世界は君を救えるか【 結界師長編 】
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裏界への一歩
「そろそろ良守君を連れて守美子さんが来る頃かな。」
ぽつりと呟くように言った時守にため息を吐いて火黒がソファの上で足を組み換える。
すでに夜になっているため、彼は人皮を脱いでいた。
【つっまんねェな…まだ来ねェのか?】
【さっきからつまんねぇしか言ってねぇなお前。サルは馬鹿でヤダねェ。】
【あ"?】
火黒が九門に目を向けニヤリと笑うと九門がサササッと時守の背後に隠れた。
しかしその巨体から全く隠れられていない九門は蜥蜴の様な顔にライオンの様な長い鬣。そして猿の様な体を持つ時守の所有する妖である。
黒凪はそんな九門と火黒のやり取りを遠目に見つつあくびを一つ。
≪……ご主人、さま≫
『!』
頭に響いた声に黒凪が体を起こし、傍にいた限がびく、と肩を跳ねさせる。
少し遠くにいた閃、火黒も黒凪に目を向け、時守もちらりとその視線を自身の娘に向ける。
「…黒凪?」
≪――神佑地狩りです。ご主人様。≫
もう一度耳に届いた声にバッと立ち上がり黒凪は最も窓に近い位置に寝転がる火黒の手を掴み、窓の外を睨むようにして見る。
何処の式神だろう。少し遠い。
『屋根の方に連れて行ってくれる? 火黒。外に出た方が方向がわかりやすいから。』
【ハイハイ。】
何も言わず従った火黒は気だるげに黒凪を持ち上げ窓から飛び出す。
怪訝に眉を寄せた限と閃もついて行き、数秒遅れて時守もその後を追った。
【何だァ? また式神からの連絡でも入ったか?】
『まあね。…緋田郷か』
黒凪のその一言に時守も同じ方向に目を向けるとそのまま黒凪に声をかける。
「緋田郷がどうかしたのかい?」
『また神佑地狩りだと思う。…父様、黒曜貸して。』
良いよ。と快く返答を返し時守が空を見上げる。
空の雲が渦巻き龍の尾が家の前に降りてきた。
強大な妖気に目を見開いた限と閃は何も言わずその尾に乗り込んだ黒凪について行く。火黒もニヤニヤと笑みを浮かべたままそのあとを追った。
するりと尾が持ち上がり、火黒が気を利かせて黒凪を抱え、そのまま龍の頭の方へ。
【急に私を呼ぶとはご挨拶だな黒凪…】
『ごめんね。…急で悪いけれど緋田郷まで行ってくれる?』
【緋田郷? …六十刈の所か…】
「…むそがり?」
すう、と風を切る様に進み始める黒曜。
物凄い風に片目を瞑りつつ閃が「むそがりって!?」と声を張り上げて問う。
黒凪も風に眉を寄せると火黒の肩をぽんと叩いた。
チッと舌を打って火黒が盾になる様に風が吹く方向に背を向ける。
『六十刈様は緋田郷の土地神のこと。』
「むそがり様って言うのか…」
『唐傘を持ったお地蔵様の姿をしていてね。攻撃力は結構ある神様なんだけれど…。』
【…確かに緋田郷の方の空が荒れているな…】
止まった黒曜に礼を言って下を見下すと、畑や森が多い中微かに小さな地蔵の様なものも見える。
土地神である六十刈を探せば、開けた場所で1人唐傘を持ち空を見上げていた。
その視線の先を辿れば小さな子供が2人と男が2人。六十刈から少し離れた地面にもう1人少年が立っている。
『火黒、降りるよ。』
【あぁ】
「黒凪! 土地神の前に居る奴見えるか!?」
『?』
限の背に乗りながら言った閃に目を向ければ能力を使った為か閃の目が変化している。
閃は限に掴まりながら眉を寄せ口を開いた。
もう死にかけてる! …閃の言葉に微かに目を見開き眉を寄せる。
『…火黒。』
【あ?】
『降りたらあの子を殺してやって。』
【…良いのかァ?】
もう助からない。
黒凪の目に六十刈の前に立つ少年が映る。
彼の目は既に虚ろで立っているのがやっとと言った所だ。
しかし日永の洗脳で無理に動かされているのだろう。
「ああ。来たのか。」
『…日永殿…』
「烏森の件で手一杯だと聞いていたんだがな。」
顔を上げれば妖の様なものに乗りながら隣に遥を連れて日永が降りてくる。
日永は薄く微笑み両手をポケットに入れていた。
遥が日永の服の袖をぎゅっと掴み、黒凪から逃げるようにその背に隠れる。
「この間、遥に触れたな。」
『…それが何か?』
「力が大幅に抜かれていた。…余計な事を。」
『そんなただの女の子に、魂蔵があるからと言って持たせて良い力の量ではありませんから。』
黙れ。日永がそう言い放ち少年に目を向けた。
少年に向かっていた火黒はピクリと目を見開いた少年に微かに眉を寄せる。
少年の両目から血が流れ、日永が指をくいと折り曲げる。
【―――…!】
『六十刈様…!』
六十刈がガタガタと震え始める。
力の根源である異界への道が無理に歪められ、開かれようとしているのだ。
【ヤ…メ……ロ】
『火黒!』
わぁったよ。
気だるげな声と同時に少年が火黒の刀によって切り裂かれる。
