アルチャコ短編集 ep.2
日没を迎えたポチャッコ王国の穏やかな空は、夜に向かってゆっくりと色を変えていく。
紫から青へと、綺麗なグラデーションに彩られたブルーアワーの空の下。飲み物が入ったプラスチックの容器を片手にしたアルペックとチャコは、王国の出入り口からほど近い小さな公園のブランコに腰掛けている。一ヶ月振りの逢瀬の終わりを名残惜しむように、二人は恋人との会話を楽しんでいた。
「帰る前に、もう少しだけチャコと話したい!」
そんなアルペックの提案から、ドリンクスタンドでそれぞれ飲み物を購入し、他愛ない話をしながら公園でのんびりと過ごしている——ただ、それだけの時間だ。しかし太陽が西に傾くにつれて、アルペックを見送る時間が近付いていることに寂しさを感じていたチャコにとって、この上なく幸せな時間だった。
ストローを使ってバナナジュースを飲んでいたチャコは、隣のブランコに座っているアルペックへこっそり視線を向ける。アイスコーヒーの入った容器を片手に持ち、少しずつ青が濃くなっていく夕空を眺める彼の横顔に、チャコは自身の胸が高鳴るのを感じた。……やっぱり、アルって格好いいよな。
しかしチャコの淡い想いとは裏腹に、残り少なくなったアイスコーヒーをズズズズと音を立ててストローで吸い始めた恋人の姿に、チャコはくすくすと思わず声を漏らして笑ってしまった。
「ん、どうしたんだ?チャコ」
「ふふっ……ごめん、なんでもないよ。それより、アルってコーヒー飲めたんだね?」
チャコの笑い声に気付いたアルペックが、パッとこちらに顔を向けてくる。つい笑ってしまったことを謝りつつ、ドリンクスタンドに立ち寄った時から感じていた疑問を口にしてみた。
「飲めるぞ!たまーに飲むくらいだけど……チャコは?」
「んー、俺は甘い方が好きだから飲まないかな」
アルペックと出会って旅をし、恋人同士になって数年が経つ。長年の付き合いで彼のことを知り尽くしていると思っていたチャコは、アルペックの新たな一面を知れたことが新鮮に感じて、少しだけ嬉しくなった。
「今日飲んでるのもバナナジュースだもんな!」
「そうだね。それに、コーヒーは味見するくらいで十分——そうだ、アル。ちょっと味見させてくれる?」
ふと思い立ったチャコは、自分達の他に公園内に誰も居ないことを確認した後、空になったプラスチックの容器を足元に置いてブランコから腰を上げた。不思議そうにこちらを見つめてくるアルペックの目の前に、にこにこしながらチャコは移動する。アルペックの目の前に立ち、その場で身体を屈めて彼の頬を両手で包み込むと、目蓋を下ろして彼の唇にそっと自分ものを重ねた。
「んん!?」
驚いて声を漏らすアルペックにお構いなしで、チャコは啄むような口付けを続ける。触れ合ったところから、自身よりも少しだけ高いアルペックの体温を感じられて心地いい。アルペックも次第に乗り気になってきたらしく、彼の右手がフード越しにチャコの後頭部に添えられ、子供でもあやすように左手でよしよしと背中を撫でられる。
そろそろ良いかな——触れるだけの口付けに満足したチャコが身体を離そうと身動ぎをすれば、薄く開いた唇の隙間からアルペックの舌がぬるりと口内へ潜り込んできた。
「っ、う……!?」
アルペックを翻弄していたつもりが、いつの間にか完全に逆転している——びくりと肩を跳ねらせて目を見開いたチャコをそのままに、アルペックの熱い舌がチャコの口内を蹂躙する。無意識に逃げようとするチャコの舌を絡め取られ、擽るように上顎を擦られれば、抑えきれずに甘い声が鼻から抜けた。
「ふ……っあ、んぅ……ぁ、あぅ……っ」
いつもより少しほろ苦い味のする恋人との深い口付けに、すっかりチャコの頭の中は蕩けきっていた。赤く染まった眦には涙が滲み、アルペックの頬に触れていた両手がすべり落ちていく。ダメだ、気持ちいい——恋人から与えられるほんのり苦くて甘ったるいキスに耐えきれず、チャコが力なく彼の胸元を押せば、名残惜しむようにゆっくりと唇が離れた。飲み込みきれなかった唾液がチャコの唇の端から溢れ、ゆっくりと顎へ伝っていく。乱れた呼吸を整えながらアウターの袖で口元を拭っていると、自身の後頭部に添えられていたアルペックの右手がするりと背中に移動し、そのまま抱きしめられた。
