世界を君は救えるか【 × NARUTO 】
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心をすくいあげて
「救護班!」
「おい、菊水と白菊何処だ!?」
「道を開けてくれ」
「……」
ドタドタと騒がしい玄関に小さな白い髪の双子が走っていく。
救護班主任の菊水と白菊は玄関にて血塗れになっている夜行の戦闘班所属、行正と武光の容体を確認した。
その騒ぎに正守も玄関に赴き、彼等と共に任務に出ていた轟が報告に口を開く。
「すんません、暗部の人間護ってたら俺等の方が攻撃食らっちまって…」
「轟、お前傷は塞がってるな」
「うす!」
「なら救護班の部屋の方に行って軽く治療を受けて来い」
菊水の言葉に頷いて轟は1人で屋敷の奥に消えて行った。
妖混じりだと言う事も作用している為彼は心配ないのだろう。
騒がしい屋敷内の様子にはデイダラと黒凪も気付いており、襖を開いて玄関の方を覗き込んでいた。
『…結構深いのかな、傷…』
「黒凪は傷を治す術は持ってねーのか?うん」
『そう言った能力じゃないからねえ…。』
「……」
静かな足音にデイダラと黒凪が同時に振り返る。
どうやら屋敷の騒がしさはサソリの耳にも届いていた様で、彼は怪訝な顔をして玄関の方を睨んでいた。
彼は不機嫌な顔のまま玄関へ向かって行く。
顔を見合わせデイダラと黒凪も玄関に向かった。
「何の騒ぎだ」
「!」
「…行正は毒を受けてるな…。白菊、解毒の用意を」
「武光から手が離せない。すまないが救護班から誰か1人、」
サソリは血塗れの行正と武光をじっと見下しため息を吐いた。
そして「何だ、こんな事で騒いでいたのか」そう呟いて背を向ける。
そんなサソリの胸ぐらを掴んだのは良守で、またこいつかと言ったサソリの目が彼に向いた。
「こんな事ってなんだよ、仲間が怪我してんだぞ!」
「そうよ。怪我人を前にして言う事じゃないわ」
「…それが木ノ葉の暗殺部隊の言葉か?」
「あぁ!?」
良守とサソリの間に入った黒凪が静かにサソリを見上げた。
サソリ、あんた毒に詳しかったよね。
そう言った途端にサソリが露骨に眉を寄せた。
「…俺に治療しろと言うのか」
『出来るのなら。』
「……」
「出来るのならやってくれ。時間が惜しい」
テキパキと治療していく菊水と白菊。
それでも黙って行正を見つめている様子のサソリに正守が口を開いた。
閃から君の医療技術については聞いている。
行正の傷なら治せる筈だ。
真剣な顔で言った正守に心底理解出来ないと言う様にサソリが眉を寄せる。
「お前は暗殺部隊の頭領だろう。戦闘員には他にも代えが――」
「此処は砂隠れの里じゃない。」
「!」
「…強いて言うならば木ノ葉でもない。此処は間一族の領域だ。」
我々にとって部下や仲間は戦争の為の道具じゃない。…家族だ。
正守から視線を外して行正へ向けられる目。
痛みと毒に苦しむ行正を見てサソリが目を細めた。
「なら俺の様に傀儡にするか?」
「…は…?」
「そうすれば痛みからも解放される。毒も効かない」
「…何、言ってんだよ」
震える声で言った良守。
途端に黒凪が治療を終えた武光に駆け寄った。
武光を担当していた白菊は黒凪を見るとすぐさま行正の元へ移る。
「黒凪、武光はあと足の処置だけだ。出来るな」
『うん』
「他は業務に戻れ、此処にはもう人は必要無い。」
「ふざけんなよ…!」
指示を出した菊水がチラリと良守を見る。
無表情に立っているサソリの胸ぐらを良守が再び掴もうと動いた時、サソリの頬を時音が引っ叩いた。
じんわりとした痛みに少し目を見開きゆっくりとサソリの目が時音を捉える。
「貴方も人間でしょう。そんな事、冗談でも言わないで」
「…冗談…?」
「貴方にだって死の恐怖ぐらい――」
「死の恐怖?…何故そんな感情を抱く必要がある」
キッと睨んだ時音が思わず目を見開いた。
本気でそう問うていたのだ。サソリは。
黒凪、と刃鳥が彼女を呼ぶ声がする。
武光の治療をしつつ黒凪が顔を上げた。
気を効かせて正守が刃鳥を呼び寄せ彼女が駆け寄ってくる。
『なんですか?刃鳥さん』
「…悪いけど、その処置誰かと交代出来るかしら。火影様が呼んでるわ」
『急ぎ?』
「1週間前の風影奪還任務の詳細が訊きたいんですって」
