番外編
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霊能者は今すぐ裏会へ情報登録を。
転生トリップではありません。
あくまでも結界師の世界とゴーストハントの世界は同じ設定。
時間軸的には結界師長編終了後。
多少ゴーストハント原作と設定が違っています。
「――麻衣。」
「…ふぁい…?」
「今は7時36分48秒よ。そろそろ起きないと準備が間に合わない。今日も学校なんでしょう」
「……7時っ!?」
がばっと起き上がった麻衣は傍らに立つ白髪の女性の隣をドタドタと通過して洗面所へ向かって行く。
それを無表情に見送り、女性は静かに台所へ向かった。
顔を洗って制服を見に着けて並べられた朝食を前に椅子に座った麻衣は一度机を見渡すと白髪の女性に目を向ける。
「お母さん、お箸ないよ?」
「…あぁ、ごめんね。さっき床に落として洗っていたの」
そう言って無表情に差し出された箸を掴んで朝食を口に放り込む。
麻衣はおかずを咀嚼しながらテレビをつけ、徐に台所で洗い物をしている"母"に目を向けた。
…母とは言っても血が繋がっている訳ではない。
私の本当の両親は既に他界している。
彼女はなんでも私の母方の遠縁の人らしく、中学3年生の始め頃からこの家に一緒に住んでいる。
《――初めまして谷山麻衣さん。私は貴方のお母様の遠縁の間と言うものです。》
《え、あ、…はい…。("はざま"さん…?)》
《身寄りがないと聞きましたので貴方の母親代わりにと送り込まれました。これからよろしくお願い致します。》
そう言って丁寧に頭を下げた女性の髪は真っ白。
およそ日本人の様には見えなかったが、外国人かと言われればそうとも言えない様な容姿をしていた。
彼女は最初の挨拶こそ丁寧にしていたが、次の日からまるでインプットされたかのように母親らしく私の世話を始めた。
今となっては慣れて彼女の事を母と呼んでいるが、どうも操り人形の様に動く彼女は今も尚不気味である。
「…それじゃあ行って来るね!」
「ええ。いってらっしゃい。」
無表情に手を振る母に笑顔で手を振り返して麻衣が家を出て行く。
そんな麻衣を見送った母は手の平を見下ししゃがみ込んで床に手の平を付けた。
途端にぼふんっと煙が起きて同じく白髪の少女が現れる。
母はその少女を無表情に見上げると徐に頭を下げた。
「ご主人様」
『急に魔方陣を使わせて悪かったね。少し此方で用があったものだから。』
「はい」
『…確か麻衣だったかな。彼女はどう?』
大きな怪我も病も無く無事に育っております。
無表情にそう言った式神に「そう」と白髪の少女、黒凪が相槌を返した。
彼女は裏会総本部の相談役であり総元締の地位につく結界師、間黒凪。
彼女が何故都内に住むごく普通の女子高生である谷山麻衣の元に式神を放っているのか。
その理由は彼女が黒凪の母である月影側の血筋の遠縁に当たる為である。
「――ただ、昨日からゴーストハントなるものの手伝いをしているそうです。」
『…え? ゴーストハント?』
「はい。学校の旧校舎で起きている怪奇現象を調べていた人物の1人に怪我を負わせてしまった様で。」
その為に麻衣がその調査の手伝いを。
式神の言葉を聞いた黒凪は目元を覆って「あー…そうなんだ…」と困った様に呟いた。
その様子を見ていた式神は無表情のままに口を開く。
「ご主人様が此方にいらっしゃった理由もその事と関係が?」
『まあね。学校の生徒の中にどうも異能者の素質がある女の子がいるみたいで…』
その子が遂に周りに影響を及ぼし始めたから夜行で引き取るかどうかの最終決定を下す為に来たのよ。
