世界は君を救えるか【 結界師長編 】
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志々尾限への一歩
ピンポーンと、アパートのチャイムの音が部屋に響く。
ここのチャイムの音を聞いたのはこれが初めてではないだろうか。
今まで誰もこのアパートに訪ねてきた人などいなかったことだし。
黒凪は布団の中で少し唸ったが、すぐに布団を頭からかぶってまた静かになる。
その様子を見て限は浮かしかけた背中を壁に付ける。黒凪の為にも無視しよう、その考えに至ったらしい。
しかし。
「志々尾ー。おーい。」
また部屋のチャイムが鳴った。
限の眉間に少し皺が寄る。
誰かと思えば、墨村か…。
そんなことを考えながら扉の前に移動した。
「居るなら返事しろよー。なぁー」
「…何の用だ?」
「うお、…お前扉の前だろ。開けろよ。」
「……何の用だ。」
開ける気のない限にため息を吐いた良守は
1人手に持っていた弁当を持ち上げて言った。
「父さんがお前と黒凪に弁当作ったんだ、食え。」
「…。そこに置いていけ。」
「俺の分もあるんだよ。」
「…。」
やっとこさ開いたアパートの扉。
その隙間から中に立つ限の顔を見て、片手をあげる良守。
「よ。」
「入れ。…黒凪が寝てるから静かにな。」
「まだ寝てんのか?…もう昼だぞ…」
「最近疲れてるらしい。」
布団にくるまって眠っている黒凪を横目に限と向かい合って座る良守。
黒凪の分の弁当はそれとなくおいておき、2人で大半を平らげる。
お互いに食べ終わり、暫しの沈黙が降りると良守が徐に話始める。
その声は黒凪に配慮してか、普段より小さい。
「学校休んで何してたんだ? 黒凪が調子悪かったのか?」
「それもある。…俺の場合は精神統一だ。黒凪は行けって言ってんだがな。」
「精神統一…。気合い入れ直してたって事か。」
「うん」
小さく頷いた限の目が良守の隣に置かれている箱に向かった。
それは? と訊いた限に良守がぱあっと笑顔を見せる。
良いトコに気づくじゃねーか、と若干わくわくした様子で箱を開いた良守。
中には綺麗なホール型のチョコレートケーキが入っていた。
「俺様特製の…」まで大きな声で言いすぐさまボリュームを下げる。
が、時すでに遅し。黒凪が微かに目を開いた。
「…お前が作ったのか」
「おうよ。…んだよその顔。馬鹿にして――」
「食うよ。皿は?」
「お?…ある、けど」
良守が皿を取り出し限に手渡す。
受け取った限は背後で眠っている黒凪に体を向けると
その背中をげしっと蹴った。
おい、と良守が焦った様に立ちあがると黒凪がまたのそりと動く。
…何? そう言った黒凪の声は普段よりも幾分か低く掠れていた。
「墨村がケーキ作ったらしい。」
『…え、そうなの…?』
「お、おう。…でもそんな無理して食わなくても、」
『いや、食べるよ。』
ゆっくりと起き上がった黒凪は足を引き摺る様にして限の隣に座った。
ぼーっとしている黒凪は時折コテッと限に凭れ掛かる。
そんな黒凪を肘で退かせ彼女の手にケーキの乗った皿を握らせる限。
その兄妹の様な2人の状況に良守は微かに目を瞬かせた。
「…」
『…あ。美味しい。何これー…』
「チョコケーキだけど…。…つか志々尾は何か言えよ…」
「……」
無言を貫き通す志々尾に黒凪が眉を下げて笑った時
本日二度目の来客をインターホンが知らせた。
うん?と同タイミングで扉を見る良守と黒凪。
扉の向こうから「限ー、黒凪ー。」と親しげに2人を呼ぶ声がする。
黒凪は聞き覚えのある声に立ちあがった。
しかし限がすぐさま黒凪の服を引っぱり彼女が玄関に行く事を阻止する。
またインターホンが鳴った。
「ちょっとー?返事しなさいよー!」
「…おい、志々尾良いのか?」
「絶対お前開けるなよ…。」
『ちょっと限ー…』
玄関に向かおうとする黒凪をギリギリと押さえつける限。
その様子と限の必死の表情を見た良守は思わず「何だその顔!?」と声を上げる。
限は側の押入れを見るとひょいと黒凪を放り込んだ。
ちょっと! と黒凪が扉を叩くも限はそれを押さえつける。
「おい墨村、この扉結界で塞げ」
「はぁ!? お前さっきから何して…」
「あの女と黒凪を会わせる訳には…」
「は…?」
わなわなと震える限の一睨みで渋々扉を結界で固定した。
その瞬間に玄関の扉が鈍い音を立て破壊される。
見事に室内に吹き飛んできた扉を見た良守は突然の出来事に跳び上がると
恐る恐る玄関を覗き込んだ。
