世界は君を救えるか【 結界師長編 】
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火黒への一歩
「時ばあが帰って来た!?」
「うん。黒芒への道を作る最適な位置を探し当てたんだって。」
「じゃあまた出かけるのか?」
「明後日には出て行くって言ってた。…敵に気付かれない様にする事はとても難しいみたいで…。」
大丈夫かなあ、と時音が不安気に言う。
その横顔を見た良守は「大丈夫だろ」と元気付ける様に言った。
するとそんな2人の会話を黙って聞いていた限が腕を組んだまま「アイツなら、」と口を挟む。
その声に限を見た良守は黒凪の姿を探した。
「そう言えば黒凪は?」
「…今は夜行に居る。頭領に呼ばれたらしい。」
「はぁ!? またかよ!」
「明日には帰ってくる。…それより、黒凪なら異界への道を何度も作ってたが。」
ええ!? と時音が声を上げそれに良守がビクッと肩を跳ねさせ驚く。
そんなに驚く事だと思っていなかったのか限も微かに目を見開いた。
時音はそんな2人に異界への道を作る事にどれだけ繊細で高等な技術が必要かを力説する。
するとやっと事の重大さに気付いたのか、良守も限もぽかーんとしていた。
「…ちなみにどんな感じだったんだよ。黒凪が道を作ると。」
「……。何もない場所に触れて、…あいつの場合はネジを回す様に片手で空間を捻じってた。」
「空間を、捻じる…」
「あぁ。空間を捻じるとその場所が水の波紋みたいに歪んで手が入り込む。」
その瞬間に人が1人入れるぐらいの穴が出来上がってた。
先に道を開いた本人が入って進むごとに道の調節を行っていき、そうして他の人間も中に入れるようになる。
…長くても掛かる時間は5分ぐらいだ。
「す、すごい…。流石は黒凪ちゃん…。」
【時守様は10秒ぐらいでやってたよ。】
【そういやお嬢は力が有り余り過ぎてよく中の住民を怒らせてたなぁ。】
そんな斑尾と白尾の会話を訊いた良守は考える様に空を見上げる。
俺さ、と良守が呟く様に言った。
「俺、絶対に黒芒楼を倒したいんだ。志々尾も傷付けられたし、…多分繁じいの知り合いも誰か殺されてるし。かたき討ちってことじゃねーけど。」
「…黒芒楼に侵入する時にさ、俺時ばあについていけねーかな」
それは無理。無理だろヨッシー。無謀だね。…止めておいた方が良いんじゃないのか。
4人に一斉に止められ良守が「んな、」と絶句する。
すると時音がガッと良守の胸ぐらを掴み、彼を睨みつける。
「馬鹿! アンタみたいな未熟者が行っても絶対意味ないわよ!」
【そうだぜヨッシー。黒芒に辿り着く前にバニーに撒かれるのがオチだって。】
【そうそう。アンタみたいな力技だけの馬鹿に時子みたいな繊細な術が出来るもんか。】
「だから時ばあが作った道を俺が進んで黒芒楼に乗り込む…」
無理。限以外の全員の声が重なる。
なんでだー!と良守が頭を抱えた。
その様子を憐みを籠めて眺める限。
良守はやれやれと去っていく時音達を横目に再び頭を抱えた。
一方の黒凪は正守の部屋で出されたお茶を飲んでいた。
そして今しがた彼から伝えられた事項に湯飲みを机に置いて黒凪が少し驚いたようにそれを復唱する。
『夜行の本部を烏森に置く?』
「うん。駄目?」
『いや、別に良いと思うけど…。急だね。』
「急じゃないよ。この間だって増援が間に合ってれば君も限も軽傷で済んだ筈だからね。」
ふーん、と移動の準備を進める夜行の人間を横目に黒凪が目を細める。
正守も夜行の仲間達を見ると「凄い楽だよ」と呟く様に言った。
黒凪の目が正守に向くと彼も黒凪を見てニッと微笑む。
「扇一郎が文句を言わないからさ。死んだ人の事どうこう言うのもどうかと思うけど。」
『…そういえば私、七郎君に今回の依頼のお礼をまだ伝えていないなあ。』
