世界は君を救えるか【 結界師長編 】
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始まりの一歩
『……ふむ』
草木に囲まれた森の中で、気持ち程度に己を隠すように置かれているのか、それとも眠っていた時間が長すぎて枯れ葉が体の上に溜まっていたのか。
徐に起き上がった少女は無造作に後頭部を掻き、肩から滑り落ちていく枯れ葉を見下ろした。
そして頭の上にも乗っていた枯れ葉を徐に払い、立ち上がって体を伸ばす。
《…ああ、やっと見つけた。お姫様。》
《うん?》
ただいつものように退屈な1日になるであろう、今日をどう過ごしてやろうかと行く当てもなくただ思うままに歩いていただけ。
自分の無力さに嫌気がさして、それでも進まざる負えない自分の状況にため息を吐きながら彷徨っていただけ…。
《君は?》
《私は墨村守美子と申します。》
《墨村…ああ、分家の。それにしても見慣れない顔だね。》
《それはもう、何百年と経っていますから…》
こんな私でも愛想笑いはうまくやっているつもりなのに、彼女の愛想笑いはなんと酷いことか。
目に光なんて全くないし、口元の端が申し訳程度に少し吊り上がっているだけ。
《そうか…色々とやっているうち、年を数えるのを止めてしまったからかな。》
そう1人で納得して、改めて墨村守美子と名乗った女性に目を移す。
生まれ持っての才能だろう、その呪力の高さが彼女の実力の高さを十分に証明しているように思える。
これは、稀に見る天才というものの類だろう。
《本日はあなた様に掛かった術を解くためにここに来ました。》
《…それは勿論、許可を貰って?》
《はい。》
《ふふ、ただの霊体になってしまったせいで私の居場所さえももう探し当てることができないのか。》
本当、長い年月が経って色々と変わってしまったなぁ。
そうしみじみと言っている間にも彼女は片手の人差し指と中指をピンと立て、こちらを静かに見据えている。
《ありがとう、守美子さん。》
《ええ。きっと、これで貴方はもう》
『置いて行かれる事は無いでしょう、か』
体がちゃんと動くかどうかだけ確認しておくため、両手をぐっと握って、そして開く。
そして私は立ち上がり、一思いにと肩から下にまで伸びた白髪を結界で囲み一気に押し潰した。
『…うん、すっきり。』
肩までの長さになった髪を撫で先ほどまで自分が寝そべっていた傍にそっと置かれている紙切れを拾い上げる。
そこに書かれているのは二文字の漢字と、手書きの地図のようなものだけ。
『夜行…ねえ。』
《この後、あなた様はしばらく眠りにつくことになります。やはり何百年と共にした術と引きはがされることになりますから…。》
黒凪が徐に自分の胸元に手を添える。
引きはがされても何の違いも感じない。
あの術は、私にとってその程度のものだったということだろうか。
《目覚めた後は、私の長男の元へ向かってください。事情はある程度伝えておきますから。》
ひょいひょいと結界の上を移動しながら走り突然吹いた風のせいで手の平から滑りぬけた紙を目を向けることなく結界で捕まえる。
そして掌の上に別の結界を作り、少し離れた結界の中にあった紙が手前の結界の中に移動する。
結界を解き、空中を彷徨い始めた紙をつかみ取ると徐に空に輝く大きな月に目を向けた。
『うーん、どうしたものか。』
色々と準備、整ってないんだけれどなあ。
そんな黒凪の言葉は誰の耳に届くでもなく夜に溶けていく。
ピンポーン、と滅多に鳴らない、一応のためにと取り付けておいたインターホンが鳴る。
普段の様に書類などを確認していた裏会実行部隊、夜行の頭領である墨村正守は小首を傾げた。
