世界は君を救えるか【 結界師長編 】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
世界への一歩
【お前、数百年経っても考えは変わらないか?】
『…はい。』
次々に現れる城や妖、人に神…全て良守が今まで出会ってきたものばかり。
ついには限や閃、火黒に正守など、私達と同じように真界にいる者たちの姿も。
その様に宙心丸がとても嬉しそうにはしゃぎ、走り回っている。
『紆余曲折はありましたけど。』
【らしいな。】
おそらく他の位置にいる眺める者から記憶でも受信しているのか、そんな曖昧な返事を寄こしてくる。
そして黒凪はそんな眺める者に小さく笑みを浮かべて口を開いた。
『随分と他人事のようにおっしゃりますね。』
【ん?】
『貴方が言うから…』
黒凪が目を伏せる。
父も私も、”その気” になったんですよ。
――400年前、裏会を創立するため、総本部を立てるために覇久魔の主であるまほらと眺める者が眠る異界へと足を踏み入れたあの日。
《全て "眺めていた”。人間風情が因果なものを生み出したものだ。あの存在をどうするつもりだ?》
"あの存在" とは宙心丸の事だろう。
交渉のためにやってきた私と父、間時守は初めて出会ったこの世に存在する説明のつかない存在…眺める者にそう問いかけられ顔を見合わせた。
「…私としましても、今の封印では不完全であることは重々承知しています。どれだけ時間がかかるか分かりませんが…いつか、必ず完全に封印して…」
そう応えた時守ではなく、眺める者が徐に黒凪へと近付いていく。
そして黒凪を至近距離で眺めながら、眺める者が重ねて言うのだ。
《ならば ”これ” はどうする?》
時守が目を見開いて、黒凪に目を向ける。
黒凪はただただ無表情に眺める者を見つめ返していた。
《お前もこの世界から逸脱した存在…。必要のないものだ。》
そんなお前はどうする?
黒凪がちらりと時守に目を向け、その目を微かに見開いた。
彼の顔が悲しみに歪んでいた為だ。
そしてその顔を見て黒凪がすぐに目を逸らす。
今でも覚えている。その時なんと思ったのか。
《…ならば貴方に食われてしまいましょうかね。》
ぴく、と眺める者が動きを止めた。
時守も静かに息を飲んだのが分かった。
――ああ、駄目だ。私は存在してはいけない存在らしい。あの恐ろしい弟の様に。
ならば消えてしまわなければ。誰にも迷惑をかけず。…そう、父にも。
《…何故俺が?》
《おや? 貴方は秩序を保つ存在ではないのですか?》
《違うな。俺は眺めるだけだ。》
《本当に?》
眺めるだけで良いのですか?
…何を根拠に言っているのか。眺める者は微かに目を細めた。
《貴方の様な存在には…少しでもこの世界を救って頂きたいものです。》
また細められていた眺める者の目が真ん丸に見開かれる。
そして次に動いたのは、その口元。
ゆっくりと持ちあがり綺麗な弧を描いた。
《…良いだろう。全てが終わり――お前の生きる意味が無くなった時。》
お前の存在ごと全てを食ってやろう。
それがこの世界の為ならば――。
『…私はね。』
【?】
眺める者の言葉を思い返し、顔を上げた黒凪は小さく笑ったまま口を開いた。
『ずっと貴方に食べられるものだと思っていましたよ。…でも、違ってよかった。』
誰かの為に犠牲になるのが最期なら…まだ美徳がありますから。
静かに顔を上げた。
空からまだまだ良守が作り上げた大量の妖達などが落ちてくる。
その様を黒凪と同じように眺めて、それから眺める者は徐に浮かび上がり何処かに消えて行った。
恐らく真界の外に出たのだろう。
『(今更私が怖気づくとでも思っていたのだろうか。)』
「お姫様。」
『…守美子さん。』
