世界は君を救えるか【 結界師長編 】
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裏界への一歩
一方、少し時間を遡り…黒凪達がミチルたちとの決着をつける少し前。
裏会総本部では夢路と正守が向かい合っていた。
「…それで、話とは何でしょうか? 私が以前に下した決断に不満でも?」
「いえ。…ただ、事の根本を見極めようと思いまして。」
「根本?」
この騒動の根本ですよ。
そう言った正守に夢路の目がゆっくりと彼を捉える。
その目に微かに宿った殺意を正守は見逃さなかった。
「…一連の騒動が貴方達の仕業だと言う事は掴んでいます。」
「貴方 ”達” ?」
【――貴方と総帥の事ですよ。】
すっと現れた奥久尼に夢路が微かに目を見開いた。
しかしその半透明な彼女の姿に合点が言った様にすぐにその目を細める。
「成程…霊体ですか。」
落ち着き払った様に言った夢路に正守が頷き奥久尼が笑った。
以前夢路の目には静かな殺意が宿っている。
彼はもう目の前に座る正守と奥久尼が何を言うつもりなのか分かっているようだった。
【一月ほど前に多発していた神佑地狩りの首謀者は総帥で間違いありませんね? 夢路さん。】
「…。さあ、断定は出来ませんね。」
【間さんが直接確認しているのですよ。既にかなりの力を蓄えているそうで。】
「…それが本当ならば、私の目を掻い潜って行ったという事ですね。…上手くやったものです。」
何処か馬鹿にしたような口調で言った夢路に正守が微かに眉を寄せる。
一方の奥久尼は夢路を暫し見つめると再び口を開いた。
【やはり貴方からは…総帥のこととなると “対抗心” という感情が顕著に見られる。】
「どういうことでしょうか?」
「…貴方は今までの行動を全て裏会を護るだのなんだのと言ってはいるが」
そう話始めた正守に夢路の冷え切った目が向く。
その視線の先にいる正守は落ち着き払っていて、まっすぐに夢路の目を見ていた。
「実際は見下していた兄に先手を打たれ…焦って対抗する術を持とうとしただけだ。その為にあんたも兄に続くようにして神佑地狩りに手を出した。」
正守の言葉に夢路が沈黙した。
そして奥久尼と正守の言葉が重なる。
"ふざけるな" と。
【夢路さん。始まりはどうであれ…裏会や各地の神佑地の被害を広げ、悪化させる原因は貴方のその態度にあるのですよ。】
「…私の態度が兄を神佑地狩りに走らせたと?」
「あぁそうだ。ったく馬鹿馬鹿しい…そんな事の為にどれだけの人間や神が犠牲になったと思ってる…!」
苛立ってそう言った正守にちらりと向け、なおも表情を変えず夢路が口を開く。
「…私は裏会を護りたいだけです。」
「違う! アンタが護りたいのは自分の自尊心だけだ!」
正守がそう声を荒げた瞬間、無数の刃が天井を貫き上空から一気に降り注いだ。
傍に突き刺さった刃を見た正守はすぐさま絶界を発動させ続く上空からの攻撃を回避する。
暫くして攻撃が止み、土煙が起こる中大破した建物を見渡し夢路の姿を探した。
…目の届く範囲には夢路の姿は無い。
「(まさか、今ので…?)」
しかしそんな正守の考えは上空から降ってきたけだるげな声に否定されることとなる。
「チッ、しくじったか。」
そこでやっと正守が屋敷を破壊し自分たちに攻撃を加えた張本人…日永の部下である零号に目を向けた。
正守が零号に殺気を飛ばし、それに気づいた彼の目が正守をとらえる。
「誰だ、お前。」
「…零。」
「ぜろ?」
自身の名前を零と名乗った男は怪訝な顔をする正守にはそれ以上興味を示さず、無表情に周りを見渡し何やらぶつぶつと呟くと空を見上げた。
すると洗脳された様子の奥久尼の部下たちが現れ、零号の傍に佇んだ。
傍にいる奥久尼の霊体の反応を見るに、彼らは行方不明になっている彼女の部下たちに違いない。
その様を見た正守が微かに目を見開き、結界を足場に零号へと近づいていく。
「――十二人会の幹部達を殺したのはお前か?」
「…あぁ。そこの奥久尼は俺がやった。だが他の奴らは俺じゃない。…どうせあいつだろ。扇七郎。」
「! (な…扇七郎が総帥側…⁉)」
【いえ、きっと彼は雇われているだけ…扇一族は基本的に個人的な問題には介入しませんから。】
正守の驚いたような目が奥久尼に向けられる。
…特に、七郎さんは兄上の一郎さんとは違って淡白なお方ですし。
そんな奥久尼のフォローもむなしく、未だ正守の頭は混乱しているばかり。
「(…だとしても、結局扇七郎が敵に回っていることには変わりない…)」
あの扇一族の正統継承者筆頭候補だぞ…?
