世界は君を救えるか【 結界師長編 】

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  烏森への一歩


 とある日の夜のこと。
 大雨の中、念糸を使って己の二倍ほどある身長を持つ翡葉の頭上に傘を差しながら黒凪は目の前の烏森に目を向けた。



『…うん、此処だね。』

「ああ。…傘は必要ない、自分に差せ。」

『あんたが風邪でも引いたらどうするの。』

「アイツも同じ事してんだろ。自分の弟子の方を気にかけろよ。」



 あれ、そう言えば何処行ったのあの子。
 と周りを見渡した黒凪は家の屋根の上を走っている限を見ると「おいで」と声を掛けた。
 ちら、と黒凪に目を向けた限は特に何も発する事無く屋根から地面に降り立つ。



「…なんだ」

『傘はどうしたの?』

「置いてきた。」

『…あんたはちびっちょいから濡れないかもしれないけれど。』



 じと、と睨んでくる限を見た黒凪は「冗談だよ」と手を振った。
 そして改めて翡葉の隣で烏森に目を向ける。
 目を細めた翡葉は蠢く蔦を抑えるように右手で左肩を掴み、限も目を細めた。



「…聞いていた通りの力だな」

『まあ、此処は神佑地の中でも指折りの場所だからね。』

「いいか。お前が胸に刻むべき言葉は只1つ。…己を律せよ、だ。」



 己を見下ろしてそう言った翡葉に「はい」と返した限。
 黒凪は聳え立つ校舎から、徐にその地面に目を落とした。
 そして頭に響く声に心の中でだけ、こう返す。



「思った通りだった」「懐かしい」「おかえり…」「おかえり」

『(…ただいま)』



 頭の中に、嬉しそうな笑い声が返ってきた。























 次の日。
 転校の手続きや学校内の簡単な説明を聞き終わった転入生、志々尾限と間黒凪は揃って私立烏森学園の学生服を身にまとい担当教師の後に続いて教室へと向かっていた。



『調べていたんだけれど、転入生が同じクラスに入るのは珍しいんだって。』

「…」

『正守君のおかげだろうね。』

「…そうだな」



 目を逸らして返事をする限を見た黒凪
 彼はそんな黒凪にようやくちらりと視線だけを投げると、ようやくたどり着いた教室に目を向ける。
 任務が終わるまで、私たちはこの学校の生徒として生活を送ることとなる…。
 2人揃って教室へ入った。























 そうしてそのまま何の変哲もない中学生としての生活を学校で送る黒凪
 黒凪の隣に限が座っているが、こちらは実は黒凪の式神だったりする。
 先ほどの授業と授業の間の休み時間から限が教室に戻ってこなかったため仕方なく黒凪が作ったものだ。



『(さっき微量だけれど限が邪気を出していたし、何かしているんだろうけど…)』



 そんなことを考えながらゆったりと椅子に凭れ掛かり天井を見上げている黒凪
 そんな彼女はふと目の端に入った屋根の上を走る限に目を向けた。
 そしてそのあとを追跡する少年を見ると、徐に手を挙げる。



『先生、お手洗いに行っても良いでしょうか?』

「ん? ああ、どうぞ。」

『ありがとうございます。』



 のちに知ることだが、授業中にお手洗いに立つことは普通の学生たちにはとても勇気のいることなのだとか。
 初めての学校なもので、そんなことを知らない黒凪はほかの学生たちの不思議気な視線の中教室を出ていく。
 そしてすぐに式神を召喚し、自分の代わりに頃合いを見て授業に戻るように指示をしておいた。



『(珍しい、あの子がこんな挑発めいた行動を起こすなんて。)』



 結界を足場に屋上へたどり着くと丁度限が少年の結界を破った瞬間を目撃する。
 焦ったように構えていた右手を崩した少年の掌にある方印を見た黒凪は小さく笑みを浮かべた。



