世界は君を救えるか【 結界師長編 】
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志々尾限への一歩
≪あー、あー。只今マイクのテスト中ー。≫
その声に全校生徒が不思議気にスピーカーを見上げた。
勿論この声は屋上にも響いており昼寝していた限と良守の耳にも入る。
≪俺達黒芒楼って言うんだけどさァ。ちょっくらこの学校にいる数名に用があるんだよねェ。≫
目を細めた黒凪が探査用結界を一気に広げ、ビリ、と巨大な力を感じた黒芒楼から来た妖5名が顔を上げる中、時音、良守、限の中で最も放送室の近くの教室にいた黒凪が放送室へと一足先にたどり着き、扉を開く。
≪お。早いねー≫
『…そのマイクを切ってくれるかな。迷惑だから。』
≪ククク、あと何人? …3人ぐらいかな?≫
放送室に元々居た生徒だろう、女生徒が1人部屋の隅で顔を真っ青にしていた。
此処で力を使う訳にも行かない。
睨んでいるとマイクの側に居た妖が1人近づいてきた。
その後に続く様に他の4人も近づいてくる。
【今日はあいさつに来たんだ。話は今夜。じゃ、ヨロシク~】
ぽんと黒凪の肩に男が手を触れた途端、男は一気に吸い取られた自身の力に一瞬だけ目を見開き、黒凪と視線が交わると徐にニヤリと笑顔を見せた。
『(今のでふらつきもしない、か。)』
「黒凪」
『…限』
校舎を出て歩いて行く男達を下で睨む良守と時音が放送室の窓から見える。
限はとりあえず私の所へ来たらしい。
黒凪は限と共に放送室から出ると良守達の元へ向かった。
「黒凪ちゃん、大丈夫だった!?」
『大丈夫。ただあの一番背の小さい男…、かなり強い妖だと思う。気を付けてね。』
相当妖力持ってるよ。
そう言った黒凪に良守と時音が眉を寄せた。
限もそれは何となく感じていたのか何も言わず拳を握りしめる。
『後は今夜此処でまた会おうって』
「はぁっ!?」
『話し合いがしたいんだってさ。…何処まで本当やら。』
「ぜってー嘘だ。なんか企んでやがる。」
それはそうだろうけど…。
今から対策何て練れる筈が無い。
「…とりあえず授業に戻りましょ。」
「そうだな」
「あのまま放っておくのか」
「そうよ。今問題は起こしちゃ駄目。」
時音の言葉を聞いた限は「チッ」と舌を打った。
黒凪はそんな限の腕を引き校舎に入って行く。
一方時間潰しに側の公園に来ていた妖達は空に浮かぶ太陽を見上げていた。
その中の1人、最も小柄な火黒はにやにやと終始笑っている。
「どうした火黒ォ。なんか楽しそうだな」
「あの白髪のガキか。」
「まーなァ。…すんげー面白そう。アイツ。」
「そうか? そこまでじゃなかったと思うけど」
ホント脳が無ぇよなァ、お前等。
そう言った火黒は自身の左手を見下した。
先ほどあの白髪の少女の肩に触れた、自身の左手を。
『…今日は十分に集中して臨みなさいね。』
「分かってる」
烏森にほとんど同時に到着した4名、黒凪、志々尾限、墨村良守、雪村時音は昼間の妖5名を探すために共に校舎周辺を回り始めた。
そして、
【だからさ、なーんで机ばっか持ってくるかなァ】
【なぁなぁ! りじちょーしつとか言う所から良いモン見つけた!】
【お。豪華だねェ】
なんて気の抜けた様子で何やら準備を進めている妖を見つけると、まず良守が眉間にしわを寄せ彼らに声をかけた。
「おいコラ! 勝手に学校の備品を持ち出すんじゃねー!」
んあ? と5名が一斉に振り返る。
その側には机が複数と椅子が2脚程、そして校長室から持ち出されたであろう、豪華な椅子が1つ。
【えー、来るの早くない? まあ待たせるのは良くないしなァ…とりあえず座って?】
『…妖と椅子を並べて話すのもおかしな話だねえ。』
【いやいやちょっと待ってよ。ちゃーんと説明するから。茶南頼むわ。】
【我々の要求はただ1つ。この烏森を我々黒芒楼に譲って頂きたい。そうすれば君達人間には手出しは――】
黒凪が目を細め殺気を放つ。
途端に火黒以外の4名がビクッと反応を示した。
ビリビリとした圧力の様な力に良守達も黒凪に目を向ける。
『そもそも烏森を譲ってほしい時点で交渉は決裂しているのでね。』
【はーん。やっぱ君がここのエースってトコかな?】
「! …離れろ黒凪」
『私は良いから自分の心配をしなさい。限。』
アイツはヤバい。
そう小さな声で言った限は一瞬溢れた妖気に足と手を変化させて走り出した。
限は一直線に火黒へと向かっていく。
黒凪は何も言わず限の背中を目で追った。
「志々尾!!」
「限君!?」
一瞬のことだった。ざっくりと肩を斬られた限はそのまま倒れ、動かなくなる。
途端に地面に刀の刃先が突き刺さり「へェ」と笑いながらその手のひらの刀身を一瞥して火黒が笑う。
【ま、俺の刀身の先を折るのは凄い。及第点。】
