天色の花かんむり
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地球へ降下するシャトルの航路が安定すると、シートベルト解除のアナウンスが流れた。
隣の席の叔父がシートベルトを外したのを見てから私もそれに続いた。
隣に座る、叔父と名乗った、ムルタ・アズラエルと二人っきりになってしまった。
地球軍の基地を離れても、まだ気を抜くことはできなかった。
「ラーラさん」
「基地から出ましたから、もう声を出してもらって結構ですよ」
予想していた展開。叔父は、足と手を組み、これから落ち着いて話をしましょうとばかりに、和やかな笑みを浮かべてくる。
だけど、そう振る舞っているように感じた、叔父の眼差しが私の指先を強張らせる。
「手錠の痕、残ったりしなければいいのですが…」
「部屋に隔離されている間、沈黙を貫いたそうですね。捕虜になった際のマニュアルですか?しかし、そんなもの聞いたことありませんし、どういった考えの元でそれを実行していたので?僕が身元引受人と言ったでしょう?もっと信用してくれて良かったんですよ?」
叔父は一方的に話していた。
身構えていたはずなのに、独特の話のリズムに引き込まれてしまいそうになる。
今度は私の番だ。
叔父の問いかけに、何か言葉を返さなきゃいけない。
だけれど、声が出ない私は、表情や相槌でリアクションをとるしかできない。
月基地ではやり過ごせたけれど、叔父の前ではそうはいかない。沈黙はダメ。
良い印象を持ってもらわなくちゃ。笑顔だ。今、私ができる一番の笑顔を叔父に向けた。
「あの〜ラーラさん?僕は貴方と会話をしたいと思っています。まだ警戒中ですか?それとも、僕とのコミュニケーションに興味がない?」
叔父が不満そうに、アームレストを落ち着きなく、指でトントンと叩いている。
スルーしたいわけじゃない。これからのことも考えたら、誤解を解かなきゃいけない。
乱暴かも。息をグッと飲んでから、叔父の手首を握らせてもらった。
急なアクションに叔父は吃驚している…けど、強張ってはいるけれど、手を振り払わずに私の様子を伺っている。
悪意はありませんって、叔父の瞳をじっと見つめていると、少し何か考えた後、力を抜いてくれた。
叔父の掌、指に触れていく。平にした掌に指で文字を書いていく。
『 t a b l e t 』と、1文字ずつゆっくりと指でなぞっていった。
書き終えてから、もう一度、叔父の瞳をじっと見つめた。
「タブレット…?が必要なんですか?僕のものでいいのならどうぞ」
私が浅くうなづくと、叔父はすぐにジャケットのポケットから、自身の電子端末を差し出してくれた。
メッセージを入力して、画面をかざした。
『私は声が出ません』
それを読んだ叔父は、ひどく驚いた様子だった。
「貴方にそんな障害が…?小さな頃は言葉を話していたんでしょう?姉さんからの手紙には、幼い貴方が言葉を話し始めたと、書いてありましたよ?」
母と叔父が手紙のやりとり…?
いやそれはあと!私が話せないことの経緯を説明することが先。
タブレットに続けて文字を打つ。
『父がテロで命を落としたことがショックで、それから声が出なくなりました』
「それはそれは………。事情を知らず、配慮にかけていましたね」
もう受けれてもらった…?
言葉は優しいけれど、態度も同情的に思えるのに、胸がざらつくのはどうして…?
『気を悪くしないでほしいのですが…』
『あなたが私の叔父だという証拠はありますか?初めて会った“地球”の人に肉親だと言われて、話をそのまま鵜呑みにできますか?』
私は信じきれていない
母の弟がどうして、私に会いに来たのか、「一緒に地球に帰ろう」だなんて…。理由を知りたい。
「“地球”の人に会うのは初めてですか…。なるほど。証拠ならありますよ、写真でも手紙でも、見ますか…?」
証拠がある。…それを見て確かめるしかない。
『見せて欲しいです』
「いいですよ、どうぞ」
叔父はジャケットの内ポケットから、濃紺の皮のカバーがかかった手帳を取り出した。
手帳の間に挟まれていた写真と、折りたたまれている便箋をそっと取り出す。丁寧に大事そうに叔父はその二つに触れていた。
手渡してもらったけど…、大事にしていると伝わってくる。
「そこに写っている女性があなたのお母さんですよ、15歳頃の姉です。貴方に似ていませんか?」
記憶の中はいない。なのに、写真の中の女の人が自分の母だって一目で分かる。それくらいに、私に似ている。
母の隣に、可愛い金髪の男の子がいて、楽しそうに笑っている。
え?この男の子って??おそるおそる、写真の少年を指差しながら、叔父の顔を見た。
「あぁ、それは僕ですよ、可愛いでしょう?」
叔父はふふっとドヤ顔をした。
でも写真の中の叔父は…とても可愛い。私は何度も大きく頷いた。