「(夜行の人間なら勿論インターホンなんて鳴らさないし、宅配なんて頼まないだろうし…)」
「頭領、本日誰かいらっしゃる予定でしたか。」
早速夜行の副長である刃鳥が正守の部屋にやってくる。
彼女がそう己に問いかけてくるのだ、絶対に誰かの訪問の予定なんてない。
…ということは。
「ほら、数日前に言ったろ? 俺の母親が預けて行ったあの件だと思うよ。」
「…ああ。なるほど。」
そうして2人で玄関に向かい、扉を開くとそこには真っ白な髪を携えた少女が立っていた。
わずかにインターホンよりも小さな身長で、こちらを見上げる少女は2人が現れると笑顔を見せる。
『こんにちは。突然の訪問になってしまって申し訳ないんだけれど…』
その容姿に似合わないしっかりとした口調に正守も笑顔を見せ
目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「話は聞いています。ようこそ、夜行へ。」
『ああよかった。東京の街並みもたくさん変わっていてここまでたどり着くのに大分苦労したんだよ。』
「僕が迎えに行くことができればよかったんですがね…。母曰く、あなたを見つけるのにはかなり苦労したとのことで。」
今更あなたを見つけるよりも、来ていただいた方が時間がかからないと思いまして。
そう飄々と答えた正守に「なるほど彼が守美子さんの長男か」と納得がいった。
彼自信もまだまだ母親に及ばずともかなりの術者だし、何より隙が無い。
表面では人のよさそうな顔をしているくせに、その心の内ではこちらをまったく信用していない…。
『(出来の良い子たちが多く出てきているようだなあ…。よかった。)』
「どうぞ中へ。」
『ありがとう。』
通されたのは応接間だろうか、真ん中に机と向かい合うように座る用のものだろう、2つの座布団が置いてあるだけ。
玄関には彼と共に来ていた水色の髪をした女性は私が中に入ったのを見送るとそそくさとどこかへ行ってしまった。
「直にお茶が来ますから。」
『いえいえ、お構いなく。』
「改めまして、裏会実行部隊、夜行の頭領をしています。墨村正守です。」
『どうぞ気軽に話して。 私なんてただ君より年を取っているだけで、何も偉いことなんてないのだから。』
そう言った私に眉を下げた正守君。
少し難しく感じるかもしれないけれど、出会ったばかりだからまだまだ融通は利くだろう。
『改めてになるけれど…、私は間黒凪。君たちが開祖と呼ぶ間時守の一人娘に当たる。どうぞよろしくね。』
「…どうぞよろしく。」
笑みを張り付けて握手を交わした正守は早々にその手を目の前の少女の手から半ば逃げるように離した。
彼にとって、これほどのまでの術者に会うことは初めてであり、どう接していいのか全く分からなかったのだ。
「(母さんもものすごい人を俺に任せたものだ…。)」
これほど上位の術者、俺が面倒を見れるはずがないのに。
特に…正統継承者でもない、この俺が。
と、そんな俺の不安を感じ取ったのか目の前の少女がこちらに笑顔を向けたまま沈黙した。
まるで俺を気遣い、こちらの出方を伺ってくれているように。
「…ごほん。失礼。では…」
いけないいけない。
前もって決めていた段取りを忘れていた。
正守は徐に手を挙げた。
それと同時に正守の背後にある襖が開き、どっと人がなだれ込んでくる。
「キャー! 新人の子、まだ小さいじゃない! かわいい! あたしずっと女の子に来てほしかったのよー!」
「女の子だ…」
「でも力、半端ないね」
そこにはざっと見ても若い人間ばかり。
そんな私の考えは予想がついていたのだろう、正守君が口を開く。
「実はまだまだ作ったばかりの集団でね。」
『そう…。いいね。』
「ん?」
『皆明るい。異能者たちは、そうそうこんな風には成れない。』