「チャコ、大丈夫か?」
先ほどまでの熱く激しい口付けが嘘のように、アルペックは労るようにチャコの背中をそっと撫でながら、優しい声色と真っ直ぐな瞳で様子を窺ってくる。ここが外だということを忘れていそうなアルペックに文句の一つでも言おうかと考えたチャコだったが、先に仕掛けたのは自分だということを一瞬で思い出し、口を噤む。——それに、チャコのことが愛おしいと告げているかのような、彼の優しく甘い声色や、あたたかな眼差しにチャコはとても弱かった。
「……ん、へいき。今日のキス、ちょっと苦かったかも」
「コーヒーの味だな!オレは今日も甘く感じたなあ。チャコとのキスはいつも甘いけん、ご褒美の味って感じ!」
「俺がいつも甘いもの食べてるみたいな……いや、間違ってはいないかも知れないけど」
するりとアルペックの腕から抜け出したチャコは、彼の隣のブランコに再び腰を下ろす。ふと空を見上げれば、ブルーアワーの空はすっかり終わりを迎えていて、濃紺の夜空に星がちらちらと瞬いているのが見えた。チャコにつられてアルペックが空を見上げる姿が視界の端に入る。
——そろそろ、アルペックが自分の王国へ帰る時間だ。
「あっ、もう暗くなってる!そろそろ帰らんとなあ」
「そうだね。でも——あんなことされたから、アルのこと見送るの寂しくなっちゃったなー……なんてね?」
ちょっと意地悪かな……そんなことを考えながら、チャコはアルペックの横顔から視線を逸らす。彼はペックル様の待つ王国に帰らなくてはならないし、チャコもそろそろポチャッコ様の元へ帰らなくてはならない——分かりきっている当たり前のことだが。それでも、今日のチャコはいつもよりアルペックを見送ることを寂しく感じているらしい。うっかり、寂しいだなんて口にしてしまった。
「チャコ、やっぱ寂しがってくれてたんだな」
「えっ?」
驚いたチャコがアルペックの方へ視線を向けると、ブランコから勢いよく立ち上がった彼がこちらに近付いてくるのが見えた。反動でブランコがゆらゆらと揺れている。
「なんか夕焼けが見えた頃から寂しそうな顔してるなーって思ってたんだけど、オレのこと考えてくれてたんだ?……かーわいい」
「かわ……いくはないけど。だって、一ヶ月振りにゆっくり会えたんだし。俺だって少しは寂しく思うこともあるから……」
そう言ってむくれたチャコの目の前に立ったアルペックが、ゆっくりと身体を屈める。まるで宝物に触れるかのように、彼の右手がチャコの左頬にそっと触れた。肌の感触を確かめるように、すりすりと親指の腹でチャコの頬を撫でている。おそるおそるチャコが目線を上げると、アルペックは少しだけ困ったような——それと同時に、嬉しさと少し照れくささが混ざったような笑顔を浮かべていた。
「なあチャコ……オレたち明日も会うやろ?ペックルさんちで、ポチャッコさんも一緒に」
「う……それは、そうだけど。でも——」
「でも、オレもチャコとバイバイするのは寂しい!でも帰るけん、最後にチャコのこと充電させて!」
チャコからの返事を待つことなく、アルペックは「ぎゅーっ!」と自ら効果音を付けながらチャコを思いきり抱きしめてきた。目を丸くして呆気にとられていたチャコだったが、アルペックも自分と同じ気持ちでいたことが嬉しくなり、周りに人が居ないか確認するのも忘れて力いっぱい抱きしめ返す。寂しさでゆらゆら揺れていた気持ちが嘘のようだ——チャコの胸はぎゅっとなり、じんわりと幸せに満ちていた。
「あはは!やっぱり、アルには敵わないなあ」
「うん?」
「なんでもないよ。俺にもアルのこと充電させて?」
「もちろん!過充電まったなし!」
「過充電とかよく知ってるね……アルってたまに謎なんだよなあ、ふふっ」
そういうところも含めて、大好きなんだけどさ……なんて。ちょっと照れくさいから口にはしないけど。
今日見えた夕焼けみたいに赤くなった顔を隠すように、チャコはアルペックの肩口にぐりぐりと額を押し付けた。