入り口には仁王立ちをして腕を組んだ女性が立っている。
「来ちゃった☆」
「…誰だアレ…?」
「どーも良守君! ウチの限がお世話になってまーす! あと黒凪も!」
「……お前の母さんか?」
違う!ばっと振り返って力いっぱい反論した限に良守は少し後ずさった。
ずかずかとそんな2人等お構いなしに入り込む女性。
その後を申し訳無さ気に時音も続いた。
時音の姿を見つけた良守は「時音!?」と目を大きく見開く。
「私が連れて来たの。限、久しぶり~」
「………」
「あ、あの…?」
「ああ、私は花島亜十羅。夜行所属の妖獣使いよ。限がこっちに配属されるまでは黒凪と一緒に限の面倒を見てたの。」
よろしく! そう言ってにっこり笑った亜十羅に「どうも…」と取り敢えず頭を下げる良守。
そんな良守にもう一度笑顔を向けた亜十羅は机の上にあるケーキを見ると微かに目を見開いてしゃがみ込んだ。
じーっとケーキを見る亜十羅に良守と時音も顔を見合わせる。
亜十羅はチラリと限を見た。
「限、アンタ甘いの苦手じゃなかったっけ?…あ、黒凪が食べた?」
「志々尾も一応食ってましたけど…」
「そうなの!?」
「え、そんな苦手なんですか!? …なんだよ言えよ志々尾ー…黒凪を態々起こすし2人共好きなもんだと…。」
眉を下げる良守から目を逸らし「悪いし、」と歯切れ悪く言った限。
その顔を見た亜十羅はぱあっと目を輝かせた。
仲良くなったの!?そう言ってドタタッと限に詰め寄った亜十羅を限が一瞬睨む。
しかしそれを意に介さない亜十羅は「よかったー!」と限を抱きしめた。それはもう、思いっきり。
「や、やめっ…」
「なーに照れてんのよ! 昔あたしと一緒にお風呂も入ってたじゃなーい!」
「煩い! 余計な事言ってんじゃねぇ!」
「あははは! アンタ結局黒凪とは照れて一緒にお風呂入れなかったよねー!」
煩い! と顔を真っ赤にして言う限を良守達は唖然と見ていた。
すると亜十羅が部屋を見渡し不自然に押し入れに掛けられている結界を発見する。
あれ? 黒凪はそこ? と首を傾げた亜十羅から離れた限は押入れの前に移動した。
扉を開けさせまいとする限に時音が良守を見る。
「なんか黒凪を会わせたくないらしくて…。」
「亜十羅さんと?」
「多分…」
「黒凪ー? 何処ー?」
部屋のどこにいても聞こえる様に言った亜十羅の言葉にすぐさま「此処。」と黒凪が返事を返した。
ギクッとした限の頭にぽんと手を置いた黒凪は押入れの隣にある壁を擦り抜け亜十羅の前へ。
久しぶりー!と手を取り合う2人を前に限は1人項垂れた。
「これだから結界師は…」
「えええ!? アイツ壁、壁を…!?」
「結界師ってそんな事も出来るの!?」
『結界師はこーんな事も出来るの。』
黒凪が得意げに笑った。
新しい結界師の可能性に呆然と立ち尽くした2人。
しかしどうにか気を取り直した時音が場を収め
アパートの小さな机に良守と時音が隣、亜十羅と黒凪が隣と言った具合に座る。
限は少し離れた所で小さくなっていた。
『で? 急にどうしたの亜十羅。あんたのアドリブ行為は今に始まった事じゃないけど…。』
「失礼ねー。今日はちゃーんと目的があって来てます。」
いつもあんな唐突に現れてるのか…、と良守が小さく呟いた。
そんな良守を横目に時音が「目的?」と問い返す。
すると亜十羅はニコッと笑って限を見た。
「今回私は貴方達をテストしに来たの。ほら、この前限がクビになりかけてたじゃない?」
「あー…、まあそれは…」
「黒凪もそうだと思うけど、教育係のあたしとしては見逃せない訳。ねぇ?」
『うんうん。』
意気投合する2人に限が不貞腐れた様子で目を逸らした。
その様子を見た亜十羅は「アンタもこっち来たら?」と限に声を掛ける。
限は反応を示さない。
限に対する接し方や口調は黒凪と亜十羅は似ている所がある。
しかし限の態度は黒凪と亜十羅でかなり違っていた。
「…来な。早く。」
亜十羅の言葉に何も言わず限が亜十羅の隣に移動した。
その様子に「うおお、」と良守が目を見開く。
どうやら言う事は訊くらしい。
「後であたしの泊まってるアパートに来るんだよ限。黒凪の代わりに絞ってやるから。」
「………」
「んで、テストの内容だけどテーマは"チームワーク"。良守君達と限と黒凪。それぞれでのチームワークは大丈夫だろうけど問題は4人でのパターン。」
うんうんと黒凪と時音が頷いた。
翡葉の話では良守君達は協力しようとしてるけど限が黒凪に
それはもう金魚のフンの様にずーっとくっついてるんでしょ?
