ハッピーバスデイ
ファーストネームをどうぞ。
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今朝から叔父上はご機嫌なの。鼻歌も鳴らしてるなんて、よっぽどいいことがあったのかな?
ホテルの一室、広いリビングの大きな窓からははっきりとした光が差し込む。毛足の整った絨毯の上に濃い影を作っている。
ここ数日、叔父上は仕事の方で大変だったみたいで。
表面上はいつものにこやかな叔父上だったけど、ピリピリとした何かがずっと漏れていた。私は刺激しないよう半歩下って、様子を伺っていた。
多分だけれど、仕事の方が落ち着いたみたい。
よかった、ご機嫌な叔父上の方がいい。
今日の身支度を済ませて、次の場所へ移動する準備は万端。
部屋の入り口の扉前に、先に行って叔父上を待つ。
今日はどこへ行くのかな?
同じ街で今日も仕事があるのかな?それともまた別の街へ行くのか。
不思議だな、その笑顔を見たせいかな、声が出ない私は鼻歌も歌えないけれど、頭の中では……。
「ラーラ、今日の服もよく似合っていますね」
叔父上も出発の準備が整ったみたい。
毎朝こうやって褒めてもらえるけれど、全然慣れない。 それでも、最初の頃の気恥ずかしさは少し和らいできた——と思う。
『叔父上ありがとう』
口パクをしながら笑顔でお礼を言う。
ここまでが毎朝のルーティン。
この後に今日の行き先発表タイムになる。
どこだって大丈夫。もう怖さはない。この瞬間が楽しめるようになった。
口角をきゅっと持ち上げて、叔父上の言葉を待った。
「——今日はこれから自宅へ帰ります。ラーラも一緒にいきますよ」
『叔父上の自宅??』
「はい、ボクの自宅です。ラーラは初めてでしたね。妻と子どももいます。この機会に貴女を紹介させて下さい」
平静を装おうって、多分今この瞬間のための言葉だ。
叔父上はいつも通りに説明したけど、胸の中の心拍は慌てて踊っている。
叔父上の家族に会う?ちょっと困るな、心の準備をさせて欲しかった……。
でも、叔父上についていく以外の選択肢が無い。
タブレットに文字を入力する。 返事をすることまでは、まだ許されているから。
『緊張します』
『でも、どうして今日なんですか?』
「ボクの誕生日なんです。今日、5月8日は。」
誕生日!!知らなかった
言ってくれたら良かったのに…!
『プレゼントを用意してない…です、ごめんなさい』
「構いません、ラーラが僕の家で家族と一緒に誕生日を祝ってくれることが何よりのプレゼントです」
口から流れるような言葉たち、
こういう時の叔父上は、ちょっと嘘を交えているの。
せめて誕生日と知っていれば、手紙くらいは私でも用意できたのにな。
「……それに、大抵のものはお金で買えます。ラーラから“物”のプレゼントは必要ありません」
確かに。そうかもしれないけれど。
困った子供に言い聞かすような口ぶり。言葉だけが優しい。
『叔父上、お誕生日おめでとうございます』
「ありがとうございます」
心から思って、お祝いの言葉を綴ったけれど、
どこまで届いているんだろう?
叔父上の言葉の裏をこんな時まで読んでしまう自分の癖が、……少し悲しい。
いつもよりタブレットを握る力が強くなる。
「さぁ!屋上に、ヘリを待たせています。行きましょうかラーラ」
私が軽く頷いた。タブレットをしまって、先に進む叔父上の後ろをついていく。
屋上に待機していたヘリコプターへ乗り込む。
風が強い。音も大きい。
慣れた手順を踏むように機内へ乗り込み、席についた。 こういうのを、ラグジュアリーと呼ぶらしい。 ふかふかの革張りの座席はゆったりとしていて、叔父上と隣り合って座る。
シートベルトのロックを終えると、叔父上が体をこちらに寄せて、ポツリと私に耳打ちするようにそっと話し始めた。
「……ボクの誕生日にラーラを招待する夢が、ようやく叶いました」
夢?叔父上の?
ハッと顔をあげて、叔父上の表情を見た。
ブルーの瞳の中に私がいた。
「だから、ボクからもお礼を言わせてください」
叔父上の手の指先が私の頬に甘く触れる。
「可愛い、“僕”の“ラーラ”、どうもありがとう」
目を逸らせない。叔父上の言葉が耳の奥まで響く。鼻の中も通って喉へ、さらに奥の方まで、体の中まで広がっていく。
こんな私に構わず、叔父上はパッと手を離して、いつもの調子に戻る。
「今日はご馳走ですよ?あなたの好きなメニューも用意していますからね」
楽しみだな。本当に。
家族を知らない私に、叔父上の存在は眩しすぎて。
きっと慣れちゃいけないそんな気がする。
「おや?誕生日の歌の鼻歌ですか?それなら貴女でも歌えるんですね」
自分では気づけなかった。
いつの間に歌っていたんだろう?
◇◆◇
遠い北の空に、季節外れのオーロラが観測されたことを教えてもらった。
どんな色だったのかな?
「珍しいこともあるものですね」って、叔父上は嬉しそうに笑った。
(終)
2026.05.21 公開
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