天色の花かんむり
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ヘリオポリスの出来事からどれくらい経ったんだろう。意識が戻ってから、もう数日が過ぎていた。
手錠はまだついたままで、時間も分からない部屋で過ごしている。
ご飯は出る。眠ることもできる。
それだけの部屋で、手応えのない時間を持て余していた。
あの人は…、
叔父だとか後継人だとか、突然すぎる。母の弟?本当に?
だけど私に会いに来た理由が…。
“私のお母さん”の話。私を産んですぐに亡くなったって、父から聞かされた。
それだけしか知らない。母の生家のことなんて考えたことも無かった。
父も幼い頃に亡くなった。
孤児になった私を引き取って育ててくれたのはシーゲル・クライン、シーゲルおじ様だった。
シーゲルおじ様なら母のことも知っていたかもしれない、だけどそれを今確かめることはできない。
クルーゼ隊がどうなっているかも気がかりだ。
新型兵器の奪取作戦は成功したの?
ヘリオポリスは崩壊してしまったけど、あのあとも作戦は続行したの?
みんなは大丈夫かな…。
何もすることがないせいだ。寂しさだけが増していくーー。
コンコンとドアをノックする音がした。
このノックのリズム、あの人かもしれない。
初対面の日から叔父とは会っていないけれど、扉一枚の距離感があるのに緊張をしてしまう。
そもそもあの人、初対面で異性を抱擁するって距離感がおかしい…よね?
思い出して、モヤモヤしている間に扉が開かれてしまった。
扉の先にいたのは、やっぱり叔父だった。
緊張しているはずなのに、少しホッとした気持ちになってしまった。知っている人の顔を見たからだろうか。
今回は何の用事なのだろう。
叔父の手には紙袋、後ろには地球軍の隊服姿の女性がいた。
「ラーラさん、地球へ降りるシャトルの用意が整いました。ここでの仕事も終えましたし、私と一緒に地球へ帰りましょうか」
今から?急じゃない?
叔父が何か手振りをすると、後ろにいた女性が私の方へ来て手錠のロックを外してくれた。
手首が軽くなった感触を味わいたいけど、それは後にした方が良さそうだ。
部屋の雰囲気からして、軍事基地にいるのは予想がついていたけど、地球軍と改めて理解すると肝が冷えた。
手錠くらいで済んで、本当に良かった…。
それにしても叔父のポジションが謎だ。
ブルーコスモスの盟主って言ったって、民間人だよね?分からなくて…怖い。
リスクを考えたらここでトラブルは起こせない。
にこやかに地球軍の女性と叔父にお礼の会釈をした。
「しばらく窮屈な思いをさせました。
手錠なんて、“僕”の姪には不要だと言ったんですヨ?でも軍の方にダメって言われちゃいましてね…。
ここには“赤服”を見るだけで興奮する連中も多い。なので大目に見て下さいネ」
私にチラリと目配せをして、叔父は話を続けた。
叔父の…言葉のリズムは綺麗だ。言葉の選び方も隙がない。怖いくらいに。
こんな人に私はついていくの?
「…いいですか?これからのこと説明します、僕のシャトルで地球へ降下します。そこからは僕についてきて下さい。
それでです、シャトルに乗る前にこちらの服に着替えて頂けますか?その服で基地の中を移動するリスク…分かりますよね?」
手に持っていた紙袋をそっと差し出してきた。
受け取る以外の選択肢が…見えない。
叔父の瞳を見る。微笑んでくれている、なのに、自分の手が冷えていくことが分かる。
ぐっと飲み込んで、差し出された紙袋を受けとった。
「ではまた1時間後に」
叔父は私のリアクションなんて見てなかった。地球軍の人と私を残して部屋から立ち去って行った。
◇
それから、案内されたシャワー室で身を整えることとなった。
久しぶりのシャワーだった。気持ちが良かった。この気遣いはとても嬉しい。
だけど、さっき…
「アズラエル様こちらにどうぞ」
って案内してなかった?聞き間違いと思いたい…。
あの叔父、私のいないところで私をどう紹介しているの?
私の名前はラーラ・フェネクスだ。アズラエルなんて名前じゃない。
でももし、声が出ていたら…?否定していただろうか。……きっと、していない。命の方が、大事なんだもの。
シャワーを終えて、脱衣場に戻る。
体は綺麗になっても心は重たいままだ。
脱いだ赤いパイロットスーツを、ぎゅっと抱きしめた。
この服は私がプラントで生きていく為の鎧だった。
この服を手放すことが悔しくて、情けなくてたまらない
それもこれも生き残る為だ。割り切るしかない。
必ず戻るんだもの、プラント…?ザフトに?ううん、イザークの隣に…!
だから、少しの間お別れするだけだ。
叔父が用意した服は糊付けが施されていて、ふんわりといい匂いがした。
年頃の女の子が、ときめきそうな可愛らしいデザインのワンピース。
服に合わせて靴やヘアアクセサリーまで…上品で、私らしくない。
この服ならザフトの赤服よりは安全かも。だけど何もかも、何か裏がありそうで…。
だけどこんな気の使われ方も初めてで、何もかも戸惑うことばかりだ。
私は赤いパイロットスーツを置いて、脱衣場を後にした。
◇
地球軍の人についていく。
シャトルの搭乗橋の前で、叔父は先に待っていた。
「ラーラさん、そのお洋服、お似合いですね。とても可愛らしいですよ。」
叔父の褒め言葉に…戸惑ってしまった。
会って間もない私に、ここまで友好的なのはどうして?
にっこりと愛想笑いをすると、叔父は何のてらいもなく微笑み返してくれた。
笑顔…なのに。クルーゼ隊長みたいで、笑っていてもどこか怖くて。
熱を感じられない。
地球軍の案内役の人はそこまでで、叔父の部下のような人と案内の役割を交代したようだった。
お世話になった地球軍の人にお礼の握手をしてから、叔父に続いて私もシャトルに乗り込んだ。
シャトルの中では窓側の席を案内され、私の隣の席に叔父が座った。
私はプラントのザフトだ。普通の女の子じゃない、
民間機で地球へ降下することになるなんて、今も現実味がない。
数日前までは、私の隣にいたのはイザークだったのに、今は叔父が私の隣にいる。
シャトルが出発する。
軍港を出て、窓から見える景色を眺める。月の地表にクレーターが真っ黒の影を落としているのが見えた。
シャトルが方向転換をすると、今度は地球が見えた。
…やっぱり、同じ色だ。
地球の青色と、叔父の瞳の色は。
見比べようと叔父の目をじっと見る。吸い込まれそうになる。
「どうしました?」
叔父は柔らかく笑った。
家族だから?それだけで、こんな私でも優しくしてもらえる理由になるの?本当に?
シャトルは地球へと航路をとる。
地球の青い輝きが、徐々に大きく視界に広がっていく。
プラントから遠ざかっていく。
生まれた場所から遠ざかることが、こんなに心細くなるなんて知らなかったな…。
手首に残る、手錠の不快な感触が、胸の奥に沈んでいくようだった…。
(6話へつづく)
※2026.02.10 加筆修正
※2025.06.02 公開