番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
しろとくろと、
完結後の火黒と夢主のお話。
【…すまぬな、人の子よ…。お主が忙しくしていることは承知の上だったのだがな…。】
【オイ、本当にアイツだけで大丈夫なのか?】
そう、左右に聳え立つ狛犬がこちらへと語りかけてくる。
『心配ありません。"あれ"は強いので。』
【…フン。お前程の者が従わせている妖は格が違うと言う事か。】
そう言ったであろう、阿の狛犬が火黒へと目を向ける。
火黒は神佑地の漏れ出た力にたかる妖たちをひたすらに斬りつけ回っている。
妖たちは本当に数に限りなく、次々と集まり続けていた。
『…。うん、こんなものですかね。』
そう呟いて手を離せば、先ほどまでいびつに歪んでいた神佑地の格が綺麗な球体となり、その姿を現した。
それを見た吽の狛犬が目を細め、感嘆を漏らす。
【…ほう…見違えたの…。】
【流石は眺める者に選ばれただけはある、ということか。】
『選ばれただなんておこがましい。…私はただ、何か問題が生じた神佑地を感じ取ることが出来るだけですよ。』
間黒凪。400年以上前にこの世へ生まれ落ちた、結界師。
これほどまでの長い時間を生きることが出来たのは、父である間時守によってかけられた秘術の影響である。
しかし以前その父とともに双子の弟である宙心丸を封印してから…何の因果か、眺めるものという存在に人でもなく、妖でもなく…そして神でもない存在へと書き換えられた。
『――では浄化を頼めますか?』
【構わぬが…お主の配下であるあの妖の身も危ういぞ…?】
『心配には及びません。あれは私の力も持っているので、大丈夫です。』
【いいだろう。なら遠慮なく。】
狛犬たちがゆっくりと目を閉じ、すう、と息を吸うような音が響いた途端に、彼らを中心に神佑地の空気が見違えるほどに澄んでいったのが分かった。
途端にその空気に飲まれた妖たちは火黒を除いて、悲鳴を上げる間もなく消滅していく。
その様子を見た火黒は振り下ろさんとしていた自身の刀をとめ、自身の主である間黒凪へと目を向けた。
【終わったかァ?】
『うん。ありがとうね。』
【――よくやってくれた…人の子よ…】
【また何かがあれば頼む――】
そんな声が頭に直接響き渡るように木霊して、神佑地の中がしん、と静まりかえる。
黒凪は狛犬たちに頭を下げ、火黒の為にもと足早に神佑地を後にすることとした。
鳥居をくぐると同時に正面に太陽の光が微かに上がり、それを見た黒凪はごそごそと着物の胸元に手を伸ばした。
『もう夜が明けたみたいだね。』
【あ? …あァ、らしいな】
2人で空を見上げて朝日が昇る様子を眺める中、黒凪が取り出した箱から人皮が飛び出し、火黒の身体へと巻き付いていく。
そして人間の姿へと火黒を擬態させると、人皮は火黒にぴったりとくっついて動きを止めた。
火黒は徐にコートのポケットからサングラスを取り出し、かける。
『さて、この後は裏会総本部に行って近況を竜姫辺りに訊きに行かないと…。』
【ふーん。忙しいねェ。】
『今日のお供はあんたなんだから最後まで付き合って貰うよ。』
【へいへい】
妖混じりである限や閃とは違って、完全な妖である火黒は眠らない。疲れも感じない。
それでも面倒だという感情はあるのか、背中を丸めて気だるげに歩き出した火黒の隣を黒凪が続く。
【…その身体さァ。】
そう、ぼそっと火黒が言う。
【君は気に入ってんの?】
『…気に入ってるよ? どんなに動いても疲れないし、何よりあんた達とずっと一緒に居られる。』
【へェ。】
『何ようその返事。ははは…、ん?』
黒凪が足を止め、振り返る。
そしてしばしどこかを見つめるようにすると、
『…近くの神佑地で何か問題が起きたみたい。』
そう、言った。
…ふと疑問に思うときがある。
この世の何者でもなくなったこの少女は、本当に幸せなのかと。
この世界に何か問題があるとこんな風に呼び出されて、働かされて。
それでも彼女は、誰かといたいからと、それを受け入れた。
『火黒、抱えて行ってくれる?』
【あァ】
慣れたようにその小さな身体を抱えて、塀やらを超えて最短ルートで黒凪がいう神佑地へと近づいていく。
その途中で、黒凪が動く何かを捕捉するように目線を動かし、ゆっくりと振り返って…俺の肩を叩いた。
『火黒。あの人。』
【…】
黒凪の視線の先へと目を向ければ、大きな壺を両腕で抱え、必死の形相でこちらへ走ってくる男が見えた。
男はまるでこちらを気にする暇などないというかのように、こちらには目もくれず隣を通り過ぎていく。
もちろんそれを見逃すはずもなく、首根っこを掴んで男の動きを止めると「うわあっ⁉」と男は素っ頓狂な声をあげこちらを見上げた。
そして、
【あ?】
「なっ、なんですか貴方たちは⁉」
火黒がその顔を凝視して動きを止める。