飛び散った血に閃が眉を寄せ、目を逸らす中、黒凪は六十刈の元へと走っていく。
それを見て日永が小さく笑った。
「もう遅い。道は開かれた。」
『! (六十刈様が土地神から引き摺り下される…っ)』
ブルブルと六十刈が震える。
それに呼応するように土地も自身の様に揺れている。
苦し気な六十刈の声が土地に響き渡った。
【ヤメ……ロ…!!】
『…結。』
眉を下げ、諦めた様に黒凪が構えた。
途端に時が止まったように沈黙が降り立ち、日永が大きく目を見開き足元の妖を操り一気に神佑地から距離を取った。
その判断が幸いし、間一髪で黒凪の真界に入り込まなかった日永は遥を片手で抱きしめつつ目を見開いてその様子を見る。
真っ白な結界が、神佑地を包み込んでいた。
『(間に合った…)』
「なんだ…その術は…!」
『…ただの結界術ですよ。』
「…はは…お前、もはや人間ではないな。」
呆然とした様子で笑った日永は緋田郷から手を引く事にしたのか妖と共にゆっくりと暗い雲に向かって行く。
去って行った日永を見送った黒凪は土地を修復し、開かれた異界への扉を完全に閉じた。
そうして真界を解けば六十刈はゆっくりと神佑地を見渡しふわりと浮き上がり、ドスンと着地する。
そんな風にして数歩で神佑地の中心に移動した六十刈は徐に唐傘を回し始めた。
「…雨?」
「…この間の神佑地と同じだな。」
限の言葉に閃が周りを見渡せば、倒れていた木や花が元に戻りやがて森の中からドスドスと5体の地蔵が姿を見せた。
その地蔵は六十刈と同じくらいの小さな地蔵達で、彼等に道を譲る様に火黒が少し動く。
火黒の隣を通り過ぎた地蔵達は先ほど火黒に切る伏せられた少年の周りを囲みカポ、と口を開いた。
途端に口からブシャッと血の様な液体が飛び散り、それにまみれた少年の遺体がドプンと地面に沈む。
「うぷ…」
『掃除してるんだよ。神佑地を立て直してるんだ。』
口を押えて目を逸らす閃の頭を撫で、説明するように言った黒凪。
地蔵たちは少年の遺体を沈めた地面を閉じると、くるりと振り返りまたゆっくりと進み始める。
その様子を見て火黒が徐に言った。
【人間を粗大ゴミみたいに扱うんだなァ…神様ってのは。】
『生きている世界が違うからねえ。』
やがて地蔵達は六十刈の横一列に並び、動かなくなる。
遅れて黒凪の式神も姿を見せ黒凪に深く頭を下げた。
「ご主人様、ありがとうございました。」
『…景色は元通りになっている?』
「はい。…六十刈様も喜んでいらっしゃいます。」
【おい黒凪…】
低い低い声が上空から降りてきたと同時に黒曜の頭がドスン、と地面に降りてきた。
その音にギギ…と振り返った六十刈だったが、黒曜の顔を見ると再び背を向ける。
目を細めた黒曜はフンと目を細め、黒凪に目を向けた。
【そろそろ夜が明ける…。さっさと戻るぞ。】
『解った。…じゃあね。これからも緋田郷をよろしく頼むよ。』
「かしこまりました。」
深く頭を下げた式神の頭を軽く撫でて黒曜に乗り込んだ黒凪達は、そのまま空に飛び上がる黒曜と共に雲の上に出た。
地上とは違ってとても静かで風の冷たい空。龍にでも乗っていないとこんな体験はできないのだろう、焦っていた行きとは違って限も火黒も何処か楽しそうに空の旅を楽しんでいる。
そんな中、徐に夜風に当たりながら閃が黒凪に目を向けて口を開いた。
「…あの式神さ、結構自我みたいなの持ってんだな。俺が墨村の家にいた時に見た式神はもっとこう…はんぺんみたいな、のぺっとした奴だったような…。」
『神佑地に残していくような式神だから、かなり精密に作ってあるの。…それこそ自分で判断して私に連絡を寄こしたり、土地や土地神を護れるようにね。』
「咲耶姫の所でも夕上家の人と上手くコミュニケーションを取ってたしな…。あれもいわば土地を護る、っていう事か。」
『うん。でも無口な六十刈様と仲良くやれてるのかな、あの式神。』
黒凪の言葉に「くくく、」と喉の奥で低く笑った黒曜。
何さ。と黒凪の目が黒曜に向けられると、それに合わせて黒曜の目もゆっくりと此方を見る。
【ああ見えて人好きだぞ、アイツは。】
そんな黒曜の言葉に限が微かに目を見開いた。
死んだ子供の死体を躊躇なく沈めたあの神が、と言った所だろう。
また黒曜が喉の奥で笑った。
【そりゃあ死んだ奴には興味はねぇだろうよ…。ただ、生きてる奴は別さ。】
『…ふーん。』
黒凪が満月を見上げて小さく笑う。
やがて目的地にたどり着き黒曜がゆるゆるとその尾を地面へと伸ばしていく。
火黒が徐に黒凪を抱え、尾を伝って地面へとズドン、と鋭い音を立てて着地する。
…途端に。
「うおぉおっ⁉」
と、叫びながら守美子と共に此方に到着したらしい良守が跳びあがった。
そんな良守に「よォ」と口元を吊り上げる火黒、そして黒凪も「や。」と片手をあげた。
