BLEACH
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あなたを犠牲にさせないためだけに。
そして今、私たちは虚圏で空座町進行への力を蓄えていた。
数年の話なのに、ここまでとても長かったように感じる。
藍染たちと共に虚圏を歩き回り、強い虚を見つけ…崩玉を使って彼らを破面に昇華させた。
つい最近にはグリムジョーが無断で空座町に出向き、それを咎められたところだ。
私は今まで纏っていた死覇装とは真逆の色をした白い着物を着て、
ただただ侵攻の時期を待つだけ。
藍染の命令を、待つだけ…。
ぼうっと歩いていた私は真横から迫る刃に目を向けず、足を止めて目の前に突き刺さったその刃を見下ろした。
『…何かしら。』
「よォ」
その刃が北方向を見ると、そこには左腕を失ったグリムジョーが立っている。
しかしそんな状態でもあるが、彼は私を見てにやりと笑った。
「現世に行ったとき…銀髪のチビと会った」
『…』
「俺に、松本黒凪を知っているかと聞いてきた。それお前だろ」
『それが?』
いや?別に。
そう言ったグリムジョーが律義にも私の目の前に来て、
そこに突き刺さっている刀を引き抜いた。
「ただ、お前みたいな存在の薄い奴がよく覚えられてるもんだなァと思ってな」
確かに私は虚圏では黙りっぱなしで、破面達に指示を出したことなどない。
ギンも特別私に会いに来るでもないし、破面達とのコミュニケーションなどもないに等しい。
まあ、グリムジョーだけは別なのだが。
カタカタと灰猫がかすかに震える。
『何が言いたいの? 率直に言ってくれる?』
「…お前…、魂魄が半分に削られてるくせによくそこまでの実力を持ってるもんだなぁ」
『…』
黙った私にグリムジョーがニヤリと笑う。
テメェの魂魄を取り戻す手伝いをしてやってもいい。
代わりに全力のお前と戦わせてもらうがな。
『立派な向上心ね。確かに私たちの場合、いまだ私の勝ち逃げ状態でもあるし。』
途端にグリムジョーの霊圧に乱れが生じる。
苛立った証拠だ。
以前藍染、東仙、ギン、そして私でこの虚圏で戦力を集めていた時、
なんの因果かグリムジョーを倒し従わせたのは私だった。
それは最も強くありたいと思うグリムジョーにとって
屈辱的な出来事であったことは容易に想像がつく。
《あたしが猫だからって、まだ気にしてんだ? 面倒くさいオトコ。》
『(まあそう言わず。)』
頭の中で灰猫が毒づく。
グリムジョーも私の斬魄刀が猫であることは分かっている。
ある意味、彼と灰猫が似た種であることも彼の劣等感に火をつけているのだろうか。
「俺だけじゃねえ、他にもテメェを狙ってる奴は居る。ただ今殺しても面白くねェだけだ。」
『今のあなたなら、魂魄が削られている私ごとき簡単に殺せるとでも?』
「試してみるか?」
『十刃から落ちたあんたではどちらにせよ勝てないわよ。』
途端にグリムジョーの霊圧が膨れ上がる。
それと同時に私の前に大きな白い背中が現れた。
「黒凪、行こか。」
『え、』
「チッ…」
消えた2人に虚しくグリムジョーの舌打ちが響く。
『見てたの?』
「うん。いやぁ、やり返さんつもりみたいやったから心配で。」
『心配しなくていいって何度も言ってるのに…』
「そんなん言うても、ボクにとってはいつでも心配やけどなぁ。」
心配じゃなくなる時なんて、多分ないと思うわ。
それは黒凪もやろ?
そんな言葉に納得した私が思わず笑みを溢すと、ギンは私にそれ以上何も言わずにその場を後にする。
「大丈夫か?」
『…ハリベル』
私の霊圧がギンと共に移動したことが気になったのだろうか。
こちらに駆け付けたようにハリベルがやってくる。
彼女は私が虚圏にやってきた中での唯一の女性だからなのか
それとも藍染、東仙、そしてギンの中では最も力が弱いことがわかっているためか
出会ったころから私のことを気にかけている節がある。
彼女の部下思いな性格も多少影響しているのだろう。
「またグリムジョーに絡まれていたようだな。やはり私からも言っておこうか。」
『いいのよ。心配しないで。…でも、ありがとう。』
十刃の中でも紅一点の彼女には、私自身も多少心を許せているように思う。
それにここ、虚圏では孤立している私をたった一人気にかけてくれるから、感謝もしている。
「…私にはわからない。なぜお前のような死神が、ここにいるのか。」
『それ、ずっと言ってるわね。』
「お前は…私と同じように戦いを好まないからな。」
そりゃあ、戦いを好んだことなんて一度もない。
でも仕方がないから。
私は今でも原作で読んだ、あのギンの言葉を毎日のように思い出す。
君が明日蛇となり人を喰らい始めるとして
人を喰らったその口で僕を愛すと咆えたとして
僕は果たして今日と同じように君を愛すと言えるだろうか。
『…私は、大丈夫。』
「?」
『だから心配はしなくていいのよ。ハリベル。』
ハリベルはあきらめたように息を吐く。
私は…ギン以外には何もいらない。
彼が乱菊を思ってそうしたように、私は彼のためだけに。
彼との幸せな日々のためだけに、生きる。
そうして数日後、ついに原作通りに井上織姫がここ、虚圏へ連れてこられた。
私は特に彼女と接触するつもりはなかったのだが、偶然にも彼女を幽閉する部屋へ連れていく途中のウルキオラとすれ違う。
確か原作では彼女は日番谷隊長と共にしばらく現世で過ごしていたはず。
きっと私のことも彼から何かしら聞いているのかもしれない。
なぜなら彼女が、私の姿をそれはそれは悲しそうに見つめるものだから。
「…っ、あのっ!」
『…』
「日番谷君が…」
そんな彼女の言葉に目も向けず歩いていく。
それでも織姫は言葉を止めない。
「日番谷君が、まだ松本さんのことを信じてるって!」
『…』
「そう、言っていました…」
しりすぼみになっていくその言葉にさえも、反応は一ミリたりとも返さなかった。
そして角を曲がったとき、目の前に立っていた男の胸元を見て、一瞬息を飲む。
「ボーッとしすぎや、黒凪」
『ご、ごめん…』
「やっぱりあの気まぐれ、止めとくべきやったなあ?」
『…かもね…』
その気まぐれ、とは日番谷隊長の祖母を救ったあれだろう。
あふれ出る自身の冷気で大切な祖母をも手にかけてしまいそうだった日番谷隊長を真央霊術院員に導いたのは私だ。
だからだろうか、彼は私のことをよく気にかけていたようにも思える。
『(直接言葉には出してこなかったけど、感謝されてたのかしらね…)』
「ま、黒凪は優しいから。」
『!』
私は反射的に踵を返しかけたギンの手首を掴む。
ギンのことだから、私ごときが伸ばした手を避けようとすれば避けることができたはず。
だから今回は掴ませてくれたのだろう。そう思って彼の顔を見上げる。
ギンは別段驚いた様子もなく私に目を向けた。
『で、でも…優しいかもしれないけど、あたしは大丈夫だから』
「…うん、それはもう」
ここについてきてもろた時までに確認済みやから。
それでも緩まない私の手の平の力に、ギンが困ったように眉を下げる。
大丈夫。
(頑張るって決めたやろ?)
(ボク等で。)
(その言葉を聞いて、私はやっと手を離した。)
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