天色の花かんむり
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まざまざと見せつけられた。
姪もあちら側の生き物だと、あんな形で確認することになるとは。あぁ全く、“悍ましい力”だ。
今朝は、いつも通り食卓に並ぶ品数を順番に平らげていた、食欲旺盛ないつもの姪だった。
空港でテロ騒ぎなんて今の情勢下ではよくあることだ。その為に、護衛をもつけているし、今回はビルだって呼び寄せていた。
…まさかラーラが、あっという間に暴漢を捻じ伏せてしまうなど…。
一対五。人数まで一緒だ。遠い昔コーディネイターの同級生に、僕が力で勝てなかった状況を思い出してしまった。
でもあれは子供同士だった。ラーラはまだ15で、こちらの世界では子供だというのに。
ハーフでこれだ。やはりコーディネイターの力は危険だ。
姪をあちら側に二度と奪われない為にはーー僕が管理しなければならない。
今、ラーラは窓から下に広がる雲海の果てを目で追っている。
航空機は、地球連合軍のパナマ基地へと航路を進めている。
騒ぎの後に、僕の腕の中で啜り泣いていたラーラの声が…、エンジン音よりも不快だった。
◇
パナマ基地に到着すると、ゼンマイ仕掛けの人形のようにぎこちない動きで僕に随伴していた。
飛行機の中で行き先アナウンスを聞いてから、ずっと顔を青くしている。
口元だけはいつものように微笑みを浮かべているが、指先が僅かに震えている。
先に飛行機から降り、軍服姿に衣を変えたビルが、タラップの下で待っていた。
ギラギラと太陽が照り付ける。湿気の重みで髪が額や頬にまとわりついてくる。
不快だ、さっさと地下の涼しい場所へ案内してもらおう。
タラップを降り、ビルに軽く言葉をかける。彼の運転する車に乗り込み、目的の場所へと向かう。
ビルの額に汗が浮かんでいる。ラーラはそれどころでないようで僕の隣で唇を固く閉じている。
ビルも運転に集中しているのか話しかけられる隙がない。短い静かなドライブだった。
基地建物の中でエレベーターを下へ下へ。地球連合軍の秘密の場所へと降りていく。
衛星でもレーダーでも干渉できない場所に、“新型兵器”の実験施設がある。
岩盤をくり抜き、巨大ドーム上に設計した実験場を観察分析するモニター室で、準備が整う時をビルと二人で待っていた。
複数のモニターにはモビルスーツの格納庫も写している。
そこには、これからラーラに乗ってもらう予定の、新型量産機の試作機があり、整備が進められていた。
ヘリオポリスでモルゲンレーテと協力して開発していた新型兵器5機のうち4機は、奇しくも奪われてしまったけれど、あれを作るデータは元々こちらのものだったので復元は可能だ。
問題はパイロットだ。残った1機と奪われた4機の貴重な実戦の戦闘データが手に入ったものの、あの動きを再現できる人材をどう確保するかだった。
「アズラエル様よろしいのですか?」
「サザーランド大佐、何について、かな?」
「…あのお嬢様に開発中のモビルスーツの情報を開示することには…反対です。軍の重要機密をザフトの…」
「大佐、"その情報"は僕と君、ごく一部の人間しか知り得ない情報ですよね?」
「申し訳ありません」
“姪”がどこから来たかなんて公表できるわけがない。僕の計画に差し障るからだ。
しかし、協力者がいなければ、ヘリオポリスから敵方の服を着た少女の回収は無理だった。その協力者の一人がビルだった。
彼のコーディネイターへの憎しみは僕も把握している…が、それがどうやらラーラにも向いている様子だった。
「開発中のダガーのOSだけ見てもらうつもりだったんですよ、最初はね。けれど空港であんなの見たら…ねぇ?彼女を能力に見合う場所へ配置を変えただけです」
「だって僕達は生きた対モビルスーツの戦闘データがもっと必要だ。そうでしょう?サザーランド大佐」
「⋯」
「大佐も見ましたよね?彼女の高い反射神経と、危機が迫った状況での判断力を」
「しかし、あのお嬢様はナチョラルではありません」
