世界は君を救えるか【 結界師長編 】
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墨村正守への一歩
『もしもーし。正守?』
≪…えー。≫
『何が"えー"なのさ。』
≪何そのクラスメイトに接する感じ…。≫
だってほら、距離を縮めるって決めたでしょ。この前に。
あっけらかんと言った黒凪に正守はぷっと吹き出した。
くっくっくと独り笑う正守に彼の部屋の前を偶然通り過ぎた刃鳥は怪訝に眉をひそめている。
『傷の調子はどう? もう治ったかな?』
≪おかげ様でね。…烏森に居る時は良守もこんな感じなのかな。≫
『そうなんじゃない? 心強いもんでしょ。』
≪…そうだな…、なんか変な感じだけど。≫
まだ全然実感ってものが湧かなくてさ。
そう言った正守は1人天井を見上げた。
そんな正守に小さく微笑む黒凪。
『初めは皆そんな感じだと思うよ。でもまあ…そう思うと良守君って家業的にも随分恵まれてるんだね。』
そう言うと正守はやはり口を閉ざした。
≪…今のワザと言った?≫
『まあね。』
≪ま、別に良いけどさ。吹っ切れた部分もあるし。≫
『…本当?』
うん、と正守が笑顔で頷く。
黒凪はそんな雰囲気を受話器越しに感じ取り思わず頬が緩んだ。
すると正守が徐に「あのさ、」と黒凪に声を掛け背後の柱に凭れ掛かる。
≪俺、君とはもうちょっと仲良くしてみようと思う。≫
『…ん?うん。』
≪はは、理解してないだろ。…初めてだったんだよ。色んな意味で俺の間合いに入られたの。≫
でも不思議と不快ではなくてさ。
軽い調子で彼は言った。
術師としては術を破られたも同然なのに彼は随分と平然としている。
黒凪は徐に胡坐を掻いて正守の次の言葉を待った。
≪…今まで人間関係をないがしろにしてた分、ちゃんとしてみようと思うんだ。≫
『私で頑張るの?』
≪うん。駄目?≫
『ううん。嬉しいよ、正直。よかった。そう思ってくれて。』
正守は少し間を開けて「ありがとう」と呟く様に言った。
黒凪も「うん」と返すとのそりと動いた限の頭を撫でる。
そろそろ朝の6時。学校に行くため限を起こさなければならない。
『ほら起きて。』
「…るさい、」
『朝ごはん買いに行くよ。』
「……偶には作れよ…」
そう言ってごろんと寝返りを打った限に黒凪が小さくため息を吐く。
その様子を感じ取った正守は微かに笑顔を見せると「そろそろ切るよ」と声を掛けて携帯を閉じた。
通話を切り、ちらりと布団にくるまったままの限に目を向ける黒凪。
そして彼の不意を突くように手を伸ばした黒凪だったが、気配を察知した限は一足先に布団から一瞬で抜け出した。
『結局自分で起きてるし。』
「…目が覚めた」
頭を掻きながらあっけらかんと言った限は立ち上がり上半身の服を脱いで制服を探し始める。
一報の黒凪は既に制服を着ていて、朝早くから準備万端だ。
服を探して歩き回る限の傍で携帯を見ながら黒凪が徐に口を開く。
『そう言えば私がいなかった日、大丈夫だった? いつも通りだったならそれで良いんだけれど』
「…特に力の強い奴も出なかった。…ただ」
『ただ?』
「アイツが、」
あいつ? と黒凪が顔を上げる。
服のボタンを閉めながら何と言おうか迷っている限。
彼は数秒後に「墨村の、」とぎこちなく言った。
『良守君? 何、怪我?』
「いや。…プールに落ちた」
『え』
「…あの様子だと多分」
上着を着終わった限。
共に学校に行ってみれば案の定良守は風邪で学校を休んでいた。
多少の体調不良など彼は気にしないタイプだろう。
それなのに学校を休んでいるという事はよほど病状が悪いのか。
「黒凪ちゃん、」
『うん?…ああ、時音ちゃん』
「おはよう。帰って来てたんだ?」