そう言って黒凪が携帯を開くと丁度良く電話がかかって来た様で携帯を耳に押し当てた。
電話を掛けて来たのは既に学校に潜入していた閃。
≪あ、黒凪?今何処だ?≫
『今から学校に向かう所。そっちはどんな感じ?』
≪前々から黒田が引き起こしてた怪奇現象を調べに昨日からサイキックリサーチって奴等が学校を出入りしてる。ま、変な邪魔は入ったけど黒田の力を見定めるにはいい機会だと思うぜ。≫
黒田とはその異能者の素質のある女子生徒の名前だ。
麻衣がこの事に関わっている事は予想外だったが、怪奇現象を調べる様な集団が現れれば恐らく無意識下の異能も発動しやすいだろう。
性格は目立ちたがり屋だと聞いているし。
そう考えながら玄関に向かい扉を開いて式神に目を向けた。
「いってらっしゃいませ。」
『うん』
谷山家から出て麻衣の通う学校へと徐に歩き始める。
その道のりの中で改めて黒田の情報を思い返す。
彼女が持つ異能は一般的に超能力と言われるものと同じ。
自分から離れたものを移動させる。彼女はその能力を無意識の内に奮い多くの人を傷付けている。
《無意識の内に大切な人を傷付ける前に夜行で引き取ろうかと思ってて。せめて力をちゃんと扱えるようになるぐらいまではさ。》
困った様にそう言っていた正守の顔が過る。
基本的に夜行に居る子供達はそう言った危うさから引き取られた子や一時的に預かっている子が殆どだ。
黒田も長らく気付かれずにいたが、実害が出ている以上危険であれば両親を無理に説得してでも夜行に連れて行かなければならない。
「――黒凪!」
『閃。…どういう事、サイキックリサーチって。校長に裏会から話は通ってる筈なのに。』
「行動が遅いとかなんとか言ってたぜ。おかげで今日はそのサイキックリサーチに加えて巫女と坊さんも呼んだってよ。」
『はぁ?…もー……』
そんなに怪奇現象に参ってんの?
そんな会話をしながら問題の旧校舎へ近付いて行くと大きなワゴン車が前方に止まっている。
そのトランク辺りに女子高生と女性が1人、男性が1人…。そしてトランクの中に青年が1人居た。
『…えー、と。』
「「「「!」」」」
突拍子もなく聞こえた声に4人が振り返る。
黒凪と閃はワゴン車の影から姿を見せると顔を覗かせ立っている4人に目を向けた。
麻衣は黒凪の姿に少し目を見開くと彼女の後ろに立つ閃に目を向ける。
「あれ? 影宮君…」
「…よう」
「影宮?…知り合いか?」
「うん。一緒のクラスの子…。」
何で此処に?と問いかけた麻衣は彼の前に立つ黒凪の姿に言葉を止めた。
黒凪の姿は結界師が身に着ける着物姿。
その姿に少し顔を引き攣らせ、麻衣が口を開く。
「ま、まさかその人も除霊で校長に呼ばれて…?」
『まあそんな所だね。とは言っても元々私達だけで終わらせるつもりだったんだけれど…』
「あーら、また子供の登場ね。」
「今時の子は凄いなぁ、それ銀髪?」
茶髪の僧侶には言われたくないね。
そう言った黒凪に「うぐ、」と滝川が言葉を詰まらせる。
黒凪は徐に4人の顔を見渡した。
『…君がサイキックリサーチの社長さん?』
「…ええ」
『……。名前は?』
「(げ、この子もナルのかっこよさに早速ナンパ…?)」
渋谷一也です。
無表情に言った渋谷に「ふーん」と呟いて黒凪が手を伸ばした。
その手が彼の頭に乗せられようとした時、「ああ、良かったわ!」と嬉しそうな声が掛かる。
その声にぴくりと動きを止めて黒凪が振り返った。
「この旧校舎は悪い霊の溜まり場で困ってたんです」
嬉々としてそう話しかけてきた、眼鏡をかけたみつあみの女子生徒…。