少し微笑んでそう言った私に正守君の驚いたような目が向いたのがわかった。
『君の手腕の高さが伺える。すごいね、君は。』
「…」
「ねえねえ、あたしは花島亜十羅って言うの。よろしくねー!」
咄嗟に言葉が出なかったのだろう、言葉を詰まらせた正守君をどーんと押しのけて私の目の前に迫ってきた女性。
頭領という役職についていながらもこれだけフレンドリーに皆が接することができているところを見ても、それは彼の優しい性格ゆえだろうと容易に想像がついた。
『初めまして。これからよろしくね。』
「うんうん! それから、うちの子たちを紹介させて! 年の近い女の子が周りにいなくて心配しててね~」
そう言いながら亜十羅が嬉しそうに2人の男の子を私の前に引っ張ってくる。
「こっちのちょっと目つきが悪いのが、翡葉京一! 黒凪ちゃんよりは少し年上になるかな! まーひねくれちゃってるんだけどいい子だから! ほら、挨拶!」
「翡葉京一です。よろしく。」
そう無表情に言った少年。
そんな彼の左腕の方にはにょろにょろと動く蔦がかすかに見える。
本人が感情を表に出さない分、まだまだ蔦のコントロールが未熟なのか蔦が代わりに私の呪力の大きさに驚いているようにざわざわと動いている。
その様子をじっと見ているとそれを嫌がるように翡葉の右手が蔦を抑え込んだ。
「で、こっちのちびっこい美少年が影宮閃。はい、挨拶!」
「影宮閃。よろしく…」
対して彼は感知能力が人一倍高いのか、遠目から見ても分かるぐらいにその腕に鳥肌が立っている。
少しでも私が呪力を底上げすれば、猫の様に髪を逆立てて飛び上がって逃げることだろう。
とにかく亜十羅が紹介してくれた2人に共通して言えることは幼いが故、そして妖混じりであるが故の勘の良さが私へのこの大きな警戒心につながっていること。
つまり…怖がられている。
『私は間黒凪。…どうぞよろしく!』
にっこりと笑って差し出された手をおずおずと握る2人の幼い妖混じり。
この先彼らが目の前の得体のしれない少女を誰よりもかけがえのない存在として大切にすることを、まだ知らない。
夜行に入って約3ヶ月程が経った頃のこと。
黒凪は彼女にとってとても久しいものである、人との関わりというものを存分に堪能し彼女の毎日は今までにないほどに充実していた。
『正守君?』
そんな彼女は珍しく頭領である正守から招集を受け、彼の執務室を訪れた。
じいっと真剣に報告書を見る正守と、その前で彼の言葉を待っているであろう翡葉の姿があった。
翡葉は相変わらず無表情でピクリとも動かず美しい正座をして待っている。
黒凪はそんな彼らを交互に見て、そうして再び正守に声をかけることにした。
『正守君。』
ぼーっと考え込んでいる様な様子の正守とその前で無表情のまま座っている翡葉を再び交互に見る黒凪。
黒凪はため息を吐くと徐に人差し指と中指を立てる。
そして間髪入れず結界を正守の後頭部に落とした。
「な…!?黒凪、あんたな…!」
やっと焦ったように翡葉が血相を変えて立ち上がり今しがた3か月前にやってきたばかりの新米に難なく机に沈められた頭領に目を落とした。
『だからあれほど仕事に没頭しすぎるなと言ったのに。疲れ切ってて意識が外に向いてない。』
「…うん、すみませんでした…」
ぷしゅー、と頭から煙を発しながら起き上った正守は後頭部を片手で撫で、起き上がる。
まさに黒凪の言った通りなのだろう、特に先ほど起こった出来事には言及せずその手にある資料を黒凪の方に向ける。
「ちょっとこれを見てくれるかな?」
『どれどれ…』
資料を受け取った黒凪は思っていたよりも無事な様子の正守に安堵し正座し直した翡葉の膝の上に座りペラペラとその資料を捲り始めた。
