世界を君は救えるか【 × NARUTO 】
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カカシ外伝
【―――…?】
木ノ葉隠れの里の隅に大きく構えている間一族の屋敷。
その縁側で座っていた火黒が1人空を見上げゆっくりと首を傾げる。
キ――ン、と耳鳴りがした。
「――すけて」
【んー…?】
「…助けて、」
微かに聞こえてくる声に眉を寄せて耳を何度か手の平で叩く。
酷く小さな声だ。譫言の様に聞こえる。
妖の身になってから音も、匂いも、遠くのものは人の何倍も感じ取る事が出来る様になった。
しかしこうも小さな声が抜きんでて自分の耳に届く事など今まで無かったのだが。
【…聞き覚えがある所為かァ?】
「え?」
【あ?】
ふと頭上から掛けられた声に振り返る。
正守はそんな火黒を見て小首を傾げ「どうかした?」と問うた。
その問いに微妙な顔をした火黒は「いや、」と先程の声を忘れようとするが、次の瞬間の言葉が今までとは比べ物にならない程に鮮明に耳に届く。
「助けて、カカシ――…火黒…!」
【!】
「…おい、譫言が煩い。猿轡でも噛ませておけ」
「あぁ」
…なんだ、リンの声か。
そう納得した途端に聞き覚えのない声が聞こえてくる。
何だよあいつ捕まったのか。
そう呟いて「どっこいせ」と立ち上がった火黒を正守がじっと見つめる。
「急用かい?火黒」
【まぁな。…蜈蚣借りるぜ頭領】
「どうぞ。」
快く返答を返した正守の横を通り、蜈蚣の元へ行く。
そうして蜈蚣と共に上空を進んでいると下の方でリンを抱えて走る忍が数人見えた。
あれか、と蜈蚣と火黒が目を細めると同時にムカデの腹部にクナイが突き刺さる。
驚いた様に振り返り下を覗き込む蜈蚣と同じ様に火黒も覗き込むと、ニヤリと笑って手の平から刀を出した。
【此処で良いぜェ。】
「後は1人で大丈夫?」
【あぁ】
「…気を付けて」
わぁってるよ。
そうぶっきらぼうに返して火黒がムカデから飛び降りる。
そして刀を振り降ろし、攻撃を仕掛けてきた霧隠れの忍を一掃して行った。
その様子に気付いたリンを抱えている忍達は振り返り、顔を見合わせる。
「水影様の言った通り、やはり追ってきたな」
「あぁ。…作戦変更だ」
そう呟いて忍達がちらりとまた背後を見る。
自分達が通って来た道の方向からは仲間の断末魔が聞こえていた。
火黒は物凄い勢いで忍を殺し、徐々に前を走るリンを抱える忍達に近付いて行く。
【――!】
「……」
倒れているリンの側に着地し、周りに気配が無い事を確認する。
そして徐にリンの顔を覗き込んだ。
【…おい】
「……」
【おーい。】
手の甲でぺちぺちと頬を叩いても反応が無い。
ったく…、と呟いてリンを背負って走り出す。
するとリンが攫われた事を受けて配属されたのだろう、カカシと彼の率いる小隊が姿を見せた。
カカシはリンを担ぐ火黒を見ると驚いた様に目を見張り、近付いてくる。
「火黒…」
【よォ、遅かったなぁカカシ】
「…そうか、リンが攫われた事に気付いて…」
【ま、そんなトコだ】
そう言葉を交わして徐に振り返り、火黒がにやりと笑う。
構えろよ、カカシ。
火黒の言葉に「あぁ」と頷いてカカシがクナイを構えた。
それと同時に潜んでいた霧隠れの忍達が現れ、小隊が応戦する。
「隊長!先に木ノ葉へ!」
「あぁ、頼んだぞ。」
【あ?お前隊長なのに戦わねェのかよ】
「人質を救い出すのが任務だ。俺はリンを無事に送り届ける」
ふーん、と返答を返して共にリンを連れて走り出す。
背後から霧隠れの忍が追って来ていた。
その様子を見て舌を打つと前方からも霧隠れの忍が此方に向かっているのが見える。
「火黒、此処は俺がどうにかする。先に行け!」
【別に良いけどさァ。お前この数1人でどうにかなんの?】
そう言って足を止めた先にはざっと見ても数十人は居るであろう霧隠れの忍。
明らかに追って来ている忍よりも道を塞ぐ忍の方が数が多い。