そんな彼女を呆れたように見て閃が黒凪の耳元に口を近づけて声を潜めて言った。
「…あいつ。」
『黒田さん?』
「あぁ」
私霊感が強くて…。と意気揚々と話す彼女は確かに情報通りに目立ちたがり屋の様だった。
しかしそんな彼女の勢いを削ぐ存在が1人。
「自己顕示欲。目立ちたがりね、貴方。」
松崎だった。図星を疲れたのか、黒田の目付きが一気に変わり、彼女を睨みつける。
黒凪はその様子を見て小さく笑い、その様子に渋谷は目を細めた。
「貴方に霊感なんて無いわ。そんなに自分に注目してほしいなら他でやってくれるかしら。」
「ちょ、そんな言い方ないでしょ⁉」
黒田を背にしてそう松崎に言い放つ麻衣。
しかしそんな麻衣には目も向けず、松崎を睨みつけながら黒田が言う。
「貴方に霊を憑けてあげるわ。今に見てなさい、偽巫女。」
そう宣言して去って言った黒田を見送り、黒凪が閃に目を向ける。
ああ言ったからには必ず松崎に何かが起こるだろう。
彼女の無意識による異能によって。
巫女である松崎綾子、坊主である滝川法生。
彼等は邪魔だと考えていたが、黒田の力を引き出させるには良い人材なのかもしれない。
「――やあやあ皆さんお揃いですな。紹介します、此方エクソシストのジョン・ブラウンさん。」
「オーストラリアからジョン・ブラウンっちゅうもんです。安生可愛がっておくれやすです!」
変な日本語を話すジョンに松崎や滝川が吹き出す。
そんな中で黒凪が徐にジョンを連れて来た校長の元へ歩き出した。
校長は「ん?」と黒凪を見ると驚いた様に目を見開いて後ずさる。
『校長先生。随分と余計なものを呼び寄せてくれましたねえ。』
「え、ええっ!?」
『貴方のご要望通り、幹部などには任せず私が来た訳ですが。』
「こ、これは失礼致しました!」
大の大人が少女に向かって最敬礼。
なんじゃあありゃあ…。そんな目で見る麻衣達を尻目に黒凪が呆れた様にため息を吐く。
ちょっと校長先生?その子は一体…。
眉を寄せて言った松崎に黒凪が徐に彼等に向き直った。
『私は裏会総本部の相談役をやっている間黒凪と言う者です。』
「!(間…?)」
「う、裏会総本部!?」
「マジかよ!」
渋谷やジョン、麻衣が怪訝な顔をする中で松崎と滝川が目を見開いてそう叫ぶ。
「あの、裏会総本部? って?」
怪訝な顔のまま麻衣が問うと、ごほん、と滝川が咳ばらいをして口を開いた。
「裏会総本部って言うのはな、まー簡単に言えば日本全国の霊能者のデータを扱う機関って所だ。」
その役割は多岐に渡り、神佑地…いわば神社や寺、パワースポットの管理やメンテナンス、全国に住む神様や霊能者の情報の管理と統括…。
へー。とぽかんと返す麻衣にずいっと松崎が顔を近づけて言う。
「あんたね…分かってないようだから言ってあげるけど、裏会総本部で働くってことは霊能者の中でもエリート中のエリート…しかも相談役なんて、いわばそのナンバー……」
そこまで言ってからギギギ、と松崎と滝川が顔を青ざめて黒凪に目を向ける。
そんな2人に「ナンバー? ナンバー何?」と問いかける麻衣。
その頃には渋谷とジョンも黒凪に目を向け、その力を図らんとしている様だった。
そんな3人には目も向けず、黒凪を凝視したままで松崎と滝川が同時に言う。
「「1…」」
「1…って、トップ⁉ トップってこと⁉ 一番偉い人⁉ でもどう見たって私よりも若い…」
「…にわかには信じてなかったけど、裏会総本部の人間の殆どは ”人じゃない” って話だぜ…」
その言葉にまたしてもぽかんとして、それから麻衣が飛びのいで渋谷の背に隠れた。
って、てててことは幽霊⁉ え⁉ でも皆見えてるよね⁉
