世界は君を救えるか【 結界師長編 】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
世界への一歩
≪――あ、もしもし?≫
『久しぶり。そっちはどう?』
どうって…
そう言って顔を上げる良守。
その視線の先には未だ工事途中の烏森学園本校舎がブルーシートに囲われ見えなくなっていた。
この土地の中心にいた宙心丸を出した際に本校舎が崩れ落ちたためだ。
≪本校舎の工事が始まって、今中等部は小学校の校舎借りてんだ。時音はどっかのプレハブ?で勉強してるって。≫
『そっか。早く直ると良いね、校舎…』
夜行の面々が裏会の立て直しや後始末等でドタバタしている中、開いている部屋に入った黒凪は電話を片手に徐に座る。
そして携帯を改めて耳に押し当てると「方印は?消えてきた?」と問いかける。
良守は徐に手の包帯を解き大分薄まった方印に目を細めた。
≪うん、かなり消えてきた。多分明日とかには消えてんじゃねーかな。≫
『そっか。式神の方もね、明日には封印が終わるって言ってたよ。』
≪式神は大丈夫なのか? 術者と隔たる程力が弱まるんだろ?≫
『力が弱まっても良い様にあれだけ力を籠めたんだよ。私の支配が無くなっても上手くやると思う。』
そっか、と良守が眉を下げた。
…方印が消えると言う事は宙心丸との繋がりが完全に絶たれる事を意味する。
良守が徐に口を開いた。
≪なあ、…寂しくねーか?≫
『え?』
≪…その、唯一の肉親なのに…≫
『…大丈夫だよ。私には正守も限達も居るから。』
そっか。また眉を下げる。
そんな良守に笑った黒凪は「じゃあこれから楽しんで。」そう言った。
その言葉に少し目を見開いて、改めて方印に目を向ける。
『君はこれから好きな事を存分にやって、楽しい人生を送るんだよ。』
≪…相変わらずババアみてーだな、お前…。≫
『ええ、酷いなあ。』
≪…でも、ありがとな。――あ、時音に代わる?≫
じゃあ代わってくれる?
嬉しげな声に笑って良守が隣に居た時音に携帯を手渡した。
黒凪ちゃん? と彼女の声を聞いた黒凪は小さく笑い口を開く。
『久しぶり、時音ちゃん。元気にしている?』
≪元気だよ。あ、そうだ聞いてほしい事があって…。≫
『うん?』
≪私、仕事が終わってから色々考えていてね。…大人になったら高校教師になろうかなって。≫
教師?…寺子屋?
黒凪の口から飛び出した言葉に一瞬固まった時音はぷっと吹き出した。
そっか、そんな所でジェネレーションギャップが出るんだ。
そんな時音の言葉に少し眉を寄せた。
『じぇね…?』
≪ふふ、そうよ。寺子屋で教える感じ。私は数学教師が良くて。≫
『ああ、あの数字がいっぱい出るの? あれだね、閃が得意なやつ。』
≪へえ、あの子数学得意なんだ。≫
結構頭は良くってね。多分私等の中じゃ1番かなぁ。
へえー…と時音が相槌を打った時、ガラッと目の前の襖が開かれた。
黒凪が少し携帯を離して「どうしたの?」と顔を覗かせた限に目を向ける。
限は何も言わず部屋の中にある固定電話を指差した。
『あ、時音ちゃん? ちょっと電話が掛かって来たみたいだからもう切るね。また連絡する。』
≪分かった。またね。≫
『うん。』
通話を切ると「固定電話?」と限を振り返る。
するとすぐさま携帯が着信を知らせ「うわわ」と携帯を持ち上げた。
そこに表示された名前は "扇七郎" …共に日永に支配されていた裏会を打ち破り、限達と共に宙心丸の封印から私を連れ戻してくれた1人。
あんたが伝えに来てくれたのも、七郎から? と限を見れば彼は何も言わずに頷いて襖を閉じた。
『――もしもし、七郎君?』
≪ああ、やっと出た…。随分長く通話してたんですね。≫
『良守君達と話が盛り上がってね。どうしたの?』
≪父さんが今夜正式に俺に家督を譲るらしくて。≫
微かに目を見開いて「あ、そうなんだ…」と返す。
すると七郎は「えー、それだけですか?」と笑い交じりに返事した。
『ああいや、驚いただけ。…お披露目はいつになるの? 行くよ?』
