(短編)天色の花かんむり

8月某日
アークエンジェル級強襲機動特装艦2番艦
ドミニオンの艦内にて。




青い瞳をした少女が、無重力に身を任せ部屋の中を力なく漂っていた。



「日課の筋トレは終わっちゃった…、今日はもうすることがないしどうしよう?」

眉を歪ませて、ため息をつく。
少女は漂いながら腕を組み、小さく唸りながら思考を巡らせている。

「叔父上はまだお仕事中だし…、フレイも艦橋で研修受けているし…、地球軍のオフのパイロットって………?私も研修に混ぜてもらえば良かったな」

溜息をつきながら、無重力の中でくるくるとスピンをかけ、勢いに任せながら浮遊していた。

「そうだ!3人がいるじゃない!」

握りこぶしを作りポンっと掌を叩く。
床に足をつけ、体の回転が止まると先程までの先程までの憂鬱そうな少女はもういなかった。

「オルガにクロトにシャニ!誰か1人くらいは相手にしてくれるかも…!」

これから訪れる時間に大きな期待を寄せ、少女の瞳は開いたばかりの花蕾のように輝いている。


少女の名前は[#dc=1#]・アズラエル。

[#dc=1#]の叔父はこのドミニオンの艦内、引いては[#dc=1#]が現在身を置いている勢力、地球連合軍の中で最も強い発言権を持つ国防産業連合理事兼ブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエル。
[#dc=1#]はムルタ・アズラエルの姪として、またザフトの赤服であった経験を活かし、ドミニオンのパイロットの専門オブザーバーとして、民間人の立場でドミニオンに乗艦し叔父と同じように戦闘時以外の時間は自由に過ごしていた。


余暇時間の過ごし方を決めた[#dc=1#]は、勢い良く自室を飛び出した。背中に羽根を生やしたように身のこなしを軽くして、パイロット仲間達がいる専用部屋へと急ぎ向かった。





3人の専用部屋の前に辿り着いた[#dc=1#]は、手慣れた手つきで部屋のロックを解除する。
息をゴクリと呑み込み、そーっと扉の中を覗き込んだ。
[#dc=1#]が部屋の中を確認すると3人は、大体いつもの定位置で各々の時間を過ごしているようだった。
3人とも揃っている。目的達成までの第一関門を突破し[#dc=1#]は安堵のため息をつく。
息を整え、次なる行動の為[#dc=1#]は部屋の中に足を踏み入れた。

扉から一番近い場所に座っているのは、橙色の髪色で青い瞳をした少年クロト。彼は携帯ゲームに熱中している。

次に近い場所にいるのは、薄い薄荷色の髪色をした少年シャニだ。アイマスクとイヤホンをつけたままソファーで横になって眠っているようだ。

一番奥のスペースにいるのは、ソファに腰掛けながら読書している少年オルガ。青緑の瞳に鶯色の髪色の前髪が空調の風を受け揺らめいている。

3人の中でオルガのみ[#dc=1#]に視線を向けた。しかしその視線も一瞬[#dc=1#]に向けただけで、オルガはまた本の世界に戻っていってしまった。
クロトのプレイ中ゲーム音と、シャニのイヤホンから僅かに漏れ出る音楽の音だけが部屋の中の音として存在している。
無機質な温かみを感じないこの空間に[#dc=1#]は居心地の悪さを感じた。

一緒に戦場で命を預け合った仲間なのに…、3人に心を寄せているのは自分だけで、未だに打ち解けきれていないことが[#dc=1#]は寂しくなった。
地球から宇宙に上がってきて、前よりも3人と過ごす時間は増えたのに、もっと自分にも興味を持ってくれてもいいのにと…[#dc=1#]は物悲しくなってしまった。
皆ともっと楽しく話したり笑い合ったりしたい…なんて、でもそんなことを望むのなら自分から行動しなきゃと、[#dc=1#]は唇の端を上向きに整え笑顔を作った。

ちゃんと目を見て明るく話しかければ、誰かは私に興味をもってくれるはずと、[#dc=1#]は扉から一番近い場所にいるクロトをロックオンした。






[#dc=1#]はそっとクロトに近づいていき、朗らかに声をかけた。

「クロト?ちょっといい??私とナイフ戦しない?」

しかし、クロトはゲームをやめなかった。

「は!??」
「あーーー!!!」

クロトの大きな声に[#dc=1#]は驚いた。
クロトは大きく項垂れている、[#dc=1#]は事情がいまいちのめないが、遠目でクロトのゲーム機の画面をチラッと見ると『GAMEOVER』の表示されていた。

