世界を護るには【 × BLEACH 】
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過去篇 -110年前の尸魂界-
死後の世界というものが存在するのだと、根拠もないのに人々がごく当たり前の様に言っていた。
大人であればその死後の世界の有無は半分信じて半分信じていなかったり、あるいは信じていなかったり。
…少なくとも心の底から信じていて、その世界にどうにかして行きたいと心の底から願っているものは少ないだろう。
しかしあの頃の私は、父も弟も母もいなくて天涯孤独で、世の中の道理など誰にも教わってこなかった私には。
その死後の世界と言うものに恋焦がれていて、そこに行きたくて。根拠もない噂を信じて、そして。
ふと、町を行く死神を見たのだ。
「…ん?おい、穿界門が開く予定なんてあったか?」
「いや…」
門番の死神2人が怪訝な顔をしてゆっくりと開いて行く穿界門のその先を凝視する。
そして当たり前のような顔をして此方に入ってきた少女に気の抜けたような顔をした。
しかし瞬く間に此方側、即ち尸魂界全体を掌握する様に広がった言い知れぬ気配に咄嗟に斬魄刀を構え、そして。
――…一瞬だった。一瞬で身体の力が抜け、斬魄刀が地面に落下し、膝を着いていた。
「っ、」
「…え」
『…?』
此処は死後の世界か?
無表情に少女が問う。
そしてちらりと向けられた漆黒の瞳に大きく目を見張り、地獄蝶に搾り出す様な声で門番の1人が言った。
「りょ、旅禍だ! 誰か応援を!!」
『…旅禍? それはどういう意味の言葉だ?』
「っ、こ、こっちに来るな…!」
『すまぬが少し…』
ゆっくりと小さな手が伸ばされ、頭に触れられる。
途端に強烈な吐き気と眩暈がした。
頭の中を見せてもらう。
かすかにそう聞こえた。そのまま意識を失った1人にもう1人が顔を青ざめる。
すると黒凪に触れられていない方の男がふっと身体を持ち上げられ、黒凪から離れた。
はっと顔を上げると護廷十三隊、十三番隊第三席の志波海燕が己を片手で抱え上げている。
「し、志波第三席…」
「…旅禍ってのはあいつ1人か?」
「は、はい。恐らく。」
「……。わかった。」
男を地面に降ろし、もう1人の門番から手を離した黒凪に海燕が一歩近付いた。
顔を上げた黒凪を見てから海燕がぐったりとしている門番に目を向ける。
殺したのか。海燕の言葉に黒凪が静かに首を横に振った。
『少し頭の中を見せて貰っただけ。…おかげで色々と理解出来た。まず詫びさせておくれ。勝手に入って申し訳ない。』
「!…勝手に入った自覚はあるらしいな。なら今の状況は?」
『この尸魂界を守護する護廷十三隊に連絡を取り、今はそうだな…私を捕えようとしている所かな』
「その通りだ。…あんたに抵抗する意思がないのなら大人しく俺についてきて貰おうか。」
申し訳ないがそれは出来ない。
無表情に言った黒凪に「何?」と眉を寄せて問い返す。
表情をピクリとも動かさず黒凪が答えた。
『私は母に会いたいのだ。だがこの男も、そして恐らく貴方も私を拘束し、好きに動かせてはくれないだろう』
「当たり前だ。お前はいわば侵入者だ。俺達にとっちゃ危険分子であるお前を放り出すわけには――」
『ああ、同じ事を彼も考えていたよ。だから私はこの場から逃げ、』
一瞬で黒凪に近付きその首元に斬魂刀を突きつける。
それでも表情を変えず視線を寄越してきた黒凪に海燕が言った。
「お前みたいなガキを斬るのは目覚めが悪いんだよ。悪い様にはしねえ、俺についてきてくれ。」
『…嫌だと言ったら?』
「……死んじまうぞ」
『……。』
死んでしまう、か。
死ぬとも殺すとも言わない。…言葉の節々に優しさが滲み出ている。
小さく笑って黒凪が顔を上げた。
『ありがとう。貴方はそれほど嫌な人間じゃないらしい。でも悪いね。』
「!」
ゆらりと目の前の空間が歪む。
そして気付いた時には目の前にいた筈の少女が真後ろに立っていた。