「テメェ…!!」
【んじゃあ交渉決裂って事で。後は頼むぜ。】
【マジで見てるだけなのか?】
仲間の言葉には何も返さず火黒は校長室の椅子を足で蹴りあげた。
次の瞬間には屋上のフェンスの上に移動しそのまま椅子に座り、感染するように笑みを浮かべる。
【仕方ない…作戦の第二段階だ。そのガキも連れて行け。】
【はいよ。】
「待っ、志々尾を返せ!」
走って行った火黒以外の4名を追って走って行く時音と良守。
黒凪は彼等を追わずフェンスの上に居る火黒を見上げた。
火黒はニヤリと笑うとくいくいと人差し指を自分に向けて折り曲げる。
こっちに来いよ。そう言っている様な彼に目を細めると其方に向かった。
【良いのかァ? お前の大事な妖混じりも連れてかれたぜ?】
『あの子はあの程度では死なないんでね。』
【へぇ…】
『お前、もとは人間だろう。』
黒凪の言葉に火黒が微かに目を見開いた。
そしてまた彼は「へェ」と笑う。
何で解った? そう言った火黒に黒凪も笑った。
『人間の匂いがする。君、染まり切ってないよ。…私よりよっぽど人間臭い気がする。』
そうとだけ言った黒凪は火黒に背を向け良守達の元へ向かった。
火黒は徐に限が折った刀の先を黒凪に向かって投げる。
絶界を発動した黒凪はその刀を溶かす様に消し去った。
その絶界を見た火黒は大きく目を見開くとそれはそれは嬉しげに笑顔を見せる。
【良いねェ…!】
嬉々として言った火黒を背に黒凪は結界を作り上空に登って行き、状況を見定めるように烏森全体を見下ろした。
『(なるほど、用意周到だな。呪力封じか…)』
巨大な岩にかけられた呪力封じの中央に入ってしまったらしい良守と時音が必死に妖たちからの攻撃を自身の身一つで交わしている様子が見えた。
それを見て良守たちの救出にと構えた黒凪の背後に一瞬で火黒が現れ、刀を振り下ろした。
その気配を受けて絶界を発動させた黒凪だったが、火黒の狙いは彼女の足場の結界。それを破壊し、ふっと足場を失った黒凪の絶界を、今度は倍の数に増やした刀身で呪力封じの範囲内へと押し込んだ。
【最大硬度の刀身でやっと動かせるか、いいねェ】
舌を打った黒凪が下へと目を向けた時にはすでに呪力封じの範囲内。絶界が消え、重力に従って落ちていく。
「!? 良守、黒凪ちゃんを受け止めて!」
お、おう! と焦った良守が天穴を放り投げ黒凪を受け止める。
かなりの上空からの落下にかなりの重圧がかかった筈だった。
黒凪はすぐさま良守から降りると彼の顔を覗き込む。
『ごめん! 大丈夫!?』
「な、なんとか…」
ほっと息を吐いた黒凪達は立ち上がり周りを見渡した。
足元には四角形に土地を区切る黒い線。その角にはそれぞれ人皮をかぶった妖が4名。
『…ねえ良守君。さっき結界使った時どんな感じだった?』
「え? あー…。敵の足元までは結界を作れたけど熔けた、みたいな」
『一瞬でも作れたのね?』
「お、おう」
ふぅん、と黒凪は小さく笑った。
その様子を見た火黒はニヤリと笑顔を見せる。
一方「話し合いを再会しようじゃないか」と切り出した茶南は黒凪の顔を見ると眉を潜めた。
『ね、5秒で良いから私の事護れる?』
「…5秒だな?」
『うん。』
「任せて良いの?」
時音が念を押す様に言った。
黒凪は彼女に笑顔を見せるとその場にしゃがみ込み地面に片手を当てる。
ズン、と力が溢れ出した。
烏森から力を奪っているのか、と火黒が身を乗り出すがすぐに「いや、違うな」と独り呟く。
「1、」
【赤亜、波緑】
【あいよ!】
「2、…3」
時音と良守がカウントをしながら天穴や鞄を使って迫る石や岩などを黒凪から退ける。
そんな様子を見た波緑がしまいには巨大な木を地面から引っこ抜き、それを良守たちに投げつけた。
あれは流石に生身では止められないだろう、焦ったように良守が黒凪を振り返る。
「黒凪!」
『2人共私の傍に。…大丈夫、あの子に気に入られた君たちなら。』
黒凪の頬を冷や汗が伝った。
良守と時音を引き寄せ首に腕を回す。
眉を寄せた黒凪はぎゅっと目を閉じた。
『いくよ』
ドォン、と木が落下した。
茶南は良守達がいる場所を覗き込む様に目を細める。
土煙が晴れるとどす黒い色をした球体の結界があった。
中には黒凪と、彼女にしがみ付く時音と良守が居る。
【!…茶南、呪力封じにヒビが】
【何!?】
はっと足元の石を見る茶南。
ビキ、とまたヒビが大きくなった。
呪力封じが抑えられる力の許容量を超えている。
まずい。破裂する。
そう呟いた茶南が仲間の名を呼んだ。
【離れろ!】
【はぁ!?】
【良いから命令に従え!】
なんでだよ!?と叫ぶ赤亜を波緑が掴んで離れた。
すると次の瞬間呪力封じが2つ程粉々に弾け飛ぶ。
その様子を見ていた良守と時音は唖然と黒凪を見上げた。
「この結界は…」
