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北米支部・アルマ=カルマ編
「わー!落ち着け2人とも…うおぉおっ!?」
「止めなさい黒凪ギャー!」
「っ、てめぇ何すんだ!」
飛び掛かる神田に呆れた様に対応する黒凪の様子に「今と真逆じゃないか…」とアレンが目を見開いてその様子を眺める。
このクソ女!なんて暴言を吐きながら飛び掛かってくる神田を極力楽な方法で往なして放り投げる。そんな風だった。
そうして収まった喧嘩の様なものは周りの人間だけをボロボロにして終結し、2人はサーリンズ博士と言う研究者の元へ連れて行かれる。
「どうしたのだ黒凪。普段は温厚なお主がユウを放り投げるだなんて…」
『飛び掛かって来たのでやり返しただけです。正当防衛です。』
「テメェのそのふざけた態度がムカつくんだよクソ女」
『これも言葉の暴力ですよね。やり返して良いですか。』
無表情に言う黒凪に「やってみろや…」とメンチを切る神田。
その様子をガラス越しに見ていたバクの両親であるエドガーとトゥイは「何処であんな言葉を覚えて来たんだろう」と顔を見合わせ困った様に2人に目を戻す。
殴りかかってこようとする神田を研究員が止め、その様子を眺めながら「ばーか。あーほ。」と言葉で喧嘩を売る黒凪。
そんな2人の様子を見てトゥイが呟く様に言った。
「…暗い目だな」
『暗い目してんな。ばかやろう。』
「あんだと!?」
「!」
トゥイは今しがた自分が言った言葉を代わりに神田に投げかけたかのような黒凪の言葉に目を見張る。
いじけて何になる。負けんな。ばか。
黒凪の言葉は何処か慰めや鼓舞する言葉の様にも取れる。
しかし最後の余計なひと言で神田の頭にすとんと進む事も無く怒りだけが出て行くと言った感じだ。
『…エドガーせんせ、私使徒んとこ行ってるね』
「あ、うん…。…あれ?これってマジックミラーだよね?」
黒凪が扉を開いて部屋の外へ出て行く。
むすっとしている神田の元にエドガーが向かい、彼の前でしゃがんだ。
暇ならユウも僕と一緒に行くかい?
その提案に表情を同じままに小さく頷く。
そうして向かった場所は自分が生まれたボイラー室の様な場所。どうやら胎中室と言うらしい。
その中に無数にある穴の1つにエドガーと共に近付いた。
…遠目にふらふらとつまらなさそうに穴の周りを歩く黒凪が見える。
「…あんた達人間もこの穴から生まれるのか?」
「え、…あー…。人はね、愛し合う事で生まれてくるんだ。でもね、」
≪ガガッ、…エドガー博士、宜しければ黒凪を研究室へ連れてきて下さいませんか? 予定より早く本日の実験を開始するそうで。≫
「(愛し合う…)」
ぼーっと「なんだそれ、愛し合うって。」なんて事を考えながら景色を瞳に映す。
隣にいたエドガーが黒凪に声を掛けると彼女の気だるげな目がちらりと此方に向いた。
途端に目の前に薄く靄の掛かった様な女性の姿が見える。
女性は此方を見て微笑んでいた。
《それって私達みたいだね。》
「!?」
「実験だってさ、黒凪。」
『…分かったぁ』
黒凪の言葉に瞬きをすると女性の姿は忽然と消えていて。
そしてエドガーの言葉に平然と返答を返す黒凪にふつふつとまた怒りが込み上げてくる。
ちょっくら頑張ってきまーす、だなんて軽く言えるあいつが気持ち悪い。
何でそんな態度で居られる。…こんな場所で。
「っ、が…っ」
≪ユウ!≫
≪只のショックだ、咎落ちでは無い。レニー、損傷具合はどうだね≫
≪再生まで約510秒です。380秒程で動作可能になるかと。≫
よし、それではもう一度イノセンスと同調しようか。ユウ。
サーリンズ博士。サーリンズ・エスプタイン。彼は黒の教団の科学評議会議員。イノセンスとの同調実験の指揮を執っている。
