世界を君は救えるか【 × NARUTO 】
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心転身の術の大逆襲?
あぁ、欲しい。
若い身体が。愛される姿が。
…愛されている人間の、身体が。
『――此処ですか?』
「はい。恐らくこの部屋に…、あぁ、そこで眠っている者はお気になさらず」
『分かりました。えー…っと、巻物巻物…』
「お目当てのものが見つかればお声掛け下さい。では。」
ごそごそと部屋の押し入れを弄る背中が見える。
ぼやける視界の中で見えるのは特に目立つ白髪で、それを見て興味を無くした様に目を逸らした。
声は若いのに老婆か。くそ。
そう毒づいていると「あのー…すみません。」と声を掛けられる。
不機嫌な表情のままで目を向けた。
『此方に心転身の術についての巻物があると聞いてやって来たんですが、ご存じないですか?』
「(…なんだ、若いじゃないか。)」
『…あ、もしかしてお声が…?』
ゆっくりと手を伸ばす。
動いた目の前の老婆の手を見た黒凪は特に身構えた様子も無くその手に目を向けた。
そんな黒凪はやはり特に抵抗するでもなくぐいっと着物を引かれ、寝たきりの老婆の上に倒れ込む。
あの、と顔を上げた黒凪は目の前に向けられた老婆の手に微かに目を見開いた。
しわしわになった両手が三角を形作り此方に向いている。
「…しん、てんしんの…」
『!』
老婆特有のしわがれた安定の無い声がする。
途端にふっと身体から力が抜けて目を見張る。
目の前に広がるのは天井。胸元には微かな圧迫感。
…視界の隅に、見慣れた白髪。
『…やった。やっと奪う事が出来た…』
『(あれ?身体が入れ替わってる…)』
『ふふ、驚いた?これは私が改良した心転身の術さ。自分と対象の精神を入れ替えて好き勝手に出来る。』
声が出ないだろう?話すのだって精一杯だったんだ、やっと抜け出せて嬉しいよ。
にやにやと笑って言う己の身体を見ていた黒凪は「さてと!」と言って立ち上がった彼女を見つめる。
彼女は大きく目を見開くと身体をばっと見下した。
『…なんだよ、この身体…』
物凄く重いし節々が痛い。
寝たきりよりは随分とマシだがこれは…。
…あんた障害持ちかい?怪訝な声が投げかけられ返答する様に目を細める。
くそ、とんだ身体に入っちまった…。でも手放すのも惜しいしね…。
そうブツブツ言うと「まあ良いだろう」と眉を寄せて歩き始めた。
『あんたはそこで死ぬまで寝てな。この身体は今日から私のもんだ。』
『…。(困ったな、どうしたものか)』
ぴしゃりと閉ざされた襖に目を向けてため息を吐く。
しかし自分の身体よりは身体に痛みは無いし、眠っているだけで良いなら楽なものかもしれない。…話せないが。
そう考え直してとりあえず寝ていようと目を閉じた。
…どうせ正守辺りがどうにかするさ。そう心の内で呟いて。
「…間様、もう宜しいのですか」
『ん?あぁうん。もう良い。』
「そうでしたか。送る為にと扇様がお待ちですよ」
『扇?…分かった』
怪訝な顔をしながら案内された部屋に入る。
中で優雅に紅茶を飲んでいた七郎が振り返り爽やかな笑顔を見せた。
もう帰るんですか、黒凪さん。
そんな言葉に「そうか、この女は黒凪と言うのか」と考え小さく頷く。
「分かりました。それじゃあ屋敷まで送りますね。…失礼します。」
軽々と持ち上げられた身体に思わず赤面してしまう。
長い間を生きて来たとはいえこのような扱いをされた事は今まで一度も無かった。
…そうか、この女は愛されているのか。
そう思うと少し嬉しくなった。
「…え、照れてます?」
『う、煩い!』
「?…失礼します。」
『うわぁっ!?』
あれ?熱は無いなぁ。
そんな風に言ってから額が遠ざかって行く。
何だこの男は、随分と馴れ馴れしいな…!
