世界を救ったのは【 × ぬら孫 】
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百物語編
「明鏡止水・桜」
『!』
炎に包まれた山ン本五郎左衛門に黒凪が微かに目を見開いて鯉伴を見る。
珱姫の文にて幼い頃から才能に満ち溢れていた事は訊いていた。
そんな子供が大人になればこれ程にまで成長するのか。
そう考えていると「おおおお、」と山ン本五郎左衛門の声が響き自身の胸元からえぐり出した心臓を持ち上げた。
「んだ、あれは…」
『…刀?』
心臓から刃の様な物が生まれ、山ン本五郎左衛門が大きく振り翳す。
すぐさまその武器を無数の結界で固定し鯉伴を護る様に結界で囲む。
しかしその巨体の威力を結界で押し留める事は出来ず振り下された刀の威力をまともに受けてしまった。
転がって屋根にめり込んだ黒凪は身体を貫通している木の破片の痛みに眉を寄せる。
鯉伴の結界がその衝撃で解け、鯉伴が黒凪に駆け寄った。
『くそ…自分の防御が間に合わなかったか…』
「あ、あんた腹が…!」
【!】
鯉伴の声に此方に駆け寄った黒田坊も黒凪の容体に気が付いた。
痛みに浅い息を繰り返している黒凪は何度か身体を動かそうと試みるが身体が言う事を聞かない。
彼女が舌を打つと鯉伴と黒田坊が山ン本五郎左衛門に目を向けた。
「待ってろ、さっさと山ン本を斬って本家に連れてってやる」
『…、』
いっそこの場で死ねば早いのだ、
本当は殺せと鯉伴に指示をしたい所だが血が喉に溜まって上手く言葉が出ない。
自害しようにも身体が動かないし、見事に八方ふさがりとなってしまった。
鯉伴と黒田坊が山ン本五郎左衛門を睨む中、黒田坊が徐に口を開く。
【1つ聞きたい、奴良鯉伴】
「あぁ?」
【妖のお前が何故そこまで必死に人と妖を共に護ろうとする。】
「…。黒田坊よ、俺ぁ半分が人間で出来てる」
その言葉に黒田坊が目を見開いた。
俺の母親が人間で、父親は妖だ。
幼い頃からこの町で育って、俺には人間の友達も妖の仲間も沢山居る。
俺はこれまでどっちにも随分と世話になってんだ。だからどっちも見捨てる事なんざできねえ。
「妖も人も伴うのが俺だ。それを背負って生きるのが俺の運命なんだよ」
【……】
「…黒田坊、俺の百鬼夜行に加われよ。俺と盃酌み交わそうぜ」
そして俺はお前を纏って戦う。
…纏う、だと。
そう呟いた黒田坊と鯉伴が一瞬、ほんの一瞬だけ動きを止めた。
途端に鯉伴の畏に黒田坊の畏が重なり大きく広がっていく。
「明鏡止水・百花繚乱」
明鏡止水の炎を纏った黒田坊の暗器が山ン本五郎左衛門を斬り伏せ、続けざまに黒田坊の武器が空から無数に降ってくる。
それを鯉伴は"畏砲・流星天下"と言った。
…纏い、か。そう呟きたいが如何せん喉がやられていて声が出ない。
大した術を編み出したものだ。
己の人間部分に他の妖を憑りつかせ畏を大きくする。
『(…この様な時に一思いに死ねないのは…辛いな…)』
【…やったのか…?】
「あぁ…。正直ぶっつけだったが、上手く行ったみてぇでよかった…」
【…おい、ふらついてるぞ】
今の技は人間の部分に纏わせるから…どうも一度使うとふらふらになっちまうんだよ…。
気だるげにそう言って鯉伴がのそのそと黒凪に近付いて行く。
ようやく重たくなってきた瞼に抗う事をせず目を閉じようとした黒凪は鯉伴の焦った様な声に揺り起こされた。
『なんだ…放っておけ…』
「ちょ、寝るなよ!おい!」
【早く医者に見せぬと死ぬぞ…】
「くっそ、青!青田坊はいねえか!」
呼んだか大将!