「ボク、ゲームやってるよね!?声かけていいタイミングとかさぁ、わかんない??!!」

クロトは顔を上げ[#dc=1#]に怒声を浴びせた。予想外のクロトのリアクションに[#dc=1#]は驚いた。

「あのさぁ…!暇ならおっさんのとこに行けば!?」
「わ、私が悪いけど、そんな言い方ないよね?!」
「じゃあキミが!今のステージまで戻してよね!?ラスボス!最後のステージだったんだからね…!!」

どうやら大事な場面で声をかけてしまったらしい。なぜクロトがこんなにも怒っているか、ゲームをやらない[#dc=1#]でもまずいことをしてしまったらしいことは理解できた。
けれどもここまで怒られること?と[#dc=1#]は納得できなかった。


「分かったわよ!アズラエル的パワーで!なんとかするわよ!ゲーム機を貸して!」


そんなことできるわけがないと、言いたげにクロトは[#dc=1#]の申し出を鼻で笑う。
[#dc=1#]も自分が悪いとはいえ、クロトの挑発的な視線に腹が煮えそうになる。ゲームに関しては圧倒的に自分が不利なことは承知しているが、鼻で笑われ黙って引き下がることはできなかった。

「クロト、そのステージまで戻したら、私とナイフ戦してちょうだいね!!」
「はぁぁぁ〜?やだね!それとこれは話が別でしょ!ボクのゲームを台無しにしたのは[#dc=1#]で、それを元に戻す話だよね?すり替えようたってそうはいかないよ…!」

叔父のように言葉で捲し立てれば、自分の要求を呑ませられるかもしれない!と[#dc=1#]は企んでいたが、普段からのアズラエルのくどくどした論説にクロトは慣れていた。そのこともあり[#dc=1#]の浅はかな筋書きをたやすく看破した。

唇をギュッとさせ悔しそうに固まる[#dc=1#]を見て、勝ったとクロトは内心ほくそ笑む。
けれどもゲーム機からはゲームオーバーのメロディが繰り返し流れていた。
最初からやり直しか…現実に戻され、クロトの気分は落ち込んでしまう。


「…今日は無理!全クリするって決めてるんだよね他のヤツにあたってくれない?」


ゲーム機を握り直して、コンテニューのボタンを選択する。クロトの目線も意識ももうゲーム機だけを捉え、[#dc=1#]をシャットアウトした。

やりとりが終わってしまい、これ以上何か言ってもクロトの機嫌が悪くなるだけだと、[#dc=1#]はクロトと話すことを諦めた。
まだ大丈夫と、次に話す相手シャニの方へと[#dc=1#]は気持ちを切り替えることにした。





ソファーで横になって眠っているシャニにどうやって話しかけようか?[#dc=1#]はソファーの端に行き、シャニの頭のすぐ横に身をかがめた。

「シャニーシャニーシャニー〜〜〜
午前中もお昼寝してなかった?また寝てるの?起きてあーーそーーぼーーー!!!」

[#dc=1#]の声が部屋の中でよく響いた

「うるせぇよ!!」
「声大きすぎ…!」

[#dc=1#]はそこまで大きな声を出したつもりはなかったが、声を出せない病を克服したばかりで、まだ声のボリュームをうまく扱えずにいた。

オルガとクロトに慌てて両手を合わせ「ごめんね!」とウィンクを飛ばしていると、シャニの体が気だるげに動きだした。

お昼寝から目を覚ましたシャニは寝転んだままアイマスクとイヤホンを外す。アイマスクの外を開放した途端、目の前に[#dc=1#]の顔があった。
時が止まったように、目を合わせたまま2人は動かなかったが、シャニが目覚めたことに気分が盛り上がった[#dc=1#]は、にっこりとシャニに笑いかけた。


