アルチャコ短編集 ep.2

「うわ!また降ってきた!今日ずっとにわか雨なんだよなぁ。チャコ、もうちょいこっち寄れる?肩濡れるけん」
「予報出てたんだ……ありがと、今日傘持って来てなくて。アルが傘持っててくれて助かったよ」

真昼の空からポツポツと降り始めた雨に気が付いたアルペックが、手にしていた傘を慌てて広げる。雨に降られるとは思ってもおらず、傘を持たずにペックル王国を訪問していたチャコは、アルペックが差し出してくる傘へ遠慮がちに入った。
こつんと当たったアルペックの左肩からじんわりと熱を感じ、彼に触れている右肩がなんだかくすぐったい。そわそわする気持ちを落ち着かせるように深呼吸すると、一つの傘に入ったことで距離が近くなったからか、雨の匂いと共にアルペックの匂いがふわりと香る。すぐ隣で雨空を見上げているアルペックの横顔に視線を向けたチャコは、高鳴る心臓を誤魔化すように、ゆっくりと唇を開いた。

「アル、狭くない?」
「全然平気だぞ!チャコの方こそ、もうちょっとこっち寄らんと肩濡れるけん」
「俺は少しくらい濡れても平気——っ、わ!」

無意識にアルペックから距離を取ってしまっていたのか。いつの間にか濡れてしまっていたチャコの肩に気が付いたアルペックに、いきなり肩を抱き寄せられる。
先ほどまでよりもぐっと近付いたアルペックの横顔を呆然と眺めていたチャコだったが、自分の肩に回された彼の左腕の存在に気が付いた途端、じわじわと顔に熱が集まるのをチャコは感じた。

「風邪引くけん、止むまでこのままな?」
「別に平気なのに……でも、ありがと」
「よしっ!すぐ止みそうだし、このまま雨宿りな!」

表情を隠すように俯きがちに分かったとチャコが返事をすれば、満足そうに頷いたアルペックの左腕がチャコの肩から離れた。アルペックのことだ、きっと何の気なしに触れてくるのだと頭では理解しつつも、つい彼の無自覚な言動に振り回されてしまう。アルペックに友人以上の感情を持つようになってから、ここまで彼への想いを隠し通してきたチャコは、これまでも彼の無自覚な言動の数々に度々感情を振り回されていた。

相合傘という通常ではあり得ない状況も相まって、ついアルペックのことを意識してしまいそうになる。ぐるぐると落ち着かない感情を振り払うように、チャコは再び口を開いた。

「……にわか雨って、いろいろな呼び方があるらしいよ。夕立とか、通り雨とか」
「へー!オレ、お日さま出てる方がいいから雨の名前とか考えたことなかったけど、いろんな名前があるんだなぁ」

無理やりすぎる話の振り方になってしまったが、特になにも思わなかったのであろうアルペックから、のんびりとした声で言葉が返ってくる。にわか雨の呼び方なんて話さないだろう、普通。

「アルは太陽が似合うからね。アルは雨の日って好きじゃないの?」
「えっ、オレ?」

チャコの質問に一瞬きょとんとした表情をしたアルペックだったが、すぐに首を横に振った。

「雨の日は雨の日で、楽しいことがたくさんあるけん!」
「確かにそうかもね?」
「それに、今こうやって雨が降ったおかげで、チャコと一緒に傘さしてお喋りできて楽しいし!」
「あははっ、本当にアルってポジティブだよね。でも一緒に傘さすって言い方だと、まるで、こ——」

そこまで言いかけたチャコは、はっとして口を噤む。——危なかった。アルペックが色恋沙汰に疎いとはいえ『恋人同士みたい』なんて言ったら、さすがに勘付かれてしまうかもしれない。彼への気持ちはずっと隠しておくつもりだ、うっかりバレてしまう訳にはいかない。アルペックが自分と同じ気持ちになってくれたら嬉しいとは思うが、それとこれとは別の話だ。
しかし——まるでチャコからバトンを受け取ったかのように、チャコが飲み込んだ言葉をさらりとアルペックは口にした。

「まるで恋人同士みたいだな!どらま?ってやつで、前に相合傘してるのも見たことあるし!」
「えっ、と……そうだね?」

何も気付かれていないことを確信し、チャコはほっとしたようにため息を吐く。気持ちを隠しているとはいえ、色恋に対する彼の鈍さを少々恨めしく思う日もあるのが本音だ——しかし、今日ばかりは彼の鈍さに感謝だ。

「あとさ、一つの傘の中でこうやって話してると、世界にオレたち二人きりみたいだな?」
「ふふ、大袈裟だな」
「それに、なんだかドキドキする!緊張してるんかなー」
「えっ……?」

アルペックの突拍子もない言葉に、思わずチャコは目を丸くした。ドキドキするなんて言われたら、さすがにちょっと期待したくなる。
おそるおそるアルペックの表情を窺うと、ほんの少しだけ彼の頬が赤くなっているように見えた。——チャコに都合良くそう見えているだけで、きっと気のせいだと思うが。

「っ、面白いこと言うね。でも、なんとなく分かる気はするかも。俺もちょっと緊張してるし」
「だよなー!なんか緊張するな!」

満足げな笑みを浮かべて頷くアルペックの様子に少々居た堪れなくなる。多分、彼と自分のドキドキして緊張する意味は違うものだから。
そんなことを考えながら、一人で少々ブルーな気持ちに傾き始めたチャコを他所に、眩しいくらいに笑みを湛えたアルペックが再び声をかけてきた。

「なぁなぁ。チャコはさ、雨の日って好き?」
「雨?うーん、どうして?」
「よく分からないけど……チャコと話しながら、今までより雨のこと好きになった気がするんよ。やけん、チャコも雨のこと好きになってたらお揃いで嬉しいなーって思った。」
「俺は、その」

天気に好き嫌いなんて正直ない。それに、アルが隣にいる日の天気なら、雨が降ろうが何が降ろうが……どんな天気だってチャコにとって『いい日』に違いないのだから。でも、今日は——。

「雨が好きかは分からないけど、今日はもう少し雨が降っていても良いかなって思った」
「おお!それって好き寄りってこと?降って良いならチャコも雨が好きに——」
「あーはいはい!耳元で好き好き言わないで!……本当に、勘違いしたらアルのせいだからね」
「え?なんか言ったか?チャコー?」
「んー、なんでもないよ」

こちらを覗き込んでくるアルペックから慌てて顔を逸らし、空を見上げる。ぱらぱらと降り続ける雨粒が傘に落ちる音が心地いい。
雨音が上手く隠してくれると良いけど——。

ドキドキとうるさい心臓の音を雨音が隠してくれることを願いながら、チャコはアルペックの方へそっと身体を寄せた。
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