僕のヒーローアカデミア
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神の左手・悪魔の右手
「おはよう」
「相澤先生復帰早くね!?」
「すげえ!」
包帯で顔全体を巻き両腕も包帯で吊るされていると言うもはやミイラ男な姿で現れた相澤に皆が思わず声を上げる。
相澤先生大丈夫なんすか、なんて言葉に彼は「はいはい大丈夫」とテキトーに返して教卓に立った。
お前等一旦戦いが終わったからって気ィ抜くんじゃねーぞ。まだ戦いは終わってねーんだからな。
教卓に立つなりすぐに放たれた言葉に皆が言葉を止めごくっと生唾を飲んだ。
「(まだ戦いは終わってないって…)」
「(まさかまたヴィランが…!?)」
「雄英体育祭が迫ってる」
クソ学校っぽいの来たァアア!!
…そんな声が教室に響き渡った。
そんな中で「待て待て!」と声を上げたのは上鳴。
続いて耳郎も手を上げ口を開く。
「この前襲撃されたばっかなのに体育祭やって大丈夫なんすか?」
「そうっすよ先生! また襲撃とか…」
「逆に今やる事で雄英の危機管理体制の盤石さをアピールするんだと。安心しろ、建前だけじゃなく警備も例年の5倍にするらしい」
この雄英体育祭は年に一度、在籍中に経験出来るのは3回まで。
その3回の内で体育祭を見に来るヒーローにどれだけアピールできるかもかかってくる。
この体育祭はお前達の未来の為にもかなり重要な行事だ。
「準備は怠るな」
「「はい!」」
「ホームルームは以上だ。授業の準備しとけー」
去っていく相澤を見送り黒凪が徐に鞄から携帯を取り出した。
携帯を開いてみるがメールも着信も履歴が無い。
『(父さんも母さんも体育祭見たいって言ってたんやけどなぁ)』
もう無理かなぁ。
そう思いながら青い空を静かに見上げた。
『父さん来たで。起きてる?』
「起きてる起きてる。今日は母さんも起きてるで。」
「いらっしゃい、黒凪。」
真っ白な病室の真っ白なベッドに寝転んだままで微笑んだ父と母の元へ歩いて行く。
そうして2人のベッドの真ん中に椅子を持っていって座れば殆ど同時に頭を撫でられた。
毎日病院に来てはいるが、この頭を撫でられるのは毎日だ。
『…相澤先生がな、そろそろ雄英体育祭やって言うてたわ』
「あー。もうそんな時期か…」
「それより襲撃の時は大丈夫だった? 見た所怪我は無いけど…」
『大丈夫。別に怪我なんかしてへんし』
そっか、と微笑んだ母の顔色はとても悪い。
…父の顔色も青白くなっていた。
体育祭は見に来れたり…はせーへんよな。
眉を下げてそう言えば2人は黒凪同様に眉を下げ困った様に笑う。
「今はもう父さんも母さんも歩けへんからなぁ…。でもテレビの前で応援しとるで」
「私も応援するわ。それに何かあれば相澤君に電話すれば貴方と話せるし」
分かった、と微笑んで苦しげに微笑む母を見る。
…恐らくもう、話す事すらも苦しい筈だ。
もしも2人が死んでしまって、この両手の力が完全に私に継承された時。
『(その瞬間に気付けるんかなぁ、うち)』
…もしも体育祭の途中で気付いてしもたら、多分泣いてまうやろうなあ。
そんな事を考えていると体育祭に何て出たくないと思ってしまう。
でも楽しみにしてもらっているのだから全力で頑張ろう。…そう思った。
そして体育祭当日。
1年A組の控室で1人携帯を覗き込んでいる黒凪に緑谷が近付いた。
「左右さん、どうかした?」
『え、あ…ううん。暇やったからゲームしとった』
「す、凄いね…もうすぐ入場で僕なんて緊張しっぱなしだよ…」
『何をそんなびびっとるんよ。出久君なら大丈夫やって。』
そう言った黒凪に笑顔を見せて「うん」と緑谷が頷いた時、彼の背中を轟が徐に叩いた。
そんな轟に緑谷が驚いた様に目を見開き、黒凪もチラリと彼を見上げる。
彼はじっと緑谷を見ると徐に口を開いた。
「客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う」
「え、う、うん」
「けどお前オールマイトに目ぇ掛けられてるよな。…別にそこんとこ詮索するつもりはねえが…お前には勝つぞ」
「!」
喧嘩腰で突然の宣戦布告に黒凪が立ち上がり緑谷と轟の間に入った。
あれ、うちには無いん轟君。うちやったらあんたと思いっきり戦ったるで。
