世界を救ったのは【 × ぬら孫 】
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奴良リクオ編
「ああもう、ほんっとに毎回毎回欠かさず遅刻してくんだから…」
「そうカッカしないでくださいよ、竜姫さん」
「………」
…徐々に竜姫が床に打ちつけている足の速度と威力が上がっていく。
ガラッと襖が開かれるとその地団駄がダンッと止まった。
ギロッと竜姫の目が向けられた当の本人は「おはよう」と笑って中に入り込む。
その飄々とした態度に竜姫の額に青筋が浮かんだ。
「…あんた毎回遅れてくんのどうにかしなさいよね…。あたしだって暇じゃないんだから…」
『あれ、噴火寸前だ。』
「もう噴火してるっつの!」
ピシャーン!と落ちた雷に新しく加わった裏会の幹部達が「おおお…」と声を漏らす。
…落ち着いて…。ぼそっと放たれた言葉にはっと竜姫が動きを止めた。
第一客の位置に座っているぬらが簾越しに顔を上げ、黒凪に目を向ける。
『…遅れて来たのは悪かったよ。どうも最近は色々な所に神経を張り巡らせていて頭が回らなくてねえ…』
簾を捲ってその奥へ入りぬらの左斜め後ろに座る。
その定位置からも遅れて入って来た彼女は遅れるべき人物ではない。
しかし彼女を無理に引き摺って此処に連れて来るなど誰も出来ぬ事だ。何故なら…
『それでは始めようか。各々各地の報告を頼む。まず夜行。』
「えー、妖退治の件数は昨年と比べ特に変動はしてません。対して妖混じりは年々増えてるので、施設を増やす許可と資金を求めます」
裏会総本部相談役、基総元締である間黒凪。
つい最近に裏会に加わった末席の男がごくりと生唾を飲み込んだ。
彼女は人でありながら優に400年を生きた伝説の結界師。
その実力は神をも超え、つい最近には人の枠を超え遂に神と同義の存在となったと聞く。
『――次。末席の、其方はどうだ』
「は、はい!えー、記録室の方は…」
奥久院の後を継いだ男には前任と同じ様に深い探究心がある。
間黒凪についてもっと調べたい――。
彼女はこれまでどのように生きて来たのか、人でも妖でも神でも無い存在となった彼女はこれからどう生きてゆくのか。
「…以上です。」
『ん、ご苦労。…どうするぬら、資金にはまだ余裕があったかな』
「まだ余裕は…あります…」
『それじゃあ夜行と研究室には申請の通りに資金を出しておく。後は――、あ?』
何処かで今しがた目覚めたかのような妖気に皆が一斉に顔を上げる。
まだまだ幼く不安定だが、覚えのある妖気…否、畏。
黒凪が簾越しに窓の外へ目を向けた。
『(鯉伴…?いや、違うな。)』
「…。そう遠くないねえ」
『浮世絵町の方からだろ。そっちは私の管轄だ、見に行っておく。』
「…あぁ、奴良組ね。随分と放ってるけど大丈夫?」
大丈夫。竜姫の言葉にすぐにそう返した黒凪に竜姫がひゅう、と口笛を吹いた。
その様子に正守が片眉を上げる。
裏会には暗黙的に管轄と言うものが存在する。
例えば竜姫は全国の龍仏境の様な特殊な土地、第八席に新たに加わった京言葉を使う術者と第十一客の僧は西日本を管轄としていた。
しかしどれもその土地を管理せよと明記された事は無い。
…黒凪を除いては。
「(黒凪だけは宣言したんだよなぁ、東京は自分の管轄だって。)」
『それじゃあ話もまとまったし今日はこれぐらいで。』
「(東日本ではなく"東京"。日本の首都だし、然るべき人物が護るべきだとは思うけど――)」
『正守。外で限が待ってんだからぼーっとしないの』
いつの間にか目の前に立っていた黒凪にはっと顔を上げる。
…相談役になってもまだ管轄持つなんて、そんなに東京には何かあるのか…?