そう言った亜十羅に「変な言い方すんな」と反論した限だったが
「実際そうだぞ」と良守と時音が目で訴えた。
限は何も言わず目を逸らす。
その様子を見ていた亜十羅は「と言う訳で。」と黒凪の肩を抱く。
「今回テストを受けるのは限と良守君、時音ちゃん。黒凪はあたしと一緒にテストを仕掛ける側よ。」
「な、」
「だって黒凪が居ればアンタすぐに頼るじゃない。それにこんなチートが私の敵だったら私負けちゃうだろうし。」
『あはは。』
"敵" って?
亜十羅の言葉に引っかかった時音が徐に訊き返す。
すると亜十羅は唇に人差し指を当て片目を閉じた。
その仕草に何も聞かない事にしたのか時音が口を閉ざし、徐に限と良守に目を移した。
「どう?あたしのテスト受けてくれる?」
「…解りました。そう言う事なら。」
「ありがとう。じゃあ早速今夜決行ね。烏森学園で会いましょ!」
『亜十羅、アンタ何処に泊まってるの? 京のアパートと近い?』
近いけど? と言った亜十羅に「じゃあ私も」と
黒凪も共にアパートから出て行った。
随分と仲が良さげな2人を見送った良守は限に目を移す。
限は床を見つめ、また深い深いため息を吐く。
「…あの2人、お前の教育係だったのか」
「あぁ。」
「ふつーに仲良いじゃん。俺てっきり仲悪いんだと…」
「仲が良すぎるんだよ。」
吐き捨てる様に言った限に時音が首を傾げた。
限は部屋の隅に移動させた広げたままの弁当をチラリと見て続ける。
「あいつ等は2人揃うと夜行の修行で無双する。…いつも俺や他の妖混じりの奴等は完膚なきまでに負かされてた。」
「お、おお…」
「…しかもかなりエグい手口で。」
「えぇー…」
フフフフフとあくどい笑顔で見下して来る亜十羅と黒凪が時音と良守の脳裏に浮かんだ。
確かにあの2人なら何となくありえない話でもない様に思える。
しかも当の経験者である限が此処まで怯えているのだ、並大抵のものではないのだろう。
嫌な予感に時音と良守は思わず顔を見合わせた。
「黒凪ー。もう行くよー?」
『はいはーい』
よいしょとアパートの窓から飛び出せば下にはもっふもふの毛を持つ雷蔵が。
黒凪がしっかりと雷蔵の背中に着地した事を確認した亜十羅は
「行くよ!」と雷蔵に軽やかに声を掛ける。
返事を返した雷蔵はダダダダダと勢いよく走り始めた。
『限の事叱ってくれた?』
「もうバッチリ! こってり絞ってやったわ!」
『ありがとね~。私叱るの苦手だからさ。』
「あはは、あんたは限にはとことん甘いからね!」
あははは、と2人で笑いあう。
そうこうしているとすぐに烏森に辿り着き校舎の前で集まっている良守達を見つけた。
雷蔵は機転を利かせて其方に猛突進していく。
3人ギリギリで雷蔵に止まる様に指示を飛ばした亜十羅が
体操選手の様に軽やかに着地した。
黒凪も遅れて雷蔵から降りると限が何気なくこちらにやった目が
雷蔵とバッチリと合う。
「この子は雷蔵って言って、私の相棒…」
【げんー!】
「ちょ、おまっ」
思い切り突っ込んで来た雷蔵をモロに受けとめた限はその勢いのまま雷蔵と共に転がって行く。
そのまま雷蔵は容赦なく限を放り投げたり踏みつけたりと彼にじゃれ付き始めた。
その様子をチラリと見て亜十羅がくすっと微笑む。
黒凪も何処か嬉しそうに限の様子を見ていた。
「あの2人は夜行の中でもかなり仲が良くてね? 雷蔵はもう限が大好きなの!」
『亜十羅と限がタッグを組む時はいつもあんな感じになるの。』
「うんうん。…ただ…」
ビシャーン!と雷が雷蔵の元に落ちた。
勿論雷蔵とじゃれていた限はその雷の巻添えに。
ぽかーんと口を開いて見ていた良守は亜十羅を見る。
「反射的に落雷起こしちゃうからねー。アハハ。」