「お、お前ら一体どこから…」
「姉上ではないかっ!」
『…やあ。宙心丸。』
良守の肩に乗っていた宙心丸がそのままこちらに手を伸ばしてくる。
それにこたえるように火黒の腕の中から降りようとした黒凪は、ふと火黒をちらりと見上げる。
火黒の手が黒凪をそのまま行かせようとしないのだ。むしろ微かにその手に力が入ったような気がした。
『(火黒?)』
火黒は口元を微かに吊り上げたまま、まっすぐに宙心丸を見ている。
遅れて降りてきた限、そして閃も火黒の傍に着地し、はたと良守を見て…そして、その肩に担がれている宙心丸を目に映した。
やはり双子なだけはあり、似ているから…彼らも直感で気づいたのだろう。
良守の肩に担がれ、ぽかんとした顔で小首を傾げているこの少年が烏森なのだと。
「(この子供が、黒凪の弟…。)」
生まれた瞬間に黒凪に死を意識させ、今まで結界師たちをあの地に縛り付けていた…全ての根源。
そして、恐らく一番の被害者でもある。
ごくり、と閃が緊張した面持ちで生唾を飲み込んだ。
背後に聳え立つ、時守が用意した小さな屋敷。
その中に入って緋田郷での一件があるまでの間に黒凪からすべてを聞いた。
そう、何もかも。何があったのかも…。
「良守、降ろせ!」
「ん、あぁ…」
じたばたと良守の肩の上で動いた宙心丸に、良守が少し心配げに黒凪を見つつ彼を地面へと降ろした。
そして此方に向けられるキラキラとした宙心丸の、黒凪によく似た瞳。
火黒の腕がぴくりと動いた。
「姉上ー!」
『…火黒。』
黒凪へ向かって両手を広げて走ってくる宙心丸。
火黒が黒凪を降ろし、途端に黒凪の胸に宙心丸が飛び込んだ。
そんな様子を見て、また思う。
巨大な力を生まれながらに与えられてしまったこの少年は…きっと、限られた人の胸の中にしか飛び込んだことがないのだろう。
力のない存在に触れるだけで、そのものの命を奪い取り、また力を与えて破裂させてしまう。そんな存在として生まれてしまったが為だけに。
「久しぶりだな、志々尾。影宮。…それと火黒も。」
「…おう。元気だったか?」
「雪村は?」
そんな風に会話をする良守たちを横目に黒凪が腕の中にいる宙心丸に笑顔を向ける。
生まれた時も、場所も一緒だったのに…容姿を除いて私たちはこれほどにまで違ってしまうんだね。宙心丸。
「姉上、遊ぼう!」
『うん…』
お前は何もこの世界のことを知らないのに…私はこの世界について、ほとんどすべてを知ってしまったよ。
お前はまだこの世界へ期待しているから、とても楽しそうなのに…私はもう、期待なんてとうの昔に忘れてしまった。
ぴりりり、と携帯が音を鳴らし、なんだ⁉ なんの音だ⁉ 鳥かっ⁉ そう騒ぐ宙心丸。
その無邪気さに思わず笑みが浮かんだ。
『少し待っていて、宙心丸。』
「む、それはわしよりも大切なことなのか?」
『…お前と同じぐらい大切なこと。』
むー、と頬を膨らませる宙心丸。
そんな宙心丸に良守が近付き、また此処に来た時の様に彼を肩車した。
「よし、俺と中にいこーぜ。宙心丸。」
「…うむ。良いぞ。」
「志々尾と影宮も来てくれよ。一緒に遊んでやって。」
限と閃が顔を見合わせ、黒凪に目を向ける。
黒凪は携帯を耳に押し当てながら彼らに向けて小さく頷いた。
それを見て2人は良守についていき、火黒は面倒ごとから逃げるようにどこかへと姿を消した。
『…さて。元気にしてた?』
そう電話口に声を掛ければ「うん」と普段通りの口調が返って来た。
しかし彼の声は少し疲れている。
≪総帥が裏会の破壊に本腰を入れ始めてるみたいでさ。…奥書院が破壊されたよ。≫
『…成程。裏会の記録を全て燃やした、と。』
≪うん。…勿論、奥久尼も殺された。≫
それも図ったように、十二人会で黒凪の無実を主張してくれた後のことだ。
それを聞いた黒凪は微かに目を見開き、そしてそのまま視線を地面に落とす。
『…そう。』
≪… "全てを終わらせる" って過去も全部無かった事にするって言う意味なんだな。≫
まさにそういうことなのだろう。
彼は何より…今となっては裏会の全てを恨んでいるだろうから。
裏会と共に築かれた記憶も思い出も、何もかも。
≪ま、総帥にも色々とあるんだろうから無理に理解しようとは思わない。…たださぁ。1つ気に入らない事があって。≫
『うん?』
≪黒凪、蛇の目って知ってる?≫
『あぁ…その組織を創設した時のことは覚えている。彼女たちの未来予知には随分と助けられた。』
≪…その蛇の目も総帥によって解体させられたよ。どうやら各神佑地や烏森にも今回の騒動の警告に訪れていたらしいし、多分その所為で。 ≫
『蛇の目を管理してたのも日永殿だから…そりゃあ彼の邪魔をするようなことをすればそうなるだろうね。』
でも罰を与えるだとかではなく解体って…それってさ、未来も奪うって事だろ?