正守の殺気立った目が零号に向く。
「(となると…少しでも戦力を削ぐためにもこいつを此処で――)」
「…そう熱くなるなよ。今回の標的にお前は入ってねえ。」
正守から目を逸らし「んじゃあ頼むわ」と奥久尼の部下達に声を掛ける零。
すると彼らの上空に歪みが現れ、神佑地である大首山の映像が投影された。
その映像には黒凪の姿もある。
「大首山のライブ中継だ。夢路…いや、月久に向けてのな。」
「な…」
「まあ聞いとけ。別にお前等に不都合な事じゃねえから。」
零号が徐にすう、と息を吸い「月久!!」と大きな声で言った。
その声に木の影に隠れていた夢路は少し顔を上げ、上空に流れる大首山の映像をその目に映す。
そして映像に映る黒凪を見ると徐に舌を打った。
「逢海日永から伝言だ。よく聞けよ。」
夢路…いや、本当の名前を逢海月久という。
彼に向けて話し始めた零号を横目に正守は夢路の姿を探す。
「…月久。お前はまだ私に勝てるとでも思っているのだろうな。…私がいる異界とお前がいるそちらの世界…これらを断絶させた時お前の側に少し部下を置いて行っただろう。」
「…」
「あれらはお前の行動を監視するためにと態と置いて行った。案の定お前は焦り…私の部下だった者たちであろうと見境なく自分の駒とした。おかげですべて見させてもらってたぞ。」
…何もかも私の予想通りに行動するさまは実に滑稽だった。
私が神佑地から集めた力に対抗心を燃やしたお前はすぐに私の後を追うように神佑地狩りに手を出し…ことごとく返り討ちにあったな。
我々が自身で大罪と定めた行為に手を出したのにも関わらず、成果は0。
「…私は今回の事に覚悟を持って臨んでいる。お前への復讐の為なら今後私の身がどうなろうと構わない。」
しかしお前は違うだろう。
お前はそこまでの覚悟を持って神佑地狩りを行ったか?
お前は私への対抗心だけの為に大罪に手を染めたのだろう。
分かるか? …それがお前の人間性の低さだ。
既に覚悟に雲泥の差があるというのに…お前はまだ俺に対抗するつもりか?