『(なるほどこの子が墨村の…)』

「お、お前…一体」

『(おおっとそれよりも。) ―――こら、限。』



 がす、と黒凪の結界が限の後頭部に直撃した。
 しかし限は倒れる事無く踏み止まり無表情のまま黒凪を見上げる。
 そんな限を睨んでいた少年の目が黒凪に向かい、その目がさらに見開かれた。
 一方で黒凪は限の隣に着地し、途端に屋上の扉を勢いよく開けて現れた高等部の制服を身につけた女学生に目を向ける。



「良守!?」

「と、時音…」

『(となるとこの子が雪村かな。)』



 このままではいけない、相手が困っている。
 そう思って彼らに自己紹介をと口を開きかけた黒凪だったがそれよりも先に限が黒凪にちらりと目を向けて言った。



「拍子抜けだった。」

『…。そりゃあ、私と比べると部が悪いと思うよ。』

「それを考慮に入れても、酷い。」



 ばっさりと「酷い」という評価を叩きつけた限。
 一方の叩きつけられた側はいまだ困惑の表情で2人を睨んでいる。
 それを見て黒凪は今度こそと頭を下げて口を開いた。



『驚かせてごめんね。私は裏会実行部隊所属の間黒凪です。この子は…』

「…裏会実行部隊所属、志々尾限」

『正守君から聞いているかな? 今回は烏森の警護と君たち結界師の補佐として派遣されました。』



 よろしくね、と言う黒凪の言葉と共に限が目を細める。
 そしてそのままこちらを唖然と睨むばかりの良守を見て、嫌味に言った。



「お前は本当にあの人の弟か?」

『まあまあ、この子たちはきっとこれからだから。』



 黒凪のフォローもむなしく、限の言葉がひっかかったらしい良守はぐっと眉を寄せ、困惑の表情を浮かべた。
 そんな中、時音は1人限と黒凪が放った"裏会"という名称に記憶を辿るように右上へ目を向ける。


「(裏会実行部隊…って事は夜行!? そこって確か…)」

「…はっ、嘘付くなよこの妖野郎! 邪気をぷんぷんさせやがって!」

「……よく考えろ。妖は昼間に派手に行動は出来ない。その上俺の側にはお前と同じ結界師が立ってるだろ。」



 少年と女生徒の目が黒凪に向いた。
 確かに間黒凪と名乗った少女は志々尾限と名乗る彼の頭を今しがた一度結界で殴っている。
 だが、まだ半信半疑の良守の手元にため息を吐いて限が己の携帯を投げる。
 咄嗟にそれを受け取った良守はその画面を見て通話中だと察すると、徐に耳元にそれを持っていく。



≪…あ、もしもし? 限?≫

「な、兄貴!?」

≪あれ? 良守か?≫

「は、おまっ…何なんだよあの2人は!?」

≪言ったろ? 俺のトコから派遣したんだよ。≫



 聞いてねーよ!
 そう言ってブツ、と通話を切った良守は限に携帯を投げ返す。
 受け取った限は良守の「どうして夜行が出てくる」と言う言葉に携帯から顔を上げると黒凪を見下した。



『うん? ああ、説明?』



 頷いた限に黒凪が良守と時音に笑顔を向ける。



『正統継承者の君たちのことだから薄々気付いているだろうけれど、どうやらこの烏森を狙っている組織がいるそうで。』

「…組織ですって? それはつまり人間が、ということ?」

『いい質問だけど…それは違う。前例がないことだけど、妖が組織を組んでいるらしくてね。』



 そこまで言うとすでにどうして我々が派遣されたのか理解できたことだろう。
 悔しそうな表情を浮かべているが、良守も時音も顔を見合わせ小さく頷いた。
 己自身、力不足だということは認めたくないのだろう。
 しかしこちらも事実を述べているし、やはりただの子供ではない。
 2人とも正守君の意図を甘んじて受け入れることにしたようだった。
 しかしそんな2人に気持ちよくこの状況を受け入れさせない人物が、一人。