正守の言葉に微かに黒凪が目を見開く。
そして「そうだね、」と返せば「俺さぁ」と少し気だるげに正守が口を開いた。
≪裏会のくだらない過去に興味はないし、幹部もクソみたいな奴ばっかりだから殺されようが別に構わないんだけど。≫
『…なんだか口悪くなった? あんた。』
≪ははは、元々こんなだよ。…ただ未来だけは奪われるのが癪でさ。≫
未来、か。…考えた事なかったな。
口には出さずそう思った黒凪は眉を下げ空を見上げる。
≪ま、全ての原因も分かってるんだ。俺もそろそろ本格的に動こうと思って。≫
『うん。』
≪そこでさ、明日に裏会で会議があるんだけど来てくれない?≫
『分かった。じゃあ明日そっちに行くね。』
ありがと。じゃあ。
そうとだけ言って通話を切った正守に小さく笑って携帯を閉じる。
『…未来、ねえ。』
空に浮かぶ雲を見上げて呟いた。
「…おや。」
夢路が襖に目を移し、その向こう側からこちらに向かってくる気配に目を細める。
その視線の先にある襖が開き、まず正守が部屋に入り込む。
そしてその後に続いた人物にザワッと十二人会の幹部達が眉を顰め、顔を見合わせた。
『失礼しますね。』
何食わぬ顔で正守に続いた黒凪が徐に奥久尼の席だった席…第九客の席に腰を下ろす。
すると第三客の席に座っていた竜姫が「ふはっ」と耐えきれないように笑った。
『どうも。席が一度に沢山空いたと聞いたもので。』
「…どうも。此処に入るのは禁止だと以前お伝えした筈なのですがねえ…」
『昔の馴染みだということで。』
「先に裏会の幹部から降りたのはそちらですよ。」
夢路と黒凪の視線が交差する。
確かに、400年前に父である間時守、それから総帥である逢海日永、そして夢路。
この4人で裏会を立ち上げた時、黒凪は裏会の幹部の位置に居た。
それを降り、好きに動くようになって久しく300年と少しぐらいだろうか。
…いつの間にか裏会も取るに足らないものになってしまったように思う。
この程度の術者ばかりを集めて、たいそうに会議など開いて。
こんなもの…創立した側からすれば破壊することなどたやすい。
「…仕方ありませんね。貴方を無理に退けることなどしている時間はありません。」
「このまま会議を進めるおつもりですか?」
「彼女の神佑地狩りに関する疑惑は奥久尼さんによって既に払拭済みですから。」
そう言った夢路に幹部達は不服ながらもその口を閉ざした。
そして彼が徐に空席となった幹部席に目を走らせる。
「間さんの言う通り、既に第九客である奥久尼さん、第十一客の狐ノ塚さんが犠牲になっています。」
「結界師の連中が怪しい。」
「同感だ。第七客は奥久尼と何やら取引を交わしていたと聞いたぞ。」
「狐ノ塚ともよく衝突していたしな…」
口々に正守と黒凪を睨みながらそう言い放つ幹部の面々。
それに賛同していないのは非難の的である正守、そして第二客の鬼童院ぬら、第三客の竜姫のみ。
「待ちなよ。黒凪達が犯人だとして…やり方が雑過ぎる。」
「なんだと?」
「同感だな。俺と黒凪ならもう少しうまくやる。」
竜姫に賛同するように、そして挑発するように言った正守に幹部たちの鋭い視線が向かう。
それに追い打ちをかけるように黒凪が口を開いた。
『裏会の幹部でもある連中がここまで意気地なしとは…情けない。』
「何っ⁉」
『もし私がお前たちを殺すつもりだったなら…今頃皆あの世だよ。』
そんなことも分からない程度の術者が、笑わせないでおくれ。
黒凪から溢れる静かな殺気に幹部たちが一様に口を閉ざす。
「…静かになった事ですし、話を続けます。」
そう切り出した夢路に皆の視線が集中した。
「現在裏会の管理室はもはや機能せず、幹部の数ももはや9人にまで減ってしまった…。今となってはこの混乱を目の当たりにして裏会を見限る方々も出てきています。」
もう一刻の猶予もない。
夢路の静かな声がしんとした会議室に響く。
ことの根源を知っている正守は続く夢路の言葉に集中している。
…さて、どう出る?
