本編
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本部襲撃編
「りなりぃー…、ぐすっ、りな、うえっ…りなりぃい゙ー」
「もー…泣き過ぎよ兄さん…」
「だって、だってリナリーの美髪…世界一のぉおお」
「いい加減邪魔ですわ室長。…あ、こら黒凪・カルマ。またイノセンスが発動してますよ」
いやー…煩いあの男をどう締め上げようかと考えててね。
じりじりと近付いてくるイノセンスに「ひっ」とコムイが跳び上がる。
するとそのすぐ側に有る扉が開き大きな花束を持ったティエドールが入って来た。
ティエドールは素直に布団の上に居る黒凪を見ると微笑ましいものを見る様な目でにっこりと笑った。
「やあ、黒凪ちゃん」
『…ユウはー?』
「ユーくんはまだ病室だよ。僕はその代わりにならないかい?」
『…(ならないって言ったら泣くかな…)』
ん、と両手を伸ばした黒凪を「やっぱり黒凪ちゃんは素直だねえええ」と思い切り抱きしめるティエドール。
抱きしめられた黒凪は「違う!花束!」と暴れた。
そんな中で開かれた扉に全員の目が向く。
そこに立っていたのは神田で婦長の目がギラリと光った。
「こら!今すぐ病室に…」
『ユウ!』
「わー!ティエドール元帥が飛んで来たー!」
ぽいっとティエドールをコムイの真上に放り投げ黒凪がベッドを一蹴り。
それだけで離れた扉の前に立っている神田に抱き着く事が出来るのだから彼女の身体能力は大したものだ。
己の真上を跳び越えて行った黒凪に目をひん剥いていたミランダは神田と黒凪を見るリナリーに眉を下げる。
彼女は2人の様子にただただ嬉しそうに笑顔を見せていた。
『やった、ユウに会えた!』
「……」
リナリーが微かに目を見開く。
神田が黒凪の様子を見て安心した様に微笑んだ為だ。
しかしそんな2人に水を差す存在が1人。
2人の間に手を差し入れぐっと引き離した婦長に2対の目が振り返る。
「すぐさま病室に戻りなさい神田ユウ!ほら、ティエドール元帥と室長も面会は終了!」
「ええ!?そんな、リナリィー!」
「チッ、離せクソババア!」
「面会終了なら仕方ないね、大人しく帰ろうかユーくん」
「その呼び方止めろっつってんだろこの」
バタンッと閉じられた扉に病室がシーンと静まり返る。
やがてリナリーを筆頭にくすくすと笑い声が響いた。
黒凪も後頭部を掻くとすたすたとベッドに戻り発動してあったイノセンスを解除する。
ベッドの上で胡坐を掻いた彼女は窓から空を見上げ、外出許可が下りる事を只管待った。
それは病室からの外出を許可され食堂で昼食を食べていた時の事。
ヴァチカンの監査官達が本部に訪れ各支部長やコムイなどを交えて会議をしていた事は知っていた。
その会議が終わった頃だろう、あの男が姿を見せたのは。
「初めまして。本日から君を監視する任に着きました、ハワード・リンク監査官であります」
わー、本当に2つほくろが付いてるや。
黒凪にとっての最初の感想はこれであったが、皆は勿論別で。
"監視"という言葉に眉を寄せ共に食事をしていたラビやリナリーが席を立った。
「監視!?監視ってどういう事!?」
「そのままの意味でございます。詳細はどうぞ室長に伺ってください」
「っ…!」
走って行ったリナリーを皆が見送り眉を寄せてリンクを睨む。
そんな中でリンクの目がチラリと黒凪に向けられた。
「黒凪・カルマですね。ルベリエ長官がお待ちです、現在は室長室におられますので今すぐ向かってください」
『…えー…今すぐ?』
「はい。」
リンクの眼光をじっと見つめると食べかけのうどんを放置し気だるげに室長室へ向かった。
