世界は君を救えるか【 結界師長編 】
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裏界への一歩
≪――え、本当にこっちを手伝って大丈夫なのか?≫
『うん。烏森を裏会総本部がある覇久魔に封印することになったから…結局日永殿に裏会を奪われたままだと前に進めないからね。』
≪…そっか、分かった。じゃあ早速だけどいつものカフェに来てもらってもいいかな?≫
ちょうど君に連絡を取ろうかと思案していたところなんだ。
そんな風に言った正守に小さく微笑んで限達を置いて1人正守の元へと向かう。
そしてカフェの前に立つ正守を見て眉を下げる。
『ふふ、酷い顔だね。』
「此処まで忙しくなるとね…」
黒凪が徐に背伸びをして正守の頬に手を伸ばす。
それを見た正守が徐に背を屈めると、意図も簡単にその手が彼の頬に触れた。
途端に彼の顔色が幾分か回復し、そしてちらりと正守が己の右側に視線を寄こす。
「…何してるんです? こんな公衆の面前で。」
「ちょっと体力補給をね。」
黒凪もそちらに目を向ければ、怪訝な顔をした七郎が立っている。
そんな彼を見て正守の頬から手を離しかけた黒凪の手を正守が掴み取り、背をかがめたままで七郎に微かな笑みを向けた。
「来てくれたということは…一緒に総帥を叩きに行ってくれるってことで良いかな?」
「…。ええまあ。あなた方には急がなければならない理由があるみたいですしね。」
「それは君も一緒だろ?」
「…まあ。」
歯切れが悪い七郎にふ、と笑みを深めて正守が黒凪から手を離す。
そして人気のつかない路地裏に入ると、七郎の風に乗って空へと浮かび上がった。
「取りあえず龍仙境ですよね。アポは何時に?」
『特に何も伝えてないから、気にしなくていいよ。』
「え。…急に行くと怒るんじゃ…、竜姫さんですよね? 会いに行くの。」
『大丈夫。風神雷神には負けたことないから。』
そんな黒凪の言葉に肩を竦める七郎を横目に正守が「ああ、」と口を開く。
「あれだっけ、扇二蔵と竜姫が昔暴れまわってたとか言う?」
『うん。性懲りもなく烏森の方へも向かっていったものだからね。』
その後何度かリベンジされて…で、結局顔見知りみたいになったというか。
リベンジしたんだ…。と七郎と正守の考えが一致する。
ブイブイ言わせてたそうだし、怖いもの知らずだったのだろうか。
「…ちなみに昔の父ってどんなだったんですか?」
『んー…、今で言う捻くれたヤンキー?』
「…。ヤンキー…うーん。」
全く想像がつかないのだろう、七郎が腕を組んで小首を傾げる。
そうこうしているうちにも目的の地に着いたらしい、七郎が進む勢いを緩め竜姫を探すように周りを見渡した。
「着きましたけど…何処だろう?」
『ごほん。…竜姫ー!』
「そんな呼び方で来るわけ…」
「はいはーい。」
来た…、と正守と七郎の考えがまたシンクロする。
竜姫はひらひらと手を振りながら現れると、黒凪の背後に浮かぶ正守を見て目を細める。
「あら。まーた黒凪のお気に入りの墨村クンじゃない。何、彼があたしに用事?」
『まあ、そんなところ。』
気を利かせたように七郎が正守と黒凪を地面に降ろし、竜姫も地面に足をつける。
そして真剣な面持ちで竜姫の元へと向かう正守を無表情に見上げた。
「…今のこの状況を変えたいと思っています。裏会をあのままにはしておけない…。」
「それであたしに手伝えって? …あんた、夢路がやられた時も1人だけ無事だったんだってね。」
総帥相手に何も出来なかったくせに役に立てるわけ?