「正当継承者がその様だからな、頭領も仕方なくこの措置を取ったんだろう。」

「っ!…確かに俺は今力不足だろうがな! いつの日かあいつは超える!」



 良守がいらだちを隠せず限の首元を掴んだ。
 その行動にも表情を変えない限に眉を寄せた良守。
 良守は更に言葉をぶつけようと口を開くが、真上からぶつけられた緑の結界に言葉が途切れる。
 その結界は限の後頭部にも直撃しており、同時に座りこむ形になった良守と限。
 限は一瞬黒凪を見上げたが、その結界がすぐに良守の背後に立っている女生徒が作り上げたものだと理解し、そちらに目を向ける。



「真昼間っから暴れてんじゃないわよ! いい加減にしなさい!」

「っ~! 時音! お前男の勝負に…」

「結。」

「いった!?」



 次は横から結界をぶつけられ、転がっていく良守。
 それを見た限は「おおお…」と珍しく多少引いている様子。
 そして時音が黒凪と限を睨む様に見下すと、限がすぐに立ち上がり黒凪の前に腕を出す。
 反射的に私を護るような体勢を取った限に黒凪が少しだけ目を見開き、小さく笑みを浮かべた。



「君も夜行の人間なら時と場所は弁えなさい!」

「…………」

『そうだね。…だから悪い部分は真似をしないようにと言ったのに。』

「…。」



 時音の言葉に無表情に返す限だが、黒凪の言っている意味を理解したのかそちらには少しバツの悪そうな顔をした。



「それにあなたも止めに来るのが遅いわ! 昼間に突然邪気を感じたこっちの身にもなってもらわないと!」

『…うん、それは申し訳なく思っているよ。』



 素直に謝った黒凪に少したじろぐ時音。
 その制服から良守と同じ中学生だと理解している時音だがその飄々とした態度に黒凪への接し方を模索しているようだった。
 そんな中でも限は何も言わず、徐に立ち上がると屋上の扉に向かって歩き出す。
 途中で限と時音の肩がぶつかり限が目を見開いて振り返る。
 その怯えた様子を見た時音は微かに目を見開き黒凪は目を細めた。



『限、昼からの予定は覚えてるね?』

「…あぁ」



 生返事だけ残して去っていった限を見送り、黒凪が改めて地面に座り込んだままの良守に手を伸ばす。
 その手を素直に取って立ち上がった良守を見た黒凪は「またあとで、ゆっくり。」と言うと結界を使って空中を移動しそのままどこかに姿を消した。
 一方の良守と時音も目を合わせると、とりあえず授業に戻るため、そのまま屋上を後にする。























 場所は変わって雪村家。
 学校を早退した限と黒凪は制服のまま雪村時音の祖母、時子を訪ねていた。
 黒凪から手渡された手紙を黙読していた彼女は徐に手紙を閉じ、顔を上げる。



「…解りました。あなた様が補佐に回られるという事実、真摯に受け止めます。」

『いや…そんな風には思わずに。何も君たちを信用していないわけではないからね…』

「いえ、確かに組織的な妖の相手は当代では荷が重いでしょうから。」



 眉を下げた黒凪を一瞥した時子は「泊まる場所はございますか?」と申し出る。
 しかし黒凪はその言葉にすぐに「お気になさらず」と返し、限と共に雪村家を後にした。
 扉を閉めてから数歩、隣の墨村家へ向かう際中に限が徐に口を開く。



「…相当な術者だな」

『うん。あれは歴代の中でも上位に入るだろうね。』



 そんな軽口を一言二言交わし、すぐ隣に位置する墨村の屋敷へ。
 チャイムを押せば、こちらには正守の話が通っていたのだろう
 眼鏡を掛けた男性がすぐに笑顔で2人を迎え入れた。



「正守から話は聞いてるよ、どうぞどうぞ。」

『ありがとうございます。』

「ありがとうございます…」

「ごめんね、今から探して来るから。」



 ぱたぱたと忙しそうに現在の墨村家当主、墨村繁守を探しに行った修史と名乗った男性。
 暫し沈黙が降り立ち、ふと限が思い出したように口を開いた。



「なんで頭領は俺を派遣したんだと思う?」

『うん?』

「俺より、翡葉さんの方が適任なのに…」



 この任務にも、お前にも。
 先ほど出された緑茶の水面を見つめてそう言った限に黒凪が目を向ける。



『正守君には正守君なりの考えがあるんだろうねえ。それを見つけるのも今回の任務の一つだったりして。』

「……」



 いまいち納得のできていない様子の限を横目に緑茶を啜る黒凪
 それ以上は何も言うつもりでない彼女の様子に限も諦めた様に湯飲みに手を伸ばす。
 と、「ただいまー」と言う良守の声に限は口元に湯飲みを運んでいた手を止め、そのまま口をつけることなく湯飲みを机に戻した。