ぼーっと黒凪の顔を見つめているとしゃがみ込んで「んー?」と顔を覗き込んでくる。
「(…ま、考えるだけ無駄か。秘密主義だし…)」
『何よ、何か聞きたい事がある感じ?』
「…、別に?東京に何か思い入れでもあるのかなってさ」
『思い入れ?』
態々東京を自分の管轄内にして誰にも手出しされない様にしたりさ。
歩きながら「あー、」と納得した様に言って黒凪が笑った。
特に深い意味は無いんだけどね。ほら、東京には色々あんまり手出しされたくないものだらけだったじゃない。
その時の名残がある所為で周りを威嚇しちゃうのよ。
「(あ、嘘付いてる)」
『限、ごめんね待たせて。』
「…あぁ」
『ほーら、鋼夜も戻っといで。』
限の影から黒凪の影へ。
日の落ちた闇を移動する事は容易いのだろう、鋼夜は一瞬で黒凪の影の中へ入り込んだ。
やはり彼が最も落ち着く居所は今や黒凪の影の中であるらしい。
完全に黒凪と打ち解けた…と言うにはまだ早いかもしれないが、徐々に心を開き始めているのは確かだろう。
居心地が良さそうに揺れた黒凪の影を見ていた正守は小さく笑った。
――…時は1日前まで遡る。
東京の浮世絵町に大きく佇む奴良組本家の中で次期三代目である奴良リクオが己の部下達に向かって口を開いた。
部下である妖達は出入りか、それとも喧嘩かとわくわくそわそわしていたわけだが、己の主の言葉にその気持ちも急速に冷めていく。
【…学校の旧校舎、ですかい?】
「うん。今夜は!絶対!絶対近付いたら駄目だからね…ってもうこんな時間だ、行かなくちゃ!」
【!あらリクオ、まだお弁当が…】
「大丈夫、購買で何か買うよ!ありがと母さん!」
走って出て行くリクオを見送り「折角作ったのに…。」と母、山吹乙女が眉を下げた。
その隣に台所から姿を見せた鯉伴は指先で摘まんだ朝食をぱくっと一口。
そんな鯉伴に気付いた山吹乙女は「あ、ちょ、あなた!」と驚いた様に声を上げる。
鯉伴はごくっと飲み込むと「今日も絶品だなぁ」と声を掛けてのらりくらりと逃げてゆく。
【もう…鯉伴ったら…】
【あー!ちょっと鯉伴、つまみ食いするんじゃないよ!】
「そう怒んなよ姉さん。」
【…総大将はまた…】
台所から聞こえてくる雪麗と鯉伴の声に呆れた様に首無がため息を吐く。
2人の声は玄関に辿り着いたリクオの耳にも届いており「また父さんがつまみ食いでもしたんだろうな…」と呟いて靴を履いた。
するとそんなリクオの背後に「お待ちください若!」と鴉天狗が現れる。
【最近の世の中は危のうございますぞ、せめて護身用に刀を1つ…】
「大丈夫だって、学校に行くだけなんだから。」
【し、しかし…】
【おはようございます。若】
目の前に影が差し、顔を上げたリクオはびくっと固まった。
無表情で此方を見下している牛鬼の顔は座っている状態で見上げると余計に恐ろしい。
ばっと立ち上がったリクオは「う、うんおはよう…。久しぶり…」と遠慮がちに声を掛けた。
その言葉に「お元気そうで何よりです」と返した牛鬼の表情はやはりピクリとも動かない。
「あ、えー…と、それじゃあ僕は学校に…」
【はい。お気をつけて】
「う、うん。ありがと。」
そう返して走り出したリクオは「相変わらず怖いなぁ…牛鬼は…」そう声に出さず呟いて門を潜って行く。
そんなリクオを見送り本家に入った牛鬼は朝から酒を煽る鯉伴の側に立った。
振り返った鯉伴は「おお牛鬼」と笑顔を見せて酒瓶を持ち上げる。
「どうだ、一緒に飲むか」
【いえ、私は…】