『うん。もうちょっと時間がかかると思ってたんだけどね。色々とうまくいったから。』
そう言って笑った黒凪に「そっか、」と時音も微笑んだ。
そして彼女はチラリと隣の教室、良守の教室を見ると再び黒凪に目を移す。
『良守君、プールに落ちたんだって?』
「うん。昨日もかなりくしゃみとかしてたから…」
『そっか…。まあ、今晩は私もいるし、大丈夫。気軽に行こうね。』
「そうね、ありがと」
手を振って帰って行った時音に笑顔で手を振る黒凪。
そして振り返るとすでにそこには限の姿がない。
ため息を吐き、黒凪は限と己にそっくりな式神を作り代わりに授業に向かわせた。
そして…
『…限、居る?』
「……なんだ」
屋上の貯水タンクの側へ声を掛ければひょっこりと限が顔を覗かせた。
ん。と両手を限に伸ばし背伸びする黒凪。
ため息を吐いた限は黒凪の側へ降りると横抱きにして貯水タンクの傍に飛び乗った。
限の腕から降りた黒凪は初めて来る場所に物珍しそうに周りを見渡し、振り返ると既に限は寝ころんでいる。
『ね、此処にいつも良守君が居るの?』
「…あぁ。」
『並んで寝てるんだ。…仲良いねえ。』
くすくすと笑いながら言った黒凪に何も言わず背を向ける限。
黒凪は徐に良守の定位置に寝転んだ。
そして吹いている風に目を向けると限諸共結界で囲む。
限は黒凪を振り返った。
『うん?』
「…アイツもそれ、よくやってる。」
『ああ、良守君?』
「…静かだな」
雑音も何も聞こえない。
鳥の声も、風も通らない。
確かに何も考えずに静かに寝たい時には最適なのかもしれない。
限は徐に目を閉じた。
やがて夜になり、今晩は良守の体調のこともあり
お互いに点呼を取る意味合いで校舎の前に集まる時音、限、そして黒凪。
やはり集合時間になっても良守は現れない。
「やっぱり来れなかったみたいね…」
『…うん? なるほど、これは…』
「…そう言えばさっきから感じるこの…広範囲を囲う意識の膜のようなもの、黒凪ちゃんの?」
『うん。墨村家の様子が気になったから気配を探っていたんだ。』
烏森一体を含む近隣にまで広がっていた黒凪の意識が萎んでいく。
すると「とりゃー!」と声を上げながら目の前に着地する影が1つ。
そちらを見るまでも無い。探査用の結界で誰が来るのかは予想がついていた。
時音はその人物を見て余程驚いたらしいが。
「はっはっはー! 儂が来たからには墨村の天下じゃー!!」
『(確かに結界術が使える守美子さんも正守も家に帰ってこないし、必然的に繁守さんになるよねえ)』
「おお間殿!! ご無沙汰ですな!!」
『ええ。相変わらずお元気そうで何よりです。』
にこりと笑った黒凪に「では!」と大きな声で挨拶をして繁守は走り去って行く。
その背中を見送り「じゃあ、私達も行くからね。」と時音に手を振って限の首に腕を回す黒凪。
黒凪を背中に乗せ持ち上げた限が走り始め、それを見送り時音も偵察するように歩き始めた。
『…限。実はさっき探査用の結界に捕まったのがいてね。』
「何処だ?」
『屋上。ただ…気配を見る限り妖でも人でもないような感じでね。』
「…俺と同類か?」
それもまた違う。
はっきり言い切った黒凪にチラリと限の意識が彼女に向いた。
途端に黒凪が徐に目を閉じる。
すぅ、と生ぬるい風が烏森に吹いた。
「!またこの感じ…っ」
【…こりゃあお嬢の探査用の結界だな。一瞬で烏森を包んじまうとは大したもんだぜ。】
「この気配…何処か正守と…」
【あの子も正守と同じで恵まれなかった方だからねぇ。捻くれてるんだろ。】
黒凪の指示に従って限が木を足場に速度を上げ、気配がいる場所へと向かう。
そんな中、探査用の結界に包み込まれた烏森の中に黒凪の声が響いた。
「妙な気配が校舎の裏に居ます。」その声を聞いた時音と繁守はそちらに向かって走り出す。