嫌味に笑って言った黒凪に轟がぴくりと眉を寄せる。
「…今日の運勢は良いのかよ」
『生憎最悪の運勢やったわ』
「……。」
「おいおいどうしたんだよ2人共!」
切島が険悪な雰囲気の2人の間に入り轟が何も言わずに去っていく。
黒凪は一旦息を吐くと「ごめんな切島君、うちちょっとイライラしてて…」と間に入ってくれた切島に一言掛けた。
そして彼女も緑谷に小さく微笑むと少し歩いて離れて行く。
「――確かに君は僕より上だよ。だから何を思って僕にそんな事を言ったのかよくわからない」
「…」
「でも皆本気でトップを狙ってるんだ。こんな僕でも皆に後れを取る訳には行かない」
『(出久君…)』
だから僕も本気で獲りに行く。
真っ直ぐに轟を見据えて言い放った緑谷。
黒凪はそんな緑谷に微かに目を見開くと困った様に笑って目を伏せた。
そうして始まる入場行進。
話題性もあるヒーロー科のA組が最も最初に会場に入り込んだ。
「人めちゃくちゃ多くね?」
『(父さん、母さん。…頑張れる程度に頑張るわ、うち)』
「…ちょっとあんた何処みてんの?」
「左右ちゃん、テレビ目線なのかしら?」
やがて全員が入場し終わり、選手宣誓も終了。
司会であるミッドナイトの背後にモニターが現れ第一種目が発表された。
第一種目、障害物競走。
全学科参加型の障害物競走のコースはスタジアムの外周4キロ。
走る長さも長さだが、此処からが雄英高校の醍醐味。
≪コースを外れなければ何をしても構わないわ≫
さて位置について!
そんなミッドナイトのマイクを通した声が響き渡る。
何百人といる1年生に紛れて黒凪が徐に腰を落とした。
少し前の方には緑谷や飯田、麗日も見える。
≪スタート!≫
ホイッスルが鳴り響き全員が走り出す。
しかしスタジアムの外へと向かう入り口が極端に狭い。
その様子からこの障害物競走の最も最初の篩いがこの入り口なのだと理解出来た。
黒凪は目の前の男子生徒に目を向けると腕を掛けて器用に身体を持ち上げ「ごめんやで!」と謝りながら生徒達の上を走って行く。
「いって!なんだ!?」
「あの女一瞬俺を足蹴にしたぞ!」
『ごめんて!一瞬しか踏んでないからそんな痛ないやろ!?』
「――悪いな」
冷気が漂ってくる。
目を見開いた黒凪はピキピキと入り口と先の道が凍っていく音に目を向け、すぐにその根源を探した。
すると丁度前方に見覚えのある赤と白の髪が見え、一気に踏み込む。
「冷てっ、」
「動けねえ…!」
『轟君肩借りるで!』
「!」
地面を凍らせながら走り出した轟の両肩に足を掛けて一気に跳び上がる。
黒凪によって掛けられた負荷に一瞬だけ眉を寄せ前を走る黒凪に轟きもついて行った。
彼女の脚力は恐ろしく強い。轟は足場を凍らせて滑る事によって彼女の後に付いている。
『!おおっと、』
「…入試の時の仮想ヴィラン…の巨大版か」
『うちらの時は小さくて可愛らしかったのに…』
≪さてさてェ!まずは手始め、第一障害物のロボ・インフェルノ!≫
ロボの地獄さながらの光景かぁ…。
仮想ヴィランを見て言った黒凪に「直訳言ってる場合か!」と切島がツッコミを入れる。
そんな中で轟が動き、黒凪も歩いて行く。
『どうせやったらもっと派手なん出してえや』
「折角ならもっと凄いのを用意して貰いたいもんだな」
『父さんと母さんが見てんのに、華無さすぎる、わ!』
「クソ親父が見てんだから」
一瞬で凍りつく仮想ヴィランと黒凪によって足を蹴り飛ばされ倒れる仮想ヴィラン。
互いに顔を見合わせ、一気に走り出す。
おおっとA組の推薦入学者2人が一抜けだァー!初めて戦った仮想ヴィランをものともしないー!!
そんなプレゼント・マイクの実況を聞きながら走って行く。
「…また"個性"を使わないつもりか!」
『言うたやろ、今日は運が悪いんや!』
「んな事してると決勝戦まで残れないんじゃないのか!」
『轟君こそしょっぱなから"個性"使いすぎて倒れなや!』
…相当イライラしてんなぁ轟君。
普段とは違って随分と話す轟を横目にそう思う。
きっとあの子もなんかあったんやろう。…うちも何も無いわけやないけど…。
皆この大会には何かしらの思いが絶対ある筈。
これは、意地のぶつかり合いなのかもしれない。
『!…綱渡り…』
「…フン」
『あ゙。凍らせて滑っとる!ええなあそれ!』
でもうちは別に綱渡らんでも進めるし、多分!