その言葉を聞いた黒凪はふいと武光に目を戻した。
それ断って下さい。代わりに明日行くので。
有無を言わせぬ黒凪にため息を吐いて刃鳥が火影への連絡の為に背を向けて歩き出した。
その様子を見ていたサソリは武光を見下ろす。
「火影の命令を無視する程の傷か?」
『別にそこまででもないよ』
「……」
『…私は火影より仲間を優先させたいだけ。こればっかりは里に縛られるつもりはないの』
ピクリとサソリが眉を寄せる。
言っておくけど傀儡にする案は無し。
確かにその方が楽になるかもしれないけど、武光さんは戦う為に居るんじゃない。
『…それは勿論あんたもだよ、サソリ』
「…?」
『確かにその腕を買って此処に連れて来た訳だけど、何も感情の無い兵器になれって言ってるんじゃない』
仲間になって、一緒に戦ってほしいだけ。
…一緒に仲間を護ってほしいだけなんだよ。
それでも意味が分からないと言った風なサソリに眉を下げて武光の処置を終える。
『あんたは砂の悪しき風習ってのに染まり過ぎてる。…大事な何かを、あんたは理解してない』
理解に苦しむ。そう顔に大きく出ているサソリの目が黒凪を捉える。
その目を見返し、黒凪の目が徐に逸らされた。
そしてサソリを睨んでいる良守に向けられる。
『この話はもう終わり。それぞれ持ち場に戻って。』
「っ、でも…!」
『良いから。』
黒凪の目を見た良守が言葉を止める。
そして正守に目を向ければ彼は小さく微笑み頷いた。
時音もそんな黒凪と正守に気付くと良守の肩を叩き共に去っていく。
正守と黒凪によって運ばれて行く武光を見送り、目を細めるとサソリも静かに自室に戻って行った。
『…やっぱり砂に頼んで譲ってもらうよ』
「あぁ、"あれ"?」
『うん。…無理矢理でも人間に戻せば心境の変化が出るかと思ってたけど甘かったね』
やっぱりサソリは、彼自身はまだ"あれ"に囚われたまま。
武光を背負う正守と同じ方向に進んでいた体を逆方向に向けて玄関に向かい始める。
――"あれ"無しじゃあ、あの子は救われない。
ぼそっと呟かれた黒凪の言葉に少し振り返り正守が口を開いた。
「程々にね。頑張り過ぎると任務に響くから。」
『分かってる』
…分かってないくせに。
そんな言葉は飲み込んで、これ以上は何も言わぬ様にと正面に目を向けた。
『――いやあ、突然の訪問ですみません』
「いや、構わない。此方も丁度話したかった所だ」
穏やかにそう返した我愛羅に目を向けて眉を下げる。
中忍試験の時に出会った彼の面影はもう完全になくなっていた。
狂気に塗れたあの頃の我愛羅はもういない。
サソリにも是非ともそうなってほしいと願うばかりだ。
「火影の要請で間一族も我愛羅の奪還に参加してくれたらしいじゃん?忙しくて最後までは居られなかったみたいだけどな」
『まあね。突然の招集で此方も即席の部隊を組んで向かったもんで。』
「…にしてもその、…変わらない、な」
テマリにそう声を掛けられ薄く笑顔を張り付けた顔を上げる。
黒凪の容姿は中忍試験の頃から全く変わっていない。
彼等砂の忍も彼女の年齢が変わっていない事は噂で知っていたが、本当の所は半信半疑だった。
しかしいざ目の前に現れた彼女は中忍試験の時のままで。
『ああ、別に禁術とかじゃないですよ。こういう事が出来る一族なんです。』
あっけらかんと言えばなんと返せば良いのか分からない様子で沈黙が降り立った。
そんな彼等ににっこりと微笑めば指を組んで我愛羅が口を開く。
それで、今日は何の用で此処に。
我愛羅の言葉を聞いた黒凪の目が彼を捉える。
『譲って頂きたいものがありまして。』
「…分かった。物によるが出来る限り手配しよう」
『あ、手配とかじゃないんです。私が欲しいのはチヨバア様の遺品で…』
「チヨバアの遺品?」
怪訝に問い返したカンクロウに頷き「正確にはチヨバア様の傀儡なんですけど」と答えると余計に怪訝な顔をされた。
じっと黒凪を見ていた我愛羅が徐にその理由を問う。
途端に張り付けられた笑みに我愛羅が目を細めた。
『うちに傀儡使いが1人居まして、その子がチヨバア様とサソリのファンなんです』
「…ファン…」
『ええ。2人共死亡してしまいましたし、是非とも傀儡を譲り受けたいそうで。』
「…その本人は来ていないのか」