抑揚のない声に振り返った黒凪は隣に並んだ守美子と共に巨大な真界を改めて見上げた。
随分と大きな真界を作ったものですね。
黒凪が言うと「これで心配事はないかと。」そう守美子が言う。
「きっとこれでお殿様も楽しく生きられる…。」
『うん…。』
「――母さん、黒凪」
良守の声に振り返る。
未だ無想状態である彼の背後には限、閃、火黒に、正守と七郎も立っていた。
そんな彼らに微笑み、黒凪が改めて真界に目を映して言う。
『宙心丸の為にここまでしてくれてありがとう。…これであの子はきっと最期まで幸せに暮らせる。』
「…そうかな、」
『うん。…出口の場所分からないでしょ? 案内するね。』
黒凪の視界に宙心丸の元へと走っていく自分が入った。
良守が作ったのだろう、その姿を見て眉を下げ歩き始める。
すると背後で「良守!」と宙心丸が声を上げた。
「こんなに面白き世界は最高ぞ! ありがとう!」
「…っ、」
『ね。』
眉を寄せ、目を伏せた良守に笑顔を見せる。
そして数分歩き続け、徐に足を止めると黒凪の前に真っ暗な道がまっすぐに広がっていた。
『この先をまっすぐに進めば外に出られるから。』
そう言って振り返った黒凪に、全員が堅い表情を向ける。
その表情に気づかないふりをして――黒凪が守美子に目を向けた。
『それじゃあ私は此処まで。…守美子さん、皆を頼みます。』
「っ、」
途端に閃がパシッと黒凪の手首を掴んだ。
そして良守も無想を解き、道を戻ろうとした黒凪の行き先を塞ぐ。
「…もう良いんじゃねーの? 散々自分を殺して宙心丸と時守の為に生きて。自分の好きなようにすれば。」
「そうだよ! こんなのねえよ…! お前がここに残る必要なんてねえだろ!?」
『残る必要があるんだよ。』
え、と閃が言葉を止める。
良守も予想外のその言葉に動きを止めた。
「…時守が言ってたような、忌み子だとか、そう言うのだったら、」
『それもあるけど…、』
「ちょっと待ってくださいよ。忌み子?」
七郎がその表情に微かに怒りを滲ませて言った。
それはちょっと賛同できないな。と。
「力が大きすぎるからですか? それだけで忌み子?」
ふざけるな。
誰がそんな力を望んだんです?
少なくとも…望んだのは貴方じゃない。
「だからって自由に生きることを許されず、こんなところに残れって? …貴方の父上がおっしゃったんですか、そんなこと?」
「…。」
七郎の言葉を聞いて彼自身も思うところがあったのだろう。
限が拳を握り、姿を現さない時守を探すように視線を周辺に巡らせた。
『…そんな風に言ってくれてありがとう。でもね、そこをクリアしても…私はここに残る必要がある。』
この封印は内側から完全に閉じることで完成するものなんだ。
この400年の間で何故父様が封印に失敗したか…それはもう確認済でね。
それは、技術ある術者が内側から封印を完全に閉じなかったため。
『此処に居る人間でそんな芸当が出来るのは…守美子さんか、私か。』
そこまで言うと全員が絶句し、閃が思わず黒凪の手首から手を離した。
離れていった閃の手を見送って、黒凪が呟くように言う。
『私はね、生まれた時から世界に拒絶されるような、そんな感覚を感じていた。』
火黒が言ったように、大きなズレを感じていた。
それを解消しようとしたよ。でも無理。
私の存在自体がこの世界に不必要で、寧ろ害だったから。
『此処に残ることは諦めることじゃない。…受け入れることなの。そしてそれが ”正解” だと…私は何百年も前に学習している。』
…だから私は1人でもがくあんた達を放っておけなかった。
黒凪の目がゆっくりと限、閃、火黒…正守、そして七郎に向いた。