まるで里に返さぬようにしている。…ま、捕虜を奪われたのだから当たり前だが。
【(なーんか待ち伏せされてんだよなァ…)】
「っ、火黒…」
【手伝えって?】
「…あぁ」
別に良いぜ、俺そっちの方が好きだしさ。
そう言ってリンを地面に降ろし、火黒が両手から刀を出す。
そうして走り出した火黒とカカシは瞬く間に敵を斬り伏せていった。
霧隠れの忍の断末魔が響く中でゆっくりとリンの目が開く。
歪んだ視界の中でカカシと火黒が目に入り、はっと目を見開いた。
「…カカシ…」
【お、目ェ覚めたぜカカシ】
「!…リン、大丈夫か?」
「……カカシ…」
様子の可笑しいリンにカカシが小首を傾げる。
しかし途端に彼の背後に見えた霧隠れの忍にリンが目を見開いた。
火黒が動き、カカシの背後に現れた忍を斬り伏せる。
それと同時に火黒にクナイを振り降ろそうとする霧隠れの忍にカカシが雷切を発動して振り返った。
それを見ていたリンが動く。
「(行かなきゃ)」
「火黒!」
【!】
「(行かなきゃ。)」
――あそこに。
キラキラと光る雷切の先にリンが入り込み、胸元にずぶ、とカカシの腕がめり込んだ。
飛び散ったリンの血液にカカシが大きく目を見張り、火黒が振り返る。
そしてすぐさまカカシが倒そうとしていた霧隠れの忍を火黒が斬り、カカシに倒れ込んだリンに目を向けた。
「リ、リン…?」
「…いか、なきゃ…」
【…幻術にかけられてんな、コレ】
「げん、じゅつ」
解かないと。そう呟いてカカシがリンの身体を貫いた右手と左手で印を結び幻術を解除する。
はっと我に返ったリンはごほ、と吐血しぐったりとカカシに凭れ掛かった。
カカシはまた震える声で「リン」と呟き、ゆっくりとリンの身体から己の右手を抜き取る。
ぼたた、と地面に落ちた鮮血にカカシが顔色を悪くさせた。
【……】
「カカ、シ…?」
「…ぁ」
虚ろな目でカカシの名を呼んだリンにカカシが顔色を無くしていく。
その有様を見て後頭部を掻いた火黒はふと脳裏に黒凪の背中を思い浮かべた。
あいつなら、どうしただろうか。
何故今思い浮かんだのかは分からない。
ただ、こう言った状況の時にあいつは馬鹿みたいに行動が早いから。だから。
【…。はー…、ったくよォ…】
「っ…?」
カカシとリンを脇に抱えて火黒が走り出した。
え、とカカシの驚いた様な声が聞こえる。
苦しげなリンの呼吸も聞こえる。
そして。
「…か、ぐろ」
リンの掠れた声が火黒の名を呼んだ。
カカシが火黒の顔を見て固まっている。
火黒の目からは涙が溢れていた。
彼の表情からその涙に本人は気付いていない様で。
「…火黒…」
【あ?るせェな。静かにしてろよ】
「…でも、お前」
なみだ、が。
火黒の耳にカカシの言葉は入っていない。
彼の耳に届いているのは、産声。
おぎゃあ、とこの世に生を受けた事を知らせるかのような泣き声。
赤ん坊が呼吸をしているという証拠。
――誰かが、生まれた声。
【(うるせェ声だなぁ、ったく…)】
妙に耳に抜きんでて届いてくる。
とても耳障りで、何故か。
…何故か、涙が。
【おいカカシ、お前は此処までな。】
「っ、」
カカシを木ノ葉病院の前に降ろして何も言わずに火黒が去っていく。
あの様子から火黒はリンを助けようとしているのではないか、とぼーっとする頭の中で考えた。
助かるのだろうか。助かったとしたら、リンは今まで通りに動ける身体なのだろうか。
俺は恨まれないだろうか。いや、リンは無事なのか。
ぐるぐると頭の中を言葉が回る。考えが回る。
――でも。
「……。(無駄な心配だった、か)」
数日後、カカシが里の中に新たに建てられた墓の前で雨に打たれていた。
"のはらリン"と記された墓は確かに彼女のもので。
あぁ、俺はまた護れなかった。と。
…そう、呟いて。
【よォ。泣いてんのか?】
「…あぁ。」
泣いてるよ。
涙と雨が混ざっていく。
項垂れているカカシの隣に立った火黒はつまらなさそうにリンの墓を眺めた。
そして徐にしゃがみ込み、リンの名前を撫でてから去っていく。