≪別に良いですよ。バックレるつもりなんで。≫
『そうなの? まあ、今時そんな風習ほとんど意味のないものだしね。』
≪そうですね。…所で黒凪さんって今夜行に居ますよね?≫
え? うん…。そう返すと、外から「ギャー!」と閃の声が聞こえた。
そして遅れて「黒凪ー!」と助けを呼ぶ声も。
ため息を吐いて襖を開くと「あ、居た。」と閃を隣に上空に浮いている七郎。
『いらっしゃい。』
「どうも。ちょっとお時間良いですか?」
『良いよ。』
「やった。…あ、どうもありがとうございました。」
ぽいと閃を降ろして黒凪と共に飛び上がる七郎。
空に浮かんだ2人を恨めしげに見上げる閃の側に火黒が音も無く着地した。
あの2人さァ、と声を掛けて来た火黒にビクッと反応する閃。
「てかあの七郎? アイツ明らかに黒凪ばっかり構ってね?」
「…それは黒凪もだよ。あいつも明らかに扇七郎の事目にかけてやってるだろ。」
「なんで?」
「知るかよ。…でもま、似てるからじゃねーかな。お互いの境遇とかさ。」
ふーん。と火黒が目を細めた。
一方の黒凪と七郎は遥か上空に飛び上がると顔を見合わせくす、と小さく笑う。
『なんだかんだで封印から帰った後に話せていなかったもんね。』
「ええ。話しかけようとした途端に倒れちゃいましたし。」
そう。実は封印を終え、皆で帰ろうとした時…私はぶっ倒れた。
確かに蓄えていた力を一気に放出したり眺める者のおかげで人間じゃなくなったり…とにかく、キャパオーバーを起こしたのだろう。
『あの時は驚いた?』
「それはもう。」
まさか貴方が顔を真っ青にして倒れている状態を見る事が出来るなんて。
笑い交じりに言った七郎に黒凪も目を細めて言った。
私もまさかあんなに壮大にぶっ倒れる事があるとは思ってなかったよ。
倒れそうになったら限や閃が受け止めてくれたりしたから。
『あの時はバタバタしてたからね。2人もかなり焦っていたし。』
「ま、僕も受け止められたら良かったんですけど。」
『はは、ありがとう。…それから、宙心丸の鞍替えのために繭香様を殺めてくれたのは君なんだってね。』
「ええまあ。…貴方に頼まれた事ですから。」
元々父さんも厄介な土地神だって嫌ってましたしね。結果オーライですよ。
そう、元々烏森に居た宙心丸は今回裏会総本部にある覇久魔に移動した。では覇久魔の主は何処へ?
覇久魔の主であるまほらを移動させたのは扇一族の本家の裏にある嵐座木神社。そこには元々繭香が住んでいたので、主を挿げ替えるために七郎に彼女の殺害を依頼したのだ。
七郎の言葉に薄く笑って言った黒凪も小さく笑って周りの景色を見る様に目を逸らした。
白い髪が風に揺られてキラキラと太陽の光を反射する。
「…どうですか、この世界は。まだ恐ろしく嫌なものですか?」
『うん。まあ、そんなに急によく見えるものでもないさ。でも今私には君や…』
下を見下した黒凪の視界に限や閃が映る。
彼らがいてくれるから。もう怖くはない。
こらー! 手伝え火黒ー! と閃の声が聞こえた。
『…それでも怖いのは、君たちがいなくなってしまうこと。』
「…。」
今まで何百年も生きて来て、何度も人の死を目の当たりにしてきた。
私は誰かに裏切られる事や嫌われる事より置いて行かれる事が酷く嫌いで。
だから人と次に関わる時には私が置いて行こうと思っていた。
『だけど結局私はつかの間の君たちとの時間を精一杯生きることを決めてしまった。…これからきっと、楽しくもあり…悲しくもあるのだろうね。』
あの人が生きていたら、…また話せたなら。
会いたいと思ってしまえば涙が止まらなくなる。
それが嫌で、…嫌で嫌で消えてしまおうとしたのに。
「…初めて貴方と出会った時、貴方は僕とは全く次元の違う存在だと思っていました。でも違う。…貴方も僕や他の人たちと同じ、どうしようもない事に恐怖する、只の人だった。」
そんな貴方にそれ程の力を与えたこの世界はやはり残酷で無慈悲だ。
眉を下げて言った七郎がゆっくりと近付いてくる。
