世界を君は救えるか【 × NARUTO 】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
みかづき島編
『で、任務ってのは?』
「要人の警護だ。」
『要人?…お、一国の王子様だ。凄いね。』
そんな風に呟きながら資料に目を通していると「任務か!?」と笑顔で飛段が走ってくる。
飛段の声に反応したのか角都も徐に襖を開き顔を覗かせた。
そんな彼等を見ると資料を閉じて片手に持ち「一緒に行きたい人!」と黒凪がもう片方の手を上げる。
資料を持っていたデイダラ、サソリ、偶然居合わせた飛段、角都、そしてイタチ。
彼等が徐に顔を見合わせ全員が徐に手を上げた。
『え゙、全員?』
各々の顔を見渡して再び資料に目を向ける。
要人の警護、しかも一国の王子であれば狙う輩は多いだろう。
しかしあまり大人数でぞろぞろ歩いてもなぁ…。
『…よし、じゃんけんで。』
「っしゃあ!テメェ等恨むなよ!」
「まだお前が勝つって決まったわけじゃないだろ、うん…」
『あ、イタチは一緒に行くって約束してるからじゃんけんいいよ。』
あんだと!?と飛段が振り返る。
そんな飛段の顔を結界で元の方向に戻し「ほらじゃんけんするの。」と黒凪が腕を組んだ。
するとそんな黒凪の背後に竜巻が巻き起こり、中から七郎が姿を見せる。
「こんにちは黒凪さん。お出かけですか?」
『うん、今から任務行くんだぁ』
「へー。…実は僕、これから1週間ほど非番なんです。」
『非番?そんなの始めてじゃない?』
はい。最近働き詰めだったので紫島が父さんに掛け合ってくれたみたいで。そしたら1週間も休みを貰っちゃって。
暇だから黒凪さんの所に来ちゃいました。
笑って言った七郎に「それじゃあ偶には一緒に任務に行く?」と黒凪が言うと彼は予想以上に嬉しそうに目を見開いた。
「本当ですか?」
『うん。君が居れば多分すぐに片付くし。』
そう言って黒凪が笑ったとほぼ同時にギャー!と男の図太い声が聞こえてくる。
そんな声に其方へ目を向ければ角都以外の全員が悔しそうに拳を握りしめていた。
…独り勝ちしたの?黒凪の問いに「あぁ」となんでもない事の様に角都が言った。
「くそー…、…黒凪!あと1人ぐらいは連れて行くよな!?」
『あ、このメンバーで行くわ。』
「はぁ!?」
今回の任務はイタチと角都と七郎君と行ってきます。
笑顔で言った黒凪に「なんだとォ!?」と飛段の声が響き渡る。
そうして俺も連れて行けやら言って来る彼等を放って黒凪がイタチを部屋に案内する為に歩き始めた。
角都も自室に向かって歩きだし、七郎は「玄関で待ってますねー」と歩き出す。
その様子を見ていたイタチは歩き出した黒凪の後に無言で続く。
「…普段からあのような感じなんですか?彼らは…」
『あの4人?…そうだね、基本的に誰が行っても良い様な任務の時はじゃんけんかな。』
「…そうですか…」
『それにここではチャクラが使えないから暇だって言うのは本当だろうし、ストレス溜まるんでしょ。』
だからあの子達の為に任務を沢山受けてたら私だけなんか疲れて来てさ…。
と眉を下げた黒凪の後姿をイタチが眺めながら屋敷の中を歩いて行く。
しかも面倒臭そうなのとか積極的に私達に渡す様になり始めたし!
そう言って「正守めー…」と悔しそうに眉を寄せた黒凪にイタチが小さく笑った。
「恨み言を吐いている割には、楽しそうに見えますが」
『…まあそうだね。楽しいから続けられてんだけどね。』
そう言ってから足を止め、此処がイタチの部屋だよと声を掛けられイタチが襖に目を向ける。
適当に荷物広げて任務の準備してから玄関で集合ね。
そうとだけ言って歩いて行った黒凪の背中を見送って部屋に入る。
随分と殺風景な部屋の中にはタンスが1つあり、中には数枚の間一族の羽織と畳まれた着物が入っていた。
「………。」
木ノ葉を抜けてからは安心していられる居場所など1つも無かったし、こんな風に自分の為にと畳まれた衣服なども長らく見て居なかった。
子供の頃は母が任務の時の服を畳んで準備していてくれたりしたな、と思い返して畳まれた着物を持ち上げる。
すると「ごめんね、ちょっと入っても良いかな」と声を掛けられ「はい」と返答を返した。
「ごめんね、着物は準備していたんだけど笠を置いておくのを忘れてて…」
「いえ…」
ささっと中に入り込んだ修史は壁の突起に笠を引っ掛けて再び襖へ戻ると「ごゆっくり」と微笑んで静かに襖を閉じた。
先程の彼の言動から着物も部屋の整理も彼が全てやってくれたのだろう。
ニコニコと穏やかな笑顔を見せてくれた修史を思い返し、あんな笑顔を向けられたのもいつぶりだろうかと物思いにふける。
そんなイタチの部屋の前をすたすたと角都が歩いて行く様子が見えた。
「……。」
「おいイタチ。」
「!…サソリか、なんだ?」
「どうせ玄関までの道なんざ分からねぇだろ。俺も暇だからな、一緒に行ってやる。」
「…ありがとう。少しだけ待ってくれ。」
サソリの気遣いに少しだけ驚いて身支度を整える。
そして外に出ればサソリが徐に此方を見上げて来た。
そんなサソリを暫し見つめていると「あんだよ」と少しイラついた様にサソリが言う。
「いや、本体は今朝初めて見たからな」
「チッ。どいつもこいつも第一声はそれかよ…」
「当たり前だろう。お前は仲間の俺達にも素顔は見せなかったんだからな。」