「そこで――これより一時的に全ての権限を私1人に預けて頂こうと思います。」
ざわ、と幹部たちが騒ぎ始める。
竜姫も微かに目を見開き、鬼童院ぬら、そして黒凪に目を向けた。
ぬらも伏せていた視線を上げ、夢路にその視線を向けている。
「これからは私の決定に従うようにお願いします。」
「いや、お待ちを…。総帥の意向は?」
「総帥には私から話を通しておきましょう。良いですか、これは裏会を護る為の措置なのです。依存のある方は後で私の所へ。ご納得頂けるまでお相手しましょう。」
すらすらと言った夢路に幹部達の会話が完全にストップする。
沈黙の中、竜姫が右手を上げた。
1つ質問なんだけど。そう言った彼女に「どうぞ」と夢路が微笑む。
「夢路、アンタ本当に裏会を護る気ある?」
「勿論。ですからこの様な措置を取るに至ったのです。私は本気ですよ。」
そう言い放ち、夢路が徐に立ち上がった。
それではお開きです。
彼の言葉に続いて立ち上がる幹部達。
誰1人夢路の元へは向かわなかった。
「ったく…ここまでくると幹部連中も鬱陶しくなってきた。」
ムカデの背に乗って夜行へ向かう最中、両手を組み苛立った様子で正守がそう言った。
そんな正守にちらりと視線を送り、黒凪が小さく嘲笑を浮かべる。
『にしても、夢路殿も随分と焦っている…』
「あぁ。…今回の騒動の現況ではないにせよ、無関係ではないだろうに…よく飄々としていられる。」
あの人、初めて会った時から読めない人だとは思っていたが…やっぱりどうも分からない。
そう言って正守がため息を吐いた時、彼の携帯が着信を知らせた。
「…もしもし。刃鳥?」
携帯を耳に押し当てた正守を見て黒凪も彼の携帯に耳を近づける。
≪頭領、大首山で妙な影を確認したと報告が。近場の戦闘員を送ろうかと思ったのですが…いかんせん、神佑地なものでどうしたものかと。≫
『じゃあ私が行くよ。手が空いているし。』
「いいの?」
『うん。あんたはちょっと休んでなさい。』
立ち上がり、黒凪が徐に大首山がある方向へと顔を向けた。
それを見た蜈蚣が徐に小さなムカデを彼女の前に出現させる。
それに気づいた黒凪が蜈蚣に笑顔を向け、ムカデに飛び乗った。
『ありがとう蜈蚣さん。使わせてもらうね。』
「はい。…お気をつけて。」
ムカデが徐に東の方向へと進み始める。
丁度良い、限達が居る屋敷も大首山へ向かう道の途中にある。
『――限、閃、火黒!』
上空から聞こえた黒凪の声に宙心丸や良守と話していた限と閃、それから木の上で寝っ転がっていた火黒の視線が黒凪に集まった。
黒凪を見つけた宙心丸がぱあっと笑顔を見せ、その短い腕を必死に振り回してアピールしている。
良守も徐に上空を見上げ、黒凪に手を振った。
『ごめん良守君! 神佑地で何か問題があったようでね、今から向かうの! 限達連れていくね!』
「…分かった! 宙心丸は見ておくから! 気をつけろよ!」
「悪い墨村、行ってくる。」
「後でな宙心丸。」
あ、おい…。
そんな宙心丸の言葉には返答を返すことなく限と閃が黒凪の結界を伝って上空のムカデの上へ。
火黒も同じようにしてムカデに乗り込むと、大首山がある方向に目を向けた。
続いて感が鋭い閃もそちらに目を向け、ぞわ、と立った鳥肌に腕を撫でる。
「うげ…すげえ邪気。」
『急いで処理をしないと…大首山のクシナダ様が倒れればここら一体の神佑地も共倒れになる。』
やがて大首山に辿り着き、限が#NAME1##を抱えてまじないが懸かっているであろう、土地の中心へ。
『…咲耶姫の所に掛けられたものと全く同じだね。クシナダ殿の力がまじないで押さえつけられている。』
「…なら前みたいに外せば…」
『うん。出来るけど…。』
限にそう返し、数秒程黙り込んで黒凪がまじないの中心に手を差し込んだ。
途端にその位置を中心にぐにゃりと空間が歪み、黒凪の手を飲み込んでいく。
そうすること数分。閃の目が変化し、黒凪の傍から飛びのいで縮こまった。
「な、んだよこの邪気…!」
『うーん、やっぱりクシナダ様相当怒ってる。』
「はーん。まじないを崩せばそのクシナダがキレてえらい事になるワケね。」
火黒が黒凪の手を以前呑み込んでいるその波紋を見下ろしながら口元を吊り上げる。
この波紋の先にある異界にこの大首山の主、クシナダが縛り付けられている。
それもかなり頭に血が登った状態で…。
『…ついてくる? 閃、限。』
薄く笑って言った黒凪に限は神妙な顔で頷き、ちらりと心配げに閃に目を向ける。
特別感覚が鋭い閃にとってクシナダの邪気や殺気に当たっているのはかなり辛いはず。
そんな閃がちらりと火黒に目を向ければ彼は特に邪気に臆した様子も無く行く気満々の様子で。
閃はごくりと生唾を飲み、黒凪に目を向けた。
「…行くよ。俺はお前を護るって決めてんだ。」
分かる。自分の中にある妖の血がこの大首山の主の怒りに充てられて怯えているのが。
それでも、俺はこの恐怖に打ちたないといけない。