室長室に入ると先程飛び出して行ったリナリーがソファに座るルベリエを見て震えている。
対するルベリエは気にした様子も無く笑顔でリナリーに語り掛けていた。
「当分本部に留まる事になってね。君のイノセンスについての検査もさせてもらいますので――」
『お呼びですか、ルベリエ長官。』
リナリーの肩を抱いて言った黒凪にルベリエの言葉が止まった。
黒凪の目がルベリエの側に置かれた皿に向く。
其方に近付く様にしてルベリエの視界からリナリーを隠した。
『あ、それが噂のケーキですか?新作?旧作?』
「勿論新作だとも。よければどうぞ。」
『ワーイウレシイナー』
イノセンスでリナリーを出口に誘導し部屋から押し出す。
すると外に居たリーバーが気を利かせてリナリーを連れ帰った。
そんなリナリーを見送ったコムイはケーキを頬張る黒凪を見て口を開く。
「ルベリエ長官、黒凪ちゃんに一体何のご用件で…?」
「あぁ、そうそう。室長である貴方にも訊いて頂きたいお願いでしてね」
「お願い…?」
「ええ。黒凪・カルマを少しの間私に預けて頂きたい。」
ガタッとコムイが立ち上がる。
黒凪は「来たか」と目を細めた。
一体何をなさるおつもりですか。
目付きを鋭くして言ったコムイにルベリエがにっこりと笑う。
「何、ただの検査ですよ。」
「検査…?」
「部下から報告を受けています。彼女の再生能力は既にかなり衰えてきている」
今ではもう一つの被検体である神田ユウの血液が無ければ通常の速度で再生が出来ない程の状態であると。
そうですね?向けられた目を静かに見返し目を逸らした。
否定しない黒凪に驚いた様なコムイの目が向けられる。
「…黒凪ちゃん、今、君の胸の呪符は…」
『…まだ辛うじて生きてる』
「っ、("辛うじて"だなんて…っ)」
「その解決策を模索する為の検査です。多少時間は掛かるかもしれませんが、必ず此方に戻れるようにしますので。」
にこにこと笑って言ったルベリエにコムイの怪訝な目が向けられる。
すると化学班の1人が報告書を抱えて室長室に入った為一旦会話が途切れてしまった。
そのタイミングを見て立ち上がったルベリエは黒凪に目配せをして部屋を出て行く。
少しの間黙って立っていた黒凪もその後をついて行く様に出口に向かった。
「黒凪ちゃん!」
『…』
「…ついて行くつもりかい…?」
『……分からない。』
でもついて行くか行かないかは私が決める。
そんな言葉にコムイが歯を食いしばる。
それ以上は何も言わずに出て行った黒凪は少し離れた位置で立っているルベリエを見上げた。
彼は側の扉を示すと中に入り2人で向かい合って座る。
気配で分かる、外には彼の部下が誰も入って来られぬ様にと見張っていた。
「…君には極秘の任務を任せたい。」
『……』
「現在化学班が調査を開始しているアクマの生成工場の卵を知っているね?」
小さく頷いた。
結構、と笑ったルベリエは指を組み鋭い目を黒凪に向ける。
実は今、新しい計画を考えていてね…。
「君と神田ユウ…人造使徒計画で生み出されたセカンドエクソシスト。それに続くサードエクソシストの誕生計画だ」
『…また安易な名前を』
「そこかね。」
『良いから続けて。』
ゴホン、と咳払いをして再び話し始める。
…とは言っても彼が要求してくる事は大体理解している。
どうせ私に、
「君にその計画の手助けを頼みたい」
『(そら来た)』
「あぁちなみに、この計画の手助けはセカンドエクソシストにしか務まらない事だ。…つまり君か神田ユウしかないのだよ」
『…何故最初に私に声を掛けたんです?』
その理由は君も分かっている筈だがね。
