番外編
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神と成れる存在は、
転生トリップではありません。
あくまでも結界師の世界と蟲師の世界は同じ設定。
時間軸的には結界師長編が始まる前。夢主は恐らく200歳ぐらいかな?と。
「――行っちゃやだ…! ぬい…!!」
泣きそうなその声に、思わず足を止めた。
心が微かに震えたのか、胸のあたりがざわざわとした。
ああ。いつから誰かを失うごとに私は、ああやって悲痛に叫ばなくなったのだろうか。
「行くなよ! ぬい――」
ぶつ、とその音声が切られたように、その気配と声が消えた。
『(…これはきっと、ただの気まぐれなのだろう。)』
だから、深くは関わらない。決して。決して。
目の前に広がる真っ暗な、闇。この存在は常の闇(トコヤミ)と言う。
この世界に生きる、人は蟲と呼ぶ怪異をもたらす存在。
説明することは難しいその不安定な存在は私が普段相手をする妖たちよりもさらに存在があやふやなものたち。
トコヤミへと手を伸ばす。触れた途端にトコヤミが私の腕を伝い、首を伝い、頭に回り…身体へと回った。
『…。』
初めてトコヤミの中へと入った様に思う。
トコヤミを滅さない程度に薄く、薄く身体に張り巡らした結界が、きっと私を正気なままで生かしている。
この存在の中に無防備に入り込めば、記憶も何もかも喰われてしまうものだから。
『(見つけた。)』
前方に、地面に蹲るようにしてトコヤミの中を駆ける蟲、銀蟲(ギンコ)へと目を凝らす少年がいた。
あの子が探していたぬいという人はもうトコヤミに飲まれたか。あの子以外になんの存在も感じない。
『…まだ名前は言えるかい』
「!」
少年がこちらを見る。
ああ、髪が白く変色し、もう右目はダメだ。喰われている。
ここまで侵食してしまっていては、
「分からない。こういう時、どうすればいいんだっけ。」
『…自分自身に名前を与えるんだ。なんでもいい、思いつく名前を。』
「…名前、…」
少年がトコヤミの奥、真っ暗な闇を悠々と進む光る目のない蟲、ギンコを見て言った。
「…ギンコ…」
どぷ、と少年がトコヤミを抜けた。
途端にこちらも身体に纏わせていた絶界を広げ、私の存在にやっと気づいたらしいトコヤミが逃げていく。
脅かすために少し消滅させてしまったが、あの程度では致命傷には至らないだろう。
ただ、もうここには戻ってこないかな。逃げて行ったトコヤミを見送り、呆然と立ち尽くし…空に上がった月を少年が見上げた。
「…光、」
『(さて、じゃあ私はこれで…) ! 』
蟲たちがわさわさと少年、今はギンコ、か。
彼の元へと集まっていく。…なるほどこの子…妖質を持っているのか。
蟲を引き寄せるその体質は、並大抵の人間では対処はできない。
『…ああ、面倒なことをした。』
「?」
ギンコが振り返り、こちらを見る。
今になって私に気付いたのだろうか、トコヤミの中にいた影響で青く変色した右目で私をとらえ、私の髪を見た。
「…あんた、若いのに白い…」
『…もう君も人のことは言えないよ。ギンコ。』
「え…」
『ほら、そこの湖で見てごらん。』
ギンコがのそのそと湖へと近づいて、覗き込んだ。
そして水面に移る自身の容姿を確認して、あれ、なんて呟く。
トコヤミの影響で過去の記憶も、自分自身の容姿も分からないであろうに…
この周辺に住む人間がふつうは黒い髪と黒い瞳を持っていることは知っているのか。
蟲が起こす現象とは本当に不思議なものだ。
『ギンコ。10年だ。』
「10年?」
『私が君を護り、面倒を見てあげよう。周辺を見れば分かるようにお前は蟲を引き寄せる…集落や村では生きてはいけない。』
「、」
ギンコが周辺へと目を向け、ゆらゆらと揺れる蟲を見上げる。
本能で分かるのだろう、それらが持つ不安定さと、どこか災いを呼ぶであろう、危うさを。
「…名前、教えて。」
『…私は黒凪。人は私を結界師と呼ぶ。』
これが、ギンコとの出会いだった。
――なぜそんな過去のことを思い出していたのかと言うと、数十年経った今…私はまたしても同じような状況からギンコを助けようとしているからだろうか。
『主様。』
【……】
しんしんと雪が降りしきる山の中の、唯一凍っていない池。