『これは絶界。…困ったな、やっぱり君等じゃ駄目みたい』
「うお!? なんだこの変なの!」
「え、…何これ、」
時音と良守の身体には鎧になる様に力がうごめいていた。
絶界を解いた黒凪は何処に言うでもなく「ありがとう」と口に出す。
すると2人の身体の周りの力が消えた。
やはり共鳴者である正守は拒絶せずにいられたが、そうでない2人は無理だったらしい。
烏森の力が無ければ2人は今頃跡形も無く消えてしまっていたことだろう。
《(あの子たちを、私の絶界で消滅しないように守って。)》
《そんな事をして何になる?》《どうするつもりなのだ?》《なあ姉上》《面白いものが見られるのか?》
面白いかどうかは解らないと言って黙らせたが、今頃どう思っている事やら。
とりあえず助かった。
2人が無意識に張った結界のおかげで私の絶界に当てられる事が無くなったのだから。
その無意識を引き出したのは紛れもなく宙心丸であるが。
「中々面白い」「見ごたえがあった」「ただ」「姉上」
『…何、』
「姉上の力」「そう、力」「その力を奪ったら」「もっと面白いか?」
目を見開き、黒凪が倒れた。突然の出来事に良守と時音が駆け寄る中、火黒も黒凪を不思議気に見下した。
「どうした黒凪! おい!」
「黒凪ちゃん!?」
『…っ、う、』
ビク、と烏森が怯えた様な気がした。
その気配を察知した良守は怪訝に周りを見渡す。
途端に烏森全体が地震かの様に大きく揺れ始めた。
『返しなさい。今すぐに…!』
【荒ぶってるねェ…。】
「…黒凪、」
微かな声に時音が振り返った。
肩から血を流した限がふらふらと黒凪に近付いてきている。
あの様子だとものすごい激痛で意識も朦朧としているはず。
怒りに満ちた黒凪の目がそのまま限に向いた。
それを見て火黒がニヤリと笑う。
【――この妖混じりをもっと痛めつけたら…ちったぁ落ち着くか?】
「ぐっ…!?」
火黒が限の背後に現れ、その肩の傷を抉り限の叫び声が響く。
その声に黒凪の目がゆっくりと火黒に向き、やがてまた地面へと移動した。
一方の火黒はまた笑みを深めると限をあおるように歩き出し、限もその挑発に乗って走り出す。
「限君! 離れちゃ駄目!」
『(限も大分頭に血が登ってるなあ…) 全く…こんなことをしている場合じゃないのに。』
【灰泉!】
そんな中で灰泉が霧を吐き出し周り一体が白く濁る。
次に灰泉が吐き出したのは結界をも溶かす事が出来る酸の様な液体。
時音が機転を利かせてまだ形を保っていた呪力封じの下に逃げ込んだ。
良守もすぐさま黒凪を抱えて退避する。
「限君、大丈夫かな…」
「…大丈夫だ。アイツはそんなに柔じゃねー…ってかおい黒凪!お前さっきから何やって…」
『――さっさと寄越せ!!』
「いっ!?」
怒りに満ちた黒凪の声が響き、良守と時音が肩を跳ねさせる中、烏森から徐々に力があふれ出した。
恐ろしさに負けたと言った所か。黒凪に力が戻って来た。
『…よし、じゃあ良守君と時音ちゃんはあの灰泉と波緑をよろしく。残りは私がケリをつけるから。』
まあ、2人に任せた分も数分あれば倒せるはずだけど…。
目を細めて力を溢れさせ始める黒凪。
その様子に限を片付けて戻って来た火黒が唇を舐めた。
底が見えない、とても強大な力。もっと見ていたい。
『(いっそ烏森ごと結界で囲って一網打尽にしようか…)』
【おおっとこれは…】
結界が徐々に烏森を囲うように下の方から形成されていく。
それを見た火黒はさすがにまずい、と足に力を込めて飛び上がる準備をする。
…しかし。
「それでは面白くない」「姉上」「つまらぬ」「わしは…もっと見ていたい」
結界の形成が止まり、黒凪の膨れ上がっていた力が一気に消え、黒凪がしゃがみ込む。
またしても烏森が彼女の邪魔をしたらしい。その様子を見て一瞬目を見開いた良守と時音だったが、2人で立てた作戦で灰泉と波緑を滅することに成功し、その勢いのまま残りの2匹へ目を向けた。
それを見た茶南は目を細め、赤亜へと目を向ける。
【赤亜。あの女を拾ってこい】
【え、マジで? あの女怖ぇよぉ】
そんな風に言いながらも赤亜はまだ残っていた灰泉の霧に隠れる様に黒凪の元へ。
まずい、と良守が下に飛び込もうとすると巨大な邪気に空の雲が流れていく。
感じた事のある邪気に2人は顔を上げ、良守の顔に小さく笑みが浮かぶ。
「…アイツだ…!」
「限君…?」
【あーあ。妖混じりの小僧も本腰入れたか…。】
火黒によって地面に沈んでいた限が起き上がる。
その体は真っ黒な体毛に覆われ、完全に妖へと変化していた。
そんな彼の背中に複数の小刀が突き刺さり、限の怒りに満ちた目が背後に向いた。
「…邪魔するな…」
「…邪魔だ? ルールを破った奴の言い草じゃねェな。」
そこに居たのは翡葉だった。