「此処で晒す羽目になったのはこの屋敷でチャクラが使えねェ所為だ…」
それよりお前笠は持ったか。
そう訊いたサソリに頷いて笠を持ち上げれば「よし」と呟いてサソリが玄関に向かって歩いて行く。
そんなサソリの背中に「やはり顔は見られるとまずいのか」と声を掛ければ「当たり前だろ」とサソリが振り返らずに返答を返した。
「俺達は世間じゃ死んだ事になってるからな…。とは言っても実際は俺達が間一族に居ようが文句は入らねぇらしいが、黒凪の野郎が里に配慮してんだと。」
「成程な…」
「…お前あいつがガキの頃から知ってんだろ。昔からあんななのかよ」
「あんな?」
平気な顔して俺等の代わりにミンチになったりしやがる。目の前でやられると癪に障るんだよ。
低い声で言ったサソリに「さあ…」と返答を返したイタチはちらりと間一族の屋敷の中に在る庭で遊ぶ異能者の子供達に目を向けた。
死ぬ事は怖くないと、ずっと言ってはいたがな。
無邪気に遊ぶ子供達の笑顔を見て黒凪のあんな顔を見た事がないとふと思い返す。
「黒凪さんの事だ。自分が死ぬ事なんて何とも思ってないんだろう。」
「…何だよその黒凪"さん"ってのは。気持ち悪ィ。」
「あの人を呼び捨てる方が俺は気持ちが悪い。明らかに目上の人間だ。」
「……はっ。好きにしやがれ。」
そんな会話をしながら玄関に着くと既にイタチ以外の全員が集合していた。
イタチとサソリを見ると黒凪が微笑み「ありがと。」とサソリに礼を言って彼に背を向ける。
それから数時間程で七郎の能力によって4人は合流地点として指定されている真夏の荒野へと辿りついた。
「…え、要人の警護なんですか?この任務。」
『うん。一国の王子様?が馬鹿みたいな金額出して来たからそれ相応の対応をしたら…』
「間一族に任務が回って来たと…。」
にしても暑いね、鋼夜置いて来て良かったよほんと…。
しみじみと言った黒凪に「そうですね」と笑って返答を返す七郎。
随分と仲の良い2人の様子など気にせず今回の任務の資料を読む角都とイタチ。
そんな彼等を地面に降ろした七郎は「あれじゃないですか?」と遠くから此方に向かってくる大量の荷台車を目を細めて眺める。
目の前を進み始める随分と数の多い荷台車を眺めているとやはりこれらは今回護衛を依頼してきた王子の所有物らしく、やあやあ皆さん!と陽気にその王子が現れた。
王子と言えば容姿端麗な人物を微かに想像していたわけだが、まあこれが現実か。
金がある故に美味しい食べ物をたらふく食べて来たのだろう、現れた王子は随分と身体の大きな人だった。
「君達が今回僕等の護衛をしてくれる忍の皆かなぁ?」
『はい。木ノ葉隠れから来た間一族のものです。私は隊長の黒凪。』
「僕は扇七郎と言います。」
「…角都だ」
「イタチです。」
随分と距離のある平和な国だから本名を名乗り、顔もそのままで良いと指示を出してある。
彼等の様な極悪人の顔が知れ渡り、忍が狙ってくる様な場所は忍五大国などぐらいなものだ。
遠方の里から忍を派遣させるような国等は抜け忍の存在など知らないに等しい。
「僕は月の国の王子、ツキミチルさぁ。これからよろしくね。…にしても君可愛いねえ」
『(お?)』
「こんなに小さくて可愛らしいのに隊長なの?」
よろしく。と差し出された手に「あぁはい…」と手を差し出せば掴まれた手はすっぽりとミチルの両手の中へ。
これはシェイクハンドとは言い難い。そんな風な事を考えて優しい手つきですりすりと擦られる己の右手を見ながら黒凪が苦笑いを溢した。
すると「ミチル様、よろしくお願いします。」とほんの少しだけトーンの低い七郎の声が聞こえてくる。
ああよろしくねぇ、と黒凪の手を片手で持ったままもう片方の手を差し出して来たミチルのその手を七郎が強く掴んだ。
「あいたたたっ!?」
『あ、こら七郎君。駄目だって。』
「あぁすみません。シェイクハンドがお好きなのかと思い、つい気合いが。」
ははは、と爽やかに笑う七郎を横目に見ていた角都が黒凪に向かって放たれたおもちゃの矢を反射的に掴み取る。
黒凪は己のすぐ前で止められたおもちゃの矢を見ると身体を横に傾けて角都の手の向こう側に目を向けた。
そのおじさんが居なかったら死んでたんじゃない。そんな声が掛けられ、荷台車から1人の少年が降りてくる。
「パパ大丈夫なのその人達。強そうだけど隊長が女だし、子供だしさ。…矢にも反応出来て無かったし。」
『(…あ、子供居るって確か資料に書いてあったな)』
「これは僕の息子のヒカルだよ。今はわんぱく盛りだから許してあげてね」
『許すも何も怒ってませんよ。…よろしくお願いします、ヒカル君』
ヒカルの挑発等何とも思っていない様な反応の黒凪に彼はむっと眉を寄せた。
そんなヒカルから目を逸らし「それじゃあ出発しましょう」とミチルに声を掛ける。
そうだね、と笑って荷台車に戻って行ったミチルはヒカルが乗り込んだ事を確認すると指示を出し荷台車を出発させた。
今回の任務は南海の彼方にある"みかづき島"という常夏の島にある月の国へ王子達を送り届ける事。
何故彼等王子が国から離れていたのかと言うと、諸国漫遊の旅に出ていたからだと言う。
この長く続く荷台車は全てその旅の際に気に入って買い取ったものらしい。
『…角都、お金がある人を目の前にしてどうですか?どうぞ。』
≪何とも思わん≫