「ん…なに…?[#dc=1#]…どうしたの?」
「起きてくれてありがとうシャニ…!」


他の二人が起きているのに…?
[#dc=1#]の笑顔の裏にシャニは嫌な予感がした。

「シャニにしか頼めないことなの!私とナイフ戦…」
「しないよ、別のやつに頼めば?俺がそんなめんどくさいことするわけないじゃん」

シャニは体を起こしてソファーに座り直した。床に座ったままの[#dc=1#]は誘いをあっさり断られたことにショックを受け、肩を落としている。
表情は動かさずシャニは[#dc=1#]の次の行動に備えた。めんどくさいことになりかけていることにシャニは溜息を漏らす。

ナイフ戦って体をたくさん動かせて楽しいのに…、でも確かにシャニはそういうの苦手かもしれない、少しだけ[#dc=1#]は反省した。でも、シャニの好きな遊びなら相手をしてくれるかも?と違うアプローチでもう一度誘ってみることにした。

 
「ナイフ戦かダメなら…一緒に音楽きくのはいい?」
「それならいいよ、ギリギリだけど。…はいイヤホン、どーぞ」

イヤホンの片方を[#dc=1#]に差し出した。じゃないと、[#dc=1#]はこのまま床に座ったままかもしれないし。それに今この場面をおっさんに見られたら面倒だとシャニは思った。

[#dc=1#]は飛び跳ねるように立ち上がり、シャニの隣にドスンと座り、受け取ったイヤホンを自分の耳にかけた。


「ありがとうシャニ!この音楽、眠気覚ましにいいね」
「そう…?」


聞き慣れない激しい曲調の音楽の良し悪しは分からなかったが、一緒に同じイヤホンで同じ音楽を聴くことに[#dc=1#]の心は弾んだ。

一曲聴き終えて、シャニに向けて[#dc=1#]は親指を立てた。
自分が好きな音楽を肯定的に受け入れられたことにシャニは悪い気がしなかった。だけれどそんな経験に覚えがなく、リアクションに困りアイマスクを下げて目元を隠した。

いつも[#dc=1#]の距離感は近い。今日は胸をくすぐられる感覚がする。[#dc=1#]のことは嫌いじゃない、だけどこれ以上近づかれることにシャニは拒絶感を覚えた。


「そういえば[#dc=1#]、今何時だっけ?」
「お昼の14時だよ」
「やっば、昼飯食い損ねてるじゃん」
「え!シャニ午前中からずっと寝ていたの?」
「[#dc=1#]悪いけど、これからご飯食べにいくからまた今度にして、他のやつと遊びな、あとトイレ行きたい」

シャニは[#dc=1#]に貸していたイヤホンの片割れを回収して、その場から離れていった。

「えーーー」

楽しかった時間が急に終わり[#dc=1#]は不満の声を漏らす。しかし食事や生理現象を理由にされたら無理に引き止めることはできないと、シャニと遊ぶことを諦めた。

2人に断られてしまい、残るはオルガ1人となった。

オルガにまで断られたらどうしよう?[#dc=1#]不安感が強まった。今はもう、最初の目的が達成されないことよりも、もしかしたら3人に仲間と思われていないかも…?そんな思いが[#dc=1#]の頭の隅でよぎった。


「オルガぁ…………」

泣きつくように、[#dc=1#]はオルガの真横に座った。
すぐに肩が触れそうな距離でもオルガは読書を続けていた。オルガのそっけない態度に[#dc=1#]はショックを受けたもの、もうあとがないと、[#dc=1#]はここで粘ろうと心に決めた。

なんとかしてオルガの視界に入ろうと、体を大きく捻り、本の影から青緑の瞳を下から見上

「………読書中…なんだけど?」
「ナ」
「ナイフ戦はしねぇ、他のヤツに頼めよ」
「オルガも見てたでしょ?最後の砦がオルガなの!」
「あぁ?ワリーけど、あともうちょっとでこの本読み終えるところなんだよ」

オルガは本に固定していた視線を外し[#dc=1#]の方へ目をやった。すると唇をギュッと結んで、涙目になっている。今にも涙を零しそうで頬は赤く染まっていた。思った以上にひどい顔をした[#dc=1#]にオルガは胸を詰まらせた。
これは自分のせいか…?他の二人とのやりとりは耳で聴こえてはいたが、なぜ自分のターンで[#dc=1#]がこんな顔になっているのか、オルガはたじろぐしか無かった。