赤面した顔を両手で隠してそんな事を考えている黒凪を七郎が小首を傾げて眺める。
「(あれ?これぐらいで照れる様な人だったかな…)」
『(く、しかもこの男よく見れば随分と綺麗な顔をして…)』
「着きましたよ、黒凪さ…。…次は僕の顔をガン見ですか?」
『な、馬鹿を言うな!お前の顔なんぞ見ておらん!』
…変な話口調だなぁ…。
そう目を細めてぐっと顔を近付ける。
そうして今己が抱えている少女が本物かどうか吟味した。
しかしやはり姿も内に秘めている力も彼女のもので。
顔を更に赤くさせている黒凪から再び顔を遠ざけて小首を傾げた。
【おいおい、何してんだ?】
「ん、…あぁ、火黒さん」
【遂に理性でも飛んだか?七郎クンよォ】
「あはは、僕に限ってそんな事あると思います?」
笑顔で言った七郎の顔を直視出来ずに目を逸らしているとそんな黒凪に気付かず火黒が此方に両手を伸ばしてくる。
あ、じゃあお願いします。と手渡されそこで初めて自分を受け取った男に目を向けた。
そして包帯でぐるぐる巻きの火黒の姿にぎょっと目を見張る。
『っ!?(なんだコイツ、気持ちわる…っ)』
【あ?…顔色悪くね?】
「そうなんですよ。さっきからちょっと様子がおかしくて…」
【君の運転に酔ったりしてなァ】
まさか。僕と言うよりその顔色の悪さは貴方の所為だと思うんですが?
七郎の言葉に「んー?」と覗き込んでくる火黒から離れる様に首を引っ込める。
そんな風にする黒凪の目は完全にびびっているし、近付きたくないと表情が訴えていた。
【?…まァいいか。んじゃあな】
「はい。さようなら、黒凪さん」
『あ、あぁ』
顔を微かに赤らめて手を振る黒凪に少し目を見開いて七郎も笑顔で手を振った。
そんな黒凪を横目に屋根の上から降りて屋敷に入った火黒は黒凪を降ろしてその顔を覗き込む。
黒凪はやはり火黒の姿を直視したくない様子で目を逸らした。
【遂に七郎クンに惚れたか?】
『ほ、惚れっ…なわけなかろうが!と言うか貴様はすぐに離れろ、不愉快っ…』
「おーい黒凪ー!」
『っ!』
黒凪の言葉に固まっていた火黒が声のする方向に目を向ける。
そんな火黒と共に振り返った黒凪は「あ、そうだ、この娘の名前…」と頭の中で呟きながら手を振って此方に向かってくる青年に目を向けた。
笑顔で此方に向かってくる青年の片手には粘度の様なものが乗せられている。
「新作が出来た!オイラの自信作だ!」
『(この男の顔も中々…)』
「見ろ、お前なら絶対に気に入るぞ!うん!」
いつになく嬉しそうに向かってきたデイダラを見てから火黒がちらりと黒凪に目を向ける。
笑顔で黒凪に差し出されたのは可愛らしいひよこの起爆粘土。
その起爆粘土をじーっと眺めて何も言わない黒凪に「あれ?」と表情を崩し、デイダラが徐に黒凪の目の前に更にぐっと近づけた。
「何やってんだよ黒凪、早く結界作ってくれねーと爆発出来ねえぞ、うん」
『え、結界?』
怪訝な顔をした黒凪にデイダラもその異変に気付いたのか微妙な顔をしている火黒に目を向けた。
そして再び黒凪に目を向けると「どうしちまったんだよ、うん」と先程までのテンションと打って変わって少し困った様に言う。
その様子を見た黒凪は自分の正体がばれてはいけないと取り繕う様に口を開いた。
『そ、そんなもの後で見る。今は結界を作る気分じゃない』
「え」
『私は部屋に…』
「あ。黒凪。」
廊下を曲がった先に現れた大きな胸元にごんっと頭をぶつけて背中から倒れて行く。
その背中をぱっと片手で支えたのは火黒。
振り返った黒凪はすぐさま火黒から距離を取る様に背を起こすとばっと先程ぶつかった男に目を向けた。
「ちょーど良いや、なんか任務無ェ?」
『…な、ない。行きたければ1人で行け』
「は? お前居ねーと行けねェだろ」
『今は気分じゃないんだ!』
苛立ったように言って歩いて行った黒凪の背中を見送って飛段がぽかんとしているデイダラと火黒に目を向けた。
なんだあれ?と黒凪を指差して言った飛段に「さあ…」とデイダラが困った様に言う。
一方の黒凪は「とりあえずこの屋敷から出て誰もこの女を知らない場所へ行った方が良いな…」と考えて屋敷の出口を探していた。
こんなに重たい身体では塀を跳び越えるのも一苦労だろうし、現在こうして歩いているだけでも節々が痛いのだ、あまり派手に屋敷内を走り回る事なんて出来る筈も無い。
『(くそ、早くこの屋敷から出なければ正体が…)』
「黒凪?帰ったんだ」
『!』
「どうだった?心転身の術についての巻物は見つかった?」
無視すると怪しく見えるだろうと取り敢えず振り返る。
背後に立っている正守を見上げた黒凪はその勘の良さそうな風貌に眉を寄せた。
そんな反応を示した黒凪に正守が首を傾げる。
「…あ、見つからなかった?」
『…そうだ』
「そっか。…ところでさ。」
君って誰?