「じゃあ言いに行けば? 黒凪なら早々に追い返される事も無いだろ?」
『そうだね…。いい機会だし、今から行ってこようかな。』
正守に背を向け空を見上げる。
そして上空で荷物を運んでいた秀を見つけた黒凪は彼に声を掛け、荷物を置いた秀がすぐに空から降りてくる。
そうして彼に事情を話し、秀が黒凪を抱えて空に飛びあがる。
『ちなみに本部を移す件、裏会に了承は取ってある?』
「特に取ってないけど…この件は任されてるしさ。」
『じゃあ一応夢路殿に挨拶がてら声を掛けてくるよ。』
「そう? じゃあよろしく。」
正守が笑って裏会総本部へ向かう秀と黒凪を手を振って見送る。
やく数分ほど飛行して裏会総本部にたどり着いた黒凪は外を偶然歩いていた夢路を見ると秀に指示を出し、彼の前に降りていく。
途中で夢路本人も降りてくる2人に気づいたのだろう、笑顔で手を振っている。
「珍しいですね。どうされました?」
『いや、夜行の本部を烏森に移すそうで…一応報告に。』
「なんだそんな事ですか。構いませんよ、全て墨村君に任せていますからね。」
それは良かったと黒凪が笑みを見せ、秀に手を伸ばす。
しかしそんな彼女を見た夢路は「そうだ」と思い出したように彼女の肩を掴んだ。
「扇さんが亡くなったお話は耳に入っていますか?」
『ああ…。あれ、私なんですよ。』
「ああやはり貴方でしたか。烏森にも手を出していると言う噂は耳に入っていたのでね…。もしやと思いまして。」
『 ”よくある話” でしょうから、特にお伝えしなかったんです。』
黒凪の言葉に否定も肯定もせずに微笑む夢路。
そして彼は「それにしても…」と続ける。
「あの扇さんがあれほど簡単に亡くなられてしまうとは…驚きました。」
『…と言いますと?』
「あれほど執念深く…力を持つことにどん欲な方がねえ。」
彼の言葉に黒凪が目を細め、扇一族の屋敷の方向に目を走らせる。
しかしそんな黒凪に「ただそう思っただけです。深くは考えず。」そう付け足した。
そんな彼に手を振り、今度こそ裏会総本部を秀と共に後にする黒凪。
そうして再び暫く空を浮遊し、次の目的地…扇一族の本家へ。
すると丁度扇一族本家近くの裏山にある嵐座木神社に入った頃に気づかれたのだろう、1つの竜巻がこちらへ向かってくる。
「…誰かと思えば…貴方でしたか。」
『こんにちは。』
「 "こんにちは" じゃないですよ。…そこにいらっしゃると繭香様が嫌がりますから…。」
『…確かに、歓迎はされていないね。』
黒凪が微かに笑い真下にある嵐座木神社を見下した。
木の上に現れていた繭香は微かに眉を寄せると黒凪の視線を受け着物の裾で口元を隠し、目を細める。
そして小さく手を振った黒凪を忌々しげに睨むと彼女は姿を消した。
『おや、逃げられた。』
「…はあ…。彼女に嫌われてしまうと色々と面倒なんですが…。」
『ふふ、私が君に会いに来たと言えば、君を少し嫌うかもしれないね。』
「勘弁してください…。」
七郎の言葉に黒凪が徐に「君にお礼を言おうと思ってね。」と微笑んだ。
そんな黒凪に「あぁ、」とやっと理解した様に呟く七郎。
そしてすぐに彼は目をつい、と逸らした。
『君たち一族のことを思ってすべてそちらに丸投げしていたけど…特に問題はなかった?』
「…まあ、問題がないと言えば嘘になりますが。」
『うん?』
「…怒らないでくださいね。」
その前置きに黒凪は理解したように肩を竦めた。
なるほど、夢路の言った通りか。
「実はいつからこの依頼の情報が伝わっていたのか…僕が向かった時にはすでに "分裂済み" で。」
2人分しか。
傍でそれとなく話を聞いている秀が頭に?を浮かべているのがわかる。
確かに、何も事情を知らなければ分からない話だろう。
「すでにほかの4人はどこかに雲隠れ…。ただ、一応威嚇にはなったようで今はなりを潜めています。」
ですよね?