「相変わらず堅苦しい奴だなぁ。…で、何か用か?んな朝っぱらから。」
【…。リクオ様についてお話したいと参った所存です】
鯉伴がついと目を向けた。
その目を見返し、失礼しますと牛鬼がその場に腰を下ろす。
……やがて夜になり、一旦家に戻って来ていたリクオが食事をとる鯉伴と山吹乙女の前に顔を見せた。
「それじゃあ父さん、僕友達と遊んでくるから。」
「ん、あぁ。それは良いんだがなリクオ」
「え?」
「…やっぱりお前は組を継ぐ気はねえんだよな?」
真剣な顔をして言った鯉伴に「だから…」とリクオがげんなりした様に眉を寄せた。
僕は人間として生きるって決めたんだよ。それもずっと前にね。
強い口調で言うリクオに鯉伴が箸を止めて顔を上げる。
「なら良いんだ。お前の好きにしな。」
「っ、だからずっとそうしてるって!しつこく聞いて来るのはそっちだろ!」
乱暴に襖を閉じて走って行ったリクオにため息を吐いて鯉伴が味噌汁を啜る。
はー、反抗期って奴かねえ。
ぼそっとそう呟いた鯉伴に「良いではありませんか、可愛くて。」そう言って酒を注ぐのは山吹乙女。
徳利を側に置いた山吹乙女は味噌汁に映る己を見て徐に箸を置いた。
【…随分と大きくなりましたね】
「リクオか?…確かになぁ」
【…黒凪さんにも是非見て頂きたいです】
「…そうだな」
2人にとってリクオは自分達の大切な1人息子だ。とても、今は幸せだ。
しかしどうしても過るのはあの子を産む為に多大な犠牲を被った黒凪の顔で。
あれだけの事をしてもらっておいて、リクオが生まれて「ありがとうございました」では軽すぎる。
…いずれは、リクオにも彼女の事を話したいと山吹乙女は常々思っていた。
【…文を送れば来てくれるかしら】
「時間がありゃあ来るだろうよ。あいつは負い目を感じて身を引く様な奴でもねえし…」
【…そうですね】
【おい鯉伴。もう皆集まっとるぞ。】
おっと、いけねえ。
そう言って立ち上がった鯉伴が部屋を出て幹部達の集まる客間に入り込む。
そして総大将の為にと用意された場に座れば、皆の目が一斉に鯉伴に向いた。
「よう。久々だな」
【総大将…】
【…総大将、本日は奴良組の三代目についてお話が】
「おいおい、早速それかよ。」
総大将をお勤めになってもう300年近く経ちます。そろそろ三代目の目途を立てられてはどうですか。
木魚達磨の言葉に「うん…」と酒を煽る。
これまで鯉伴は三代目についての話題を只管に先延ばしにしていた。
リクオか、それとも他の妖に継がせるか。
その意見に対して彼はずっと黙秘し続けていたのだ。
【リクオ様の御意思を尊重なされる気持ちも分かりますが、そろそろ…】
「俺ぁまだまだ現役だ。まだその話は要らねえよ」
【総大将…!】
【皆の気持ちも分かる。リクオ様はまだ覚醒もされておらぬ上にその御意思も固まっておられない】
牛鬼の声にざわざわとしていた幹部達が一斉に振り返る。
皆の視線を受け、牛鬼がゆっくりと口を開いた。
だが我々奴良組の総大将に相応しいのはリクオ様だけ。それまで待とうではないか。
奴良組総大将に相応しい"畏"をその身に宿す、その時まで――。
【―――…総大将、只今帰りやした】
「青か。リクオも一緒か?」
【へい。今は人間の娘と宿題とやらをやってます】
「分かった。…悪ぃが皆帰る時は裏からで頼むぜ」
総大将、と幹部達の声が彼の背中に投げかけられる。
しかし鯉伴は片手を軽く振って襖を完全に閉ざした。
そしてぬらりくらりと気配を絶ってリクオの様子を見に行けば、リクオが連れて来たカナに茶を出す山吹乙女の背中が見える。