『…分かってるんだよ。この世界から消える事を止めて向き合う事にしたとして、』
「自分の運命に従う事を心に決めたとしても。」
「『決して世界は我々を救ってはくれない。』」
七郎が腕を伸ばし黒凪を抱き寄せた。
貴方が恐れている事を僕は振り払ってあげられない。
手が真っ白な髪を撫でた。
「…それでも僕は、貴方に戦う道を選んでほしい。もう貴方の側には彼等が居る。…1人じゃない。」
その中にいつか僕が居なくなってしまうのが若干癪ですが。
ぱっと手を離して七郎が笑った。
「…僕も負けません。力を持った事、選ばれた事。…それに貴方のおかげで理想の天秤を見つけられましたし。」
その七郎の言葉に黒凪が改めて彼に目を向ける。
彼は穏やかな表情で言った。
「やっぱり貴方の天秤が理想だった。」
『え?』
「だって貴方の天秤は…片方に大切なものが乗りすぎて、動かないんですよ。」
最初から何も乗っていないんじゃない。
もう片方に何を乗せても、それが揺るがないほどに…もう一方の天秤の皿は沢山のものを乗せているだけ。
それは妖混じりの彼らや、墨村さんや…。
黒凪が微かに目を見開いていく。そして彼の言う天秤を想像して、小さく笑った。
「なんて優しくて、強い天秤だろう。僕はそう思います。」
他人からすればそれは恐ろしく冷たく、自分勝手なものかもしれない。
だけど僕にとってはそれがとても美しいものの様に見えます。
だから、そこまで言った所で言葉を止めた。
黒凪が笑っている。見た事が無い程穏やかに。
『うん。…それじゃあその天秤を大切に…今この時を必死に生きるとするかな。』
この時代、時間、場所、…世界。
此処でしか出会えなかった人と少しでも幸せな日々を。
…だから君も負けないで。
『運命に押し潰されそうになったら私を呼べば良い。…この世界で君に最も近しいのは私だから。』
「…はい。」
『お披露目会は必ず行くよ。その後も遊びに行く。』
「――あ゙、おい!」
始めて会った時、怖がらせてしまってすまなかったね。
そう言った途端に側に結界を作る黒凪。
その上に火黒が着地した。
「そろそろその子を返してくれるかな? 色男クン」
「ええ、勿論。」
「黒凪ー! 頭領が呼んでるー!」
だってさ、と笑った火黒に「はいはい。」と困った様に笑って黒凪が火黒に手を伸ばした。
そして黒凪が火黒に抱き着く形になったところで彼女を今まで持ち上げていた七郎の風が解かれる。
しっかりと抱きとめた火黒は七郎をチラリと見て結界から降りて行った。
それを見送った七郎は着信を知らせた携帯に目を向け開いて耳に押し当てる。
「紫島?」
≪旦那様がお呼びです。恐らく儀式やお披露目についてかと。≫
「分かった。」
≪…一体何処へ行ってらっしゃったんです?≫
…大事な友達のトコ。
言葉を止めた様子の紫島に「あ、あの子達の所じゃないよ」と釘を刺しておく。
高校帰りによく遊んだ女の子達とは家督を譲られると聞いた日に縁を切ってある。
≪では一体どなたと…≫
「別に良いだろ。…当主になっても付き合ってて損のない相手だよ。」
≪…それじゃ……閉…ます≫
『…うん。』
随分と声も聞こえなくなった式神に眉を下げて「ありがとう」そう呟く様に言うと式神が最後に小さく笑った気がした。
恐らく術者である黒凪と式神の繋がりが完全に切れた…つまり封印の扉が完全に閉じられたということだろう、ぶつ、と糸がちぎれるような音が1つ。
「黒凪?」
『…あぁ、正守』
不自然に廊下のど真ん中で止まっていた黒凪を見つけた正守がはたと動きを止め、微かに目を細める。
そして今しがた出ようとしていた己の部屋に黒凪を招き入れるようにしながら言う。
「封印はどうなった?」
『ついさっき完全に閉じたよ。…成功した。』
「そっか。」
『…心配だった?』
いや、そろそろだと思ってさ。
そんなふうに言う正守の前を通って彼の部屋に入れば中には鋼夜が座っていた。
彼は黒凪を睨むと、つい、と正守に目を向ける。
「封印が終わったところ申し訳ないんだけど、頼まれてくれるかな?」