『…へぇ。人間そっくりだね、キミ。』
「あれが妖…!?」
「ふむ。黒芒楼の手の者か。」
『黒芒楼?…何故その名を?』
そんな黒凪の反応に3人で顔を見合わせる。
お互い小首を傾げ合い、?を浮かべる。
【なんだ、仲間割れか?】
『…まあいいや、話は後で。とりあえず人間モドキを倒そうか。』
【ククク。簡単にそういくかな】
ニヤリと笑うと目の前に居た妖が人の皮を破り変化した。
中から現れた姿は何処からどう見ても妖の類。
中身は只の妖か、と繁守が呟く様に言った。
「だったら話は早い!! この墨村家当主、墨村繁守がとっととケリを着けてやるわい!!」
「あ、おじいさん待っ―――」
「ぐおぉっ!?」
『「え゙。」』
ピキーンと動きを止めた繁守に目を見開く時音と黒凪。
心なしかゴキッと嫌な音が響いた様な。
震えた声で「こ、腰が」と言った繁守に嫌な予感が的中した。
限が徐にため息を吐く。
『…動けますか、当主殿』
「……動けん…」
【なんでぇ、脅かすな!】
「危ない!」
妖の口から赤い色の液体が吐き出される。
それを見た時音は咄嗟に繁守の顔の真横に結界を作り、彼を茂みに放り投げ…いや、殴り飛ばしたが正しいか。
ごろごろと転がって行った繁守に同情しつつ黒凪と限が構えると、妖は再び液体を吐きだし黒凪を限が抱え飛び退いた。
『…時音ちゃん、あんな奴前にも来たの? 慣れている様だけど』
「限君と黒凪ちゃんが派遣される前に一度だけ…」
【皮は一緒だけど中身は違うぜハニー。多分誰でもかぶれるんじゃねーかなぁ、アレ。】
『へー…。狐も粋なのを作るね。』
狐? と時音と白尾が訊き返す。
その間にも時音の側に黒凪を降ろした限が走り出し妖を爪で切り裂いた。
ばしゃ、と水の様に分裂する妖。
手応えを感じられなかった限はチッと舌を打った。
『限!』
「!」
【ギャハハハ!】
すぐさま分裂した水が集まり限の背後に移動する妖。
それを見た黒凪は限を結界で護り妖を結界で囲もうとする。
すると妖はすぐにまた水に分裂した。
一応結界に収まった水を滅するが、結界から逃げていた水滴から体を再生させたのか、妖は余裕の表情で再生した。
「チッ」
『待ちな、限。あんたじゃアイツは無理だと思う。』
「あ?」
『切り裂くタイプの攻撃じゃ倒せない。…結界師じゃないと。』
納得した様子の限は眉を寄せて変化を解き、黒凪を抱えなおした。
今回は彼女にに任せると言う事なのだろうが、黒凪は徐に時音に目を向ける。
『(良い機会だし、時音ちゃんに任せようか。) 限、時音ちゃんのところに行こう。』
「? お前がやった方が早いだろ。」
『とは言っても、あの子もたまには1人で敵を倒さないとね。』
普段は良守君が率先してやってしまうみたいだし、良い機会でしょ。
そう言った黒凪にめんどくさそうながらも従い限は時音の元へ。
限の背中から降りた黒凪は時音の背中に手を添え、口を開いた。
『良い? アイツは体の一部でも滅せられずに残る限り再生するから、時音ちゃんの普段の結界の範囲、大きさではいたちごっこになってしまう。』
「うん」
『だったら飛び散った一部を全て一瞬で囲んでしまえばいい。それが時音ちゃんに一番合ったやり方だと思う。』
茂みに居る繁守、少し離れた所に居る限。そして傍にいる黒凪。
全員の意識が時音に向いた。
時音が意を決した様に息を吐き、結界を作り上げていく。
予想通り、結界を見た妖は瞬く間に分裂し逃げ惑う。
しかし時音もそれに負けず物凄い勢いで小さな結界を作りあげ妖の体を囲んでいく。
【な…っ! くそ!!】
『…うん、お見事。』
「滅。」
見事にすべての雫を結界で囲い、それらを一気に滅した時音。
そして周辺に意識を向けるが、破片が残っている様な気配は無い。
時音がため息を吐き限も徐に肩をコキコキと鳴らした。