【これからもリクオと仲良くしてね、カナちゃん】
「はい、勿論です!」
「もう母さんは向こうに行っててよ、宿題したいから!」
【ふふ、はいはい。】
笑顔で出て行った山吹乙女に「綺麗なお母さんだね」とカナが笑顔を見せる。
部屋を出た山吹乙女は姿を見せた鯉伴を見上げ、彼と共に闇に乗じて我が息子を見守った。
…襖1つで隔たれた部屋の会話は筒抜けている。
「でも奴良君ってお母さんと似てないから、もしかしてお父さん似?」
「え?…そんなに母さんと似てないかな…」
「うん。だって奴良君の目ってこう、くりっとしてて可愛いじゃない?」
「か、かわいい…」
でも奴良君のお母さんはどっちかっていうとキリッて感じで…。
そんな会話をする2人に山吹乙女が困った様に鯉伴を見上げて笑った。
やっぱりあまり私には似ていないようだから、覚醒遺伝と言うものかしら。
山吹乙女の言葉に「そうかも知れねぇなぁ」と鯉伴も同調する様に頷く。
カナの言葉通り、不思議とリクオは2人にあまり顔が似ていない。
だがそんな事は誰1人としてあまり気にも留めていなかった。
【――ご無沙汰しています、先代。】
【おう、よう来た。鯉伴は今乙女さんが起こしに行っとる、ちと待ってくれ。】
【勿論です。…先代、三代目はどうですか】
【ん?あぁ、リクオか…】
鯉伴も組を継ぐ様に強く言わんからな、どうもリクオは…。
そう言葉を濁すぬらりひょんに「そうですか、」と奴良組本家を訪れた幹部、鴆が目を伏せて言った。
…それにしても二代目総大将の鯉伴はよく眠るものだ。そろそろ夕方だと言うのに…。
「ただいまー」
【お、リクオの方が早く来よったわい】
「おっ、リクオじゃねえか。今から学校か?」
「え、今帰って来たばっかり…」
何ふざけた会話しとるんじゃ…。
そう言って鯉伴とリクオの元に顔を見せたぬらりひょんが鴆が来とるぞ、と2人に声を掛ける。
するとリクオがぱあっと顔を明るくさせて走って行く。
それを見送った鯉伴は後頭部を掻いてぬらりひょんに目を向けた。
「鴆ってのはリクオが小せぇ頃に遊んでたあの鴆か?」
【うむ。じゃからあんなに嬉しそうに走っとるんじゃろうなぁ】
「俺にはあんな嬉しそうな顔見せねぇぞ…」
【息子ってのはそんなもんじゃ。】
…そんなもんかねえ。
鯉伴が寝癖でボサボサになった髪を掻きながら背を丸めて言う。
一方のリクオは部屋で待っていた鴆の前に腰を下ろし「お久しぶりです、若!」と意気揚々と頭を下げた鴆に苦笑いを浮かべた。
「頭下げてくれなくて良いよ鴆さん。久しぶり…」
【へい、お久しぶりです。総会にはあまり出席出来なくて申し訳ねえ。】
「ああ良いよ良いよそんなの!あんなの只の悪行自慢大会みたいなものだし…」
【次期総大将殿がそんな事を言っちゃあいけねえや。若はいずれ魑魅魍魎の主となるお方…、胸を張って…!】
あ、うん…。
そんな風な微妙な反応を返すリクオに鴆の勢いがふっと止まる。
…何やら反応が悪いご様子。
笑顔のままでそう言った鴆にリクオも笑顔を浮かべて口を開いた。
「だって僕は継がないよ?奴良組なんて。」
【…それはどうしてでしょうか?】
「だって僕人間だし。それに父さんが総大将で上手くいってるみたいだし何も僕がでしゃばる事…」
【ふざけんなよゴルァアアア!】
響き渡った鴆の怒号に「ぅえっ!?」とリクオが飛び退いだ。
聞いてるぞリクオォ!!お前のその腑抜けた態度の所為で幹部達の賛同を1つも貰えず、三代目になりそこなってるって事はなぁ!!