彼はぺらぺらと毎日同じ様に「セカンドなら必ず成功出来る」「さあもう一度だ、お前なら出来るぞ」と、まるで周りの研究員達を鼓舞する様に、また逃げられないんだぞと確認する様に。
その言葉を聞いている間が一番嫌な時間だった。
身体中は痛いし、嫌なプレッシャーをかけられるし。
≪博士、黒凪が心肺停止です。≫
≪大丈夫だ、セカンドなら生き返る。再生したら再開しなさい。≫
≪はい≫
「(…そ、か。あいつもやってんのか)」
ぼーっとした頭で、また同じことを考える。
自分だけが辛い思いをしていると思ってもふとした時に彼女の存在を思い出す。
そして大抵自分よりも状態が悪かったりするものだから、思っているよりも心の支えになっていた。
――ユウ、シンクロ開始します。
無機質な言葉が響いて微かな恐怖と絶望の様なものが頭に浮かぶ。
「(…またやんのかよ)」
言葉は出ない。心の中でそう毒づいて。
また身体中から血を吹き出すのだ。
そうして実験が終了した後は、決まって神田はふらふらとまた胎中室に戻っていく。
肌寒いが静かなこの場所が唯一落ち着ける場所なのだ。
そしてそんな考えはあの女も同じようで。
『……。起きたら駄目よ、あんた達。』
「……」
あの女の今の言葉も何度も聞いている。
俺よりも前からこの場所で目覚めていたあの女は決まってそう言うのだ。
目覚めて来るな、と。大して俺は「そんな所で寝やがって」と怒りをぶつけたりしているものだが。
…だからだろうか。初めて会った時にあんな風な顔をしていたのは。
「(目覚めたくなかった)」
またそう毒づいて、次は涙が零れてくる。
すると涙で歪んだ視界の先にまた女性が見えた。
はっと目を見開いて「誰だ」と呟きながら走り出す。
一度瞬きをするとまた女性は消えて、目を見開いている黒凪が座って此方を驚いた様に見ているのが見えた。
『――あ。』
「っ!?」
黒凪のその一言を最後にふっと身体が落ちて行く。
そしてどぼんっと入り込んだのは無数の穴にある水の中。
水の中で薄く目を開くと水面の向こう側から黒凪が覗き込み手を伸ばしてきた。
…この穴の中から俺が生まれてきた時と同じように。
『馬鹿ねえ。どーせ泣いて視界が悪いままに歩いて来たんでしょ。此処じゃあるあるなんだよ。』
「げほっ、…るせぇ、お前は落ちた事あんのかよ」
『あるよ。あんたみたいに泣いてたら滑って転んだ。』
「!」
驚いた様な顔をする神田に「あんただけが辛いんじゃないの。」と眉を寄せて黒凪が立ち上がる。
しかし途端に足が崩れてぐらっとよろめき穴に向かって倒れて行った。
どぼんっと中に沈んだ黒凪に神田がすぐさま中を覗き込み少しだけ躊躇して手を伸ばす。
『…けほ、』
「……。早く上がれよ。」
『…上がりたいけど足取れたし。治るまで此処で待っとくよ、手ぇ放して。』
「お前ぐらい引き上げて…」
ぶち。…嫌な音に2人して目を向ける。
神田の腕もまた千切れていた。
痛みに悶える神田に「はは、」と微かな笑い声が掛けられた。
お前何笑って、と睨んだ先に居る黒凪の目にも涙が滲んでいる。
『痛いよねえ。…くそ痛い。』
「……。あぁ」
ぽろっと涙が落ちる。
やっぱりこいつも痛いんだな、と確認出来ると心が幾分かマシになった。
あ゙ー…。痛ぇ。そう呟いた神田の頬に手が伸ばされる。
べちょ、と液体に濡れた手は頬を濡らした。
『強く生きなよ。』
「……んだよそれ。」
『…負けんなって事だ!』
初めて見た彼女の笑顔とその言葉を最後に手が離れて行く。
無性な寂しさが俺を襲った様な気がした。
また見られたらいいね、と心地良い声がする。
花弁が落ちる前に。そんな言葉が決まって後に続く。