その傍に立つ小さなこの亀こそ、この山の主だった。名前は知らない。
言葉を話さぬ神なのだろう、聞くすべがない。
『先ほどから貴方がこの山へ捕らえているあの人の子は大人になって多少強くはなりましたが、貧弱なのですよ。光酒(こうき)が必要なら私がお探ししますから。ね。』
【……】
『(頑なな…)』
面倒くさいなあ、もう。
ギンコから光酒を奪って渡すことにしよう。私も暇じゃあない。
…なんて、毒づきながらもあの子を放っておけないのは、なぜか。
同情したのだろうか。私と同じように誰かを失う痛みを知るあの子に。
『(まああの子も光酒ぐらい文句を言わずすんなり…)』
「っ!?」
『(ん?)』
声にならぬうめき声のようなものをあげながらギンコが雪山を転がってきた。こちらに向かって。
あ、冬の蟲…おろし笛。が、ギンコを池の方向へと吹き上げている。
それに押されて転がってくる大の男。なんと情けない。
「っ、んだこの沼…!?」
そして見事に沼へと嵌り、底のないそれがギンコをずるずると引きずり込んでいく。
全く。この子は大人になっても変わらない。死にかけてばかり。
「くそ、」
ギンコは焦っていた。
啓蟄(けいちつ)。それは春の暖かさを感じて、冬ごもりしていた虫が外に這い出てくるころのことをいう。
この時期には通常の虫に加え…俺を理由もなく好き、わらわらと群がってくる “蟲” も同様に腹をすかして寄ってくる。
正直、妖質という蟲を寄せる習性を持った俺にとって、この時期は最も苦手なものだったりする。
俺を10年近く面倒見てくれた黒凪さんだって、随分と不機嫌そうに俺のために蟲を払っていてくれたぐらいだ。
って、そうじゃなく。
「(啓蟄の読みを外すわ、この山は閉じられて抜けられねえわ…主にも会えねえわ。くそ、ふんだりけったりだ。)」
おまけに底なし沼に嵌って死ぬのか。
せっかく助けてもらった命なのに――。
外に向かってもがきながらも抗えず、頭も沼に嵌り視界が閉じた途端に…俺の右手を誰かが掴んだような、そんな感覚がした。
「っ!?」
ひょい。そんな擬音語が似合うであろう程に、随分と簡単に引き上げられた。
そして見えたのは。
『ギンコ。お前は変わらないね。』
先ほど一瞬だけ思いだした、俺の育ての親である黒凪さんだった。
「はあ? 光酒がほしかった? それだけか?」
『らしいよ。ほうら。』
じ――――。と俺が背負い歩いていた道具や薬などを詰めた薬箱を凝視する山の主。
マジか、本当にそれだけの為に俺を山に閉じ込めやがったのか、この主。
「勘弁してくれよ、本当に…。」
ぼとぼとに濡れた髪から垂れる水にイライラしつつも薬箱を地面に置いて中を開く。
くそ。さっき沼にはまったせいで蟲たばこも全滅じゃねーかよ。
「ほれ。」
【……】
『…瓶を開いて地面に置けと。』
「ったく、自分で言えよな…」
ぽん、と栓を抜いて光酒を地面に置いてやる。
途端にそこへと群がるおろし笛。途端に光酒の力で力をつけたおろし笛が一気に山を抜けていった。
なるほど、この主はおろし笛たちを渡らせる為に光酒を…。
『さて、山も開いたようだよ。ギンコ。』
「ん、らしいな。山の中をさまよってたおろし笛たちも出て行ったらしいし。」
『うんうん。じゃあ私はこれで』
「待った。」
ええ、何? なんて顔をしてこちらを見る黒凪さんににや、と笑って見せる。
逃がさねえぞ。5年前に急に「10年経った」なんて言って俺を放っていきやがってから全く姿を見せなかったんだ。この機会を逃がすつもりはない。
「折角だ、ちょっとメシでも食いに行こう。黒凪さん。」
『…。仕方ないねえ。ちょっとだけだよ、ギンコ。』
さて、何を話そうか。
まずはここまで面倒を見てくれた礼を言って。
この5年間で何をしてきたのか、伝えてみよう。
まるで子が母にするように。
母子というより姉弟のようだったと、人は言う。
(なんだこれ?)
(それは蟲煙草というんだ。お前に必要なものだから、常にくわえる癖をつけること。)
(うわぁっ!? こ、子供同士で煙草なんて持ってどうしたんだい君たち!?)
((ん?))
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