カカシは何も言わず、動きもしなかった。
【なぁ菊水さんよォ】
「なんだ」
【…どうにかなったんだよなァ?】
「何度も言わせるな。俺の腕は確かだ。」
後は目覚めるのを待つのみ。
そう言った菊水の視線の先にはベッドの上に横たわったリンが眠っている。
彼女はどう見ても重傷で、木ノ葉の忍の腕では助かりそうも無かった。
だから火黒が里の了承も無しに彼女を独断で間一族の屋敷に連れ込み、救護班に任せた。
…その結果、彼女は表向きに死亡する代わりに生きる道を与えられた。
「のはらリンさんの葬儀は明日だってさ。火黒、君はどうする?」
【…俺ぁ行かねえ】
「怪しまれない?」
【逆に行った方が不自然だろ。俺が行ったらさァ。】
そう言ってニヤリと笑い、リンの病室を出て行く。
病室の扉に名前なんて記されていない。
救護班が所有する入院棟の最も奥。左側の扉。
今日から此処に、初めて俺が救った人間が眠る。
【…馬鹿らし。】
あいつが来たら笑われるなァ、これは。
そう呟いて背中を丸め、のそのそと歩いて行く。
そうして次の日、やはり彼は。
リンの葬儀には姿を見せなかった。
岩隠れとの平和条約の締結が決定した。
そんな一報が戦争の最中にあった木ノ葉隠れの里に舞い込んで来る。
その吉報に里の忍達は安堵し、またその子供達も一息着く事となった。
それは大人達に混じって任務を行っていた紅やアスマ、ガイも同様で「とりあえずは安心だ」と茶屋で束の間の休息を取っていた。
「―――あ、カカシ!」
「?」
「お前も団子食っていけよ! 美味いぞ!」
「……。」
笑顔で声をかけたガイだったが、カカシは何も言わずに去って行ってしまう。
この戦争で彼が失ったものは大きい。
チームメイトであるオビトを任務中に無くし、その後に幻術にかかっていたリンを殺してしまったのだ。
その事実を知っているアスマ達は付き合いの悪いカカシに向かって悪態をつく事はない。
…今やあの状態のカカシに声をかけて返答を返してもらえる同期は火黒只1人だけ。
「…もう、カカシが唯一話す相手は火黒だけなのに…」
「火黒の野郎も最近は全然見かけねえしな…。」
「仕方ないわよ、火黒は間一族だし…」
間一族。木ノ葉隠れの最も奥にひっそりと佇む巨大な屋敷に住まう一族。
その能力は里の人間に対しても最低限しか知らされておらず、構成人数等も不明。
唯一彼等が知っている事と言えば、カカシと同じ班に突然配属された火黒という少年がその一族の人間である事。
そして、その間一族の長がこの木ノ葉隠れの上層部の人間である間時守という事だけ――。
「―――…いやあすまない。大事な会議に遅れてしまって。」
「全くだぞ時守。お主が時間通りに来た事などないではないかぁ。」
「何をおっしゃいます大名様。その分貴方様に菓子を謙譲しているではありませんか。」
「ふむ…確かに…」
生まれながらの権力者は頭が弱い、とはこの事だと心内で毒を吐いた。
火の国のトップに祭り上げられただけのぼんくら。
彼に決定権はあるが、正直な所、実権を握っているのは木ノ葉の上層部である我々だ。
不機嫌な顔をしているダンゾウの隣に座り「やあ」と笑顔で声をかける。
彼は何も言わず大名に目を向けるだけだった。
「おやおや、相変わらずつれないな。」
「無駄な私語はよせ。今は次期火影についての会議中だ。」
「四代目火影の話をしていたのか。まあ、そうだろうね。」
「お主は誰を推薦するのだ?時守。」
ちなみに今の所で出ている名前は?
そう問いかけた時守に食い気味で「私は大蛇丸を推薦する」と言ったのはダンゾウ。
遅れて答えた三代目火影、ヒルゼンは「波風ミナトを推薦する」と静かに言い放つ。
そんな2人に「なるほどなるほど」と頷いた時守は笑顔のままであっけらかんと言った。
「それじゃあ波風君にしよう。」
「何だと!?」
「うん?何を驚いているんだい、志村君。」
「何をいけしゃあしゃあと…!」
大蛇丸君か波風君かと問われれば、満場一致で波風君じゃないのかい?