そんな中、黒凪は周りを見渡すと「結」と小さく呟いた。
「さて、これで終わり…」
【…! ハニー! まだだ!!】
「えっ…」
「黒凪!」
白尾が滓かなにおいを探知し、時音に目を向ける。
同時に限も微量の邪気を感じ取ったのだろう、黒凪の元へ走り出す。
…が。
『滅』
途端に妖の邪気が忽然と消え、白尾や斑尾も煙の様に消え去った臭いに目を見開いた。
え? と何が起こったのか分からない様子で周りを見渡している時音を横目に
その間にも黒凪が天穴で妖の破片を吸い取りシャン、と錫杖が音を立てる。
限は先程一瞬走った寒気に黒凪に手を伸ばしたまま固まっていたが、はっとしたようにその手を引っ込めた。
「…黒凪ちゃん、今何が…」
「黒凪! テメェ…!」
『あれ? 良守君』
「お前今烏森全体を結界で囲んでやがったな!? 間違って時音も滅したらどうすんだよ!」
「烏森を、」「囲んでいたじゃと!?」と時音の言葉を遮る様に繁守が姿を現した。
良守はマフラーやマスクを着けてずび、と鼻を啜る。
まさか。と時音が黒凪に駆け寄った。
「烏森ごと結界で囲んで妖だけ滅したの!?」
『うん。結界は空間支配術だからね。今は妖だけ滅する様にしたの。』
「そんな芸当…」
『出来るよ。…こんなの想像と力の配分でどうにでもなる。』
勉強になった?
そう言って黒凪はにっこりと笑った。
良守はまだ納得のいかないような顔で黒凪を睨んでいた。
カランカラン、と軽く心地良い鈴の音が耳に届く。
そして落ち着いた雰囲気のファミリーレストランの中を見渡せばこの店に似合わぬ2人を見つけた。
近づいて行けば正守が指先で摘まむ様に角砂糖を持っている。
その角砂糖にぶら下がっている小さな鬼は彼の目の前に座る少女の鬼なのだろう。
『新人いびりは感心しないなぁ。正守。』
「お。来たな」
「!…誰」
「何言ってんの。君が所属する組織の大事なNo.4だよ。」
え、いつの間にそんな地位に着いたの私。
そう言って正守を奥に座らせ彼の隣に座る黒凪。
そのついでに正守が持っていた角砂糖を奪い夜未の手の上に鬼を返せば彼女は目に見えて安心した様子を見せた。
『ぬらの所のお孫さんでしょ?』
「!…祖母を知ってるの」
『うん。古い付き合いだからね。』
肘をついて薄く微笑む黒凪に寒気を感じたのか、大切そうに鬼を抱きしめる少女、夜未。
彼女は最近夜行に入った鬼使いで、諜報活動が得意らしく度々情報を正守に提供していた。
…まあ、私がその場に呼ばれたのは初めてだけれど。
『で? 正守、アンタの十二人会加入の情報を流したのは誰だった?』
「やっぱり細波さんだってさ」
『繋がってるのは誰?』
「…。幹部の1人だと思うわ」
それは誰。
そう言った黒凪にうぐ、と夜未が眉を寄せる。
その質問をさっき俺がしてたんだよ。と助け船を出した正守は夜未を見て笑った。
彼女はキッと正守を睨むと荷物をまとめてそそくさと店から出て行く。
『怖がられてんね』
「優しくしたのになぁ。なんでだろ?」
『しらなーい』
夜未が置いて行った紅茶を引き寄せ飲む黒凪。
すると正守が空を見上げて「はー…」と深い深いため息を吐いた。
黒凪は正守をチラリと見るとくすっと笑う。
『憂鬱そうだね』
「まあね…。今から総本部に行かなきゃいけないし。」
『ついて行っていい?』
「…俺1人で来いって言われてるけど?」
大丈夫。私総師と知り合いだから。
そう言った黒凪に呆れた様に正守が目を向けた。
ほんっと次元が違うよね。
正守の困った様な顔に黒凪がにやりと笑顔を返す。
『大体私を呼んだのはその為でしょ?』
「…はて、何の事やら」
『正直に言ってみなさい。』
「……君を連れて行ったらいじめられないかなって思ってさ」
優位に立てるからだろう?