沈黙が降りる。黒凪の表情が消えた。
途端に走り出そうとするがどたんっと倒れ込んだ。
その物音に何事だ、と顔を見せたのは角都。
珍しく倒れている黒凪の姿を暫しの間だけ見下し、それから手を伸ばす。
その手を黒凪は力任せに払い退け、立ち上がって走り出した。
「勘違いしないでね、あれきっと黒凪じゃないよ。」
「何?」
「多分身体を乗っ取られてる。」
どたどたと慣れない様子で走り出した黒凪の後を正守が追う様に歩き出す。
払いのけられた手を見ていた角都も徐にその後を追い始めた。
「(なんだ、払い退けられないとでも思っていたか)」
酷く驚いている自分に向かってそう問いかける。
…払い退けられた時、思わず言葉が出なかった。
あの女なら、必ずこの手を取ると思ったのだ。
そんな事を考えながら歩く角都の耳に正守の声が届く。
「その身体で走るのは骨が折れるだろ。もう走るのは止めとけよ。」
「!」
普段の温厚な口調とは違う正守の言葉。
その言葉に再び黒凪に目を向けると彼女が此方を睨み付けてくる。
…成程、確かに"あれ"は黒凪ではない。
途端に黒凪の姿をしたものが歩いて来たサソリと正面衝突した。
『うわ、』
「っ!…何やってんだお前…」
倒れかかった黒凪の腕を咄嗟に掴んで元の体勢にサソリが引き戻してやる。
そんなサソリを見た黒凪は一か八かの行動に出た。
サソリの腕を引いて自分の前に出し、隠れる様に後ろに回ったのだ。
『た、助けろ。追われてる』
「追われてる?…頭領にか」
『そうだ。お前私が好きなのだろう』
「あ?」
だったら助けろ!
サソリの怪訝な視線に気付かず焦った様に黒凪が言う。
どうやら黒凪の中に居る人物は彼女がこの屋敷の中でも随分と好かれた人物である事に気付いているのだろう。
…そりゃあ気付くだろうな。彼女の中に居れば彼女への好意はより分かり易いものとなる筈だから。
「…チッ」
「待てサソリ。その黒凪は偽物だ。中に他のが入ってる」
「は?」
『っ…!』
どんっとサソリの背中を押して走り出す。
黒凪の為にと取り敢えず戦闘態勢に入っていたサソリは予想外の事に一度前のめりになり振り返った。
黒凪は随分と走り辛そうに走っている。
「…あいつの運動神経は中身が変わっても変わらねぇのか…」
「黒凪のは彼女自身の問題じゃないからね」
「あいつ自身の問題じゃないだと?」
「うん。…あの子の身体、もう随分と老体なんだよ」
3人で走る黒凪の後を追いながら正守が言った。
見た目は若いけど髪はもう真っ白だろ?同じ様に身体の中身もそれ程若くない。
だからあんまり走れないし、沢山食べたりも出来ない。
「せめてそれでも動き易いのがあのサイズなんだってさ。…長く生きてるってのも辛いものだよ、本当。」
『(くそ、なんだこの身体!足が痛くて全然走れないじゃないか…!)』
「(本当、昔のまま生まれ変わることが出来たのはいいことかもしれないけど…そこまで再現しなくてもよかっただろうに)」
【止まれ】
『っ、うわっ!?』
黒凪の影からぬっと姿を出した鋼夜の尾が彼女の足を引っ掛け転倒させる。
その様子に足を止めた正守は不機嫌そうに影から這い出てきた鋼夜に目を向けた。
鋼夜の身体には影が纏わり付いており、少し苦しそうな様子で正守の元へ歩いてくる。
【チッ、中身が変わった途端に影の中で極端に動き辛くなりやがった…】
「恐らく中に入ってる奴が無意識に拒絶したんだろうね。」
「あの女は誰だ?」
【山中一族の老婆だ。黒凪が資料を探している最中に術で中身を入れ替えやがった】
