番外編
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心音が聞こえる
完結前のお話。
随分と似た心音が並んでいるな。
そんな感想が一瞬だけ頭を過った。
そして己の額の痛みに少しだけ顔を歪ませながら聞き覚えのある声に片眉を上げる。
「…ええっと、1人はこの前に会った少年だな…。もう1人は…?」
「あ、あぁ…こいつは俺と同じ…なんて言うか…」
『友達なの。…偶然倒れてたあんたを見つけて、2人で覗き込んでた』
「そう、だったのか。」
目の見えない自分にとって最も大きな情報は"音"。
だからこそ依然自分が助けた少年に続いて話した少女の声が焦っている事にすぐに気付いた。
何かを取り繕う様に、捲し立てる様に。
そんな風に放たれた言葉に触れてはいけない事なのだろうと勘付いた自分はすぐに彼女の言葉に理解を示した。
…微かな服が擦れた様な音がする。誰かが動いた。
『一緒に出よう。マリ』
「…あぁ、そうだな。…あれ、君達に名前…」
『資料で見た。ほら、行こう』
資料で見た。その言葉だけで自分が放った問いに返した彼女の声は動揺を隠そうとしているものだった。
今のも嘘なのだろう、と考えてしまう自分が憎らしい。
他人の小さな嘘さえも見逃してやれない自分が、私は少し嫌いだ。
「…俺は、この空を知ってる」
『うん』
「…やっぱり知ってたんだな。ちくしょう…」
『…ほら、行くよユウ』
そうして私と出会った途端に幾つも嘘を付いた少女に抱えられて外に出る。
頬を撫でた風に「あぁ、外なのだな」と簡単な感想を持ったわけだが、共に出た2人はそんなに軽く思えるでもない様で。
外に出てから「ちくしょう」などと言ったのを聞いたのは随分と酷い雨を見上げた時か、または酷い吹雪を見たか、そんな時ぐらいだ。
暖かさや匂いから雨や雪が降っている訳ではない。…ただの、普段と変わらぬ外だ。
『足を止めたら負けだ。』
何故当たり前の外を、空を見上げてそんな風に言うのだろうか。
外に踏み出していく事を止めてしまえば負け?…どういう意味なのだろう。
少しの間だけ足音が1つだけだった。やがてもう1つの足音が自分達の元へ小走りに近付いてきた。
「…それ、戻せねえの」
『…。ホントだね。どうすりゃ良いんだろう』
そんな会話をする2人の声に耳を傾けているとふと、自分の手がぬるぬるとしている事に気付く。
小首を傾げて匂いを嗅いでそれが何であるかを確認する。
…鉄の匂いがした。
「…何処か怪我をしているのかい?」
『え?』
「血が…」
『あぁ、これ返り血だよ。…研究員達を殺しちゃったんだ』
大きく目を見張る。
殺したく何て無かったんだけど、仕方なく。
続けて放たれた彼女の言葉に嘘はない。
どうするべきかと一瞬だけ迷った。
教団に報告するべきか、それとも。
「…変わろうか?」
『ほんと?ありがと。』
「ん。」
軽々しく持ち上げられて少しだけ驚いた。
しかしすぐにまた先程の様に背中に担がれる。
少しだけ筋肉質な感じがしたから、ユウと呼ばれる少年の背中に移されたのだろう。
暫し無言で道を進む。何度か頬を撫でる風にユウは何度もぴくりと微かな反応を示していた。
「…これから君達は何処に行くんだい?」
『それは今考え中。実はイノセンスが引っ付いて離れなくて黒の教団に行く事もちょっと考えてる。でも行きたくない。』
「黒の教団?」
怪訝に聞き返したユウに小首を傾げる。
鴉に追われ、イノセンスも所有しているのだろう。と言う事は教団の関係者である筈。
なのに何故黒の教団を知らないのか。
『エクソシストが居る所だよ。…忘れた?』
「……。いや、そうだな…、そんな場所もあった様な気がする。でもあそこは…」
『うん。1回入ったら多分もう逃げられない。』
でもこれ、絶対離れてくれないでしょ。
悲しそうな声がする。"これ"とは何だろう。イノセンスだろうか。
チッ、完全にくっついて取れねえもんな…。
そんなユウの声もする。
「…お前はさ、もしこれが取れたらどうすんだよ。」
『うん?』
「ほんとに俺と一緒に"あの人"を探すつもりか?…お前にメリットはないだろ」
『メリットなんて考えなくていーの。』