≪…数名岩肌に潜んでいるな…。≫
≪あ、本当ですか?ちょっと待ってくださいね。…えーっと、1、2、3…7人です。手分けして早めに叩きましょうか。どうぞ。≫
『はーい。』
とても量の多い荷台車を警護している為、各々距離が離れている。
その為無線機を使ってでの会話となっており、今の会話を皮切りに各々が動き出した。
岩肌に隠れている賊を角都と七郎が、反対側から襲い掛かって来た賊はイタチと黒凪が対処する。
荷台車の中に乗っているミチルとヒカルはぎゃああ、と微かに聞こえてくる賊の断末魔を聞き流しながら欠伸をしたりゲームをしたりしていた。
『こっちは片付いたよ。怪我ある人居る?どうぞ。』
≪僕と角都さんは大丈夫です。イタチさん無事ですか?どうぞ。≫
≪こっちも無事だ。ありがとう。≫
随分とローテンションな会話が、無線を通して繰り広げられた。
そうして何度か夜を過ごし、荒野から綺麗な草木の生える街へと入っていく。
何でも前の警護をしていた連中はそのあまりの厳しさに逃げ出したと聞いていた。
確かに高級な料理を食し、高級なベッドで眠る王子達とは打って変わり警護をする人間は非常食の様なものを食して冷たい地面に寝転がる。
あまりの落差にそりゃあ嫌な気分だろう。…間一族の場合は黒凪が結界を作ってくれる為夜の寒さは防ぐ事が出来るのだからまだマシなのかもしれない。
それでも普段は屋内で眠ってばかりだった七郎は少し気だるげだった。
≪いやー、まさか忍はこんな任務をこなしているとは驚きでした。どうぞ。≫
『今回は普段の任務よりちょっと体力面がしんどいからね。七郎君には荷が重かったかな?どうぞ。』
≪まあでもなんやかんやで楽しんでるので大丈夫です。どうぞ。≫
『それはよかった。』
そんな風な会話を無線で行っている黒凪に「ねえねえ」と暇になったミチルが声を掛けてくる。
はい、なんでしょう。と少し前に進んだ黒凪を後ろを歩いているイタチが見て気を効かせるように彼女の分も周辺を見渡し始めた。
君はこの班のリーダーなんでしょ?やっぱり強いの?
そんな事を聞いてくるミチルの前にはヒカルがゲームをしながら座っている。
『私はまあまあですかね。でも後ろを歩いてる3人は物凄く強いですよ。』
「へえ! 確かに彼等は強そうだったもんねえ」
『はい。今回のメンバーは頭の回転が速く、強い者を選抜しました。月の国まで問題は何も起こらないかと。』
「うんうん、ありがとねぇ」
ねえパパ、と黒凪と会話をしていたミチルをヒカルが呼んだ。
その様子を見て元の位置に戻った黒凪は振り返ってイタチに手を振る。
するとまたミチルが顔を覗かせ「この町でサーカスをしているらしいから見に行く事にするよ。」と黒凪に声を掛けた。
頷いた黒凪は無線で3人に声を掛け、ミチル達と共にサーカス内の座席に腰を下ろす。
「…こんなものの何が面白い」
『そりゃあ動物が普通は出来ない様な事をする所でしょ。』
「……。サーカスと言うものは初めて見ます。」
「え、本当ですかイタチさん。…昔から忍として働いてたんですもんね、それもそうか。」
一通りのショーが終わり、サーカスの団長とみられる男が中央に現れて深く頭を下げた。
彼は皆様がお待ちかねの、と前置きをしてステージの左上の方向を示す。
そこにはあまりお目に掛かる事の出来ないサーベルタイガーが立っており、団長はサーベルタイガーを"チャム"と呼んだ。
チャムが威嚇をする様に一吠えすれば、ミチルがビクッと肩を跳ねさせヒカルがキラキラした目でチャムを見つめる。
「そしてチャムの相棒、キッキィ!」
小さな猿も現れ、虎であるチャムの頭に着地した。
湧き上がる歓声の中で彼等のパフォーマンスが始まり、チャムとキッキィのボール遊び、チャムの火の輪潜り、そして座ったチャムの頭の上にキッキィが乗り、持っているリンゴを上空に放り投げる。
そのリンゴを劇団員の男性が矢で貫いて見せた。
そのパフォーマンスに劇場内が拍手で満たされる。
「それではこちらのパフォーマンスをどうぞ!更に難しくなりますよ!」
そう言って団長が示した先のキッキィの手にはまたリンゴ。
キッキィの指先でクルクルと回されたリンゴがキッキィと共にぐらぐらと揺れる。
外せばキッキィが危ない、などと団長が場を盛り上げる中、リンゴを団員が構えている矢の方向とは別の場所から飛んで来た矢が落とした。
キッキィもチャムも普段と違うパターンに驚いた様な反応をし、団員も思わず動きを止める。
そんな中でいち早く状況を理解した団長がスポットライトを矢が飛んで来た方向へ向けた。
「…おおっとこれは!物凄い少年だー!」
「…こんなの簡単だよ…」
スポットライトの先にはおもちゃの弓矢を構えたヒカル。
そんなヒカルに面白い展開を予想したのだろう、団長が笑顔で「ではこれはどうかな?」と指を鳴らして見せた。
途端にキッキィがまたリンゴを持ち、チャムの頭の上に立つ。
チャムが徐に腰を上げステージ上を走り始めた。
「これがもし出来たらご褒美をあげよう!」
「……。」
ヒカルが矢を構えて沈黙する。
そして放たれた矢は見事にキッキィの持つリンゴを射抜いた。
ステージに転がったリンゴを見て観客が拍手をし、団長も笑顔でヒカルに近付いてくる。
「君凄いね、大したもんだ!」
「どうって事無いよ。」
「うーん、そうだなぁ。何かご褒美を上げないとなぁ。何が良いだろう…」