ルベリエの言葉に目を細めた。
君が既に壊れかけている為、そして。
罪を犯した為だ。
雲に太陽が隠れたのだろう、部屋が少し暗くなる。
「君は教団の研究員46名を惨殺している。本当はその危うさから処分されていても可笑しくない程の事だ。」
『……』
「だが研究所のあったアジア支部から逃げた君達をすぐに処分しなかったのはセカンドエクソシストの有能性があったからこそ。」
しかし今の君は既にいつ倒れてもおかしくない。…ならば。
最後の最後まで有効活用していきたいじゃないか。
人として見ていない様な彼の言動に、特に激情は起こらなかった。
『…解りました。その計画に協力します』
「それは良かった。」
結局はこうなるか。…そう思った。
運命に負けたくはないと言っていても、やはり何も変わらない。
ユウは変わらずあの人を探し続けていて、私もアルマと変わらず彼に本当の事を告げられていない。
でもきっとユウは私を犠牲にする。あの人を探す為に。
『(その予想が現実になる瞬間を見るぐらいなら)』
素直にルベリエの計画に私が賛同した方が何倍も楽だった。
大丈夫、私は絶対にユウを傷付けない。
首が締まる。声が出ない。
ああもう、この人も融通が利かないな。
『(折角女になったんだ、別に良いじゃないか)』
生まれ変わった者同士で約束を守れば良いだろう。原作の様に男に生まれ変わったわけじゃない。
首が締まる。嫌だ、嫌だと頭の中で声が響いた。
…この人は私を自分だと受け入れてくれていない。
ユウはそこまで昔の自分に囚われていないのに、どうして私は此処まで囚われているのか。
『(そんなに大好きだったの、)』
《あの人の元へ連れて行って》
『(私に取られたくない程)』
《私を置いていかないで》
だって貴方は私じゃないじゃない。
目を見開いた。
…初めて聞いた、記憶の中のものではない声。
思わず笑みが零れる。
そうか、そりゃあそうだ。
「黒凪・カルマ。聞こえているかね」
『(私は元々アルマじゃないんだから)』
あんたが嫌がるのも無理ないか。
ぽた、と机に落ちた涙にルベリエが微かに目を見開いた。
私じゃ駄目だった。アルマにはなれなかった。
ユウや皆は知らなくても魂だけは分かっていた。
…私が異分子である事を。
≪敵襲!!≫
『「!」』
≪第五研究室にアクマ出現!入り口が敵により封鎖中、中に入る為には方舟3番ゲートを通る以外に道は無い!≫
ノイズ・マリ、ミランダ・ロットー、黒凪・カルマ、元帥は全員至急3番ゲートへ。
第五研究室…生成工場の卵か。
呟いたルベリエの前で立ち上がった黒凪は涙を拭いイノセンスを全身に巻き付ける。
そんな黒凪にルベリエの声が掛けられた。
「大事な卵だ、最優先で護ってくれ」
『…そうするかどうかは私が決める』
「……。」
部屋を出て行く。
まだ無線ゴーレムからの連絡は途切れていない。
現在エクソシスト2名が交戦中。
その言葉から名の呼ばれていないアレンとブックマンだと想定出来た。
他に呼ばれていないエクソシストは全員イノセンスが壊れ使い物にならない者達だろう。
「これが方舟かァ?」
「早く入れば良いだろうが」
「行くぞ」
『っと、』
元帥達の背中を見つけて側に着地するとティエドールが振り返った。
全身に巻かれている包帯が徐々に藍色になり、黒凪の顔も両目を残して覆っていく。
そうして両目が黒から赤に変色した。
『紺色ノ断頭台(ベーゼ)』
「行けるかい」
『ん。』
小さく頷いて方舟に乗り込む。
一足先に第五研究室に入り込んだミランダがマリに抱えられイノセンスを解放する。