——早く明日になりますように。
紫から青へと、綺麗なグラデーションに彩られたブルーアワーの空の下。飲み物が入ったプラスチックの容器を片手にしたアルペックとチャコは、王国の出入り口からほど近い小さな公園のブランコに腰掛けている。一ヶ月振りの逢瀬の終わりを名残惜しむように、二人は恋人との会話を楽しんでいた。
「帰る前に、もう少しだけチャコと話したい!」
そんなアルペックの提案から、ドリンクスタンドでそれぞれ飲み物を購入し、他愛ない話をしながら公園でのんびりと過ごしている——ただ、それだけの時間だ。しかし太陽が西に傾くにつれて、アルペックを見送る時間が近付いていることに寂しさを感じていたチャコにとって、この上なく幸せな時間だった。
ストローを使ってバナナジュースを飲んでいたチャコは、隣のブランコに座っているアルペックへこっそり視線を向ける。アイスコーヒーの入った容器を片手に持ち、少しずつ青が濃くなっていく夕空を眺める彼の横顔に、チャコは自身の胸が高鳴るのを感じた。……やっぱり、アルって格好いいよな。
しかしチャコの淡い想いとは裏腹に、残り少なくなったアイスコーヒーをズズズズと音を立ててストローで吸い始めた恋人の姿に、チャコはくすくすと思わず声を漏らして笑ってしまった。
「ん、どうしたんだ?チャコ」
「ふふっ……ごめん、なんでもないよ。それより、アルってコーヒー飲めたんだね?」
チャコの笑い声に気付いたアルペックが、パッとこちらに顔を向けてくる。つい笑ってしまったことを謝りつつ、ドリンクスタンドに立ち寄った時から感じていた疑問を口にしてみた。
「飲めるぞ!たまーに飲むくらいだけど……チャコは?」
「んー、俺は甘い方が好きだから飲まないかな」
アルペックと出会って旅をし、恋人同士になって数年が経つ。長年の付き合いで彼のことを知り尽くしていると思っていたチャコは、アルペックの新たな一面を知れたことが新鮮に感じて、少しだけ嬉しくなった。
「今日飲んでるのもバナナジュースだもんな!」
「そうだね。それに、コーヒーは味見するくらいで十分——そうだ、アル。ちょっと味見させてくれる?」
ふと思い立ったチャコは、自分達の他に公園内に誰も居ないことを確認した後、空になったプラスチックの容器を足元に置いてブランコから腰を上げた。不思議そうにこちらを見つめてくるアルペックの目の前に、にこにこしながらチャコは移動する。アルペックの目の前に立ち、その場で身体を屈めて彼の頬を両手で包み込むと、目蓋を下ろして彼の唇にそっと自分ものを重ねた。
「んん!?」
驚いて声を漏らすアルペックにお構いなしで、チャコは啄むような口付けを続ける。触れ合ったところから、自身よりも少しだけ高いアルペックの体温を感じられて心地いい。アルペックも次第に乗り気になってきたらしく、彼の右手がフード越しにチャコの後頭部に添えられ、子供でもあやすように左手でよしよしと背中を撫でられる。
そろそろ良いかな——触れるだけの口付けに満足したチャコが身体を離そうと身動ぎをすれば、薄く開いた唇の隙間からアルペックの舌がぬるりと口内へ潜り込んできた。
「っ、う……!?」
アルペックを翻弄していたつもりが、いつの間にか完全に逆転している——びくりと肩を跳ねらせて目を見開いたチャコをそのままに、アルペックの熱い舌がチャコの口内を蹂躙する。無意識に逃げようとするチャコの舌を絡め取られ、擽るように上顎を擦られれば、抑えきれずに甘い声が鼻から抜けた。
「ふ……っあ、んぅ……ぁ、あぅ……っ」
いつもより少しほろ苦い味のする恋人との深い口付けに、すっかりチャコの頭の中は蕩けきっていた。赤く染まった眦には涙が滲み、アルペックの頬に触れていた両手がすべり落ちていく。ダメだ、気持ちいい——恋人から与えられるほんのり苦くて甘ったるいキスに耐えきれず、チャコが力なく彼の胸元を押せば、名残惜しむようにゆっくりと唇が離れた。飲み込みきれなかった唾液がチャコの唇の端から溢れ、ゆっくりと顎へ伝っていく。乱れた呼吸を整えながらアウターの袖で口元を拭っていると、自身の後頭部に添えられていたアルペックの右手がするりと背中に移動し、そのまま抱きしめられた。