今は任務に出てます。チヨバア様の遺品って事になりますし誰かのものになる前に話を付けたくて。
つらつらと話せばテマリと我愛羅の目がカンクロウに向いた。
恐らく貰い手が無ければ彼に渡る予定だったのだろう。
「…俺は別に構わねえじゃん。でも傀儡はサソリとの戦闘でボロボロになってる。直せんのか?」
『どうにかなります。』
「…。丁度今俺が持ってるじゃん。お前には我愛羅の事で世話になったし、やるよ。」
ひょいと投げられた3つの巻物。
中身を確認すると内2つには"父"と"母"、最後の1つには10つの模様が描かれていた。
目を細めた黒凪は困った様に巻物を開いたままカンクロウにくるりと中身を見せる。
『申し訳ないんだけれど全て巻物から出して貰える?』
「は?」
『私これのやり方分からなくて。』
あはは、と笑って言った黒凪に思わず3人が絶句する。
巻物の口寄せなど忍にとっては初歩的な事だ。なのに彼女は出来ないと言うのか。
怪訝な表情をしながらも全ての傀儡を巻物から出し黒凪の前に持って行く。
黒凪はそれらを全て結界で囲みぐっと指先に力を籠めた。
途端にフッと姿を消した傀儡達に3人がまたしても驚いた様に目を見開く。
『どうもありがとう。突然の要求なのに呑んで頂いて悪いね』
「…いや、構わない。」
「久々に見たが…やっぱり不思議な術じゃん…」
「どうなってるんだ?お前達が扱うその"箱"は」
企業秘密です。そうにっこりと笑って言った黒凪はもう一度深く頭を下げて風影執務室から出て行く。
出口まで案内します。と現れた忍に外まで案内してもらい、里から離れてから空を見上げた。
そこには起爆粘土で作った鳥に乗ったデイダラが居て、黒凪に気付くとゆっくりと降下してくる。
『ありがと。迎えに来てもらって悪いね』
「丁度オイラも暇だったんだ。別に構わねーよ、うん」
共に鳥に乗り込み木ノ葉へ向かう。
その道中で吹き荒れる砂漠を見下しつつデイダラが口を開いた。
「砂に何の様だったんだ?」
『サソリが作った傀儡を取りに行ってたの。喜ぶかなって思って』
「あー…。…どうだろうな、旦那は滅多に喜んだりしねーからなぁ…うん」
まあ帰ってからのお楽しみだね。
笑って言った黒凪に呆れた様に笑顔を返してデイダラは少し速度を上げた。
『サソリー。サソリやーい』
「…チッ、メンテの邪魔だ。話掛けるな…」
向けられたサソリの目が黒凪の手元で止まり、言葉も尻すぼみになっていく。
彼女の手に抱えられているのは己が最初に作った傀儡である父と母。
続いてなんでそれを、と言った風な目が黒凪に向けられた。
『チヨバア様が殉職なさってね。どうせ廃棄されるか他の人間に渡るぐらいならサソリの所の方が良いかなって。』
「……」
サソリの目が再び父と母に向けられる。
微かに眉を寄せる彼の表情は少し悲しげで、しかしその感情を完全に表に出す事は無い。
…やがてふいと視線を外した。
「俺には必要無い。返して来い」
『…そう』
傀儡を見下してそう言った黒凪はサソリに背を向けて地下牢から出て行く。
その足音を聞きつつ傀儡を直していたサソリは完全に地下牢から消えた気配にピタリと手を止めた。
そして暫し考え込む様に停止すると再び何事も無かったかのようにメンテナンスを再開する。
一方外に出た黒凪は大きな傀儡を半ば引き摺りながら己の部屋に戻り傷付けない様に2つを置いた。
『…返して来い、か。』
捨てろとは言わないんだ。
最初に思ったのはそれだった。
やっぱり彼にとってこの傀儡は唯一残った両親との繋がり。そして、
自分が人であったことの証。
『……。』
じーっと傀儡を見つめ、母のひび割れた頬に手を添える。
修復術を発動し、やがて手を離した。
頬のひびは綺麗に無くなっており、続けて壊れた関節に手を伸ばす。
しかし表面の傷は消えるものの外れた関節が元に戻る事はなかった。
その様子を見て腕を組みじっと関節を見つめる。
やがて黒凪はその関節と関節をくっ付ける為に腕の部分を覗き込んだ。
「おーい、黒凪は飯食いに来たかー?」
「あれ?志々尾か影宮が呼びに行ったんじゃねーの?」
「何言ってんすか弟さん!あの2人は任務で2週間前からずーっと帰ってませんよ!」
「そ、そっか…。つかもう元気そうだな轟さん…」
俺頑丈なんで!