「腹減ったー…、てか父さんどこ行ったんだよ…」

『先ほどぶりだね、良守君。』

「あ、昼間はどうも…ってああー!?」



 大きな声に目を見開いた黒凪はなんだなんだと良守を見上げた。
 一方良守はわなわなと震える指先を限と黒凪に向ける。
 そんな中「待たせてごめんね」と帰ってきた修史に良守が振り返った。



「父さん!?なんで此処にあの2人が…」

「何じゃ、騒がしい」

「あ、お父さん…。何処行ってたんですか?お客さん来てますよ」

「はあ!? 繁じいの客ぅ!?」



 あーもう黙ってなさい、そう修史に咎められ、修史に連れられて退室した良守。
 そして繁守は黒凪を見ると一瞬動きを止め、限と黒凪の前に腰を下ろす。



「…娘の守美子、そして孫の正守から一報は受けております。まさか私めの代であなた様と再びお会いすることになるとは…」

『よしてください。私などただいたずらに年老いているだけですから。』

「いや…私も一端の術者。あなた様の力に感服するばかり…」

『いやいやそんな…』

「…こちらとしても現在こちらが力不足であることはよーく分かっております。どうぞ、これからよろしくお願いいたします。」

『…こちらとしましても、元々これは両家を信頼して任せた仕事です。あまり私は出しゃばらず、あくまで補佐として動きますので。』



 …そうして墨村家も後にした限と黒凪はそのままの足で正守が2人のためにと借りたアパートへ戻った。
 すでに外は夕暮れに差し掛かっている。
 限はアパートにつくや否やすぐに戦闘用の服に着替え、せわしなく今しがたかかってきた電話に対応する。
 おそらく正守であろう、相手の話を黙って聞いている様子の限に黒凪が目を向けると、彼女が着替えるつもりであることを察した限が携帯を肩で挟み部屋を後にした。



「―な!?」

『うん?』



 着替え終わった黒凪は外から聞こえた、珍しく焦ったような限の声に外に顔を出す。
 そして限が耳に押し当てている携帯に口を近づけた。



『正守君、また限をからかっているのかな?』

≪あ、黒凪? いやー、他の女の子ともしゃべれるようになれよって言ってたんだよ。大事なことだろ?≫

「…でも頭領、俺、そこの所はもう…」

≪えー、学校生活頑張れよー≫



 それでもめげない正守の言葉に一瞬だけ言葉に詰まった限だったがすぐに眉を下げて口を開く。



「だってあいつ等煩いし餓鬼だし、何より俺は1人が好きで…」

≪で?≫

「…いつか俺、黒凪の居ない所であいつ等壊します。」



 そう言って目を黒凪に向けた限。
 今も昔も、限が恐れていることは同じ。
 それを分かっている黒凪は眉を下げると、再び携帯に口元を近づけ正守にこう声をかける。



『正守君、良ければ限にどうして君が限を烏森に派遣したのか教えてあげてくれる?』

≪…ああ、それはね。限。≫

「はい…」

≪俺は良守とお前が合うと思ったから派遣したんだ≫

「…俺とアイツが?」

≪うん。黒凪はまあ…お前も分かっている通りある意味烏森に関することでは省くわけにもいかないってのもあるけど。≫



 ま、どれもお前の為だよ。
 そこまで聞いても、やっぱりまだ100%納得は出来ていない様子の限。
 そんな限に笑った黒凪は正守に「ありがとう」と声をかけると限に代わって通話を切る。