「…ま。こんなもんだな。後はこの映像でも見とけ。」
≪力の差を思い知れ…! アタシ達は最強なんだ!!≫
≪君が持つそのチート…決して君だけのものだとは思わないことだよ。≫
「フツーに考えて勝てるわけねぇよな。コイツ等じゃ。」
零号のその言葉に改めて正守と夢路が映像に目を移した。
…確かに勝てそうにはないな、と心の中で零号に同調する。
そりゃあそうだ。黒凪が敵にいては…誰も勝てはしないだろう。
ミチルと呼ばれた女性の背後に火黒が回り、その刃が振り上げらる様を見ると正守が映像から目を逸らした。
「――ははは。流石だな。黒凪のやつ。」
一方、異界の城で零号が流している映像を同じものを見ている日永が呟くようにそう言った。
そんな彼の後ろには思いつめたような表情をして映像を見ようとしない水月。
ククク、とそれはそれは楽しげに笑う日永。
その背後で黙って立っている水月は悲しげに目を伏せた。
≪…死にたい。ミチルが居ない世界なんて…アタシは要らない…!≫
次はカケルが黒凪の手によって命を終える様が映像で流れた。
砂の様になって崩れ去ったカケルを見て日永が少し目を細め、遥が居る部屋の方へをちらりと視線をやる。
しかしすぐに零号本人を映している別の映像に目を映し、口元を吊り上げた。
「どうだ月久…侮っていた相手に出し抜かれる気分は…!」
ドスン、と映像から鈍い音が流れる。
壱号もクシナダの拳によって潰され、ついに月久の部下たちが全滅したさまが晒された。
その映像を見た日永が耐えきれない様子で笑い始める。
…ああ、月久の顔が思い浮かぶ。
どれだけ間抜けな顔をしているのだろうか。
一方の黒凪達一行は数十分程時間をかけて裏会総本部へと辿り着いていた。
黒曜が動きを止めたことを受けてまず閃が視線を下に向ける。
そして絶句した彼の様子を見て黒凪も本部に目を向け、その目を細めた。
【…ありゃあ大したモンだなァ】
黒曜、火黒、閃、限…そして黒凪。
5人の視線の先には既に見知った裏会総本部はなく、代わりに巨大な塊と化した森が佇んでいた。
いや、森とは言えない。あれでは木々で作られた大木だ。
「――よう。早かったな。」
黒曜の少し下あたりに浮かんでいる零号が黒凪達を見上げてそう声をかけ、振り返った黒凪とその視線を交える。
そしてここら一体を覆った黒凪の気配に零号がひゅうと口笛を吹き、彼の視線が大木に向く。
『正守は何処にいる?』
黒凪の言葉に限と閃が微かに反応を示し、黒凪と同じようにして零号に目を向けた。
しかし零号は此方に目を向けようとしない。
『居るのは分かってる。でも "何処" かは分からない。』
「さあな。…あの犬に聞けよ。」
『…確かに、正守の気配を持った見覚えのないのがいるけれど。』
零号が示した先に目を向けると、そこには正守の結界の上に立つ一匹の黒い毛に刃の様な尾を持った妖犬が立っている。
その視線を受け、彼…鋼夜も黒凪に目を向けた。
『…君、正守の新しい使い魔かな。』
【ただ協力してやってるだけだ…奴の犬になったつもりはない。】
『それは失礼。…正守の居場所は分かっている?』
【…あの大木の中だ。】
やはりそうか。そう思って木が生い茂って作り上げられた大木に目を向ける。
あれは異能者の力によって形成されたものに違いない。
その上、中を見られないように徹底的にガードもつけられている。
【逢海月久とかいう異能者が作ったものだ…。】
『…。』
なるほど。ならばあれが “今の憑代” の能力…。
じっと大木を見つめる黒凪の隣に寄り、閃が呟くように言う。
「覗けるところまで覗いてみたけど…やっぱり頭領の居場所までは感知できなかった。あの中身、かなり深い。」
『うん。あれを崩すのは苦労するだろうね。』
だから日永殿の部下も手を子招いている感じかな。