既に生成工場の卵は敵の方舟によって飲み込まれた後だったが、ミランダの時間吸収(リバース)によって本部に戻ってきた。
その卵に乗り移り各々イノセンスを構える。
卵の天辺に乗っていたアレンは現れた元帥達と黒凪に目を見開いた。
「方舟、中々良い仕事してくれるじゃねェか」
「やれやれ、大量だな…」
「大掃除と行きましょうや」
「……」
元帥達に混じって現れた黒凪がコキ、と肩を鳴らす。
紺色の包帯に覆われた黒凪にアレンが目を向けていると赤い瞳が振り返る。
目が合った黒凪は微笑む様に目を細めた。
ドォオン…と巨大な足音の様な地響きが起こる。
顔を上げれば江戸で見た巨大なアクマが此方を覗き込んでいた。
教団の面々は初めて見る大きさのアクマに顔を青ざめる。
そんなアクマに啖呵を切ったのはソカロ元帥だった。
「アイツは俺が貰うぜェ」
「好きにしろ」
「やりたいようにすればいいさ。」
「俺は女以外に興味はねぇ。」
ニヤリと笑ってイノセンスを解放しソカロがアクマの軍団に突っ込んでいく。
それを見送ったティエドールもイノセンスを解放するとすぐさま教団一の防御力を誇る"抱擁ノ庭"を発動した。
その上に降り立ったクラウドとクロスもイノセンスを構え、途端に側に落ちてくるアクマの頭や腕に顔を上げる。
「…なんだ、この悪趣味なやり方はソカロだと思ってたが…」
「お前の弟子か、フロア」
「んー?…あぁそうだね、僕ん所の子だ。」
蹴りや拳でアクマを次々に一掃して行く黒凪に「ふーん」と呟いてクロスがイノセンスを解放する。
途端に圧倒的な強さでアクマを一掃して行くクロスの側でクラウドもイノセンスを解放し次々にアクマを一掃して行った。
やがて数分後には床に倒れたアクマ達で一杯になりティエドールが"抱擁ノ庭"を解除し研究員達をアレンの方舟の方へ連れて行く。
…エクソシストが共通して身に着けている無線の電源が付いた。
≪こちらノイズ・マリ。アクマ全機活動を停止しました。これからどうしますか≫
≪こちら司令部。よくやってくれたね≫
マリはそのままミランダの警護。
そしてまだ体力に余裕のあるエクソシスト諸君には卵の破壊を頼みたい。
破壊するタイミングはクロス元帥に任せます。ミランダはクロス元帥の合図で発動を停止――
そこまで言った所で「待ちなさい」と声が入り込みクロスが微かに眉を寄せた。
「卵を破壊するですと?あれにどれだけの価値があると…」
「既に卵は伯爵の元へ渡っています。ミランダの能力は時を戻すだけ…時間を取り消す事は出来ない」
破壊するしかありません。
有無を言わせぬコムイの言葉にルベリエが口を噤む。
2人の会話が止むとクロスがミランダに目を向け小さく頷いた。
そうしてソカロ、クラウド、クロスで卵の周りに集まり顔を上げる。
「一撃で壊すには俺とソカロとクラウドで一斉に掛かるしかないが…それでも破壊出来るかどうかは正直分からん」
「…あ、あの…」
「あぁ。いつでも良いぞミランダ」
「は、はい」
ブクッと気泡が弾ける音が微かに響く。
その音にマリが気付いた途端、ミランダが水に飲み込まれ卵の方へ連れて行かれた。
なんだありゃあ。そう呟いたソカロにクロスが「色のノアだ。あれは万物に変身出来る」そう返して舌を打つ。
ミランダは水の中で息が出来ず気を失い、彼女の発動が停止された。
途端に沈み始める卵に元帥が一斉に舌を打つ。
『――卵が優先ですよね』
「時間がねェしなァ…俺は賛成だぜェ」
「…やるしかないな」
「……一気に畳み掛ける」
ボソッと呟かれたクロスの言葉と同時に元帥が一気に卵に向かってイノセンスを構えた。
待ってください、ミランダは――!