一度視界にいれたらそのまま放置はできないな…、とオルガは結末まであと少しの本を閉じて[#dc=1#]の相手をすることにした。


「[#dc=1#]、おっさんはどうしたんだよ?」
「……大佐さんと通信でお仕事の大事なお話ししているわ、だからだめ」


[#dc=1#]は少し鼻をすすってはいるものの、少しは落ち着いたみたいだと、オルガはほっと一息つく。

「はぁ?仕事だろうがいつも一緒じゃねーか、なんで今日は駄目なんだ?」
「私が嫌なの!なんて言ったらいいかな〜、ねっとりしているの!大人のいやーな感じ!分かる?!」
「よくわかんねーけど、お前の嫌がってんのは分かったよ」

タブレット越しで話していた時の[#dc=1#]は、大人しく穏やかな性格だとオルガは思っていた。それが声を出して言葉を話すようになった今は遠慮なく本心で話してくれる。
大人しくも穏やかでもなかったが、この青い瞳の少女との会話ややりとりを楽しんでいる自分がいることを、オルガは少し前から自覚するようになっていた。

「ったく、いつもせかせかしてっけど、たまにはゆっくり過ごしてみたらどうだ?そんな時間も悪くねーぞ?」

オルガからの提案に[#dc=1#]は瞳をパチクリとさせた。

「そうなの?」
「本、貸してやる」

ゆっくり過ごす?そんな時間の使い方を[#dc=1#]の今までの人生の中で考えたこともなかった。オルガのそんな時間の使い方もいいなと、[#dc=1#]の胸の奥に温かいものが湧き上がった。

「そっかぁ…せっかくだし、オルガの本読んでみようかな」
「ほらよ」
「この本、今さっきまで読んでいたでしょ?いいの?」
「他にも本はある、別にいい」
「ありがとう!オルガ…!」


結末まであと少しの本を貸すなんて、今までの自分ならあり得なかった。なのにごく自然に[#dc=1#]に本を渡してしまった。
オルガは自分がなぜそうしたのか分からず戸惑った。けれども目の前で[#dc=1#]の屈託のない笑顔を見ていると、本を読了した満足感とはまた違う、別の何かがにオルガの心を満たしていく。

貸してもらったばかりの本を[#dc=1#]は早速読み始めた。
オルガは真横にいる[#dc=1#]の姿を見ていると、急に脈が早くなっていっていることに気づいた。
MSに乗っていない状況でこんなにも心拍数は上がることなんてない。本を読むにしても気持ちが落ち着かない、なんだ?この状況は?
せめてもの、自分の心音を隣の誰かに聞かれないように、深く息を吸い込み落ち着こうとした…が、[#dc=1#]からふんわりと漂う甘い匂いを多く吸いこんでしまい、さらに心音を早めることになってしまった。
自分の迂闊さに頭を抱え込みたくなったが、そんな格好悪いことはここではできない、精神統一するようにオルガは遠くを見た。



部屋のロック解除の音と同時に、勢いよく扉が開いた。開くと同時に大仰な声が部屋の中に響き渡る。

「[#dc=1#]!ここにいましたか、探しましたよ」

「げ、おっさん」と言いかけた言葉を呑み込み、少年3人の表情は引きつった。[#dc=1#]だけが叔父のアズラエルの来訪に喜び瞳を輝かせた。

手に本を持ったまま、扉の外に立っているアズラエルの元へ[#dc=1#]は急いで駆け寄った。

「叔父上!お仕事の電話は終わったの?」

玉を転がすような声で[#dc=1#]はアズラエルに話かけた。

「はい、終わりましたが…?[#dc=1#]は僕を待っていたんですか?」
「……うん、お仕事の邪魔をしちゃいけないでしょ?だから3人と遊んで待っていようかな〜って」

「そうですか」とアズラエルは白く長い指で[#dc=1#]の絹糸のような髪を軽く流すように梳いた。
いつも自分に対し健気で素直な姪のことをアズラエルは好ましく思っていた。

「[#dc=1#]、どうしますか?まだここにいますか?それとも僕と部屋でお取り寄せスイーツを食べて休憩するか、どうします?」
「!?叔父上とスイーツ休憩します!!!」
「返事が早くて助かります。では行きましょう」
「はーい♡」