そう言って助走をつけて跳び上がり綱で繋がった岩の上を移動して行く。
しかし轟には抜かされ、2位となって彼の後を追った。
ドンッと何度も聞こえてくる音に顔を上げれば爆発で空を飛んでいる爆豪が見える。
『(爆豪君も追いついて来とる…)』
「(あいつも調子が出て来たな…。スロースターターか)」
「あの先頭2人凄いなー…」
「あの髪色真っ二つの奴はNo.2ヒーロー、エンデヴァーの息子らしいぜ!」
そんな観客の会話に周りの人達も「そうなの!?すげえ!」と湧き立った。
じゃあエンデヴァーの息子についてってるあの子は一体!?
そう言った他の客にまたその観客が答える。
「あの子は確かルーレットアーカイブの娘だよ!」
「ルーレットアーカイブ?」
「あー、あの一躍有名だったプロヒーローな!でも最近は全然見ねえけど…」
「何でも療養中で動けないらしい」
へー…。と観客達がモニターに目を向ける。
既にトップの2人は最終関門に辿り着いていた。
最終関門は一面が地雷だらけのコース。
地雷の位置は目を凝らせば分かる様になっているがその幅はとても狭く容易には進めそうにない。
『(んー…、地雷の無いトコ進もうと思たらコース外れるしな…)』
「…チッ、行くしかねえか…!」
『轟君、うちなぁ』
「あ?」
両手使われへん代わりにめっちゃ足鍛えてきたんよ。
静かに地雷の位置を見ながら言った黒凪に轟が眉を寄せる。
撒菱撒いた道を走り回った事もある。
その言葉に轟が目を見張った。
『うちは君みたいに能力にばっかり頼ってへん。こんぐらいどうって事無いわ』
「っ…!」
走り出した黒凪は僅かな地雷の間をつま先で着地しながら勢いよく走って行く。
くそ、と舌を打った轟も速度では劣るが器用に進んで行った。
そうして轟が中盤、黒凪が終盤に差し掛かった頃には後ろの方で他の生徒達もこのゾーンに訪れている。
後の方で何度か爆発が起きていた。…しかし1つだけ地雷では無い爆発が。
「俺には地雷なんざ関係ねえ!」
「『!』」
「テメェ等は啖呵切る相手間違ってんだよ、クソ共がァ!」
『っ、邪魔せんといてや爆豪君…っ』
爆豪が轟を追い抜き黒凪に拳を振り上げた。
それを避けながら移動していた黒凪だったが、彼の爆発も己に向けられ仕方なく足を止めて彼の相手をする。
するとこのコースの序盤辺りで一掃大きな爆発が起きた。
その爆発音に先頭の3人が振り返る。
≪おおっと爆風に紛れて飛び上がっている生徒が居るぞォ!?≫
『…出久君…!?』
「デク…!」
「(緑谷!)」
爆風に乗った緑谷が3人を超えていく。
目を見張り黒凪が両腕を持ち上げ爆豪の首に両腕を引っ掛ける。
すると彼は黒凪を睨み付け手の平に爆発を起こし彼女に向けた。
しかしそれより早く黒凪が爆豪ごと全身を回転させ遠心力で彼を放り投げる。
「んな…!」
『っ…!』
「(仕方ねえ、後ろの事は考えず道を作って…)」
「っ、待ちやがれクソがァアア!」
爆発を起こして地雷への接触を避け再び進んで行く爆豪、氷で道を作り走る轟。
そして地雷を避けながら走る黒凪と落下する緑谷。
緑谷は落下して行き彼に追いついてきた3人の目の前辺りに落ちてくる。
ぐっと歯を食いしばった緑谷の脳裏に黒凪が過った。
「(左右さんは轟君を足蹴にして最初を乗り切ってた…!)」
『!』
轟と爆豪の肩に足を乗せ緑谷が持っていた第一関門の仮想ヴィランの一部を地雷に叩きつける。
そうしてまた新たな爆発が起き緑谷が爆風に乗ってコースを突破、普通の道を先頭として走り出した。
爆発の煙を越えて走り出す爆豪、轟、黒凪。
やはり此処で爆豪と轟から一歩前に出たのは黒凪だった。
「(くそ、あの女クソ速ぇ…!)」
「チッ…!」
『…っ、(追いつけへん程やない…!)』
前を走る緑谷に徐々に追いついて行く。
追い抜ける。今もう少し速度を上げれば確実に1番になれる。…でも。
出久君が1番になってほしい。だってあんなに、
『(あんなに頑張ったんだから…!)』
「(…速度を落とした…?)」
轟が目を見張る。此処まで来れば彼女が1番になると思っていたのだ。
しかし最も最初にスタジアムに戻ったのは。
緑谷出久だー!!とプレゼント・マイクの声が響き渡る。
続けて黒凪がスタジアムに入り、足を止めて息を切らす事無く視線を地面に落とした。
≪さーて。これで第一種目は終了よ!勝ち残ったのは上位42名!全員此処に集まってるわね?≫
上位42名が集まり、その前でミッドナイトがそう声を掛ける。
それじゃあ早速第二種目の発表よ。
モニターのルーレットが周り、ぱっと映し出される。
≪第二種目は騎馬戦!参加者は2人から4人までのチームを組んで騎馬を組む。基本ルールは普通の騎馬戦と同じ。但し…≫
結果に従い各自にポイントが振り分けられてるから、そのポイントの奪い合いになるわ。
勿論組み合わせによってそのチームのポイントは変わってくる。
42位から5ポイント、41位は10ポイントと言った計算になるわ。
そして1位は…1000万ポイント!