そう言って他の上層部に目を向けた時守は頷いた彼等に「ほうら」とダンゾウに目を向けた。
ダンゾウは「貴様の意見を聞かせてみろ!」と時守を怒鳴る。
時守は笑顔のままで「そうだなあ、」と一度だけ迷う様な素振りを見せて口を開いた。
「誰でも良い、というのが本音かな。」
「何だと…!!」
「上層部としてあるまじき答えだとは思うが、あまり忍達に干渉しない私が意見を出した所でだとは思わないかい?」
「っ、」
大名様、四代目火影は波風君にしましょう。彼の功績は素晴らしい。猿飛君が推薦するなら間違いないでしょうしね。
笑顔のままで言った時守に「ふむ…」と頷いた大名。
ダンゾウは歯を食いしばり、乱暴に席に着いた。
「…あぁ、お帰りなさい。開祖。」
「ただいま。上手く行ったよ。」
「それはよかった。で、結局誰が火影に?」
「波風ミナト…、黄色い閃光だね。彼だよ。」
上辺だけの流れる様な会話。
よく似た2人の会話はいつもこうだ。
その上正守は黒凪を長らく縛り付けていた時守を良くは思っていない。
彼等は間一族の長とその実行部隊の頭領と言った風な間柄で、それ以下でも以上でもない。
「…頭領、四代目火影の就任式に来る様にと連絡が。」
「え?もう?」
「はい。…どうせ直前に伝えても予定が入っている後だろうから、と。」
「…だそうですよ、開祖。」
私は元より出るつもりだよ。偶には君も里の人間に姿を見せてはどうだい。
にやにやと笑って言った時守に正守が貼り付けた様な笑みを向ける。
"嫌だ"と顔に大きく書いてあった。
「ははは、素直な子だね。」
「嫌なものは嫌ですし。」
「私の様に笠をかぶって行けば良い。これからも里の命令を受けて君達夜行は動くんだ。顔を合わせておきなさい。」
「…分かりました。」
しぶしぶと言った様子で頷いた正守に時守が笑顔で2、3回程頷いた。
…就任式は意外にもすぐに執り行われ、正守は時守と並んで目深に笠をかぶって姿を見せる。
木ノ葉の上層部であり、火の国…いや、この忍の世界で最も力を持つとされる暗殺一家、間一族の長、間時守。
そんな男の隣に立つ少年は背丈を見てもまだ幼く、どう見ても子供だ。
しかしそんな少年は真っ直ぐと背中を伸ばし、堂々たる姿で就任式に出席している。
四代目火影であるミナトの妻、クシナは奇妙な2人の姿に思わずじろじろと目を向けてしまっていた。
「(なんだってばね、あの2人…)」
「…開祖、睨まれてるみたいです。」
「いつもの事だよ。君はずっと屋敷に引き篭っているから視線に慣れていないだけだ。…見たまえ。」
「……。」
僕等を歓迎している人間など、この里の何処にもありはしない。
正守が新しい火影を一目見ようと集まった里の人々に目を向ける。
彼等は時折我々を見ては、怪訝な顔をして目を逸らすばかり。
「里の事を一度でも考えた事があるかい?」
「…」
「答えは"否"だ。我々は間接的にこそ里に貢献しているが、それ以上の事はしない。…そんな自分勝手な組織なんだよ。」
「…分かっています。前の世界でも黒凪はそうだった。…その自分勝手な考えに、救われた人間が此処にいる。」
俺は"此処"でいい。
目を伏せて言った正守に小さく笑う。
彼は僅か7歳と言う年齢でありながら完全に"あの世界"での記憶を取り戻し、また"あの頃"と相違ない実力を持っていた。
だからこそこちらの世界で7歳と言う若さで間一族の実行部隊、夜行の頭領をしている。
そんな間一族の2人をちらりと見て、ミナトが里の人々に手を振った。
人々の中には己の教え子であるカカシが居る。…火黒は、居ない。
その様子に眉を下げて背を向けた。彼の背中には"四代目火影"の文字がある。
その文字が吹いた風に揺られた。
【よォ。カカシ】
「っ!」
背を向けて立っていた木からガサッと逆さまになって姿を見せた火黒に息を飲む。