そう言いたげな視線が黒凪に向けられる。
確かに正守も以前の様に扇一郎からの圧力はなくなったと言っていたし、七郎の話は本当だろう。
『…まあ、いいよ。もしこれ以上何もしてこないのであれば二蔵の顔に免じて放っておいてもいいしね。』
ただ。そういうと七郎の目がつい、と黒凪に向いた。
彼…、嫉妬深い面がありそうだからなあ。
これ以上うちの子たちにちょっかいを出さなければいいけど。
その言葉に七郎の目が微かに伏せられる。
彼自身、自身の兄とは言えその部分での約束は出来ないのだろう。
『…ま、何かあればまた連絡するよ。』
「…はい。」
七郎が黒凪の言葉に頷き、扇家の屋敷をチラリと見て「良ければ父に会っていきますか?」と問いかける。
その言葉を聞いて黒凪も屋敷に目を移すと、ぐん、と徐に探査用の結界を向かわせた。
一瞬で黒凪の力が屋敷に充満し扇一族の異能者達がわらわらと何事だと一斉に外に飛び出し、二蔵も窓を開けこちらに目を向ける。
「これがあなた流の挨拶ですか?」
また七郎が困ったように言って、己を睨む父、二蔵に肩を竦めて見せる。
黒凪はイタズラに笑いながら二蔵に手を振った。
二蔵も呆れたようにため息を吐き、黒凪に軽く手を振り返す。
『それじゃあ私はそろそろお暇するね。』
「…はい。」
黒凪は七郎に「じゃあね」と声を掛け、それを見た秀が黒凪を連れて夜行へ戻り始める。
そんな黒凪の背中を見た七郎はボソッと「はた迷惑な人だ…」と呟き此方を見上げている部下達に声を掛け始める。
「…あ、お帰り。」
『ただいま。…あ、今から移動?』
「うん。」
ばいばーい、と秀と手を振り合って別れ黒凪はすぐに正守の元へ。
そして庭を見れば空間移動術を専門とする異能者が一点に集まり、魔法陣を使って夜行から荷物を移動させている真っ最中だった。
ぐぬぬぬと大量の人数を一気に転送しようと、ぎゅうぎゅうになりながら小さな穴のような場所を移動する夜行の面々。
それを見た黒凪は正守の隣から離れ、穴に手を伸ばす。
『どれ、手伝ってあげよう。』
「あ、黒凪―――」
「うわっ!」
「ギャー」
黒凪が振れた途端に空間移動のまじないの規模が広がり、穴が大幅に広がった。
途端に穴にぎゅうぎゅうに詰まっていた人が穴になだれ込んでいく。
正守が黒凪の肩に手を置き「ありがとう」と小さな声で礼を言うと、#NAME1##は振り返りにっこりと笑った。
『…そう言えば何処に泊まるの? この大人数。』
「男はうちの実家、女は雪村さんの所。黒凪も今日からそっちだよ?」
『え、時音ちゃんの所? でも荷物なんてまとめていないし…』
「多分限が持って行ってくれてるんじゃないかな。今日中に限も移動する予定だし。」
そんな会話をしていると全員の転送を完了し、黒凪と正守も穴に入り込んだ。
空間移動のまじないを使うことで一瞬で墨村家と雪村家の前に着いた夜行の面々はそれぞれ男女で別れ、それぞれの泊まり先へと向かっていく。
『良守くん、元気?』
「おぉ黒凪…」
雪村家を抜け出して墨村家にお邪魔し、その食事処へと入るとそこにはどよーんと疲れた様子の良守が。
仮にも夜行は裏会の実行部隊。男性陣は必然的に体格が良かったりと、良守にとっては中に入りずらい面々だろう。
黒凪は良守の隣で細々と茶を飲んでいる限の隣に座り、限に目を向ける。
『限も元気? 楽しい?』
「…まぁ、」
『正守君は久々の実家だね。よかったね。』
「そうでもないよ。てかなんだよ正守 "君" って。逆戻り?」
あ、ごめんごめん。正守だね。
そう言って笑った黒凪に良守は愕然とし、「兄貴を呼び捨てだとー!」とちゃぶ台をひっくり返さん勢いで叫んだ。
何だよ良守、と正守が不思議気に首を傾げると、震える良守の人差し指が彼と黒凪に向く。
「お、お、お前等いつの間にそんなに仲良くー!?」
「あー…、ま、色々あってな。」
『そうそう。』
ねー。と正守と黒凪で同時に言い合うと、その恋人の様な状況に「ギャー」と目をひん剥く良守。
すると黒凪の隣にドカッと閃が座り、机に肘を付き良守に目を向ける。
「…よう。」
「え、あ、…おう」
突然話しかけてきた閃に少し驚いた様子の良守。
そんな2人に助け舟を出すように黒凪が閃の頭に手を乗せて彼を少し引き寄せる。
『あぁこの子ね、閃って言うの。限と同じで私と相性の良い妖混じりで、夜行にいる時はよく一緒にいるんだあ。』
「へー…」
つかお前、相性とかあったのかよ。と良守が黒凪に目を向けた。
頷いた黒凪は「限、閃、京と正守がそうだよ」と教え笑顔を見せる。
「ふーん」とそれぞれの顔を見た良守は再び閃に目を向けた。
「俺と同い年?」