綺麗な金色の髪が揺れて、楽しそうな誰かの顔が見える。
…枯れた蓮華の花が、見える。
「何なんだよお前は!!」
『!』
何かを振り払う様にひとしきり暴れて倒れた神田に眉を下げる。
同じ部屋で眠っていれば嫌でも彼の寝言は聞いた。
蓮華の花、花弁、誰だ。そんな言葉ばかり。
まだ世界の花についての図鑑なんて見せられた事も無い。なのに蓮華の花だなんて名前が出るのは可笑しい。
…確実に過去の記憶によるものだろう。
『……。ユウ』
蓮華の花なんて、私達は知らない筈なんだよ。
眠った彼の額に手を伸ばして静かに触れる。
神田の声を聞き付けたエドガーやトゥイが此方に走って来た。
「どうしたんだ!?」
「ユウ!」
『…。』
「何があった、黒凪」
急に叫んで倒れた。無表情に言った黒凪に「まさか」と呟いてエドガーが神田を運んで行く。
――あぁ、近いな。そろそろあの場面が来る。
遠目に眺めているだけだったアレンが聞こえた声に顔を上げた。
「――…え?」
「"あの場面"って言ったね。黒凪も見てるのかなぁ?」
「…いや、」
『チッ…。…やだなぁ、面倒だ』
あの黒凪だ。アレンの言葉にロードも顔を上げた。
研究員達も誰もが神田について行って居なくなった胎中室の中で、ただ独り。
たった独りで胎中室の穴を見下した彼女が徐に呟いた。
『人を殺すのは、初めてだなぁ』
人を殺す?…殺すつもりだって事なのか?
アレンが目を見開いて歩き始めた黒凪に目を向ける。
彼女の目は何処までも冷たく、また強い意志を秘めていた。
「――いつから幻覚症状があったんだ!」
「す、すみません…」
「今の彼にとって"知らない景色"、"知らない人"。…そして蓮華の花が見える、と」
「蓮華の花だと!?」
はい。…彼の口から学んだ覚えのない花の姿や名称が出て来る程度には進行していると言えます。
エドガーとトゥイの報告にサーリンズがギリッと歯を食いしばり深くため息を吐いた。
…くそ、此処まで来てまた凍結処分か。
そんなサーリンズの声が聞こえた。足元に倒れている科学者達から拝借した聴診器で盗聴していた黒凪は徐に目を伏せる。
その様子をアレンとロードは眉を寄せて眺めていた。
『…やっぱり元の軸はずれないか。』
そう呟き聴診器をぽいと放り投げて歩き始める。
だったら逃がしてからイノセンスでやってしまうのが一番良いかな。
そんな言葉がまたアレンとロードの真上から降ってきた。
「…この声は一体、」
「多分黒凪・カルマも目覚めて来てるんだよぉ。これはこの頃のあの子の心の声じゃないかなぁ」
「心の声…」
黒凪が徐に走り出し、すぐさま神田の居場所を見つけ出した。
まるで何処に居るか、どう行動するかを事前に知り、決めているかのような動きにアレンとロードが顔を見合わせる。
目まぐるしく景色が変わる。神田の目が微かに開き、黒凪の肩と薄暗い道を映した。
『起きた?』
「…あぁ…」
『このままあんたを用水路に放り投げる。』
「…は…?お前何言って…」
"禁羽"。そんな無機質な声が響く。
その声に神田が反応するより前に黒凪が舌を打ち神田を放り投げた。
放たれた杭は黒凪の身体を貫き神田は勢いのままに用水路に真っ逆さまに落ちて行く。
黒凪、と苦しそうな声が聞こえた。
「――1人落ちたか」
『あんた達が驚かせるからだよ、鴉』
「…。我々がユウを追う。お前は黒凪を」
「あぁ」
鴉同士でそう会話をして3人の内の2人が走って行く。
残った1人の術で徐々に瞼が重たくなってきた。
…大丈夫だ。まだ私が思い出してる事なんて微塵も気付いていない。
またアレン達の元に黒凪の声が響く。
『やってしまうのは、この後だ』
黒凪のその言葉を最後に映像が途切れた。
――ねえ、この花知ってる?