「…半分は、です。大佐…、"それ"もトップシークレットですよ」
僕の“姪”がハーフであることも、周りに知られるわけにはいかない。
あの子が他人なら、ハーフだろうがどうでもいいことだけれど、僕の“姪”だから問題だった。
あえて戦場から遠ざけて、ナチュラルらしい生活を提供していたのに、一線を超えてきたのはラーラの方だ。
“化け物”力を僕の前で見せた時点で、そちらの選択肢は消えた。
「ソキウスがねぇ?もっと色々と使い道があれば良かったんですが、見当外れでした」
「頭が痛かったところに、ノーコストでパイロットができる逸材がいたら、試さない理由がないでしょう?」
「…お戯れではないと」
「それは彼女の出来次第ですね」
ビルの喉元は僕にまだ何か言いたそうに鳴っている。
「さぁ出てきたヨ。パイロットスーツよく似合っているじゃないか」
「アズラエル様…!」
格納庫を移すモニターにラーラの姿が映った。姿が小さくて表情まではわからない。
「さぁ話の続きはまた後で。あの子の力、一緒に拝見しましょう」
「…承知致しました。」
最後の一押しの言葉をラーラにかける為、僕は格納庫の方へ移動した。
◇
僕のいない場所のラーラを見るのは、月基地以来かもしれない。
あの頃よりもラーラの理解は進んだはずだ、だがそれは彼女にも言えるようだった。
僕が格納庫に入ると、誰よりも早く僕の存在に気づき駆け寄ってきた。
震えたままの手でタブレットを握り締め、青い瞳は僕を睨みつけている。
「ラーラ、"新しい服"の着心地はどうかな?」
『…悪くないです、ただこの“腕章”が気になります』
多数の視線がこちらに注目しているのはラーラは気づいている。その中でかなり言葉を選んでいる様子だ。
「ただの仕事着です、命の危険が伴いますからね。それを着てもらわねば僕も周りのスタッフも皆が困ります」
『…分かりました』
ラーラにとって敵軍の、地球軍のパイロットスーツを着せることについては、片付いた。
次は機体だ。
『叔父上、私はモビルスーツに乗るんですか?何をすればいいんですか?』
「簡単な性能テストですよ」
『性能テスト…?』
まずは紹介だ、僕が指揮をとって開発しているモビルスーツについて。
「見てください、新しい開発中のモビルスーツです」
『………すごいです』
僕が、モビルスーツを見上げると、ラーラも同じようにモビルスーツへ視線を移していた。
チラリと目だけでラーラを見る。ラーラは目を見開き怯えているように、“見せている”
自分でも無自覚なのだろう。口の端が僅かに上がり、瞳の虹彩はしっかりと新型兵器を捉えていた。
君は僕の“姪”だ。
目の前に、自分がコントロール可能なものがあって、それが強大であればあるほど、“力”に手を伸ばさないはずがないだろう?
「でしょう?ここまで来るのは大変な道のりでした…。ラーラ、早速あれに乗って感想を聞かせて下さい。」
『"それ"がお仕事ですか?』
「そうです、僕は"ラーラ"を頼りにしていますので」
ラーラの瞳がさらに大きくなる。自分の役割をしっかりと理解したようだった。
それでも、ラーラはまだ何か足掻こうとしている。
タブレットで返答しようと試みたが、汗の滲んだ手で握っていた板は、ラーラの掌から滑り落ちてしまった。
固い床に落ちたタブレットの画面は割れている。
ラーラは急いで拾い、画面やボタンを触ったが、何も表示せずラーラの泣きそうな表情だけを映している。
「おやおや、タブレットが…反応がありませんね、修理が必要そうです。すぐに代わりのものを手配しましょう」
ラーラの唇は、僕の名前を呼んでいる。
君の言いたいことを分からない僕ではないけれど、ここは僕の世界で、君がここに来ると決めたんだろう?
手のひらをラーラに見せ、壊れたタブレットを渡してもらった。
「ラーラの"本当"の力を僕に見せて下さい」
「………」
僕はラーラへ微笑みかけた。
もう片方の手で、ラーラの頬にそっと優しく指を添える。
こうすれば、今の君は、首を横に振ることができないだろう?