そう言って零号にも目を向け、黒凪が息を吐いてその場に胡坐をかく。
無理に突破することはできるけれど…それをすると日永殿の部下にも侵入を許す事になる。
それでは月久殿が危ない。
『仕方がない。あの構造上、内側から破る分にはそう頑丈ではないはず。…正守が出てくるのを待とうか。』
もちろん、何もせずに待つわけではないけれど。
また黒凪の意識が広がっていき、月久が作り上げた大木を覆い…その中を覗くように意識を隙間から滑り込ませていく。
それを横目に見ていた鋼夜が目を細めた。
【(…この大木を作った男も真の自然支配系能力者だが…)】
この女もそう相違はないな。
特にこの理不尽な程に巨大な力は…並みの妖や異能者だと対峙する以前に絶望し、その戦意を喪失させることだろう。
一方大木の中に月久と共に入り込んでいた正守は己の周りを囲う月久の分身を睨みつけていた。
まさに敵の手中にいるという状態の中、正守は至って冷静にこの場を切り抜けようと模索していた。
そんな正守の心中を知ってか、月久は無理に彼に気概を加えようとはしない。
正守が息を吸い込み、口を開いた。
「…手を組みませんか。夢路さん。」
「…」
正守を囲う複数の月久が静かに彼の目にその視線を向ける。
彼の真意を測ろうとしているように。
「貴方の考えが理解出来ませんね。先程まで貴方は私に対して悪し様に言っていたでしょう。」
「貴方に理解を示したわけではありません。ただ…今総帥を止める手立てとして貴方に動いて貰うのが1番効率が良いだけだ。」
「ふふ、”止める” ?」
それでは私は何の役にも立たない。
貴方はまだ何も理解していないらしい…。
「この先何があっても私と兄が和解する事はありません。…何故なら…」
ざわ、と一瞬で汗が噴き出し、心臓の鼓動が早まる。
その静かで鋭利な月久の殺気が正守だけでなく…全てを拒絶するように溢れ出した。
その殺気に黒凪と共に外側から中を探っていた閃も当てられ、その背中に汗が噴き出す。
そして体の震えを抑えるように腕を抱え込んで、そして。
「(…この殺気に混ざってるのは、完全な拒絶だ。)」
あの巨木の様に、本体に何物も寄せ付けず…誰も信用せず。
たった一人でいることを強く望む、強い強い拒絶。
…この拒絶の感情によく似たものを持っていた人物を…俺は知っている。
「(そうだ…黒凪が夜行に来る前の頭領に似てるんだ。)」
細波さんに人の感情や考えを読む術を教わり、好奇心のままに頭領へとその力を伸ばした時。
一瞬。そう、あれは一瞬だった。
俺の影が頭領を覆った時…頭領の冷たく暗い目が俺を捉えた。
その瞬間に俺が読み取ったものは何もない。…そう、何も見せてはくれなかった。
「なぜなら…私は元より兄を殺すつもりですからね。」
正守をまっすぐに見つめ、月久がそう言った。
つまり彼は兄を止めるつもりなど毛頭ない。
「確実に殺る自身があります。」
返答を言い淀む正守に重ねるように月久が言う。
何を躊躇する理由が? 兄の息の根さえ止めてしまえば…この全ての騒動も白紙に戻る。
…協力にはお互いの利益が一致していないと。
正守が顔を上げた。
「私の考えに乗るならば協力しても良い。兄の処遇がどうなろうと…貴方が思い描く結果にはそう相違ないでしょう。」
そんな月久の言葉を一言一句受け止めながら、正守は考えていた。
果たして俺はこの人のような判断を下せるのだろうか、と。
もしも良守が世界の敵になり…それを討たなければならなくなった時。
果たして俺は、あいつの命を奪いたいと、そう思うだろうかと。
「…まあ、協力するとは言っても…貴方も到底信用出来そうには有りませんがね。」
突然及び腰になった様子の月久に正守の目が彼の分身の1人を捉える。
貴方 “も” ? それはどういう意味だ?