「…降りてください。」
『ちょっとだけだから我慢してね。』
あやすようにそう言われた翡葉の額に青筋が浮かび、その様子を憐みを込めて見る正守。
彼自身、この3か月ほどで黒凪がどういった人物なのかが大体わかってきたところだ。
彼女は自由奔放で掴みどころがない。
まさに母がそう呼んでいた通り、お姫様という言葉がある意味似合い、そしてやはり結界師としての本質も持ち合わせているのだと思い知らされる。
そんな人物だった。
『なるほどね。確かにこの依頼は君がどっと疲れてしまうのも頷けるかな。』
「推測するにその子は妖混じりだと思う。そして親に捨てられたんだ、昨日のこの手紙1つでね。」
ひょろりと顔を出した翡葉の左腕から生える蔦を見た黒凪は片手でむんずとそれを掴んだ。
そして黒凪はそのまま体を倒し、翡葉の胸元に後頭部を預けてため息を吐く。
そんな様子も見ていた正守は手元の湯飲みの水面に目を移した。
…今までこの人は他人ともあまり関わってこなかったのだろう、それが夜行の生活を通してどこか古風だった口調も徐々に現代のものに近づいてきたようにも思えた。
『この子も妖混じりに成りたくてなった訳じゃあないのにね。』
「うん。…それで、今回君を呼んだのは翡葉と一緒にこの子を捕獲しに行ってほしいからなんだ。」
「…俺も同行するんですか。」
「うん。悪いけどよろしく。」
『悪いけどって何よ。』
むっとした顔をして言った黒凪に2人とも目を逸らす。
そんな2人、特に正守をじと、と睨んだ黒凪は立ち上がり翡葉に手を差し出した。
『じゃあ行こう、京。』
「…はあ…。はい。」
玄関に歩いていく黒凪の手にはしっかりと翡葉の蔦が握られている。
この行動に対して最初にはもちろん嫌がっていた翡葉だったが、今となっては日常茶飯事になったおかげで我慢できるようになったようだった。
「(ある意味、力業が多いけどカリスマ性があるって感じかな。翡葉はあの蔦を誰にも触らせなかった。それを覆したのは紛れもなく彼女…)」
腕を組み、しみじみと翡葉と黒凪を見送る正守。
同時刻、そんな2人の後姿を偶然見かけた閃は黒凪の手に握られている蔦を見ると一瞬目を細めた。
しかし何もアクションを起こさずそのまま歩き出す。
『最初は暴れるだろうから、気を付けるように。』
「重々承知です。」
『…いい加減その敬語、止めたら? ほら私まだ10歳だし。』
「姿は、と訂正した方がいいでしょうね。」
『失礼な。中身はおばさんだとでも?』
「…」
数時間後。
すっかり暗くなった道を歩く2人の顔は心なしか疲れていた。
やがて少し景色が開け、遠目に目当ての家を見つけた黒凪はぐっと体を伸ばす。
『結局夜までかかったね。バスの本数がここまで少ないとは…』
「ある意味こんな田舎だから10つになるまで発見されなかったんでしょう。」
『妖混じりの子が?』
静かにうなずいた翡葉に「一理あるね。」そう笑った黒凪はドォン、という鈍い爆発音に顔を上げる。
翡葉も音の方向、つまり遠くに見える家に目を向けると舌を打ち左肩に手を添えた。
「暴れたか…」
『みたいだね。行こう。』
速足に音の根源へ向かうと、崩れた家の壁を通るようにして獣の姿の妖…いや、完全変化を遂げた妖混じりが現れた。
彼は己を静かに見据える黒凪達を見ると鋭い目つきを困惑の色に変え、眉を潜める。
「…よお。志々尾限、だな」
「誰だお前等…!!」
「お前と同じ化け物だ。…仲良くしようぜ。」
そう言った翡葉の左腕から蔦が姿を見せる。
しかしすぐさま黒凪が翡葉の服の袖を引っ張った。
『その言い方は悪手。』
「化け、物だと…!?」
獣のような眼光を放つ瞳が己の両手を映す。
どう見たって、人のものではないそれに目が大きく揺らいだ。