「チャコ、大丈夫か?」
先ほどまでの熱く激しい口付けが嘘のように、アルペックは労るようにチャコの背中をそっと撫でながら、優しい声色と真っ直ぐな瞳で様子を窺ってくる。ここが外だということを忘れていそうなアルペックに文句の一つでも言おうかと考えたチャコだったが、先に仕掛けたのは自分だということを一瞬で思い出し、口を噤む。——それに、チャコのことが愛おしいと告げているかのような、彼の優しく甘い声色や、あたたかな眼差しにチャコはとても弱かった。
「……ん、へいき。今日のキス、ちょっと苦かったかも」
「コーヒーの味だな!オレは今日も甘く感じたなあ。チャコとのキスはいつも甘いけん、ご褒美の味って感じ!」
「俺がいつも甘いもの食べてるみたいな……いや、間違ってはいないかも知れないけど」
するりとアルペックの腕から抜け出したチャコは、彼の隣のブランコに再び腰を下ろす。ふと空を見上げれば、ブルーアワーの空はすっかり終わりを迎えていて、濃紺の夜空に星がちらちらと瞬いているのが見えた。チャコにつられてアルペックが空を見上げる姿が視界の端に入る。
——そろそろ、アルペックが自分の王国へ帰る時間だ。
「あっ、もう暗くなってる!そろそろ帰らんとなあ」
「そうだね。でも——あんなことされたから、アルのこと見送るの寂しくなっちゃったなー……なんてね?」
ちょっと意地悪かな……そんなことを考えながら、チャコはアルペックの横顔から視線を逸らす。彼はペックル様の待つ王国に帰らなくてはならないし、チャコもそろそろポチャッコ様の元へ帰らなくてはならない——分かりきっている当たり前のことだが。それでも、今日のチャコはいつもよりアルペックを見送ることを寂しく感じているらしい。うっかり、寂しいだなんて口にしてしまった。
「チャコ、やっぱ寂しがってくれてたんだな」
「えっ?」
驚いたチャコがアルペックの方へ視線を向けると、ブランコから勢いよく立ち上がった彼がこちらに近付いてくるのが見えた。反動でブランコがゆらゆらと揺れている。
「なんか夕焼けが見えた頃から寂しそうな顔してるなーって思ってたんだけど、オレのこと考えてくれてたんだ?……かーわいい」
「かわ……いくはないけど。だって、一ヶ月振りにゆっくり会えたんだし。俺だって少しは寂しく思うこともあるから……」
そう言ってむくれたチャコの目の前に立ったアルペックが、ゆっくりと身体を屈める。まるで宝物に触れるかのように、彼の右手がチャコの左頬にそっと触れた。肌の感触を確かめるように、すりすりと親指の腹でチャコの頬を撫でている。おそるおそるチャコが目線を上げると、アルペックは少しだけ困ったような——それと同時に、嬉しさと少し照れくささが混ざったような笑顔を浮かべていた。
「なあチャコ……オレたち明日も会うやろ?ペックルさんちで、ポチャッコさんも一緒に」
「う……それは、そうだけど。でも——」
「でも、オレもチャコとバイバイするのは寂しい!でも帰るけん、最後にチャコのこと充電させて!」
チャコからの返事を待つことなく、アルペックは「ぎゅーっ!」と自ら効果音を付けながらチャコを思いきり抱きしめてきた。目を丸くして呆気にとられていたチャコだったが、アルペックも自分と同じ気持ちでいたことが嬉しくなり、周りに人が居ないか確認するのも忘れて力いっぱい抱きしめ返す。寂しさでゆらゆら揺れていた気持ちが嘘のようだ——チャコの胸はぎゅっとなり、じんわりと幸せに満ちていた。
「あはは!やっぱり、アルには敵わないなあ」
「うん?」
「なんでもないよ。俺にもアルのこと充電させて?」
「もちろん!過充電まったなし!」
「過充電とかよく知ってるね……アルってたまに謎なんだよなあ、ふふっ」
そういうところも含めて、大好きなんだけどさ……なんて。ちょっと照れくさいから口にはしないけど。
今日見えた夕焼けみたいに赤くなった顔を隠すように、チャコはアルペックの肩口にぐりぐりと額を押し付けた。
——早く明日になりますように。
3/3ページ