勢いよく立ち上がり言った鴆に「あ、なんだ知ってたの…」とリクオが引き攣った笑顔を見せる。
【どういう事か説明しやがれぇ!】
「だ、だって…だって僕は人間だし!妖の頭が人間だったらおかしいだろ!?だから僕は継がない!」
【んのっ、いっぺん死ねやぁああ!】
「わ、ちょっ、鴆さん止めてー!」
鴆の猛毒を含んだ羽が部屋を飛び回り、ぎゃーっとリクオが襖を開いて外に退避する。
そんなリクオを見て鴆が目付きを鋭くさせ「こんな奴の為に生きてるてるわけじゃねえぞ俺は!」と再び罵声を浴びせた。
しかし途端に咳き込み、鴆がその場に座り込む。
騒ぎに顔を見せた鯉伴が蹲る鴆に目を細めた。
「おいおい、あんま無茶すんなよ鴆。」
【っ、二代目…】
「体調が悪いんなら今日はもう帰んな。親父には俺から言っとくから。な?」
鯉伴に付き添われて玄関に向かい、鴆が部下と共に去っていく。
それを見送ったリクオはすぐさま祖父であるぬらりひょんの元へ向かった。
その背中を見た鯉伴は「あーあ」と呟くと息子の後に続く。
「ちょっとじいちゃん!」
【ん?なんじゃリクオ】
「鴆さん呼んだのじいちゃんだろ、なんで呼んだんだよ!」
【…ばれちゃあしょうがないの。】
何考えてるんだよ!鴆さんは身体が弱いんだ、呼びつけるなんて酷いよ!
怒った様に言ったリクオにぬらりひょんがちらりと目を向けた。
酷いじゃと?…本気でそう思っとるなら、お前にこの奴良組を継がせられるだけの器量は無い。
そう言って部屋を出て行ったぬらりひょんに「おいおい…」と鯉伴が眉を下げる。
「何言ってんだよじいちゃん…。僕は継がないって言ってるのに」
「…ちょっくら行ってくらあ。リクオ、ちゃんと母さんの飯食えよ」
「…父さんだって何で悪さばっかりする集団の総大将なんてやってるんだよ…」
「悪さぁ?…おいリクオ、そりゃあちと違うぞ。」
え?とリクオが顔を上げる。
何で奴良組なんてもんがこの世に必要か分かるか、リクオ。
すぐに首を横に振った我が息子に鯉伴が小さく微笑んだ。
「この世には数え切れねぇ程の妖怪が居る。その中には弱く、小せえ奴等も沢山居るんだ」
「……」
「そいつらを護る為の器。…それがこの組が存在する意味の内の1つってわけよ」
「…弱い妖を護る場所って事?」
そうだ。少なくとも俺は、そんな奴等を護る為に此処の総大将になってる。
鯉伴の言葉にリクオが目を伏せた。
そんなリクオの頭に手を乗せ、鯉伴が徐に髪を掻き混ぜた。
「総大将になりたくなけりゃそれで良い。お前はお前の好きな様にしな。」
「…うん」
リクオの頭から手を退けてぬらりひょんの後を追う。
自室に戻っていたぬらりひょんの前に鯉伴が無造作に腰を下ろした。
目の前に座るぬらりひょんの姿は自分とはとても似ても似つかない。
【…いっそ見せたらどうだ鯉伴。てめぇの本当の力をよ。】
「何言ってんだよ親父。俺と山吹の方針に賛同してそんな姿を取ってくれたのはあんただろ。」
妖怪任侠世界の事はまだリクオに見せるつもりは無ぇ。
あいつには人としてもう少しだけ過ごしてほしいんだ。
鯉伴の言葉にぬらりひょんがふんとそっぽを向く。
そんなぬらりひょんが鯉伴と山吹乙女の頼みで祖父に見えるように態と老人の姿を取って随分と経つ。
【…じゃが、儂とて組の行く末は心配じゃ。】
「あぁ。分かってる。…分かってるよ」
【…しっかりな】
「おう。…ちゃんと育ててやらねえとあいつに怒られそうだしな」
…もうあやつと…黒凪と会わんくなって何年経つ。
リクオが今年で13だからな…13年だろ。
2人はそう言葉を交わし徐に目を伏せた。
少しの間沈黙が降り立ち、徐にぬらりひょんが口を開く。
【…もう死んどるかもしれんぞ】
「…は?」
【……】
「…どういう事だよ、親父」
…黒凪は死ぬ場所を決めとる。
鯉伴がぴくりと眉を寄せる。
あやつにはあるものを封印すると言う目標があった。…その目標を達成すれば死ぬと言っておった。
リクオを生んでからすぐにその目標を達成する為に修行をすると言っておったし、あやつの事だ…まだ終わってないとはとても思えん。