そう言って姿を見せた青田坊に「黒凪を!」と焦った様に言えば彼の目が黒凪に向いた。
うおお!?こりゃやべえ!そう叫ぶ青田坊に「なんじゃなんじゃ」と姿を見せたのはぬらりひょん。
彼は血塗れで倒れながらげんなりとしている黒凪を見ると微かに目を見開いた。
【あぁ良い良い。放っておけ。】
「はぁ?何言って、」
【ほれ。もう死によったわ】
「…は?」
何馬鹿な事言ってんだよ、そう震える声で言った鯉伴は眠る様に死んでいる黒凪に目を大きく見開いた。
嘘、だろ。そう呟いて膝を着いた鯉伴に「ちゃんと見とれ」とぬらりひょんが鯉伴の顔を上げさせた。
何を見ろって、そう言って眉を寄せた鯉伴は黒凪の腹に空いていた穴が塞がって行く様に目を奪われた。
『……、…何故皆で取り囲んでる』
【い、生き返ったあ!?】
【黒凪は特殊な人間でなあ。こいつは死んでもすぐに生き返る。】
「…んだよそれ…」
どさっと尻餅を着いて言った鯉伴に黒凪が小さく笑顔を見せた。
何だ、驚いたのか?それとも悲しくて泣きかけたか。
冗談交じりで言った黒凪はむすっとした鯉伴の顔を見ると微かに驚いた様に目を見開いた。
『…なんだ、本当に泣きかけてたらしい』
「るせえ、急に死んじまうもんだからビビっただけでえ」
『はは。…私はね、魂蔵と言う力を無尽蔵に蓄えられる能力を持ってる。その魂蔵に蓄えられた力がなくならない限り私が死ぬ事は無いんだよ』
ある意味私はお前達妖よりも強く不気味な存在だ。
私の事なんて心配するだけ無駄なんだよ。…君のお母さんはいつまで経っても私の身を案じ続けていたがね。
そう言って立ち上がった黒凪に鯉伴が手を伸ばそうとする。
しかしそれを遮る様に青田坊が鯉伴を持ち上げ肩に担いで歩き出した。
「おい青!?」
【っしゃあ!黒凪さんも生き返ったんだし凱旋と行きましょうや!】
『行っておいで鯉伴。私はここらの修復をしておくから』
大量の式神を放つ黒凪に青田坊に担がれたままで鯉伴が目を向ける。
すると空に太陽が昇り始め、その眩しさに皆が顔を上げた。
奴良組の勝利だなんだと騒ぎ始める妖達を横目に散らばった式神に一気に力を注ぎ江戸の街を修復して行く。
【…もう夜が明けた様ですね】
【(もー、鯉伴ったら何してるのよ!まだ百物語組と戦ってるわけ…!?)】
【深川の方で何かあったのかしら、火の粉が此方にまで来ていますし…。…雪麗さん?】
【ぅえっ!?だ、駄目よ乙女ちゃんあんたは外に出ちゃ!鯉伴の事はそこに居る一ツ目と狒々が見に行ってくれるから!】
うん?儂等が行くのか。
つか今日に出入りだとは聞いてねえぞ。屋敷に居たってのによぉ。
そんな風に会話をしながらのそのそと出て行った一ツ目と狒々は表に出ると徐に町の方へ向かって歩き出した。
【儂等にも声ぐらい掛けてくれりゃあ手助けに行ってやったのによぉ】
【まあまあ。若いもんに任せておけば良いではないか。】
【つったって初代が行ってんだからなぁ…。ん?】
【お。】
2人の視界に奴良組の勝利だ、今日は宴会だと騒ぐ大量の妖達が見えた。
その先陣には鯉伴や見覚えのある妖達が居て「なんでえ、帰ってきやがった」と一ツ目がニヤリと笑う。
そして「総大将」と声を掛けようとした一ツ目を何処からともなく現れた雪麗が押し退けた。
【鯉伴!】
【いって!てめぇ雪麗!】
【あなた、おかえりなさい…!】
雪麗や一ツ目、狒々の横を走って通り抜けた山吹乙女が笑顔でそう言った。
そんな山吹乙女を見た鯉伴は相変わらずの飄々とした笑顔で「おう、ただいま」と返す。
それを見た山吹乙女は微かに頬を赤く染め、目の前の夫の胸へ飛び込んだ。
【ずっと待っていました…!】
「!…あぁ、心配かけたな。」
【おー!大胆だなあ奥方様!】
【宴会じゃー!宴会じゃああ!】
わーっと一層大きな声で歓声を上げた奴良組を上空に作った結界の上で胡坐を掻いた黒凪が遠目に眺める。
側の建物の屋根に音も無くぬらりひょんが降り立てば、黒凪の白い髪が微かに揺れた。