私は母に会いたいから。その言葉と同時にとん、と軽くうなじに触れられた様な感覚がした。
「待っ―――、」
咄嗟に振り返るもそこに姿はない。
…逃げられた。その考えが頭を過ぎり地獄蝶に目を向ける。
一度発しかけた言葉を思わず飲み込んでしまった。
あんな小さな少女を、俺は止める事が出来なかった。
「――…、すみません。逃げられました。」
居場所は、分かりません。
海燕のその言葉に護廷十三隊が本格的に動き出す。
たった1人の少女を捕獲する為だけに。
『現世で死んだ人間の中で力の強い者は死神になる事もある、か。』
誰に言うでもなくそう呟いて瀞霊廷を歩く。
流魂街と言う現世からの死者が集まる場所の方が母が居る確率は高いだろうが、どうせならば小さな可能性でも潰して行ってしまいたい。
道なりに進むとこの瀞霊廷の可能性から潰してしまうのが手っ取り早いと判断した。
「――…ホンマ分からんわ…。志波ってあの志波やろ?あいつ成績ええって聞いたで。」
「はい。志波君が取り逃がすんですから、よっぽど…。…あ。」
「あ?」
前方からの声に黒凪も足を止めて顔を上げる。
見えたのは長い金髪の男と眼鏡を掛けた男。
金髪の男は表情を引き締めると目を細めて確認する様に呟いた。
「黒髪、女。ほんでガキ…。」
「…平子隊長、僕が。」
「いや、俺が行くわ。」
刀に手を掛けた藍染の隣を過ぎて平子が一瞬で姿を消す。
そんな平子など気にするそぶりも無くじっと藍染を見上げた黒凪の視線と彼の視線が交わる。
途端に背後から伸ばされた平子の手を振りかえる事無くしゃがんで避け、その様子に平子も藍染も微かに目を見張った。
「(コイツ、見やんと避けよった)」
「…。」
『…気持ち悪。』
「は?」
素っ頓狂な声を出して平子が黒凪の視線の先に目を向ける。
そしてその先に居る藍染に目を細めた。
藍染は「へ?」ととぼけた顔をしているが、黒凪は依然として彼を見ている。
その様子に平子がもう一度手を伸ばすが、それもひょいと避けられやっと黒凪の目が平子に向いた。
『…五番隊隊長の平子真子。』
「!」
『門番の記憶にあった顔と同じだ。…あっちは副隊長の藍染惣右介だったかな。』
「…お前何モンや」
結界師。無表情にそう答えて黒凪が平子の頭に手を伸ばそうとする。
その隙だらけの動きを避け、再び手を伸ばそうとするとするりと姿が消えた。
目を見張り感じた気配に振り返る。そこには何食わぬ顔をして黒凪が立っており、ちらりと此方を見て彼女が目を細めた。
「(何やねんこのガキ、惣右介相手してるみたいなキモさ)」
「何してんねん真子ィ!!」
「いったァ!!」
後頭部を思い切り蹴り飛ばされ、転がる様に平子が地面に倒れる。
それを見た黒凪は「新手か」と現れた金髪の少女に目を向けた。
ひよ里は腕を組んで項垂れる平子を見るとギロッと黒凪を睨む。
「なんやねん、ほんまにガキやんけ!」
「お前が言えるんかお前が…」
「言えるわボケェ!うちとあいつ全然見た目ちゃうやろ!」
「同じガキやんけボケェ…」
うちの方が何倍も…。
そう言いつつ勢いをつける様に少し屈んで一瞬で黒凪の目の前へ。
強いやろ!!その言葉と同時に斬魄刀が振り降ろされ、その斬撃を結界で受け流す。
周辺に響いた衝撃に「おまっ、アホ!」と焦った様に言って平子が顔を上げた。
「捕まえろって言われとるやろ!?殺す気やんけソレ!」
「アホはお前や!海燕のハゲの報告聞いて分かっとるやろ、コイツは下手に手加減しとったら逃げる!」
「っちゅーてもなあ…!」
「うちの曳舟隊長はなぁ、お前等みたいに行き当たりばったりでやる様な人ちゃうねん!ちゃんと対策練って来とるんじゃハゲ!」
その言葉に眉を寄せた途端に黒い帯様なものが地面から現れて黒凪を拘束する。
そしてびたんっと地面に押し付けられ、黒凪がちらりと帯に目を向けた。
いつの間に仕掛けて…、ああそうか、さっき彼女が斬り掛かって来た時か。
「んじゃまあさっさと総隊長んトコに…」
