天色の花かんむり
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仕事を終えると、姪のラーラとの時間が始まる。
宿泊するホテルの部屋で彼女を過ごさせている。
ホテルで商談が可能ならそのように調整をし、なるべくラーラが一人にならないようにした。
今の情勢を鑑みると、姪の管理は他人に任せられなかった。
仕事で場所を転々とする僕に、ラーラを同行させる生活も一ヶ月が過ぎようとしていた。
◇
ホテルのリビングで夕食を済ませた後、ラーラは外を一望できる窓に身を乗り出して景色を楽しんでいる。
太陽は沈んだばかり、群青と藍のグラデーションに染まっている。
ラーラは人差し指をくるくる回しながら、空の色に魅入っている。
張りのある革のソファーに浅く腰を下ろす。体は預けず、窓際にいるラーラに声をかけた。
「ラーラ、話があります。少しいいですか?」
景色を見ることを中断し、すぐに僕がいるソファーの傍までやって来た。
「おじうえ、なに?」と唇の動きで話す。L字のソファーの対角の端にラーラは座り、体をこちらに向けた。
「来週の話です。休みをとりました。どこか行きたい場所はありますか?」
僕の言葉が意外だったようで、ラーラはその場で固まってしまった。
大きく見開いた目をこちらに向けたまま、ぎこちなく胸元からタブレットを取り出す。
文字の入力を始めるも訝しげに何度もこちらにチラチラ視線を飛ばしている。
震えた手で液晶の画面を僕に見せて来た。
『お休み?叔父上が?仕事を休む??』
クエスチョンマークが頭上に浮かんでいる。
「地球に降りてからは、僕が貴方を連れ回すばかりだったでしょう?そのお詫びってヤツです。ラーラの行きたい場所に同行しますヨ」
笑顔でなるべく含みを持たせずに話したというのに、ラーラの眉間には皺が寄っている。
『私は、叔父上に、よくしてもらってます!』
「よく」ね…。まだ距離があるようだ。
戸惑うラーラに構うことなく、僕は話を続けた。
「特に希望がなければ、僕がピックアップしたプランの中から選んでもらっていいですか?」
こちらの端末からラーラのタブレットに情報を転送し、それを確認してもらうことにした。
データを見ながら、音はなく静かだが、好意的なリアクションをとっている。
この一ヶ月、名前を与えた時を除いて、拒否を示すことはなかった。
表情は…、硬さはもうない。表情は豊かな方で、感情は指先によく現れている。
部屋に訪れる客人にも、発声がなくとも良好なコミュニケーションをとっている。
相手に合わせた表情、間合い、ちょっとした相手の仕草もよく見ている。
コーディネイターの遺伝子で弱点を克服していると思っていたが、観察を続ける内にそうではないと考えを改めた。
まだ未熟だが、姪は、僕と同じ目の動きをしている。
積極的に僕と関わり、どうにか新しい環境に馴染もうとしている。
ラーラは、必死に平気な「ふり」をしている。プラントのコーディネイターらしくない。ハーフだからか?
“あいつら”のような気配は…少なくとも感じられなかった。
用意したプランの確認を終えたらしい、ラーラは顔を上げ僕を見る。
『どれも楽しそう、興味もすごくあります。でもこの中のプランは、今度でもいいですか?』
僕が用意したプランが気に入らない?
好みを抑えていたはずなのに?
「だめでしたか…、それは残念です」
『たくさん考えてくれて、ありがとうございます。その…、私みたいものがあって』
「見たいもの?それはなんですか?」
僕のプランを上回る案があるなら、是非聞かせてもらいたい。
ラーラはごくりと息を飲み、おそるおそるタブレットを僕に見せた。
『オーロラです』
「オーロラ…?一応まだシーズン中ではありますが…」
『よかった!まだオーロラが見れる時期なんですね!』
オーロラのシーズン中だと分かると、ラーラはその場で、足をばたつかせながら喜んでいる。
「そんなものでいいのですか?年ごろの女の子ならもっと美味しい食べ物や、楽しい場所に興味があるものなんじゃないですか?」
『年ごろの女の子はよくわかりません。私は叔父上と一緒にオーロラを見に行きたいです』
『…だめですか?』
タブレットで口元を隠して、目だけで僕を見ている。年頃の女の子らしい、あざとい仕草だ。
自分の意思をはっきり伝える姿勢は、嫌いじゃない。
「わかりました。すぐに手配します。来週の休暇、楽しみにしていてくださいね」
『叔父上ありがとう!とても楽しみです!』
タブレットを置いて、ラーラは僕にかけ寄り握手を求めて来た。僕も迷うことなく、その手に応じた。
◇
そして翌週、休暇の日が訪れた。
「さすがに…-20℃の世界は別格ですね」
先週ホテルで会話したあと、すぐさまオーロラに関しての情報を調べ、休暇中に一切の邪魔が入らないよう徹底的に調整した。