「…へ?」
『おお』
緑谷の顔が色を無くして行く。
成程、これがこの騎馬戦の醍醐味…。
上位の者から狙われて行くと。
黒凪が小さく笑った。
≪それじゃあルール説明よ。制限時間は15分。騎馬戦で組んだ全員の合計ポイントを記したハチマキを騎手が装着して、それを奪い合う≫
勿論結果は所持ポイントの合計によって順位が付けられる。
ちなみに取ったハチマキは首から上に巻く事を原則とし、そして騎馬が崩れてもハチマキを取られてもアウトでは無い!
つまり15分間全ての騎馬同士がハチマキを奪い続ける。
≪"個性"の使用はOK。でもあくまで騎馬戦だから騎馬を崩す目的などの悪質なものは却下。一発退場だから気を付けて!≫
「…チッ」
「(かっちゃん舌打ちした!)」
≪それじゃあただいまより15分間でチーム決めの交渉スタートよ!≫
さてそれじゃあ出久君の所に…。
そう考えて歩き出した黒凪だったが、考え込む彼の様子を見て足を止めた。
…そっか、ポイントの事を考えんでいい出久君は自分の組みたい人と組める。
『…。(出久君が誘ってきたら入るんがええな、うん)』
「左右」
『!』
「俺と組んでくれないか」
そう声を掛けて来たのは轟だった。
目を見張り、思わず振り返って緑谷を見る。
彼は誰かを探しているらしい。…もう大体は決めているのだろう。
目が合った。しかし彼の視線は遠ざかって行く。
「…。恐らく緑谷はお前を選ばない。お前の扱い方が考え付かないんだろう」
『ゔ。』
「お前は色々と飛び抜け過ぎてバランスが悪くなるだけだからな」
『…そんな言い方せんでもええやん…』
ずどーんと落ち込んだ黒凪に「そんな君に朗報だ左右さん!」と飯田が駆け寄った。
君とバランスが取れる様にと既に轟君は僕と上鳴君を招集してくれている!!
そーそー。俺等が居れば大丈夫だって左右~。そう言ったのは上鳴。
「…俺と組んでくれ。左右」
『……。2位と3位がおったらポイントえらい事なるで、狙われるし』
「問題無い」
『…ならええけど…』
その答えを待っていた様に「よし」と呟いて轟が上鳴、飯田、黒凪に向き直る。
随分と早くチームが決まった。恐らく5分も経っていない。
説明を聞きながら既に決めていたんだろう。
そんな轟の腕を引いて黒凪が飯田達と少し距離を取った。
『協力するんやったら1個聞いておきたい事がある』
「…なんだ」
『何イライラしてんの?』
「……」
それを教えてくれやなうちはあんたに協力してあげれへん。
…それはうちの事でイライラしてるんかなって勘ぐってしまうから。
轟が微かに目を見張った。
そして徐に目を伏せ「だったら」と轟も口を開く。
「俺がワケを言ったら、お前の話も聞かせろ」
『!』
「じゃないとフェアじゃない」
『…ふーん。そこまで話が及ぶような事が今起きてんねんな』
…あぁ。そう返答を返して轟が客席に目を向けた。
其方に黒凪も目を向ける。
そこには炎を見に纏ったヒーロー、エンデヴァーが立っていた。
「…あれ、俺の親父なんだ」
『!…エンデヴァーが?』
「あぁ。俺がイライラしてるのはアイツが原因だ。」
…聞いた事あるだろ、個性婚って。
黒凪がぴくりと眉を寄せる。
その個性婚の末に生まれた俺はクソ親父曰く最高傑作らしくてな。
その所為で子供の頃から馬鹿みたいに厳しい訓練ばかり受けて来た。
「それを止めようとした母親も、何度かアイツにぶたれてるのを見た事がある」
『……』
「それに個性婚の所為で無理に結婚させられた母親はそれも伴い精神を病んだ。」
この火傷、そう言って左目付近にある火傷跡を轟が片手で触れる。
これは精神を病んだ母親にやられたものだ。