なんて感じで焦る麻衣には目もくれず、渋谷が挑戦的に笑って言う。
「人じゃないものは幽霊だけに限定されないだろう。」
「へっ…」
「妖、妖精、悪魔や天使…または」
日本で言う、神様というもの。
その言葉にごくり、と麻衣が息を飲んで…。
そしてこの重苦しい空気を変えようとぱっと渋谷に目を向けた。
「そ、それよりナルちゃん! 今日は私何すればいいかな⁉」
「! …お前、今俺を ”ナル” と呼んだか? …何処で聞いた?」
「えっ…」
怪訝な顔でそう麻衣に問いかける渋谷に閃が少し目を細める。
しかしそんな閃には気づかず、麻衣がぷっと噴き出して言った。
「なーんだ! やっぱり誰でも思いつくんだ、ナルシストのナルちゃん!」
「…。」
表情を変えず黙り込む渋谷。
閃が黒凪に近付いて言う。
「なんか気になるな。調べるか?」
『うん、よろしく。…ま、裏会を知らない霊能者なんて日本には存在しないはずだからね。大方日本生まれじゃない気もするけど。』
「それは俺も思ってた。時間かかるだろうけど、まあどうにかする。」
『分かった。』
そうして全員で旧校舎の中へ。
渋谷は設置したカメラやサーモグラフィーなどの映像を前に何やら作業をしている。
その様子を眺めながら手持ち沙汰になっている麻衣、そしてジョン。
黒凪と閃は霊などそもそもいないことは見抜いており、何かが起こるのを待つように窓の外を眺めて時間を潰している。
一方の松崎と滝川は各々旧校舎の中を見回りに行った…のだが。
「キャー!」
「どうした⁉」
「扉が開かないの!」
全員で松崎が閉じ込められた教室へ。
確かに扉は押せども引けどもうんともすんとも言わない。
扉に集まる渋谷達から少し離れた位置で閃が目を変化させた。
「…うん。黒田の力だ。引き戸にがっちりなんか噛ませてる。」
『分かった。』
「蹴破るしかないか…! どいてろ綾子!」
「ちょ、どさくさに紛れて呼び捨てにしないでくれる⁉」
「せー…」
の、という直前。
黒凪が引き戸に触れてすっと横にスライドさせた。
そして意図も簡単に開いた扉に勢いをつけていた滝川が倒れ込む。
「うわあっ⁉」
「え、開いた…」
全員の怪訝な目が黒凪に向いた。
そしてとりあえず松崎が閉じ込められていた教室に入り、彼女の話を聞くことに。
「この教室の中を見て回ろうとしたら、突然扉が閉まって開かなくなったのよ。やっぱりここ、何かいるわ。確実に。」
「てか、あんたさっき扉に触れた時に除霊したんじゃないか?」
『え? いやあ…除霊はしていないけどね。』
「え、じゃあなんでさっき扉が急に開いたんだよ。」
「――それは、相手が霊ではないからでしょう。」
突然聞こえた、聞き覚えのない声。
振り返るとそこにはおかっぱ頭の着物を着た少女が無表情で立っていた。
「これはこれは…あの有名な霊媒師の原真砂子じゃないか。」
「ふん、ちょっと顔がいいからってテレビでちやほやされてるエセ霊媒師でしょ。」
「お褒め頂いて光栄ですわ。」
「ぐ、このマセガキ…」
表情を変えず松崎の嫌味にそう返した真砂子がちらりと黒凪に目を向け、そしてその家紋にかすかに目を見開いた。
「その家紋…、結界師の方ですね?」
『ん、ああ、ええ。』
「結界師だろうとなんだろうと良いわよ。私はこの土地の精霊の仕業だと思うし、さっさと払って帰る。」
そう言って教室の外へと歩いていく松崎を横目に滝川が口を開く。
「俺はこの旧校舎についてる地縛霊だと思うけどなあ。ここが取り壊されるのを嫌って色々悪さしてんだろ。」
「…ジョン、君はどう思う?」
渋谷がそう問いかけるとジョンは少し自信なさげに応えた。