角都の問いにそう返した鋼夜。
正守はその言葉に眉を寄せて首を傾げた。
山中一族の心転身の術は相手の精神に術者が入る術の筈だ。入れ替わるなんて事は…。
そう呟いた正守の視線の先に居る黒凪の前にデイダラ、飛段、火黒が立つ。
遅れてイタチが怪訝な顔をして姿を見せ、火黒の姿に動きを止める。
「…火黒さん」
【あ?…あー…、なんだっけお前。見た事ある顔だなァ】
「…、うちはイタチです。暗部の時にお世話になりました。」
【暗部?…あァ、そういや居たなァ…】
そんな会話をする彼等に目を向けた正守は「あ、丁度良いや。」とイタチに声を掛ける。
正守に目を向けたイタチは黒凪を指差す彼を見て徐に黒凪に目を向けた。
ちょっと身体を乗っ取られてるみたいでさ。見てあげてくれる?
そう言った正守に徐にイタチが写輪眼を発動して黒凪を見る。
すると突然大きく目を見開き「距離を取れ!」と焦った様に言った。
その声に全員が機敏に反応して距離を取ると途端に黒凪の身体を中心に絶界が発動される。
『折角手に入れた若い身体だ、手放さぬ』
「あーあ。まさか絶界を使うとはね…。…あ、皆近付かないでね、塵になるよ」
正守がそう警告し一歩前に出る。
しかしそれより早く火黒が黒凪に近付いて行った。
火黒。と咎める様に声を掛ける正守だったがにやにやと笑っている彼は聞き耳を持たない。
【俺ぁ昔こいつの絶界を斬った事がある。どうって事ねェよ】
「その時の黒凪は君を殺そうとしてなかっただろ?その絶界は本気のやつだよ」
「そうよ。あんまり無茶したら本人が悲しむわ。」
音も無く現れた女性にイタチ達が目を向ける。
絶界の中で黒凪も警戒した様に女性を睨んだ。
「…母さん、帰ってたんだ?」
「ええ。丁度西方の神佑地を見て回って来た所。」
角都と飛段を除いた暁の面々は彼女とは初めて会う。
正守の"母さん"と言った言葉に全員が驚いた様に守美子を見た。
守美子は感情の無い笑顔で黒凪を見たままゆっくりと彼女に近付いて行く。
ゆらゆらとまるでそこに居ないかの様な気配。気味の悪い、言い様の無い気配。
その異様な存在にイタチや飛段、デイダラが道を開く。
火黒さえも守美子を見ると舌を打って道を開いた。
「お姫様の身体は返して貰うわよ、お婆さん」
『―――!』
守美子の背後に立っている人物に目を見張る。
いや、正確にはその人物が抱えている"自分の身体"に。
イタチもその背に担がれている人物を見ると目を細め、そしてふと背負っている少年に目を向けた。
「なぁ母さん、本当に勝手に持ってきちゃって大丈夫なのかよ」
「大丈夫よ。間一族は色んな権限持ってるから。」
『な、…何故"そこ"だと気付いた…!』
「…黒凪にはさ、共鳴者ってのが居るんだよ。」
黒凪の中に居る者の問いに返答を返したのは後ろに居る正守と同じく女性を母と呼ぶ少年。
彼は背中に老婆を抱えて少し困った様な顔をして"私"に話しかけてくる。
共鳴者は5人居るんだ。兄貴と志々尾、影宮、火黒、そんで鋼夜。
…その共鳴者には分かるんだってさ。お前が黒凪じゃない事。
良守の言葉にデイダラと飛段が火黒に目を向ける。
【あー、やっぱなんか変だとは思ってたんだよなァ】
「気付いてたのかよ、うん…」
【いや、確証は無かったけどさ。俺感知タイプでもねェし】
「この身体に入ってる黒凪を見つけたのは影宮って奴だ。影宮は居場所を感知するの得意だから」
一番感覚が鋭い影宮が真っ先に気付いた。そんで丁度任務に出て帰って来る所だった母さんと俺に連絡をくれたんだ。