黒凪の目が火傷跡に向いた。
母親を恨んではいない。…むしろそこまで追い詰めたあのクソ親父を俺は憎んでる。
「だからクソ親父が此処にいる時点で俺は腹が立ってる。…今日は親父から受け継いだ"個性"だけは何が何でも使わねぇ」
『……。』
「これが俺がイライラしてる理由だ。」
次はお前だと言う様に目が向けられた。
その目を見返して思う。
…なんで轟君はうちにそんな話をしてくれたんやろう。
騎馬を組んでほしいから?…ううん、それならテキトーに作り話でも話して終わらせてた筈や。
でも今の彼の顔は本気だった。本当の話を、うちにしてくれた。
――応えねば。
『うちの父親はルーレットアーカイブ。母親は雄英高校の教員やったけどヒーローやない。でも凄い"個性"を持っとった』
「…」
『うちには母親の"個性"が左手に、父親の"個性"が右手に宿っとる。』
左手はこの前のバスで話した通り。
物を作り出す時点で大分実用性が高い。
『…ルーレットアーカイブの"個性"は知っとる?』
「あぁ。強力で圧倒的な支配力を持つ能力を日替わりで、且つランダムに発動する"個性"」
一説ではその強力過ぎる力故にランダムでの発動なんじゃないかと言われてる"個性"。
その為に常に学者達の研究の的だった"個性"だ。
随分と希少だってテレビでやってたから覚えてる。
そう言った轟に黒凪が眉を下げた。
『せや、希少やねん。…途轍もなくなぁ』
「……」
『偶然両親とも手に宿った"個性"やった。偶然2つとも凄い"個性"やった。…そんで偶然、2つ共希少やった。』
「…何が言いたい」
なんで希少やと思う?
黒凪の言葉に轟が眉を寄せる。
…なんで同じ能力が増えへんのやと思う?
その言葉でやっと少し見えたのか、轟が微かに目を見張った。
『…うちの両親の"個性"はなぁ、何故か次の宿主を見つけると元の宿主から消えて行くんよ』
「……」
『使えへんくなるだけやったらええのに、宿主を殺すんよ』
「!」
ざあっと風が吹いて、周りの音が消えた様な気がした。
うちに力が馴染めば馴染む程、うちが強くなれば強くなる程。
どんどん前の宿主は死んで行く。
『今日使ってしもたら死ぬかもしれん』
「……」
『…今日なぁ、めっちゃ運悪いねん』
今日の左手の能力によったら、ほんまに死ぬと思うわ。
空を見上げて言った。
よりによって、なんて事よくうち引き起こすから。
「…、」
『もうちょっと一緒に居たいやん?…やから右手だけは絶対使わん。左手も危ないけど、右手の方が危ない』
右手は偶に左を喰うから。
その意味が分からないのか、轟が眉を寄せて首を傾げる。
それを遮る様に眉を下げて笑った黒凪が言った。
『うちが今日朝からアホみたいに焦ってイライラしてるんはこれが原因や。…両親が死ぬかもしれんから、びびっとる』
「……そうか。分かった。」
『…うん、ありがとう。ついでにうちの右手をこの布でぐるぐる巻きにしてくれる?…多分今日は右手開くだけでアウトや』
「あぁ」
轟が布を右手にぐるぐる巻きに巻いて行く。
完全に右手を開けなくしてもらった黒凪は轟に微かに笑顔を見せる。
飯田達の元に戻ると上鳴は何やら空気を読んで何も言わなかったが、飯田は「何かあったのかい?」と馬鹿正直に聞いてきた。
そんな飯田に「何もない」と淡々と返した轟が3人に向き直る。
「上鳴は右で発電し敵を抑制。左右は左。絶縁体と防御の補助だ」
「了解!」
『分かった。絶縁体作っとくわ』
「飯田は先頭で機動力源とフィジカルを生かした防御を頼む」
「ああ!」
それじゃあ15分経過したぜェ!騎馬を組んでくれい!!