そこまで考えて、はっと周りを見渡す。
木の幹の間を縫って此方に流れ込み始めているこの気配…これは。
月久の分身たちも徐に大木の幹に覆われて見えることのない、上空へとその視線を走らせる。
『――!』
その視線の先にいる黒凪は閉じていた目を開き、その視線を大木へと落とす。
そして木々の間から此方をじっと見ているその瞳に気が付くと微かに目を細めた。
…此方を、見ている。
「――裏会を創設する際、間時守と黒凪には随分と世話になりましてね。」
裏会の最深部を異界に位置することを決めた時…私と兄は異界への道筋と空間を作る為、空間支配術を扱う術師である間時守に連絡を取った。
しかしその時、彼は大きな封印術を扱った反動で霊体同様の姿になっていて…異界の形成なんて高等技術はとても出来る状態ではなった。
「そこで彼の代わりとして送られた存在が間黒凪です。」
今でも思い出す。あの目…表情。
この世界を恨むだけの、亡骸のような気配。
信用がならなかった。
誰の為でもない。何の為でもない。
…ただ、彼女にはその力と技術があっただけ。
「…まあ、結局彼女は我々の要望を見事にすべて具現化してくれましたがね。」
その功績を見て兄は彼女をとても気に入っていた様ですが…400年経った今でも常々思う。
信用がならないと。まったくその心内を見せないあの小さな少女が。
正守はただただ静かにその話を聞いていた。
「…なので調べさせてください。」
周辺から蔦が延び、中央に立つ正守を縛り上げる。
それを見下ろし、正守が月久に目を向けると彼は笑顔を見せた。
「協力関係になりたいと言ったのはそっちだ。これぐらい構わないでしょう。」
「…待ってください、これじゃ不公平だ。協力関係にあるなら同等の立場であるべきでしょう。」
「なら貴方の条件は?」
「総帥の能力を教えてください。」
月久がちらりと再び上空へと視線を寄こす。
成程。やはり兄が気に入るだけはある――甘い。
此処まで来てまだ私も、兄も殺さないつもりでいるのか。
「驚きました。黒凪さんが貴方に伝えていないとは。」
「…あいつは、何もあんた達兄弟を殺すつもりでいるわけじゃない。」
…ま、俺がこんな状況にまで陥ってしまえば…言うかもしれませんけど。
そう言った正守が改めて己を包む大木達、そして拘束する蔦に目を向ける。
「血縁者には似た傾向の能力が出る筈です。総帥は貴方と同様に自然支配系能力者ですか?」
「…以前はそうでしたがねえ…」
「以前? …どういう事です?」
そう正守が聞き返した時、彼の肩が微かに異常を察知したように跳ね上がる。
その様子に夢路が微かに眉を寄せ、正守の足元に目を向けた。
途端に外にいた黒凪も立ち上がり、黒凪が大木の真上へと結界を足場に向かっていく。
一方の閃は集中しきっていてそんな黒凪に気づかず、ぼそぼそと呟くようにして言った。
「…何か変だ。月久って奴の能力は植物を操るんだろ…?」
閃の声に限が彼の元へ向かい、その言葉に耳を傾ける。
そして閃の言葉に微かに目を見開いた。
「なのになんで…奴から精神支配術の力を感じるんだ…?」
しかも、頭領に向かって。
限が黒凪に視線を向けた途端に大木の真上に立った黒凪が大木へ向かって降りていく。
そしてそれについて行こうと足を踏み出した火黒の腕を咄嗟に掴み彼を静止した。
絶界が黒凪を覆い、大木の表面を消滅させながら黒凪が中へと入っていく。
「(…黒凪には気づかれたか。だがまだこの男には気づかれていない…)」
月久の視界に音を立てず慎重に正守へと向かっていく、己の力を具現化したクモヒトデ達。
外側からこちらの様子を伺っていた黒凪には気づかれることは想定していた。
だがあの熱い木々の壁を破壊してこちらへ向かうには時間がかかるはず。
その間に…この男を乗っ取ってやる。
クモヒトデが正守の首元にまで乗り上げ、ついにその首に触れた。――その瞬間。
「うわっ!」
「…チッ」
反射的に発動された正守の絶界がクモヒトデを焼き切るように消滅させた。
そして自分の術に触れた月久の術を瞬時に読み取った正守が月久を睨む。
頭上から聞こえる木々を破壊しながら向かってくる音、それから黒凪の気配。
それらを正守も月久同様に気にかけながら徐に口を開いた。
「…成程。貴方は精神支配系の能力も持っていると。」
「!」
「――俺を操ろうとしたんですか?」
その正守の言葉に月久の目がすっと細められ、殺気が正守へと向けられる。
正守はその殺気を受け、何処かあきらめた様子で目を伏せた。
「貴方の口ぶりからして、自然支配系の能力は本来のものではない。となると、さっき俺に使おうとしていた精神支配系の能力がそれにあたるはず。」
つまり貴方と兄弟である総帥の能力も同じ、精神支配系。
月久の表情は変わらない。しかし否定も肯定もしないため、図星を突かれたのだろう。
確かに今まで疑問に思うことはいくつかあった。
400年もの間、ただの異能者であるこの兄弟がどうやって生き延び続け、裏会を支配し続けたのかが。
「まさか今まで…他人の体をその能力で奪って生き延びてきた。なんて言いませんよね。」
「…」
「挙句、400年もの間その能力を使って裏会を支配し続けてきた。なんて。」
そんな口ぶりであるが、何処か確信を持ったようなそんな口調で言った正守。
月久は暫し沈黙を落とすと、微かに挑戦的な笑みを浮かべて言った。
「だったら?」
と。
その返答に正守は頭を抱えてしまいたくなる。
色々なことが頭の中を回る。
ということは、この自然支配系の能力は彼が体を乗っ取った人物のものか…?