黒凪の身体に入ったお前が何か仕出かすと踏んでさ。
良守の言葉にぐっと黒凪の中に居る者が拳を握りしめる。
その様子を良守の背中の上で眺めていた黒凪は微かに目を細めた。
「それじゃあ返して貰うわね。…正守」
「ん、あぁ…」
2人で同時に絶界を作り黒凪の身体に近付いて行く。
絶界に挟まれる様な形になった黒凪の絶界は瞬く間に消失した。
そして守美子が良守に目を向け、良守が徐に目を閉じる。
途端に小さな真界が黒凪を包み込んだ。
『っ!何だこれは…!』
「あ、別にお前を殺そうとか思ってないよ。…ただ"引き離そう"ってだけで」
己が作った真界に老婆を抱えて良守も入り込む。
堪らず黒凪がその場に崩れ落ちた。
そんな黒凪の頭に老婆を抱えたままで器用に手を伸ばすと、良守は少し眉を寄せながらぐっと呪力を手の平に籠める。
途端にがくん、と黒凪が頭を倒し、やがてゆっくりと持ち上がった。
『…。……、…はい、戻りました。』
「っしゃあ成功!」
『うわ、めっちゃ喜ぶじゃん』
「翡葉。」
良守の真界が解かれたと同時に正守が側の襖に声を掛ける。
すると襖が開かれ中から蔦の様なものが伸びて瞬く間に良守の背中から老婆を取り上げた。
そしてぐるぐると身体を拘束するとゆっくりと床に身体を降ろす。
老婆は苦しそうに息をしながら黒凪を睨み付けた。
「……、っ、」
『あ、この身体声あんまり出ないもんね。しゃべれないか。えーっと…』
「わー!危なーい!!」
『ん?』
ズドンッ!と物凄い勢いでサッカーボールが黒凪と老婆の側を通り抜けた。
遅れて聞こえてくる「ごめんなさーい!」と言う声。
庭で遊んでいた異能者の子供によるものだろう、と眉を下げた黒凪は老婆に目を向けて「あ」と目を見張る。
そして続けて翡葉の息を飲んだ様な声も聞こえた。
「あ、良守帰って――」
『え゙』
老婆の腕が持ち上がる。先程のサッカーボールによって翡葉の蔦が千切れていた。
三角を形作った両手が偶然姿を見せた時音に向く。
時音!と焦った様に名前を呼んでガクッと膝を着いた彼女に良守が駆け寄って行った。
俯いている時音の両肩を良守が掴み、口を開く。
「時音!大丈夫か!?」
「……、」
「…お、おい…。時音…?」
「…そうか、お前この女に惚れているのだな」
ぼそっと呟かれた言葉に「はぁっ!?」と良守が顔を真っ赤にさせて言った。
そして思わず手を離した良守に黒凪が動き出す。
時音が顔を上げ、良守を冷たい目で睨んだ。
「退け。」
「っ!」
「!(この女はさっきの術が使えないのか)」
微かに目を見開いてから踵を返して時音が走り出す。
良守は走り去る時音の背中を胸元を抑えながら眺めているだけ。
あーこらこら。なんて言いながら後を追う黒凪と暁達。その中でもイタチだけは今一度振り返って良守を見つめ、歩いて行った。
そんな彼等を見ながらゆらりと歩き出した正守、守美子、火黒、鋼夜。
正守はバクバクと激しく動く心臓を抑えている良守の顔を覗き込んだ。
「…あんな時音ちゃんもちょっと良いと思ってるだろ、お前。」
「そそそそんなわけあるかぁ!!」
【偶にキモいよなァ、君って。】
「んだとぉ!?」
すみません、頭領。
そう言って焦る良守とは裏腹に無表情に頭を下げる翡葉に正守が「良いよ、大丈夫。」と薄く笑みを浮かべて答えた。
一方の守美子は「それじゃあ私は休んでくるわねぇ」とふらふらと歩いて行く。
んじゃあ俺も昼寝でもするかなァ。そう言って歩き出した火黒に「え、良いの?」と正守が振り返る。