「あれが良い。」
ヒカルが指を指した方向にはサーベルタイガーのチャム。
商売道具であるチャムは流石にあげられないと団長が困った様に返答を返すも、ヒカルは依然として「あれが欲しい」とチャムを指差し続ける。
そして「良いでしょパパ」とミチルに目を向けるとミチルはご機嫌な表情で「そうだねえ、僕も気に入ったしこのサーカスごと買ってしまおう!」と言った。
その発言に黒凪達が「は?」と眉を寄せているとミチルはショーの後に本当にサーカスを買い取ってしまったのだ。
『お金があるってああいう事だよ、角都…』
「いちいち俺に話を振るな。」
「いやー、王子様はやる事成す事違いますねえ」
「…馬鹿馬鹿しい。他人の迷惑も考えられないのが一国の王子か。」
サーカス団がステージをばらし始め、動物達は檻の中へ。
その様子を眺めながらそんな事を話していると前方を団長とミチルが話しながら歩いて行く。
その2人の後を歩いていたヒカルは木陰に寝転んでいるチャムを見つけると徐に近付いて行った。
そしてチャムに落ちているリンゴを差し出す様子を見て黒凪が振り返る。
『…ね、あれ多分虎に襲われるわ。』
「あ、じゃあ僕行きます。」
七郎がそう言って小走りにヒカルに近付いて行くと黒凪の予想通り、やはりチャムは威嚇してヒカルに尻餅をつかせると勢いよくヒカルに近付いてくる。
ヒカルがチャムとぶつかってしまう寸前でひょいと持ち上げた七郎はチャムの目の前にリンゴを蹴り上げチャムの意識を逸らせた。
「大丈夫?怪我はないですか?」
「う、うん…」
「気を付けてくださいね、ああ言った動物は大抵人に厳しいので。」
そう言って地面に降ろしてやると今更ビビった自分が恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にしてヒカルが走り去って行く。
その背中を見送った七郎がチャムに目を向ければ、チャムは興味を無くした様にのそのそと歩いて行った。
「――おいお前!」
「ん?」
みかづき島へ行くための巨大な船を目前にヒカルにそう声を掛けられ七郎が振り返る。
イタチはミチルの側、角都は船の上、黒凪は積み込まれていく動物達を眺めていた。
何ですか?と笑顔でしゃがめば彼は「僕の家来になれ!」と至って真剣な顔で言う。
ぽかんとした七郎は「家来?」と問い返して小首を傾げた。
「そうだ。家来になればなんだってあげるぞ。美味しいご飯も、面白いゲームも。」
「…申し訳ございません、お断りします。」
「…なんだ、何か不満でもあるのか?」
「いえ?」
じゃあなんで。
そう言ったヒカルに七郎がにっこりと笑って「僕は黒凪さんの命令にしか従いません。」と言い放つ。
その言葉を聞いたヒカルはあんな子供に何を貰えるって言うんだよ、とむすっとした。
「金目のものは何も。…でも黒凪さんには沢山のものを貰いましたから。」
「…。…じゃあ黒凪を僕の家来にしたら?」
「黒凪さんが貴方の命令を聞けと僕に命ずれば貴方の言いなりになりますよ。」
「…分かった。」
ヒカルがむすっとした顔のままで歩いて行く。
そうして夜になり、船も出発してミチルは甲板でどんちゃん騒ぎ。
ミチルの家来達とは違う机で食事を食べていた黒凪達の元へヒカルが近付いてきた。
「おい!」
『ん?』
「…黒凪、お前僕の家来になれ。」
『…へ?』
何だってあげるぞ。豪邸だってパパに頼めばすぐに作ってくれる。
断られる事など予想もしていない様な表情で言うヒカルに困った様に眉を下げて「すみません」と黒凪が言った。
途端にヒカルが驚いた様に目を見開き「美味しいご飯も、ふかふかのベッドも、宝石も何だってだぞ!?」と食い下がる。
それでも依然表情を崩さない黒凪に眉を寄せた。
『私はそんなもの要りませんから。…あ、あそこにキッキィが居ますよヒカル君。』
「え、」
『遊んで来たらどうですか。』
笑って言った黒凪を一睨みしてヒカルが走って行く。
その背中を見て角都が「親が親なら子も子だな。」とぼそっと言った。
その言葉に「仕方がないさ、そう育ってきたんだろう」とイタチが無表情に言う。
ヒカルはキッキィと共にリンゴを片手に奥へ入っていく。…チャムの所へ向かうのだろう。
そんな事を考えていると遠方の方からゴロゴロ、と微かに雷の音が聞こえてくる。
目を向ければ遠くで何度か雷が光る様子が見えた。
嫌な予感がするなぁ、目を細めているとやはり数分後には物凄い嵐の中を進む事となり、黒凪が廊下で顔を青くさせて壁に凭れ掛かる。
『あ゙ー…気持ち悪…』
「随分と強い嵐ですね。…ちょっと雲の上に行って天候変えられるかやってみます。」
『ありがと…。でも天候を変えられたとしても結構時間かかるよね…』
「はい。動物達が可哀相ですし出来る限り濡れない様にしてあげてください。」
そう言って竜巻を身に纏い、七郎が上空へ飛んで行く。
すると丁度そのタイミングでミチルの部下が甲板の荷物をどうにかしてくれないかと声を掛けに来た。
その言葉に頷き、角都とイタチが徐に外に出て行く。
黒凪も暫し眉間を抑えてから立ち上がると「別に良いよ」と背後から声を掛けられた。
『?』
「外に出ると危ないし、気分悪いんでしょ。」
『…でも動物達が可哀相ですし。』
「そんなの気にしなくて良いよ。もう僕飽きちゃったから流されても別に…」
え、本気ですか?