「いやいや! 志々尾黒焦げになってますけどっ!?」
【あぁ~げんげん、ゴメン…】
黒焦げになった限を涙を浮かべて眺める雷蔵。
しかしそんな中で平然と立ち上がった限は亜十羅と黒凪に向き直った。
「確認しておきたい事がある」
「何?」
「お前の出すテストとやらに合格すれば、お前夜行に帰るんだよな。」
「なーによその言い草。ったく…雷蔵!」
黒凪も! と声を上げた亜十羅に従って黒凪も雷蔵に乗り学校の壁を登って行く。
屋上のフェンスに到達した雷蔵はフェンスを少し歪ませながらその上に乗った。
おい、と苛立ったように言う限を見下した亜十羅が不敵に微笑む。
「アンタの言う通り、合格すれば私は夜行に帰る。ただしさっき黒凪と相談したんだけど…」
『合格出来なかったら限は夜行に帰ること。』
「な、」
『あんたの後釜は閃にやらせるから。』
テメェ、と黒凪を睨む限。
黒凪はにっこりと微笑んだ。
その笑顔を見た限はゾクッとした寒気に体を硬直させる。
亜十羅さん! と抗議の声を上げた良守を見た亜十羅は烏森を見渡して口を開いた。
「あ、そうそう。ココには私の可愛い妖獣ちゃん達が沢山来てるからね。」
「え、妖獣…」
「私と雷蔵が着けてるこのバンダナをしてる子達は間違えて滅しちゃ駄目よ?」
『制限時間は30分。課題は亜十羅を無傷で捕まえる事。…だらしない攻撃や作戦を立てたらただじゃおかないからね。』
んじゃあスタート! 亜十羅の言葉と共に雷蔵が口から雲を吐き出した。
その雲に紛れる様にして亜十羅と黒凪が姿を消す。
くそ、と眉を寄せた良守は始まった時間を時計で確認した。
その隣で微かに額に青筋を浮かべた限は「ふざけやがって、」と1人走って行く。
そんな限の気配を察知した黒凪は深いため息を吐いた。
『あの子もう良守君達から離れたよ。』
「あららら。すーぐ頭に血が上るんだから…」
『亜十羅、あんたここからどうするの?』
「好きに動くわ。黒凪はずっと私の護衛。よろしくね?」
分かってるよ、と黒凪が小さく微笑む。
しかし雷蔵から離れた2人の身体能力は天と地ほどの差がある。
亜十羅が黒凪を抱えて木の枝を跳び回っていた。
いやあごめんね。と黒凪が眉を下げると背後に限が現れる。
それに気が付いた亜十羅は振り返り限を見た。
「限! 止まりなさい!」
「っ!?」
「そしてそのまま気を付け! 動くな!!」
『結。』
ビシッと動きを止めた限に止めを刺す様に頭に結界をぶつける。
ゴン、と鈍い音を立てて限が木から落下した。
それを見つけた良守は「志々尾!?」と叫び狼狽える。
ふん。と目を細めた亜十羅は黒凪を連れて再び走り出した。
「とりあえず黒凪は屋上ね。そこからなら私が何処に居てもサポートできるでしょ?」
『うん。任せといて。』
さてと。そう呟いて屋上に腰を下ろす。
亜十羅はそんな黒凪を尻目にフェンスに乗り、烏森を見渡した。
すると亜十羅が腰につけていたポーチがもぞもぞと動き中から小さな妖獣が顔を覗かせる。
三つ目の黒い妖獣。その姿を見た黒凪は笑みを浮かべ顔を覗き込んだ。
『おはよう魔耳郎。』
【…あれ、黒凪はまた教官役?】
『そ。私が敵だったら怖いでしょ?』
【うん。怖いね。】
魔耳郎はくしくしと脳天にある角をいじると「あ。雷蔵がやられた。」と亜十羅と黒凪に告げる。
亜十羅は「そっか、」と少し困った様に言うと魔耳郎に笑顔を向けた。
意図を読み取った魔耳郎は徐に亜十羅の背中にしがみ付く。
ばさりと開いた翼。それを確認した亜十羅は立ち上がりふわりと飛び上がった。
ギュンと空中を飛び始めた亜十羅にひらひらと手を振る黒凪。
黒凪は目を閉じ探査用の結界を展開した。
「―――!」
「この感じ…黒凪ちゃんね」