鋭い竜姫の言葉に正守が静かに頭を下げた。
「手伝わせてほしい気持ちはあるが…俺の力が不要と言うならそれでも構いません。…裏会を、救って欲しい。」
その言葉に竜姫が微かに目を見開き、黒凪に目を向ける。
おそらく思っていた反応を寄こさなかった正守に驚いているのだろう。
確かに我々結界師は心内を見せることはあまりないし、竜姫からしてみれば生意気で不愛想な新米結界師程度に思っていたはず。
でも正守は状況を冷静に判断し、最善を尽くせる賢さがある。それは、力に恵まれた正統継承者にはできない芸当だと言えるだろう。
ふう、と息を吐いた竜姫が静かに正守の肩に手を置き口を開いた。
「わかった。ゴメン、きついこと言って。正直見直した。」
竜姫の言葉に正守がばっと顔を上げる。
そんな彼の目に飛び込んできた竜姫の表情は今までのもののどれよりも優しいものだっただろう。
「元々あたしも総本部襲撃前から今回の件に対して動こうとは思ってたの。でも必要な駒がいまいち集まらなくてねー。」
君と七郎が来てくれるなら動き易くなるかな。
小さく笑ってそう言った竜姫に正守が安心した様に眉を下げた。
その顔を見た竜姫はくす、と笑うと正守に背を向けぐっと体を伸ばす。
「さーて、じゃあ鬼姫ちゃんを呼んでメンバーは確定かな。」
「鬼姫…鬼童院ぬらか…!?」
「あら、あんたもあの子を仲間にしようとしてたクチ?」
小さく頷いた正守に黒凪と竜姫が困った様に笑い、竜姫がすぐに「ムリムリ」と手を横に振る。
「あの子もかなり臆病だからねえ。あたしもあの子の心を開くのに50年掛かったわぁ。黒凪はどれぐらい?」
『さあ…。どうだろう。そもそも心を開いているのかね。』
「なーに言ってんのよ、あの子あんたのこと結構好きだって。…ま、あの子に関しては若造が頑張ってもどうにもならない問題だあね。」
ケタケタと笑う竜姫を横目に黒凪が徐に携帯を開いた。
連絡は無い為封印の方は大きな動きは無い、か。
携帯を見る黒凪に近付いた竜姫は彼女の顔を覗き込んだ。
「何、忙しいの?」
『ううん、今の所は大丈夫。』
「そか。んじゃあ今晩ここでメンバー召集があるから、このままゆっくりしとけば?」
そう言って歩き始める竜姫に3人もついて行く。
正守は逸る気持ちを抑える様に胸元を抑えた。
そうして会議も滞りなく終わり、大体の裏会襲撃のタイミングを定めて今回は皆解散することに。
参加していたぬらが静かに立ち上がり鬼たちと共に帰っていく様を見送り、黒凪、七郎、正守の3人も建物の外に出た時。
3人を待ち構えていた人物に黒凪と七郎が足を止め、怪訝に正守がそんな二人に目を向けた。
「黒凪、こちらは…」
『ああ、正守は初めて会うのね。…父の間時守。』
「「え?」」
正守と七郎の声が重なる。
そして何も言えず時守を見つめる正守の隣で七郎が徐に口を開く。
「黒凪さんのお父様だとは…驚きました。…嵐座木神社襲撃の際には忠告をありがとうございました。…結局、事は良いようには進みませんでしたが。」
笑みを張り付けるようにしながら言った七郎を横目に正守が右手を握りしめ、なんと声をかけてよいか分からない様子で黒凪に目を向けた。
黒凪はそんな正守を見て眉を下げると時守に目を向ける。
そんな視線を受けた時守は笑顔を正守に向けた。
「君は守美子さんのご子息の正守君かな? 良守君から話は聞いているよ。」
その言葉に正守も時守に目を向け、そして七郎がした様に笑顔を貼り付けて口を開いた。
「…こちらも、黒凪から色々と聞いていますよ。」
正守の言葉に時守が目を細める。
そして正守と七郎の2人に目を向け、徐に口を開いた。
「良守君から頼まれていてね。私たちが作った烏森の因果に縛り付けられていた君、正守君と…」
「…」
時守の目が正守につい、と向き、そして七郎に向けられる。
「黒凪の大切な友人である扇七郎君に全てを話してくれ。と。」
「え、良守君って…嵐座木神社を守ってくれた彼ですか?」
頷いた時守に七郎が怪訝に小首を傾げる。
確かにあの襲撃時、黒凪さんは僕と一緒にいたけど…わざわざ間時守を使わせて僕に…? どうしてわざわざ?