『生まれた時から選択肢がないことは確かに悲しいことのように思うかもしれない。…でもね、そんなに辛いことでもないよ。私にとっては当たり前のことだから。』
この世界の理を破壊することなんてできない。
すべて最初から決まっている。
それを、私ごときが覆せないことだって…もう分かっている。
『だからね、皆分かって。』
私は此処に居なければならなくて…この別れは最初から決まっていた事だって。
それが分かっていたならもっと独りで頑張っててくれよって話だろうけど。
『せめて最期に…私みたいにこの世界に振り回される人達を、自分なりに助けてみたかっただけなんだ。』
私はその辛さを知っているから。
それに私には、ありがたいことに人よりも化け物じみた力があったから。だから。
ぽつりぽつりと話す黒凪に皆口をつぐんだまま動けない。
…最初に動いたのは限だった。
「受け入れろって言うなら、俺はもうやり方を知ってる。」
黒凪にゆっくりと近付いていき、彼女の手を限が掴んだ。
閃が顔を上げ、火黒、正守と七郎も限に目を向ける。
お前について行く。…お前が行くなら俺も此処に残る。
限の言葉に黒凪が微かに目を見開いた。
「ずっと護り続けるって決めたんだ。…だから一緒に居る。」
『…馬鹿。もう護る必要だって無くなるんだよ。』
「それでも俺は、…黒凪の為に生きるって決めたから。」
お前がここから出ないなら、それを受け入れて…俺も残るよ。
たどたどしく、しかし微笑んで言った限に閃も徐に口を開いた。
「俺だって今更逃げたりしねーよ。…お前が残るんなら俺だって残る。俺だってずっと一緒に居るって決めたんだ。」
『閃、』
【あー…まあ俺も君のトコ以外に行き場ないしなァ…】
火黒の言葉も聞いて、黒凪が眉を下げる。
七郎と正守だけは何も言わない。否、言えない。
彼らには外で待つ人々が居る。残る事なんて出来ない。
良守も、守美子も何も言わなかった。
そんな彼らをちらりと見て、黒凪がゆっくりと限を見上げる。
『(…もう入り口も近い。この真界から吐き出してしまうことぐらいは…)』
【――君が居ない世界でどう生きていけば良いか、俺にはもう分からねェし。】
黒凪の動きが止まる。
ああ、同じことを遠い昔に思ったことがある。
あの時は辛かった。それこそ胸が張り裂けそうなぐらいに。
涙がぽた、と落下した。
『っ、』
脳裏に沢山の人が過った。
口元を片手で覆う。嗚咽が漏れない様に。
「…。時間が無いわ。」
守美子の言葉にはっと目を見開き背を向ける黒凪。
彼女の手が限と閃の手からするりと抜ける。
次にその手を焦ったように掴んだのは正守だった。
「…君が居なくなるのは俺だって嫌だよ。…初めて俺を認めてくれた人なのにさ。」
別れを惜しむ様に紡がれる言葉に更に黒凪の両目から涙が零れる。
目に見えて揺れ動いている彼女を見て七郎も足を踏み出して、正守と同じように彼女の手を取る。
「黒凪さん、僕は…貴方が此処に残りたいなら受け入れようと思っていました。」
でもどう見ても貴方はそれを望んではいない。
貴方は忌まわれてなんていない。
嫌なことはそうだと言わないと、避けていかないと…それこそ呑み込まれてしまいますよ。
『っ、でも他に封印を完遂する方法なんて…』
涙ながらにそう言った黒凪に守美子がすっと片手を上げた。
1つ思いついたんだけれど。
無表情に言う守美子に全員の目が向く。
「貴方程の力があれば限りなく本物に近い式神を作る事が出来る筈よね。」
『え…』
「ほら、さっき眺める者…だったかしら。彼に力を貰っていたでしょう?」
あれだけで数十個分の神佑地の力に匹敵するわ。
それに追加して日本中に散らばった貴方の式神の力を貴方の元へ戻し…それでも足りなければ私達の力を足しにすれば良いじゃない。