『それじゃあそろそろ行こう。もう夜になるから。』

「…ああ」



 徐に黒凪に背を向ける限。
 実のところ、黒凪の術者としての実力は頭一つどころかかなり飛びぬけているが彼女の唯一の欠点はその運動神経にある。
 謙遜するつもりはない。彼女のそれは全く役に立たないレベルで酷いのである。
 そのため任務や移動にまで運動神経の良い存在は必要不可欠となる。
 もちろん今回の任務で黒凪を運ぶ役は限となるのだ。

 限がいつものように黒凪を背中に乗せたまま走り、烏森へと向かう。
 そして烏森にたどり着いてから数分後。
 現れた巨大な妖を見つけた限がそちらに向かい、担がれたままの黒凪が結界で動き続けている妖を正確に結界で囲い、滅する。
 その間にも限は目についた小さな妖を片手間に斬り割き飛び上がって、それからずどん、と地面に着地した。



「っ!?」



 と、ちょうどそこには烏森にやってきたばかりの良守と時音が立っていた。
 ものすごい勢いで着地した限に多少なりとも驚いている様子の2人。
 そんな2人をにこやかに迎え入れようとした黒凪だったが…



「…遅ぇよ」



 そんな限の一言で早速2人の、特に良守の顔がむっと歪む。



「…俺達の補佐で来たんだろ。勝手な行動はするなよ。」

「お前が遅すぎるからだ。」

「なっ…」

『まあまあ。せっかく人手が増えたんだから、手分けしてやっていこうね。』



 笑って限と良守の間を取り持つようにいたって冷静に言った黒凪
 そんな黒凪に同調した時音を見てぐうの音も出なくなった良守は舌を打って不機嫌そうに妖を探しに向かった。



















































「だー! お前また!?」

「…お前等が遅いんだろ」



 怒りを全身で表現している様な良守と、無表情の限。
 2人の様子を遠目に見ている黒凪と時音は呆れ顔だ。
 もうお前に用は無い、そう言う様に去って行った限を見送った黒凪は、彼が戦闘の際に破壊した建物やらを直すための式神を取り出した。



『あの子もあの子なりに頑張っていると思うんだけれどねえ。』

「ケッ、どこが。」

『ごめんね。』

【…】



 笑って良守のそばで浮遊している斑尾にもそう声をかける黒凪
 斑尾は少し複雑そうな顔をしたまま、なんと答えればいいのかわからない様子で目を逸らす。
 その表情に気が付いた黒凪は少し眉を下げ、倒れた木を結界で固定し修復していく。
 その様子を見ていた時音が徐に口を開いた。



「あの、黒凪ちゃん」

『うん?』

「貴方は何者なの?…結界師の術者は雪村と墨村以外では初めて会うから…」

『ああ…私は"間"。つまり君たちの開祖の直系だよ。』

「へー、開祖の一族も続いてたんだな。」

『続いてる…、うーん。』

【ハァ…はっきり言いなよ黒凪。アンタは開祖の実子だって。】



 そっか、と一瞬納得した時音。
 しかし次の瞬間には良守と共に顔を上げて黒凪を凝視していた。
 その数秒後に響いた「ええええ!?」と言う声に遠くに居た限も振り返り、黒凪はその反応に困ったように眉を下げる。



「か、開祖の実子ってつまり…子供!?」

「ちょっと待って、開祖って400年も前の…!」

【実のところ、お嬢は開祖にそれはもうそっくりなんだぜ?】



 それはそうとして…いや、なんで? どうやって400年も?
 そんな反応の良守と時音に黒凪はぽっと現れた妖を片手間に滅しながら口を開く。



『まず400年間生きていられたのは、私の父…間時守が私にまじないをかけたから。それは私の成長速度を100倍遅らせるものでね。』

「100倍ってことは…」

「100年に1歳年を取る計算ね…」

『うん。それを私が10歳の頃にかけられているから、それから400年経って14歳。そのまじないを色々あって…良守君、君のお母さんが解いてくれたんだ。だから今は普通の人間の様に年を取るよ。』