そんなマリの言葉に誰も返さず攻撃を一斉に放つ。
そうして攻撃を受けた卵はボロボロになりながら沈んでいき、元帥達がその後を見守る様に目を向けた。
黒凪のイノセンスが徐に卵があった位置に伸びていく。
「……。」
「酷ェ師匠だなァおい…。飛び込んでくると分かってて本気で撃っただろォ…」
「避けては撃った。あいつも一応は臨界者だ…」
沈んだ卵の割れ目から白い塊が溢れ出す。
白い塊が外に出る度に卵が徐々に崩れて行った。
それを見たルル=ベルが大きく目を見開き現れた人物に歯を食いしばる。
卵の中に方舟を出現させて内側から卵を破壊していったアレンは徐にルル=ベルを睨んだ。
「アレン・ウォーカー…!!」
「…」
「っ、止めろ!これ以上卵に衝撃を与えたら…!」
ドンッと卵が粉々に破壊され、教団の方にもその衝撃が伝わってくる。
それを見た黒凪はイノセンスを伸ばし中に居るアレンとミランダを引き摺り出した。
2人が出た途端に閉ざされたノア側の方舟にアレンが安堵した様に息を吐く。
少し遅れていれば2人は伯爵の元へ連れて行かれていただろう。
「アレン!ミランダは!?」
「…、大丈夫、きっと気を失ってるだけ…」
アレンがマリにそう言って微笑んだ途端、彼の左目が突然アクマの反応を示した。
その左目に元帥達が気付いた時、ほぼ同時に教団内に響き渡る小さな笑い声。
弾かれた様に走り出したアレンの後ろを黒凪が眉を寄せてついて行く。
そうして辿り着いた場所にはリーバーやバクが血塗れで倒れており、その側にはアクマの卵の様なものを腹に抱えた奇妙な像が立っていた。
嗚咽に足元を見れば倒れたジョニーが顔をぐしょぐしょにして泣いている。
「ごめん…っ、俺が、俺がタップを追い掛けたからぁ…!」
『…レベル4に進化する』
「え」
黒凪の頬を汗が伝い、すぐさま彼女がイノセンスを周りに張り巡らせる。
そして倒れた研究員達を抱えて走り出し、ティエドールの元へ駆け寄った。
もう一度"抱擁ノ庭"を。アクマがまた進化した。
彼女の言葉に元帥達も眉を寄せた瞬間、響き渡った絶叫の様なノイズに全員が膝を着く。
『っ、』
イノセンスで音を遮断し研究員達を護る様にイノセンスで包み込んだ。
他の全員はノイズの所為で動けそうにない。
眉を寄せ、イノセンスの色を透明にしていく。
そうして宙に浮かんだレベル4が一気に落下してくる様を見上げた。
『後何度生き返れるか分かったもんじゃないのに…!』
歯を食いしばりここら一帯をイノセンスで包み込む。
それと同時に掛かった負荷に黒凪が吐血した。
黒凪のイノセンスに包まれた途端に止んだノイズに皆が顔を上げ、咄嗟にクロスがマリアの能力でアクマの視界から全員を隠す。
…いつの間にか、黒凪のイノセンスの周りが火の海になっていた。
「これは黒凪の防御壁…、」
「俺達全員をレベル4から護ったか…」
黒凪の透明なイノセンスの向こう側に居るレベル4が周りを見渡し、本部に向かって進み始めた。
それを見たアレンは目を大きく見開きイノセンスを発動している黒凪を探す。
ティエドールは隣に倒れている黒凪を見つけると眉を寄せた。
「いかん、この防御壁は全ての攻撃を己の身1つで受け止める…!」
「黒凪!黒凪何処ですか!?」
固まっているティエドールの側に駆け寄ったアレンが顔色を無くしていく。
倒れている黒凪の身体が上半身と下半身で真っ二つになっていた。
まさか身体が裂ける程の攻撃を受け止めるなんて、そう呟いてティエドールがしゃがみ込み黒凪の顔を覗き込む。
ドクンッと彼女の胸元の呪符が発動し身体をゆっくりとくっ付けていった。
その経過を見ているティエドールの隣にアレンも膝を着いた。
「黒凪…!」
「(…よかった、辛うじて治癒されている…)」
「…大した奴だ。自分の死を微塵も恐れなかったな」
クロスが目を細めてそう言った途端に耳元の無線が起動した。
レベル4が第五研究室外へ侵入、ラボにいるエクソシストの安否は不明。
黒凪が手を付きゆっくりと身体を起こす。
≪各班班長へ通達!…方舟3番ゲートを通りアジア支部へ退避する。急いでそっちへ向かってくれ≫
「!」
≪第五研究室内のエクソシストの安否が分からない今、我々が出来るのはイノセンスを守り全滅を回避する事だ≫