「ありがたいことに、貴方にはそれだけの力を蓄える器があるんだから。」
感情の読めない笑顔を見せて行った守美子。
確かに理屈では可能だ。
皆の視線が黒凪に集中する。
「どうかしら。それだけの力を一点に集めた式神なら内側から完全封印を完遂する事は出来そうだけれど。」
「――駄目だ。完全封印にそれは少し危険過ぎる。」
その声に顔を上げる。
時守が守美子の隣に立っていた。
それは貴方もよく分かっている筈だ。
時守は守美子を責めるような口調で言い、守美子を睨む。
しかし守美子は目を伏せ、頬に手を当てて言った。
「…確かにそうね。でも私は元から良守や正守の為になれば良いと動いていただけだから…。」
その言葉に良守と正守が目を見開いた。
そして守美子が「完全封印もしたいけれど、黒凪ちゃんも残ってほしいんでしょう?」そう言って視線を彼らに投げると、2人とも静かに頷く。
それを見て微笑んだ守美子に時守が焦ったように黒凪に目を向けた。
「黒凪。分かっているだろう、この封印だけは失敗できない。そんなリスクかけるられるほどお前は…」
良守が構える。
それを見た時守が「待ってくれ、」と更に焦った様子を見せた。
ここは良守の真界の中だ。大方彼に滅されるとでも思ったのだろう。
しかしその予想とは反して彼の周りにぼんっと煙が起こっただけで。
その様子に目を見開き、時守が顔を上げた時――良守が時守の頬を殴りつけた。
「ざけんな! いつまで黒凪を縛り付ける気だよ!! 七郎の言う通りだ…黒凪が忌み子な訳がねえだろ、今までコイツが何か悪い事したのかよ!!」
時守は何も言わない。
黒凪だってそうだ、なんで自分がこの世に存在しちゃいけないみたいに言うんだよ…!
その言葉に黒凪が目を伏せたままに応える。
『私は、この世界から逸脱していて。必要のないもので…。』
「だ、誰がそんなこと言ったんだよ…!」
『…眺める者や、土地神達が…。』
ぐ、と黒凪の答えに閃が言葉を詰まらせる。
時守も目を伏せ、黙り込んだ。
七郎さえもはっきりとこの世界に力を持つものたちからそんなことを言われたことはないのだろう、何も言えない様子で立ちすくんでいる。
『きっと私は、生まれた瞬間からこの世界には受け入れられてはいない。それは、(…きっと父様も同じで)』
「違う!」
良守が言った。
黒凪と時守が顔を上げる。
「それは絶対に違う…!」
泣きそうな良守の声に、限達も顔を上げ彼に目を向ける。
良守はずかずかと黒凪の目の前に向かうと、その手を取って言った。
「お前のこの手で救われた奴が何人いると思ってんだよ! お前に感謝してるやつがどれだけいると思ってんだよ…!」
自分が受け入れられていないなんて、絶対に言うな!
世界がお前を受け入れなくたって、俺達が受け入れてんだから…!!
その良守の言葉に突き動かされるように閃と限が動いた。
「俺だって何度この世界に受け入れられていないと思ったか…! だけどお前が受け入れてくれたから! だから、生きる意味を見つけたんだ…!」
「…お前が言うなら、俺は眺める者にも負けない。…もう二度と、必要ないなんて言わせない。」
そんな2人の言葉にまた黒凪の頬を涙が伝う。
その様を見て時守が唖然とし、そして閃と限に続くようにして集まってきた火黒や正守、七郎にもそのまま目を向けた。
「その力が逸脱しているというなら、俺達皆逸脱者だよ。黒凪。」
『っ、正守…』
「君に居場所がないのなら、俺の所で良ければずっと居れば良い。夜行の誰も君を逸脱しているなんて思ってもいない。…君は俺達にとっては普通の女の子だ。それは君だって分かってるだろ?」
【相手が世界だろうが何だろうが、君を異常だと判断する線引きなんてくそくらえだ。】
断ち切ることが必要なら、俺がしてやるから。な?