途端にアレンとロードの周辺から響く様に、またあの心地良い声が響いた。
蓮華の花。その言葉に空に向かって伸ばされた手がぴくりと揺れる。
「…れん、げ」
「泥の中から天に向かって生まれて、世界を芳しくする花なのよ。」
空に向かって伸ばされた手がぐらりと揺れる。
まるで私達みたいだと思わない?…エクソシストの、私達と。
――愛してる。そんな神田の声がして、アレンがぴくりと眉を寄せた。
お前をずっと。愛してる。
その言葉を最後にまた景色が切り替わり、小さな包帯塗れの手が冷たいコンクリートの天井に向かって伸ばされていた。
「――ユウ、今からお前に術を掛ける。苦しいのは一瞬だ、すぐに終わるぞ」
「俺を一生目覚めさせない気だな?」
神田の言葉にトゥイが口を噤む。
騙してたな、とそんなトゥイなどお構いなしに神田がまた呟く様に言った。
俺はアクマに殺された。なんで俺が生きてんだ。
此処は何処だ?――あれから。
「…あれから何年経ってんだよ」
「……。始めるぞ、チャン」
「何しやがった。…俺に、…俺達に何したんだよ」
「…はい」
バチッと嫌な音が響き、神田の身体を鋭い痛みが走り抜ける。
お、…おまえ、ら。
神田の苦しそうな声にアレンがわなわなと震える。
おまえら、味方じゃないのかよ。
その言葉にサーリンズが口を開いた。
「お前達しか居ないのだ!」
「あ、ぁ?」
「お前達エクソシストしか…世界は救えないのだ!」
なんだそれ。…なんだよ、それは。
神田が叫ぶ。途端にアレンも叫び出した。
その様子に目を細めてロードがアレンの気を引く様に彼に抱き着き「アレン!」と名を呼ぶ。
その声にアレンがはっと目を見張り一度瞬きをした。
「神田ユウの思念に呑まれちゃ駄目だよぉ」
「ろ、ろーど…」
「これは神田ユウの記憶なの。過去に起こった事なんだから飲み込まれても何にも出来ないよぉ」
「…そ、か。…そう、なんだ…」
はは、とアレンが困った様に目元を覆う。
するとまた景色が切り替わり電気が切れた様に暗くなる。
冷たい空気が、肌を撫でた。
『あ゙ー…、くそ。なんで肉まで千切ってんの私…』
現れた黒凪に「あ」とアレンが声を漏らす。
今まで殆どが神田が主体の映像だったのに黒凪のものに変わった。
実験室の中に血塗れで立っていた黒凪は普段の実験でイノセンスが置かれていた場所を覗き込む。
そして一度その場に尻を着くと「あ゙ー…」とまた項垂れる。
『やっぱ余計な事せず賢くいようかな、そうすれば私は確実に助かる』
「黒凪ー!」
『でもなぁ』
「まさか肉を千切ってまで逃げ出すとは…!」
でもあの子、良い子だもんなあ。
黒凪の言葉にアレンが微かに目を見張る。
いじいじしちゃってさぁ、弱っちくて口も悪いけど。
…でも。きっと。
『人を助けようとする子は、良い子だ。』
「黒凪!こんな所に――…」
『エドガー先生、』
「こっちに、」
ごめんね。私良い子には出来ないよ。
そう言って穴に落ちて行く。下はイノセンスと、彼等の死体の安置室だ。
黒凪が着地し、多く並べられた死体を見上げる。
最初アレンはそれが何なのか分からなかった。だが黒凪の表情を見てそれが良いものでない事は何となく察しがついて。
「"炎羽"!」
『(おっと、悩み過ぎたか)』
黒凪の身体を炎が包み、アレンが彼女の名を叫ぶ。
当の本人はいつの間にか痛みに慣れてしまっていた自分に襲い掛かる途方もない痛み、熱さの中で必死に腕を持ち上げた。
まだ動くか人形め。そんな鴉の言葉に上に居るエドガーの声が無線から掛けられる。
≪止めろ、その子は使徒だ!≫
「否。イノセンスを使って我々に抵抗しようとしている」
「此処で止めておくべきだ」
≪止めろ!黒凪は…!≫
また鴉の炎羽が向かう。
しかしそれより早く黒凪の手がイノセンスに届いた。
…イノセンス。黒凪が掠れた声でそう呟く。
動け、動け。…私は此処で、
「イノセンスが動く、」
「面白くなってきたぁ♪」
あんたを使って、やらなきゃならない事がある。
黒凪が目を細めた途端にイノセンスが解放され赤い刃が一瞬で横一門に駆け抜けた。
ぼと、と鴉の切断された上半身が落下しゴーレムも真っ二つに裂かれて落下する。
他のイノセンスを包んでいた包帯の様なものが同時に切り裂かれ、その中身が露わになった。
『…なんだ、随分と物騒なイノセンスだなぁ』
「…あれぇ?当の黒凪よりアレンの方が驚いてるねぇ」
「……なんだ、あれは…」
「あれはセカンドエクソシストの本体だよぉ」
聖戦の為に教団は非適合者へのイノセンス適合実験の末に適合者の人造化に目を付けた。
これは戦闘不能になった適合者の脳を別の器に移植する事でイノセンスの適合権が移行するかの実験だったんだ。
黒凪が己の意志に従って近付いてくる刃から滴る血を手で掬い上げる。
『…ねえ、良いよね。あんたの力を使っても。』
あんたの大事な人を護る。…なんで私が護るのかって?