「コムイさん!聞こえてますか!…くそ、こっちからは無線が通じない!」
本部から撤退する。
コムイの命令が響くと同時に黒凪のイノセンスが解除された。
倒れ掛かった黒凪をアレンが支える。
彼女の目は虚ろで、ゆっくりと顔が上げられた。
『――のとこ、行く』
「え、」
『ユウのところに、いく』
「…黒凪…?」
ユウの所に行かなきゃ、
立ち上がろうとした黒凪に「駄目です、そんな身体で…っ」そう言ったアレンは目を見開いて固まった。
ぼろぼろと両目から溢れ出す涙にアレンの唖然とした表情が映り込む。
『死んじゃうかもしれない、』
震える声でそう言って、彼女の身体が藍色のイノセンスに包まれた。
そうして瞳が赤く染まりゆっくりと立ち上がる。
はあ、と息を吐いた黒凪は目を閉じて、静かに見開いた。
『…うわ、涙出てる』
「…黒凪、」
『…。さっきから何回名前呼ぶつもり?』
「っ!」
私なんか変な事言ってた?
コキ、と肩を鳴らして言った黒凪に「あ、えと…」とアレンが言い淀んでいるとドォンッとまた一層大きな衝撃が教団内に響き渡る。
その音に顔を上げた黒凪の頭が徐にズキッと痛んだ。
『――ユウが危ない』
「え」
藍色のイノセンスを身に纏ったままで走り出した黒凪の足はとても速い。
何が何だか分からないままにアレンもその後に続いた。
何故かとても信頼出来るのだ。
…彼女が向かう先には神田が居る。神田が危ないと言う事は、
「(絶対にそこにコムイさん達が居る…!)」
「――下がってても良いんだぜ」
「またまたぁ」
2人で落下したエレベータの側に居るコムイを護る様に武器を片手にレベル4を睨む。
向かってきたレベル4に歯を食いしばって同時に武器を振り上げた。
…コムイの元へ向かう最中、頭が一瞬だけ酷く痛んだ。
《(…黒凪に何かあったな…)》
そう頭の中でだけ呟きながら走り続ける。
同じ場所で生まれたからか、境遇が同じだからか。
何故か彼女の危機は不思議と察知出来たし、何を考えているのかも何故か理解出来たりもした。
――今、恐らくあいつはこっちに向かってる。
あいつにも届いてる筈だ。俺が今レベル4と対峙している事、俺が今、
「っ、」
【なんてあっけない。…おや?】
あっちに人がいる。
そう言って興味を失った様に掴んでいた神田を離した。
…届いてる筈だ。
落下する神田に向かって黒凪が走って行く。
俺が今、レベル4と対峙している事。…俺が今、死にかけてる事も。
『ユウ!』
「…っせぇよ」
ごぽ、と溢れ出した血に上手く話せない。
機転を利かせた黒凪が神田の身体を仰向けからうつ伏せに移動させて血を吐き出させてやる。
そして顔を上げれば倒れているヘブラスカの側にレベル4が見えた。
――その足元にはリナリーがいる。彼女が必死に手を伸ばしているのはイノセンスだろうか。
『(…あぁ、リナリーのイノセンスも破壊してあげたい)』
「…リナのとこ行け、鈍間」
『分かってる』
でも私よりも先にアレンが着くから。
ちらりと神田の目がリナリーに向いた途端、黒凪が言った通りにアレンが現れてレベル4を遠ざけた。
現れたアレンを見たレベル4は「あれ?」と首を傾げる。
【おかしいな、ぜんいんころしたとおもったのに。】
『私も居るよ。』
【うん?】
ドンッと振り下された黒凪の足を片手で掴み取るレベル4。
チッと舌を打った黒凪は身体を捻じって拳を横っ面に叩き込みレベル4を床に叩き落とした。
その間にもコムイがイノセンスを両手に持って座り込んでいるリナリーの元へ向かっている。
その様子を横目に黒凪は起き上がったレベル4に目を向けた。
【げんきそうですね、えくそしすと】
『1回リセットしたからね。全力でやってやる』
【はは♪】
ぶつかり合う黒凪を見ながらリナリーが液体になったイノセンスを見下した。
飲み込め、そう言っているようだった。
リナリー。コムイの震えた声が彼女の耳に届く。
振り返ったリナリーが眉を下げて笑った。
「いってきます、兄さん」
「っ…!」
迷いなく飲み込んだリナリーにコムイが息を飲む。
途端に彼女の足首から血が溢れ出し、側に立っていたルベリエがヘブラスカに駆け寄った。
今すぐリナリー・リーを診るんだ、ヘブラスカ!