カカシが発動させていた千鳥がその拍子に消え、その様に火黒が目を細めた。
【まだ怖ェのか?ソレ。】
「…別に。そもそも怖がってない。」
【ふーん。…あ、任務があるから呼びに来てやったんだよ。】
「……分かった。」
沈んだ様子で歩き出したカカシに息を吐いて彼の首根っこを引っつかむ。
そして一気に跳び上がった火黒にカカシが大きく目を見開いた。
離せ、と声を張り上げるが、彼は聞こえていない様に何の反応もしない。
その様子に目を伏せ、カカシも抵抗を止めた。
「…。(そりゃあ、今の俺は面倒だろうな)」
そう考えて「何を言ってる、らしくない。」と頭を横に振る。
はっと気がつくと火影の執務室の中だった。
任務内容は平和条約に関する書類を受け取ると言ったものだ。
戦争にひとまず区切りはついたものの、まだ戦乱の世を望む忍は一定数存在すると聞く。…油断は出来ない。
「それじゃあ頼んだよ、カカシ、火黒。」
「はい」
【へいへい。】
火影となったミナトの言葉にそう返答を返して任務に向かった。
森の中を走っていると、やはり予想通りに書類を狙った忍が向かってくる。
書類を持つ火黒はにやりと笑うとカカシに目を向けて口を開いた。
【おいカカシ、書類やるからお前先帰れ。】
「駄目だ。お前が戦えば時間が掛かる。」
【あァ?】
「お前はすぐに遊ぶだろ。…俺がやる。」
千鳥を右手に発動させ、カカシが左目を隠す額宛を退ける。
それを見た火黒は舌を打つと敵を睨んだカカシをちらりと見て足を踏み込んだ。
しかし一向に敵の断末魔が聞こえない。
怪訝に思い、振り返ると躊躇した様子で敵を一気に倒すタイミングを見失ったカカシが居た。
【(あーあ、だから俺にやらせろっつったんだよ。ったく…)】
「死ねぇ!!」
【よっと。】
「ぐあっ!」
カカシに向かってきた忍を踏み、その勢いのまま刀を掌に生やして敵を一掃する。
蹲るカカシの元へ戻った時には火黒は血でぐしょぐしょになっていた。
カカシは肩で息をし、やがてふらっと倒れ込んでしまう。
その様子を見て後頭部を掻いた火黒は気だるげにカカシを持ち上げる。
べちょ、と血がカカシにも付いたが致し方ないだろう。
そのまま火影であるミナトの下へ向かった。
【よォ。帰ったぜ火影サマ。】
「!」
【あ?…あー…、なんかぶっ倒れた。】
「…怪我は?」
【ゼロ。】
そうか、と安堵した様にミナトが息を吐く。
火黒はそんなミナトににやりと笑うと彼の手元へ書類を投げ渡し「んじゃあ病院に放り込んでくるわ」とミナトに背を向けた。
そんな火黒の背中に「火黒、」とミナトの声がかけられる。
んあ?と振り返った火黒に真剣な顔をしてミナトが目を向けた。
「カカシが目覚めたら話をしようと思う。…君も一緒に来てほしい。」
【なんで俺が。】
「チームメイトだろ?」
【…はっ、いつ俺があんたとコイツの仲間になったよ。】
仲間は仲間でも仕事仲間だ、仕事仲間。
ぷらぷらと手を振ってそう言った火黒に「頼むよ」とミナトがもう一度声をかける。
振り返った火黒は笑って言った。
【イヤだね。】
…と。
そんな火黒に息を吐いてミナトが言う。
「それじゃあ先に言っておくよ。」
【あ?】
「君に、カカシと一緒に火影直属の暗部として働いて貰いたいんだ。」
【……】
火黒の脳裏に正守の言葉が過ぎる。
はたけカカシと極力共に行動してほしい。そして任務の功績は常に良いものをキープしてくれ、と。
そして最終目標は―――。
《火影である波風ミナトに信頼されること。そして暗部になることだ。》
《暗部?なんで俺がそんなトコに行かなきゃならねェんだよ。》
《暗部の内部状況を把握しておきたいし、間一族の地位の向上にもなる。それに、》
これは黒凪が戻って来た時に少しでも彼女の負担を減らす為でもある。
その正守の言葉にぴくりと火黒が反応を示した。
…君も流石にもう気付いてるよね?