彼も限に劣らずの鋭い眼光で彼を睨みつけるともう数本の毒が塗られた小刀を突き刺し、限が倒れ込む。
徐々に完全変化が解けていき、完全に意識を無くした限の頭を軽く蹴った。
「また繰り返しやがって…愚図が。」
脳裏に今でも忘れられない、忌々しいあの日を思い出す。
あれはまだ限が黒凪と共に力のコントロールを学んでいた時だった。
夜行本部に広がった禍々しい邪気と、泣きながらそちらの方向から逃げてきた子供たちを見て現場に急行した翡葉が見たのは完全変化を遂げて黒凪を睨みつける限。
黒凪の背後には怯えた様子の閃が縮こまっていた。
《どうした!?》
《翡葉さん、限が、アイツが…!》
あの限の表情から完全に彼の自我は無い。
すぐに翡葉が限を落ち着かせるために短刀を投げるが、限のスピードが速くまったく命中しない。
むしろ彼を落ち着かせるどころか、攻撃を加えてきた翡葉を狙って限が飛びかかってきた。
《っ、このっ…化け物が…!》
《京、妖混じりは化け物じゃない。》
迫ってきた爪を結界で受け止めた黒凪がいたって冷静に言った。
翡葉の目が彼女の背中に向く。
《(…でも、化け物じゃないって言ったって)》
異能を持つ子供たちや、他の補佐役などの恐怖に染まった目がこちらに突き刺さっていた。
《(黒凪、これじゃあどんなにお前が努力して俺たちを護っても…俺たちは化け物のままだ。こんな風に暴れてしまう奴が、いる限り。)》
お前の行動が、すべて無駄になるだけじゃないか…。
やがて結界で攻撃を防ぐだけでは埒が明かなくなったのだろう、
黒凪は甘んじるように腹部に限の左手の爪を、左肩に右手の爪を受け入れ限の頭に手を触れた。
途端に力を奪い取られたように倒れた限と、体の傷が影響して共に倒れた黒凪。
《ひ、翡葉さん、どうしよう、黒凪の心臓動いてない…!》
《…な、》
…俺の記憶には深く深く根付いている。
あの喪失感、絶望感…そして、大切な人の思いを、努力を…
そしてその人のその命さえも無駄にするこの身勝手なガキに対する怒りを。
「…俺はお前が嫌いだ。限」
誰に言うでもなく呟いた。
完全に妖気が消えた志々尾に良守と時音が再び空を見上げる。
そんな中、霧が晴れると赤亜に捕まり茶南の鋭い翼が喉元に突きつけられている状態の黒凪。
【…最後の忠告だ。俺達の要件を呑め。そうすればこの女は返してやろう。】
「っ…!」
「黒凪ちゃん!どうしたの、力が出ないの!?」
黒凪は目に見えて消耗しきっておりぐったりとしている。
『(まずい、此処まで力を抜かれた状態で死ねば…)』
「おい黒凪! お前そんな柔な奴じゃねーだろ!そんな奴等さっさとやっつけろよ…!!」
黒凪がちらりと良守を見る。
このままでは埒が明かない。
さて。どうしようか。
ぼーっとした様子のまま黒凪は考える。
意識が朦朧として来た。
『…そうだ、』
【あ?】
『このまま私が死ねば』
事が進むのは早いか…。
納得した様に言った黒凪に赤亜と茶南が動きを止める。
その声を聞き取った良守と時音はまさかの発言に表情を凍り付かせ、互いに顔を見合わせた。
一方の火黒もその言葉は聞こえていた様で微かに眉を寄せてしゃがみ込み、黒凪の顔を凝視する。
『(別にいいか…ずっと昔に一度諦めたことだし…)』
【(チッ、つまんねェな。ありゃ本気だ。)】
火黒が足に力を籠め、赤亜と茶南に向かってものすごい勢いで飛び上がる。
そして一瞬で彼らをバラバラにし、己を驚愕の表情で見つめる2人に嫌味な笑みを向けた。
赤亜と茶南がバラバラに斬られたことで囚われていた黒凪が力なく落ちていき、すぐさま良守がすぐに結界を配置し黒凪を受け止める。
【(…ま、此処だと本気は出せねェみたいだし、仕切り直しだなァ…) 今日は退散とするよ。俺は火黒。ま、覚えといてくれ。】
そう言って手を振った火黒が姿を消し、残された良守と時音は破壊された周辺を見渡し、また意識のない黒凪を見て小さく息を吐く。
あれだけの妖たちに好き勝手に荒らされ、逃げられたとしても朝は来る。悔しいが、今はあの妖をそのまま返すのが得策だ。
一方の黒凪は辛うじて1人で起き上るとぼんやりとした目で傍に立つ良守と時音を見上げた。
「大丈夫、か?」
「黒凪ちゃん…」
2人が反応の薄い黒凪におろおろと右往左往していると、時音が背後に気配を感じ勢いよく振り返る。
見たことのない人物が限を抱えている状況にすぐさま構える時音。
しかしその人物は特に焦った様子もなく言った。
「あ、待って。俺夜行の人間。」
言葉と同時に見せられた夜行の紋を見た良守たちはとりあえず警戒を解き、その様子に翡葉は限を無造作に降ろして続けた。
「俺は夜行所属の翡葉京一。よろしく」
「…限君は?」
「あー大丈夫。こういう類の化け物は治りが早いからさ。」
「化け物なんて呼ぶな!」
良守がすぐさま反論した。
