第2章 我らが百鬼夜行

すっかり都へ毎夜、百鬼夜行を行う事が習慣になってきた頃。

初夏香りに誘われて木の葉がざわめく比叡の山にある館では、何やら卯の刻から黙々と準備が行われていた…。 
  


………と、そこに。
 
「……お呼びでしょうか。お館様」

「…朝早くから呼び出してすまぬな。…そろそろ準備が整う頃だと思ってな…」

静かな口調で、暖簾が掛かってある寝所に向かって膝ま付いた彩に対し、 低音で暗く威厳のある黒銀の声が部屋に響き渡る。




「…はい滞りなく。…しかしながらお館様。優幻が見当たらないのです」

「……またあやつか…」

彩の言葉を聞き、暖簾の前に座っていた舞雪は目を伏せ、素早く印を結ぶと静かに呪文を唱え始めた。




その動作は目にも止まらぬ速さで、流石は妖怪一族の氷雨と並び評され、同等の力を持つ舞雪。

その早さと言い、効力に勝る呪術使いは、妖の中ではこの二人の右に出る者は居ない。



……もし、この二人に太刀打ち出来るとするならば、人間界の陰陽師と呼ばれる者達くらいだろう。




それから間もなく…。
遠くから叫び声を上げ足音を響かせながらやって来たのだがー。

「…うわあああ!?…って…あ…あれ?彩やん?…聖やんは…?」

部屋に入ってくるなり、状況が分かっていない優幻はすっとんきょんな声を出しながら辺りを見渡す。


それを見て思わず溜め息をこぼした彩の代わりに、印を結んでいた手を下ろした舞雪が口を開いた。

「…聖なら、もうだいたいの事は済んだと報告があったから、後はお前さんだけじゃぞ」

「…ってええーっ!?お…おいらだけでやんすか!?…彩やんは?」

「無論…。だいたいは終わらせた」

優幻の泣きそうな顔に対し、あっさりと答える彩。


「…そんなあああ!…皆、酷いでやんすっ!おいらだけ~!」

「早くやらぬからじゃ…」

「…お館様の仰る通りだ優幻。泣きわめくのはよせ」



と、今まで三人の会話を黙って聞いていた黒銀が笑い声を上げながら口を開いた。

「はっはっはっは!優幻よ。悔しいのなら早く済ませれば良いではないか」

「ううう~っ!お…お館様あああ!…あんまりでやんす~っ!!」

今にも泣きそうな優幻を見た彩は、仕方ないとでも言うように静かに首を横に振りながら手伝ってやると慰め、二人は部屋を後にした。


寝所から出て先にある長い廊下を渡った右奥にある部屋が優幻の率いる部隊なのだが…。
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