『そうだよ。見た目は大人しいけど、結構社交的だから仲良くできると思う。』
「そうなんだ、よろしくな。えーっと…」
影宮。影宮閃だ。
そう言った閃に「じゃあ影宮な、」と良守が笑った。
そんな良守に小さく頷き、隣の黒凪に目を向ける閃。
するとそんな2人を見て良守が何かに気が付いた様に「あ。」と声を漏らす。
「何処かで聞いた事あると思ったら…。黒凪があの時言ってた閃って…」
『あ、そうそう。あれ、閃の事だよ。』
「あの時?」
「亜十羅さんのテストを受けた時黒凪が言ってたんだ。万が一にでも志々尾が夜行に帰ることになったら…その後釜は閃にやらせるって。」
良守は「お前の事よっぽど信用してるんだな、」と笑い、その事を訊いた閃は微かに頬を赤く染めながらそっぽを向いた。
そして照れ隠しの様に黒凪に出された湯呑を奪い中身を飲み干す。
すると限が徐に黒凪に湯呑を差し出し、その様子を見た閃はチッと舌を打つと限を睨んだ。
「テメェ余計な事してんじゃねーよ…」
「別に余計な事じゃない。俺はお前のを貰うからな。」
「んだと!?」
「お前は黒凪のを飲んで俺はお前のを飲む。それでイーブンだ。」
イーブンじゃねぇよ。と言い返した閃を見て、それから限を見る良守。
良守は自分たち以外の人と普通に話している限が余程珍しいのか若干目を輝かせていた。
するとつかつかと食事場に入り込む青い髪の女性。
その女性を見た黒凪は「げ。」と顔を引きつらせた。
「こら黒凪。掃除を抜け出したわね。」
『…体力がある人がやれば良いと思うのだけど…』
「そんな事言ってるから体力が付かないのよ。来なさい。」
『ううう…』
じたばたと暴れる黒凪の首根っこをひっつかんで出て行った女性。
あの人誰だ? と正守に聞くと「刃鳥だよ」と短く答える。
補足を求めて限を見ると、夜行の副長であると説明してくれた。
一方の閃も良守と話している限が珍しいのか微かに驚いた様にその様子を見ている。
そんな良守と閃を見ていた正守は微かに微笑んだ。
『へー結構精鋭揃いだねぇ。こう見ると。』
「お、マジで? やった。」
「限も居れば俺等のコンビネーションは完璧だしな。任せとけ。」
「拙者の刀も疼いているでござる…!」
そんな会話をしていると良守が黒凪と限に加え、それぞれ武器を持って立っている夜行の面々を見つけあんぐりと口を開けた。
時音も顔には出さないものの「烏森にも来るんだ…」と言った風な反応だった。
「…夜行は此処にも来るのかよ…」
「頭領の命令です。烏森の警護と実地訓練を兼ねてこれから日替わりで4人程来る事になりました。」
「またあんのクソ兄貴か…!」
『あ、私と限は常時来るからね。』
ぐぬぬぬと怒りを露わにする良守に黒凪と限が顔を見合わせた。
すると良守は「勝手にしろ!」と一言言い放ち何処かへ行ってしまう。
ため息を吐いた時音が後を追い、黒凪と限も後を追った。
「くっそー…。なんか気に入らねー」
【何言ってんのさ。アンタちょっと縄張り意識が強すぎるよ?】
【そうだぜヨッシー。大丈夫だって、お嬢とかとも仲良くなれたじゃん。】
「そうよ。夜行の皆さんは協力的じゃないの。」
むすっとしたまま黙り込む良守。
限が徐に「良い人達だ」と声を掛けた。
その声に顔を上げた良守は徐に口を開く。
「分かったよ…。志々尾が言うなら本当に良い奴等なんだろーし。」
【!…来たぜハニー。】
「妖?…まさか黒芒楼!?」
【いや、この匂いは違うねえ。でも複数体居るから…】
行くよ良守! と時音が声を掛けるが何も言わない良守。
黒凪と限も彼を呼ぶと、良守は少し不貞腐れながら立ち上がった。
そうして現場へ直行する中、良守が限の背中に乗っている黒凪に目を向けて口を開く。
「一応聞いとく。あいつ等名前何?」
『えっとね…デカいバットを持ってるのが妖混じりの轟君、目付きが少し悪いのが戦闘班主任の異能使い、巻緒さん。』
「刀を持ってるのが同じく異能者の武光さん。…後は、紙袋をかぶってるのが箱田さんだ。」
『あら限、あんた覚えてたんだ。』
当たり前だろ…。と呆れたように言った限に黒凪は「そうか。」と嬉し気に笑う。
一方の良守は一応全員の名前と能力を頭に入れるようにぼそぼそと呟きながら走り、やがて妖の元へ辿り着く。
しっかりとやる気を出した様子の良守に時音も安心した様に微笑んだ。
すると夜行の面々もたどり着き、こちらに指示を仰ぐように目を向ける。
「あ、どうしますか? これぐらいの相手なら俺等でも多分殺れるんですけど…」
「1体ずつ確実に倒します。皆さん協力を!」
「承知した!」
『1、2、3……7匹だね』
それぞれ1匹で良いだろ!