いつからそんな私利私欲のために裏会の情報を利用していた?
今までも何人もの才能ある異能者が彼ら兄弟に体を乗っ取られてきたのだろうか。
そんなことをして生き延びてきたこの兄弟はもはや…
「(…もはや、人間ではない。)」
正守の軽蔑の視線が月久に向けられる。
そんな中、徐々に近づいてくるバキバキと木々を破壊する音に月久が頭上を見上げ、正守もそれに続いた。
「…黒凪ですよ。大方、私が貴方に精神支配系の術を掛けようとした事に気付いて来たのでしょう。」
本当…つくづく相性の悪い。
呆れた様に言った夢路に「え?」と訊き返す正守。
夢路は薄く笑って口を開いた。
「以前…彼女にも精神支配を仕掛けた事がありましてね。」
正守が微かに目を見開く。
そして外側から様子を伺う閃もやっと彼らの会話が耳に入るまでに入り込むことができ、途端に飛び込んできた月久の言葉に目を見開いた。
「性別が違うのでね、憑代にするつもりはありませんでした。ただ…あの能力を手元に置いておきたかった。それだけ。」
そこまで言って少しだけ沈黙を落とし、月久が言った。
後悔しましたよ。…そして酷く失望した。
「彼女が私の意図に気づきながらも、何の防御もなく頭を差し出した時には驚いたものです…。」
自分では到底無理な行動だと思った。
気づけば操られ、自死を強要されるかもしれない。
精神的な苦痛を与えられるのかもしれない。
私はそんな混乱の中、彼女の頭の中へ自分の意識を送り込んだ。
そこまで言って、月久が自嘲を浮かべた。
「私の幾通りもあった予想はことごとく外れた。…彼女はただ、目に見えて防御する必要がないと判断しただけだった。」
私がその頭の中に入ろうとも…うわべの部分だけを見せて、肝心なところは何一つとして見せなかった。
彼女は今まで私が洗脳を試みた人間の中の誰よりも、何よりも…何食わぬ顔をして、私を完全に拒絶したのだ。
「――本当に気味の悪い。」
…知っていますか? 墨村君。
バキ、とすぐ頭上で木が折れた音がする。
正守の隣に降り立った黒凪に月久が笑みを見せた。
「我々精神支配系の能力者にとって…貴方達の様な人間は最も信頼するに値しない。」
正守が微かに目を見開き、黒凪は眉を下げる。
「当然の様に他人を拒む術を持ち…その心情を微塵も見せようともしないお前達結界師など、信用出来るものか。」
そんな月久の言葉に閃は黒凪がしたように眉を下げ、思った。
分からないでもない。いや、寧ろ共感さえ覚える。
でも俺は…頭領や黒凪を信じたい。だからそうしている。
…あいつにはそんな奴、1人も居ないのか?