でないと…目の前の少女に置いていかれるような、そんな気がしてならないから。
『…分かった。じゃあ入るよ。』
歪みが広がりより一層巨大な波紋が広がる。
そして合図をするように振り返った黒凪に応える様に全員でそこに飛び込んだ。
…目を開き、中を見渡すと意外にもそこには外の世界と全く同じ景色が広がっている。
ズシン、と大きな足音が響いた。
【何の用だぁ…?】
『クシナダ殿。』
【…んん? …どこかで見た覚えがある…】
巨大な首を抱えた、これまた巨大な体が膝を着きその首を黒凪へと近付けていく。
ぎょろりと開いた大きな目が黒凪を映し、その体を舐めるようにつま先から頭のてっぺんまでをゆっくりと観察していった。
そして徐にその目が微かに細められる。
【あぁ…300年程前に来た結界師の小娘か…。】
『大首山の異変を聞きつけやってまいりました。』
【ふん、人間ごときが…まだ大層にも “均衡を保つ” 為にとでも言うつもりか…?】
『ええ。おっしゃる通りです。』
閃がちらりと困ったようにクシナダにそう答えた黒凪に目を向ける。
“均衡を保つ”。確か黒芒の化け狐も黒凪にそう言っていた。
そうか…間時守が烏森という異物を作り上げてから黒凪は今まで代わりにこの世界の均衡を保つために奔走していたのか。
神々には大層だ身分不相応だなんだと馬鹿にされながら…。
【…昨晩だ…妙な人間がまじないを掛けて行った…】
力が押さえつけられて酷く不愉快だ。
そう言ったクシナダが気だるげに眉を寄せる。
【お前なら解けるんだろうな…】
そう地を這うような低い声で言ったクシナダに黒凪が小さく頷くと
今すぐにやれとプレッシャーをかける様にクシナダの邪気が彼女に降り掛かる。
「(なんつー圧力だよ…! そんな感じでいったらほとんどの術者が対処する前にぶっ倒れるっつーの…!)」
『まじないはすぐに解きます。…ですがクシナダ殿。まずはその怒りをお鎮め下さい。』
【…人間ごときがわしに命令か…?】
巨大な手が黒凪に伸ばされ、それを見た火黒が両手に刀を出し、限も手を変化させ、閃も爪を伸ばして黒凪の前に立ちふさがった。
ぎょろりとクシナダの目がそんな3人に向き、殺気が3人を地面に沈めるように真上から降りかかる。
【…ふん。中途半端な妖を従えよって…下賤な。】
『…怒りをお鎮め下さい。貴方が怒りに翻弄されては近場の土地神達が焦ってしまう。』
そこまで言って黒凪が目を細める。
最悪、怒りが収まらないようなら荒療治も仕方がないか…?
クシナダの目が再び黒凪に向き、その心情を読むように暫し沈黙した。
【……良いだろう…。今夜ケリをつけろ…。】
クシナダの手がゆっくりと離れていき、改めて黒凪がこの異界にかけられたまじないに目を向ける。
そろそろ外の世界は夜になる頃だろう。
恐らく今夜、まじないで力を押さえつけられたクシナダを神佑地狩りの連中がこの異界の外へと引きづり出し、そして六十刈の様に力を奪うつもりなのだろう。
『…外に出るよ。』
「解った。」
「人皮脱ぐぜ?」
『あ、待って待って。箱出さなきゃ。』
「!? …またマーキングが外されてるよミチル!」
「え、」
カケルの言葉に大きく目を見開いてミチルが大首山を覗き込む。
確かに昨晩設置したはずのマーキングが跡形もなく消えていた。
「(しまった、昨晩何者かに見られていたの…⁉)」
途端にぞくりと背中を這い上がる悪感を覚えたカケルとミチルが目を見開いて振り返った時、
物凄い勢いで迫った巨大な手が絨毯の上に立っていた弐号を捉え、そのまま地面へと叩きつけた。
「弐号!?」
【…人間風情が…】
地を這うような声と地ならしを起こしながら此方に向かってくる大男…この大首山の主、クシナダ。
ミチルが目を見開いて後ずさると彼女を庇う様にカケルが前に出て両手を祈る様に重ねる。
カケルから呪力が溢れ出し、ドタンッ! と鈍い音を立てて巨大なベルトの様な物がクシナダを地面に叩きつけた。
そして動けない様子のクシナダを見て、先ほど地面へと叩きつけられた弐号の様子を見るために絨毯を地面へと降ろしていく。
「…弐号…」
弐号は大量の血を流して倒れており、ぴくりとも動く様子がない。
あれだけの力で叩きつけられればいくら彼でももう…。
ミチルが悲しみを隠すように目を強く瞑る中、クシナダを押さえつけることに必死にカケルが彼女に目を向けた。
「ミチル、それより力を抑えたから早くコイツを…!」
【……何を、している…】
「あぁ!?」
苛立った様子でカケルが振り返り、苛立ちをぶつけるように傍にあるクシナダの頭を蹴った。
しかしカケルの何倍もあるその頭は揺れることすらなく、代わりにその頭についた巨大な目がカッと大きく見開かれた。
そしてまた「何をしている」そう呟くクシナダにカケルが眉を寄せる。
【さっさとケリを付けろ結界師…!】
「…結界師?」
「結界師ってアタシ達が育ててる…」
クシナダのその言葉に弐号を見つめていたミチルが動きを止め、振り返る。
カケルも混乱した様子でミチルに目を向けると、またその背中に悪感が走った。