そう言った良守に皆笑みを見せた。
まず走り出したのは轟。彼は「ど真ん中ー!」と叫びながら妖をバットで叩きのめす。
巻緒も影を使い妖を縛り殺し、続いて時音が結界を妖に突き刺し、黒凪も同様に妖を滅する。
武光は刀で妖を一刀両断、限も爪でバラバラに引き裂いた。…そして良守もすぐさま結界で妖を囲み滅する。
『「「天穴。」」』
「おぉー…」
「…俺天穴についてちょっと調べたい。」
「何言ってんすか巻緒さん…」
天穴で全ての妖の破片を吸い込み、妖を完全に排除する。
すると轟や巻緒、武光が「うぇーい」とハイタッチを良守たちに要求した。
それに応える黒凪。限もぎこちなく参加し、時音もハイタッチをする。
その様子を横目に良守は少し息を吐き、眉を下げてハイタッチに参加した。
「…なぁ、黒凪」
『うん?』
「火黒って誰の事だ?」
『…なんでその名前を?』
学校から帰って来たばかりの黒凪は墨村家の前に立ち
学校から帰ってくる黒凪を待っていたような様子の閃の側に歩いて行く。
そうして何か話たそうな彼を見かねて一緒に散歩をすることにした。
「さっき俺と秀と大で墨村の正当継承者に喧嘩売りに行ったんだけど…」
『ああ、そうだったの。どうだった、負けた?』
「…うん」
『昨日からずっと睨んでたもんね。夜には烏森にも出向いて私たちのこと、見ていたでしょ。』
また「うん」と頷いた閃。
黒凪は笑うと彼の頭を無造作に撫でる。
閃は暫く、されるがままになっていると徐にその手を掴み取り顔を上げた。
「限が重傷を負う程の相手にやる気も出ねぇって、挑発で言ったんだ。…そしたら…」
《火黒は俺が倒す。…黒芒楼も、絶対にぶっ潰すから…》
「…泣きそうな声で言ってた。でもそれ以前に途中で豹変したアイツが怖くて。」
『豹変した?』
小さく頷き体に薄い膜が出来てた、と閃は言った。
その色はどす黒い紫色で、まるで絶界と同じ様な気配だったという。
微かに目を見開いた黒凪は「へえ…」と空を見上げる。
「…俺、やっぱり結界師は怖ぇよ。得体が知れない。」
『あんたは半端に心が読める分、私たちの様に能力が通じない相手は怖いんだね。』
図星なのだろう、閃が目を伏せる。
…私たちはどうしてこんな境遇で生まれてきたんだと思う?