そう考え込む七郎に時守が補足するように口を開いた。
「まあ、一度良守君の真界に入っているから…色々と見抜かれてしまったのではないかな。」
「え”。」
時守の言葉に不自然に動きを止めた七郎。
そんな七郎に笑顔を向け、時守が主に彼に向けて話し始めた。
烏森が何なのか、黒凪と自身が今、何を目標に動いているのか…。
もちろん、肝心な部分は多少省いて。
「――と、いうことでね。」
「…。」
数十分後に終わった時守の話を聞き終わった七郎は絶句していた。
というより、黒凪にかける言葉が見つからなかったのかもしれない。
そんな七郎の反応を予想していたように見ていた時守は冷静な正守に目を向ける。
「…随分と冷静な反応だね。黒凪からあらかたは聞いていたのかな。」
「…ええ。まあ。」
「本当に今まですまなかったね。」
そんな時守の謝罪にちらりと目を彼に向け、正守が目を逸らして言う。
「別にもう気にしていません。」
その言葉に時守が微かに目を見開き、黒凪が正守に目を向ける。
「貴方が作ったこの…切磋琢磨するように仕掛けたまじないでしたっけ。其処の部分は黒凪のおかげでもう吹っ切れたので。」
薄く笑みを浮かべて己の右の手の平を見下ろし、そう言った正守に時守が眉を下げる。
そして安心したように言った。
「よかった。やはり君は我々とは違う。」
眉を下げて言った時守に正守の目が向いた。
我々。その言葉には黒凪も入っているのだろうか。
ふとそう思った。
「君は私ほど愚かじゃない。…君は周りの人間を信じる事が出来る。」
そんな君に私が教えられることなど少ないが、一つ伝えるとするならば。
そう言って微笑んだ時守に、七郎もやっと彼に顔を向けた。
「世界を恨むな。…ただ、それだけだ。」
それを聞いて正守も、七郎も心の中で嘲笑した。
誰が何を…誰の前で言っているんだか。
まずはあんたの目の前に立つ…自分の娘にそれを言ってやれよ。
少なくともあんたより黒凪の方がそれを知っている。そしてそれを教えてくれた。
そうして七郎や正守たちとも解散して次の日に。
黒凪は騒がしい屋敷の様子に頭までかぶっていた布団から顔を出した。
するとタイミングを見計らったかのように閃が襖を開く。
「よ。起きたか?」
『おはよ…。…誰か来てる?』
「雪村が良守の服とか届けに来てんだよ。」
『…あ、そーなの…』
会いに行かねーの?
閃の言葉に布団に入りながらもぞもぞと動く黒凪。
するとまた襖が開けられ、黒凪は眠る布団の側で胡坐を掻いていた閃が振り返る。
襖を開けたのは限だった。
「…雪村が、会いたいって。」
「誰に?」
「お前等と…あと火黒。」
「…そういや火黒は何処に…」
キャー!
そんな時音の悲鳴が屋敷に響き渡る。
続いてどんがらがっしゃーんと何かが落ちるような音と「お前時音に何をー!」と言う良守の声。
「…うん。良守たちのとこだな。」
「そうだな。」
閃と限が徐に黒凪を見下す。
あとは黒凪を連れていけば良いだけだが…。
以前もぞもぞと布団の中で動くだけの彼女に閃が改めて口を開く。
「おい黒凪。雪村が会いたがってるってよ。」
『んー…眠い…』
「はー。限、悪いけど。」
「あぁ」
布団を引っぺがし黒凪を背に乗っけて階段を下りていく限。
閃も布団を軽く畳むとその後をついて行った。
そうして3人で時音と良守が居る部屋に入ると案の定、時音をからかった様子の火黒が部屋の隅でにやにやと笑っている。
振り返った時音に限が背中に乗る黒凪を見せるように背中を向けた。
「連れて来た。」
「あ、寝てたの!? ごめん、起こしちゃって…」
「いや…もう随分と寝てるから、起こそうと思ってたところだ。」
おい黒凪。
そう言って軽く体を揺らした限に黒凪が薄く目を開き、あくびを一つ。
そして限の背中の上で体をぐっと伸ばした彼女は髪を手櫛で整えながら時音に目を向けた。
『おはよう時音ちゃん。こんな辺鄙な所までよく来たね。』