『雪!!初めて見ます!とっても寒い!冷凍庫の中みたい!こんなにお洋服を重ね着するの初めてだし…極北って面白いですね!』
体の疲れは多少感じていたが、雪の世界に無邪気に喜ぶラーラの姿を見ていると、疲労感は紛れていった。
ここに来るまでプライベートジェットで9時間もかかった。
西暦の頃から人気のオーロラ鑑賞スポットにして、現地に来てみたものの、予想以上の厳しい冷気に僕の体が驚いている。
「何でもポジティブに捉えられて、ラーラはいい子ですねぇ…」
『叔父上は寒いの嫌いですか?』
「生物的に耐え難い温度というだけです、衣服で対処すれば大丈夫ですよ」
対策が足りないなら現地で必要なものを調達するなり方法はいくらでもある。
僕には優れた知恵も閃きもある。どうとでも対処はできる。
『叔父上、鼻水でてます…。私のポケットティッシュあげます。遠慮なく使って下さいね』
「お気遣いどうも…」
このマイナス温度の中で、躊躇いもなく手袋を外して、自身のポケットからティッシュを取り出し、僕に差し出した。
他意のない無邪気さを見せつけられてしまった。
チャーターしていたボックスカーに僕とラーラは乗り込み、次の場所へと向かった。行き先は今夜泊まる別荘だ。
車に揺られながら、車内の暖かさに一息つく。
現地についただけなのに、隣に座るラーラの方からは陽気な空気が流れてくる。
「思ったより移動に時間がかかりました。今からオーロラを見に行き、今夜は僕の別荘に泊まります。明日の昼前にはここを立ちますので、観光をする時間はありませんよ?…本当にそれで良かったのですか?」
『充分です』
「オーロラも天候次第で見られるかはわかりませんよ?分かってますか?」
『叔父上と無事にここまで来られたので目的はもう達成しています。オーロラは見れたらプラスアルファでラッキーです!』
…欲目がなさすぎはしないか?
軍属だったとはいえまだ子供だろう?
もっと物質的な物を求めても構わない、僕ならそれに応じることができる。それが可能なことはこの一ヶ月で理解しただろう?
「それでは困ります。何時間もかけてここまで来たのですから、絶対にオーロラを見て帰りますよ!」
『はい、叔父上。オーロラ見れるといいですね』
これではまるで、僕の方がオーロラを見たくて、ムキになっているようじゃないか…!
不満げに鼻をすする僕に、ラーラは笑いを堪えている。
突然、ラーラは興奮しながらタブレットに何か入力している。
『叔父上みて!空が一面、うすい紫です!夕焼け空がとっても綺麗』
窓の外の景色に注意を向けさせようとしている。らんらんと瞳を輝かせていた。
「ラーラは本当に空が好きですね」
一瞬空気が止まる。ラーラは喉元が小さく震えていた。
『そっか、私、地球の空が好きかも…です。プラントではそんなこと、考えたこともなかった』
文字列を僕に見せたあと、ラーラは何やら真剣に文字の入力をし始めた。
いつもなら簡素な文で筆談を済ませているのに、文字がいつもより多い。
文章を打ち終えると、満足げに頬まで赤くして、タブレットを僕に持たせた。
『プラントから見えるオーロラって、地球の端っこに指輪みたいなリングだけが見えていて、それを地上から見たら、どんな光景なんだろうって…。
いつか地上でオーロラを見ることが、ずっと夢だったんです。私、叔父上にどう感謝を伝えたらいいのか…。長々とごめんなさい!』
手紙のようなメッセージを読み終え、画面から目をした。ラーラは少し緊張したように、僕の反応を伺っていた。
月面基地で出会った頃は、僕を警戒して冷たい視線で睨んでいたのに、ずいぶんと温かい目をするようになったものだ。
「そんなことを思っていたんですネ。貴方が地球での生活を楽しんでくれているようで安心しました」
できるだけ穏やかな口調で返答した。
心情の吐露を、プラントから引き寄せた僕が取りこぼすわけにいかなかった。叔父として。
僕の反応に安堵した様子で、ラーラは照れ笑いをしている。屈託がない。
『いつも、ありがとう、叔父上』
「こちらこそです。ラーラ」
夕焼け空の残光が、ラーラの瞼に色を添えていた。
◇
到着した別荘で夕食を済ませ、防寒対策を強化した後、オーロラがよく見える平原に出向き、僕達はその時を待った。
夜が更けていき、闇の夜空には星だけが輝いていた。
空全体を眺めていると、遠い場所の空の色が、徐々に色づき緑色へと変わっていく。
まだ遠くだと思っていたら、こちらの方へ緑色のカーテンが押し寄せてきた。頭上高くから光の花束が煌めき、彼方まで広がる雪原までもが、天空の領域へと変化していく。
「…オーロラを、見ることが叶いましたね」
ラーラは空に手を伸ばしながら兎のように飛び跳ねている。何度も何度も。