突拍子もない黒凪の問いに閃が視線を上げた。
『どうして私たち結界師は結界を操れるんだろう。どうしてあんたは心を覗き込む力を持って…どうして限はあんなに鋭い爪を持っているんだろう。』
「それは…」
『…閃。力に吞まれてはいけないよ。』
考えるように下がっていた閃の視線が再び持ち上がり、微笑んでいる黒凪をその目に移す。
拒絶する術を身に着ければ、常に全てを拒絶するようになる。
破壊する術を身に着ければ…沢山のものを破壊してしまうようになる。
『勿論、心を読む術を身に着ければ。すべての人間の心を覗き込みたくなる。』
「…」
『力に依存し、固執して…迷子になってはいけないよ。…そしてそんな力を、運命をあんたに与えたこの世界を憎んではいけない。』
あんたは強いから、きっと分かる時が来る。
そう言って再び閃の頭に手を置き、黒凪が雪村家に向かって歩いて行く。
閃もため息を吐くとポケットに手を入れ背を丸めて墨村家に戻って行った。
「時音、黒凪!」
『おはよう良守君、限』
「何かあったの? 朝から声掛けて来るなんて。」
「…黒芒楼が動き出したらしい。兄貴がそう言ってた。」
襲撃は…今晩。
良守の言葉に時音が徐に視線を地面に下げる。
「…そっか。」
『まだ時子さんは帰ってないけど…墨村と雪村の家の方はどうする予定?』
「そこは繁じいがどうにかするって。」
そっか、とまた言って時音は口を閉ざした。
目に見えて不安がる時音を見て、良守はなんと声をかけて良いか考えているらしい。
沈黙が降り立ち、ぽつりと時音が言う。
「…護り切れるのかな。」
そんな時音を少し驚いたように見た良守が彼女の前に出て
まっすぐに彼女の目を見据えて言った。
「大丈夫だ。絶対明日、俺が火黒を仕留める。」
「…いや、奴は俺が殺る。」
「…俺だ。」
お前に殺れるのかよ。と限が良守に目を向ける。
「倒すったら倒すんだよ!」そう言った良守に「どうだか」と限が肩を竦めた。
その様子を横目に黒凪は徐に時音の背中を軽く叩く。
『大丈夫。冷静に対処すれば最悪の事態にはならないよ。』
「…うん」
『今回は夜行もいるし、どんと構えて…』
「うん…」
それでも拭えないらしい不安に目を伏せる時音。
既に4人は烏森学園の目と鼻の先にまで来ていた。
中等部と高等部は別々の校舎にある為、とりあえず時音とは一旦別れることに。
黒凪と限はそのまま他クラスの良守とも別れ、いつも通り机にたどり着くとすぐさま突っ伏した。
この2人のあまりの授業態度の悪さに、隣の教室では限と黒凪は "第2、第3の墨村" と呼ばれているらしい。
『…限。アンタ傷はもう大丈夫なの?』
「…あぁ。」
くぐもった声で返した限が少し顔を上げ黒凪に目を向ける。
彼女も限を見ていた。
黒凪の顔を数秒程見ていた限は少し微笑み徐に彼女の頭を撫でる。
『…今回は無茶はしないこと。いい?』
「でも…お前がまた倒れたら…」
『その時は正守を頼りなさい。…今回は私たちだけじゃないんだからね。』
「…ああ。」
黒凪の手から自分の手を引き抜き、徐に限は教室を見渡した。
ここにいるなんの異能もない、ただの学生たちは今晩起ころうとしていることなど何も知らないのだろう。
くだらないことで笑いあえて…いつも通りの日常が来ることを確信出来ていることが、どれだけ幸せなことかさえも知らないのだろう。
『…よし、屋上行こ。良守君もきっと居るだろうし。』
「……別に俺はあいつに会いに行ってる訳じゃ…」
『ほら行くの。ね?』
「…」
黒凪に手を引かれ共に屋上に向かう。
すると同様に屋上に向かっていた時音と鉢合わせ、その彼女の珍しい行動に顔を見合わせる限と黒凪。
時音も黒凪達に気付くと小さく笑顔を見せ、3人で共に屋上に出る。
思っていた通りそこには既に良守が居て、彼も時音を見ると驚いた様に固まった。
「時音? …いよいよおかしーぞ。どうしたんだよ。」
「…不安になっちゃって。もしも今日黒芒楼に烏森を奪われちゃったら、どうしようって。」
「……正当継承者が不安になってどうする。」
限が時音を見て言った。
その言葉に限に目を向けた時音は「そうそう。」と口を挟んだ黒凪に目を向ける。
黒凪は良守の手を掴み包帯が巻かれたその手の平を見下した。
『君たちの実力があれば十分烏森を護り切ることができる。…若さゆえの経験不足は、正守や夜行の面々に任せればいい。』