黒凪の驚いた様な声に「え?」とヒカルが顔を上げる。
動物も生きてるんですよ?このままじゃ窒息死です。物凄く辛いんですよ、窒息って。
そう言った黒凪にぽかんとするヒカル。
その様子に困った様に眉を下げた黒凪は「ちょっとヤバいですよ、君」と笑顔でヒカルに近付いた。
『君のクズっぷりはあまり好きじゃないなぁ。私も大概のクズだけど。』
「…クズ…?」
『クズです。中々のクズ。』
「……っ、」
じわ、と目に涙を浮かべるヒカルに「それじゃあ行って来るので。」と背を向けて黒凪も外に出て行く。
外は依然として強い雨と風に晒されていた。
がたん、と大きく揺れて蹲っていたヒカルが倒れ込む。
暫しの間ぐるぐると同じことを考えていた。僕は此処で泣いてるんだぞ、誰か慰めに来いよ。と。
何で僕がクズなんだ。クズだから誰も助けに来ないのか?…いや、僕はクズじゃない。
そんな事をただ只管。…そして徐に顔を上げた。
「…僕はクズじゃない!」
そう1人で叫んで走り出す。
荷物を運ぶ劇団員達に混じって外に出れば物凄い雨が甲板に叩きつけられていた。
黒凪が船全体を結界で囲んでしまえば楽だったのだが、彼女は船酔いしていて上手く力が扱えない状態にある。
力をどうにか振り絞り檻を結界で固定し中の動物を角都やイタチに出させていた。
『っ、うえ、』
「大丈夫か?」
『気持ち悪い…』
「坊ちゃん! 危ないですよ!」
サーカス団の団長の声に顔を上げる。
物凄い雨と風の中でキッキィを肩に乗せてヒカルがチャムの檻の扉を開こうとしていた。
ぐらっと揺れてその反動でチャムの檻に掴まり、鍵穴に刺さっている鍵を回して扉を開く。
途端にキッキィがチャムの頭に乗り、その様子を見てヒカルが安堵した様に笑顔を見せた。
しかし途端にまた大きく揺れて海水が甲板に入り込み、強い水流にキッキィが流される。
「キッキィ!」
「坊ちゃん、危ない!」
『っ、』
黒凪が念糸を飛ばしてキッキィとヒカルを捕えてぐっと引き寄せる。
しかしまた大きく揺れて黒凪もその反動で体勢を崩した。
角都が咄嗟に腕を伸ばして黒凪の首根っこを掴むと一気に引き寄せ、チャムもヒカルとキッキィを引き戻す様にヒカルの服を噛んで船に引き上げていく。
そうして行きあげられたと同時に巨大な爆風が雲をみかづき島とは真逆に流していく様が見えた。
『(おお、流石七郎君…)う、わっ』
ぐんっと引き寄せられて背中が固い何かにぶつかる。
はっと顔を上げれば黒凪を引き寄せた角都が此方を見下していた。
すると空の分厚い雲が開き、日の出が見える。
おお、急に晴れた…。なんて団長達が言っている中で竜巻に包まれた七郎が疲れて気絶しているヒカルを持ち上げて黒凪の側に降り立った。
「いやぁ、結構時間かかっちゃってすみません。大丈夫でした?」
『うん。誰も怪我はしてないよ。』
「よかった。…ヒカル君ずぶ濡れですけど、まさか動物を助けに?」
『らしいね。私がクズだなんて言っちゃったからヤケになったんでしょ。』
あはは、貴方の悪い癖が出ましたね。
笑って言った七郎に小さく頷いて「謝らなきゃなあ」と眉を下げてヒカルの寝顔を覗き込んだ。
そうして数時間後に晴れ渡った空の下でゆっくりと船が進み、ミチルとヒカルが甲板に姿を見せる。
黒凪達は動物達と共にずっと甲板で話をしていて、現れた2人に目を向けた。
キッキィはヒカルを見つけるとすぐに走り出して抱き着き、そんなキッキィの後を追う様にチャムものそのそと歩いてくる。
「あ、危ないです坊ちゃん!」
「ヒカル!」
「……、」
団長とミチルが顔を青ざめる中でヒカルが恐々ながらもチャムに手を伸ばす。
ゆっくりとチャムの頬を撫でてみるとその手にすり寄る様にチャムが動いて喉を鳴らし、ヒカルの側に腰を下ろした。
そんなチャムに団長は「チャムが人に懐くなんて…!?」と大きく目をひん剥いている。
『…。ヒカル君』
「!」
現れた黒凪にヒカルが怯えた様な顔をする。
その顔を見た黒凪は「あぁごめん」と一歩下がると「ゴメンね、」とその場でしゃがんで言った。
君はクズなんかじゃなかった。本当のクズは私に何て言われても動かない様な奴の事だ。
…君は動いて、動物を助けたからクズじゃない。
『ごめんね。…ごめん。』
「…う、ううん!…僕こそごめんなさい!」
立ち上がって勢いよく頭を下げたヒカルに黒凪が少しだけ驚いた様な顔をする。
黒凪お姉ちゃんや七郎お兄ちゃんに酷い事言ってごめんなさい。…本当は僕、一緒に遊んで欲しかっただけなんだ。
友達に、なりたかっただけなんだ。
頭を下げたままで言ったヒカルの頭に黒凪が手を乗せる。
『それじゃあ友達になる?』
「え、」
『七郎も友達になってくれるよ、きっと。…角都とイタチもまぁ…頼めば…』