『(ん、絶界で消えるな。)』
絶界を使って帯を消滅させ、瀞霊廷では面倒だからと流魂街に目を向ける。
そして徐に空間を歪め始めた黒凪に先程自分の目の前から一瞬で移動した時と同じ気配を察知したのだろう、平子が焦った様に走り出した。
しかし一歩及ばず、ひよ里も反射的に手を伸ばしたが黒凪は捕まらなかった。
「逃げよった!あいつなんやねんホンマに!」
「あのガキ、曳舟隊長の拘束具壊しよった…!」
先程まで黒凪が居た場所の側でそう話す平子とひよ里の様子を遠目に眺めて藍染が目を細める。
一方の黒凪は流魂街に足を踏み入れ、ちらりと見えた看板のようなものにはこう書かれていた。
『"花枯"…』
第62地区、とも書かれていた。
随分と貧しい雰囲気のする街並みだ。
歩く人々の着物も布切れの様なものばかり。…私の姿はとてもよく目立つ。
刺さる視線に目を逸らし、路地に入り込みほそい道を歩いた。
少し歩くと小さな納屋の様なものが立ち並ぶ場所に入る。
並ぶ納屋の扉の内の1つが何の前触れもなく開かれた。
「!」
『…。』
丁度目の前を過った黒凪を銀色の髪をした少年が見る。
彼の細められていた目が命一杯開かれた様に見えた。
その表情に黒凪が振り返った途端に少年が呟く。
「……神様や…」
『!』
槐様。そんな名前が頭を過り思わず足を止めてしまった。
足を止めた黒凪の手を少年が掴み、向けられた漆黒の瞳に縋り付く様に少年が言った。
「助けて欲しい人がおるんです」
『…助けて欲しい人?』
「はい。…魂を削られて憔悴してて」
お願いします。そう言った少年に「…診てみるだけだよ」そう応えて手を引かれて中に入る。
納屋の固い床の上で眠る少女の側に座り、彼女の額に手を当てた。
元々霊圧が高かったのか、霊圧の大きさはそこまで気にはならない。しかし何かしらの傷は抱えている様だった。
少女の目が微かに開かれる。それを見て少年がばっと少女に近付いた。
「乱菊、目ぇ覚めたん?」
「…ぎん…」
『…。出来ない事は無い。』
「ホンマですか!…よかった、もう大丈夫やで乱菊。神様や。神様が来てくれた。…だからもう大丈夫やで、乱菊…。」
何度もそんな風に声を掛けるギンにちらりと目を向け、すっと黒凪が目を閉じる。
途端に乱菊の欠けた魂の部分に黒凪の力、…いや、命と言えるだろうか。
そんなものが流れ込んでいる気配をギンは察知出来た。
『……。霊圧の濃度は戻らない。私に蓄えられた命を分けただけだからね。』
「…神様には霊圧は無いんですか?」
『……あぁ。神様には必要のないものだからね。』
否定するのも面倒だった為、そう応えて空間を歪め、ギンから逃げる様に姿を消した。
そのすぐ後に改めて目を覚まし、起き上がった乱菊にギンがそれはそれは嬉しそうに笑顔を見せる。
乱菊はそんなギンをぽかんと見つめるとふと己の胸元に手を触れ、己の中に在る自分とは違う何かの気配に小首を傾げた。
次に訪れた流魂街の地区は"潤林安"だった。
第1地区である此処は最も治安が安定している。
…此処に来たのはそんな平和な場所に母が居て欲しいと言う願いもあったのかもしれない。
『(母の名前は月影だったかな、確か。)』
父である時守が斑尾達との会話の中で言っていた名前である月影。
それが母の名前だと知ったのは、斑尾にその名前の持ち主が誰なのかを問うた為だ。
黒髪の美しい人だったと言っていた。少し嫌味ったらしい感じで言っていたが。
『(どんな人だろう。…何処に居るのだろう。)』
此方では楽しくやっているのだろうか。
そんな事をぐるぐると考えながら街を歩いて行く。
…最も治安が良いと言っても先程の花枯と比べれば幾分かマシだが身なりはそこまで変わらない。
「白ちゃん!ちょっと待って!」
「(何かこっちに凄い感じのが居る様な…)」
「白ちゃんってばー…」
後の方から聞こえてくる雛森の声を無視して走って行く。
路地を抜けた途端に見えた少女にぶつかり、日番谷が尻餅を突いた。