現在間一族に居る人間の中で黒凪の"お気に入り"は正守、火黒、そして鋼夜のみ。
《黒凪はもうこの世界に居る。…俺はちょっとでもあの子の為にこの一族を整えていたい。》
《………わぁったよ。》
この一連の会話を思い起こし、にやりと笑う。
此処まで簡単に事が進むとは予想していなかった。…だがまあ、
結果オーライだ。そう考えてミナトに了承の返事を返す。
また一歩、黒凪の元へ近付いたような気がした。
「頭領、火影様から呼び出しが。」
「え゙。…火黒が何かしたとか?」
「話の内容は頭領にしか話したくないとの事で。」
そんな露骨に嫌な顔をしないで下さい。
黙った俺を見てそう言った刃鳥に深い深いため息を吐く。
彼女に向かってため息を吐きたいのではない、勿論火影に対してだ。
「(困ったなぁ、こっちの人とはあまり関わりたくないんだけど…)」
「火黒が暗部に派遣されて3か月…。はたけカカシと共に任務での成績は完璧です。お褒めの言葉じゃないですか。」
「完璧な成績に加えて仕事が粗すぎる、とも聞いてるけどね。俺は。」
まあ良いや、行って来るよ。
気だるげに腰を上げ、襖を開いて歩いて行く。
正守は顎を撫でながらまた1つため息を吐いた。
「(黒凪が居たらまた違っただろうに…)」
火影とは出来る限り良い関係を築いていたい。
しかしこの木ノ葉隠れの影は代々上辺だけの関係をあまり良しとしない人格者が多い。
正直俺はそう言った人間は苦手だ。…足取りは重い。
「火影様。間一族の墨村です。」
「どうぞ。」
扉を開いて中に入り込む。
火影の椅子に座る波風ミナトは此方に目を向けると驚いた様に目を見開いた。
その視線の先に居る正守はにっこりと笑って頭を下げる。
「初めまして、墨村正守です。間一族の中では実行部隊である夜行の頭領をしております。」
「…驚いたな、まさか素顔で来てくれるなんて思っていなかったよ。いつもの笠は良いのかい?」
「大人数に見られる事は避けますが、火影様のみであれば構いません。」
「そっか、…そうだね。ありがとう。…俺は四代目火影の波風ミナト。君とは初めて話すから礼儀として名乗っておくよ。」
ありがとうございます。と再び頭を下げた。
そして顔を上げると、また笑みを張りつけて「で、今回はどう言ったご用件で?」と世間話を始める隙を与えない。
そんな正守に「ああ、それなんだけど」とミナトは手元の資料を置いた。
「君達間一族について直接教えてもらおうと思ってね。」
「…我々の事を?」
「あぁ。勿論言える範囲で構わないよ。」
「…例えば何を、」
例えば、か。そうだね、まずは君がいくつなのかとかかな。
にっこりと笑って言ったミナトに「あぁ…」と笑顔を張りつけたままで応える。
内心では「この男は何を考えているんだ」と不思議でならないが。
「私は今年で7つになります。」
「…やっぱりそれぐらいだよね?若いのに頭領だなんて、よっぽどの実力者なのかな。」
「開祖…間時守様達間一族の分家である墨村の長男だからでしょう。」
「お父上は? 確かご健在だったよね?」
はい。しかし父は我々の様な能力を持たないもので。
お母上は?と続けて投げかけられた問いに淡々と答えていく。
「母は放浪癖がありまして。」
「そっか…。君は一人っ子かい?」
「いえ、弟が1人…いや、2人。」
「弟さんはいくつ?」
ぴくりと眉を寄せた正守に「あぁごめん、話が随分逸れたね。」とミナトが言った。
その言葉に「いえ」と返した正守は何も言わずに目を伏せる。
そんな正守にミナトが眉を下げて笑い、口を開いた。
「実は僕の所でもつい最近に子供が出来てね。とても嬉しくて。」
「…それは、おめでとうございます。」
「ありがとう。…君は今7つだし、弟さんもうちの子と同じぐらいかな?」
「…。はい。弟もそろそろ生まれる予定です。」
そっか。友達になれるかな。
ニコニコと笑って言ったミナトに「火影様。」と正守が彼と目を合わせずに口を開く。
うん?と返答を返したミナトは相変わらず笑顔のままだった。
「我々は間一族です。あまりご子息様とは…」
「そんなの関係ないよ。」
「!」
「俺は間一族だからって意味も無く距離を作るつもりはないからね。」
…あぁ、これだから木ノ葉の影は厄介なんだ。
俺達の懐に入り込もうとして来る。
冷たい正守の空気を察したのだろう、ミナトは話題を変える様に言った。
「そう言えば火黒はよく働いてくれているよ。…君が推薦したんだったかな、彼は」
「…いえ、その頃私は生まれていませんから。」