ルベリエの声にヘブラスカがリナリーに手を伸ばした。
しかしその間に黒凪が物凄い勢いで落下し、痛みに項垂れる黒凪にルベリエが目を見張る。
『、った…』
「黒凪・カルマ!?」
「ぐっ!」
続けてアレンも黒凪の側に落下し、2人でレベル4を睨む。
レベル4はニヤリと笑うと片手にエネルギーを集中させ一気に放った。
このままでは皆でその攻撃を受ける事になる。
立ち上がろうとした黒凪を止める様に「僕が…!」とアレンが言ってイノセンスを持ち上げた。
「っ…!!」
『…アレン、』
「…踏ん張りやがれ…!」
「どうにか受け止めんぞ、」
アレンのイノセンスの柄の部分を神田とラビが共に持って足を踏ん張る。
しかし攻撃を完全に受け止める事は叶わず、徐々に押されて行った。
そのまま持ってなよ。黒凪の言葉に3人がちらりと目をこちらに向けてくる。
黒凪が足を振り上げ、アレンのイノセンスをレベル4に向かって蹴り上げた。
その衝撃でレベル4の攻撃が跳ね返され、「ほう♪」とレベル4が笑う。
『…っ、リナリー』
「分かってる」
黒凪が横に手を伸ばし、それを掴んだリナリーが黒凪を上空に運んで行く。
ふっと消えた2人にアレン達が目を見開き、レベル4も一瞬見失った様に周りを見ると上空を見上げた。
レベル4が笑ってその後を追って行く。
アレン達は顔を見合わせ「見えた…?」「いや、見えてない…」と呟き合った。
「…あれ?(こんなに飛ぶつもりなかったのに…)」
『…リナ、降ろして』
「あ、うん」
ふっと降ろされた黒凪がくるっと一回転して足を振り下す。
それを避けたレベル4はその一撃の衝撃で起きた突風に少し目を見開いた。
その隙にリナリーが足を振りおろしさっと標的を切り替えてレベル4が対応していく。
一方の黒凪はアレンを抱えると壁を蹴り上げまた上空へ跳び上がった。
『アレン、イノセンスで奴を』
「はい!」
リナリーが戦っている隙間を練ってアレンと共に黒凪がイノセンスの切っ先をレベル4の腹へ突き刺した。
しかし自分の身体との間に手を差し入れていたレベル4は黒凪とアレンの力を徐々に跳ね返していく。
ざんねんでした、と小馬鹿にしたようにレベル4が言った時、2人を後押しする様にリナリーが上空から一気に落下し尻柄の部分を思い切り踏み込んだ。
【ぐっ、】
「(もう一度…!)」
【(また来る――!)は、な、せえええ!】
「離すもんか…っ」
ふっと上空に飛び上がったリナリーが一層強く踏み込んでレベル4へ向かって行った。
それを見たレベル4は額に青筋を浮かべてアレンのイノセンスを押し返していく。
そんなレベル4に眉を寄せた時、突然レベル4の動きが止まり腕の力が抜けてリナリーの一撃と共にアレンのイノセンスが深く突き刺さった。
≪ガガ、…撤退は中止だ。俺がくそアクマを破壊してやる≫
「…クロス元帥…!」
≪さっさとあんたは上に戻れ。第五研究室が火の海になってる。≫
研究員達は無事だが、その火事で動けないらしいからな。
クロスの言葉に目を見開いてコムイが走り出す。
その背中を黒凪が見送っていると足元のレベル4が動きだしアレンのイノセンスを掴む。