「う、うん!友達になりたい!」
顔を上げて言ったヒカルに「それじゃあよろしく。」と七郎が黒凪の側で笑顔を見せた。
黒凪が角都とイタチに目を向けると彼等は顔を見合わせて沈黙する。
その様子にもじもじし出したヒカルの手を黒凪が引いた。
『ほら言ってごらん、友達になってくださいって』
「…友達に、なってください」
「…。あぁ。構わない。」
「……。」
『角都おじさんも良いってさ。』
本当に!?と黒凪を見上げてヒカルが笑顔で角都を見上げる。
角都は目を逸らすと諦めた様に小さく頷いた。
その様子に嬉しそうに笑っていたが、やがてヒカルが顔を曇らせ俯く。
『あれ、角都おじさん嫌だった?』
「ち、違うよ!…月の国に着いちゃったら、折角友達になれたのにお別れだなぁって…」
『あ、何だそんな事?』
「え…」
私達は間一族よ。任務だとかに縛られはするけど自由度は高い。
君に会いたくなったらいつでも行くし、君が来てくれと言うならいつでも行くよ。
そう言って笑った黒凪にまたヒカルの顔に笑顔が戻っていく。
「ありがとう。…ありがとう、黒凪お姉ちゃん」
『…うん。良いよ。』
黒凪のその返答にじわ、とヒカルの両目に涙が浮かぶ。
ありがとう、ともう一度震えた声で言ってから目元を拭うヒカルに黒凪と七郎が顔を見合わせた。
…みかづき島まで、あと少し。
みかづき島の港に辿り着き、ミチルがサーカスの団長に「また後で」と声を掛けて王族の住む城へ進み始める。
城への道のりの中に人の姿はない。転がった缶が虚しく風に吹かれて転がって行った。
栄えていると聞いていたにしては聊か静か過ぎる。みかづき島をPRするような放送の声が静かな街に響いていた。
『…。(なんかおかしいな)』
「黒凪さん。」
徐に声をかけてきたイタチに目を向ける。
彼自信も幻覚を疑ったのだろう、その目は写輪眼になっていた。
『やっぱり可笑しいよね?幻術とかじゃない?』
「いや…現実です。少なくとも術の類は何もかけられていない…。」
イタチが居るのだから確実に幻術に掛けられる事はないだろうし、愚問だったかもしれないけど。
おかしいなぁ、この通りはいつも賑やかなんだけど…。
そんな風にミチルも顔色を変えて言い、黒凪が振り返って角都と七郎を見る。
2人も此方を見ると小さく頷いた。
そうして城に辿り着き、巨大な門を開く。
「…出迎えも無いなんて…」
『……。』
きょろきょろとミチルが周辺に目を向けていると城のバルコニーの様な場所の扉が開いた。
そこから顔を見せた人物にミチルがほっとした様な顔をして「シャバダバ!」と声を掛ける。
その呼び方から彼の父親ではないのだろうし、国王でもないのだろう。
「諸国漫遊の旅、ご苦労様でした。ミチル殿。ヒカル殿もご無事で何より。」
「うん!ありがとうシャバダバ!…それより街の様子がおかしいんだ、何かあったのかい?」
シャバダバが微笑んだままで沈黙する。
その様子をじっと見ていたミチルははっとしてから周りを見渡し「パパは何処?」と問い掛けた。
…嫌な予感がする、と黒凪が徐に目を細める。
シャバダバがゆっくりと口を開いた。
「国王は死んだよ」
「…へっ?」
途端に兵隊が大量に現れミチルを含め旅から戻った全員を囲んだ。
王権は私が受け継ぐ。だから王子、貴方は邪魔なんだよ。
シャバダバの言葉に「成程ね」と笑って黒凪が構えた。
『ミチル様、これはクーデターです』
「クッ、クーデター!?」
『追加料金払って国盗りを依頼しますか?』
「く、国盗り…」
ザッと兵隊が近付き「ひぃっ」とミチルが顔を青ざめる。
ヒカルがミチルにしがみ付き「どうします?」と黒凪が振り返った。
途端に「殺せー!!」とシャバダバの声が響き渡る。
その声と同時に「依頼するよぉ!!」とミチルが反射的に叫んだ。
『七郎君』
「はーい」
黒凪がミチルとヒカルの頭を押し付けてしゃがみ込む。
その様子を見て咄嗟にイタチと角都も膝を折った。
途端に突風が吹き荒れ、乗って来た馬車ごと周辺の兵隊を吹き飛ばす。
倒れかかった馬車を角都が腕を伸ばして引き止め、イタチがミチルとヒカルを抱えて馬車に放り込んだ。
『よし、とりあえず王子様達は外に……ありゃ、運転手逃げてる』
「死ねえええ!」
『結。…誰か馬車運転できる人ー』
結界を一気に形成して兵士を殴り振り返る。
イタチは写輪眼で一気に幻術を掛け、角都は体術で対応、七郎は変わらず突風を起こして兵士達を吹き飛ばしていた。
黒凪の言葉にイタチが首を横に振り、角都は「無理だ」七郎は「出来ないです」と返答を返す。
あらら、なんて言いながら応戦していると遠目に戦車の様なものが停車したのが見えた。
『?…新手かな』
「吹き飛ばしましょうか? あれ」
『仲間の可能性がちょっとあるから様子見よっか。』