その様子をちらりと興味の無い様な目で見て再び何かを探す様に周辺に視線を凝らす。
偶然出会った鳥を見る様な、虫を見る様な。
そんな風な目を向けられた日番谷は唖然と尻餅を着いたままで黒凪を見る。
「白ちゃんどうしたの!?転んだの!?」
「…え、いや…」
「!隊長、」
「…あの子が…?」
ざっと降り掛かった影に日番谷が顔を上げる。
そこに立っている死神2人に目を見開いて後ずさると日番谷には目もくれず死神が黒凪に向かって行った。
その気配に振り返った黒凪は「あ」と呟いて無表情に片手を上げる。
『やあ、また会ったね。』
「大人しく捕まりやがれ…!」
『それは出来ない。まだ母が見つかっていないから。』
「君が母上殿を探している事は彼から聞いた。だがこちらとしても君を放っておくわけにはいかないんだ。」
白髪で長い髪をした男が穏やかな口調で諭す様に言った。
しかし黒凪はやはり表情を変えず「すまないね」と言って背を向ける。
その前に海燕が一瞬で移動し、手を伸ばして来る。
その手を避けると背後に気配を消して立っていた浮竹が肩を掴んだ。
「一緒に来てくれるかな。」
『…すまないね、と答えた筈だよ。』
「!」
するりと抜けだして姿を消した黒凪に目を見張り、すぐに気配を察知し振り返る。
此方を見ている少女の表情は何1つ変わらない。
姿を見れば彼女はまだわずか10歳程の子供だ。
しかしその言動は大人びていて、その力も子供が持つには規格外過ぎる。
「(この子は一体…)」
「…母親を探してるっつったな。お前両親はどうした」
『両親?…あぁ、2人共もう生きてはいないよ。独りになって8年程経つ。』
独りになって8年。その言葉に眉を寄せて海燕と浮竹が顔を見合わせる。
現世で親も無しにこんな子供が8年も生きていられるなんて事があるのだろうか。
いや、…両親を"死んだ"と称した彼女はまさか。
「…お前、まさかまだ」
「行くぞ喜助!」
「ホントに大前田副隊長と砕蜂さんを放って来て良かったんスか?」
「良い!こういう時はお主が1番じゃ!」
それで嫌味言われるのボクなんスけど…。
そんな声が浮竹と海燕の側を通り抜けて行く。
そして一瞬で黒凪の背後に現れた夜一と浦原が刀を彼女の首元ギリギリで止めた。
「(近場で見れば見る程只の子供なんスけどねえ…)」
「…。お主が旅禍じゃな。」
『…護廷十三隊、二番隊の四楓院夜一と浦原喜助。』
「「!」」
記憶にあったよ。
そう言って笑った黒凪が絶界を発動し、危険を察知した2人が一瞬で距離を取る。
その禍々しい力に夜一が表情を引き締め、浦原が小さく笑って後頭部に片手を回した。
「うわー…なんすかアレ。」
「…虚ではないのう。しかし死神とも見えん。」
「待ってください四楓院隊長!多分あのガキ…」
ぐん、とまた不気味な気配が尸魂界に充満する。
ゾクッと悪感を感じ取り夜一に目を向けていた海燕が黒凪を見た。
黒凪は右側をじっと見つめて目を細めると姿を消す。
そのすぐ後に浦原が先程まで黒凪の立っていた場所に降り立つが既にそこに気配は無かった。
「…文字通り"消えた"って感じっすね。で、志波副隊長。何か分かったんスか?」
「あ、まあ…多分、あんまり確証はないんすけど、」
海燕の言葉に浮竹が「ああ、それは俺も考えていた。」と頷き、夜一と浦原が顔を見合わせる。
…この案件は一筋縄ではいかぬかもしれんな。
夜一の言葉にその場に居る全員が頷いた。
「――…何者だ!」
『うん?』
襖が引き追いよく開かれ、斬魄刀の刃先が此方に向けられる。
振り返れば黒髪を1つに結った青年が強いまなざしで此方を睨んでいた。
青年は刀を此方に向けたままで強い口調で言う。
「旅禍だな。何故此処に来た。」
『…。強い死神が居ない場所だったから。』
「な、…この屋敷は四大貴族、朽木家のものだ!此処に来てただで済むと思うな!」
『…君1人じゃ勝てないよ。この屋敷には私の脅威となる存在が居ないから来たんだ。さっきもそう言っただろう。』
黙れ!此処で私が貴様を斬る!