「相変わらず兄貴に似て陰気な気配だな…」
「…あぁ、俺も思ってた」
頭領に似てるよな。
薄く微笑んで言った限に良守は思わず動きを止めた。
するとそんな3人の上空に亜十羅が現れ瞬く間に風を切り進んでいく。
空飛べんの!? と驚いた様子の良守に限が補足する様に説明した。
亜十羅の背中にある翼は魔耳郎と言う妖獣のものであり近づく敵全ての動きを察知することが出来ると。
「…やっぱり此処は限君のスピードに頼るしか…」
「そうだな。俺等が志々尾をサポートして速度をどんどん上げてけば…」
同時に限を見た時音と良守は彼の不安に満ちた表情に凍りついた。
何、どうしたの? と訊いた時音から目を逸らす限。
再び良守が「なんだよ、」と訊くと渋々口を開いた。
「…アイツと黒凪が俺の教育係だって言っただろ。」
「おう」
「……昔こってり躾けられた所為であいつ等2人…特に亜十羅には逆らえない。」
逆らえないと言い切った限に「流石妖獣使い…」と時音と良守の考えがシンクロした。
カミングアウトを終えた限は暫く黙り再び「あとは、」と付け足す様に口を開く。
まだあるのか? と良守が身を乗り出した。
限が徐に目を逸らす。
「…黒凪に何かあるとそっちに意識が向く。」
「あ、それは知ってる」
「!?」
「え…お前バレてないと思ってたの…」
良守の一言で限はがっくりと肩を落とした。
ちょっと。と時音の肘が良守を突く。
すぐさま良守は「ごめんごめん」と限をフォローした。
しかし限は微かに頬を赤く染め口元を手の甲で隠す。
「昔から一緒にいてくれた奴だからアイツだけは本当に…」
「…うーん。とりあえず亜十羅さんは耳栓で防ぐとして…」
「黒凪だな…」
「……気にしなければ良い。俺がどうにかする。」
ぐっと拳を握って言った限。
流石に目を閉じろとまでは言えない為良守と時音も頷いた。
亜十羅は依然空を悠々と飛んでいる。
「うーん、なかなか仕掛けてこないなあ…。ちょっと高度下げよっか、魔耳郎」
中々仕掛けて来ない良守達にしびれを切らせ、亜十羅が少し高度を下げて彼らを目視で探し始める。
その様子を目で追っていた黒凪は亜十羅を捉えるように現れた巨大な結界に「お、」と呟いた。
チラリと右側を見れば上空に作った結界を足場に立った良守が、どんどん亜十羅を捕まえるように結界を作っていく。
しかしそれでは魔耳郎のセンサーを携えた亜十羅は捕まらない。
すると今まで作られて行っていた良守の結界の上に音を立てずに限が降り立った。
『やっぱり限のスピードで魔耳郎に対抗する気だね。』
【ウシシシ】
黒凪の横に座っているのは亜十羅の妖獣、潜助。
潜助の頭を撫でた黒凪は立ち上がり目を細めて限の動きを見る。
良守と時音のサポートがあり徐々に速度が上がって行った。
それを見かねた亜十羅が動きを止め息を大きく吸う。
「限! スピードを落としなさい!!」
『…あれ』
「あれ?」
スピードが落ちない。と亜十羅と黒凪が同時に呟いた。
眉を寄せた黒凪が試してみようと再び探査用の結界を広げる。
一気に己を飲み込んだ黒凪の気配にピクリと限も反応を示した。
しかし黒凪を見ようとはしない。
そんな限の行動に亜十羅も目を見開いた。
「黒凪にも反応しない…」
『へぇ…』
とりあえず良守君達の結界を全部破壊しようか、と考え構えたが…止めた。
そこまで本気になっては意味が無い。
折角あの子達だけでクリア出来そうなテストを出したのに。
…ただ、少し邪魔するのは良いよね。
黒凪はいつの間にか姿を消している潜助に笑みを見せた。
「…きゃあ!?」
「時音!?」
「お、ナイス潜助!」
『私の指示でーす。』
ありがと☆そう言ってバチッとウインクをした亜十羅に黒凪も笑みを向ける。