『わざわざ封印が終わるのを待っていたところを見ると簡単な事ではなさそうだね。何、あんたでも難しいこと?』
「ああ。なんたって開祖が仕掛けた封印を解かないといけないから。」
ああ…。そんな風に言って黒凪が鋼夜に改めて目を向ける。
そして「失礼」そんなふうに断って彼の頭に手を乗せた。
鋼夜が途端に思い切りその眉間に皺を寄せたわけだが、望みが叶うなら、と我慢しているらしい。
『…。成程。』
そう呟いた黒凪を眺めつつ正守が思う。
彼女曰く、彼女はあの日…眺めるものに昇格を言い渡された時、その存在を人ではないものへと書き換えられた。
その状況を彼女なりに説明すると、まあ、世界が味方になった、との事らしい。
正直今でもよく分かっていないが…人間である自分では到底理解出来ない事なのだろうということだけはわかる。
『そうか、あの山かあ。今は裏会の施設やらが色々と立ってるし、全てを元に戻すには時間がかかるなあ。』
【…】
『でも帰りたいんだもんねえ。あの頃の様に…。』
黒凪が考えるように黙り込む。
そして再び鋼夜に目を向けて小さく笑った。
『きっとこの世界には君みたいに居場所を奪われた存在が沢山いる。この手のひらから零れるほどの…沢山の存在が。』
だから零れていない小数ぐらいは、助けても罰は当たらない。
途端に黒凪がその場から姿を消した。
その様を、そして彼女の言葉を聞いて固まった鋼夜が少し驚いたように部屋の中に視線を巡らせる。
しかし彼も本能で分かっていた、彼女はもうこの部屋の中にはいない。
途端に烏森の封印が終わってから夜行の屋敷へとその本体を移動させられていた斑尾と白尾が姿を見せ、揃って同じ方向へと目を向けた。
そう、斑尾と鋼夜がいた森の方向だ。
途端に夜行中の電話が一斉に音を立て始める。それは正守の携帯も同じで。
「…はいもしもし。」
≪ちょっと! 裏会の施設がなんか急に覇久魔に転送されてきたんだけど⁉ これあんた達がやったの⁉≫
「いやだなあ、空間関連の術が全てうちの仕業だとは…」
≪じゃあ違うわけ⁉≫
「…まあ、うちなんですけど。たぶん。」
はあ⁉と竜姫の声が正守の携帯から漏れてくる。
鋼夜の背中の毛がぞわぞわと逆立ち、斑尾が目を細めた。
そして黒凪が先ほど姿を消した時と同じようにして鋼夜の傍に戻ってくる。
『よし。おいで、鋼夜。』
【…】
鋼夜がちらりと斑尾に目を向ける。
その視線を受けて斑尾も鋼夜に目を向けると、静かに言った。
【アンタもバカだねえ…。まだあの森に拘ってたのかい。】
【…そりゃあ、故郷なんでな。】
【…アンタはいつか…前を向かないといけない。後ろばかり振り返って。ホント馬鹿だよ。】
鋼夜が静かに目を細め、黒凪の方へと歩いていく。
そして黒凪と鋼夜がその場から姿を消し、斑尾が静かに本体がある犬小屋の方へと戻っていった。
それを見送り、白尾も同じようにする。
一方の鋼夜は目の前に広がる森を見上げ、静かに黒凪を見上げた。
【世話になったな。】
『…私は君よりも若造だけどね、これだけはわかるよ。』
【あ?】
『君は頑固だ。』
あ? と幾分か低く、不機嫌になった声が鋼夜から返ってくる。
その声に小さく笑って黒凪が鋼夜の鋭く暗い瞳を見返して言った。
『斑尾の言うとおり、前を向きたくなったらいつでも私の所においで。』
【…ふん】
鋼夜が静かに森へと入っていく。
そして懐かし気に首をもたげて、嬉しそうに森の奥へと消えていった。
それを見送って黒凪が再び夜行に戻れば、幾分か疲れた様子の正守が携帯を胸元にしまって黒凪に目を向ける。
「お疲れ。次は裏会の話なんだけどさ。」
その言葉を聞いて黒凪が正守の手に触れる。
途端に体力が回復したのか、正守が小さく「ありがと」と言った。
『一応転送した施設を何処に配置するかは考えたんだけどね。ほら私そう言う才能はないから。』
「大丈夫だよ。施設ごと移動できるなんてホント君ぐらいだから。そういう見栄えとかは後で考えればいいし。」
…鋼夜、なんて?