プレゼント・マイクの指示に従って騎馬を組み12組の騎馬が立ち上がる。
それらを確認したプレゼント・マイクが「それじゃあスタートォ!」と言い放つと騎馬が一斉に走り出した。
「行くぞ!左右さん、上鳴君!」
「おうよ!」
『どーぞ』
ギュンッと飯田が一気に加速して進んで行く。
彼と共に騎馬を組んでいる黒凪と上鳴はローラースケーターを履いて飯田の速度について行った。
15分中の半分である7、8分の間に他の騎馬を襲ってハチマキをいくつか奪う。
そして緑谷に目を向けた轟が徐に「行くぞ」と声を掛けると黒凪が少し唇を噛んだ。
『(ごめんやで出久君。でもうち轟君も助けたい)』
「…左右さん…、轟君…!」
『うっ』
「…そろそろ獲るぞ…緑谷」
行くぞ飯田。その言葉に反応して走り出す飯田。
そんな轟チームの周りには他チームが周りを固める様にして共に緑谷チームに向かって行く。
それを見た轟は黒凪に目を向けた。
「左右、伝導準備」
『あいよ』
「上鳴」
「いいぜまかせろ!」
上鳴の返事に頷いて轟が黒凪が作って置いた絶縁体の布を持ち上げる。
途端に上鳴が130万ボルトを放電し他チームを感電させた。
そしてすぐさま轟が黒凪によって作り出された伝導を使って地面と他チームの足元を氷結させていく。
そうして完全に他チームの動きを止め、一気に飯田が緑谷に向かって速度を上げていった。
「やばいよデク君追いつかれる!」
「常闇君、どうにか…!」
「分かった!」
常闇の黒影が轟に向かって行く。
しかしそれを黒凪がすぐさま左手で作り上げた板の様なもので受け止めた。
それを見た常闇は影を引き寄せ緑谷が眉を寄せる。
「くそ、左右さんが敵に回ると色々しんどい…!」
「わ、私黒凪ちゃんと戦った事無いからちょっと怖いかも…」
「(いつも左右さんには護って貰ってたから…って今はそうじゃなくて!)」
「……、」
残り1、2分。
まさに均衡状態、考えあぐねている状態だった。
緑谷達は適度に距離を取りあまり右側に寄らぬ様にしながらも黒凪を警戒している。
「(くそ…左右を経由して凍結させても良いが、奴等はそれも警戒してやがる…下手に使えば面倒だしな…)」
「…皆、今から俺は残りの1分弱動けなくなる。…後は頼んだ」
「飯田?」
「しっかり捕まっててくれ!…獲れよ、轟君!」
そう言って飯田が腰を落とし脹脛のエンジンから高音が鳴り響く。
トルクオーバー!彼のその声と同時にぐんっと前に進み一瞬で緑谷の隣を駆け抜けて言った。
その速度に目を見張っている轟の手には緑谷の1000万ポイント分のハチマキ。
そのハチマキがモニターに映った瞬間、会場から大きな歓声が響き渡った。
「…何だ今の…」
「っ、トルクと回転数を無理に上げて爆発を起こしたんだ。これは速度は出るが暫くするとエンストを起こして動けなくなるいわば捨て身の技…」
あまり使いたくはなかったが、この場面では仕方がないだろう。
その言葉を聞きながらハチマキを巻き付けた轟はすぐさま奪い返そうと突っ込んでくる緑谷達を振り返る。
…残り十数秒。逃げ切れば此方の勝ち。
しかし飯田は動けないし正面から受けるしかないだろう。
黒凪も緑谷に目を向けると彼の右腕を見て目を見開いた。
『轟君!出久君"個性"使う気や!』
「!」
対処する様に両手を持ち上げる轟を見て黒凪が伝導に残っている氷に目を向ける。
それを見た緑谷は「ごめん左右さん!」と心内で謝罪を述べ大きく息を吸った。
「邪魔しないで!黒凪ちゃん!!」
『っ!?』
「左右!?くそ、」
『(しもた、吃驚して集中が…っ)』
ごう、と真上で一瞬だけ感じた熱に顔を上げる。
轟の左腕に炎が宿っていた。
――まずい。そう思う。
緑谷の腕も迫っている。どちらもまずい状況だ。
いや、ポイントの事を考えるなら普通は緑谷の方を優先した筈だった。
…だが黒凪が優先したのは。
『轟君!』
「っ!」
炎を纏った左腕を掴む。
するとはっと気が付いた様に炎が消え、続けざまに緑谷にぐんっと左腕が振りほどかれた。
そして緑谷の手は轟の首に掛かっていたハチマキを1つ奪い去っていく。
「(…俺は今、左手で…)」
『しっかりしい轟君!あんた何びびってんの!』
「…左右」
「いやお前も緑谷に名前呼ばれて固まってたろ…」
煩いわ!と黒凪がむきになって返している間にも緑谷はハチマキを取り返したと笑顔を見せている。
しかしそのハチマキは一応の為に入れ替えていた他のハチマキ。
記されたポイントは70。
すぐさま緑谷達が再び此方に向かってくる。
≪カウントダウンだぁー!10、9、≫
「くっそ…!」
ぐんっと迫った黒影に轟が絶縁体を持ち上げ上鳴が放電。
黒影が引いていき緑谷の騎馬が此方に向かってくる。
それを見た黒凪が右手で鉄パイプを作り轟に放り投げた。
轟がそれを受け取り鉄パイプを凍らせる。
緑谷が迫る。手が伸びる。
それに轟が対応しようと構えた時。
≪終了―――!!≫
その一言が、響き渡った。
≪じゃあ早速上位4チーム見ていこうかァ!≫
1位は轟チーム!