アズラエルがこの部屋に自ら出向いたのには意図があった。

姪の[#dc=1#]は食いしん坊で特にスイーツには目がない。遊ぶことと食欲を秤にかければ、素直に食べることを選ぶことを知っていた。
わざわざ聞くまでもない質問をしたのは、[#dc=1#]自身に3人との時間ではなく、目の前で自分との時間を選ばせる、ブーステッドマンの彼らに自分と姪の関係性を見せつける為にあえて質問し、[#dc=1#]に答えさせることが狙いだった。

”部品”に人間らしい情動は不要だと3人の少年達を明確に区別している。
しかし血を分けた姪は別だ。
自分の可愛らしい姪と"部品"が仲良しごっこの範疇を越えて仲を深めることを、アズラエルは認めるつもりはなかった。


「キミ達…[#dc=1#]の相手、ご苦労さまでした」
「みんなありがとう!オルガ、本読んだら返しにくるからね!」

アズラエルと[#dc=1#]はにこやかに3人の部屋から去っていった。






アズラエルの不快な笑顔を見て、クロトは薄ら寒い気持ちになった。


「やーな言い方…、ボクの口ぶりなんて可愛いもんだよ」
「オルガ目つけられてない?オルガが[#dc=1#]と話し始めたらおっさんすぐきたじゃん」

トイレから出てきていたシャニは一部始終しっかりと確認していた。

「せっかく、シャニとボクがパス回したのにね〜」
「ほんと、オルガだっさ」

オルガは一瞬何を言われたか分からなかったが、ニヤニヤ煽るような二人の視線で察することができた。
自分からコイツらに何も話したことはないのに、意中の相手が誰か気づかれていたようだった。

「ちゃんと狙わないから当たらないんだよ」
「バカスカ打つのだけは得意なんじゃない?」
「マジで、うっせーよ!お前ら!!」

[#dc=1#]への淡い期待に気づかれるだけではなくフォローまでされていたらしいことを知り、オルガは悔しさと気恥ずかしさの感情が複雑に混ざり合う。
耳の奥では「ありがとう、オルガ」と言ってくれた[#dc=1#]の言葉が何度も鳴り響いている。
今日みたいなことが次いつ訪れるか、部屋の中で待機させられているオルガは知るすべがない。[#dc=1#]に咄嗟に貸した本もあれが正解だったのか…分からない。
こんなことで悩むなんて今まで無かった。オルガは項垂れながら、自分の隣に[#dc=1#]が座っていたことを噛み締めた。

蒼い瞳の少女が座っていた場所にはまだ、少し暖みが残っていた。







[#dc=1#]はアズラエルについていき、叔父の私室に招かれた。

デコレーションが施されたドーナツやバターが香るフィナンシェ、色とりどりなマカロンに香ばしい焼き目がついたアップルパイ、他にも数え切れないほど、机の上には高級菓子が埋め尽くすように並べられていた。

ドミニオンに乗艦してからというもの、美味しいものとはご無沙汰だった。アズラエルが持ち込んだ紅茶で欲をなんとかしのいでいた。
そんな味気ない日々のを過ごし、目の前におしゃれで可愛いく、甘くて美味しそうなお菓子の誘惑に[#dc=1#]の頭の中はクラクラ揺れた。



「叔父上…」
「なんです?」
「ありがとう…!!大好き!!」

溢れ出る感情のまま[#dc=1#]は両腕を広げ、勢いよくアズラエルに抱きついた。無重力で体は宙に飛ばされてしまったが、漂いながらアズラエルも[#dc=1#]の背中に軽く手を添え返した。まだ気持ちが収まらない[#dc=1#]はアズラエルの頬に軽くキスをして、目の前の蒼い瞳に無邪気に笑いかけた。

姪のオーバーなリアクションにアズラエルは呆れながらも笑ってしまった。

「[#dc=1#]が好きそうなものを取り寄せたんです。さ、頂きましょう」
「はい!」

2人はお菓子の並ぶ席へとついた。


「お口に合いますか?」
「すっごく美味しいです♡さすが叔父上♡」

1枚のお皿に数種類のお菓子を少しずつ乗せ、順番に一口ずつ[#dc=1#]は味わっていた。
自分が用意したお菓子に舌鼓を打つ[#dc=1#]の様子をアズラエルは紅茶を嗜みながら満足そうに眺めていた。