【い の せ ん す】
『!…アレン、』
「っ!」
【きらいきらいきらいきらい!!】
ぐんっと持ち上げられ放り投げられる。
アレンのイノセンスと共に転がった黒凪とアレンは起き上がってレベル4を睨む。
ゆっくりと立ち上がったレベル4が此方に目を向けた途端、2人の前にクロスが降り立ちイノセンスを構えた。
「師匠…!」
『…元帥』
「よう黒凪。お前、火の海になった第五研究室を放ってっただろう。」
おかげであっちはてんやわんやだ。…ま、エクソシストとしては最善の行動だったと思うがな。
ドンッとイノセンスを撃ちレベル4に5発程弾丸を命中させる。
そんなクロスの背中を見上げ、黒凪がふ、と笑った。
『だってユウが心配だったんですもん』
「はは、美人に好かれて羨ましいな。」
【ぉおおおおっ!!】
クロスの攻撃によって身体がボコボコと膨らみ、雄叫びを上げながらレベル4が逃げようと上空へ飛んで行く。
すぐさまヘブラスカが上空のゲートを閉じようと動くがレベル4の速度を見ると間に合いそうもない。
黒凪がイノセンスを伸ばしてレベル4を拘束し、足を踏ん張った。
「…手伝ってやる」
『!…ありがと。大好き。』
「るせえ」
身体が浮きかけている黒凪を抱き止める様にして神田が抑え、ラビも黒凪の肩に手を置いて踏ん張る。
その間にもアレンとリナリーがレベル4に向かって行き、2人が同時にレベル4の身体を貫いた。
途端に黒凪を引っぱっていた力が抜け、ふっとレベル4が落下してくる。
それを見た黒凪がくっとイノセンスを引き、ドォオンッとレベル4が爆発した。
衝撃でもげたレベル4の首が落下してクロスの足元に転がり、その目がぐりんっとクロスを映す。
【くはははは!いいきにならないでくださいよえくそしすと!どうせおまえらなんてすぐにほろぼせる…!かつのはわれわれなのだ!!】
「ぶえっくしょい」
ドンッとクロスがイノセンスで頭を粉々に破壊し「あ゙ー、花粉かな」と鼻を啜る。
それを見て「ふん」と鼻で笑った神田はどさっと座り込んだ黒凪に己もしゃがみ込んだ。
そんな神田に黒凪が顔を上げて小さく笑う。
『終わったねえ』
「あぁ」
『…疲れたねえ』
「…あぁ」
…生きててよかったねえ。…あぁ。
ゆるーく会話をする2人に思わずラビがぷっと吹き出した。
振り返った2人はそんなラビをじっと見るとふいと顔を逸らして同時に立ち上がる。
「(えっ、振り返ったのにまさかの無視?)」
『行こっか』
「あぁ」
「…ぷっ」
相変わらず踏み出す足が一緒…、立ち上がるタイミングも一緒だし、会話も一本調子。
あんな風に2人が気を抜くのは大きな任務が終わった証だ。
つまり本当にこの長い戦いは幕を閉じた訳で。
そこまで考えた所でラビにもどっと疲れが押し寄せ、彼は固い床にどさっと寝転ぶのだった。
長い朝が終わる
(ユウ、あんた私に助け求めたでしょ)
(あ゙?)
(ふふん、全部聞こえてんだからね。)
(……チッ)
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