「…うわあぁぁあああ!!」
「俺は事実を言っただけだ。」
『そりゃああんたは強いからいいけれど、あの子にはきつい言葉だからね。』
ぐちゃぐちゃになった感情が抑えられないのだろう。
妖となった少年が叫びながらこちらに向かってくる。
「俺が抑える。…ので、どうにか奴の意識を奪ってください。」
『良いけれど、大丈夫なの蔦で。』
あの爪だと相性が悪いと…。
そう黒凪が言っている間にも翡葉は蔦を伸ばし始める。
仕方ない、と呟いた黒凪は妖そのものとなった姿の少年を見据えた。
「よし」
足を結界で固定された少年は足元の結界を見て目を見開き、すぐさま体に巻きついた蔦に目を移す。
そして彼はあろうことか脚力だけで黒凪の結界を破壊し、力任せに己に巻き付いた蔦を引っ張り上げた。
ものすごい力で引き寄せられた翡葉は目を見開き、己に近づいた鋭い爪にチッと舌を打った。
「っ」
『おっと…』
名前は舞った血を見てすぐさま式神を取り出し、走り始めた少年を追う様に黒い森に目を移す。
そして徐に翡葉を見下せば、痛みに眉を寄せた翡葉が倒れたままこちらを見ていた。
「…追ってください」
『ごめんね。あんたの治療を本当はすごく優先したいけれど…泣きそうだったあの子、放っておけないから。』
「…電話は俺がかけておきます」
脂汗を掻きながらそう言った翡葉に目を細め、黒凪の呪力がぶわ、と大きくなる。
それを見てほかの意味で汗を掻いた翡葉。
いつの間にか姿を消していた黒凪を見て、震える手で夜行に電話をかけた。
『少年。』
「!!」
バキ、となぎ倒した木の上に着地した限はギロリと黒凪を睨んだ。
その視線を受け止めた黒凪は徐に手を持ち上げ、構える。
『君のやるせない気持ちはよく分かる。その力の所為で、怒りさえも誰かにぶつけられない虚しさもね。』
「煩い!…俺は、化け物だ…!」
『うん。分かっている。私も化け物だからね。』
動きを止めた少年は困惑の目で黒凪を見た。
そこでやっと少し冷静になったのだろうか黒凪の底知れぬ力に少し怯え腰になったのがわかった。
『おいで。君の怒りや虚しさは私が受け止める。…でもまずはその姿から戻らないといけない。』
「……」
『信じられないのはわかる。けど…私が君が見てきた人間とは全く違う存在なのは、分かるだろう?』
手を伸ばした黒凪を見た限は一歩後ずさると目をギュッと瞑り手を振り上げた。
腕に広がる激痛に眉を寄せた黒凪は赤く染まる己の腕を見下し、顔を上げる。
目の前から走り去った限の背中を見た黒凪は着物で傷ついた傷を隠すようにして再び走り出す。
そして何かが体の表面を這い上がる様な感覚に浸ると徐に空を見上げた。
「黒凪。その腕…」
走っている黒凪の上空に結界の上を移動しながら近づいた正守。
そんな彼に小さく笑って先ほど傷ついた腕を見せる。
すでにそこにあるのは血の跡だけで、腕は綺麗に傷を治癒させていた。
「実は彼のお姉さんが家を飛び出したそうで。」
そこまで言った正守は何かを感じ取った様に顔を上げ、その足を止める。
それを見て黒凪も足を止めて顔を上げると、表情をゆがめた正守に目を細める。
「まずいな…この距離だと俺たちよりも彼女が先に出会ってしまう。」
『方角は?』
「北の…」
そう言った途端に北側の森一帯が一瞬で結界の中に。
そして目を閉じた黒凪はすぐに己を結界で囲み、その中から姿を消す。
それを見た正守は少し目を見開き、黒姫に声をかけた。
一方の黒凪は目を開くと同時に視界に入った、胸元から血を流して倒れた女性に少し眉を寄せ再び式神を出してその傷口の止血に当たる。
そんな様子を呆然と見つめる限が目を泳がせ、再び感情を抑えきれない様子で走り出す。
その後を黒凪も追いかけた。