『いやはや。異界への道を開くだけで命を落としてしまうような術者を結界師と? 笑わせないでおくれよ。』
カケルが反射的にミチルを突き飛ばし、ぴん、と形成された結界の中にはカケルのみが残った。
バランスを崩したミチルを壱号が受け止め、カケルから距離を取る中、カケルを囲う結界の上に立った火黒がしゃがみ込んでカケルの顔を覗き込む。
んー? と首を傾げる火黒をカケルがキッと睨みつけた。
【…なんだぁ? そんなに睨むなよ。】
「お前が前に斬った女だろ。」
数秒遅れて限が火黒の様に結界に登り、カケルの顔を見て一言そう言った。
しかし火黒には全く覚えがないらしい。
【あ?…覚えてねェなァ。】
「なんだと…!?」
結界の上でそんな会話をする限と火黒にカケルが額に青筋を浮かべた。
そんな3人の様子を見ていた黒凪が人差し指と中指を揃えたまま静かに持ち上げる。
『滅。』
【おぉっと。】
「…」
結界が押しつぶされると同時に火黒と限が跳びあがり、結界によって木っ端みじんになったカケルが立っていた場所に降り立つ。
その様子を見ていたミチルが顔を青ざめ、壱号がミチルを護るように抱えた。
「ミチル様、こちらに」
「壱号…」
「……ミチル…」
ミチルが壱号とこの場から離脱しようとした時、増悪に満ちた低く掠れた声が響いた。
途端に限と火黒の傍で砂の様な物が集結し人の形を形づくっていく。
それを見た壱号が刀を限と火黒に投げつけ、それを見て飛びのいだ2人を睨みつけながら持っていた着物をカケルの肩にかけてやる。
再生したと比喩して相違ない状態で再び現れたカケルは壱号から受け取った着物を羽織り、ゆっくりと立ち上がりそれはもうものすごい形相で黒凪を睨みつけた。
「作戦変更だ…。この結界師をメッタメタに殺してやる…!!」
『…成程。』
「ミチル! まじないを…!」
黒凪が小さく笑みを浮かべる中、カケルの声に頷いたミチルが祈る様に手を重ねた。
以前とは違って交戦する様子の彼らに閃が目を細め、縛り付けられたままのクシナダに目を向ける。
「( “もう後がない” って感じだな…。こいつらは裏会総帥が言っていた月久ってやつの腹心だろうし…)」
もう彼らには恐らく時間も、力を奪う土地もない。
そこまで考えて思わず閃は彼女らに同情した。
なぜって? だって…黒凪が相手なのに、どうやってこの場を切り抜ける?
「力の差を思い知れ…! アタシ達は最強なんだ!!」
カケルの力がミチルに流れ込み、クシナダの拘束が強まる。
クシナダが苦しげに声を漏らし黒凪を睨みつけた。
『君が持つそのチート…決して君だけのものだとは思わないことだよ。』
目を細めて笑った黒凪の側に限が着地し、彼の背中を黒凪がぽんと軽く叩いた。
途端に流し込まれた力を受けて限を強大な邪気が包み、一瞬で完全変化を遂げる。
限は微かに唸り、踏み込むようにその場にしゃがみ込んだ。
『クシナダ様を拘束しているまじないを絶ち斬ってきて。』
【…解った。】
『火黒はあの2人を。』
【はいよ。】
限が目にもとまらぬ速度で走り出し、火黒も同様にしてその場から姿を消した。
まもなくして張りつめられた糸がちぎられたような鋭い音を起こしてまじないが破壊され、カケルとミチルが大きく目を見開いて振り返る。
そんな中、閃がぴくりと空を見上げ黒凪の服の袖を引っ張った。
「…黒凪、すげー力を持った人間がこっちにくる。」
『… ”人間” ?』
空飛んでんのかな…、半端ない速度だ。地形なんて完全に無視して進んでる。
閃の言葉に空を見上げるとフッと月の前に小さな人影が見えた。
手をポケットに突っ込みこちらを優雅に見下ろすその姿には見覚えがある。
「止めろ! ミチルに近付くな…!」
【…泣けるねェ。】
カケルの声にそちらに目を向けた黒凪の視界に大きく両腕を広げてミチルを護るように火黒の前に立ち塞がったカケルが入る。
しかし糸も簡単にその背後を火黒が取り、その刀が振り上げられた。
まさに火黒の刀が振り下ろされる先…そこに立っているミチルは一瞬だけ恐怖で顔を歪めたが、すぐに諦めた様に目を閉じる。
「ミチル様――!」
壱号が刀を振り上げて火黒へと向かっていく。
しかしそんな彼の右腕を今しがたまじないを破壊したばかりの限が斬り落とした。
刀を持ったまま自分の体から離れていく右手を見て思わず振り返った壱号は背後で目を光らせる限に目を見開き、途端に彼に蹴り飛ばされて地面を転がっていく。
カケルは壱号が蹴り飛ばされた際に生じた鈍い音に振り返るとミチルへと振り下ろされていく刃を見てこれでもかというほどのその両目を見開いた。
「ミチル…!!」
「――カケル。もう良いの…。」
ミチルの右肩から左足の付け根にかけて斜めに火黒の刃が通り抜けていく。
それを見たカケルの目から涙が溢れ出し、その場に膝をついた。
倒れ込んだミチルを見た火黒は刃に残った血を振り払い、立ち上がったクシナダに目を向ける。