ヒュー!と指笛の音や歓声が響いた。
騎馬を解いてその順位に息を吐いた黒凪は疲れた様子の飯田に目を向ける。
『お疲れ飯田君。めっちゃ速かったなぁ』
「いや、俺は君達に迷惑を…」
『何処が迷惑やねん何処が!』
「うえーい…」
『ああもう上鳴君うえーいしたらあかんて!』
ふらふら歩く上鳴の腕を掴んで隣に立たせ発表を共に見守る。
2位は爆豪チームである事を発表されると彼と共に戦った瀬呂や切島、芦戸が安堵した様に息を吐く。
そして3位は普通科の心操人使率いるチーム。
いつの間にィ!?とプレゼント・マイクも驚いた様だった。
そして4位は――…。
≪おおっとォ!轟の隙をついて常闇がポイントを奪っていた為、緑谷チームが4位だぁあああ!≫
『あー…出久君…出久君の所に行きたい…!』
「…君は緑谷君に惚れているのか?」
惚れてへんけど大好きやねん!
そうド直球で言った黒凪に「そ、そうか」と飯田が困った様に応える。
それを横目に見ていた轟は「何故緑谷に目を掛ける?」と真顔で黒凪に問いかけた。
そんな轟を一瞬ぽかんと見た黒凪は笑顔を見せる。
『頑張ってるから!』
「…頑張ってるから…」
『にしてもさっきの"黒凪ちゃん"って何やねん出久君めー…。吃驚してほんま頭真っ白なったわ…』
轟は黒凪から目を逸らし己の左手を見下した。
…攻撃では使わない。そう決めていたのに左右の声が無ければどうなっていた事か。
そこまで考えて轟が微かに目を見開き黒凪に再び目を向ける。
「…左右」
『んえ?』
「どうしてあの時、緑谷よりも俺を優先した」
『あの時?』
ハチマキを取られる寸前、お前がもしも緑谷の方に対処していたら。
そこまで言った轟に「深く考えすぎや」と黒凪が笑って言う。
君の方に目ぇ向いたからそっちにした。それだけやで。
あっけらかんと放たれた言葉に「そうか」とだけ返して目を伏せる。
≪それじゃあ1時間程休憩挟んで午後の部だぜ!午後もよろしくなァ!≫
そんなプレゼント・マイクのアナウンスを境にぞろぞろと観客達も引いて行く。
選手である生徒達もぞろぞろと控室に戻って行った。
『…お茶子ちゃんと飯田君!』
「あれ?黒凪ちゃんどうかした?」
『轟君見てへん?探してんねんけど…』
「なんだ、もう仲直りしたのか君達」
仲直り?と訊き返せば「控室で睨み合っていただろう」と指摘され「あー…」と困った様に右上を見上げる。
あれは轟君にどうこうってよりは出久君の助けに入った感じで…。
あっちも顔怖かったからこっちもちょっと睨み返しただけや、元々何も無いで。
そう言うと「そうなんだ…」と麗日も少し驚いた様だった。
「最初の障害物競争でもデットヒートだったからてっきり競い合ってるんだと思ってた…」
『あ、確かに障害物競走では足蹴にしたり言い合いしたりしたけどなぁ』
結局騎馬戦では普通やったし、多分向こうも争ってるつもりはなかったと思うわ。
うちの事なんか気にせんとずーっと出久君の事ばっかり睨んでたし。
眉を下げて言った黒凪に麗日がはっと目を見開き飯田が首を傾げる。
『それより轟君や。何処か知らん?』
「知らないな…。何処かで休憩しているんじゃないか?」
「う、うんそうだね!探しに行ったら?いや探しに行くべきだよ黒凪ちゃん!」
『そう?じゃあ探して来るわ』
後でねー。そう言い残して走って行った黒凪に麗日が「頑張ってね…!」とガッツポーズを向ける。
その様子を飯田はぽかーんと眺めていた。
「あ、あのさ轟君…。話って…?」
「…。俺はあの騎馬の中で唯一、USJでオールマイトの本気の戦いを目の当たりにした」
「!」
「…さっきのお前の気迫…」
びく、と緑谷が肩を跳ねさせる。
オールマイトと似ていた。
その言葉に「やっぱり…!」と緑谷がごくりと息を飲む。
お前…。そう掛けられた言葉にぎゅっと目を瞑った。
「…オールマイトの隠し子か何かか?」