 母さんが…。
 そう呟く良守の顔はあまり晴れやかではない。
 彼女の場合、私を長らく探し続けていたと言っていたしロクに家にも戻っていないのだろう。



『(それに実際、守美子さんと良守君ほど実力に差があると、良守君にとって彼女は得体のしれない存在だろうからね…)』



 たとえそれが、母親であっても。
 対して時音は納得したように数回頷いた。



「(そっか…どおりで年齢のわりに達観していると思った。それに実力だって…)」

【…ま、アンタを見てればこの400年で何があったか大体の予想はつくよ。】

【あぁ…、ま、そーだな。ご苦労様。】

『はは、まだ早いよ。その言葉は。』



 笑ってそう白尾に返した黒凪
 斑尾も肩を竦めるようにしてから良守のそばへ戻っていった。



「(…ま、黒凪ちゃんは良いとして、限君ともそろそろ話さないとなぁ…)」

『時音ちゃん。』

「え、あ、何?(てか400年も前から生きてる人にため口でいいんだろうか、私…)」

『限はいい子だよ。』



 その言葉に少し目を見開いた時音は「うん、分かってる」と笑うと再び空を見上げた。



























 次の日。
 この日も適当に学校での生活を終わらせ、夜が近づきお互いに背を向けて服を着替えていた時。
 丁度2人が着替え終わったと同時に限がピクリと反応し、扉の側に静かに寄った。
 それを見た黒凪は外の気配を探り、限に声をかける。



『限、それは京だよ。』

「!」

「…お前、寝惚けるのも大概にしろ」



 限に声をかけてから翡葉のためにと扉を開いた黒凪の後ろについていく形で中に入った翡葉は不機嫌そうに頭1つ分以上も違う長身を使って黒凪の背後から限を睨んだ。
 一方の限も「そんなに俺が信用出来ませんか」と少し不機嫌に問いかける。



「俺は頭領とは違って心配性なんでな」



 そんな限に少し嫌味が混ざった様な言い方でそう答えた翡葉を限は一瞥し、黒凪に背を向ける。
 「ありがとう」と言いつつ限の背中に担がれた黒凪は翡葉に手を振りアパートを後にした。



『京と仲良くするのは難しい?』

「…俺は別に嫌ってない」

『まあ、一理あるけどね。それも。』



 限の足にかかれば烏森に到着するのに数分もかからない。
 入り口付近で限の背から降りた黒凪はゆっくりと歩いて校舎の方へ。
 限は手前の木に登ると妖を待つように幹に凭れ掛かった。
 するとそんな限を見かねた時音が「話がある」と彼に切り出したのだが、限はすぐさま逃亡。
 時音が苛立った様な表情を見せた。



「もう、なんであの子あんなに私を避けるのかなぁ。」

「俺なら逃げてたねー、ハニー怖かったし」

『限は人見知りが激しいからね…。』

黒凪ちゃん…」



 白尾が振り返り口元を吊り上げた。
 それに笑顔を返した黒凪だったが、突然現れた邪気に時音と同時に振り返る。
 「校舎の中だ」そう言った白尾に時音と黒凪が校舎の方へと走り出す。



「志々尾!あんまり校舎を壊すんじゃねー!」

「!(車輪!?)」

『……』



 時音と黒凪の視線の先には赤い車輪の様な妖、そして限。
 クルクルと回転する妖を腕力で無理くり捕まえ、その動きを空中で封じた限。
 それで勝負はついた様に思えたが、良守が不意に妖がつけたであろう校舎の傷跡を見て目を見開き声を張り上げた。



「駄目だ志々尾! そいつの車輪多分―――」

【結界師以外にあたしは興味が無いからねェ…】

「っ!?」



 妖が笑ったと同時にトゲのようなものが車輪の側面から飛び出し限の肩を斬り割いた。
 肩を引き裂かれた限は重力に従って落下、妖は笑いながら再び回り出す。
 時音が結界で限を受け止め黒凪は倒れた限には目を向けず、妖の動きを追いかける。