心配しなくても、私はあんたが大好きだから一緒に居て苦痛な事なんてない。
…これは嘘じゃない。そう思う。
ユウも嘘でない事は分かっているのだろう。「そっか」と少しだけ嬉しそうに言った。
その会話と声を聞いて、私はとりあえずこの子達を信じる事にした。
純粋に互いを思い合っている、優しいこの子達を。
『はーい、動かないでねー』
「…おい。なんだそれ」
『アイライナー。ほら上見て』
「止めろ、んな意味分かんねぇモン近付けんな」
あーもうそっぽ向かないの。
そう真剣な顔で言って顔をがっと無理矢理正面に向けさせた黒凪に小さく笑う。
グキッと筋肉が動かされた音が私の耳に入ったが、まあ何も言わないでおこう。
目には見えないが、私の前に座っている2人はとあるバーへの潜入の為に化粧を行っていた。
「災難だったな神田…。まさかバーが女性専用だとは。」
「黒凪に行かせりゃ良いだろうが…!」
『あんたか弱い女1人にする気?』
「お前はか弱くないだろ」
はは、確かに。そう笑ってそれじゃあ髪の毛やるよ、と黒凪が立ち上がる。
神田の貧乏ゆすりが聞こえてくる。随分とイライラしている様だ。
しかしそんな神田とは対照的に楽しそうに時折「ふふ、」と笑う黒凪に小さく笑みを浮かべる。
楽しそうな心音とイライラした様な心音が聞こえてくる。…でもやはり根本はよく似ていて。
『あら可愛い。』
「るせェ」
『ね、私どうよ』
「あ?……。お前あんまり化粧しねェ方が良いな」
可愛くない?と黒凪が小首を傾げると「可愛くねェ」と素直に神田が返す。
おいおい女性に対してそれは…。と思うが、黒凪は「そう?」と逆に嬉しそうに言った。
今の場合は化粧が似合っていない、と言うよりすっぴんの方が可愛いと言ってくれていると解釈したのだろう。
恐らくそれが正解だ。神田はよく勘違いされやすい。…悪意の無い先程の言葉は、黒凪が捉えた通りの言葉なのだろう。
「本当にお前達は仲が良いな。」
『でしょ?私ユウの事大好きだもん。…あ、今は"ユウちゃん"だね~』
「おいくっつくな、」
くっつくなとは言いつつも完全に拒否しきれていない神田の様子に眉を下げる。
本当にこの2人は仲が良い。だがそれは親友や、恋人や、はたまた家族の様なものでもない様に思う。
彼等は互いをひたすらに必要とし、助け合い、護り合って。
そして愛し合っているのだろう。
『よし、じゃあ行って来るねマリ。外は頼んだ。』
「あぁ。」
『ほら行くよユウちゃん』
「るせェ」
バーへの入り口付近で徐に手を繋ぐ。
恋人繋ぎで繋がれた手を見せた神田と黒凪はするりとバーの中へ通された。
神田の変装のクオリティと、先程の手を繋ぐと言うアドリブが女性専用のバーへの潜入をより簡単にしたのだ。
2人が潜入したバーは女性限定の同性愛者専用バーだから。
『アクマも潜入してるのがセオリーよね』
「あぁ…。…!おい、あれ」
『ん?…おお、あれっぽいね』
2人で手を繋いだままで堂々と人々の中を歩いて行く。
アジア系の顔でありながら長身の2人は少し異彩を放っていた。
2人でカウンターへ近付き1つだけ中身が輝いている酒を見上げる。
早速カウンターに居た男性が近付いてきた。
「やはり気になりますか?」
『ええ。お酒が光ってるんですか?』
「そうなんです。このお酒は暫く店の奥にしまわれていたものなのですが、整理して取り出してみるとなんと不思議な事に光り輝いていて…」
ファインダーの報告通りならばこの酒がイノセンスだ。
2人で顔を見合わせ口を開こうとする。
しかしそれより先に「エクソシストだなぁ?」と言った不気味な声が耳に届き、神田が黒凪を引き寄せ共に弾丸を回避した。
『――惜しかったね』
「あぁ。だがコイツ等と殺り合うなんざ想定内だろ」
『うん。』
2人で小さく笑ってイノセンスを構える。
そうして一斉に走り出した2人の心音を外で聞いていたマリは小さく笑った。
そんな彼の前にはイノセンスに縛り付けられたアクマが居て、破壊され塵となる。
やはりよく似ている
(自分達が負けるはず等無いと自信を持ち、)
(不安など微塵も無い。)
(とても強くて真っ直ぐな心音だ。)
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