そんな火黒に怪訝な顔を向けつつも、黒凪が男の持つ壺へ手を触れると、目を細めて言った。
『お兄さん、この先の神社からその壺盗んだでしょう。』
「なっ、なんでそれをっ…⁉」
『駄目だよ。そういう物はね、盗むと災いが…』
「ゆ、友人を救いたいんだ! この壺があればどんな傷をも癒してくれると噂で聞いたんだ! こんな壺にそんな力があるだなんて、お、俺だってそこまで信用しちゃいない! でも、放っておけないんだよ…!」
そう畳みかけるように言った男に眉を下げ、そろそろ力ずくで壺を男から取り上げるであろう火黒へと目を向けると、彼はまだ男を凝視していて。
その珍しい様子に黒凪も様子を伺っていると、火黒がニヤリと笑って言った。
【…ふーん、あんたまだ友人なんてモンの為に走ってんだなァ。】
「え、…あの、…何処かで…?」
【あんたにゃ無理だ。あんたは大事な場面で躊躇う。どうせその友人なんてのも救えやしねえ。】
火黒の言葉に思い当たる節でもあるのだろうか、男が呆然と立ちすくみ、壺を抱える両腕が震え出した。
『…お兄さん。これはね、傷を治すものじゃないんだよ。』
「…え、」
『この壺は過去の記憶を見せるもの。そうだな、大方病や怪我で床に伏した人々に、元気だった頃の記憶を見せていたから傷を治すなんて噂が立ったんじゃないかな。』
黒凪がゆっくりと手を伸ばし、男とともに壺を抱えた。
そして目を細め、ゆっくりと壺を指で撫でる。
『ただこの壺の面白いところは、今生の過去のみならず…前世の記憶も見せてくれるところ。』
壺から光があふれ出し、そして消えた。
そんな様子にまた「あ?」と声を発して小首をかしげた火黒へと黒凪が笑顔を向けると、男がゆっくりと壺を覗き込んでいたその顔をあげる。
「――…黒田君?」
【…へェ。】
火黒のそんな反応に男がゆっくりと、ゆっくりと火黒へと目を向けた。
「本当に黒田君…なのか? 私と同じように生まれ変わっていたのか? 人間に…」
【…残念だったなァ、坂井】
「!」
【手遅れだ。】
火黒が口元の人皮を引き裂き、ゆっくりと笑顔をつくるように頬へ、そして目元へとその亀裂を広げていく。
その下には火黒の大きな口が弧を描いていて、坂井と呼ばれたその男は絶望の顔を浮かべた。
「…そうか。やはり人間の道を踏み外してしまったんだな…。」
【…まあなァ】
「君は…君はそれで幸せなのか…?」
【……ま、それなりには幸せなのかもしれねェなァ】
そんな返答が返ってくることを予想していなかったのだろう、坂井は驚いたように火黒を見上げ、火黒が手を持ち上げ…黒凪の頭にそれを置いた様を見て、眉を下げる。
「…そうか。私では君を救えなかったが、こんな少女が…。」
【誰かを救うだとか、相変わらず大層なこと言うねェ。】
「はは、確かに大それたことを言っている自覚はあるさ。…それでも、私はそうしたかった。」
火黒の脳裏に、かつて友人で会った坂井の姿が過った。
今となってはこう思う。きっとあの時…坂井が俺を斬る覚悟を持っていたなら、そうできたなら。
きっとこの男こそ俺を救ったその人となっていたのだろうと。
『…坂井さん。貴方の過去を一緒に垣間見た人間として言わせてもらうけれど…君はきっと、こんなものに頼るよりその友人に寄り添ってあげる方が向いていると思うよ。』
「え…」
『大それたことなんてしなくていい。望まなくてもいい。…君にはもう十分力がある。人を救う才能が…。』
坂井の両目に涙が浮かび、その両目に黒凪の姿を大きく映す。
『君のその真っ直ぐな所、誇っていいよ。修正不可能なぐらいに歪んだバカを必死に人間に戻そうとした君は凄い。』
「…え、あれ…?」
そして耐えきれなくなったように、ぽろぽろと坂井の両目から涙が溢れていく。
慌てた様に目元を拭う坂井の姿に息を吐き、火黒が一瞬で壺を奪い去っていった。
途端に手のひらの上から消えた重みに「うわっ⁉」と声を上げて周辺を見渡した坂井は、塀の上に立ちニヤニヤと笑う火黒を見上げる。
【弱くなったなァ坂井。ま、こんな平和ボケした時代じゃ仕方ねェか。】
瞬きをした間に目の前にいたはずの白髪の少女も消えて、火黒の傍に立っていた。
ああ、彼らが言ってしまう。もうきっと会えないだろう。
何か、何か言わなければ。
「…また! また何処かで…黒田君!」
【もう会わねェだろうよ。】
「黒田君…!」
ふっと2人の姿が消え、ざあ、と風が吹く。
はっとして自身が壺を盗んだ神社へと全速力で戻ると、期待したように彼らを見つけることはできず…。
だが、自身が盗み出した壺や、それを護っていた祠はすべて綺麗に修復されていた。
まるで先ほどまでのことがすべて夢だったかのように。
唯一の友と呼べる人
(今は幸せなんだっけ?)
(…"それなりに"な)
(それなりに、か。…それでも幸せに思ってくれてるなら嬉しいね)
(あ?)
(…無理矢理にでも連れてきて良かった。)
(あの時のあんたはあまりに痛々しくて)
(放っておけなかったんだ)
.