「叔父上、フレイもここへ呼んでもいいですか?」
「いいですよ、これらは全て[#dc=1#]の為のお菓子ですし」
「やったー!…って…え?叔父上、私のお菓子ってことは好きに食べてもいいってことですか?」
「ええ、構いません」


[#dc=1#]は自分だけがこのスイーツを食べ尽くすのは勿体無いと、皆にも味わって欲しいと思った。

「このお菓子オルガ達にも分けてあげたいです…、私のお菓子ならそうしてもいいですよね?」

にんまりと[#dc=1#]は微笑んだ。
アルスター事務次官のお嬢さんは計算のうちだったが、他の連中も?思ってもみない提案にアズラエルは苦笑いをしたが、自分の手元から離れたものをどうかする気は起こらなかった。

「はい、構いませんよ、好きにしてください」
「叔父上の思い切りのいいところ、大好きです!」

その「大好き」にどれほどの意味が込められているのか…。紅茶とともに姪の言葉も飲み込んだ。

姪と出会った頃は警戒心むき出しの捨て猫のようだったというのに、この半年ほどの間で[#dc=1#]は大きく変化していった。
大人しくこちらの指示に従うくらいになってくれれば、ハーフコーディネイターの[#dc=1#]にそれ以上の期待はしていなかった。

まさか今この時まで一緒に過ごし、自室に招いて僕が姪の好みに合わせたものを選び、プレゼントすることになるなど、アズラエルは露ほども思っていなかった。


「全く、言葉を話すようになってから輪をかけて奔放になりましたね」
「…あ、それ、いつも叔父上を見ていたから、叔父上のが伝染っちゃったんです」
「…言うようになりましたね」
「それも、叔父上から伝染りました」


いたずらっぽく[#dc=1#]は答える。
そんな[#dc=1#]に対しアズラエルは好ましく思うようになっていた。


「全く、さすが僕の姪ですね」
「えへへ」


[#dc=1#]からしても、最初の頃を思えばこんな得体のしれないお兄さんと過ごす時間がこんなに居心地のいいものになるとは予想打にしていなかった。

あからさまな言葉にはしないが、[#dc=1#]もアズラエルも違和感なくお互い一緒に過ごすことが日常化しつつあると感じていた。

でもそれも今の大戦が終わるまでの期間限定で、日々の終わりが近いことに寂しさのようなものを覚え始めていた。







[#dc=1#]は、アズラエルが好きなお菓子だけ後で一緒に食べる用として取り分け、それ以外のお菓子を全て食堂へ運んだ。

食堂には食事中のシャニがいたが、ここに留まるように[#dc=1#]はシャニにお願いをする。オルガとクロトも部屋に呼びに行き食堂へと連れ出した。

フレイとは研修が終わったあと、食堂で落ち合う約束をしていたのでそのまま合流し、フレイと一緒に遅い昼食を取りにやってきたナタルも加わることになった。
一同を集めて、[#dc=1#]は「叔父上からの差し入れ」と付け加え、ドミニオンの仲間達とささやかな菓子パーティーを始めた。


「知らないお菓子だけど美味しいね……」
「おっさん、マジでいいもん食べてんだな」
「食べ終わったら、もうゲームの邪魔しないでねー」
「これは…5つ星ホテルの幻のバームクーヘン…!今日ばかりはアズラエル理事に感謝だな」
「[#dc=1#]ありがとう、こんな美味しいお菓子、いつぶりかしら?」
 

「叔父上も、一緒に食べれば良かったのになぁ」


「遠慮する…」
「遠慮してくれ」
「遠慮するよ!」
「遠慮させて頂く」
「遠慮させてもらいたいわ」


ほぼ同時に全員同じ言葉が飛び出し、[#dc=1#]は思わず吹き出した。それをきっかけに最初にあった緊張感も解れ、お菓子パーティーの時間は和やかなものになった。


テーブルを埋め尽くしていた菓子も、食べ盛りの子どもが5人もいればとあっという間になくなる。
ドミニオンの子供たちが、年ごろの子供らしくお菓子パーティーを楽しむ様子をナタルは微笑ましく見守った。








この日、ドミニオンで、
叔父や仲間達と食べたお菓子の味を、
青い瞳の少女は一生涯忘れることは無かった。

ずっと、いつまでも

(おわり)

※2025.09.23 公開
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