「…死ぬ事をやめてるかもしれねえだろ」
【黒凪を止められる奴がおると思うか?】
「………。」
苦い顔をした鯉伴にふはっとぬらりひょんが笑った。
今も昔も思い通りにならんのはああ言った奴だけじゃ。
ぬらりひょんの言葉に鯉伴がゆっくりと顔を上げた。
「なぁ親父、…本当にもうこの世に居ねえと思うか?」
【……あぁ。思うな。】
「…、そうかい」
諦めた様な声色で言った鯉伴にぬらりひょんが「あぁ」と一言返す。
――…へくしゅっ!と裏会の会合中に噂の人物、黒凪がくしゃみをした。
すん、と鼻を啜った黒凪は「えー、続きをどうぞ…」と報告をしている最中だった裏会幹部に声を掛ける。
…その頃、リクオはと言うと。
「――居た、鴆さんだ!」
【お待ちくださいリクオ様、何か様子が…】
【…てめぇ蛇太夫…。俺との盃の忠誠心はどうしたよ…】
【ふん。もとより忠誠心などありませんでしたよ。ただ行く場所が無かっただけ…】
ですが丁度最近に奴良リクオの三代目就任を反対する幹部の御方に声を掛けられましてな…。
其方に着いた方が私の出世の道もあると考えたまで。
悪びれる様子も無く言った蛇太夫にリクオの側に居る鴉天狗が「外道め」とボソッと呟いた。
【俺はまだ…死ぬわけには…ゲホッ、ゴホッ】
【フン、まだあの奴良組のバカ息子の事を言ってるんですか。貴方も凝りませんねえ…】
【っ、】
【せめて苦しまずに葬ってやりましょう…!!】
ぐんっと首が伸びて蛇太夫が大口を開き鴆に迫っていく。
それを見た鴉天狗が咄嗟に飛び出し、体当たりで蛇太夫を退け衝撃で鴉天狗が鴆の前に転がって行った。
そんな鴉天狗に鴆が目を見開くと遅れてリクオが彼の側に駆け寄り鴆の身体を支える。
【リクオ!?お前どうして……、おい、お供はどうした…!】
「どうしても鴆さんに伝えたくて、謝りたくて走ってきたから…、……お供は…」
【馬鹿野郎、俺じゃお前を護れねえってのに…ゴホッ、】
【これはこれは奴良リクオ様…。良い機会だ、ついでに貴方も殺して差し上げますよ!!】
止めろ蛇太夫!……逃げろ!リクオ!!
鴆の焦った様な声に「落ち着け、俺は大丈夫だ」とリクオが言った。
その口調と雰囲気にぴたっと止まった鴆がゆっくりと顔を上げる。
その背中は先程までのリクオのものではない。…明らかに、別物。
【テメェに鴆の大義がほんの少しでもありゃあ、命ぐれぇは助けてやったのによ…】
【ぐっ!?】
蛇太夫の口に刀を宛がい、其処から蛇太夫を真っ二つに切り伏せる。
刀に纏わり付いた血を払い鞘に納めたリクオを鴆と鴉天狗が唖然と見守る中、ゆっくりとぬらりひょんの畏を纏いリクオが振り返った。
その姿は魑魅魍魎の主、ぬらりひょんを彷彿させ、その妖気は完全な妖そのものだった。
【…リクオ、なのか…?】
【まあな。】
【……はっ。やっぱり四分の一は妖怪だったって事だな】
眉を下げて笑った鴆にリクオも笑い、彼の目が鴆の牛車に向いた。
ごそごそと中を漁ったリクオが酒瓶を取り出しお猪口を2つ持って鴆の前に座る。
鴆のお猪口にリクオが酒を注ぎ、向き合って酒を煽った。
【…なぁ、リクオよ】
【あ?】
【俺と盃を交わしちゃくれねーか。…俺のこの残りの命、あんたに託したい】
【…本気か?】
俺は嘘は付きませんぜ、三代目。
小さく笑って言った鴆にリクオが笑い、互いに腕を交差させて自分のお猪口を口元に持って行く。
そうして同時に酒を喉に流し込むとお猪口を置いて腕を解き、リクオが立ち上がった。
【そろそろ帰りな、鴆。体調もそう良くはねえだろ】
【…あぁ。本当はあんたと夜通し語り合いたかったんだがな】
牛車に乗って飛び上がった鴆を見送り、空を見上げていたリクオが徐に鴉天狗を呼んだ。
鴉天狗はすぐさまリクオの側に飛んでゆくとその姿に目を伏せる。
朝になってしまえば目の前のリクオは消え、普段のリクオとなってしまう。
それを考えると勿体無くて仕方が無かったのだ。
【…鴉天狗よ】
【は、はいっ】
【…俺は三代目を継ぐぜ。】
【!!】
一体後何人の妖と盃を酌み交わせば良い?