「え?…あぁ、そっか。君はまだ7つか…。」
全然そんな風に見えないなあ、と笑ったミナトに張り付けた笑みを向ける。
すると火影室の扉がノックされ、正守が徐に部屋の隅に移動した。
開かれた扉をくぐって中に入ったのは火黒とカカシだった。
「任務が終了したので報告に来ました。」
【ん?…頭領じゃねェか。なんで居んだ?】
「!?(全く気付かなかった…!)」
「…いや、そろそろお暇するよ。邪魔をして悪いね。」
カカシが振り返った時には正守はどこからともなく笠を取り出し、目深にかぶっていた。
火影室の扉に歩いて行く正守に「墨村君!」とミナトが声をかけ、正守が何も言わずに振り返る。
ミナトはそんな正守ににっこりと笑うと「また今度間一族の屋敷に行かせてもらうよ。構わないかな。」と言った。
「…ええ。火影様であれば構いません。」
「ありがとう。」
「…失礼します。」
正守が今一度頭を下げ、すっと出ていく。
その様子を横目で見ていた火黒は「すげェなセンセ。」とミナトに目を向けた。
カカシも怪訝な顔をしたままでミナトに目を向ける。
【すげェ嫌な顔してたぜ?頭領。】
「そりゃあ、ここまで里と確執がある間一族なら嫌な顔もするだろう。…でも俺は、そんな間一族の事をもっと知りたいんだよ。」
彼等だって人の子だ。里で噂されている様な恐ろしい人達じゃないと思うんだよ。
目を伏せて言ったミナトに「フーン」と表では感心したように言いつつ、心内では嘲笑した。
こんな世の中で珍しく平和ボケしている。そんな風に思った。
…そうまで俺達間一族を信じられるのは何故なのだろうか。
「…ちょっとミナト…本当に大丈夫なんだってばね…?」
「大丈夫だよ。夜行の頭領には断ってあるから。」
「……。」
「そんなに緊張しないでよ、クシナ。…小さな頃に俺達を助けてくれた人がいる一族だよ?」
…そうだけど…。
眉を寄せて言ったクシナとミナトの前には大きく"間"と記された門が聳え立っている。
中の人間を呼ぶチャイムなどはない。…彼等を訪ねる人間が滅多に居ない事を痛感させられる様だった。
「(えっと…、扉を叩けば良いのかな?)」
「あら。火影様。」
「「え?」」
横から聞こえてきた声にミナトとクシナが振り返る。
そこに立っていたのは長い真っ直ぐな黒髪を持つ女性と眼鏡をかけた男性。
女性の腹部はクシナと同じ様に大きく膨らんでいた。
「…あ、間一族の…?」
「ええ。間一族分家の墨村の頭首です。」
感情の読めない笑顔を浮かべてつらつらと名乗った女性に「え、墨村の頭首…?」と問いかける。
墨村の頭首は夜行の頭領である正守君だとてっきり…。
唖然とそう言ったミナトに「あぁ…」と女性が目を逸らした。
「あの子は夜行の頭領を任されているだけですよ。元々夜行はあの子のものだから…。」
「…もしかして正守にご用ですか?」
女性とは打って変わり、爽やかな笑顔で言った男性に目を向ける。
彼は隣に立つ女性を示して「彼女の夫で、正守の父です」と頭を下げた。
それを聞いて「あぁ、正守君はこの御二人から生まれたのか…。」と変に感心してしまう。
成程、確かに掴めない所は母親に似ているし、彼の笑顔は自然なものでにこやかだから笑顔は父親に似ていると言えるだろう。
「…守美子さんと修史さんじゃないですか。どうしたんです、門の前で。」
「?…あぁ、時雄さん」
「先に帰ったんじゃ…、あれ?火影様?」
驚いたような顔をして現れた男性にミナトとクシナが目を向ける。
それと同時に男性の足元に居る少女がほんの少しだけ目を細めたのが見えた。
クシナはそんな少女に目を向けると「カワイイってばね!」と笑顔で腰を屈める。
「わー、綺麗な黒髪だってばねえ!」
「あ、ありがとうございます…」
「わあ!声もカワイイってばね!」
「……、」
困った様に時雄と呼ばれた男性、少女からすれば父なのだろう。
彼に目を向けた少女にクシナは相も変わらずニコニコとしている。
「クシナは女の子が良いって言ってたもんね。」
「だってばね!」
「……。(この人…ちょっと苦手…。)」
父である時雄の影に隠れた時音に「あう…」と眉を下げるクシナ。
そんなクシナの隣で「貴方達も間一族の…?」とミナトが改めて問いかける。
その問いに「はい。」とはっきりと、にこやかに時雄が頷いた。
「僕は間一族分家の雪村家の頭首をしています、雪村時雄と言います。この子は娘の時音。」
「…雪村時音です。」
父親の影から身体を出して頭を下げた時音に「うんうん、」とクシナがニコニコと笑顔で頷く。