1人でそんな事を言い始めた黒凪にあまりの衝撃であまり頭が回らぬままに目を向けた。
私も気に入ったからだよ。あの人を。
だから護る。私はあの人の為に生きる。
『だから、――殺す。』
此処に居る全員を。
そう呟いて目を開いた黒凪の目は何処までも冷たく冷え切っていた。
――見たいなぁ。そんな穏やかな声に黒凪が徐に頭を片手で抑えた。
《いつか2人で、――おじいさんとおばあさんになっちゃっても。》
『っ、ごめん、今は止めてホントに…。頭痛くて殺し損ねたらどーすんのよ…』
「この声って神田の…?」
「面白いでしょお?黒凪って神田ユウが愛したあの女の人の脳を生み込まれた人造使徒なんだよぉ」
ロードの言葉にアレンが目を見張り眉を寄せる。
どういう経緯かあの子は全部分かってたみたいなんだよねぇ。自分の正体も、神田ユウの正体も。
それでもその事を言えずにずっと我慢して大好きな神田ユウの為に頑張って来たのぉ。
その言葉に「なんで、」とアレンが呟いた。
「えー?そんなのも分かんないのぉアレン」
「え、」
「好きだからに決まってるじゃん。女の子ってそんなもんだよぉ?」
「…好きなのに、本当の事も言えず」
好きだって事も言えずに。そして、
集まって来た研究員達に黒凪の目が向いた。
彼女の目は狂気染みてなどいない。明確な意思を持って今から殺そうとしている。
…神田の為に…?アレンがそう呟いた。
「止めてくれ黒凪!なんでこんな事を!」
『ごめんねエドガー先生。私皆の事嫌いじゃなかったよ』
「じゃあなんで…!!」
『だって』
どっちかがやらなきゃ。そう決まってるんだもん。
無表情に言った言葉にエドガーとトゥイが眉を寄せる。
ユウか私が殺さないとこの先に何が起こるか分からないんだよ。
で、多分私がやる方がこの先の展開が読みやすい。
「何を、言って」
『私ユウと一緒にいたいの。…ごめんね』
赤い血が舞う。苦しまない様に2人同時に殺した。
エドガーとトゥイを、同時に。
落ちた亡骸を眺めてうぷ、と口を覆って嘔吐する。
そして一緒に流れた涙にアレンが眉を寄せた。
『っ、あぁもう、』
ユウは何処。
そう呟いて歩き始める。
その姿はアレンがよく知る彼女の姿で。
よく知る、神田の為にと行動する彼女で。
…よく知る、
アレンの目から涙がぽつりと落ちる。
「…そっか」
「?」
「そういう、ことか」
そう呟いて目を伏せた。
ユウに会いに来ただけ。そんな風に笑顔で言っていた。
ユウが居ないと嫌だと、そうも言っていた。
彼女にとってこの日からそうだったんだ。
「…黒凪は、」
「…」
「神田以外はどうだって良いんだ」
そう思っていないと、壊れてしまうんだ。
そう呟いたアレンの言葉にロードの目がふらふらと歩いて行く黒凪に向けられる。
そうかなぁ。…もう壊れてると思うんだけどなぁ。
そんな言葉はロードの口からは放たれなかった。
道の先々で研究員達を殺しながら安置室へ向かう。
血塗れになりながら辿り着いた安置室の中から眩い光が洩れた。
共に神田の苦しそうな声も聞こえてくる。
『ユウ、』
「どうして会いたい気持ちが捨てられねぇんだよ!!」
『……。』
響き渡る神田の絶叫に黒凪が息を飲み、足を止める。
そう。…そうか。会いたいか。
黒凪がそう呟いて目を伏せる。
やがて光が消え、ドォンッと大きな音が響いた。
『…ユウ』
「!」
イノセンスで扉を開いて名前を呼べば、彼の最高にイラついた顔が此方に向いた。