「いやあ、ボクにはなんとも。でもこれだけおかしなことが起きてると、やっぱりゴーストやスピリットですやろか…」
「スピリット…精霊か。ふむ。」
「っ、とにかく私は私でやるから!」
「貴方に祓えるかしら。」
今度こそ教室を出ていこうとした松崎の前に立ちはだかったのは黒田。
ここに住む幽霊は強力なのよ。貴方じゃきっと無理。
そう言い放つ黒田に何も言わず、松崎が教室を出て行った。
それを見送り、黒田が不安げな顔をして己に近付いてきた麻衣に言う。
「さっき廊下で髪を引っ張られて、首を絞められたの。」
「ええっ⁉」
「私の霊感は強すぎるからダメだって、そうも聞こえた…」
「それはいつの話です?」
「さっきよ。2階の廊下…」
そして皆でモニタールームに戻り、映像を確認してみると丁度黒田が襲われたというタイミングで映像が一旦途切れていた。
それを見て「意味深だな…」と顎に手を持っていく渋谷、そして畳みかけるように言う黒田。
「幽霊の仕業よ、これでわかったでしょ⁉」
「いいえ、霊の仕業ではありませんわ。ここには霊は居ません。」
「なによ、あなた本当に霊感あるの?」
「あなたこそ。」
黒田と真砂子が言い争う中、早速松崎が除霊を始める。
その声を聞きつけて徐に黒田がそちらを見に行き、麻衣や滝川、渋谷もそれに続く。
その様子を横目に黒凪が閃に目を向けると、徐に閃は正守へと電話をかけ始めた。
≪もしもし?≫
「あ、頭領。良ければ夜行から1人送ってください。例の女子生徒…うちで面倒見た方がいいと思います。」
≪黒凪もそうした方がいいって?≫
「はい。幸いにも命に関わるほどのことはまだやらかしてないですけど…きっとそのうち。」
そうこうしているうちにも除霊が終わり、除霊に携わっていた校長が松崎を連れて旧校舎を出ようとした、その時だった。
出口のガラスにひびが入り、一気にそれが飛び散ったのだ。
「きゃあっ⁉」
「うわあっ」
その叫び声に電話をかけていた閃が顔を上げ、しまった、といった風な顔をする。
きっと今電話をかけていなければ扉に向かった黒田の力を見てガラスが飛び散ることは閃になら予測できただろう。
しかしそれも後の祭り。滝川と渋谷が倒れ込んだ校長と松崎の元へと走っていく。
2人が倒れた位置には、大量とは言えないが、血が流れていた。
「…悪い。俺の注意不足だった。」
『いや、こういうこともあるって。…ただ、怪我人が出た時点で…彼女には一刻の猶予もなくなったけど。』
「今翡葉さんがこっちに向かってる。まずは黒田さんのご両親に事情を説明してから本人を連れていくことになるだろうって。」
それまでは手出しは出来ない。
事情を話したとして、本人がパニックに陥って暴れでもすれば…両親の許可が下りていない以上俺たちが無理くりそれを鎮めるわけにもいかない。
「…これは事故ですわ。」
「ええ⁉ で、でも…事故でガラスが割れるの⁉」
「…少なくとも私が言いたいのは、これは霊の仕業ではないということ。」
「ま、待ってよ! じゃあ私を襲ったのは何⁉ 扉を閉めたりしたのは⁉」
「原因はわかりませんが…霊ではありません。」
ギリ、と黒田が歯を食いしばり顔を歪ませた。
その様子を見て閃がため息を吐いて後頭部を掻く。
「…黒凪、俺ヒント出してくるわ…。」
『うん?』
「これ以上あいつらに頭ごなしにあんな風に言われちゃ、黒田が暴走するし。」
『…分かった。』
肩の力を抜いて閃が一歩踏み出して言った。
「俺思ったんすけど…」
渋谷達全員の視線が閃に向かう。
閃は口が上手いし頭が良いから、こういうことには適任だ。