あやすように言った火黒が黒凪の頭を撫でる。
そして最後に七郎が口を開いた。
「確かにあの世界は残酷だ。好きなものだけが広がるこの世界の方が幾分も心地よいでしょう。…だけど。…戻りましょうよ。黒凪さん。」
この世界に貴方を思いやってくれる存在は、誰一人としていない。
外の世界にしか、彼らは居ませんよ。
黒凪の涙腺が更に崩壊したのかもしれない。
彼女が顔を覆い、顔を伏せた。
「…良いのかよ、時守。このまま行けばアンタは自分の奥さんも、宙心丸も犠牲にして、…最後に黒凪まで犠牲にするんだぞ…!!」
父親なら最後ぐらいそれらしくしろよ!
あんた、ずっと宙心丸の事ばっかりじゃねーか…!!
その言葉に時守が息を飲んだ。
「黒凪はあんたが思ってる程大人染みてもねえし、強くもねえんだぞ! …あんたは黒凪の父親なんだろ!!」
だったらちゃんと向き合って、娘の幸せをちゃんと考えろよ!
っ、と洩れた嗚咽を抑える様に黒凪が口元を抑えた。
「黒凪はこんなに此処に残りたくないって言ってんだぞ…!!」
時守の目が黒凪に向いた。
外の世界で作った大切な人たちに囲まれ、その中心で必死に次々にあふれ出る涙を拭おうとしている黒凪に時守が目を細め、目を伏せる。
「…黒凪、」
『っ、』
涙で濡れた黒い瞳が時守に向く。
その目を見て、時守が考える。
ああそうだ。この子の目は月影のものだ。
長らく正面から見ることをしなかったから、忘れていたなあ…。
「お前が出来ると思うのなら、やってみなさい。」
私の所為で生まれ持ってしまったその強大な力を――自分の為に使う勇気があるかい。
誰かを護る為、世界の秩序を護る為…それだけの為だけに奮ってきた力を、自分の為に。
涙を拭いながら黒凪が震える口を開く。
『あの世界に、戻って良いのかな。…私なんかが。』
震える声で言った黒凪に時守が眉を下げる。
ああ、私は今までこの子になんて事を。これほどにまで世界を怯える様になってしまったのは他でもない、私の所為だ。
…自分で世界を恨むなと言っておいて。
「お前が彼らを信じ、頼ることが出来るのなら…きっと大丈夫だよ。」
そこまで言って、時守が顔を上げる。
そしてまっすぐに黒凪の目を見据えて、言った。
「今まで本当に、すまなかった。」
そう言って立ち上がり、黒凪に背を向けて一言「精一杯やりなさい。」そうとだけ残してその場から時守が消える。
封印に備えて宙心丸がいる方へと向かったのだろう。
『…っ、よ、よし』
涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま黒凪が顔を上げ、胸元から式神を取り出した。
そしてその式神に力を籠めようとして、もう一度だけ確認するように周りの面々の顔を見渡す。
その視線を受けた彼らは黒凪に笑顔を向けた。
大丈夫。そう暗に伝えるように。
『(…落ち着け…、失敗は許されないんだから。)』
黒凪がすうっと目を閉じ、各地の神佑地に残る式神達から一斉に力を引き抜いて行く。
それと比例して沢山の力が黒凪の元へと集結し始めた。
空間を歪めるほどの力に守美子と正守が目を細める。
「…大した力だわ。」
「今までこれ程の力を日本各地に放っていたなんて…。驚かされてばかりだよ、全く。」
全ての力を体に宿し、そして1枚の呪符に集結させていく。
それでも黒凪の表情は晴れない。
…封印を内側から閉じる事はかなり高度な技術と力を必要とする。
しかも良守が作ったこの真界の規模はかなり大きく、術者への負担も少なくはないだろう。