そう言った黒凪に「それもある。」と正守が笑った。
そして懐から財布を取り出した正守は代金を机に置き黒凪と共に店を後にする。
『相変わらず無駄に高い位置にあるんだからなぁ。此処は。』
「下に神佑地が埋まってるんだろ?」
『まあね。…土地神にも挨拶をしておきたい所だけど寝てるみたい。』
「へぇ。……にしてもさ。」
真後ろに現れた妖を一瞬で結界で囲む正守。
薄く笑った正守は「幹部って暇なの?」と黒凪に言う。
チラリと背後の妖を見た黒凪は再び総本部を遠目に見上げると一気に探査用結界を広げた。
総本部の中を見ようってんじゃない。総帥に挨拶代わりだ。
総本部の奥に居た総帥は静かに顔を上げチラリと振り返った。
十二人会の会合で集まっていた幹部達も黒凪の気配に顔を上げ眉を寄せる。
「――…この度この十二人会の末席に加わります。墨村正守と申します。若輩者ではございますが、何卒よろしくお願い致します。」
「力はあるらしい…」
「あの夜行の頭領なのだとか。」
「野蛮な連中よ」
十二人会の幹部達がぼそぼそと会話を始めた。
その様子を顔を上げ無表情に見る正守。
すると幹部の1人が持っていた扇を閉じ、すっと正守に向けた。
正守は表情を崩さずその男、扇一郎を見る。
「貴様の背後に居る者。姿を見せい。」
『…おや。気配は絶ったつもりだったのに。』
「新参者が…。幹部以外の人間を連れて来るとは何事だ。」
そう言って微かに殺気をこちらに向けた扇一郎に黒凪が目を細めた。
そして「1、」とカウントを始め、彼の扇子が微かに動揺で揺れる。
『 2、3、4、5、… 6。』
「…」
無駄に無茶なことをする。
そう挑発するように言った黒凪に扇一郎が立ち上がろうとした。
…途端に、黒凪が彼から目を逸らしその奥に目を向けた。
『…ああ、お久しぶりです。夢路殿。』
姿を見せた黒凪に奥に座っていた影が2人程微かに動揺を見せた様に思えた。
その中でも最も驚いた様子だったのは部屋の最も奥に座っていた第一客である夢路。
反応を示した3人以外の幹部達は怪訝に黒凪を見ている。
『総帥は何処におられますか?』
「…お久しぶりですね。間さん。生憎ですが総帥は欠席です。」
『そうか…。なら外で待っていることにしようかな。』
他の意図を含んだ様子の黒凪に夢路は眉を下げた。
ああそれから、そう言って足を止めた黒凪に目を向ける幹部達。
正守は静かに立ち上がり己の座布団に腰掛けた。
『その子をあまりいじめないでくださいね。私の大切な子ですから。』
「ふはっ、アンタを前に誰がその子を苛められると思う?」
「同感ですね。御心配なく。」
『ありがとう。』
黒凪にひらひらと手を振ったのは第三客、竜姫。
その隣に座っていた第二客の鬼童院ぬらは何も言わず黒凪に目を向けていた。
黒凪は部屋から出ると体を薄い結界で包み気配を完全に絶つと総本部の奥に向かう。
異界への入り口を見つけ総本部の最深部である城に辿り着いた黒凪は壁を抜け、総帥の目の前に現れた。
『お久しぶりです、日永殿。』
「…あぁ、お前か。久方ぶりだな。」
『…おや。』
日永の顔を見た黒凪は一瞬だけ動きを止めると、彼の目の前に座り改めて彼の顔を覗き込んだ。
そして黒凪はすぐに「何があったのです」と彼に問う。
その問いに日永の視線が黒凪の視線とかち合った。
「なんだ、何が見える。」
『…貴方の目の奥に憎悪が見えます。』
「ほう。憎悪か…。」
薄く笑った日永に再び黒凪が問いかける。
何があったのです。と。
すると背後の扉が開き女性が顔を覗かせた。