そう言った正守に「喜んでいたよ。」そう言って黒凪がちらりと斑尾の本体の方へ目を向ける。
斑尾は何も言わない。
『で、確か新しいトップはぬらになったんだったかな?』
「そ。まあ実際に仕切ってるのは竜姫さんだけど。今は復興で忙しいから…彼女が生き残った元幹部に圧力を掛けて働かせてる感じかな。」
『正守は? 勿論幹部でしょ?』
まあ…また末席スタートだけど。
気だるげに言った正守に「良いじゃん、どうせ新しいの入るよ」と励ます様に言う。
すると正守が少し嫌な顔をした。
「そう言えば竜姫さんに人寄せパンダ的な役割を任された様な。なんだっけかな、ホワイトな職場感を前面に押し出せとかなんとか。」
『へー、良かったね。なんか頼りにされてるみたいで。』
「実際に今1番動ける状態にあるのは俺だからね…。」
はは、とやつれた様な表情で笑った。
恐らく夜行の仕事と共に様々な事を竜姫に任されているのだろう。
他人事の様に聞いていた黒凪は「頑張って。」と薄く笑った。
しかしその言葉を待っていましたと言わんばかりに正守が顔を上げ黒凪を見る。
「他人事だと思ってるだろ? そうでもないよ、残念ながら。」
『ん?』
「竜姫さんと鬼童院さんの強い希望があってさ。」
ほい、と1枚の紙を手渡される。
静かに目を通した黒凪は「えー…」と肩を落とす。
「黒凪。君には裏会の創始者として相談役の地位について貰うって。ああそれからもしもの時の抜け道とか大事なものを隠しておく異界とか、色々設置してほしいのもあるって。」
半笑いで言った正守に黒凪が項垂れる。
竜姫さん、結構自信持ってたよ?
その正守の言葉に黒凪が怪訝に顔を上げた。
「前までの得体の知れない裏会は嫌いだったかもしれないけど、新しく立て直した裏会は君にとってそうでもない筈だって。」
『…まあ正守が居るから良いけどさ。』
「お。」
『了承したって竜姫に伝えといて。』
どーも。
げんなりした様子の黒凪に笑顔で言った正守は「ありがとな」ともう一度礼を言うと手元の湯呑を傾ける。
そして何かを考えるようにして空を眺めている黒凪に正守が再び口を開いた。
「…俺さ、結局夢路さんの事だけは理解出来なかったよ。」
『ん?』
「総帥は意外にも人間らしい人だったから…どことなく理解はできたんだけど。」
あの人には人間らしく矛盾もあったし、情にも脆かった。
そんな人間性だから、余計に暴走しやすい人だったんだろうなって言う印象があるし…なまじ力がある分キレると手が付けられない。
そんな感じ。
その正守の見解に同調するように黒凪が眉を下げて小さく頷いた。
「…でもやっぱり夢路さんだけは、どうしても。」
そしてその言葉に目を伏せ、黒凪が静かに言った。
『あの人はもはや…自分が人ではない何かになってしまったのだと、そう理解していた。ただそれだけだと思うよ。』
「…。」
『対する日永殿は最後まで自分が人であると信じたかった。それがあの兄弟の分かれ道。』
どっちが正解だったかは分からない。
日永殿は結局目的を果たせたけれど、最後はなし崩しになっていたし。
月久殿は最初は優位に立てていたけど、結局何年たっても人を信じる事が出来ず…人を利用する事しか出来なかった。だから最後の最後に誰も居なくなって。
『自分の事を理解しきれず破滅した日永殿と、理解し過ぎたが故に全てを失った月久殿。果たしてどっちが…』
「…俺はどちらかと言えば総帥派かなぁ。」
俺も最後まで自分は人間だって信じてたいから。
例え激情に支配され、人道を踏み外しても。
薄く笑って言った正守に小さく笑って黒凪が徐に立ち上がる。
『うん、君は人間だよ。…その枠から外れる様な事は私がさせない。』
「うん。ありがと。…あ、そうだ。竜姫さんが時間が空いたら裏会総本部へ来いって。多分相談役の話だと思う。」
『了解。』
そして正守の部屋から出ると木の上に座っていた火黒がこちらにちらりと目を向け片手をあげた。
それに笑顔を向けると荷物を運んでいたらしい閃と限も姿を見せる。
「あ。話終わったのか?」
『うん。』
「…頭領、なんて?」
『いやー…裏会の相談役に抜擢されちゃった。』
黒凪の答えに限が微かに眉を下げる。
また忙しくなるな。そう言っているような表情だ。
『大丈夫大丈夫。上手くやるよ。あんたたちもいることだしね。』
「ならいいけど…。あんまり無茶はするなよ。」
『もう無茶はしないよ。』
目を伏せてそう言って、黒凪が徐に火黒に目を向ける。
その視線を受けて火黒が何も言わずに木から降りてきた。
『それじゃあ早速お供をお願いしてもいいかな。裏会まで。』
おう。そう嬉しそうに言って閃と限が運んでいた荷物を傍に置いた。
途端に風が吹き、黒凪が空を見上げる。
不思議だ。あれほど恐ろしかった世界が自分を護ってくれているような気さえしてくる。
もう一人じゃない。これから先も色々なことが起こるだろうけど。
きっともう大丈夫。
世界は君を救えるか
2017.01/30
21/21ページ