その言葉に微かに目を見開く翡葉。
しかし彼の目が倒れている黒凪に向くと態度が一変した。
「黒凪!? 大丈夫か、おい!」
『…京、』
「すぐ医療班に…!」
『違う。…此処の所為』
掠れた声で言った黒凪に「は…?」と眉を下げる翡葉。
そんな彼の後ろで起き上がった限はぐったりとした黒凪を見ると微かに目を見開いた。
しかしそんな彼の行動を抑止するように限を睨みつけた翡葉に、彼の動きが止まる。
「…翡葉さん…黒凪を頼みます」
「あぁ。…荷物まとめとけ。」
「志々尾!」
良守が限を呼ぶと静かに足を止める限。
しかし振り返る事はせずただ一言「帰る」とだけ言って歩き出した。
そんな限に見向きもせず黒凪の頬をぺちぺちと叩く翡葉。
薄く目を開いた黒凪は地面を見る。
『…もういいだろう、面白いものも見られた筈だよ。』
「微妙な所だ」「あの妖が全て持っていった」「姉上が此処まで衰弱するなんて」「…すまぬ」
ズン、と烏森から力が溢れだす。
黒凪は目を閉じると呟く様に言った。
別に良いよ。楽しめたのならそれでいい。
「黒凪…」
『ごめんね、心配かけたね。京。』
翡葉の両頬を包んで黒凪が笑う。
すると翡葉も微かに微笑み目を細めた。
そして徐に彼から離れると良守と時音の肩をぽんと叩いて彼等の横をすり抜ける。
「黒凪…!」
『限のことは大丈夫。とりあえず私に任せておいて。』
夜行や限の事情は分からない2人にとって信じられるのはその黒凪の言葉だけ。
時音は小さく頷き、黒凪に背を向ける。
しかし良守は納得が行かないのだろう、黒凪と共に去ろうとした翡葉を呼び止めた。
「…訂正しろ。志々尾は化け物じゃないって。」
「それは難しい話だな。アイツは紛れもなく化け物だよ。」
「なんだと…!?」
京。たったの一言。
その一言で翡葉はピタリと言葉を止めた。
『まだあの日のこと、怒ってくれてるのね。』
「…」
『でも怒りに任せて言葉を放つのは良くない。』
『限』
「…ごめん」
京に送ってもらってアパートに戻ると、限はそれはもう凄い落ち込みようで
服などの身の回りの物を片付けていた。
もう一度彼の名前を呼んで目の前にしゃがむと、
やっと彼の沈み切った様子を映す両目が黒凪を映す。
『限。もし何か納得していないことがあるならちゃんと正守君に言いなさいね。』
「…それは、分かってる。頭領なら俺の話を聞いてくれることも。…でも多分」
『もう無理だって?…あんたが一番適任なのに。』
「違う。」
俺じゃない。
そう断言するように言った限に眉を下げる。
『誰がそう言ったの? …あんたは賢いんだから、それが妬みで出た言葉かそうじゃないかぐらいは分かるよね。』
「…でも、皆言ってる。頭領の実家に派遣してもらうなんて名誉、なんで俺みたいな奴が、って」
力の制御も、人付き合いもまだまだ未熟で迷惑ばかり。
妖混じりとして高い実力があったって、集団行動がからっきしなら、それはタダの愚図…。
そんな俺は、折角頭領に目をかけて貰って派遣されたこの任務でも
結界師の警護、補佐さえもまともに出来ない。
「1人で先走って、お前だって…ロクにサポート出来なかった。あんなにボロボロになってたのさえ気づいてなかった。」
お前があんなになるなんて思ってなかった。
そんな俺の勝手な思い込みで、お前を危険に晒した。
「…正直、その失態が一番自分を許せない。」
『限…』
「閃にも、翡葉さんにも…もう黒凪を傷つけないってあの日、誓ったのに。」
あの日…俺が初めて夜行で完全変化をしてしまった、あの日。
目が覚めると俺を見て黒凪が嬉しそうに笑ってくれた。
しかし黒凪が居なくなって、翡葉さんがやってきて…全てを教えてくれた。
俺が黒凪を傷つけたこと、一度その命を奪ったこと。
俺の所為で、黒凪の努力や、頑張りを無駄にしてしまったこと…。
『限、何度も言っているけれど…あの日、私は傷ついてなんていない。体の傷はいつか癒える。本当に怖いのは、心に出来た傷跡なんだよ。』
「…」
『あんたは確かに物を壊してしまったり、人を傷つけてしまうところがあるかもしれない。でもあんたは…絶対に人の心だけは傷つけていない。』
「だとしても…俺は、あいつらをどんな形であれ壊したくはない…」
限の言葉に眉を下げ、黒凪が口を開きかけたとき
携帯が突然着信を知らせた。
その携帯の画面には見慣れない電話番号が表示されていた。
片眉を上げた黒凪は限をチラリと見て部屋を出て行く。
限はその場で項垂れたままだった。
『…もしもし?』
≪あ、初めまして。扇七郎と申します。≫
『ああ…、二蔵の所の…』
≪ああはい。扇一族本家七男…なんて、堅苦しく言えばそんな肩書になりますが。今回のあなたの依頼を一任されたので、詳細を伺いたいのですが。≫
今近くまで来てるので直接話でもどうですか?