『(これだけ集めても、まだ足りない…)』
「正守。」
「え?」
守美子が徐に正守の手を掴み共に黒凪の背中に手を添える。
途端にその力が一気に吸い取られ、守美子と正守が耐えきれずその場に倒れ込んだ。
「か、母さん⁉ 兄貴⁉」
【んじゃあ俺のも。】
「(んー…、妖混じりが2人と良守君が一人居れば僕も運んでくれるかな。) えい。」
どさどさ、と火黒と七郎が倒れる。
2人が倒れ込む姿なんて想像すらもできなかったのだろう、閃が「うわあ…」と目を剝いている。
そんな彼らを見て限も恐る恐る手を伸ばすが、その手を閃がパシッと焦ったように掴み取った。
「馬鹿、お前まで力を抜かれてこんな状態になってみろ、誰が全員運ぶんだよ!」
「あ、あぁ」
『…うん。こんなもので十分かな。』
黒凪の言葉に顔を上げると呪符には見た事が無い程に力が籠められ、呪符は薄く光を怯えていた。
あれが普段は目に映ることすらもない呪力なのだとすると、かなりの濃度の力だということになる。
やがて黒凪が徐に呪符を地面に落とすとぼふんっと煙が現れ黒凪にそっくりな式神がゆっくりと立ち上がった。
「…私は何をすれば?」
『この真界を内側から完全に閉じてほしいんだけれど。』
黒凪の言葉に「んー…」と顔を上げる式神。
随分と精密に作られた為か表情も口調も本人に限りなく近い。
少しげんなりした顔で周りを見渡した式神は黒凪に向き直り「ま、良いでしょう」とため息交じりに言った。
「私に注ぎ込まれた力がこれだけあればこの大きさでも閉じる事は可能です。…但し、レクチャーぐらいはしてくださいね」
『うん。』
じゃあやりますか。
背を向けてのそのそと歩き始めた式神。
数歩進んだところで思い出したように彼女は足を止めると、くるりと黒凪に向き直った。
「…外に出るまで何分ほど必要ですかね?」
『大体3分程かな。』
「了解。…じゃあね。」
最後に小さく笑って手を振る式神。
彼女の目は限と閃に向けられていた。
そんな仕草でさえも本人と見間違う程で、2人は思わず眉を下げる。
そして空間を歪めてどこかへと消えた彼女を見送り、良守が守美子を、限が正守と七郎を、閃が火黒を担いだ。
『それじゃあ行こうか。』
「…時守ー!」
歩き始めた黒凪達が良守の声に顔を向ける。
時守は良守の言葉にこたえて現れることはしない。
それでも良守は続けた。
「あんたの身体はこの真界の中じゃ実体を持てるようになってる! あと、宙心丸の時間も進ませた! …いつか名乗ってやれよ! いつまでも子供じゃねーんだぞー!」
黒凪が小さく笑う。
そして空間に響くような時守の「ありがとう」という言葉に良守も笑った。
やがて歩き進めること数分、後一歩で出口だというところで黒凪が足を止める。
そんな黒凪を振り返り、良守がその手を引いた。
「あ! 出てきた!」
「わー! 頭領が倒れてる!?」
「良守! 守美子に何があったんじゃ⁉」
「え、ぼぼぼ坊っちゃん…⁉」
外に出た途端に夜行の面々や時音たち、七郎の部下などが群がってくる。
そんな彼らの間を縫ってやってきたのは夜行の救護班で、すぐにぐったりとしている面々の処置に当たり始めた。
そんな中、黒凪は視線を巡らせ空中に浮いている眺める者へと目を向ける。
向こうも黒凪に気づくとにやりと笑い、一瞬で黒凪の目の前へとやってきた。
【なんだ、やはり未練があって戻って来たのか。】
『…ええまあ、そんな所存です。』
【ならばどうする、俺に食われるか?】
その言葉にぐったりとしていた正守、七郎、火黒が反応を示し徐に立ち上がる。