「今のところ、機械に反応は無し、その上実力派霊媒師の意見は ”霊はいない” ってことは、本当に霊じゃないんじゃないすか?」
「ちょ、私の意見は無視ってこと!?」
「俺の意見もだ!」
「霊はいるわ!」
ぐわっと向きになって言った松崎、滝川、そして黒田に目を向けて閃が冷静に返す。
「落ち着いてくださいよ。俺が言いたいのは、いい加減霊以外の可能性も考えようってことです。」
「じゃあ何か? 地震だとかそういうあれか⁉」
「そうじゃなくて…」
「なるほど。」
渋谷がボソッと言った。
そして彼の目がゆっくりと黒凪に向かう。
「ずっと一緒に居ながら、何故この結論に至らなかったのか…。」
「え、ナル?」
「…明日の昼間、皆集まってください。」
「明日ぅ? 今日じゃダメなのか?」
「救急車で運ばれた校長先生にも参加していただきたいのでね。」
そして次の日。
学校が昼休みのタイミングで今回、旧校舎での怪奇現象に巻き込まれた全員が校長室に集められた。
そして全員が集まったことを確認した渋谷がカーテンを閉め、赤いライトを点灯させる。
「光に注目してください。」
「(一種の暗示…催眠術みたいなものか。)」
渋谷の指示に従いながら、閃がそんな風に考える。
何かを誘発するものなら俺も黒凪も暗示に引っかかるべきではない。
無意識下にでも力が抑えられなくなればやばいし。
それは黒凪も分かっているのだろう、2人ともかすかに視線をライトから外し今回の暗示を乗り切った。
そして次の日の放課後…。
「さて、じゃあこの板を外そうか。」
そう、旧校舎の一室の入り口部分につい最近取り付けられたかのような真新しいベニヤ板を前に渋谷がそう言った。
板にはジョンと麻衣のサインが掛かれており、それはこのベニヤ板がつけられた時から動かされたり、破壊されたりしていないことを物語っている。
「この板は昨日のうちにジョンと麻衣の協力でここに取り付けたものだ。教室の中には椅子が1つ。そして仕掛けたカメラがある。」
ベニヤ板を外し、中に設置されていたカメラを取り外してその映像を全員で鑑賞する。
そして映像の中で、昨晩のうちに椅子が不自然に動いていたのが見て取れた。
「これは…立派なポルターガイストじゃねえか!」
「ほらね、やっぱり幽霊がいるのよ! これでわかったでしょ影宮君、霊以外の可能性なんて考えても無駄…」
滝川を皮切りに黒田がそう叫ぶ。
しかし渋谷はいたって冷静に応えた。
「ポルターガイストの原因のほとんどは人間だ。」
「…え」
黒田が言葉を止める。
そんな中、麻衣が怪訝な顔をして言った。
「じゃあこれも人の仕業だっていうの? でもこの教室は入れないはずじゃ…」
「ああ。しっかりとベニヤ板で入り口は塞いでいたしな。」
「じゃあどういう…」
首をかしげる麻衣を見て渋谷が続ける。
「僕は昨日、此処に居る全員に暗示をかけた。その日の夜…つまり昨晩にこの教室の中にある椅子が動く、と。」
「で、でも…やっぱりここに入れない以上人が椅子を動かすのは無理なんじゃ…」
「ポルターガイストは一種の超能力だ。それは例えば一時的に掛かった強いストレスや、強い思い込み、注目してほしいという欲求…様々な無意識の感情が引き金となる。」
そういう場合、暗示をかければ十中八九その通りのことを引き起こす。
そこまで言った頃には、教室内にいた全員の視線がまっすぐに黒田を捉えていた。
この中で思い込みが強く、自己顕示欲が強い人物は誰か。明白だった。
「そ、そんな…私がやったって言うの?」
「まあ、ここにいる全員に暗示はかけているし、個人を特定するにはまたもう数回実験を重ねる必要がある。だが…」
貴方達なら、分かっているのでは?