「ううん…、私こそごめんね。まさかまだ寝てるとは思っていなくて…。」
『昨日も会議だとか色々あって夜遅くまで出かけてたものだから。』
「そうなんだ…」
心配げな表情で黒凪を見つめる時音。
そんな彼女の目を見返して、黒凪が小さく微笑んだ。
『時音ちゃんの方はどう? 空身は?』
「とりあえず出来るようにはなったの。…後は覇久魔の主を説得出来るかどうか。」
「ああ…、宙心丸を封印する覇久魔の今の主の説得役って雪村なんだな。」
「うん。」
すげー、大役だな。
そう感心した様子の閃に対して不安げに頷く時音。
確かに彼女も正統継承者ではあるが、間近で良守君の天才っぷりを見ていると…自身をなくすのも頷ける。
それに覇久魔は数ある神佑地の中でも最上級。それが余計に彼女の不安を煽るのだろう。
『良ければこれを持って行って。私の式神なんだけれど…』
「え…、いいよ、私自分で頑張るし…。」
『うん、もちろん時音ちゃんなら大丈夫だと思うんだけれどね。…覇久魔の主は少し特殊だから。もしもの時のために。』
時音が徐に式神を受け取り、それを胸元にしまう。
そんな彼女を見て黒凪が思い出したように「ああ、後もう1つ。」と続けた。
『覇久魔の主の名前はまほら様。見た目は端正な顔をした美少年っていう感じだからね。』
「え…、会ったことあるの!?」
『遠い昔に一度だけ…裏会を創設する際に。』
でもそんなに心配することはないよ。
まほら様は寡黙でおとなしいから。
ただ…無理に眠りを妨げてしまうと不機嫌になるから、慎重に異界へと進むこと。
そう言った黒凪に時音が真剣な顔をして頷いた。
そうして時音も屋敷を後にし、良守はいつものように修行に明け暮れる中、
夜になり集まり出した妖達を倒していた閃、限、そして火黒。
そんな彼らを見守る黒凪の傍に時守が音もなく現れた。
「――…裏会奪還の決行日は明晩だそうだ。」
『そう…竜姫から連絡があったの?』
「ああ。必然的に封印も明晩となる。…覚悟はできているね? 黒凪。」
小さく頷いて黒凪が妖達を退治する為に走り回る3人を見て、微笑む。
その様子を静かに見下ろしていた時守が屋根の上によじ登ってきた良守に振り返った。
そんな良守の背中には宙心丸が張り付いている。
「明日の予定についてちょっと話したいんだけど…。」
「ああ、勿論だ。…丁度妖の方もあらかた片付いたようだし、最終確認といこう。」
そう言っている間にも黒凪の傍に既に限達3人が集結していた。
そして彼らも決行が明晩であることを聞くと、閃と限が緊張の面持ちを浮かべる。
そんな中、宙心丸だけがわくわくした様子で口を開いた。
「ついに明日、戦があるのだなっ!」
「…ああ。楽しみにしとけよ、宙心丸。」
「うむ!」
良守が宙心丸に笑顔を向け、改めて時守と黒凪に目を向ける。
時守も宙心丸に笑みを向けると黒凪に向かって口を開いた。
「姫様は明日、まずはどちらにいらっしゃるご予定で?」
『正守たちといるようにするよ。まずは彼らと一緒に裏会を奪還して、それから封印に向かう。』
「承知しました。…丁度迎えも来たようですしね。」
そんな時守の言葉に小さく笑い、遠くからこちらに近付いてくる小さな竜巻に目を向ける。
竜巻の中から姿を見せたのは七郎だった。
「明日の最終確認にメンバー召集が掛かってますけどどうします? 来るなら一緒に行きますけど。」
『ありがとう、一緒に連れて行ってくれる?』
「はい。」
ふわっと浮かび上がった黒凪に限達の目が向く。
その視線を受けて黒凪が徐に口を開いた。
『裏会奪還はあんたたち無しで行ってくるよ。…万が一にも総帥に操られると、私の気が散ってしまうから。』
「姉上がわしと一緒にいられぬのは悲しいが…限と火黒がおるならば良しとしよう!」
「え、俺は?」
「閃も特別に許してやろう!」
そんな宙心丸たちのやり取りを微笑ましく見守り、黒凪が七郎に目を向ける。