今の叔父にも面影は残ってるけど、写真の男の子が反則的に可愛すぎる。
私の反応を見て、叔父は満足そうにニヤついていた。
こんな表情もするのね、この人は。
写真を叔父に返してから、次は手紙を開いた。
手紙に目を通すと、そこには母が、私のことを叔父に任せる旨のメッセージが記されていた。
末文には、母から叔父への愛のこもったメッセージが添えられていた。
私は一人っ子だからきょうだいはいない。
クライン家でラクスと一緒に、姉妹のように育った。
私がラクスを姉として信頼しているように、叔父も母を信頼していたのかな。
ラクスから、大事なお願い事をされたら…私は断れないな。多分。
大事な家族に頼りにされたら、困っていたら、助けてあげたいものね。
叔父が私と同じ考えとは思わないけど…。でも否定もできない。
母は叔父のことを、叔父は母のことをお互い大切にしていたことが伝わった。
「納得頂けました?」
私は頷いて、手紙を叔父に返した。
『大事なものを見せて下さり、ありがとうございます』
タブレットを叔父に見せると、叔父は姿勢を崩した。
「いやーこれを見せても、また拒否をされたらどうしようかなって思っていました。ラーラさんが頭のいい子で良かったです」
叔父は私に笑顔を見せる。叔父が緊張を解いた空気に引っ張られそうになる。
…私は、選ばなくちゃいけない。
現状この人について行くしか、道はない。
これからのどうするか、自分で考えなくちゃいけない。
『叔父上』
『と、お呼びさせてもらっていいですか?』
そう書いたタブレットを叔父上に見せた。
「構いませんよ、好きに呼んで下さい」
「ラーラさん、僕はあなたのこと、これからは“ラーラ”と呼ばせてもらいますね」
『わかりました。よろしくお願いします。叔父上』
叔父上から握手の手を求められる。
2回目だ、1回目は初めて会った時、あの時は挨拶で深い意味はなかった。
この握手の意味は、叔父上についていくことを受けいれるかどうかの最終確認。
…………他に選択肢はない。でもその選択肢を…、私が選ぶ。
叔父上の手を握り返した。
1回目の時はこわごわした握手だった。今回はぎゅっとしっかりと手を重ねて握手をした。
声のトーンを落として、叔父上は囁くように、私に語りかけてくる。
「ラーラ・“アズラエル”、それがこれからの貴方の名前です。頭のいい貴方なら、この意味分かりますよね?」
叔父上は、私の瞳の奥を見ている。
「プラントでのことは何もかも忘れた方がいい。貴方自身の為にも」
「これからの、ラーラの居場所は地球で作っていきましょう。僕がそのサポートをして差し上げます。」
叔父上が握った手の力が強くなる。叔父上のひとつひとつの言葉に心が痛む。
“叔父”としてなのか、“ブルーコスモス盟主”としてなのか、どちらの立場の言葉かが分からない。
優しく気遣ったように見えても、「プラントにはもう帰れない」って、叔父上は言っている。
何を言われたって、プラントを忘れることなんてできるわけがない。
生まれ育った場所のことを。
ラクスやイザーク、皆との思い出がある場所のこと…忘れるなんて無理よ。
私の瞳と叔父上の瞳は同じ色なのに、叔父上の深く凍えるような瞳に心が挫かれそうになる。
目頭が熱くなる。
こんな一方的に言われて、ただ黙ってるのは嫌。
私は握手している手を払って、タブレットに文字を打ち込んだ。
『私は、ラーラ・“フェネクス”です』
真っ直ぐ叔父上の目を睨みつけながら、タブレットの文字を掲げた。涙が一つ溢れていった。
「ははは!」
叔父上は顔を伏せ、口元を手で抑えながら笑い始めた。
「可愛い姪をいじめすぎましたね」
よしよしと叔父上は私の頭を撫でているけど、わけがわからない。
精一杯、反抗したつもりだったのに、笑われて終わってしまった…。
まともに相手されていない。かわされて沸々と怒りが湧いてくる。
私は窓の方に体を向けて叔父からそっぽ向いた。
「地上についたら、色んな場所へ行きましょう。楽しみにしていて下さいね、ラーラ」
私の後ろで、叔父上は軽い調子で話す。
ふいに、流している髪を引っ張られている感触がした。なんだろう?と私は叔父上の方へ振り返った。
叔父上が、私の後ろの髪をひと房とって、静かに髪に触れている。
どういうつもり?と叔父上を見た。
視線が合うなり、叔父上は私の髪にキスをして、優しく微笑みを向けてきた。
急な出来事に、私の心臓は大きく飛び跳ねた。
「では少し僕は席を離れます。ラーラは自由に過ごしていて下さい。何かあれば使用人に」
何もなかったように、叔父上は席から立ち上がって、どこかへ行ってしまった。香りだけを残して。
窓に映る自分の顔を見ると、耳まで真っ赤に染まっていた。
(7話へつづく)
※2026.02.10 加筆修正
※2025.06.02 公開