筋肉を見せる様にして笑った轟に乾いた笑みを向け、良守が黒凪を呼ぶ為に食事場を出て行く。
そして彼女の部屋に辿り着き声を掛けて襖を開いた。
「飯の時間だぞー。」
『あ、ホントだ。ありがとー』
「…何だそれ、人形か?」
『傀儡って言うの。サソリが直したがらないから私が頑張って直してるんだぁ』
傀儡を床に置いて立ち上がった黒凪と共に食事場に向かう。
そこまでする必要あるかよ、あんな奴に。
ムスッとした顔で言った良守に黒凪が眉を下げる。
『サソリが居た砂隠れにはとある風習があってね。それがまた酷い風習で、人は戦争の為の兵器だって言う考え方なの』
「!」
『その所為かなあ、サソリは他人の命も自分の命もどうでも良くなっちゃったみたいで』
そんな風になる前のサソリが作ったもの、それがさっきの傀儡なの。
早くに両親を無くして…その寂しさを紛らわせる為に両親にそっくりな傀儡を作った。
その所為で余計に人を人として見られなくなったのかもね。
眉を下げて話す黒凪に良守は何も返せない。
食事場の前に着いて、入る前に黒凪が足を止めた。
『…サソリはあの傀儡と一緒に人としての心を捨てて行ったんじゃないかなって思う』
「……、」
『あの傀儡を直せば、…サソリだって思い出すと思うんだ』
人だった頃の自分の事。
私達にとっての過去の思い出はもうないけど、あの子はまだ残ってるんだよ。
襖に手を掛けたまま止まっている黒凪の代わりに良守が襖を開いた。
「そっか。俺、何にも知らなかったんだな」
『…うん』
2人で部屋の隅で食事を食べているサソリを見る。
彼は無表情で只管機械の様に食事を取っているだけで。
彼を人に戻したいと言っている黒凪の言葉の意味が、分かった様な気がした。
「なあ」
「?」
「…ちょっと話、良いか」
部屋から出た途端に声を掛けられたサソリが振り返る。
まるで待ち伏せをしていたかのように立っている良守にサソリが怪訝に眉を寄せた。
良守が神妙な面持ちでサソリと共に縁側へ向かい、座る。
サソリはその隣に座る事も側に寄る事もせず少し離れた位置で足を止めた。
「あのさ……って遠い!?隣座れよ!」
「隣になんざ座るか、気持ち悪い」
「良いから座れ、って!」
念糸を伸ばしてサソリに括り付けギリギリと引っ張る。
チャクラを使えないサソリにとって糸を切る手段は無い。
「っ、てめ、」
「卑怯だと言われようとぜってー座らす…!」
やがて数分程掛けて隣に引き摺り、無理矢理座らせた。
不機嫌にそっぽを向いたままサソリが沈黙を落とす。
そんなサソリを横目で見つつ良守が口を開いた。
「黒凪の話、なんだけどさ」
「あ?」
「…お前とあいつ、すげー似てるから…話しておこうと思って」
俺とあの女が似てる?
そう聞き返して露骨に眉を寄せた。
そ、そんなに嫌か。と聞くと間髪入れずに「当たり前だ」とサソリが返す。
そんなサソリに「おおお…」と驚いた様に固まった良守は仕切り直す様に咳払いをして空を見上げた。
「ま、話を聞けば分かるよ。」
「……」
「…黒凪もさ、昔はあんたみたいに生きたいって思ってくれなかったんだ」
今はあんな風に偉そうに「命を大切にしろ」とか言ってるけど、昔はあんなじゃなかった。
死にたいって思う奴がいたらその気持ちを肯定したり、なんか色々と諦めてて。
俺はあの頃の黒凪だけはどうしても好きになれなかった。
「なんかずっと不気味だったんだ。…でもその理由を聞いたら、なんか妙に納得出来て」
「…」
「…黒凪はずっと昔からたった1つの目的の為に生きてきた。その為だけに強くなって、それだけの為に色んな事をやってきた」
でもその目的は決してあいつ自身の望みじゃなかったんだ。
でも操り人形みたいに父親に命じられた事を自分の目的みたいに捉えて、それだけの為に生きてた。
子供の頃からそんな風に教えられたらそりゃ分からなくなっちまうよな。…お前みたいにさ。
その言葉にサソリがピクリと反応した。
「…黒凪から聞いたんだ。砂隠れには人を兵器みたいに扱う風習があるって」
「……」
「それってさ、俺からしたらすげー変な事なんだよ。…すげー怖い事なんだよ」
だってそれって自分の為に生きてないって事だろ?