しかしすぐにぽかんとした顔をすると「黒凪」と嬉しそうに笑う。
その顔を見て目を見開いた黒凪も徐に笑顔を見せると血塗れの刃を後ろに寄せて彼に抱き着いた。
『…無事だった?』
「…まあ、なんとか」
『…良かった』
少しぎこちない会話だった。
神田の目が何処に向いているのかなど分かってる。
黒凪の背中から外に姿を見せている巨大な刃、そして真っ赤な血液。
死臭の匂い。血の匂い。過去に嗅ぎ慣れた香りが鼻を劈く。
『…研究所の人達全員を殺した』
「!」
『此処から逃げよう。外に出て、…あんたの言う知らない女性を探しに行こう』
「…え」
本当はね、全部分かってた。
私が本当は死んでた事も、あんたが死んでた事も。
何も知らない人間がその言葉だけを聞けば何も分からないだろう。
しかし神田と黒凪だけは、その意味の分からぬ言葉の意味が理解出来る。
私達は死んでいた。それに私も気付いていた。…ただそれだけで。
「…そ、うか」
『うん。…私は全然前の記憶が無いんだけど、一緒に探しながら思い出せたらなって』
だから一緒に行こう。
黒凪の言葉に神田が己に抱き着いている彼女の背中にイノセンスを持っていない片手で手を回した。
…うん。そう返された神田の言葉に黒凪が笑って身体を離す。
『それじゃあ行こ――…』
ピ、と機械音が聞こえる。
すぐさま黒凪のイノセンスがその音の根源に向かった。
しかしそこにあるのは頭に傷を負って倒れている男が1人。
…あれ、マリ?そんな黒凪の言葉がアレンとロードの真上から降ってくる。
「(え、マリを知ってる…?)」
「このおっさん…」
『え、あ、知ってる?』
「あぁ。…お前に落とされた後に助けられた…」
こいつも俺達と同じ実験に使われんのかな。
そう悲しげに呟いて神田がマリの額の傷に手を伸ばす。
その拍子に神田の血液が傷口に滴り落ち、じゅわ、と煙が上がった。
「うわっ!?」
『え、何あんたの血って発火すんの』
「んなわけ…」
「う、」
え?と2人の声が重なりその目の前でマリが起き上がる。
ええええ!?と声を上げた2人の声に微かに眉を寄せてマリが目を向けた。
「…ええっと、1人はこの前に会った少年だな…。もう1人は…?」
「あ、あぁ…こいつは俺と同じ…なんて言うか…」
『友達なの。…偶然倒れてたあんたを見つけて、2人で覗き込んでた』
「そう、だったのか。」
黒凪が目を伏せ、暫し考える様に沈黙すると徐にマリに手を伸ばした。
此処の外に出るんだ。私達。
その言葉にマリが顔を上げる。
『一緒に出よう。マリ』
「…あぁ、そうだな。…あれ、君達に名前…」
『資料で見た。ほら、行こう』
そう言ってマリを抱えた黒凪が神田と共に施設の外に出て行く。
血塗れだった黒凪のイノセンスはいつの間にか背中から腹の方に移動していて、まるでマリを抱える事に支障を来さぬ様にと移動した様に見えた。
2人で晴れた空を見上げていると神田が徐に涙を流す。そして徐に掠れた声で言った。
「…俺は、この空を知ってる」
『うん』
「…やっぱり知ってたんだな。ちくしょう…」
『…ほら、行くよユウ』
足を止めたら負けだ。
その言葉を残して歩き出した黒凪の背中は小さい。
――俺と同じ様に。
負けて堪るか
(この世界の勝ち負けの定義なんて知らないけど)
(私は負けないって決めた。)
(だからユウも負けさせない。)
(ユウは私が護る)
.