彼の言葉に「それは、その」と鴉天狗が言い淀む。
その様を見たリクオはふ、と笑って「自分で考えた方が良いよな」と言い放つと再び空を見上げた。
【…なぁ鴉天狗】
【はい、】
【……俺ぁ今日、この姿になって…】
一体誰にこの事を伝えたんだろうな。
…はい?とリクオの言葉に鴉天狗がそう聞き返す。
俺もよくは分からねえ。…ただ、
【俺が"表"に現れた時、誰かがそれに気付いた筈なんだ】
【は、はあ…】
【…誰かは、分からねえんだがな】
誰かが、確かに俺に気付いた筈なんだ。…誰かが。
ざあっと風が吹く。
その風に揺れた白髪を片手で抑え、黒凪が夜行の屋敷の縁側で月を見上げる。
『(…これはやっぱりリクオなのかねえ)』
【面白そうな妖気が流れ込んで来てるなァ】
「面白そうか?…多分俺等と同類だぜ、この気配。」
【良いねェ…発展途上って感じで。】
発展するかどうかは分からねーぞ。
ニヤニヤと笑っている火黒にそう言って閃が黒凪の横でコップに入った牛乳を飲みほした。
一方の限は黙って雲の流れを見ているとぼそっと一言、
「…知ってる気がする」
『え?』
「…俺は、この気配を知ってる」
限の言葉にドキッとする。
彼の次の言葉を待つ様にじっと見ていると限はやがて眉を寄せて首を傾げた。
あ、そこまで確信を持った感じじゃない…?
そんな事を考えながらじーっと眺めていると思い出した様に限が片眉を上げる。
「あぁ、最近潜入してるとこの…」
『え、あんたまたどっかに潜入してんの』
「浮世絵中学校…。の、…、奴良…」
『!』
…奴良、リクオ…?
眉を寄せて絞り出す様にそう言った限に微かに目を見開いた。
そんな黒凪に気付かず閃が「なんで潜入してんの?」と限に問いかける。
限が空を見上げたままで口を開いた。
「妖混じりと妖が結構混じってるから、それの調査」
「ふーん。まあ最近は妖も人間に紛れ込める奴が増えてるもんな。…お前は相変わらず皮がねえと無理っぽいけど」
【俺もこのまま昼間に歩こうと思えば出来るけどなァ…。やっぱ皮の中のが楽なんだよなァ】
「…ふーん。」
…そんなに気になるなら見に行く?
黒凪の言葉に「またお前は無茶を、」と閃が振り返った。
しかしそんな閃を押し退けて顔を近付けた火黒が「行く」と即答する。
にやっと笑い合った2人に限と閃が呆れた様に顔を見合わせた。
『そうと決まれば正守に話通して来るわ』
【また無理矢理承諾させるくせによォ】
『さーて何の事かしら~』
「…見に行くって、まさか限と一緒に潜入するとか言うんじゃねーだろーな…」
え?そのつもりだけど。
あっけらかんと言った黒凪に「そりゃいい」とまた火黒が賛同した。
項垂れる閃の背中を限が叩いて「諦めろ、あいつはあんな奴だ」と慰める。
…我等が頭領の元へ向かう彼女の足取りは軽い。