その視線を受けた七郎が黒凪を連れて飛び上がり、招集場所へと急いだ。
「それじゃあ最終確認だけど。」
集まった鬼童院ぬら、正守、七郎そして黒凪の顔を見渡して竜姫が口を開いた。
「総帥討伐の決行は明晩。…決行の数十時間前から私と七郎で一般人を遠ざけるために嵐を巻き起こすわ。決行はその嵐が止んだ後。」
『物理的に総帥に近付いていくのは私と正守と…それからぬら達でいいんだよね?』
「ええ。あんたたち3人は総帥の精神支配が聞かないからね。」
結界師である黒凪と正守、それからぬらが既に支配している鬼たちは総帥の支配を受けない。
主に黒凪とぬらが操られた扇一族の人間たちを相手取り、正守は一人総帥である日永の元へと一直線に進んでいく。
『以前にも言ったけれど、日永殿が憑代としているのは遠(えん)という黒髪の少年で、これまでの神佑地狩りの力を蓄えているのはその妹である遥(はるか)という少女。』
今回の戦いに参加している子供なんてこの2人ぐらいだろうから、見つけるのはたやすいはず。
そんな黒凪の言葉に正守が静かにうなずいた。
「それから…烏森の件だけど。」
『うん。』
静かに切り出した竜姫にかすかに目を見開いて正守が黒凪に目を向ける。
黒凪はその視線を受け、説明をするように口を開いた。
『総帥を討伐した後の裏会はぬらや竜姫が中心になるからね…土地のことも明確にしておかないといけないから。』
「そういうコト。…で、改めて確認になるけど。」
烏森を覇久魔に移し、覇久魔の主を…嵐座木神社に移動するということで良いのね?
そんな竜姫の言葉を受けて返答を返したのは黒凪と、それから七郎だった。
「はい。」
「七郎…あんたほんとにやるの?」
「ええ。なんて言ったって黒凪さんからの直々のお願いですから。」
「全く…此処にいる全員に言える話だけど、危ない橋を渡るわよね。」
とにかく、皆明日は気を引き締めてかかること。
そこまで竜姫が言ったところで、裏会の方で一瞬だけ跳ね上がった力に全員がばっとそちらに顔を向ける。
「今のは…裏会…?」
「…いや、というよりは覇久魔の方って言った方がいいかしらね。」
『(…ああ、始まったのか。)』
正守と竜姫がそう呟き、1人納得した様子の黒凪に目を向ける。
『多分うちの結界師が1人…覇久魔に侵入したんだろう。鞍替えの説得でね。』
「まさか、時音ちゃんが?」
『うん。』
そうか…
そう言って心配げに再び裏会の方へと目を向ける正守。
黒凪も同じようにすると、徐にその目を細めた。
『(ただ、この感じはまほら様じゃない…。やっぱり出てきたか。)』
「まほら様! この土地を頂きたいのです、話を聞いてください!!」
【………】
「まほら様…!!」
暴れるように溢れ始める力を空身で受け流しながら、何処にいるかもわからないまほらに向けて叫ぶ時音。
そんなことが怒っている異界の真上に位置する裏会の総本部の中で眠っていた日永が暴れ始めた土地の力に薄く目を開き、起き上がった。
そして周りを見渡し目を細める。
「(…遥が居ない)」
身の回りの世話をしていた筈の水月の姿も同様に見当たらず、徐に立ち上がる。
窓の外を見れば既に朝になっているらしい。しかしその天気はとても晴天とは言えないもので。
日永の能力に支配された能力者達は外に降りしきる豪雨に打たれながら無表情に本部の中を巡回していた。
外に降りしきる雨が落ちる音を聞きながら、とある部屋に遥と共に閉じこもっている水月がぽつりと呟いた。
「――本当にこれで良いのかしら。」
そんな水月に遥を見ていた零号が振り返る。
そして彼が持つその瞳を見た水月は目を伏せた。
その様子に薄く笑った零号が徐に彼女に近付き、その肩を掴んで顔を上げさせる。
「日永を止めたいんだろう? ならば俺のいう通りに動け。」
そう言ってうすら笑いを浮かべた零号の瞳は、月久のものに酷使していた。