限は倒れて動かない壱号を一瞥し、ボロボロと崩れるように消えて行くまじないを片手に黒凪の元まで歩いて来た。
『ご苦労様。』
「…あぁ。」
自身の頭を撫でた黒凪の手に目を細め、変化を解いた限。
その様子を見て小さく笑った火黒も黒凪の元へと歩いていく。
一方、倒れたミチルの側に座り込み只管彼女の身体を揺するカケルはちらりと血まみれになったまま動かない壱号に目を向ける。
そしてこの絶望的な状況に顔を青ざめ、またミチルに縋るように目を向けた。
【…死に晒せ…】
途端にまた地を這うような低い声が辺りに響き、途端にクシナダの首が大きな雄叫びを上げる。
その雄叫びから逃れるように両耳を塞ぎ、カケルが叫んだ。
閃や限も思わず眉を寄せてその雄叫びに耐える中、黒凪がゆっくりとカケルに近付きその額に触れる。
『…ねえ。そこにいるミチルが死んだ今…貴方はどうしたい?』
涙でぐしゃぐしゃになった顔をカケルが持ち上げ、その瞳が黒凪を映す。
そんなカケルを見て黒凪は微かに目を細め、カケルの前髪を片手で掻き分ける。
直に触れた黒凪の手はとても冷たく、カケルが怯えるように少したじろいだ。
「…死にたい。ミチルが居ない世界なんて…アタシは要らない…!」
『そう。…分かるよ。その気持ち。』
眉を下げて言い、目を閉じた黒凪。
途端にカケルの目が静かに閉じられその場にぱたりと倒れていく。
そして地面にその体が衝突した途端、砂の様に崩れて消えた。
『…さて、後は――』
ドスン。鈍い音が響く。
ちらりと目を向ければ先程まで壱号が倒れていた場所にはクシナダの巨大な拳が落とされている。
拳の下から血が流れていた。
その様子に目を閉じ、黒凪が上空に目を向ける。
ゆっくりと月を背にこちらに降りてくる影を見た限が黒凪を護るように彼女を背に隠した。
『…満足な報告は出来そうかな?』
そんな親し気な黒凪の言葉に限がちらりと彼女に目を向ける。
一方そう声をかけられた本人…七郎も微笑み黒凪に返す。
「…ええ。」
いやあ。ホラー映画を見終わった気分です。怖い怖い。
そう大げさに言って七郎が改めて大首山の惨状に目を向ける。
血塗れで倒れているミチル、弐号、そして壱号…。
そんな中、閃が焦った様子で七郎を指さして言った。
「扇…七郎…!?」
「…あれ? 知り合いでしたっけ?」
きょとんと首を傾げた七郎に閃がごくりと生唾を飲む。
「知らねぇよ! でも扇七郎だろ!? あの扇一郎を殺したって噂の…」
やだなぁ。その一言の内に閃の目の前に移動した七郎。
目を見開いた限がすぐさま走り出し閃を護るように爪を振り降ろした。
しかしそれを回避し次はまた黒凪の目の前に立っている七郎。
その目にもとまらぬスピードに火黒が口元を吊り上げ、ゆっくりと刀を手のひらからはやしていく。
そんな火黒を止めるように黒凪が腕を伸ばし、七郎に目を向けたまま口を開いた。
『日永に雇われてるの?』
「まあ、そんなところです。」
「…誰だ?」
「裏じゃ “死神” って呼ばれてるチート級の異能者だよ…! ほら、頭領と一悶着あった扇一族の…」
ははは、と閃と限の会話に爽やかに笑う七郎。
そんな七郎に閃と限は警戒したように彼を睨みつけ、そんな視線を受けた七郎が困ったように肩を竦める。
「死神は分け隔てなく依頼を受けるのでね。そりゃあ裏会の総帥様にも雇われる事はありますよ。」
『…ちなみに何の依頼を?』
「秘密です。」
そう言って笑った七郎にふうん、と目を逸らした黒凪も薄く笑いその冷たい空気が七郎へと向けられる。
火黒も片手から出した刀で肩をトントンと叩いていた。
『別に何をしようと君の勝手だけど…身の振り方には気を付けた方がいいよ。』
「…分かってますよ。貴方の邪魔は死んでもしません。」
【死んだらどうなる?】
七郎の喉元に火黒の刀がものすごい勢いで向かっていく。
そんな火黒を一瞥してその首に刀が接触する寸前に姿を消し、次の瞬間には上空に飛んでいる七郎に黒凪が顔を上げる。
「じゃあ信用して貰う為に1つだけ情報を提供しますよ。」
そう言った七郎に黒凪が片眉を上げる。
「総帥は本日中に逢海月久を討つそうです。」
黒凪が微かに驚いた様に目を見開いた。
今日? そう訊き返した黒凪に頷く七郎。
舌を打った黒凪は空に向かって「黒曜!」と叫ぶ様に名を呼んだ。
その声に応えるように現れた黒龍に七郎が「おぉ」と声を漏らし、結界を足場に乗り込んだ黒凪達に目を向ける。
「ではまた。お気をつけて。」
『ねえ七郎君。』
「?」
去ろうとしていた七郎が微かに振り返った。
君さ、そう言った黒凪の表情を見た七郎は彼女が次に言わんとした言葉を恐れる様に目を逸らした。
『今度仕事場以外で会おうよ。』
「…え」
『ちょっと話そう。ね?』
「…構いませんけど…。」
でも…出来ればイヤだなあ…。
そんな雰囲気を醸し出しながらも煮え切らない様子の七郎に黒凪はにっこりと今日一番の笑顔を彼に向けた。
その笑顔を見てヒク、と表情を引きつらせ、七郎が黒曜と共に裏会総本部へと向かう黒凪を見送る。