ぐぐぐ、と1本木が大木の中心から空へと向かって伸びていく。
「(逃げる気か?)」
零号が身を乗り出し、空へと伸びていく木に目を凝らす。
相変わらずその中身は見えそうにないが、あの部分に月久がいることは間違いないだろう。
片手を持ち上げ、零号が傍に無数の剣を具現化させていく。
「…こんばんは、間さん。」
『…月久殿、日永殿の部下が外で待ち構えています。逃げましょう。』
そんな黒凪に言葉は返さず、笑顔だけを返す夢路の目に感情など一切無い。
完全に彼女を拒否し切った様なその目に、黒凪が少しその表情を歪めた。
『月久殿…』
「貴方を間時守の代わりに育てようと言い出したのは兄です。」
黒凪が口を閉ざす。
最初は腕の立つ部下になれば良い…そう思って私もそれに手を貸しましたが。
残念ですよ。何の意味もなかった。
「あんたな…!」
『そんな嫌味はいいですから。早く。』
思わず月久を怒鳴りつけかけた正守が冷静な黒凪に目を向ける。
そしてそんな彼女の表情を見て、心が痛んだ。
ああ、きっと彼女はずっと昔から…そう、きっと逢海月久にその頭を覗かれた時から、自分が彼にどう見られているのかを理解していたのだろう。
そりゃあそうだ。世界を恨む間時守の思いを受けて生まれてきた彼女が、どうやって他人を信じられる?
それも、まだ世界のことを何も知らないただの子供だった彼女が…。
「…夢路さん。彼女があんたを拒絶したのは、何もあんたを――」
「貴方に護られるぐらいなら奴の攻撃など甘んじて受けましょう。」
『…。来ましたよ。』
途端にものすごい勢いで無数の剣が月久の周辺に突き刺さっていく。
3人を包んでいた大木が一瞬で破壊され、正守は絶界で自身と黒凪を護り瞬時に月久の姿を探した。
そして力なく落ちていく彼を見つけ、そちらに向かっていく。
地面に力なく倒れる彼の傍に到着して絶界を消せば、月久の冷たい目が再び2人を捉えた。
「…夢路さん。総帥を止められるのは弟である貴方だけだ。だから…」
「…奴は止まりませんよ…。」
掠れた声でそうとだけ返し、月久の目がちらりと黒凪の顔…正確には頭に向いた。
そして彼女の頭の中に居座る小さな海蛇を見るとゆっくりと右手を持ち上げ、人差し指を彼女の眉間に向ける。
「…残っていますよ。」
『…あぁ、わざと残していたんです。日永殿も私の行動が気になっていたようですし、私も日永殿の居場所を把握しておきたかったので。』
不愉快なら消しますよ。
そう言った黒凪は言葉の通り、頭の中に残っていた日永の意識を完全に消滅させた。
兄である日永の力、海蛇が跡形もなく消えていく様を見ていた月久が暗い空を見上げ、口を開く。
「貴方は既に分かっている筈だ。奴は私と共に作り上げたこの裏会を完全に破壊し…過去を消し去るまでは止まる事は無い。」
『…。』
「和解の余地はありません。…正直心当たりがあり過ぎて困っているのですよ、恨まれる理由など。それ程私は散々奴を利用してきた。」
黒凪が目を伏せ、月久がゆっくりと体を起こした。
黒凪。そして貴方ならわかるはずだ。私が今更何者も信用できない、この感覚が。
「私も貴方も…随分と長い時間を生きて来た。」
そして沢山の人にも出会ってきた。
沢山の口先だけの信用ならない人間に出会い、その薄い考えを暴いてきた。
その度に人間の薄情さに失望し、信用することを辞めた。
「貴方はきっと…様々な人間や妖をその力で拒絶し続けて来たのでしょう。…いや。」
拒絶せざる負えなかった。
黒凪は何も言わない。
そんな彼女に月久が続ける。
「…もう…慣れてしまったんですよ。貴方も私も。そして諦めてきた。」
月久の言葉にぐっと拳を握り、正守が一歩彼に近付いた。
その行動に黒凪が彼を見上げ、月久も微かに目を見開いた。
「だったら俺は貴方を信じてみる。それを証明して見せますよ。」
「(…掛かった。)」
月久が表情に出さず、心の中で口元を吊り上げる。
これでこの男は拒絶を止め、私を受け入れるだろう。
そうなれば私はついに…結界師の体を手に入れる事が出来る。
そして日永などいとも簡単に――。
「!」
しかし次の瞬間、月久は更に大きくその目を見開いて動きを止める。
そこには彼と、正守を包む結界が張られていた。
「…何です、これは」
「これで "同等" でしょう?」
「!!」
「俺は今回の事には命を懸ける覚悟だ。…だから貴方にも同等の覚悟を要求します。」
協力関係を結ぶ為なんですよね?