「限君! 大丈夫!?」

『…限。』

「…。」



 良守と妖が戦っている様子を見ながら限の名前を呼んだ黒凪
 その声を聴いた限は至って普通に起き上り、時音の結界から降りた。
 そして黒凪の隣に立った限は徐にしゃがみ込むと両足も両手と同じ様に変化させる。
 そのまま一気に跳び上がった限を見て白尾が何やら時音と話しておりその側に黒凪も寄った。



【なあ、アイツって妖混じりだろ? お嬢】

『うん。よく分かったね。』

「そりゃあ300年近く妖の匂いを嗅ぎ分けてるもんで。」

『ようやっと斑尾と良い勝負ができるかな?』



 「おいおい、とっくに超えてるぜお嬢ー…」少し困った様に言った白尾を止めた時音は「で、何?」と白尾を軽く睨む。
 その目に悪い悪いと笑った白尾は良守の結界を蹴り上げて妖に飛び付いた限を見上げた。
 かなり邪気が強めの妖混じりだな。
 そう言った白尾が言わんとしている事を理解したのだろう、時音も少し眉を寄せて黒凪を見る。



「…此処に居て大丈夫なの?」

『無理に力を使わなければ大丈夫だよ。あの子はコントロールも上手いしね。』

「…なぁお嬢、俺めっちゃ今の顔見た事あるんだけど」

『うん? 私の顔?』



 きょとんと振り返った彼女に白尾が顔を引き攣らせる。
 …何か企んでる顔だ。
 微かに怯えた様子で言った白尾に黒凪が微かに目を見開いた。
 ぷっと笑った黒凪は「正解」と白尾の頭を撫でる。



『でも何を企んでいるかは秘密でね。…それにしても、良守君。いいね、彼。』

「どういう意味?」

『限とよく似ていて…やっぱり好かれるだけのことはある感じ。』

「??」



 首をかしげる時音と、肩をすくめる白尾。
 一方戦いの渦中にいる限も黒凪と同じく良守を見ていた。



「(…アイツ…、俺と同じく戦いの中で進化するタイプか)」

『限。』

「!」



 真下から放たれた黒凪の声が耳に届き、限はすぐに彼女に目を向けた。
 目が合うと黒凪がかすかに笑顔を見せる。



『今回は支援に回ろうか。限。』

「…。」

『それから、良守君をしっかり見ておくこと。』

「…わかった。」



 小さく頷いた限は足元の結界を踏み台に再び大きく飛び上がる。
 そして限はガシッと上空に作られた結界を掴んだ。
 その上には妖を睨む様に観察していた良守が。
 良守は突然の揺れに振り返り「何してやがる!」と限に目を落とす。



「…お前の技術じゃアイツの動きは止められない。」

「ぐっ…、だからなんだってんだよ!また横取りする気か!?」

「……。いや、」



 一度言葉を止めた限は「手伝う」と目を逸らして言った。
 その言葉に目を見開いた良守は思わず「はっ?」と素っ頓狂な声を上げる。



「い、いやでもお前怪我…」

『良守君!』

「え!?」

『限は大丈夫! それに今回は支援に回るように言っておいたから、上手く敵を倒してみて!』



 お、おう…?と微妙な返事を返す良守。
 そんな彼の様子にふっと笑みを零す。
 声を掛けた時に驚いた様に周りを見渡すしぐさだとか、とりあえず返事は必ず返す律義なところだとか。
 そう言う所は兄弟なんだと、ふと。思う。
 一方の限は良守によって次々に作り出される結界を足場に只管妖に攻撃を仕掛けていた。



「(上手に、か)」

『…うん、表情が変わった。』



 やっぱり正守君の弟だね。と黒凪が更に笑みを深める。
 ガンッ!と鈍い音が響き妖が校舎の側まで限の一撃で吹き飛んだ。
 だが校舎には突っ込まずすんでの場所で停止する。
 それを見た良守は微かに口元を吊り上げ妖を校舎に押し込んだ。
 その様子に限は大きく目を見開き、良守を見る。