そして彼女は日永の前に座る黒凪に「きゃ、」と目を見開き後ずさり、振り返ったその顔を見て「あ…」とほかの意味で目を見開いた。
「あなたは…」
『…ああ、月久殿の奥方様。…確か、水月様でしたか。』
お久しぶりです。
そう言って頭を下げた黒凪を複雑な表情で見下ろす水月。
『裏会創設時以来ですね。』
「…ええ。」
「黒凪。お前、何があったのかと聞いたな。」
日永の言葉に黒凪が改めて水月から目を離し、彼に目を向ける。
途端に彼のしわがれた手が黒凪の目を覆った。
「見せてやろう。」
『…』
「…その防御を解け。何、俺がお前の体を乗っ取ることはないさ。」
そう言った日永に素直に従った黒凪は瞬く間に頭に流れ込んだ情報に目を見開いた。
「何故憎悪が見えるか分かったか?」
『…。』
何も言えない様子の黒凪に自嘲した日永は、水月を睨む。
その視線を受けた水月がそそくさと部屋を出ていき、扉を閉じる乾いた音が部屋に響いた。
『…月久殿を、殺すつもりですか。』
その言葉に日永が動きを止める。
…いや、それだけではない。と黒凪が続ける。
想像は出来る。彼が何をしようとしているのか。
日永の光のない目が黒凪に向いた。
「…月久の生きた記録も全て破壊する。」
『それはつまり裏会を…』
「あぁ。…止めるか?」
『…。』
黒凪がまた口を閉ざす。
彼女自身、その心はとても揺れ動いていた。
「…お前はどちらかといえば俺に似ているからな。」
ズン、と城が揺れた。
はっと地面を見下ろす黒凪。
日永は意識を地面に逸らした黒凪を見ると城の周りにある土を操り黒凪を囲う。
そのままぐぐぐ、と上空に黒凪諸共持ち上げると吐き出す様に異界の外へ放り投げた。
『待っ――、』
【―――…また俺を起こすのか?】
微かに聞こえた声に大きく目を見開いた。
そして気づけは異界の外に放り出されている。
振り返って異界の入り口を見上げたが日永の意志なのか、完全に閉ざされていた。
チッと舌を打った黒凪は正守の元へ向かう。
がらりと障子を開ければ「そろそろお開きにしましょう」と夢路が締めくくっている所だった。
「おや、また貴方ですか。入室は禁じられていますよ。」
『それはすみません。しばらくは来ませんよ、こんな所にはね…』
「あははは! 十二人会を"こんな所"だなんてアンタも大きくなったねぇ!」
『…正守、帰ろう』
あれぇ、無視ィ?
そう言って黒凪の肩を抱く竜姫。
その隣では鬼童院ぬらが足を止めた。
ちらりと2人を見た黒凪は「烏森のことで少し立て込んでいるんだよ。」と手を振り竜姫から離れる。
「つれないね。2人揃ってさ。」
『忙しいだけだよ。時間ができればまた会いに来るから。』
「じゃあね~」
正守と共に屋敷を出て階段を下りる。
正守は徐に黒凪を見下した。
「よかったのか?」そう言った彼に黒凪は笑みを向けた。
『別に。あんたと一緒に帰る方がよっぽど心地良い。』
「…そうか。悪かったな、呼び出して」
『構わないよ。すぐに烏森にとんぼ返りだけどね。』
「……総帥とはどうだった?」
んー。と空を見上げた黒凪は少し困った様に言った。
嵐が起きるかもね。と。
すると正守も脳裏に会合の席で隣に座っていた扇一郎を思い浮かべ眉を下げた。
「こっちも近い内に色々ありそうだよ。」
裏会総本部
(…最近アイツ、こっちの事テキトー過ぎねーか?)
(色々忙しいんでしょ。なんてったって開祖の娘だし)
(そりゃあ一理あるかもなぁ。あいつの父親もかなーり顔が広かったし)
(小さいガキンチョだからってチヤホヤされてたしねェ)
.