青い瞳から涙が一粒こぼれ、僕の指を伝っていった。
ラーラは下を向き、モビルスーツの方へ振り返る。僕に背を向け、地球軍のヘルメットを被りピンと胸を張った。
「相手は3体です。撃破して構いません。モビルスーツを壊さない戦い方ができるならそれでも構いませんが…自分の命を第一に」
「ちゃんと僕のところに帰ってきて下さいネ、それが今日のラーラのお仕事です」
指示を言い終えると、ラーラはこくりと頷き、モビルスーツへ向かっていった。
ラーラはラペリングワイヤーのステップに足をかける。ワイヤーが巻き取られ、ラーラはコックピットまで登っていく。
その姿を見届け、ビルが待機しているモニター室へ踵を返した。
試作機の性能テストが始まった。モニター越しでラーラの仕事を確認する。
最初の引き金を引くまでは躊躇いがあったようだ。
まさか自分が数ヶ月前まで乗っていた機体に銃口を向けることになるなんて、思いもしなかっただろうからね。
でも、一度トリガーを引いてからの動きは鮮やかで、僕もビルも、モニターを眺める者全員が釘付けになってしまった。
データで送られてきたGXシリーズ5機の動きの映像を彷彿させるものがある。それを今リアルタイムで見ている。胸が踊らずにはいられない。
「すごいね、さすがだ。"宇宙で訓練"を積んでいただけはありますね」
「ダガーにあんな動きが…」
「アークエンジェルの例のパイロット程ではないけどサ、初めて乗る機体であれだけ動けるのは…さすが僕の姪といったところかな?」
「しかし、命令はジン3体撃破です、それをあのお嬢様ができるでしょうか?」
「大佐、大丈夫だよあの子は。僕と同じ"アズラエル"なんだから。うちの家に仕事ができない人間はいない。言われた以上の成果を出すサ」
ジンに乗り込んでいるソキウスの動きは固い。
ハーフコーディネイター相手でも、対ナチュラルの服従遺伝子の拘束力に縛られているらしい。
ラーラの操縦技術も十分にあるが、ジンはされるがままに、あっという間に三体とも処理されてしまう。なんともまぁ、あっけない…。
あの子はジンの損傷率も最小限になるよう計算していたようだ。初仕事なのに、なんともまぁ、余裕のあることだ。
「…仕事が早くて助かりますね。ロングダガーの方も乗ってもらいましょう。OSは…あとでも構わないか、まずは戦闘データだ…」
「そうだ大佐!あの被験体も何人かパナマに来ていましたよね?」
「はい、実戦訓練の段階に移っています」
「いい機会です、明日にでもラーラと手合わせさせてみましょう」
機体だけではない、パイロットも、これから来る戦いの為に配備を急がせなければ。
「嬉しい誤算ですね。生きたデータを多く取れそうだ」
「アズラエル様、あのお嬢様を"我々"のパイロットとして扱うのですか?」
「もちろんそのつもりですヨ?まぁ本人は渋るかもしれませんが…。こんな巡り合わせを活かさない手、ないでしょう?」
盤面が、一気に進む手応えがある。
僕の意のままに動いてくれる、ポーンの駒を身内のラーラが果たしてくれるとは。
「大佐は反対ですか?」
「まさかそのような…。全ては…青き清浄なる世界のために。」
「理解してくれたようで…。嬉しいです」
強い駒であればあるほど、盤面では長く生きる。
だからこそーー、手元で管理しなければ。
◇
「新しいパイロットの誕生ですね。大変喜ばしい」
ラーラの初仕事が終わった。
続けて乗った、ロングダガーの試作機での動きも、僕の満足のいく結果だった。
ハッチが開く。ウインチラダーに足をかけ、まだ色のないモビルスーツからラーラが降りてくる。
僕はラーラを迎えるためにモビルスーツの足元で待たせてもらっていた。
普通の、ナチュラルなら長時間モビルスーツを操縦するなど体が持たない。
ここにいる軍人サン達には、ラーラは大西洋連邦の月基地で特務隊の訓練を受けていたことにしている。
地面に降り立つと、ラーラはヘルメットを脱ぎ、無駄のない動作でそれを小脇に抱えた。
スッと正しく胸を張り、静かな瞳で僕を見た。仕事での疲れなど、まるで感じさせない。
この場で、僕の“姪”という立場も、求められている役割もきちんと理解してくれたようだ。
姉は、随分と良い遺産を残してくれたものだ。僕の為に。
「"青き清浄なる世界の為に"、これからもお願いしますね、ラーラ」
僕は右手をラーラに差し出した。
ラーラは瞳に迷いを残したまま、僕の手を握り返した。
周りにいるブルーコスモスを支持してくれている軍人サン達は、僕たちのやりとりを見て感嘆の声を漏らしている。
握手の手をほどき、ラーラの肩に軽く手を置き、僕の隣に引き寄せた。
「僕の姪の、ラーラ・アズラエルです。皆さん、よろしくお願いしますネ」
こんなもの軍人サン達へのパフォーマンスに過ぎない。
ラーラは顔に笑顔を貼り付け、僕に呼応するように、気丈に振る舞っている。
皆に見えない体の後ろ側にある手が、震えている事を僕は知っている。
面従腹背で構わない。心でなんて思おうが、君は、僕の手が届く場所でしか生きられないのだからーーー。
(12話つづく)