あ?と振り返った火黒に正守が時音が走り去った方向を指差した。
「彼女が向かった場所、救護班の方だよ。」
【だからなんだよ】
「もし入院棟に入ったら?」
【……チッ、わぁったよ。】
そう気だるげに言って背中を丸め、火黒が目にも止まらぬ速度で走り出した。
そんな火黒にはっとしてから良守が「俺も…!」と走り出す。
次に正守は走り出した良守の首根っこを掴んで引き止めた。
「何だよ兄貴、俺にも何かあんのかよ!」
「何だよって…お前が護るべき人はこっちだろ?」
「へ?」
「……、」
正守が示した方向に目を向けた良守は困った様な顔をした老婆を見る。
…あ。と呟いた良守は老婆に駆け寄り、暫し迷ってから「時音、だよな」と声を掛けた。
ゆっくりと頷いた老婆に眉を下げて彼女を背負う。
「…俺が絶対に戻してやるから。」
「………。」
「俺も行く。次はヘマしねえ」
「…翡葉さんってそんな口悪かったっけ」
俺はいつもこんなだよ。
そう良守に言って彼と共に歩いて行く。
一方の黒凪達は物凄い勢いで走って行く時音の後を追っていた。
『流石は時音ちゃん、足めっちゃ速いね』
「そういやあいつ、オイラを捕まえた時もフツーに足速かったな…うん」
「テメェとはえらい違いだなァ黒凪チャンよォ!」
『なんで大の大人が追いかけて時音ちゃん1人捕まえらんないのよ、ばーか。』
…落とすぞテメェ。
ぼそっと黒凪を抱えているサソリがそう言うと「わわ、ごめんごめん」と黒凪が取り繕う様に言った。
そして正面に目を向けた黒凪は"入院棟"の文字に微かに目を見張る。
『…入院棟に入って人質でも取る気かな』
「それが妥当でしょうね…」
「入院棟に怪我人なんざ今は居ねェだろ」
『いや、居るんだよねそれが。』
イタチとサソリに続けて言った黒凪に"そうだっけ?"と言った視線が向けられる。
そんな中で正面に目を向けたイタチは少しだけ目を細めた。
以前医務室に居た時に病人がいると言う事を菊水達が話していたのを彼は聞いていたのだ。
「…確か17年程前から居ると」
『そうそう。此処では私より長いんだよね。眠ってるけど。』
「寝たままで17年か?うん。」
『そうだよ。ずーっと寝たまんま。』
中々目が覚めないんだよねえ。
そんな風に言いながら黒凪がサソリと共に入院棟の奥へ奥へと進んで行く。
するとやはり最も奥の部屋だけが閉ざされていた為に時音が其方に向かって行った。
そして彼女が扉に手を掛けて開け放つ。
中に入った時音は真っ白な病室に思わず足を止めた。
――ピ、と機械音が耳に届き、規則的な呼吸音が聞こえる。
「(よし、病人が居るな。あいつを人質に…)」
【あーあァ。マジでこんなトコまで来てたんだなァ、お前。】
「っ!?」
ひた、と首元に冷たい刃先が添えられる。
ビタッと動きを止めた時音に火黒が喉の奥で笑った。
先頭を走っていたイタチは病室の前で足を止めて扉の名札に目を向ける。
…そこには何も記されていない。
【此処は立ち入り禁止だからさァ。出て行かねェと首が飛ぶぜ?】
「火黒!!」
【!】
刀を動かそうとした火黒の名を呼んだのは老婆を抱えた良守。
強い眼光で睨んでくる良守を見た火黒はニヤリと笑って両手を上げた。
途端に動いた時音が眠っている存在を隠すカーテンを開く。
イタチの目が開かれたカーテンの先に向かう寸前で火黒の刀が彼の目の前すれすれで停止した。
【木ノ葉の人間が見たら殺す事になってんだよ。コイツはさ。】
「……」
【死にてェか?】