潜助に飛びつかれた時音はとてもじゃないが結界を作れそうにはない。
残り時間を見た。後30秒。
此処までかな、と呟いて脳裏に閃を思い浮かべる。
あの子がこっちに来たらきっとビビりっぱなし…。
そこまで考えた時。
【亜十羅まずい。回避しないと…】
「へ?」
「行けぇええ!」
「うおぉおおっ!?」
限の珍しい叫び声、と良守君の訊き慣れた叫び声。
何事かと顔を上げれば不自然に亜十羅の側まで迫っている良守。
あの体勢から予測するに限に投げ飛ばされたのだろう。
苦渋の選択だが良守はどうにか限に応えようと結界を作った。
『…良守君! そのまま結界を狭めて手を伸ばして!』
「結界を狭める!?」
『結界の角を自分に引き寄せるイメージ!』
「む、無理だー!」
んな、と黒凪が眉を寄せる。
しかし限が投げた時の勢いは消えずそのまま良守が手を伸ばした。
魔耳郎の機転も働き回避し始める亜十羅。
限は良守が彼女を捕まえる事を願う他ない。
時音も潜助を引っぺがし良守を見上げた。
「捕まえ……」
「魔耳郎、もっと速く!」
【っ…!】
んなぁ!?と良守の声が響いた。
良守が掴んだのは亜十羅のスカーフだけ。
当の本人である亜十羅は良守から離れた結界の中でタイマーウォッチを見下した。
途端にタイムオーバーの音が鳴り響く。
黒凪は「あはは」と笑いながら座り込み、限に目を向ける。
「…さーて。判定は…」
『これは合格をあげないとね。亜十羅。!』
「そ! ごーかく♪」
亜十羅と黒凪の言葉に3人がばっと顔を上げた。
マジで…と良守が亜十羅に声を掛けた途端に2人が入っていた結界が解ける。
落ちていく良守の視界に先ほどまで彼の結界があった場所に手を伸ばしている黒凪が映った。
きっと彼女が術を解いたのだろう「ギャー」と良守が落ちて行った。
そんな良守の首根っこを掴んだ限が一緒に地面に降りてやる。
その様子を見た亜十羅はまた嬉しそうに笑った。
「本当に良いんですか…? 第一、私達亜十羅さんを捕まえられてないし…、」
「なーに言ってんの。限が貴方達を頼ってた時点で合格を決めてたわよ? あたしは。」
『え、私閃の事思い浮かべてた…』
【げーん!!】
ドドドド、とまた雷蔵が走って現れ限を連れ去っていく。
あー! と楽しげに限にじゃれる雷蔵。
その様子をまた黒凪は笑顔で見守った。
【げんげん帰ろ! やぎょーに帰ろ!】
「!…悪いけど、まだ帰らない」
【えー…げんげん……えー…】
「…もっと他に戦闘向きの奴居ただろ。夜一や月之丞でもよかったんじゃねーのか。」
限らしい質問に笑顔を見せた亜十羅は
良守から受け取ったスカーフを首に巻きながら口を開いた。
あたしはアンタ達を傷付けに来たんじゃないのよ。
その言葉を聞いて限が微かに微笑む。
限の表情を見た亜十羅も微笑み彼の肩に手を置いた。
「友達は大事にしなさい。一生ものよ?」
「!」
「よし。帰ろっか雷蔵!」
『バイバイ亜十羅。また。』
またね! そう言って黒凪とハイタッチを交わした亜十羅。
ふわふわと雷蔵と共に空に飛び上がった亜十羅は大きく手を振った。
その様子を4人で見送る…中、亜十羅の表情がいたずら心からにんまりとした笑顔になった。
「じゃあねー! 限、また一緒にお風呂入ろーねー!」
「な、何バカなこと…!!」
「今度は黒凪も一緒よー!」
「アイツぶっ殺す…!」
なんだって? とドスの効いた亜十羅の声が響き渡る。
限はビシッと固まって目を逸らした。
黒凪は「あはは、」と笑いながら手を振る。
「おーい志々尾ー。黒凪ー。」
『良守君? どうしたの?』
「…」
数日後、授業が終わり家へ帰ろうとしていた黒凪と限の元へ良守が現れた。
一緒に帰ろうぜ、と珍しくそんなことを持ちかけてきた