黒凪の言葉に怯える事をせずそう言い放った青年に再びちらりと目を向け、息を吐いて空間を歪ませる。
消えた黒凪に目を見開いた青年の背後に移動し、彼の額に触れた。
「っ!?」
『……。』
膝を着き、黒凪の手が離れたと同時に両手を床について嗚咽した。
顔を青くさせて口元を抑える青年を見る事をせず黒凪が黙り込む。
そして徐に顔を青ざめたままで刀を此方に向けた青年に目を向けた。
「き、貴様、何をした…っ」
『…白夜と言うのか、君は。』
「!!」
『祖父と父親は護廷十三隊の六番隊隊長と副隊長だね。今は私を探して外に出ているのか。』
ぶん、と力なく刀が振り降ろされそれを避けた。
そして白夜に目を向けた黒凪は必死の形相で此方を睨む彼を無表情のままで眺める。
「父や家族に手を出すな…!」
『…。優しい子だね、君も。』
「っ…!」
再び迫る黒凪の手に刀を振り降ろす。
舞った鮮血に思わず動きを止めた途端に首の左側を冷たい黒凪の右手が触れた。
その右手は先程白夜が付けた傷で血に塗れている。
『…おまじないをあげよう。君が危なくなった時、または君が本気で助けたいと誰かの為に願った時にそれは発動する。』
離れて行く黒凪の右手を見て大きく目を見張る。…既に傷は無い。
護る事が出来ると良いね。白夜君。
そう無表情のままに言って黒凪が姿を消した。
白夜が呆然とした表情のまま己の首に手を触れる。
べと、と付着した赤い血はまだ生温かかった。
『…。(さて、じゃあもう一度流魂街の方に…)』
「夜一隊長と浮竹の言った通りだったねえ。」
『!』
瀞霊廷に居ると思ってたよ。旅禍さん。
薄く笑みを浮かべて言った京楽に黒凪が振り返る。
目深にかぶっていた笠を少し上げた京楽の隣には副隊長のリサが立っていた。
「確か急に姿が消えるんだったかな?」
『……。』
何も言わず姿を消そうとした黒凪の手を京楽が掴み取る。
そしてリサが一瞬で黒凪のうなじを掴み地面に叩きつけた。
痛みにほんの少しだけ眉を寄せて黒凪の目がリサに向けられる。
「あちゃあ、痛かったんじゃないの今のは…」
「…痛いモンは痛いらしいな。」
『……そりゃあ私も人間だからね。』
「あ?」
人間?そうリサが問い返した途端に絶界を黒凪が発動する。
その気配に反応した京楽がリサの腕を引いて距離を取った。
羽織の端が文字通り"消滅した"様を見た京楽がリサの無事を確認すると斬魄刀に手を掛ける。
『…貴方は怖い。』
「!」
『きっと勝てないだろう。…だから逃げさせて貰う。』
額から流れる血を片手で拭って黒凪が空間を歪めて姿を消した。
てっきり先程の殺気から抵抗でもしてくるかと思っていたが、見当違いだったらしい。
斬魄刀から手を離して息を吐き、笠を目深にかぶり直した。
「いやあ、凄いね彼女…」
「何呑気な事言っとんねん!追うでアホ!」
「それよりリサちゃん大丈夫だった?何処も怪我は――…、!」
「別に何処も怪我してへんわ!副官章が半分消えただけでな!」