彼らにはねのけられた救護班が焦ったように声をかけるが、彼らはゆっくりと黒凪の元へと歩いて行った。
限と閃も同じように黒凪の元へ駆け寄り、眺める者から護るように黒凪の前に出る。
そして良守も同様にした。
『約束を破る様ですみません。ですが…食われるために出てきたわけではない。』
【…てっきりあの妖混じり共に引き摺られて出て来たかと思えば…。】
『この世界で生きることを決めました。此処でこの命を捨てることはできません。』
【……ふん。やっと生きた人間の顔をしたな。】
…だがお前の様な巨大な力を持った人間を放ってはおけない。
ぶわ、と巨大化した眺める者。
それを見た限が手のひらを変化させ、良守も構えて黒凪の前に立ちはだかった。
閃も申し訳程度ではあるが爪を伸ばし、眺める者を睨みつける。
その背中を見て眉を下げ、黒凪も徐に眺める者を睨み、残っている呪力を解放した。
【俺に楯突くか。流石は逸脱者――】
そこまで言って眺める者が殺気を溢れさせた限と閃に目を向ける。
そして徐に目を細め、感心したように言った。
【…ほう。お前達ももう只の妖混じりではないらしい。】
眺める者の言葉に黒凪が少し眉を寄せる。
そんな黒凪をじっと眺める者が見つめ、小さく笑う。
そして口元をもごもごと動かし始めた。
「う、わ!?」
「!?」
それを見た黒凪が閃と限の腕を引いて背後に移動させ、ぷっと吐き出された力を絶界で弾いた。
そしてすぐさま構えた黒凪が眺める者を睨み、真界を繕うとする。
その様子を見た眺める者は一瞬で黒凪の絶界すれすれに移動すると「まあ落ち着け」と笑った。
【殺す気はない。…俺を信じろ。】
黒凪が眺める者の意図を図るように彼の目をまっすぐに見据える。
そして暫しの沈黙ののち、黒凪が徐に絶界を解いた。
「お、おい…!」
絶界を解いた黒凪に目を見開いた閃が彼女に思わずと言った様子で手を伸ばす。
それを黒凪が片手で制すると眺める者の手が伸び彼女の頭に乗った。
【喜べ。――昇格だ。】
『…昇格?』
お前ほどの逸脱者はそういない。
その力、この世界の均衡を保つ為に奮え。
眺める者の手に淡い光が集まり黒凪の心臓が大きく跳ね上がった。
思わず心臓を抑えた黒凪に再び眺める者が口を開く。
【――この世界が滅びるその時まで。】
膝をついた黒凪を見た閃と限が泣きそうな顔をして黒凪の元へと駆け寄っていく。
力を大幅に失ってふらふらながらもそれを見た七郎と正守が眺める者を睨み、微かに残った呪力を引き出そうとする。
しかしそれを制したのは黒凪だった。
2人を安心させるように笑顔を見せ、その視線を眺める者へと向かわせる。
『…不老不死にでもしたんですか?』
【あぁ。お前を人のままで野放しにしていると色々と面倒なのでな。】
だったらいっそ、人でなくなってしまえば良い。
はっと目を見開いて限達を見れば「心配ない」と眺める者が言った。
【お前の魂蔵に共鳴しているその妖混じり共はその寿命も跳ね上がっている。お前のように早々死にはしないだろう。】
その言葉を聞いた黒凪はゆっくりと眺める者を見上げて小さく笑った。
『…私の為にやってくれたんですか?』
【何かの為になんて不毛な事はしない。…俺達がただ眺めていられる様に駒を作ったにすぎないさ。】
薄く笑って浮かび上がった眺める者は嵐座木神社の方向へゆるゆると進み始めた。
一旦まほらの元へ向かうつもりなのだろう。
黒凪は何度か体を動かし、そして振り返った。
『それじゃあ皆、とりあえず戻ろうか。』