「…いいえ。」
目を伏せて背中を向けたイタチに火黒が刀を手に戻す。
そんな彼の背後では再び良守が真界を使って時音と老婆の精神を入れ替えた所だった。
意識を戻された老婆を翡葉が拘束し、正守と共に病室を出て行く。
そんな彼等を見た火黒は「オラ、テメェ等も行け。」と暁の面々に声を掛けた。
「オイラ達は木ノ葉の人間じゃねえ。見ても良いだろ、うん」
【あ?…見てもいーけど見せる義理はねェしなァ】
「…。黒凪、駄目なのかよ。」
『火黒が駄目って言うなら駄目なんじゃない?』
笑って言った黒凪に舌を打って暁の面々が病室を出て行く。
時音が「ありがと」と礼を言い、良守は少し赤面して頷いた。
そして徐に立ち上がると2人でベッドに眠っている人物に目を向ける。
酸素マスクを通しての呼吸を繰り返す3人を見て眉を下げ、扉を足で開いて此方を見ている火黒に近付いて行った。
「…早く目が覚めると良いな。」
【あ?…ま、そうだなァ】
そんな風に会話をして3人で病室を出て行く。
静かに閉ざされた扉の先に眠る3人はぴくりとも動かない。
ただただ、呼吸の為に胸が上下しているだけだった。
「あぁ、お待たせしました。」
「いえいえ。此方こそスミマセン。」
ニコニコと辛気臭い笑みを浮かべる正守とそれに対して同じ様な反応をするカカシ。
カカシは間一族からの連絡を受けた火影に派遣されたようだ。
彼が間一族に訪れたのは山中一族の老婆を回収する為。
「この人、結局山中一族の誰なんです?」
「あぁ、この人は山中一族でも天才と詠われていた方でして。しかしこの通り御歳を召して居たものでずっと寝た切りだったそうです。」
「物置の部屋に寝た切り?」
「らしいですね。ま、間一族での暴挙を見ても随分と気性の荒い方だったみたいですし、ちょっと嫌われていた節があったんでしょ。」
なーんでお前が引き取りに来てんだよ。
そう言って姿を見せた火黒にカカシが目を向ける。
ニヤリと笑った火黒は「あのさァ…」と声を掛けながらカカシに近付いて、一瞬で腕を振り降ろした。
ゴト、と落下した老婆の首に「あーあ…」と正守が目元を覆う。
カカシは焦った様に「おい…!」と火黒を見た。
【いやー、そのババアがさ、見ちゃいけねぇモン見たから。】
「だからってお前な…!」
「火黒…。せめて門の外で斬らないと…」
『あ゙、なんでそんな血だらけになってんのよ!』
死亡した老婆よりも血で汚れた門を気にする間一族にカカシが眉を寄せる。
そんなカカシを見た火黒は彼が抱える老婆の腹の辺りに首を放り投げ、またニヤリと笑った。
すると「カカシ先生ー!」と大きく手を振ってナルトが姿を見せる。
そしてナルトは血だらけの門を見て「うお、」と足を止め、カカシが抱える老婆の亡骸を見て「うおぉ!」と驚いた様に声を上げた。
「ど、どうしたんだってばそれ!?」
「あー…、…ま、色々あったのよ…」
【お前も変わったよなァ。】
お前はさ、暗部の時みたいに独りが似合うと思うぜ?
そう言って小首を傾げた火黒の腕を黒凪が引っ張る。
こーら、勧誘しないの。そんな風に言った黒凪に「へいへい。」と返答を返して火黒が再びカカシに目を向けた。
【じゃあなァ。カカシ】
「……あぁ」
ゆっくりと扉が閉ざされて行った。
しっかりと閉ざされた扉にカカシは眉を下げ、老婆の亡骸にげんなりとする。
そしてこの老婆は一体何を目撃したのだろう、と目を細めた。
独りになれば。
(そうは言ってもお前、今は独りじゃないんだろ。)
(…なあ、火黒。)
.