苛立った様子でそう言って走り出したリサに表情を引き締めて京楽が目を細める。
黒凪はまた流魂街に戻って来ていた。
母の姿すら知らない所為か、中々見つからない。
その上護廷十三隊からも逃げなければならないのだからそう簡単には行かないのだろう。
『…。』
月影。独りにせんでくれ。
父の言葉が頭を過る。
魂蔵に蓄えた力を無意識の内に成長の為のエネルギーへ注ぎ込んでいた私は、既に時守が宙心丸と私の元へ現れた時から思考が安定していた。
既にあの時から私は記憶があるし、言葉も知っていて、…ただ姿だけは宙心丸から力を奪う事に必死で成長させる事が出来なかった。
「…行け、惣右介」
「はい」
私は思考だけが独り歩きして、身体も成長すると宙心丸に付きっ切りであった父の目を盗んで1人で世界の情報を調べたりもしていた。
側を偶然通りかかった鳥や人の記憶を探るのだ。そこまで考えて足を止めた。
…記憶を探る、か。そうだ、この力は奴から奪ったものだった。
雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて此を六に別つ。
声を潜めて藍染がそう呟き、人差し指を歩く黒凪へ向けた。
「縛道の六十一 "六杖光牢"」
『!』
六つの帯状の光が胴を囲うように突き刺さり、黒凪が倒れ込んだ。
そして顔を上げると同時にまた声が聞こえる。
縛道の六十三 "鎖条鎖縛"。と。
瞬く間に太い鎖が帯状の光の間を縫う様に身体に巻き付き、そして黒凪の顔の側に足を着き平子がしゃがみ込む。
そんな平子を見上げて視線を移動すると平子の横にはひよ里、黒凪の左側には浦原、その隣に藍染、足元には夜一が立っていた。
「やーっと捕まえたでえ。これは破れんやろ。」
『……、』
「させへんぞボケ!」
『!』
絶界を発動しようとした途端にひよ里が抱えていた機械の様なものを地面に叩きつける。
途端に透明な箱の様なものが黒凪を囲み、その周辺にある霊子を遮断した。
一種の空間支配術の様で、今まで通り容易に空間に干渉して姿を消す事が出来ない。
『(成程、少し舐めていたな)』
身体の力を抜いて周辺に目を向けた。
いつの間にか追って来ていた死神達全員が集結していた。
海燕、浮竹、平子、藍染、ひよ里、夜一、浦原、京楽、リサ。
「凄い頑丈にして捕まえたねえ。」
「これぐらいせなコイツは逃げる。」
「違いないっすね。これでもちょっと怖いぐらいス。」
「総隊長殿に連絡は?」
口々にそう話す死神達を見て目を細め、冷たい地面に目を向ける。
…潮時か。このままでは父上の願いを達成出来なくなる。
――私の我儘も此処までだ。
そう考えて魂蔵の中に在る力を解放する。
次々に熔ける様に消えていく縛道に皆が目を見張った。
「っ、喜助!」
「鉄砂の壁 僧形の塔 灼鉄熒熒 湛然として終に音無し。縛道の七十五 "五柱鉄貫"!」
『ぐっ――』
「アホかお前、何曳舟隊長が作った装置壊しとんねん!」
その装置の中で縛道が消された時点で彼女の力の根源は霊子じゃない!無意味っす!