「こんな嵐のようなオーロラの渦を、見られるとは思っていませんでした」
飛び跳ねることを止めたかと思えば、今度は空を見上げたまま、涙を零している。
「泣いているのですか?」
その問いかけにラーラは首を横に大きく振り、口角をあげて微笑んだ。
両目からは、なおも涙が出続けている。
ラーラは厚みのある手袋越しで指先を唇にあてる。これから口話をする合図をしてから、口を大げさに動かし始めた。
『 い ま ま で で 』
ラーラは人差し指を空に掲げる。
『 い ち ば ん き れ い 』
『 ま ほ う み た い 』
笑いながら涙を流し、両手を広げ、喜びの感情を僕に伝えようとしている。
寒さで手をポケットから出すことすら億劫な僕とは違い、ラーラは寒さを感じていないかのように、雪の上でくるくると周りステップを踏んでいる。
オーロラの光が、ラーラと雪の地面を照らしている。特別なスポットライトの下で、雪の地面の上を自由に舞っている。
その様子をじっと眺めていたら、ラーラはこちらに駆け寄り、僕の手をポケットから引っ張り出した。
一緒にダンスを、と誘っている。顔を綻ばせながら。
このまま、ぐいぐいと彼女に引っ張られたままでも良かったのだけれども…。
ラーラの右手と左手を手袋越しでしっかりと握り、僕の方へぐいっと引き寄せ、ラーラの瞳を上から覗き込んだ。
僕の主導権は僕のものだ。
社交ダンスの心得のある僕の方が優位だった…のも、最初だけで、あっさりと僕の動きに完璧に合わせて踊っている。
ダンスは楽になったが、…もう少し可愛げがあっても良かったのに。これは、コーディネイターの遺伝子が余計な働きをしているんだろう。
僕のリードでくるくると舞うラーラに、こちらの心拍数も上がっていく。
ラーラが、僕を見ているのか、オーロラを見ているのかは分からない。
それでも今のラーラの瞳から目を離すことができなかった。
「本当に、綺麗ですね」
僕の独白にラーラは大きく頷く。
オーロラの話だと思っているのだろう。
「はい。オーロラが綺麗ですね」
ラーラに合わせて、僕はそう言葉を付け加えた。
ダンスを踊り終えた後、ふいにラーラの額を撫でてしまった、自然に手が動いていた。
ラーラは気恥ずかしそうに笑ったあと、また空のオーロラに視線を向けていた。
僕の右腕を掴む彼女の手の感触に、不快感はなかった。
体が寒さに耐えられる限界まで、オーロラ鑑賞を楽しみ僕達は別荘に戻った。
◇
寝支度をしている間に、焚き火が揺らめく暖炉の前で寛いでいたラーラは、椅子に座ったまま寝落ちていた。
僕に気づく様子はなく、気の抜けた表情で、ぐっすりと眠っている。
コーディネイターなら、ここで朝まで寝ていても風邪を引くことはないのだろうが、半分はナチュラルだ。もしかしたら風邪を引くかもしれない。
使用人は先に休んでもらっているし、僕がベッドまで運ぶしかないようだ。
途中で目を覚ましてセクハラと思われても厄介だ。さっさと運んでしまって、僕も休ませてもらおう。
彼女を運ぶ為、お姫様だっこで抱き抱えた。抱え上げてからも、僕に体を委ねたままで起きる気配は全くなかった。
暖炉の暖かさに包まれ、穏やかなラーラの寝顔を見ていると、まだ幼い我が子と重なり笑いに誘われた。
今日一日、移動や寒さで疲れはしたものの、休暇をとった甲斐はあった。
姪の心がどこにあるかの確認作業はできた。もっと面従腹背しているものかと思っていたがーーー。
そこまで思考を巡らせたところで、ラーラの唇が僅かに動いた。
なんだ?寝言…?しかしラーラは言葉を失くしている。話せるはずがない。
何もないはずだ。なのに、この胸騒ぎはなんだ…?
「イ………」
声…!?
まさか寝言でなら声が…?
まだラーラの唇は動いている
口元に、声に、僕は、
ラーラは息を吸い込み、
吐き出すと同時に言葉を発した。
「……イザー……ク…」
「……まって…て…ね…」
「わた…し…、プラン…トに…」
「かなら…ず…帰る…か…ら………。」
言葉を言い終えると、「ふふふ」と笑い声を漏らして、夢の中へラーラは戻っていった。
「プラントに必ず帰る?」
どうやって?
この地球で
僕から逃れることなんて、万が一にもできないのに?
あぁ、危ないところだった。
やはりラーラも、"プラントのコーディネイター"だ。
完全に信用を置くのは危険だ。
ラーラを支えている自分の手の温度が、急激に下がっていくことが分かる。
僕には優れた智慧も閃きも、“あいつら”よりも強い運を持っている。どうとでも対処はできる。
休暇は終わりだ。
さて…、何から手をつけてゆこうか?
「あぁ、そうだ。ビルにオーロラの写真送ってあげよう」
「いい夜だったと…、彼にも教えてあげなきゃね」
(9話へつづく)
※2026.02.10 加筆修正
※2025.06.29 公開