『結』
「!!」
再び目に現れた結界を爪で斬り割いた限は足を止め、涙を流しながら黒凪を睨んだ。
限の目を見た黒凪は苦しい心情の中で彼の目を正面から見返す。
「またお前か…!」
『とりあえず落ち着いて…』
「煩ぇ! 大っ嫌いなんだよ!! 人間なんか!!」
とびかかってきた限から身を護るために張った三重の結界。
それ易々と斬った限を見た黒凪は目を細める。
そして肩から溢れる血には目を向けず、一気に結界を限の関節すべてに設置する。
『これはかなり頑丈に作っておいたから君では破れないよ。とりあえず、少し眠っていて。』
結界が一気に彼の後頭部に叩きつけられ、がん、という鈍い音と共に限は意識を手放した。
その様子を見ていた黒凪は結界を解くと元の姿に戻った彼を式神に持たせ、限の姉の治療に当たっているであろう正守の元へ歩き出した。
「……ん…」
「お、やっと起きたか。」
『良かった、あの時は色々と焦っていたせいで力加減ができていなかったかと心配で…。っと。』
ばさ、と布団を蹴り上げて正守と名前から離れた限。
限はギロリと2人を睨み、そして己の体に在る見覚えのない模様に眉を寄せた。
その様子を見た正守は徐に腕を組み、口を開く。
「悪いけど勝手に付けさせてもらったよ」
「な…、テメェ等俺の体に勝手に何を…!!」
途端に彼の体から邪気が溢れ出し始めた。
しかしすぐに体にある文様が赤く光を放ち、限は痛みに顔を歪め膝をつく。
「ぐ…、うあ…っ」
「それは一種のストッパーでね。力を解放しようとすると火で焼かれる様な痛みが体を走る仕様になっている。」
『痛みで少し冷静になれば、昨晩のことは少しでも思い出せそうかな?』
はっと目を見開いた限は寄せていた眉を戻し、拳を握りしめる。
ゆるゆると力なくうつむいた限は歯を噛み締め、不安げな顔でこちらを見た。
「姉ちゃんは…」
『大丈夫、一命はとりとめたから。』
ホッとした様子の限を見て、正守がすぐに口を開いた。
「突然で悪いが、君にはこれからここで力の使い方を学んでもらう。」
「え…」
『君がもう一度家族に会うための練習だと思ってくれればいいよ。その面倒を見るのは私なんだけれど…覚えているかな?』
はっと彼の目線が私の肩や腕に向く。
自分が目の前の少女を傷つけたことも鮮明に思い出せたのだろう。
その様子を見た黒凪はかすかに目を細める。
『(すごい、完全変化した時の記憶をしっかりと思い出せている。)』
「その…怪我…」
『治ったよ。ほら。』
「!」
驚いたように向けられた限の目。
その目を見てにっこりと笑った黒凪はめくっていた袖を直し、口を開く。
『見た通り、私は君の力では傷つかない。だから安心して。』
「…っ」
今までその力の所為でたくさんのものを壊してきたのだろう。
家族、友達、大切な宝物…思い出のあるものも知らず知らずのうちに壊してしまっていたに違いない。
きっとこの時、黒凪という存在だけが自分がどんなに本気で暴れても、傷つけても壊れなかったという事実は彼の心に強く響いたことだろう。
「それじゃあま、紹介させてくれ。君の新しい家族を。」
「…え」
正守がばっと放った着物に目を見開く限。
そしてバーンと勢いよく開かれた障子にさらに目を見開いた。
「よーこそー!」
ぽかんと固まった限の手を取る正守。
限はぎこちないながらも、夜行の面々の中へと足を踏み入れた。
壊れないもの。
(力の制御を学ぶようになってからも)
(俺は何度も力を暴走しかけた。)
(それでも黒凪だけは、絶対に壊れなかった。)
(その存在は、俺を酷く安心させたんだ。)
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