戦車から降りた男が刀を抜き、振り下す。
男が攻撃したのは兵士達側。その様子に小さく笑って黒凪が男に近付いた。
ミチル様派の人ですか?そんな風に聞いて笑顔で近付いてくる黒凪に男が怪訝な顔をする。
『旅の帰りを護衛していた間一族の者です。味方ですよね?』
「…あぁ」
『馬車は運転出来ます?此処で暴れると王子様達が危ないのでとりあえず撤退したいんですが』
「了解した!」
男が馬車へ駆け乗り発射させる。
後を追おうとした兵士達の前に黒凪が立ち、結界で一気に大量の兵士達を押し戻した。
そして黒凪をイタチが抱えると角都が印を結んで術を発動し地面を崩す。
崩れた地面に兵士達が巻き込まれ、城からその様子を見ていたシャバダバは眉を寄せた。
「――貴方達が手練れで助かった!事前に事情を話せずすまない!」
『島中の人間が今は敵でしょう。他に仲間は?』
「山中に数名居る!とりあえずそこへ避難を!」
森を駆け下り、街に戻る。
そしてまた森に入って海辺の岩場に入ると奥に1人の老人が眠っていた。
暫しぽかんと眺めていたミチルは大きく目を見開いて老人の元へ走って行く。
パパ!とミチルが呼び、ヒカルが「爺様」と呼んだ事から彼が国王である事が理解出来た。
『先程のシャバダバにやられたんですか?』
「ええ。…かねてより国王と筆頭大臣のシャバダバを含めた大勢の大臣達は将来の国の政策を巡って対立を繰り返していました。」
それでも国王はいつかは理解を得られる筈だと信じておられたのですが、彼等は着々と裏で謀反を企てていたのです。
幸いにも我々が事前に察知し、国王にお伝えした所、国王も流石に目を瞑ってはいられないと措置を決断されました。
そしてミチル殿下とヒカル殿には安全の為に諸国歴訪と言う名目の元で国外にお出しになったのです。
その言葉にミチルが驚いた様に振り返り、眉を寄せて父である国王に目を向けた。
「そんな、…そんな理由があったなんて…。」
「お二人が国外にいらっしゃる間に国王は全ての決着をつけるおつもりでした。しかしシャバダバ達は流れの忍達を雇って既に勢力を整えていたのです。」
予想外の反撃に我々は辛くも退散する形となりました。
…しかしその際に、国王が。
震える声で言ったコレガにミチルとヒカルの目に涙が浮かぶ。
生憎黒凪達の中に治療を出来る人間は居ない。しかしとりあえず敵の能力を見ておこう、と黒凪が国王に近付いた。
『傷口を見ても構いませんか?』
「な、治せるのかいっ!?」
『ものによります』
国王に掛けられた布を持ち上げ、横たわる身体に目を向ける。
右半身が石化している様子に目を細め、角都達に目を向けた。
敵は特殊な能力を持っている様です。と目を逸らしつつ言ったコレガに小さく頷き、石化した部分を手で撫でる。
『……。』
「ど、どう…?」
『…(無理ですね、なんて言ったら泣くかな…)』
真顔でそんな事を考えた黒凪は徐に修復術を国王にかけ始める。
はっきり言って意味はないが、努力を尽くした末に死亡した方が彼等にとっても踏ん切りがつき易いだろう。
これは一種のパフォーマンスだ、そう自分に言い聞かせて修復術を掛け続けた。
「…、…ミチル…」
「パパ!!」
「爺様!」
『(おお、目が覚めた)』
石化が解けていないのに目を覚ましたのは奇跡と言えるだろう。
しかしその声は弱々しく今にも息を引き取ってしまいそうだった。
今の国の状態はどうなっている、と問うた国王にこのままではいずれ謀反の手に落ちるだろうとコレガが伝えると「そうか…」と少し悲しそうに呟く。
そして国王は徐にミチルに目を向けた。
「ミチル…お前はこの国をどう思う…?」
「どう思うって…、とても豊かで素敵な国だと思ってるよ…?」
「そうか…だが私は裕福なだけでは幸せだとは思えないのだよ…」
「ええっ!?」
国王のその言葉に本気で驚いた様な顔をしたミチルに黒凪が肩を竦める。
七郎もイタチも困った様な顔をし、角都は目を細めた。
笑顔、喜び、希望、そして夢。呟く様に言う国王の言葉を食い入る様にミチルが聞いている。
調和と慈愛に満ち溢れた国を作りたかった…。だが仲間だと思っていたシャバダバは理解してくれなんだ…。
悲しそうに言う父の言葉にミチルが口を開いた。
「僕も何を言ってるか分からないよ…。…まるでアマヨみたいだ…」
「!…それって、僕のお母さん…?」
「そうか、アマヨさんも同じ事を言っておったか…。…あの人は鋭い人だ…お前は彼女の尻に敷かれるぐらいで丁度良いと思っておったが…、先に愛想を尽かされたからな…」
「アマヨは僕に大切なものが何も分かってないって言ったんだ。…大切なものって一体何なんだよぉ…」
そう言って項垂れるミチルに目を向け、国王がゆっくりと天井に目を向ける。