彼に一瞬怪訝な顔をした2人だったが、別段断る理由も無く彼らも荷物を持って立ち上がる。
「あのさ、今日ちょっとうちに来てくれねーか? ちょっと聞きたいことがあって…」
『ああ…いいよ、分かった。限もいいよね?』
小さく頷いた限を見て良守を先頭に
その隣に黒凪が並び、一方後ろで限が歩く。
そのまま墨村宅に着くと、入った途端にかわいいエプロンを付けた良守君の父親である修史さんが。
以前の様に笑顔で全員を迎え入れると…私たちをとある部屋の机の前に座らせ、大量の料理を持って現れる。
「沢山あるからどんどん食べてね。これとこれも美味しいよ!」
「ど、どうも」
『ありがとうございます…?』
「うんうん! 皆授業で疲れてるでしょ? 食べて食べて!」
嬉しげにご飯をよそう修史を横目にチラリと限を見る。
限は困った様に眉を下げながら食べていた。
かなりの量がお茶碗に盛り付けられていて、それを見て思わず笑ってしまう。
するとそのタイミングで出かけていた繁守が帰った様で、修史が玄関に向かって歩いていった。
「あ゙ー…食った食った。志々尾、もっといるなら言ってきてやるけど…」
「…いや、それより…」
「んあ?」
食器を片して部屋を出て行こうとした良守を凄い眼光で見つめる限。
そんな限に小首を傾げた良守に黒凪が口を開く。
『帰りたいみたい。この子こういうの慣れていないから。』
小さく限が頷く。
しかし良守は意に介した様でもなく
「父さんの気が済むまで居てやって」と笑顔で返した。
限はまた困った様に眉を寄せると「墨村…!」と彼を呼ぶ。
と、修史が帰って来た。
「あ、良かったらお風呂入って行ったら? 志々尾君も間さんも。」
「え゙」
「入ってけば? なんなら黒凪と一緒に入ればいーじゃん。リベンジリベンジ」
「ばっ、…俺は風呂が苦手なんだよ」
限の言葉に次は良守が絶句する。
それは汚ねーぞ…と言う良守に「煩い!」と返した限。
黒凪は限は風呂が苦手だから亜十羅に無理やり入れられた事を良守に伝えた。
それを訊いた良守は「成程なー」と納得した様に頷く。
するとそんな黒凪達の前に繁守が姿を見せた。
「…間殿。少しお時間を頂けますかな?」
『?…ええ、勿論です。』
「あ、じゃあ志々尾はこっち来いよ。俺も丁度訊きたい事あるんだ。」
「俺に?」
そんな会話をしながら2手に別れ
黒凪は繁守の自室に案内され対面する様に座った。
「昨今…徐々に奴等の…黒芒楼の影が近付いてきております。こちらとしても探りを入れようと式神を放ちましたが、奴等は異界に居る為どれも失敗に終わっております。」
『あぁ…それは正守君からも伺っています。流石に式神だけでの異界への侵入は難しいでしょうね。』
「ええ…。そこで間殿。何か奴等についてご存じであればご教示いただきたいのですが。」
黒凪が机に目を落とし、記憶を探るように目を細める。
あれはそう、400年ほど前のこと…。
「"黒芒の化け狐"。異界に城を構えているそうですな。」
『ええ。過去に父と共に立ち寄ったことがあります。』
不自然に開いた異界への穴。
開いた原因を探すべく父である間時守と共にその奥に位置する異界へ向かった。
既に烏森の封印を行った後で、父の力がかなり衰弱している時で
その先陣を切っていたのは黒凪の方だった。
『中に入れば辺り一面がススキ野原でした。その中に衰弱した前の主と…一匹の狐が立っていた。』
「…生え抜きではないと」
『ええ。私が思うに、あれは只の妖ですね。…偶然前の主の死に目に黒芒の異界へ入り込んだだけの…』
「その化け狐が今や黒芒楼などと名乗りを上げて烏森を攻めて来ている、と…。」
うーん。と黒凪は右上を見上げる。