サソリが目を伏せる。
「心を殺すってのは…なんていうか、あっちゃいけねーことだと思う。それを、黒凪は最後に分かってくれた。だからお前も…」
「…心をなくせば迷いはない。それが強い忍だ。それを世界は求めている。」
「!」
「俺は己を傀儡に作り替え、痛みや感情を感じることを放棄した。それは俺の心も同じだ。」
それきり何も言わなくなったサソリに良守は空を見上げて言った。
「それ、そのまんま黒凪に話してみれば?」
「…」
「あいつは昔、マジでお前みたいだったから色々わかってくれると思うよ。」
それでも一歩が踏み出せないのだろう。
何も言わないサソリに良守がまた口を開く。
「…ま、強制はしねーけど。でもせめて黒凪の部屋の中見てから決めてほしい。」
「あいつの部屋の中だと?」
「うん。ほら、そこだし。」
良守に促され、サソリが黒凪の部屋の襖に手を掛ける。
そしてゆっくりと襖を開いた。
「――…!」
部屋の中には壁に凭れ掛かって眠る黒凪とその前に散乱する傀儡の部品。
そして表面の傷を綺麗に直された父と母の傀儡。
唖然と目を見開き部屋の中に進んだ。
ぐったりと力なく座っている父と母の傀儡。
その腕に手を触れて、小さく笑う。
「…は、下手な直し方しやがって」
『……うわ』
「!」
黒凪の声にばっと振り返る。
眠たげに開かれた黒凪の目がサソリに向けられた。
彼女は特に驚いた様子も無く緩く笑って「どうしたの?」とサソリに問いかける。
サソリは徐に黒凪の目の前に腰を下ろした。
「…何故出来もしない傀儡の修理を始めた?」
『んー?』
「お前の負担になるだけだろ」
『…唯一のお母さんとお父さんの繋がりでしょ。大事にしなきゃ』
それにねえ、
よいしょと背中を起こして言った黒凪にサソリの目が彼女に向いた。
黒凪は少し疲れた様な笑みを浮かべて言う。
『この傀儡にはサソリの大事な部分が宿ってると思ったから』
「…俺の大事な部分?」
『うん。…この傀儡が君にとっての最後の人間の部分。』
「…」
『この傀儡には、サソリの魂が…心が宿ってる。だから絶対に壊したり、捨てたりしては駄目。』
君が使わなくとも、君がこの世界からいなくなったとしても。
君の魂が宿った作品は絶対に後世に伝えていかなければならない。
それはサソリが生きた記録や、サソリと生きた人々の記憶も同じことなんだよ。
『それが生きるってこと。決して心を殺すことではない。』
「…」
『だから絶対にこの傀儡は私が守ってみせる。たとえ作ったあんたが壊せと言ってもね。』
サソリの目がゆっくりと父と母に向き、再び手を伸ばす。
そしてその己の手を見て一瞬動きを止めた。
「……。」
黒凪によって強制的に取り戻させられた人の身体。
そして黒凪がわざわざ砂から持って帰って来たこの傀儡。
傀儡に触れる。無機質な質感に目を細めた。
この傀儡を作ったあの頃はただ只管両親に会いたかった。
会えない日々が続いて、親の代わりになる様にと必死に作り上げた。
だが結局人は人だ。死ねばつながりはなくなる。
人形は壊れても作り直せる。何度でも。
だから俺は人形とのつながりを選び、心を捨てた。
『ねえサソリ』
「…」
『サソリのこと、聞かせてよ。どんなくだらない話でもいいからさ。』
「…俺は…」
…こんなガキが、俺がずっと昔に放って来たものをかき集めて。
こんなガキがこの俺の、かすかに残った人間の部分を引き戻し。
こんなガキが…放棄された俺の心をどこからか持って帰ってきた。
思わず笑みが零れる。
そんなサソリに微かに目を見開いて、黒凪も微笑んだ。
忘れ物
(俺のちぎれたチャクラ糸を掴み、この女に引き寄せられたあの時)
(この女はすでに俺の心を拾っていたのかもしれない。)
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