「…俺は正当継承者だからって理由で戦うんじゃない。…俺は烏森を護りたいから戦うんだ。」
「!…良守…」
お前は違うのかよ。
そう言って良守が時音を見上げる。
はっとした様な表情を浮かべ、やがて時音が微笑み「そうだね、…そうだよね。」と空を見上げた。
「…私、頑張る。」
「おう! …絶対に護り切ってみせる。」
烏森を見下ろして良守が言った。
微かに烏森が呼応する様に力が溢れ出す。
恐らく宙心丸も勘付いているのだろう、奴等がまたやって来るのだと。
「邪気が流れ込んできてる。…相当数を引き連れてるな。」
「頭領。全員準備できたみたいです。」
正守が腕を組んで墨村家の入り口で烏森の方向へと流れていく雲を見上げて言った。
そんな彼に報告にやってきた閃は彼の少し後ろに立ち、正守同様に空を見上げている黒凪に目を向ける。
しかし正守がそんな閃に礼を言うと、彼は後ろ髪を惹かれる中再び烏森へと戻っていった。
「間殿。」
ガラリと2人の背後にあった扉が開き繁守が顔を見せる。
正守は繁守にちらりと視線を送り、名前を呼ばれた黒凪は体ごと繁守に向けた。
「…烏森をよろしく頼みます。」
『ええ。勿論。』
「…それから正守。」
「はい。」
積もる話もあるだろう、黒凪は背を向け少し距離を取ろうと歩き出そうとした。
しかしそんな黒凪の手首を掴んで引きとめたのは正守の片手で。
ちらりと彼に目を向ければ、正守は依然繁守に目を向けていた。
「儂はお前を認めた訳ではない。…じゃが今回ばかりはお前を信じ、頼る事にした。」
「!」
「…烏森を頼んだぞ。」
「……はい。必ず護ります。」
一つ頷いて繁守が家の中に戻っていき、それを見送り2人で烏森へ。
正守が黒凪を背中に乗せ、結界を伝って住宅街の上空を進んでいく。
「良守と時音ちゃんは昼間どうだった?」
『怖がってたね。…でももう大丈夫だと思う。』
そっか、と無表情に正守は言った。
やがて夜行の面々が集まる烏森の校舎上空へと辿り着き、そこから下を見下ろし限と閃を見つけた黒凪が正守の背中から降りる。
うわあっ、と焦る閃を横目にすぐさま限が跳び上がり、黒凪を受け止めて着地すると、正守が小さく笑みを浮かべてそのまま屋上の方へ向かっていった。
「お、おま、焦るだろ…!」
『閃と限は今回私の補佐だから、よろしくね。』
「ああ。」
「え、俺も…?」
自分を指差して言った閃に「当たり前でしょ」と黒凪が微笑むと
緊張してガチガチだった閃が少し落ち着いたように胸を撫でおろす。
彼自身、こんな大舞台…何か明確にやることが決まっている方がありがたいのだろう。
『…じゃあこのまま屋上まで連れて行ってくれる?』
「分かった。」
「え゙、ちょ…」
物凄い勢いで校舎の壁を使って屋上へと登って行く限に閃が顔を青ざめる。
黒凪は笑うと「ついておいで!」と閃に声をかけ、彼は「くっそー…」と眉を寄せながら限の様に屋上へと向かっていく。
そうして屋上から更に上空へと向かうため、複数の結界をの足場を作り、限と黒凪、そして閃が烏森を一望できるほどの上空に辿り着いた。
「黒凪! 一体何す―――…」
結界の上に立ち、烏森を見下ろした黒凪。
そんな彼女に話しかけようとした閃に視線を送り、言葉を飲み込んだ閃を見ると限の視線が黒凪の背中に向かう。
「っ!?」
黒凪から禍々しい力が溢れ出し、烏森を覆い…やがて町にまで広がっていく。
町を包み、山を包み。遥か上空の空まで包み込む。
その強大な力に夜行の面々も顔を上げ、良守達も黒凪を見上げた。
目を閉じていた黒凪は目を開きちらりと右側に目を向けると、その位置に正守が着地して彼も同様に黒凪に目を向ける。
『正守。後5分程で来るよ。』
「了解。」
「す、げぇ…」
閃が愕然としている中、正守が屋上に降り立ち各々配置についている
夜行、そして良守と時音を含めた全員に向かって声を張り上げる。
上空に居る限と閃も意識を下に下げ、黒凪もちらりと正守に視線だけを送った。
「黒芒楼は後5分程で烏森に到着する! 各々好きなように暴れろ!! …但し。」
正守が一旦言葉を止め再び息を吸う。
犠牲者だけは出すな。
静かに、しかし重く。そんな声で放たれた一言は重く響き渡る。
烏森に居る全員が正守の言葉に頷き返事を返した。
そんな夜行の雄叫びを聞きながら雲がやってくる方向を睨み続ける黒凪の隣に音もなく再び正守が降り立つ。
