覧車はすっかり地上から離れ、てっぺんに差しかかっていた。じっと見つめたアルペックの瞳は熱を帯びていて、それはイルミネーションの光ではなくチャコの姿を映して爛々と光っている。アルペックの親指が触れたままのチャコの頬をすり、と撫でた。
「チャコ……」
「……ん」
名前を呼ばれたのを合図に、チャコはゆっくりと瞼を下ろした。アルペックが息をのむ気配を微かに感じる。ほんの一瞬の間の後——次の瞬間、チャコの唇に柔らかいものが触れた。
キスしちゃった、なんて考える間もなく。あっという間にアルペックの唇は離れていった。
チャコが目を開くと、頬を赤くして幸せそうな笑みを浮かべたアルペックに抱きしめられた。チャコもアルペックの背中に両腕を回し、表情を隠すように肩口へ顔を埋める。
「……へへ、キスしちゃったな。チャコ」
「そうだね。……俺、ファーストキスだったんだけど」
「そうなん!?チャコの初めて、貰えて良かった……!」
「そんなに驚くこと?——キスもそうだし、デートで照れくさくなったのも、手を繋いで気恥ずかしくなったのも……全部アルとしたのが初めてだよ」
「そっかぁ。これからもチャコと初めてのこと、たくさんしたいなー!」
「ふふ、恋人同士でする俺の『初めて』は、全部アルにあげてるんだけどね」
顔を上げてにこりと笑みを向ければ、アルペックの頬にチャコは唇を寄せた。ほんの一瞬アルペックの頬に口付けて離れれば「これも初めてだよ?」とチャコは再び笑ってみせる。
「っ、チャコ〜〜〜〜!」
「あはは!アル、びっくりした?」
顔を真っ赤にし、右手で自身の頬に触れながら名前を呼ぶ恋人の姿にチャコは声を上げて笑った。薄暗い観覧車の中でも、アルペックの顔が耳までしっかり赤く染まっている様子が確認できる。
「びっくりするに決まっとるやん!急に積極的だし!」
「ごめんごめん。アルが初めてのことをたくさんしたいって言うから、つい」
ひとしきり笑ったところで、あと数分で観覧車が地上に到着することにチャコは気がついた。そろそろ降りる準備をしなければならない。
「アル、そろそろ降りる準備を——」
そこまで口にしたところで、突然チャコの唇はアルペックのそれに塞がれた。
ファーストキスよりも長かったような気がする。数秒おいてアルペックの唇が離れたことに気がついチャコは、自身の顔へ一気に熱が集まるのを感じた。
「なっ……」
「チャコ、びっくりした?」
こつんとチャコの額に自身の額を当てたアルペックが、そう言って得意げに笑う。
「い……」
「い?」
「いきなりはズルいよ、アル……!」
「えー?でも、先にちゅーしてきたのはチャコやろ?」
「俺がしたのは頬だから、唇は反則!」
「そういう問題!?」
会話の内容がなんだか可笑しくて、顔を寄せ合いながら今度は二人して声を上げて笑った。
そうこうしているうちに、あっという間に観覧車は地上に到着してしまう。観覧車で過ごした十五分の時間を名残惜しみながらも、チャコはアルペックよりも先に地面へと降りた。
後から降りてきたアルペックの傍に近づき、チャコは右手を差し出す。
一瞬きょとんとした表情をしていたアルペックだったが、すぐさま嬉しそうな笑みへと変わった。
「アル、おみやげ買って帰ろうか?」
「そうだな!買う物も決まってることだし、おみやげ屋に出発だー!」
アルペックの左手がチャコの右手を握り——それは恋人繋ぎの形に変わる。
テーマパークで過ごした時間を二人で振り返りながら、主と仲間たちへのおみやげを確保すべく、チャコとアルペックはイルミネーションの眩い光の中を歩きだした。
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