浦原の言葉に「何やとハゲ!」とひよ里が青筋を浮かべた途端に浦原の五柱鉄貫さえも溶かされていく。
その有様を見て浦原が目を見張り唖然と呟く。
「完全詠唱の五柱鉄貫を…!」
「っ、他に何か曳舟隊長にもろてへんのかひよ里ィ!」
「霊子を遮断してあかんねやったらどうしたらええんじゃボケェ!」
『――何も攻撃しようとしているのではない』
死神達の視線が黒凪に向けられる。
彼女の姿が成長していた。
もはやその姿は大人のもので。
そんな自分を見て黒凪が無表情のままで呟いた。
『…そうか、もう14年も経つからね…』
「!」
父様の術が無ければ、もう此処まで。
誰に言うでもなくそう呟いてゆっくりと立ち上がった黒凪の側に曳船が降り立った。
彼女の背中にひよ里が目を見開いた途端に曳船の右隣に鳳橋、左隣に拳西が降り立つ。
「 奏でろ 金沙羅 」
『!』
「そのまま抑えてるんだよ。鳳橋ちゃん。」
「コレそのままぶっ刺していいんすか?」
鳳橋の斬魂刀によって拘束された黒凪に近付いて拳西が小刀を持ち上げる。
頷いた曳船を横目にその小刀を黒凪の背中に突き刺し、小刀が光を帯びる。
その光が黒凪を包み込んだ途端に目を見開いた黒凪が眉を寄せ抵抗した。
それを見て曳船がひよ里を見て背負っていた杭のようなものを2つ放り投げる。
「ひよ里ちゃん、それを旅禍の足元に。」
「わ、分かった!」
突然の事で動揺しつつもひよ里が言うとおりにするともう2つの杭を曳船が黒凪の手元に刺し、霊圧を流し込んだ。
途端に斜め同士の杭と杭とが黒い帯で結ばれ黒凪の体を地面に押さえ付ける。
それでも抵抗する黒凪を拳西が腕力で押さえ付けた。
「…オイ、あれ何しとんねん。分かるか?」
「恐らくあの旅禍の記憶を抜き取っておるのじゃ。」
「記憶?何でそんなモン…」
「あの子が人間だからだよ。」
平子が浮竹の言葉に目を見開き「はぁ!?」と聞き返す。
その隣で藍染も少し驚いた様に黒凪を見た。
あの旅禍はまだ死んでおらぬ。故に魂魄でもない。…ならば現世に戻さねばならんからな。
「…どう見たって人間とちゃうやろ、あんな…」
「いや、曳船隊長が出てきたと言う事はそういう事だろう。こちらも半信半疑だったから調査も一緒に依頼しておいたんだ。」
「!(ひよ里が持っとったあの機械か…!)」
霊子を遮断する事と共に恐らく中にいた黒凪について曳船が遠隔で調べていたのだろう。
…そして見事に人間だと判明したわけだ。
やがて黒凪がぐったりとし、拳西が突き刺していた小刀も役目を終えた様に光が縮んでいく。
「…うん、上手くいったね。」
「……この娘は本当に人間だったようじゃな。」
「あぁ。正真正銘の生きた人間だよ。…人間にしちゃあ随分と規格外な事をやってのけるみたいだけどねえ。」
「それじゃあこの子を後は現世に戻して――、!」
黒凪に近付いた京楽が目を見開いて固まった。
ゆっくりと黒凪が起き上がった為だ。
咄嗟に鳳橋が斬魂刀を手前に引くが、体を薄く覆う絶界に弾かれる。
そんな鳳橋の斬魂刀には目も向けずに顔を上げ、無表情のままで虚空を見つめる。
途端に空間に歪みが出来き、そこに倒れこむ様にして黒凪が入り込んだ。
一瞬の事に反応が遅れた京楽や平子が手を伸ばすが、既にそこに姿は無い。
「…おい、今の記憶取り損ねたんとちゃうやろな」
「なんやとハゲ真子ィ!曳船隊長がそんなミスするわけないやろ!」
「儂も成功した様に見えた。…記憶が残っていたなら取り戻しに来そうな奴だったしの。」
「…にしても彼女は本当に此処から出て行ったみたいだねえ。」
京楽の言葉に全員が彼の視線の先にある空に目を向けた。
目に見えて空間が安定している。…この空間に干渉出来る存在が消え、静けさが戻っている様に感じた。
沈黙が降り立ったこの場所に地獄蝶が舞い降りてくる。
総隊長からの召集の連絡だった。
『…っ、』
ドサッと地面に倒れ込む。
草が生い茂るこの場所に暫し倒れたままで力を蓄える。
黒凪に吸い込まれる力に乗って風が吹き、草木を揺らした。
『(くそ、何か記憶を抜かれたな…)』
記憶を盗まれた事とあの世界に入り込んだことは辛うじて覚えているが、それ以外が丸っきり駄目になっている。
あそこまでしてやられたのは初めてだ。
そこまで考えてぼーっと揺れる草木を見つめる。
こうして。
(…こうしてその後に隊長となった死神全員に受け継がれる事となったのじゃ。)
(間黒凪が起こした前代未聞の逃走劇と)
(その規格外の存在をな。)
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