それを見て閃と限が気を利かせたように一歩下がった。
「…予想通りに奴らが向かってきているのは良しとして、だ。向こうの大本は来てるのか?」
『…それが、来てないような気がする。』
「ような気がする、ってのは?」
『数匹…例の人皮をかぶっているのがいてね。そいつらの中身を見分けられずにいる。なんせあの皮、邪気を綺麗に隠すから。』
となると、結局これだけでは終わらないかもしれないな。
そう呟いて目を伏せる正守にちらりと黒凪の目が向く。
そう。奴らをここで迎え撃つとして…問題は追撃戦になった時。
奴らが万が一にも異界に逃げ込んでしまうとこちらからは何も出来なくなる…。
「…ま、最悪は時子さんが作った入り口を使うしかないか。出来てればの話だけど。」
『そっちが出来てなければ私が作るから、まあそこの所はあまり考えなくて良いよ。』
でも時子さんほど繊細な方じゃないから、道はデコボコだろうけど。
そう付け足して黒凪が徐に閃に目を向ける。
『……来た。閃、』
「皆ー! 来たって! 多分あの雲!!」
閃の声を受けて全員が東の方向を見上げた。
そちらからは禍々しい邪気を纏った分厚い雲が此方に向かっている。
黒凪は限に目を向けると、徐に近づて生きた彼の頭を撫で、軽く抱きしめる。
限は表情を変えずそれを受け入れた。
『限。行っといで。』
「分かった。」
『閃も。』
「うわっ!?」
閃も軽く抱きしめるとやはり限とは全く違った反応が返ってくる。
体を離せば彼の顔は面白いぐらいに赤く染まっていた。
黒凪は眉を下げて笑うと彼の肩に手を置きポンポンと叩く。
『あんたなら絶対に大丈夫だから。』
「…おう」
そうとだけ言って、黒凪は結界を足場に降りて行く。
閃も小さく笑うと結界から飛び降り屋上に着地し、その傍に正守も続けて着地する。
空を見上げれば巨大な雲がもう烏森の真上にまで迫っている。
「ど真ん中ー!!」
早速響いた ドゴォ! という凄い音と同時か否か、上空の雲の中で巨大な爆発が起きた。
その一撃で数匹の妖が炎に焼かれ落下してくる。
この攻撃が火種のように大量の妖達が烏森へと降りてきて、それを夜行の面々が中心になって対処していった。
良守はそんな戦況の中を潜り抜けながら火黒を探していて、時音は夜行と同じように手当たり次第に妖達を滅して行っている。
以前烏森の上空には現場を指揮するように正守が立ち、その傍には彼の補佐役として閃と限が立っていた。
「――…姉上」
やはり来た。
黒凪が烏森に目を向けた途端に再び頭にあの声が直接響き始める。
「姉上」「沢山来た」「愉快だ」「これは良い」
「黒凪!」
立ったまま動かない黒凪に正守が声を掛けた。
黒凪が静かに正守を見上げる。
「どうした?」と彼が訊けば黒凪は困った様に笑った。
「どうした? 顔色が悪いが…」
『うん、まあ…ね。』
正守が黒凪の傍にやってきて、そこで気づく。
烏森から溢れだす力が黒凪に纏わりついているのが分かったのだ。
それはまるで、黒凪をこの屋上から引きずり下ろすかの様に…。
「…これが、君が墨村と雪村に此処の護衛を任せた理由?」
つい、と黒凪の目が正守に向く。
その目を見て彼女の図星をついたことを確信した正守が戦況を観察しながらも再び口を開いた。
「君と初めて会った時からずっと疑問だったんだ。400年ものの間、君が今まで全く烏森に関わってこなかった理由。」
『…』
「どう考えたって、分家の墨村と雪村に代々此処を護らせるより…実力も経験もあって、尚且つ万が一にも死なない君を此処に置いた方が何倍も安全なのに。」
そしてついに正守が確信をつく。
「君…此処に長くいると、烏森に吞み込まれるんじゃないか? …君と烏森は、」
元は1つだったんじゃないか?
その言葉に黒凪が小さく笑い、正守に目を向ける。
彼は決して確信を持って今の言葉を放ったわけではない。
それは、彼の目を見れば分かる。
『…』
「…ま、いいか。誰しも詮索されたくないことがあるのは分かってる。」
ただ…君が抱える何かを俺も幾分か一緒に抱えることが出来たらって思っただけだ。
…君が俺にそうしてくれたように。
黙りこくった黒凪にそうとだけ伝えて、彼女の頭を撫でて歩いていく正守。
『(…何も聞かないでいてくれてありがとう、正守。)』
黒凪も立ち上がり、改めて烏森を覆うどす黒い雲に目を向ける。
そして呟いた。
これは、長期戦になるな。…と。