【なんか一回り大きくなったのう、お前】
『少し魂蔵の力を出し過ぎてしまったのさ。私にかけられた秘術は私自身の時を喰うものだからねえ。』
大方、力を一気に無くした私に驚いて蓄えた時を少し吐き出してしまったんだろう。
そう言った黒凪の髪は胸元まで伸び、胸も少し膨らみ着物がきつくなっていた。
このぐらいは力を蓄えればすぐに戻るさ。
薄く笑って言った黒凪の頭にぬらりひょんの手がぽんと置かれ、その手に黒凪が顔を上げる。
【少しぐれえなら儂の力も喰って良いぞ?ん?】
『…なら遠慮なく』
【っ!?…喰い過ぎじゃ、ったく】
『ありがたく頂いたよ。…ほうら、戻ってく。』
毛先がさらさらと風に流されて消えてゆき、身体の大きさも子供のものに戻って行った。
小さく縮んだ己の手を見た黒凪はゆっくりと立ち上がり綺麗に晴れた空を見上げる。
するとそんな黒凪に気が付いたのか、足元から「おーい」と鯉伴の声が聞こえた。
ぬらりひょんと共に目を向けるとそこには山吹乙女の肩を抱いた鯉伴が立っている。
「今から宴だ、あんたもどうだい!」
『…いや、私は良い。裏会にも報告する事が』
【まあそう言うなや。お前にはやってもらわにゃならん事がある。】
『っ、お前またそう強引に…』
ぬらりひょんに抱えられて鯉伴達の前に降り、引き摺られる様に屋敷の中へ。
そうして数分後には鯉伴と黒凪が盃を片手に睨み合う様にして見つめ合っていた。
ほれほれ、世にも珍しい結界師と妖怪頭の盃じゃぞ。若いもんは見ておけ見ておけ。
宴会の最中にそう言ったぬらりひょんを黒凪が眉を寄せて睨み付ける。
しかしその側に座っている山吹乙女の嬉しそうな顔を見ると毒気が抜かれた様に息を吐き、改めて鯉伴に目を向けた。
『…お前は良いのかい鯉伴。こんな茶番、降りても良いのだぞ』
【何言ってんだよ、俺とあんたはもう兄弟も同然だ。あんだけ一緒に戦っておいて今更他人だなんて悲しいぜ】
『(…これだから親子と言うものは…)』
【そんじゃあま、これから俺達は兄弟だ。対等の存在として…っておい!先に飲むなよ!】
焦った様に鯉伴も酒を喉に流し込み、うわーっと妖達が歓声を上げる。
交差させていた腕を解いた黒凪はすっと立ち上がると山吹乙女の頭を1つぽんと撫でて襖を開いた。
なんでえ、もう帰るのか。そんな鯉伴の言葉に振り返る。
『私は今までこう言った席で最後まで居られた例がないんだよ。これからもやる事は沢山ある。』
「ふーん。忙しいんだなぁお前も。」
『まあね。それじゃあ』
そう言って襖を閉じて行った黒凪に小妖怪達が顔を見合わせる。
確かにあいつが最後まで居た例がねーよなー。うんうん、忙しいんだなぁ。
そんな風に会話をする部下達を横目に鯉伴が酒を喉に流し込む。
今回の敵は随分と厄介なものだった。黒凪が居なければ決着が付くまでまだまだ時間が掛かった事だろう。
【あなた、お注ぎします】
「ん、あぁ」
ややっ、今日もお熱いのうお二方!
酒が入って上機嫌に言った狒々に「よせやい」と鯉伴が笑顔を見せる。
その楽しそうな様子に山吹乙女が微笑んだ時、何気なく小妖怪達が呟いた言葉に彼女は固まった。
【これにて江戸も当分は安泰だ!そろそろ三代目を生んでくだせえ、奥方様!】
【あ、え、えぇ…】
【そうだそうだ!そろそろ世継ぎも必要だよなー!】
山吹乙女と鯉伴が困った様に顔を見合わせる。
その様子を遠目に見ていたぬらりひょんは「確かにそうじゃな」と酒を煽り目を細めた。
…彼はまだ知らない、この40年程の間に鯉伴と山吹乙女が子を作ろうとしていなかったわけではない事を。
ましてや2人の間に子供が"出来ない"状況にある事など、まだ誰も…。
全てを受け止めて
(行くのか、結界師)
(ん?…あぁ黒田坊。どうしたんだい、宴会に混ざれば良いのに)
(…お主こそ、総大将と盃を交わしたのならもう少し留まれば良いだろう)
(そう言う訳にも行かないのさ。私にも色々あるからね)