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くろくろしろ
結界師長編"世界は君を救えるか"の番外編です。
完結前の時間軸で、火黒と黒凪がお話しする話。
『火黒ー。…かーぐーろー。』
夜になり、日がすっかり落ちた東京某所。
さわさわと優しい風が木々を揺らす中、太く大きな木の幹の上で座る少女…間黒凪は目を閉じたままその名前を呼ぶ。
黒芒楼という異界から連れてきた彼女の ”お気に入り” …火黒の名前を。
『…あんた気配消すの上手だねえ。』
【そりゃどーもォ。んで? なんだよ】
見てはいなかったが、恐らく一瞬で、まるで瞬間移動したかのように表れたであろう火黒の重みで微かに木の幹がギシ、と音を立てた。
そんな火黒の問いかけに何も答えずとんとんと隣を叩けば、その意を組んで火黒が腰を下ろし、右足をだらんと幹から下へ降ろした。
その下では、黒凪の双子の弟である宙心丸と、黒凪のお気に入りである妖混じり、影宮閃がどたどたと走り回っている。
【元気だねェ。君の弟クン。】
『そうだね。ずっと異界の中だったから楽しいんだと思うよ。』
どてーっと思い切り転んでも何のその。
暴虐武人に走り回る宙心丸と、どうにかその動きを緩めようと奮闘する閃、そしてその傍に寄って来る妖を淡々と切り捨てる志々尾限。
その様子をしばしぼうっと見ていた火黒は、目元で浮遊する妖をべしっと片手ではたいた。
【…ったく、雑魚が寄ってたかってよォ】
そんな火黒の呟きも的を得ている。
確かに彼の言う通り、力を持つ賢く強い妖はたとえ宙心丸の力に寄ってきたとしても、我々結界師の存在を見つけてしばらく様子を見るだろう。
我々の存在など気にもせず、目先の力を追いかけてやってくる妖なんて、結局低俗な輩ばかり。
『…まあ、限や閃の修行にはもってこいだけどね。』
【最近は言うなァ? その台詞。】
『うん?』
【限の成長がどうだの、閃の実力がどうだの…】
自分が居なくなっても大丈夫そうだの。
最後のその言葉に、思わずぴくりと目の端の方が動いたのが分かった。
おおっと。顔には出さないつもりだったのに。
『…そんなこと言っていたかな?』
それでもどうにか平然を装ってそう返すと、火黒の目線がこちらにちらりと向いた。
【いや? 言ってねェなァ。】
『…何、カマかけてる?』
【まあそう言うなよ】
笑い交じりに言った火黒にため息を吐いて目を逸らす。
色々と見抜かれているような気が。
そう考えて眉を下げた途端に、火黒が座る方向とは真逆に向けていた私の顔の前に、これまた瞬間移動化の様に現れる火黒。
んー? と覗き込んでくる火黒にじと、と目を細めて言ってやる。
『火黒。近い。』
【…俺は善意で言ってやってるんだぜ?】
『何が。』
【俺にさえばれてんだ。あのガキ共にもばれてるってコト。】
そうとだけ言ってまた元の場所…つまりは私の背後に移動する火黒。
開けた視界に目を伏せ、ちらりと閃や限へと目を向ける。
【ま、あいつらがどこまで感づいてるかは知らねえが…。違和感は持ってるだろうなァ。】
『…どうも、力だけはあった分隙が多くてね。昔から。』
私は結界師の中でも比較的読みやすい方らしいし。
だから中身を見せねぇ術を身に着けたのかァ?
火黒の言葉に動きを止める。
【あの辛気臭いガキが言ってたぜ? お前は心境を見せない術を持ち過ぎてるってなァ。】
『正守のこと? 私のこと、心配してくれてたのかな。』
【さァ? 俺は知らね。】
『どうせまた盗み聞きでしょ。あんたの趣味だもんねえ。』
私の言葉を聞きながら火黒は徐に目の前に落ちて来た落ち葉を掴み取った。
俺に気付かずお前等が話してるだけだ。
そう言って落ち葉を落とし…それを目で追いながら火黒が言う。
【そんなに死にたいか?】
『…別に。死にたいわけじゃないけど…』
【でも死ぬ気満々だろ?】
『…火黒は鋭いねえ。』
そう若干諦めて応えると、「おかしいよなァ」と火黒が目を細める。
少なくとも俺を引き抜こうとしてた時はまだお前、 "生きてた" ぜ?
火黒へと目を向ける。
【あの白い結界か?】
『!』
【なんだ? あれに何がある。】
『…。あんまり探ろうとすると…間違えて消しちゃうかもしれないよ。』
【俺にそんな脅しが通じると思うのかァ?】
ふ、と思わず笑みを零す。
うん、思わないね。
そしてガサッと音を立てて私の傍から姿を消した火黒と宙心丸の「姉上ー!」という声に目線を下へと落とした。
『…宙心丸?』
「こいつとの鬼ごっこには飽きた! あの包帯男はおらんのか!?」
『…火黒。』
【――ヤダね。追い払え。】
姿は見えずとも傍にいるのだろう、どこからともなくそう答えた火黒に眉を下げ、宙心丸へ「ここには居ないよ。」と応えてやれば、宙心丸は頬を膨らませ、閃を見上げた。
その視線を受けた閃はひく、と頬を引きつらせ、がっくしと肩を落としてまた走り出した宙心丸の後を追う。
『…当分は閃で我慢してもらうしかないか。』
【時間が経っても俺はあのガキを見る気は無ェがな】
『ふーん。子守は性に合わない?』
【…ま、単純に気に入らねェな。】
いつの間にかまた隣に戻っていた火黒が私の頭に手を置く。
【――あのガキは、誰よりも自由なはずのキミを縛り付ける。】
『!』
まさかそんな言葉が火黒から出てくるとは思っていなかった。
私の心を刺し、強く揺らす…そんな言葉を。
【キミは見れるのかね。結末を。】
『…』
【俺は全部壊した結果にキミに負かされたわけだけど…キミには全部受け入れた末に何がある?】
何も言えなかった。
それはきっと、その結末を私はきっと見ることはできないから。
火黒の言う通り、宙心丸という存在がある限り…きっと私には、結末はやってこない。
【俺は結構キミの事を気に入ってるんだけどなァ】
頭の上に乗っていた火黒の手が遠ざかっていく。
そこにあった火黒の体温が離れていく。ああ、寂しいな。
【キミが死んだら俺はどうすりゃ良い?】
『…そんな事言わないでよ。』
そう、自分の気持ちを伝えることをせず…火黒の問いに応えることもせず。
そう言えば、火黒はまたいつものように笑みを浮かべて立ち上がった。
くろの勝ち。
(これ以上迷わせないで)
(留まりたいと思わせないでくれると、ありがたい。)
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