そう言った渋谷の視線の先には、黒凪と閃。
渋谷の言葉に他の全員もこの2人に視線を移した。
「ヒントをどうもありがとう。影宮君、だったかな。そして黒田さんの力で開かなくなっていた扉を容易に開けてみせた…貴方も。」
『…。閃、京は?』
「…来たよ、ようやく今。」
がら、と教室の扉が開く。
そしてぬっと姿を見せた銀髪の大男に扉の傍にいた松崎と滝川が少しのけぞるようにして道を開く。
そんな大男…翡葉京一の視線の先に立つ黒田は微かに肩を跳ねさせ、近くに立つ麻衣の方へと少し逃げるようにして動く。
『ご両親はなんだって?』
「大分ごねられたが、ようやく理解は得られた所だ。」
家で前兆は見られなかったからな、信じてもらうのに時間を大分使った。
そう無表情に言って翡葉が改めて黒田に目を向ける。
ほかの面々はその異様な空気感に皆何も言えないでいる。
「黒田早紀。急で悪いが、これからあんたは学校に通わず夜行で過ごしてもらう。」
「や、夜行…?」
『…閃、順を追って分かりやすーく説明してあげて…。京じゃダメだわ。』
「あ?」
翡葉が微かに目つきを悪くさせて黒凪を見下ろす中、閃が一歩踏み出して口を開く。
「あー、まずあんたにはちゃんと自己紹介をするべきだよな。こいつは間黒凪、この人は翡葉京一…俺達3人とも、裏会っていう組織からやってきたんだ。裏会は日本全国の異能者の情報を管理する組織で、特に翡葉さんと俺は夜行っていう裏会実行部隊に属してる。」
で、まずなんでそんな俺たちが黒田を連れて行こうかとしているかというと…。
そこまで言ったところでぱちん、と麻衣が両手を叩いて言った。
「分かった! 黒田さん、超能力者だったんだ⁉」
「え…」
「…。ま、そういうことだな。で、今回黒田には短くて数か月、長くて数年の…まあいわば超能力講習をうちで受けてもらう。で、完全に能力をコントロールできるようになってもらいたい。」
「能力を…コントロール…」
実際、今回に巫女の松崎さんと校長先生を傷つけちまったんだし、その重要さはわかってるよな?
そう閃が確認するように言うと、静かに黒田が頷いた。
「…え、じゃあちょっと待って。あなたたち最初からそこの子を目的にここにきてたってこと?」
『まあ…実際に此処での幽霊騒ぎの連絡をしてきたのはここの校長先生で、様子見で閃を投入したところ黒田さんの存在に気が付いてね。』
それで私も来て、今回のことで黒田さんには夜行に来てもらう必要があるっていう決断に至って…ここにいる翡葉が来たっていう感じ。
そこまで黒凪の言葉を聞いていた滝川が眉間に皺を寄せて口を開いた。
「だったら、怪我人が出る前に止めることだってできたんじゃねーのか? それにここまで時間をかけなくとも、簡単に終わった話だっただろうに…」
「いや。先ほどそこの翡葉という彼が話していた内容から察するに、彼らは今まで彼女のご両親と交渉をしていたはずだ。」
たとえ公的な組織だとしても、親の許可なしに子供を連れていくことはできない。
つまり今まで彼らは黒田さんを強制的にその夜行へと連れていくことはできなかったはず。
…となると、自分の力を制御できないサイキックの彼女を下手に刺激するより、ご両親の許可が下りるまで待つ方がはるかに安全だ。
「…最終的に怪我人は出てしまったわけだが。」
その言葉に黒凪が肩を竦め、翡葉が面倒くさげに後頭部を掻いて一歩踏み出した。
「ま、そういうことだ。行くぞ。」
「っ…」
「…俺が怖いのはわかる。が、夜行の人間は皆が皆こんなじゃない。来ればわかる。とりあえず来い。」
『自分で自分を “こんな” だなんて…あんたもついに謙遜って言うのを覚えたのねえ。』
目元を着物の袖で拭うようなしぐさをする黒凪を無視して翡葉が黒田の元へと進んでいく。
しかし顔を青ざめた黒田が一歩身を引いた途端に旧校舎の天井がミシミシと音を立て、天井が突然崩れた。
「きゃあっ⁉」
「天井がっ…!」
入口近くにいたジョン、滝川、松崎、そして真砂子はかろうじて崩れる教室から出られたが、教室の中央付近にいた黒田、渋谷、麻衣…そして裏会の面々は脱出できなかったらしい。