そんなクシナににっこりと笑って「それより何かあったんですか、こんな所で。」と時雄が代わって問いかけた。
その時雄の言葉に「正守君に会いに来ていまして…」とミナトが答えると、時音が驚いたように目を見張る。
「…正守さんが?」
「そうだってばね!ミナトがその正守君に此処に来る事は伝えたって…」
「……。」
怪訝な顔をして目を伏せる時音に「??」とミナトとクシナが顔を見合わせる。
するとスパァン!と間一族の門が開かれ、中から繁守が姿を見せた。
何事じゃあ!!!と大きな声で言った繁守にビクッと振り返るミナトとクシナ。
それとほぼ同時に繁守の後頭部を淡い緑色の結界が直撃した。
「貴方が出ると言ったから任せたのに…、相も変わらず野蛮な馬鹿の様ですね。」
「お、お義父さん!大丈夫ですか!?」
「大丈夫よあなた。父さんは頭が固いから。」
「母さん、乱暴は駄目だよ乱暴は…。もうあの頃じゃないんだし…」
「おばあちゃん…」
ふん、と踏ん反り返る初老の女性を雪村の2人が「母、おばあちゃん」と呼び、後頭部から煙を出して倒れる初老の男性を「お義父さん、父さん」と墨村の2人が呼ぶ辺り、女性が雪村、男性が墨村であると推測出来る。
ミナトとクシナは現れた時子に大きく目を見開き、固まった。
がばっと顔をあげた男性がミナトとクシナを見ると「なんと!!火影殿ではありませんか!!」と相変わらずの大きな声で言う。
そんな繁守の後頭部を再び結界が直撃した。
「声が大き過ぎて耳が遠くなるわ。」
「お義父さんー!?」
「大丈夫よ。父さんは頭が固いから。」
「すみません、あれは母でして…。雪村と墨村の前頭首は元々仲が悪く、」
「もう、殴るならおばあちゃんが対応しないと…。」
時音が時子の手を握ってミナトとクシナの前に戻ってくる。
時子はぴしっと真っ直ぐに背中を伸ばし、静かにミナトとクシナを見上げた。
「此方には何の御用で?」
「あ、ええと…正守君は…」
「墨村の長男は今は出ております。数日は戻りません。」
「ええっ!?本当ですか!?」
驚いたようなミナトに「はい。」と淡々と返した時子は「急な任務がございまして。」と続ける。
すると徐にクシナに目を向けた時子が露骨に眉を寄せた。
クシナのすぐ傍にいつの間にか半透明の犬が3匹程ふよふよと浮かんでいる。
【凄い臭いがすると思って来てみれば、まあ凄いもの中に飼ってるねぇアンタ。】
【バニー、やばいぜコレ。中に居る奴等も玄関睨んでたし。特に妖混じりの奴等なんかもー毛が逆立って逆立って。】
【…。おい。正守が帰ってきたぞ。】
「……何、してるんです?」
眉を寄せて言った正守に門の前に居る全員が振り返る。
正守の背後には黒い帽子をかぶり、長いマフラーを靡かせる男が立っていた。
男は玄関の有様を見ると「ははは」と感情の見えない笑みを浮かべる。
「随分と豪勢な出迎えだな!」
「…。無事に連れてくる事が出来た様じゃな、正守。」
「はい。…只今帰りました、お爺さん。」
「うむ。それより火影殿がいらっしゃっておる。」
…そうみたいですね、と正守が無表情にミナトに目を向ける。
ミナトは少しボロボロになっている正守を見ると驚いた様に目を見開いて走り出した。
大丈夫かい!?一体何が…!
そう必死の形相で言うミナトに正守が微かに目を見張る。
そんな中で時子が手を叩いた。
「関係の無い者は中に戻りますよ。…そこの方もいらっしゃい。」
「うん?俺の事かな?」
「ええ。どうぞ中へ。」
時子が上手く全員を誘導し、門の前にはミナト、クシナ、正守だけになる。
一度沈黙が降り、ミナトが改めて「傷は大丈夫かい?」と問いかけた。
正守は怪我をしている腕を見降ろし、目を細めた。
「問題ありません。その内治ります。」
「それなら良いけど…。……、間一族には随分と難易度の高い任務ばかりが流されているらしいね」
「ええ」
「それがもし負担なら、少しぐらいは…」
いえ。即座に言った正守にミナトが言葉を止める。
顔を上げた正守が眉を下げて言った。
「俺達はこの里に居させてもらっている立場ですから、感謝の意を込めてそう言った任務を頂いています。幸いにも今の所は誰も死亡する様な事は起きていません。」
それに、と続けた正守にミナトが微かに目を見張る。
そろそろ戻ってくるんです。もの凄い実力者が。
そう微かに微笑んで言った正守に「そっか、」とミナトが返した。
懐に入ろうとする者、拒む者。
(あーあ、余計な事まで話すなんて俺らしくない…。)
(…。白尾、正守さんなんか元気ないね)
(んー?…いつものことだろハニー)