それを聞いた黒凪はすぐさま周囲を探査用の結界で調べた。
確かに遥か上空に人間が1人。
一方、まさに黒凪から見て真上の方向、かなりの上空にいた七郎は己を包み込んだ気配に小さく笑みを浮かべた。
『じゃあ、そちらに行くから待っていて。』
≪あ、それでしたら僕が…って、≫
「もういらっしゃってますね。」
結界を足場に徐々に自分の元へ向かってきている黒凪を見て笑顔を見せ
七郎は指をくい、と己の方に折り曲げると黒凪を風に乗せて
自分の目線のあたりまで彼女を持ち上げた。
「おはようございます。すみません、こんなに朝から…。この時間帯にしかお時間がないと聞いていたもので。」
『ううん、こちらこそ君にわざわざ来てもらう形になってしまってごめんね。それで早速依頼の話になるんだけれど…』
「はい。依頼内容は…扇一郎の暗殺。」
『その辺りの手段は君たち一族の中で決めてもらって大丈夫。ただ私は君の兄上殿の邪魔が目に余るだけで。』
「ええ。心中お察しします。何せ兄は…」
あなた方が護る、烏森をも狙っているそうですから。
黒凪の目を見て言った七郎に、黒凪が感情の見えない
貼り付けた笑みを見せると「これはただの世間話としてだけれど」と徐に口を開く。
『二蔵にも訊いたのだけれど、君の兄上が ”そうなってしまった” 理由は?』
「…父も同じ様に答えたと思いますが…。元々兄にはそう言った気質がありました。まあ、それに拍車をかけたのは僕でしょうけど。」
『うん。…私も長く生きているけれど…こういった部分だけは、人間はどうも成長できないようでね。』
この世界のちっぽけな仕来りや風習が
その人の人生や人格までも歪めてしまう様を私は幾度となく見てきた…。
悲しい人だね。彼も。そう黒凪が小さく呟いた。
その様子を黙って見ていた七郎は黒凪から目を逸らさずに口を開く。
「他人事ではないようにおっしゃるんですね」
『うん?』
「…それほどの時間を生きてきた貴方の心の天秤は…物事を判断する時に揺らいだ事はありますか。」
唐突なその質問に黒凪の目がちらりと七郎に向けられる。
七郎は黒凪を試すような、そんな挑戦的な目をしていた。
『…君は?』
「ありません。」
即答した七郎に黒凪が暫く考え込むように空を見上げる。
日が出始め、空が徐々に明るくなってきていた。
何やら考えている様子の黒凪を見て、徐に七郎が口を開く。
「人の心の天秤は…大概の場合どちらかの側へ傾きます。でも僕の天秤は傾くことが無い。相反するものが同量反対側に乗って上手くバランスを取ります。それが僕の標準です。…貴方はどうですか?」
そう。傾くことのない天秤…。いや。
傾く必要のない天秤。
それを持っている人間こそ、僕が考える "完璧"。
この人はどうだ――?
『…この世界と何かを天秤に掛ける事は多かった様に思うけれど…どちらかに傾いたことは特にはなかったかな。』
「…世界を天秤にかけて、ですか?」
半信半疑な七郎の目が黒凪の瞳を捉えた。
彼女の目は、揺るがない。
だって、そう言って目を細めた黒凪から暗く冷たい力が溢れ出した。
七郎は寒気を覚え、思わずといった様子で黒凪から少し距離を取る。
そしてそんな自分自身の行動にかすかに目を見開いて、そして黒凪を見た。
黒凪はそんな七郎に微笑みかけていた。まるで子供を見つめるような、そんな目で。
『この世界は大きく、脆い。むしろ世界なんて無いに等しいのかもしれない。』
「…」
『だって私たちは…いつだってこの世界を手放すことができるのだから。』
風が七郎と黒凪の間を通り抜けた。
七郎が徐に下に広がる街に目を向ける。
…彼女にとっての "世界" とは何だろう?
『この世界に生きるすべての生命はとても儚い。』
それは言えている。
自分も今まで依頼を受け、どれだけの人や妖をこの手にかけてきただろうか。
どれもすべて、僕にとってはとてもたやすいものだった。
『――そんなもののために何かを犠牲にするほど…縋りつくほど空しいことはない。』
七郎の目が改めて黒凪に向けられる。
そして暫し彼は考え、その口を開いた。
「つまりあなたの天秤には…」
『うん。…最初から何も乗ってなどいない。って言うのが私の答えかな。』
「…」
君は明日、自分が死ぬと分かっていて。
それでも天秤に何かを乗せて、その価値を吟味する?