アマヨ、とは彼等の会話から考えるとミチルの妻でありヒカルの母親なのだろう。
分からないでもない。ミチルの様な人が夫なら愛想も付かしたくなるものだ。
「…ミチル…。最後に…お前に伝えたい事がある…」
「最後?…最後ってなんだよ、…嫌だよ、嫌だよパパ!」
「爺様! っ、僕も嫌だよ爺様ぁ…!」
「こんな場所で…、こんな状態で、お前に伝えたくはなかったんだが…」
虚ろな目をして言う国王に涙を流しながらミチルが耳を近付ける。
ミチル、お前が国王を継ぐのだ。
掠れた声が洞窟に木霊し、ミチルとヒカルが涙で顔をぐしゃぐしゃにして項垂れる。
「…護衛の皆さん…」
『!…はい』
ミチルの隣に並んで腰を下ろすとゆっくりと虚ろな目が此方に向いた。
突然の事で…驚いておられるでしょう…。しかし、もう暫くだけ力を貸して頂きたい…。
ミチルとヒカルを、護って頂きたいのです…。
呟く様に言った国王に「勿論です」と返答を返して、また天井を見た国王をじっと見つめる。
「…ミチル…」
「!」
「頼んだぞ…」
「っ、パパ、……パパぁ、」
うわああ、とミチルの絶叫が響き渡る。
泣きじゃくるミチルとヒカルの側から立ち上がった黒凪はちらりと外に目を向けて目を細める。
ここら一帯に広げていた探査用の結界に何者かが3人入り込んだ。
角都達に目を向けた黒凪は小さく頷き、洞窟の外に出て行く。
『…。敵襲です。奥に。』
黒凪の言葉と同時に起爆札が洞窟の入り口付近に突き刺さり、洞窟の入り口を結界で塞いで飛び退く。
起爆札に付けられていた小さな袋が破裂し、桃色の煙が舞い上がった。
黒凪を抱えて跳び上がっていた七郎は一瞬で己の背後に回ったイシダテに目を見張り、一気に突風を巻き起こす。
その反応の速さに少しだけ笑みを浮かべ、イシダテが地面に着地した。
それを見て七郎も地面に足を着けるとすぐ側で足を止めた角都とイタチの無事を横目に確認する。
「(…ま、流石にこの奇襲でやられたりはしないか)」
「やはり忍五大国が寵愛するだけはある。我々の奇襲で傷1つ負わせられないとはな。」
『…。此処でこいつ等殺れる?あんた達』
「…恐らく」
恐らく?そうイタチの言葉を復唱して黒凪が振り返る。
その顔を見て頷いたイタチは先程の起爆札が突き刺さった場所にちらりと目を向けた。
そんなイタチを見た角都も気付いたのだろう、小さく舌を打つ。
「さっきの起爆札か…」
「…あれは明らかに殺傷目的のものではありませんでした。となれば催涙ガス、毒…色々と考えられます。」
『えー…、マジか…さっきの毒だったの…』
「その通り。先程お前達が吸ったのは無臭の毒霧だ。暫くは満足に戦えまい。」
こんな風にな。そんな声が背後から聞こえ、反射的に七郎が再び突風を巻き起こす。
途端にイタチには紅一点のカレンバナが、角都にはコンゴウが向かって行った。
小さく舌を打って応戦し始める2人だが、やはり彼等の表情は少し固い。
七郎に攻撃を仕掛けているのはイシダテ。
黒凪を抱えて応戦していた七郎は毒の影響で反応が鈍く、イシダテの蹴りをまともに受けて倒れ込んだ。
『うわっ』
「っと、…すみません、黒凪さん」
『(七郎君が倒れてる…珍しい…)』
「うわあああっ! 助けてよぉー!」
聞こえた声に「え゙」と顔を上げる。
いつの間にか破壊されていた結界に頬を引き攣らせ、中から引きずり出されようとしているミチルに舌を打った。
毒って凄いな、結界が破壊された事にも気付かなかった。
そう心内で呟いて立ち上がる。しかし腕をイシダテに掴まれ、そこから溢れる激痛に思わず腕に目を向けた。
『っ、(腕が石に…)』
「黒凪さん!」
『私は良いからミチル様とヒカル君の方行って。君なら動きが鈍っても速いだろうから』
「フン、余裕だな」
徐々に蝕まれて行く黒凪をちらりと見てからミチルとヒカルの元へ向かう。
ミチルは縛られ布に包まれかけており、ヒカルの方はコレガ達がどうにか護っている状態だった。
とりあえずミチルを助け出そうと其方に向かった七郎だったが、一瞬で現れたイシダテがヒカルに手を伸ばした為にすぐさま其方へ方向転換する。
イシダテからヒカルをどうにか護った七郎はイシダテを睨むと転がり込む様に吹き飛んで来たカレンバナに目を向けた。
「っ、イシダテ、あいつヤバい…!」
「!(そうか、イタチさんは写輪眼があるから…)」
「…成程な。毒霧を吸っても写輪眼があれば常人並みの動きは出来ると言う事か。」
「ぐあっ!」
カレンバナの様に次に転がり込んで来たのはコンゴウ。
そんなコンゴウを追って現れたのは普段は角都の背中に収まっている仮面をつけた化け物。
あの化け物なら毒霧の影響を受けないのだろう。コンゴウとまともにやり合い彼をイシダテの元まで術で吹き飛ばした様だ。