真っ直ぐと月久を見て言った正守に、立ち上がりかけていた腰を降ろし尻餅を着く月久。
そんな月久を見て黒凪が目を見開いた時、その瞬間に零号が月久を目視し攻撃を加えた。
反応が遅れ、無数の剣に貫かれる月久。飛び散った血に正守が大きく目を見開き彼に手を伸ばす。
黒凪も飛び散った月久の血を見ると振り返り、火黒と限に目を向けた。
『火黒、限!』
「おっと。勘弁してくれ…。」
すぐさま逃げる様に移動した零号に目を細め一気に跳び上がる火黒。
そしてものすごい速度で自身に近付いてくる火黒に「げっ」と目を見開いた零号の剣が火黒に放たれるが、それらを遅れて飛び上がった限が全て弾いた。
「チッ…!」
焦った様子の零号に火黒が刀を振り上げた時、彼らの間に操られた奥久尼の部下たちが身を挺して割り込んできた。
火黒の目が一瞬で黒凪に向き、彼女の首が横に振られると舌を打ち、急ブレーキをかける。
そして顔を上げれば零号は既に逃亡した後だった。
そんな火黒を見ていた黒凪の隣に鋼夜が音もなく降り立ち、正守を含めた3人で倒れている月久の元へ。彼はすでに息絶えている。
【――惜しかったですね。墨村さん。】
「…奥久尼さん」
『うん? 殺された第九客の?』
【ええ。霊体なので何処にでも侵入できますしね。】
あっけらかんと言った奥久尼にその半透明の体を見る黒凪。
散々でしたね。そう言った黒凪を横目に正守が月久の遺体を見つめながら言った。
「…もっと良い方法、あったんでしょうか。」
【私はあれが最善だと思いますよ。】
『同感だね。…最善を尽くしてもどうしようもないことはあるから。気を落とさずね。』
「…」
それでも浮かない表情の正守に目を細め、奥久尼が言った。
【墨村さん、貴方は自分を責めてばかり。そう言う所は弟さんとよく似ていますね。】
「!」
【それは貴方の長所でもあり短所でもある。…どんなに万能な人間でも出来ない事はありますよ。】
優しく語り掛ける奥久尼に正守が少し笑みを見せた。
そんな正守の表情を見た途端に一気に奥久尼の姿が更に透明に近付いた。
思わず正守も黒凪も「あ。」と声を漏らし、彼女を見る。
何となく想像が付いてしまった。
「…まさか成仏…」
【ええ。大分足掻きましたがそろそろ時間ですね。】
「待ってください、貴方はまだ満足なんてしていないんでしょう? 何故…」
【確かに満足はしていません。まだまだ解き明かしたい謎も沢山ある…でも諦めは付きました。】
これで良いんですよ。
最後まで墨村さんに協力する事が出来ず、それだけは少し心残りですが。
冗談交じりに言った奥久尼の姿が徐々に消えていく。
【墨村さん、貴方は迷うよりも前に進む方が合っている。多少無茶な事をしても貴方なら大丈夫。…どうぞ悔いの無い様に…。】
すっと消えた奥久尼に思わず言葉が出ない様子の正守。
「頭領ー! 黒凪ー!」
しかし上空に浮かぶ黒曜に乗っている閃が大きく腕を振ってそう叫ぶと、すぐに顔を上げて笑顔を見せ、正守がそちらに手を振った。
「…とりあえず、夢路さんが亡くなったし数日後にある十人会は荒れるだろうな。」
『ここまでくれば、もう真実を話して協力者を仰ぐほかないだろうね。』
「ああ。話が通じそうなのは第二客の鬼童院ぬら、そして第三客の竜姫ってところかな…。」
まだまだやること多くて嫌になるよ。もう。
そう呟いて空を見上げる正守。
彼の背中はどこか悲しげで、しかし今まで以上にぴんと伸ばされた背は彼の覚悟を表しているようだった。