黒凪が目を細めて笑い、それを見た七郎はごくりと生唾を飲み込んだ。
「(…僕は、今まで様々な人を見てきた。でもこの人のものは…そのどれでもない。これは何か、僕には到底理解できないものだ。)」
これが僕の思い描く"完璧" なのか?
どこか空しく、悲しい感情を抱いたような…この人が?
『…でも、もし。そんな私が天秤に物を乗せると、そう決めたとき。』
七郎がゆっくりと黒凪の表情に目を向ける。
この人が、"完璧" ?
僕はこの人の様になりたいのだろうか?
『…君はどうなると思う?』
何も言葉が出ない様子の七郎に黒凪は自分の真下に目を向ける。
そろそろ限が心配になってきた。
もう下に戻ろう。
「…ぁ、そろそろ時間、ですね。」
『うん。そうだね。降ろしてくれるかな?』
「…はい」
出会ったばかりの時とは違って、少しぎこちない様子で黒凪をエスコートする七郎。
黒凪の足が地面についた時、離れようとした七郎の手を黒凪が掴み取る。
『七郎君。…私は君の天秤が、君が死ぬまでの間に1度でもいいから揺れることを願っているよ。』
「!」
ひらひらと手を振ってアパートに入って行く黒凪。
その背中を見送った七郎はすぐさま上空に跳び上がり息を吐いて
腕の鳥肌を撫でた。
そうして夜になり、黒凪と限は今日も烏森へと向かう。
少し違うのは、限が携帯をしきりに気にしている所だけ。
未だに頭領である正守から帰還の命令が下らないためだ。
それでも仕事に穴を空けるわけにはいかず、限は渋々といった様子で任務へと向かっている様だった。
『限、連絡は来た?』
「いや、来てない」
『京が見逃してくれたんじゃない?』
「…それはない。俺は嫌われてるから…」
そんな限に眉を下げた黒凪は
彼の背中から降りると彼の頭を撫でて口を開く。
『限、京は時間が必要なの。許してあげてね。』
「許すも何も…俺が…」
「おい、志々尾ー!」
『あ、良守君』
どうやら限の居場所を把握できず探し回っていたらしい良守は
いざ本人の姿を見ると目に見えて動揺し始めた。
良い夜だな、なんて普段言わないような事も言っている。
そんな良守と、遅れて到着した時音を横目に限がぼそりと呟いた。
「別れの言葉でも言いに来たのか…それとも」
『もう、そんなネガティブにならなくても…』
「あ、ちょ、待て志々尾ー!」
「限君!?」
一目散に逃げた限、それからそんな彼を追って走っていく良守と時音。
黒凪はそんな3人を見送ると、小さくため息を吐いて結界を足場に烏森上空へと向かう。
『(良守君と時音ちゃんには迷惑をかけるけど…限は一筋縄ではいかない子だから。)』
おそらく今日が限とあの2人との正念場になるだろう。
黒凪は今回だけは何も口を出さないでおこう
そう決めて足元の結界の上に腰掛ける。
「待て! なんで逃げんだよ! おい! 自分の過去を知られるのがそんなに怖いのかよ!?」
良守の言葉が癇に障ったのか、目付きを鋭くさせて限が足を止める。
時音も数秒遅れて追いついた。
黒凪は上空から胡坐を掻いてその様子を見ている。
限は面倒臭げに眉を寄せると周りを見渡した。
「黒凪ならいねーぞ。たまにはお前がしゃべれ!」
「………」
「兄貴にお前の姉さんの事、全部聞いた。」
その一言で限の額に青筋が浮かび、その手を変化させると良守に向かっていく。
うおぉ⁉そんな声を上げてその攻撃を避けた良守と限が睨み合う。
黒凪は「あらら」と呆れた様に笑う。
「なんだコラ! やる気か!?」
「お前がその気ならな。」
「上等だ! かかって来い!」
うおりゃあああ!と戦い始めた2人。
それを横目に黒凪も呆れた様に見ている時音の隣に降り立った。
斑尾も今回ばかりは良守から離れて傍観している。
『良いねぇ。実力はほぼ均衡してるし良い勝負じゃない?』
「…黒凪ちゃんはどうやって限君と…?」
『うーん、まあ…夜行では私しかいなかったから、多分あの子は必然的に私と仲良くなっただけだと思うよ。』
私じゃなくて、良守君だったとしても…時音ちゃんだったとしても。
あの子には誰か周りに人が必要だったから、多分今の私との関係みたいになっていたと思う。
そう言って限を眺める黒凪に、時音は思わず「それは違うと思う」と言ってしまいたくなった。
だけど何も根拠が出てこなくて、彼女はそのままその言葉を飲み込んだが。
『あの子は今も昔も臆病だから…良守君みたいにちょっと強引なぐらいがちょうどいいんだと思う。』
「…嬉しそうね。」
『うん? そう?』
きょとんと時音を見た座に「勘違いかも、」と笑った。
確かに今見れば特に嬉しそうでもなんでもない。
…ただ先程一瞬見えた表情はどこか、待ちわびていた物を見つけたような。
そんな感じがした。
「聞けって!」
「っ!」
『お、結界で関節抑えた。やるね、良守君。』
「…ていうか、学校の被害がいつもの比じゃないんだけど」