それに気づいた滝川とジョンが焦って砂埃を払った所、裏会の3人を除いたこの旧校舎にいる全員が一様に表情を固まらせた。
「ったく、結局こうなる…。」
そう言って天井を見上げた状態から黒田に目を向けた翡葉。
慣れた様子で周辺に作られた結界を見上げて黒凪に目を向けた閃。
そして人差し指と中指を立てていた右手を下ろし、徐に黒田の元へと歩き出した黒凪。
そんな彼らを含めた教室の中にいる人々全員が透明の箱のようなものに囲まれていた。
「透明の…箱?」
「これが ”結界術” というものですわ。実際に見たのは私も初めてですけれど…。」
「って、きゃあ⁉」
麻衣の声に視線を結界から動かすと、また驚きの表情を浮かべる面々。
麻衣や渋谷、黒田の周りにはうねうねと動く蔦が伸びており、鋭い木の欠片などを正確に掴み取っていた。
その蔦は翡葉の上着の中の方から伸びている。
「…成程、これがアヤカシというものですか。」
渋谷の落ち着き払った声に翡葉が同じようにして返す。
「いや、俺は混ざってるだけだ。だから霊感が無くとも見える…。」
そうこう言っている間にも黒凪が気絶してしまって麻衣の腕の中にいる黒田の額に手を触れる。
麻衣はその様子を心配げに見つつもちらちらと翡葉の蔦を見ていた。
「あ、あの…その ”混ざっている” って言うのと黒田さんはどうしても同じには見えないんだけど…」
『この子はただの超能力者。京…、翡葉は妖の力を宿す人間ってところかな。黒田さんは能力のコントロールさえ身に着ければ普通に人の社会で生きてもらうことになるけど…妖混じりは違う。』
根本から人とは違うから、人と一緒にって言うのは難しいところがあるからね。
そこまで言って黒凪が結界を入り口にまで引き延ばし、翡葉に目を向ける。
『じゃあ京、黒田さんよろしく。』
「じゃ、その子頂戴。」
麻衣に右手を差し出し、片手で軽々と黒田を持ち上げる翡葉。
そんな彼は入口へと向かっていく黒凪と閃の後に続いていく。
そして全員が入り口までくると結界を解き、結界の上に積もっていた天井の木や砂埃が一気に教室に落ちた。
『さて、校長先生への報告はどうしようかな。』
「それは僕が適当に言っておきます。今回のポルターガイストの原因の彼女がここから離れるのだから、もうこれ以上怪奇現象は起きないでしょうし。」
そう名乗り出た渋谷に「ありがとう」と黒凪が返事を返し、よっこらせと閃の背中に乗った。
『じゃあ皆さん、またいつか機会があればね。あと滝川さん、あなた住所の更新出来てないみたいだからまたしておくようにね。記録室から本人に伝えておくようにって。』
「げっ、確かに山を降りてから住所変更してねーや…。」
『それから…麻衣ちゃん。』
「…え、あ、はいっ⁉」
またね。そうとだけ言って姿を消した3人にぽかんとする麻衣。
皆の怪訝な視線が彼女に突き刺さる中、校門の方から人影が近付いてきた。
「――麻衣。」
「はいっ! …って、あ…お母さん⁉ どうしてここに…ってもう下校時間とっくに過ぎてるー!」
「…” お母さん ” …?」
「全然似てないわね…。寧ろ似ているって言ったら…」
さきほどこの場所を去ったばかりの少女、間黒凪を一様に思い浮かべる面々。
しかしそんな彼らの表情には気づかず、麻衣がカバンを持って大きく手を振った。
「それじゃあ皆ー! またねー!」
「”またね” って…事件は解決したからもう会うこともないのに。」
麻衣にお母さん、と呼ばれた白髪の女性。
そして麻衣の背中を見送り、渋谷は静かに考えるように視線を落とした。
幽霊がいっぱい⁉
(――麻衣。)
(うぅ~ん…おはようお母さん…)
(渋谷さんからお電話よ。)
(ん…ぅえっ⁉ ナルから⁉)
(――お母さん! バイトしていい⁉)
(いいわよ。)
(あ、もしもしナル⁉ バイト、ぜひやらせてください!)
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