その化け狐が攻めて生きている、というのは少し違う気がします。
その言葉に繁守が黒凪を見た。
『あの狐は所詮はただの妖…。そろそろ寿命も尽きる頃でしょう。その影響で土地自体も弱ってきているはず。そのため烏森を新しい黒芒楼にするつもりだということだとは思いますが…。』
ただ私が疑問なのは、それを目論んでいるのは本当にその狐自身なのかということ。
少なくとも過去に出会ったあの狐は…勿論その性質は妖だったけれど
どこか神らしく、自分にも周りにも興味がなく…ただ、その好奇心のままに動く。
そんな存在だった。
『それにあちらの動きがどこか "人間らしい" 部分も一つ、気になっています。』
「…確かに集団で行動している事も、おおよそ妖らしくはない様に思えますな。」
しん、と沈黙が降り立った。
繁守の表情を見れば、多少は納得した様子で今の話で大体彼の中で
敵の目星がついたのだろう。
『それではそろそろ私はお暇します。少しでも役に立てていられれば光栄ですが…。』
「いえ、大変貴重なお話でした。」
深く頭を下げた繁守に黒凪も小さく会釈をし、彼の部屋を出ていく。
するとその直傍に黒凪を待つように良守が立っていた。
「お、やっと終わったか。」
『うん。話の内容は聞いてた?』
「…まあ、多少は…。」
『素直でよろしい。』
小さく笑ってそう言った黒凪をちらりと見て、良守は傍の縁側に腰を下ろした。
どうやら限は現在風呂場にいるようで、ここで一緒に彼を待つということなのだろう。
「最近繁じいの奴、兄貴とよく電話してんだ。昔はお互い毛嫌いしてた感じだったのに…。ま、多分黒芒楼についての話をしてるんだろうけどな。」
『うん』
「…俺、信用されてないのかなって、ちょっとムカついてんだ。そりゃあ今は兄貴の方が頭も切れるし、実力だって全然上だけどさ。烏森を護ってるのは俺なのに…」
そうぼそぼそ話す良守に小さく笑みを浮かべ、黒凪が言う。
確かに烏森を主体的に任されているのは正統継承者の2人だけど…
この烏森は裏会にとっても、どの組織にとっても妖の手に渡ってしまうと
困る、そう言った特殊な土地なんだ。
『だから正守君も目をかけてるんだと思うよ。』
「…。信頼していいのかな。兄貴のこと。」
『…うん。正守君はね、君も分かっていると思うけど…ちょっと捻くれてる。でもね。』
良守の脳裏にかつてまだ正守と共に過ごしていた時の記憶が過る。
自身の右手に現れた方印を睨みつけるようにしていた顔や、頑なに方印を見ないようにしていた様子。
はたまた、方印を隠そうとした俺を睨みつける、あの暗い眼差し…。
『君たち家族のことや仲間のことは本当に大切に思ってるから。だから…信頼してあげて。』
そして、修行に明け暮れて汗だくになった俺の顔にタオルを放り投げてくれた。
そんな記憶も。
『あれはただ、長男として必死に取り繕っているだけ。本当は1人ぼっちで必死にもがいてるんだよ。』
限が黒凪達の背後で足を止めた。
そんな限に黒凪が笑みを浮かべて振り返る。
『限、お帰り。』
「…あぁ」
『今の話、聞いてた?』
「まあ…多少は。」
そうとだけ返した限の手にはすでに彼自身のものと
黒凪の分と2人分の荷物が担がれていた。
『それじゃあ一旦私たちはアパートに戻るね、良守君。』
「ん、ああ…」
『またあとで。』
そうして限と共に帰路に就く黒凪。
限は隣に歩く黒凪をチラリと見て地面に視線を落とした。
1人ぼっちで、もがく。
(黒凪から兄貴の話を聞いていた時…)
(1人ぼっちでもがいているのは黒凪の方じゃないのかと)
(どうして聞きたくなったんだろう。)
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