微かに怒りを滲ませて言った時音に黒凪が困った様に笑う。
一方の限は良守によって関節を全て結界で抑えられ、動きを封じられていた。
そして良守はそんな限の前に結界から着地すると「兄貴に頼めばどうにかなるだろ!」と改めて声を掛ける。
しかし限は眉を寄せるとその言葉に返答せず、結界を破壊しようともがき始めた。
「お前なあ、上司だからって何も言わねえのは違うぞ! 兄貴にも文句があるなら言ってやればいいんだよ!」
「黙れ。下手な同情か?」
「なっ…違げーよ! いい加減分かれよ! 俺も時音もお前に居て欲しいんだ!」
「…ぬるい事言ってんな。」
呆れた様に目を伏せて関節の結界を破壊する限。
んな、と眉を寄せた良守。
限は良守に背を向け微かに振り返って口を開いた。
「もうそんなくだらない事言うな。俺に同情すればするだけ時間の無駄だ。」
「っ!…んの、そういうんじゃなくて、俺たちは純粋にお前が必要だっつってんだろ!」
「…それ以上言うなら殺すぞ。…殺すつもりがなくとも、いつどうなるか分からない癖に…」
「俺はお前を信じる!…お前は俺を間違っても殺さねー。絶対。」
甘い事言ってんじゃねえ。
ボソッと言った限はすぐさま方向転換をして良守に向かっていく。
時音が目を見開き良守を護るために結界を作ろうとしたが
その手を黒凪が即座に掴む。
「ちょっと黒凪ちゃん! 邪魔しない…で…」
時音の言葉が詰まる。
なぜならその隣には自分よりも鋭い目つきをした黒凪が
限の様子を注視しながら構えていたから。
「黒凪ちゃ…」
『心配しないで。あの子が良守君を殺そうものなら…一瞬で滅する。』
黒凪のあまりにも冷たい声に時音が固まった。
同じく傍でその発言を聞いていた斑尾と白尾も表情をこう着させ
黒凪から目を逸らす。
【(マジで瓜二つだぜ…特に双子が生まれる前の…)】
【(おぉ、怖い怖い。)】
そうしてやがて限の凄まじい足音が途切れ、砂埃が舞う。
その砂埃が消え、その先に見えた良守の首元へと伸びていた限の爪は
わずか数センチという短い距離を残して止まっていた。
「な?」
良守が不敵にそう言って、首元にある限の手を掴んだ。
すぐに限はその手を振り払い、良守に背を向けるともごもごと尚も口を開く。
「…っ、馬鹿か。お前がどんなに頭領に掛け合っても、決定していたら…」
「んなもん俺が、決定を覆すまで兄貴に言ってやる!」
『そうそう。なんたって頭領様の弟だしねえ。』
私よりは効くんじゃないかな、説得。
限の元に近付いて言った黒凪を困った様に見る限。
すると「ちょっといいか?」と手を振りながら翡葉が現れる。
黒凪は笑顔で翡葉に手を振り返した。
「…翡葉さん」
「ちょっと待ってくれ、兄貴は俺が説得…」
「その頭領から伝達。お前残留決定だとよ。」
「だから待っ……残留?」
残れるって事!?と時音が笑って言った。
すると良守もやっと言葉の意味が分かったのか、ぱあっと笑顔を見せる。
そして唖然と翡葉を見つめている限の首に腕を回した。
「やったー!」
「ちょ、おいっ…」
黒凪は微かに微笑むと空を見上げ手を振る。
上空からその様子を見ていた正守は「見えないだろうけど」
そう呟きながら手を振り返した。
『ありがとう。態々伝えに来てくれて。』
「どうせ頭領は上から見てるんだろ。」
『うん。ほらあそこ。』
「別に探す気はねーよ。…それより身体は?」
問題無し。そう言って笑った黒凪に翡葉は安心した様に微笑んだ。
その様子を横目で見ていた良守は限の背中をバシッと叩く。
少し前のめりになった限は頬を掻きながら翡葉を見上げ彼に声を掛けた。
「…ありがとうございました」
「別に。頭領の命に従ったまでだ。」
『素直じゃないねえ。』
「コイツに対しての精一杯の "素直" な返答だが?」
そうとだけ返し翡葉はすたすたと歩いて行った。
そんな翡葉に手を振る黒凪を見た良守はまた限の背中をバシッと叩く。
次は限が良守を軽く睨み「なんだよ」と苛立ったように言った。
ニヤニヤと笑った良守は「頑張れよ!」と再び限の背中を叩く。
「あのな…」
「はい。じゃあ2人で後は片付けてねー。」
「片付けるって何…を……」
ボロボロになった校舎、不自然にへこんだ地面。
それらを見た良守はさーっと顔を青くさせた。
その様子を見た限は気配を消して去ろうとする。
しかし時音がその手をパシッと掴んだ。
「ほら、限君も手伝う。」
「え、」
「そうだぞ志々尾! お前は瓦礫と倒れた木を運べ!」
「…俺は壊すの専門…」
んな専門あるか!
そう言った良守に引き摺られていく限。
黒凪は微笑ましげに笑うとひらひらと手を振った。
信頼されるということ。
(また壊してしまうかもしれない。)
(でもそんな俺をまっすぐに信じてくれたこいつに)
(応えてみたいと、思った。)
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