「……へ?」
『(あ、おった轟く…、…また出久君を脅かしてる!?)』
ああもう、はよ助けたらな。そう考えて向かおうとするが丁度前を生徒達の長蛇の列が通り中々近づけない。
緑谷は轟の言葉を真っ向から否定し「そう言うんじゃなくて…」と焦った様に返答した。
すると轟はその返答を聞いてぴくりと眉を寄せると「その言い方だと少なくとも言えない様な繋がりが何かあるって事だな」と切り返す。
その言葉に緑谷が目を逸らした。
「…。俺の父親はお前と関係のあるオールマイトとは違って毎年No.2止まりのヒーロー、エンデヴァーだ。」
「!」
「あの男はどうやったってオールマイトには叶わねえ。…だから策を打った」
強い個性を持つ母と個性婚をして、俺を生み出した。
…オールマイトを越えるヒーローとして育てる為に。
緑谷が目を見張り息を飲む。
「鬱陶しい…。俺は奴の道具じゃねえ」
「…、」
「記憶の中の母はずっと泣いてる。…俺の左側が醜いと、この火傷を負わせたのはその母だ」
次元が違う。
緑谷がそう思う。
そんな緑谷に気付かず轟は淡々と話し続けた。
「これがお前に突っかかる理由だ」
「…」
「俺は今日見に来ているあの男に知らしめる。テメェの力なんざ無くとも1位になれるってな」
だから俺は何があっても左手の力を使わねえ。
左を使わず、全力でお前を捻じ伏せていく。オールマイトと何か関係があるお前を。
緑谷が徐に顔を上げて轟を見返した。
そんな彼の視界に此方へ来ようとする黒凪が微かに入り込む。
「……僕は沢山の人に助けられて、そのおかげで君と同じ土俵に立ててる」
『出久く…』
「僕はオールマイトの様に笑顔で人を助けられるヒーローになりたい。…その為には、1位になれるぐらいに強くらないといけないんだ」
黒凪が足を止め、言葉を飲み込んだ。
君に比べたら些細な理由かもしれない。でも僕だって助けてくれた人の為にも負けられない。
僕も君に勝つつもりで行くよ。轟君。
真っ直ぐに轟を見て言った緑谷に黒凪が小さく笑った。
「……」
轟は何も言わずに路地から出て、立っている黒凪に目を向ける。
彼は緑谷の姿を笑顔で眺める彼女を見て微かに目を見張り、目を伏せた。
そんな轟は黒凪の横を通り過ぎようとするが、彼の予想に反して彼女は自分の後を付いて来る。
やがて緑谷に声を掛ける事無く己の隣に並んだ彼女に轟が怪訝な目を向けた。
「…緑谷は良いのか」
『うん。うちは轟君を探しに来たからなぁ』
「……なんでそこまであいつを気に掛ける」
『…気に掛けやなあかんかなって思てた』
その言葉に轟が微かに目を見開いた。
自信なさそうやし、我が強い皆に呑まれそうやったから。…助けたらなあかんと思っとった。
でもちょっとずつ出久君は強くなってたし、今となってはあんたに啖呵切るぐらいになってた。
『…多分もう、うちの助けは要らんよな』
「……」
『うちも飯田君みたいにちゃんと出久君と同じ土俵で戦う事にする。…出久君に名前呼ばれて固まってしもて轟君を焦らせたから、それを謝ろうと思て来てん』
轟の目が黒凪に向けられた。
さっきはごめん。うちもまんまと出久君にしてやられた。
真っ直ぐに此方を見て言う彼女に轟は何も言わない。
『決勝ではどうなるか分からんけど、もしかしたら轟君が出久君を倒す前にうちがあの子を倒すかもしれん。…もしかしたら、轟君が出久君と当たる前にうちが君に勝つかもしれん』
「……」
『それでも恨みっこなしや。うちも出久君と本気で戦う事にした。君とも。…まあ左腕は使わんけどなぁ』
「…分かった。俺もあんたと当たった時は全力で行く。」
よろしく。
黒凪がそう言って手を差し出せば轟も徐にその手を握り返す。
決勝まで、あと数十分。
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