「…さて。これでお前はもう動けない」

『(限、あんたは今まで良守君を手伝っていたつもりだったかもしれないけれど)』

「…まさか」

『(本当は良いように利用されていたことに気づいたかな?)』



 妖がもう車輪を回せない様に結界で固定し、妖を冷たい目で見下す良守。
 妖はそんな良守を見ると表情を凍りつかせ、どうにか殺されまいと取引をしようなどと虚言を吐きはじめる。
 が、良守は容赦なく妖を滅し、息を吐く。
 その冷酷な様子を見た限は、今までとは違う良守の様子に少し呆然としている。



「(こいつ俺を利用しやがったのか…?)」

「良守! どう? 妖は…」

「もう滅した。それよりさ、ちょっと気になる事があるんだけど…。黒凪も聞いてくれ。」

『うん? 何かな? あ、あんたもこっちにおいで。』



 ひょっこり姿を現した黒凪は限を呼び寄せ良守に目を移した。
 良守は戦闘の最中に訊いた妖の言葉を復唱する。
 「アタシ等の間じゃあ、結界師は賞金首みたいなモンさ」
 この言葉、どういう意味だと思う?と良守が時音を見上げる。



「…そいつ、結界師じゃないと駄目だと言ってたし…」


「組織的に妖達が動いてるっていう話だし…人間がするように、適当な妖に報酬を出しているとか?」

「俺らを倒せば懸賞金が出るみたいな?」

「そう。」

「…そういえばあいつ、"奴等"って。」



 良守の言葉に全員の目が向いた。
 奴等って言ってた。と良守が顔を上げた。
 と言う事はその"奴等"が結界師を倒した妖に何かを与えていると見て間違いないらしい。
 全員が口を閉ざし沈黙した。



「…とりあえず、校舎を片付けましょうか」

「………」



 その時音の言葉を聞いた限は背中を丸めて歩いていこうとする。
 しかしそれを時音は許さない。



「ちょっと待ちなさい。」

「…」



 無言で去ろうとしていた限の腕をパシッと掴んだ時音。
 振り返った限は時音の目を見ると体を硬直させた。
 修復術は使えなくても瓦礫を運べるでしょう。と強い口調で言う時音。
 そんな時音を見た限は微かに目を見開き、ぐらりとその瞳が揺らいだ。
 それを見た時音は予想外の反応に眉を寄せ、思わず手を放す。



「…無理だ」

「ちょっと限く…」

「俺は、…壊すだけだ」

「あ、ちょっと!」



 今度は時音に捕まらまいと大きく飛び跳ねてどこかへ姿を消した限。
 眉を下げた時音は困ったように黒凪に目を向ける。
 黒凪は徐に懐から式神を取り出している。



『今回が私があの子の分も手伝うよ。』

「…黒凪ちゃんって、限君に甘いよね。」

『そりゃあまあ、大切だから。』

「…もう。」



 ため息を吐いた時音は既に出していた良守の式神にプラスする様に式神を放つ。
 それを見ていた黒凪もぐっと腕を伸ばし、修復に取り掛かる。
 ―――ドクン、と。
 特に何も考えずに修復に専念していた黒凪は突然の動悸に目を見開いた。



「…姉上」「あの妖混じり」「面白い」「姉上」

「…黒凪? なんかお前脂汗凄くね?」

「え、…本当ね。大丈夫…?」

『ああ、うん。大丈夫。』



 にっこりと笑って言った黒凪に気のせいか、と改めて修復に向かう良守たち。
 対して斑尾と白尾は黒凪の元から離れようとしない。



【ここに戻ってくるのをあんなに嫌がっていたのに、わざわざ戻ってくるなんてどういう風の吹きまわしなんだい?】

【俺にはとてもまっさんの頼みだけで来たようには思えねーぜ、お嬢。】

『…父様が、戻るようにと。』

「姉上」「また遊ぼう」「昔の様に」「ねえ、姉上」



 先ほどの戦いに興奮しているらしい、いつも以上に頭の中で話し続けている。
 その声のやかましさに黒凪の眉間の皺はどんどん深くなっていく。



 声。


 (アンタも対外、苦労するねえ。)
 (はは。うん…そうだね。)

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